No.89350

真・恋姫†無双~江東の花嫁達・娘達~(壱)

minazukiさん

最終章開演です。
第三章、まずは呉にとって一番の悩みである山越。

そしてその山越が不穏な動きから一連の事件が勃発していき、呉の運命を大きく揺るがしていきます。

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2009-08-11 22:53:37 投稿 / 全19ページ    総閲覧数:23075   閲覧ユーザー数:15834

(壱)

 

 ある晴れた日、蓮華のもとに山越方面を監視していた魯粛こと真雪から知らせがもたらされた。

 

 それはこの数年、表立って動く事のなかった山越が不穏な動きをしているというものだった。

 

 またそれとは別に思春や悠里からの知らせで江賊が長江沿いの小さな集落や街などを襲ったり商船を襲っては金品を強奪した挙句、船員を皆殺しにするという事件を起こしていた。

 

「山越ばかりか江賊までこのように動くとは……」

 

 朝議の場でため息とつく蓮華に誰もが同じ気持ちだった。

 

「でもこのままでは何時までたっても解決しませんね~」

 

 穏の言うとおり山越問題を解決しなければ異民族を手なずけることも出来ないのかと魏や蜀から笑われる可能性があった。

 

「で、でも江賊はともかくとして山越は雪蓮様ですら手を焼かれた相手です。服従や共存などは不可能ではないでしょうか?」

 

 亞莎も山越の情報をいくつか持っているが、解決策を導くほどの材料は用意できていなかった。

 

「風」

 

「はいはい?」

 

 呉の朝議に風が参列しているのは不思議な光景だが、彼女の智謀はなかなかなものだと冥琳や穏が評したことで客将という立場で参列していた。

 

「魏は多方面に異民族、特に五胡なのだがどのような対策をしていたのか教えてほしい」

 

「対策ですか~。五胡と山越ではその兵の特徴も違いますから同じような対策が通じるとは思いませんよ?」

 

「それでもよい。何か参考になるものがあるかもしれないわ」

 

「そうですか~。ではでは」

 

 そう言って風は過去、魏の軍師として五胡の対策を立てていたときのことを話した。

 

 本来なら機密漏洩になるものだったが、今の風は一刀の側室であり問題はなかったため風は魏で考案された対策を隠さず話していった。

 

 それは要所となる場所をいち早く押さえ、情報を徹底的に集めて臨機応変に動けるよう兵を待機させておく。

 

 風の説明からは特別なことはなにもなく、誰もが思いつく定石通りの方法が一番効率のよいものだった。

 

「ただ~」

 

「ただ?」

 

「風が気にしているのは山越と江賊が手を結んでいるのではないかということです」

 

「どういうこと?」

 

 報告書を手渡された時、風はあることに気づいていた。

 

 江賊の動きを熟知している思春の報告からその動きが一見、無秩序に見えても指揮系統が統一されているように風は思えてならなかった。

 

「つまり山越は江賊に組織的な行動をとらせて、我々を翻弄させているというのですか?」

 

「そうなりますね~。そしてそう思わせることでこちらが山越討伐を起こさせ自分達の領内に引き込むのが狙いかもしれませんね~」

 

 山越の狙いがその遠征軍を蓮華が率いてくることを狙っているのではないかと風は付け加えた。

 

「そこまで奴らが考えるかしら?」

 

「今まで呉は山越を完全に支配化に置くことが出来なかったぐらいです。山越からすれば呉に対して挑発しているのでしょうね」

 

 その発言はまるで呉をバカにしているようにも聞こえかねなかったが、誰一人それに怒る者はいなかった。

 

 蜀は南蛮を、魏は五胡をそれぞれ服従、もしくは共存することに成功していたが呉は山越と未だに争っている。

 

 風に言われ自分達の不甲斐なさを思い知らされた蓮華は意を決した。

「風の言葉で私は決心がついたわ」

 

 その場にいる者全員が玉座の蓮華を見る。

 

「この際、徹底的に山越を討伐するわ」

 

 蓮華の言葉に誰もが息を呑む。

 

「私が直接指揮を執る。山越に孫呉の力を見せつけようぞ」

 

 自分達の王がこれほどまで好戦的な態度をとったのは初めてだった。

 

「ちょっと待ってくれ」

 

 盛り上がろうとした矢先、水をかけたのは一刀だった。

 

「一刀?」

 

「山越を討つということには反対しないけど、蓮華自身が出陣するということには反対をするよ」

 

「なっ!」

 

 自分が出陣すれば軍の士気は上がり、討伐も容易にできるのではないかと蓮華は思っていただけに一刀の発言に僅かばかり不満を表した。

 

「風も言っただろう。山越の狙いは蓮華を誘き出すことかもしれないって。この城にいれば山越でも手を出すことはほぼ無理だけど出陣すればちょっとした隙を突いてくる可能性がある」

 

 蓮華に何かあれば孫呉自体に大きな影響を与えてしまう。

 

 それだけは回避しなければならないと一刀は事細かく説明をしていく。

 

「でも蓮華様が行かれないのであれば誰を代わりに討伐軍を率いるのですか?」

 

 亞莎の質問に対して一刀は自分が行くと言った。

 

「だ、ダメよ!」

 

 一刀には出来るだけ危ない事をさせたくない蓮華は思わず大声を上げてしまった。

 

 それは呉王ではなく一刀を愛する妻としての心配でもあった。

 

「もしも一刀に何かあれば私は嫌よ」

 

 蓮華ばかりかその場にいた者は誰もが思っていた。

 

「一刀さん、さすがにそれは穏も賛成できませんよ~」

 

「わ、私も反対です」

 

 穏と亞莎も蓮華に負けないほど彼を愛しているため、遠征軍の指揮を取らすわけにはいかなかった。

 

 三人に反対された一刀は風の方を見るとあまりよい顔をしていなかったが、反対はされなかった。

 

「風はお兄さんに行ってもらうほうがいいと思います」

 

「風「風様」「風ちゃん」!」

 

 信じられないといって感じで三人はのんびりと一刀を見上げている風に正気なのかと問う。

 

 同じ気持ちだと思っていたばかりに蓮華達にはその理由を聞かなければ納得などできるはずはなかった。

 

「お兄さんが天の御遣いだからです」

 

「それでは理由にならないわ」

 

「風にはそれで十分だと思いますよ」

 

 三人に向かっていつもどおりの口調で風は答える。

 

「風、貴女も本当は一刀に前線になんて出て欲しくないと思っているのでしょう?」

 

「もちろんです。風達はお兄さんがいてくれないと困りますから」

 

 一刀の子を宿し無事に出産した風にとって、一刀は何よりも大切で傍にいて欲しいといつも願っていた。

 

 それでも一刀を指揮官になるべきだと主張する。

「お兄さん」

 

「なんだ?」

 

「お兄さんならできますよね?」

 

 そっと手を握る風は不安に押しつぶされまいとしていたが、一刀から見れば無理をしているのがよくわかった。

 

「ああ、もちろんだ」

 

 一刀は安心させるように笑顔を見せると風は納得した。

 

「蓮華、俺に行かせてもらえないかな?」

 

「ダメよ」

 

 全く納得していない蓮華はここが朝議の場であることを忘れているかのように、弱々しい自分をさらけ出していく。

 

「あなたは私達の夫よ。どうして行かなければならないの?」

 

 自分達にとって夫である男は一刀をおいてありえなかった。

 

 それと同じで多くの娘達にとって父親は一刀しかいない。

 

「どうしてって俺が大都督だからだよ」

 

 冥琳から託されたものを守りたい。

 

 その想いが一刀を大都督としての責務を感じさせていた。

 

「なら大都督を解任「蓮華」……」

 

 一刀の声で蓮華は自分のしようとしていることに気づき、何ともいいがたい気持ちになっていく。

 

「国の王が私情に流されたらダメだ」

 

「しかし……」

 

「誰も死ぬなんて言ってないだろう?それにこんなに可愛い奥さん達を置いて逝くほど俺は薄情な奴じゃあないと思っているぞ」

 

 場を明るくさせようと一刀は笑顔で、そして大きな声で言う。

 

「俺は天の御遣いだぞ。そう簡単に死にはしないさ」

 

 過去二度、死を間近まで引き寄せていたがこうして今、元気な姿で毎日を送っているだけに妙な自信を一刀は感じていた。

 

「それに護衛にも恋や華雄、それに葵の三人がいれば、それで少なくとも俺の安全は確保できるだろう?」

 

 天下の飛将軍とそれには及ばぬが十分な武を持ち合わせている華雄と葵がいるだけで山越の刺客から一刀を守るなど簡単だった。

 

 信頼できる仲間なだけに蓮華は考えた末、一刀を討伐軍の指揮官に任じることにした。

 

「兵も精兵を付けるわ。それに軍師も風と亞莎、それに悠里をこちらに呼び戻して三人。これが任命する条件よ」

 

 明命も付けるべきだと思ったが、彼女には別件があるため動かす事が出来なかった。

 

「十分過ぎるよ。でもそれだけあればすぐ戻ってこれるさ」

 

 私情を挟んでいることはあまり喜ばしい事ではなかったが、断ると本気で監禁されるかもしれないと思い承諾した。

 

「正式な命令は明日にでも出すわ」

 

「わかった」

 

 顔色の優れない蓮華はそれから内政や外交の案件について意見を交わした後、一人さっさと玉座を後にした。

 

「お兄さん」

 

 風は一刀に蓮華の後を追うようにと催促する。

 

「一刀さん、私も蓮華様と同じ気持ちですよ。だから痛いほど蓮華様の気持ちがわかりますよ」

 

「今日の政務は私と穏様、それに風様でしておきます。だから蓮華様の傍にいてあげてください」

 

「おや?今、風の名前が呼ばれような気がしますが?」

 

 そう言いながらも穏と亞莎から協力を求めるとあっさりと承諾する風。

 

「仕方ないですね。では今度、お兄さんに風達全員に何かご馳走を作っていただきましょう」

 

「マジかよ」

 

 口では嫌そうな一刀だが心の中では三人の配慮に感謝した。

 蓮華は城の庭に造られた木製のベンチに座り肩を落としていた。

 

 執務室に向かったが机の前に座る気分になれず、悶々とした気持ちに苛立ち庭を散歩したがそれでも心は晴れる事はなかった。

 

(一刀を山越になんか行かせたくない)

 

 自分ではまだ一刀が遠征軍を率いる事に納得していなかった。

 

 だが一刀の王として私情に流されるなという言葉が堪えた。

 

(私は孫呉の王。私情は禁物。でも……)

 

 この世で誰が愛する人を喜んで危ない所に向かわせるだろうか。

 

 蓮華にはできない事だった。

 

「こんなことになるのなら一刀に大都督になんて任じなければよかった……」

 

 宰相にでも任じておけば戦などに行かずに済んだはずだったが、今となっては遅すぎる判断だった。

 

「れ~ん~ふ~ぁ~♪」

 

 声と同時に蓮華の胸を後ろから鷲づかみにする手があった。

 

「き、きゃっ!?」

 

「あれ~?少し大きくなったかしら?」

 

 犯人は彼女の姉である雪蓮だった。

 

 ひどくおかしそうに笑いながら雪蓮は蓮華の胸を楽しんでいた。

 

「お、お、お姉様!」

 

「は~い、蓮華ちゃんのお姉ちゃんよ♪」

 

 雪蓮は楽しく答える。

 

「ど、どうしてここに?」

 

「なんとなくよ♪」

 

「そうですか……。ではその手を離していただけませんか?」

 

 陽の昇っている下で妙な気分になりかけている蓮華は、雪蓮ではなく一刀だったらよかったのにと思ってしまい顔を紅くしていた。

 

「もう少し楽しみたいけど、一刀に怒られるわね♪」

 

 妹の心を読むかのように雪蓮は手を離してベンチに座っていく。

 

「それにしてもいい天気ね」

 

 見上げると青空が広がっていた。

 

 江東の温暖な気候は春の心地よさを十分に感じさせていた。

 

「風から聞いたわよ」

 

 雪蓮の言葉に身体を一瞬振るわせる蓮華。

 

「私はどちらかといえば蓮華と同じ気持ちよ」

 

「お姉様?」

 

「だってそうでしょう?自分の愛している人を危険な目にあわせたくないって思うのは当然の事よ」

 

 風から事情を聞いた雪蓮は別に怒るわけでもなかった。

 

 もちろん心配はしていた。

 

「でも一刀が行くって言ったのでしょう?貴女の代わりに」

 

「はい……」

 

 そしてそれを止めることが出来なかった自分の不甲斐なさに落ち込む蓮華に、雪蓮は真面目すぎる妹を見て頭を撫でた。

 

「一人の女としてなら行かないで欲しいと思うのは当然よ。でも、王としては口で言っておきながら迷うのはよくないわよ」

 

「どうしてですか?」

 

「どうして?決まっているでしょう。王は命令して臣下はそれに従うだけよ。それが王の責務であり臣下の責務よ」

 

 かつて自分と冥琳が背負っていた物を今は蓮華と一刀が背負っている。

 

 時代は変わっても背負うものは何一つ変わる事はなかった。

「私はこんな性格だから冥琳に随分と苦労させたわ。でもね、王としての責務だけはどんな事があっても背負っていたわ」

 

 彼女達の母親が亡くなってから雪蓮はその責務から逃れることはしなかった。

 

 口や態度では投げやりなところもあったが、最後には王としての自覚を忘れる事はなく責務を果たしていた。

 

 それは蓮華もよく知っている事だった。

 

「蓮華」

 

「はい」

 

「いい王ってどんな王かわかる?」

 

「いい王……ですか?」

 

 蓮華が考えている王というのは民の幸せや国を豊かにするといったものだった。

 

「そうね。それも王としては立派だと思うわ」

 

「お姉様は違うのですか?」

 

 呉の国を立て直した姉は妹の方を向いて優しい笑顔を見せた。

 

「どうかしらね。ただこれだけは言えるわ。王はどんなに苦渋を迫られても道を誤ってはならないわ」

 

 王が道を違えてしまえばそれに続く家臣や兵士、そして民までもが悩み苦しみ結果的には国という組織を崩壊させかねない。

 

 それだけは決して間違えてはならないと雪蓮は妹に語った。

 

 蓮華は静かに自分の今の状況が苦渋であり、道を誤ろうとしていたことを嫌というほど雪蓮の言葉で思い知らされた。

 

「蓮華」

 

「はい」

 

「一刀を信じてあげなさい。それが王としての責務であり一人の愛する者としての強さよ」

 

「お姉様……」

 

 自分よりも遥かに王としての器を持つ雪蓮が羨ましくてならなかった。

 

「お姉様が羨ましいです」

 

「あら、どうして?」

 

「だってお姉様ほど王に相応しい人はいませんから」

 

「私はそんな褒められるような王じゃあないわよ。だって私よりも立派な王がここにいるんだし♪」

 

 それは誰でもない蓮華のことをさしていた。

 

 乱世では雪蓮が蓮華を遥かに凌駕していたが、平和になった世の中では蓮華のほうが優れていると思っていた。

 

「今の呉は蓮華と一刀が育んでいるのよ。私や冥琳、それに母様が築いた土台の上でしっかりと孫呉という花を咲かせているわ」

 

 雪蓮にとって自慢の妹だった。

 

「蓮華はもう立派な王よ。だから一刀を信じてあげなさい」

 

「……はい」

 

 蓮華はまだまだ自分は姉のような大きな人間にはなれないと思った。

 

「でも一刀を一番理解しているのは私よ♪」

 

 ひどくおかしそうに笑う雪蓮に蓮華もつられて笑う。

 

 こうして姉妹で笑いあうのは久しぶりのような気がした蓮華は自分の心の中にあった不安が薄らいでいくように感じた。

 

「お姉様」

 

「うん?」

 

「今夜、確かお姉様の日ですよね?」

 

「なによ、その言い方だと譲れってことかしら?」

 

 ついさっきまで妹を褒めていた姉は不満そうに頬を膨らませていく。

 

 雪蓮にとってそれとこれは別問題であり、そっちに関しては譲るつもりもなかったが結局、次回から五回ほど自分に譲るのであればかまわないとかなり意地の悪い提案をした。

 

 蓮華も散々悩んだが今日ばかりは一刀と過ごしたいと思ったため、仕方なくその条件を呑んだ。

「あのな、俺は物じゃあないぞ?」

 

 黙って二人の様子を伺っていた一刀は呆れた表情を浮かべて二人の前にやって来た。

 

「誰も物だなんて言ってないわよ♪」

 

「ほう~」

 

 二人はお互いの顔を見て笑いあう。

 

 そんな二人の様子を羨ましそうに見守る蓮華。

 

「一刀、今日は私じゃあなくて蓮華だから間違わないでね♪あ、もちろん私が恋しくて仕方ないならいつでも待っているわ♪」

 

「はいはい」

 

 受け流すように一刀は雪蓮に答える。

 

 それよりも今は蓮華に話がしたい一刀を雪蓮は彼の手を掴んで二人の間に座らせた。

 

「し、雪蓮?」

 

「いいじゃあない♪」

 

 一刀の腕に自慢の胸を押し付けながらも雪蓮は一刀の緊張感を解していった。

 

「ほら、二人とも話したいことがあるのなら遠慮なんてしたらだめよ」

 

 雪蓮からすれば現役の二人が納得するまで話し合って欲しいと思っていたため、一刀にわざと時間ををつけてここにくるように言っておいた。

 

「蓮華」

 

 隣で俯いている蓮華はその声に不安をあらわにしていきゆっくりと一刀の肩に顔を乗せていく。

 

「心配させるようなこと言ってごめんな」

 

 腕を彼女の肩にまわして抱き寄せていく一刀は自分の遠征軍指揮官に名乗り上げた事で心配してくれていることが嬉しかった。

 

「でも、俺は大都督だから、蓮華の力になりたいんだ」

 

「そんなのわかっているわ……。でも……」

 

 だからこそ私人としての自分の気持ちを偽る事は出来なかった。

 

 王としては失格でも一人の女としてはごく当たり前のことをしている蓮華は不安に押しつぶされないように必死に耐えていた。

 

「一刀、蓮華はあなたのことを心配しているのはわかるわよね?」

 

「ああ。でも、蓮華が行けば山越は必ず狙ってくる」

 

「それは一刀だって同じことよ?」

 

 天の御遣いである一刀は山越からすれば呉王に匹敵するほどの価値はあるだろうと雪蓮は言った。

 

「そうだな。変に有名人になってしまったからな」

 

「一刀のバカ!」

 

 笑う一刀に蓮華は思わず声を荒げてしまった。

 

「笑い事じゃあないのよ?殺されるかもしれないのよ?」

 

「あのな、恋達がいるのでそれはないだろう?」

 

 あくまでも余裕を見せる一刀。

 

「でも何らかの理由で恋達と離されたらどうするのよ?一刀なんか弱いからすぐに殺されるわ」

 

 それが現実になれば蓮華は自分を見失い、生きていく意味を失ってしまう。

 

 蓮華だけではない、雪蓮も同じ思いだった。

 

「その時は、仇でも討ってくれると嬉しいかな」

 

 もちろん本気で言ったつもりはなかった一刀だが、蓮華を怒らすには十分だった。

 

 身体を起こして一刀を睨みつけ思いっきり平手打ちをお見舞いした。

 

「れ、蓮華?」

 

 引っ叩かれた頬をさすりながら蓮華を見返すが、彼女は涙を浮かべながら立ち上がりどこかへ去っていった。

「あ~あ、せっかく納得できたのに……。あれは一刀が悪いわよ?」

 

 雪蓮は呆れていたが絡めている腕をはずすことはなかった。

 

「いくら冗談でも言っていいときと悪いときぐらいは気づきなさいよ」

 

「雪蓮も蓮華も心配しすぎだって」

 

 自分は今まで生き抜いてこられた強運を信じていると一刀は思っていたが、周りからすればそれはただ単に運が良かっただけにしか過ぎない。

 

「私が蓮華と同じ立場なら同じように叩いていたわよ?」

 

「でも恋達がいるんだから大丈夫なんだけどな」

 

「それでも心配なのよ。あの子だけじゃあないわ。冥琳や祭、月や詠達、みんなあなたが死んだらもう笑うことだって出来なくなるわ」

 

 失ったものはもう二度と元には戻らない。

 

 そうなれば真面目すぎる蓮華ならショックを受けて自ら死を選んで一刀の後を追うだろうと雪蓮は思っていた。

 

「誰かがいるから、なんてことを言っていたら蓮華に恋達の身の回りを守らせるのと大差さないわよ?」

 

 蓮華なら一刀よりも強いためそれなりに自分のことを守ることは出来る。

 

 それを考えれば蓮華が指揮官になっていく方がまだマシに思えた。

 

「一刀が蓮華のことを想っているように、あの子だって一刀のことを想っているのよ。それこそ王と大都督というものを超えてね」

 

 一人の女として一人の愛する男を心配する。

 

 それがやり場のない怒りが蓮華を王としてではなく一人の女として行動させていた。

 

「私もどちらかといえば余り乗り気ではないわ。でもね、私達が止めてもあなたは行くつもりなのでしょう?」

 

「ああ」

 

 自分で決めた事を今更翻すつもりは一刀にはなかった。

 

「なら私は送り出すわ」

 

「雪蓮?」

 

「心配がないわけじゃあないわよ。でも男が一度決めたことを覆すようなことをしたら本気で怒っていただけよ♪」

 

 嬉しそうに雪蓮は一刀の肩に頭をのせていく。

 

「帰ってくるよ、絶対に」

 

「当たり前よ。帰ってこないと紹ちゃん達に恨まれるわよ?」

 

「それは嫌だな」

 

 二人はそう言って笑いあった。

 

 そして笑いが収まると雪蓮は身体を起こして一刀の頬に手を添えていく。

 

 その表情は笑ってはいたが、不安の影が見え隠れしていた。

 

「とりあえず私も不安だからそれを消させて」

 

 そう言って雪蓮は顔を近づけていき、一刀の唇と自分の唇を重ねた。

 

 ゆっくりと不安を打ち消すように二人はお互いを抱きしめあって長い口付けを交わした。

 

 唇を離すと雪蓮は納得したようにいつもの笑顔に戻った。

 

「続きは戻ってきてからね♪」

 

「続きって……今日は雪蓮の番だろう・・・・・・って変わったんだっけ?」

 

「うん♪蓮華に取られちゃった♪」

 

 ひどくおかしそうに笑いながら雪蓮が答えるため一刀は思わずため息をついてしまった。

 雪蓮に半ば追い払われるようにして一刀は蓮華の執務室に向かったが、中には誰もおらず侍女や文官、警護の兵士達にどこにいるか聞いたが見つけ出すことはできなかった。

 

 屋敷に戻ったのかと思って行ってみたがどこにもいなかったので娘達と遊んでいる月と詠に尋ねた。

 

「あんたがまた何か変なことでもしたんでしょう?」

 

 娘の賈穆に満面の笑みを向けながら素っ気無く答える詠。

 

 探している理由を話すと一刀を見ようとはしなかったがどこか納得したような表情だった。

 

「蓮華が怒るのも無理ないわね」

 

「私も蓮華さんのお気持ちがよく分かります」

 

 詠の隣で静かに話を聴いていた月も愛娘の董白と蓮華の娘である孫登と遊んでいたが、ゆっくりと顔を上げて一刀のほうを見た。

 

「でも蓮華はこの国の王だ。王に何かあれば大変だろう?」

 

 あくまでも王という存在にこだわる一刀に詠は呆れ顔になっていく。

 

「あんたね、本当に蓮華が怒っている理由がそれだけだと思っているの?」

 

「なんだよ、それ以外にあるのかよ?」

 

 不満そうに言い返す一刀に詠は呆れを通り越して思わず大声を上げたくなる衝動に駆られたが、賈穆の教育によくないと思い喉まででかかった言葉を一度呑みこんだ。

 

「あんたね、一つ聞くけどボク達はあんたにとってなんなの?」

 

「何だって言われたらこの世で一番大切で愛しているとしか言えんな」

 

 真顔で答える一刀に自分達を愛していると言われた詠と月は顔を真っ赤にしていく。

 

「へぅ~」

 

 両手で顔を抑えて恥ずかしがる月を董白と孫登は不思議そうに見ていた。

 

 詠は冷静さを見せ付けるように眼鏡を一度指で押し上げて賈穆の頭を撫でた。

 

「それがなんだよ?」

 

「まだわからないの?」

 

 本気で呆れた詠はため息を漏らした。

 

「月、この鈍感男に何か言ってあげて」

 

「詠ちゃん、鈍感……かどうかは私も思うけど言いすぎだよ?」

 

「思っているなら問題ないでしょう?それよりも早く教えてあげてよ」

 

 詠から託された月は一刀をまっすぐに見据えた。

 

「お義兄さまは蓮華さんが大切なのですよね?」

 

「もちろん。月や詠、それに子供達だって大切さ」

 

「へぅ。つ、つまり蓮華さんもそういう気持ちなのです」

 

 月は恥ずかしがりながらも蓮華が想っていることを一刀にゆっくりと説明をしていく。

 

 一刀が自分達を大切に想ってくれているのと同時に、自分達も一刀のことを大切に想っていること。

 

 そしてその存在は余りにも大きく、喪失することを恐れていること。

 

「お義兄さまは花を見たことありますよね?」

 

「そりゃあまぁ」

 

「花はその美しい姿を散らしても根がある以上、何度でも咲くことができます。でもその根がなければその花はもう二度と咲くこともできなくなります」

 

 一刀は月の少し寂しそうな表情を見て蓮華がどうして反対をしていたのか、その理由をようやく知ることができた。

 

 花は彼女達であり根が自分。

 

 つまり自分がもし死んでしまえば彼女達はその美しい花を咲かせることが出来なくなる。

 

 それは何よりも恐怖を感じ、何よりも喪失感を覚える、一種の悪夢そのものだった。

 

「お義兄さま」

 

「うん?」

 

「お義兄さまはご自分が思っている以上に私達にとって、もはや何者よりも大切なのです」

 

 愛する男と愛し愛され、そして娘を産めた喜びがあった。

 

 蓮華が一刀に伝えたいことを代弁するように月は話していった。

「そうだよな」

 

 ここにきて初めて自分が言ってしまった冗談を後悔した。

 

「俺が死んだら仇討ってくれなんて言ったらダメだったな」

 

「ボクがその場にいたら間違いなく殴ってるわよ」

 

「お義兄さま……さすがにそれは私も叩いてしまいます」

 

 二人から非難される一刀は落ち込んでいく。

 

「まったくこんな男が貴女の父親だなんて泣けてくるわね」

 

 娘に愚痴るツンな母親。

 

「白ちゃん、孫登ちゃん、こんなお父様ですけど見捨てないでくださいね」

 

 珍しく呆れている月は娘達に悪い父親像を作らないように諭していく。

 

「さすがに俺が悪いよな……」

 

 妻ばかりか娘達からも妙な視線を感じる一刀はますます落ち込んでいく。

 

「そう思うのならきちんと自分の口で安心させてあげるべきね。もちろん月にもよ」

 

「そうだな。月や詠にも安心してもらいたいからな」

 

「ボ、ボクは別に心配なんかしてないわよ」

 

 そう言いつつも心の中では月以上に心配をしている詠。

 

「た、ただ、この子達にあんたが女に節操なしか話さないといけないから生きていてもらわないと困るだけよ」

 

 顔を真っ赤にしながら詠はそう言い切った。

 

「わかった。みんなに約束するよ。俺はどんなことがあっても戻ってくるから」

 

 月と詠の頭を優しく撫で子供達にも同じように頭を撫でていく一刀は心配させないように笑顔を見せた。

 

「本当に戻ってきなさいよね。死んだりなんかしたら許さないわよ?」

 

「はいはい。心配性のツン子ちゃんにそこまで言われたら死ぬわけにはいかないな」

 

 一刀は笑いながらここに生きて帰ってくることを約束した。

 

「それじゃあ、あんたが約束してくれるのならいいことを教えてあげる」

 

「いいこと?」

 

「どこに行ったかは知らないけど着替えて出て行ったわよ」

 

 詠は蓮華がここに戻ってきて一刀からプレゼントされた服に着替えて出かけていったと打ち明けた。

 

「そういうことは早めに言ってくれよ」

 

「あんたがきちんと話してくれたからそのご褒美よ。ありがたく思いなさい」

 

「そうか。ありがとうな」

 

 一刀に礼を言われて詠は照れているのを隠すように賈穆を見る。

 

「お義兄さま」

 

「うん?」

 

「お義兄さまがご無事にお戻りになったら天のお料理を作りますから必ず戻ってきてください」

 

 月らしい願いに一刀は頷いた。

 

 そして二人をゆっくり抱きしめた。

 

「ち、ちょっと、子供達の前で何するのよ!」

 

「へぇ」

 

「大丈夫だから」

 

「「えっ?」」

 

 二人の耳元で一刀はそう呟く。

 

「きっと帰ってくるから」

 

 一刀の心からの言葉に二人はそっと彼の背中に手を添えていく。

 

「絶対戻ってきなさいよ」

 

「うん」

 

 短く答えて一刀は二人の頬に口付けをした。

 一刀は二人と娘達と別れて蓮華の捜索を再開し街に出た。

 

「御主人様」

 

 琥珀と葵が一刀のところにやってきた。

 

「こら、琥珀。また口の周りを汚しているじゃあないか」

 

 饅頭でも食べたのか口の周りに餡がついており、一刀は布を取り出して口の周りを拭いていく。

 

「これでよしっと」

 

 綺麗になった琥珀も嬉しそうにしていた。

 

「一刀さん、琥珀ちゃんは一刀さんの姿を見てわざと餡が口の周りに付くように食べていたんですよ」

 

「本当か?」

 

 葵に言われても平然としている琥珀。

 

「御主人様に口を拭いてもらえるのは貴重です。だから私は御主人様に拭いてもらっているだけです」

 

 別に悪いことをしているわけではないため一刀と葵は苦笑するしかなかった。

 

「それに御主人様に愛される者の特権です」

 

「特権ですか~」

 

 葵もチラッと一刀の方を見る。

 

(一刀さんに口を拭いてもらってそのまま……)

 

 それから先の想像に葵は顔を紅くしていく。

 

「ところで二人とも、蓮華を見なかったか?」

 

「蓮華さんですか?」

 

「見かけませんでした」

 

「どこ行ったんだ」

 

 自分のせいで行方不明になったなんて洒落にもならなかったので自分に腹が立つ一刀。

 

「どうかしたのですか?」

 

 一刀はとりあえず二人に城に戻っていないかを見てきてほしいと頼み、詳しいことは言わなかった。

 

「それと葵ちゃん」

 

「はい?」

 

「屋敷に戻ったら恋と華雄を集めておいてくれる?」

 

 葵を含めた三人に話しておくこともあったので一刀は頼んだ。

 

「わかりました。それじゃあ一度、お城に行ってみますね」

 

「悪いな。琥珀、余り食べ過ぎるとお腹が大きくなるから気をつけるんだぞ」

 

「御主人様のお願いなら我慢します」

 

 大食い選手の琥珀は少しだけ不満そうにしていたが、一刀のお願いならば仕方ないといった感じで受け入れた。

 

「いい子だ」

 

 琥珀の漆黒の髪を撫でると幸せそうな表情を浮かべる琥珀。

 

「それでは私達は城に行きますね」

 

 礼儀正しく頭を下げて琥珀を連れて行こうとするが、その前に一刀は呼び止めた。

 

「葵ちゃんもいい子だよ」

 

 そう言って琥珀と同じように頭を撫でると頬を紅く染めていく葵。

 

 何気ない優しさが二人を幸せにさせていく。

 

「それじゃあ頼むよ」

 

「はい!」

 

 気合十分に葵は答え、琥珀を連れて城へ向かった。

 それから時間だけが流れていき、夕暮れになっても蓮華を見つけ出すことはできなかった。

 

 城内、街、外、色んな場所を探したがどこにも居なかった。

 

 そして最後に行き着いた場所は自分の義母となるはずだった人の墓前。

 

「蓮華」

 

 その墓前に一人座り込んでいる蓮華を見つけた。

 

「ここにいたのか」

 

 隣に座り墓に手をあわせる一刀。

 

「孫堅さん……お義母さんと何か話していたのか?」

 

 蓮華は膝を折り両腕でそれを包むように座っており、一刀の方を見ようとはしなかった。

 

「先に言うよ。俺が今回の遠征軍を率いるよ。蓮華からそう命令されたことだしね」

 

 こればかりははじめから変えるつもりはなかった。

 

「でもその代わり、蓮華に約束するよ。どんなことがあっても生きて蓮華の元に帰ってくる」

 

 愛しい人達の所に戻ることは一刀の中では当たり前のことだった。

 

「そんな約束などあてにならないわ」

 

 俯いていた顔をゆっくりと上げて母の墓を見る蓮華の表情は笑顔が入り込む余裕などないほど暗かった。

 

「一刀はわかってないわ。山越がどれほどのものなのかを」

 

「そりゃあ詳しくは知らないな。でも京や真雪から情報を送られてきているしそれなりには理解しているよ」

 

 危険はある。

 

 だからといってそこへ呉王だからといって蓮華を連れて行くことは出来なかった。

 

 山越を除けば平和になった世の中で蓮華にこれ以上、戦に出てほしくないという本音が一刀にはあった。

 

「口約束だけだと信用してくれないのか?」

 

「当たり前よ」

 

 命令はしたもののそれを撤回しようとまで思い始めていた蓮華に一刀はある意味、古傷をえぐるような言い方をした。

 

「お義母さんのことを思い出していたのかな?」

 

 その言葉に蓮華は身体を一瞬、振るわせた。

 

 戦でその命を落とした彼女の母親。

 

 蓮華が一刀の遠征軍を率いることを反対した本当の理由はそれだった。

 

 最愛の母と同じように戦場で失うことを極度に恐れている蓮華は何とか思い直してくれることを望んでいた。

 

「俺がお義母さんと同じように戦で死ぬかもしれないと思ったから反対したのか?」

 

「……」

 

 蓮華は答えなかったが一刀からすればそれが答えになっていた。

 

「大切な人を失うのは怖いことだよな。俺も蓮華の気持ちはよく分かるよ」

 

 五胡と戦った時、葵と舞香のことを思い出した一刀。

 

 戦が引き起こした悲劇というには余りにも残酷な運命。

 

「ならどうして!」

 

 自分の気持ちを理解してくれているのならいますぐ指揮官を辞退して欲しいと思った。

 

 今ならまだ遠征軍の司令官を変えることも出来るが、明日の朝議になればそれはもはや変えることは出来なくなる。

 

「蓮華を守りたいからだ」

 

 優しく微笑みを浮かべる一刀の声に蓮華は一瞬、何を言っているのか分からなかった。

 

「俺は蓮華を守りたい。愛する蓮華をもう戦場には立たせたくないんだ」

 

 本音をぶつける以外解決策がないと一刀は思った。

 

「蓮華が傷ついたり、誰かを傷つけてほしくないんだ。確かに俺は蓮華より弱い。それでも俺は蓮華の幸せを守りたいから行くんだ」

 

「私の……幸せ?」

 

「生きて帰ってくるから」

 

 一刀は彼女の肩を掴んだ。

 

 蓮華は迷いながらもその手に自分の手を重ねた。

「なんたって俺は蓮華達の根だからな」

 

「根?」

 

 月に言われたことを一刀は口にしたが蓮華にはさっぱりわからなかった。

 

 だが不思議とさっきまでの苦しみが薄れていくような感じを覚えた。

 

「ここで誓うよ。北郷一刀は蓮華達を遺して死んだりしないことを誓います」

 

 片手を上げて誓約をする一刀。

 

「なら孫仲謀ではなく北郷一刀を愛する一人の女として私だけに誓ってほしい」

 

 そうすれば自分の中にある不安に負けることはない。

 

 蓮華の願いに一刀は頷いた。

 

「北郷一刀は蓮華を決して一人遺して死なないことを誓います」

 

「なら私も誓うわ。蓮華は北郷一刀を死なせないことを誓います」

 

 彼が生きて帰ってくるのであればどんな手も惜しまない。

 

 この時、彼女の中であることを思いついていた。

 

「一刀」

 

 蓮華は一刀の胸に飛び込むように抱きつく。

 

「このまま一刀と離れたくない」

 

「うん。俺もだよ」

 

 優しく抱きしめていく一刀墓石の方を何気なく見る。

 

「お義母さんの前だぞ」

 

「いいの。お母様に私達の仲の良いところを見てもらえばいいの」

 

 ここが外でなければそのまま蓮華を押し倒していた一刀は心の中で孫堅に謝りながらも、彼女を抱きしめながら髪を何度も撫でていく。

 

「一刀」

 

「うん?」

 

「明日、渡したいものがあるの。受け取ってもらえる?」

 

「ああ」

 

 拒否することなど一刀にはありえなかった。

 

「あと…………一刀に愛されたい」

 

「俺も蓮華を愛したい」

 

 二人はお互いの顔を見る。

 

 唇が重なり合い柔らかな感触が伝わっていくと、蓮華の瞼から熱のこもった雫が零れ落ちていく。

 

「それじゃあ今日は城にも屋敷にも戻らない代わりにこの先の小屋に行こうか」

 

 その小屋は旅人などが野宿をせずにすむようにと仮宿のようなものだった。

 

 これも一刀が各国からの商売人や旅人などのために提案したもので三国に普及していた。

 

 半月に一度、掃除などに来る以外に誰も居なかった。

 

「ちなみに饅頭も買ってきたから腹が減ったら食べよう」

 

 街を出る前に饅頭を買っておいた一刀に蓮華は微笑んだ。

 

 蓮華は一度、一刀から離れて姿勢を正した。

 

「お母様、どうか一刀を守ってください」

 

 両手をあわせて祈る蓮華。

 

「俺は蓮華達を悲しませたくないから、どうか守ってください」

 

 同じように両手をあわせて祈る一刀。

 

 そんな二人の願いを聞き入れたかのように穏やかな風が二人を包んでいった。

 その夜。

 

 何度となく交わり、お互いを残らず感じあった二人は寝台の上で寄り添うように横たわっていた。

 

「一刀」

 

「うん?」

 

 激しさの後の心地よい静けさに包まれていた蓮華は一刀の腕の中で幸せを感じていた。

 

「私は王なのよね」

 

「そうだな」

 

「一刀から見て私はどんな王なの?」

 

「どうって……いい王様だよ」

 

 一刀の答えにそれが当然の答えだと思いながらも、雪蓮に言われた王について話した。

 

「雪蓮らしいな」

 

 一刀は予想をしていたかのように答え、そして笑った。

 

「でも俺は少し違うかな」

 

「違う?」

 

「確かに王様は私情を挟んだらダメだけど、だからといって人の痛みや苦しみまで放置してはいけないよ」

 

 一刀は蓮華が蓮華らしい王様になってくれることを一番に望んでいた。

 

「私は国のため、民のために頑張っている。でも、それだけではいい王にはなれないと雪蓮お姉様と話してわかった」

 

「なら王という視点から考えるのをやめたらいい」

 

「え?」

 

 一刀は王という肩書きにはまって物事を考えていては目に見えるものしか幸せにできない。

 

 民と同じ視点に立ち、何を思い何を感じているか、そういったものを肌で感じれば王とは何か、その答えが見つかるのではないかと言った。

 

「そういえば一刀はよく街に行っているわね」

 

「そう。街には城からでは分からないこともあるからね。それに屋台のラーメンが美味いのなんの。そうだ、今度その屋台に食べに行かないか?」

 

「そんなに美味しいの?」

 

「うん」

 

 その屋台に豚骨ラーメンを伝授した一刀は試食を兼ねて何度も足を運んでいた。

 

 始めはいくら天の御遣いの提案だからといっても難色を示していた主人も、売り切れが続くと何かとアドバイスをしてくれている一刀に感謝をしていた。

 

 感謝の印として一刀とその連れには無料で提供しようとしたが、一刀はそれを丁重に断り特別扱いをしないでほしいと願い出た。

 

 その代わり、新作ができるとその試食会に呼ばれ一番に楽しめるようになった。

 

「他にもたくさん知らない事もあるから今度、遠征から戻ってきたらデートしないか?」

 

 蓮華の知らないものをたくさん教えてあげたいという一刀の提案に、蓮華は嬉しそうに頷いた。

 

「もちろん蓮華と二人っきりだよ」

 

「それはダメよ」

 

「へ?」

 

 意外にも否定された一刀はなぜと問う。

 

「だって登もいるじゃあない」

 

 蓮華は愛娘の存在を忘れている一刀に少々呆れた。

 

「それはそうだけど、登はまだ小さいからなあ」

 

「そんなこと言っていると嫌われるわよ?」

 

「喜んで連れて行くよ」

 

 娘に嫌われたくないのか一瞬で一刀は蓮華に従うことにした。

「ねぇ一刀」

 

「な、なに?」

 

 少しでも離れたくない蓮華は一刀の背に腕を回していく。

 

「山越ははっきりいって強いわ。だからどんなことがあっても油断はしないで」

 

「しないよ。俺よりも優秀な人がたくさん居るから大丈夫だよ」

 

「一刀の大丈夫っていう言葉ほど不安なものはないわ」

 

「おいおい」

 

 そう言って二人は笑いあう。

 

「でも信じているから。だから……」

 

 蓮華は自分から一刀の唇を求め、そして貪るように口付けを交わしていく。

 

 一刀を自分に刻み込んでいくように激しく求めていく。

 

 それを受け止めて彼女を強く抱きしめる一刀。

 

「一刀……一刀……かずと……かずと……」

 

 愛する男の名を何度も呼びながら蓮華は彼が無事に戻ってくることを強く願った。

 

 左手の薬指にはめられている指輪は彼女にとって一刀との絆。

 

「蓮華、何度でも約束するよ。生きて帰ってくる」

 

「絶対よ」

 

 もしそうならなければ後を追う覚悟はしていた蓮華。

 

「絶対に戻ってきてくれないと嫌よ」

 

「ああ。どうせ死ぬのなら蓮華達に囲まれて死にたいからな」

 

 冗談のように聞こえたそれは一刀の本音だった。

 

「それに一度、酒池肉林っていうのを体験してみたいよ」

 

「今がそれでしょう?」

 

 何度目かわからないほど口付けを交わしていく二人。

 

「あ、でも蓮華の炒飯だけは勘弁してくれよ」

 

 それを言うと蓮華に思いっきり腕を噛まれた。

 

「痛いって!」

 

「知らないわよ」

 

 思いっきり文句をぶつけながらも蓮華は離れようとしなかった。

 

「いいわ。一刀が出かけている間に月に教えてもらうから」

 

「お、それなら期待していいんだな?」

 

「ええ」

 

 今度は一刀から口付けを交わして、そして急に真面目な顔をしていく。

 

「なら絶対に戻ってくるよ。何があっても」

 

「戻ってきて。これは孫仲謀としての命令よ」

 

「命令か~」

 

「でも、今は孫仲謀ではなく一人の女だから。お願いだから戻ってきて」

 

 蓮華は両手を背中から離して一刀の頬を優しく触れていく。

 

「戻ってきてね、私の旦那様」

 

「御心のままに」

 

 一刀はそう答えてこの日最後の口付けを交わした。

 翌朝。

 

 心地よい気だるさを内に秘めたまま二人が戻ると、雪蓮達が屋敷の前に立っていた。

 

「た、ただいま」

 

 全員、眠っていないのか妙に怒っているように思えた一刀と蓮華。

 

「おかえり、お二人さん♪」

 

 そう言って雪蓮は蓮華の前に立った。

 

「お、お姉様……」

 

 挨拶をしようとした瞬間、雪蓮は笑顔のまま妹の頬を平手打ちした。

 

「雪蓮!」

 

 一刀が抗議をしようとしたがそれを蓮華が止めた。

 

「目が覚めたかしら?」

 

「はい」

 

 蓮華には雪蓮の気持ちが分かっていた。

 

 だからこそ叩かれた痛みで自分の中に残っていた迷いを打ち消すことができた。

 

「なら身支度をして城に行きなさい」

 

「はい」

 

 蓮華は一礼をして屋敷の中に入っていった。

 

「ようやく決心がついたみたいね」

 

 残された一刀を見て雪蓮は納得した。

 

「なんだか悪いな、嫌なこと引き受けさせて」

 

「いいわよ。だって家族でしょう?」

 

 家族のためなら何だってするといわんばかりに雪蓮は笑顔で答える。

 

「それよりもあっちをどうにかしなさいよ」

 

「あっち?」

 

 前を見ると不機嫌そうな華雄と一見普通に見えるが実は怒っている恋、それに半分なきそうな顔をしている葵がいた。

 

「あ……」

 

 葵に二人を呼んでおいてほしい言ったまま戻らなかったため、三人はずっと待っていたのは見て分かった。

 

「三人ともすまん」

 

 慌てて三人の前にいき両手をあわせて謝る一刀。

 

「一刀さん……」

 

「まぁ一刀様だし仕方ないだろう」

 

「……」

 

 三者三様の短い意見に一刀は謝ることしかできなかった。

 

 そこへ、

 

「ちんきゅーきーーーーーっく!」

 

 高々に雄叫びを上げながら音々音が門の上から一刀に必殺技のちんきゅうきっくをお見舞いする。

 

「ぐばっ!?」

 

 避ける余裕もなく思いっきり顔面にキックを喰らった一刀はそのまま後ろに倒れた。

 

「まったく、へぼ主人のくせに恋殿に迷惑をかけると許しがたい暴挙なのですよ」

 

 腕を組んで一刀に睨みつける音々音。

 

「今回は反論できないよ」

 

 一刀は素直に謝罪をすると音々音は文句をドミノのように並べていき、最後に、

 

「へぼ主人、今度こんなことをしたらねねが成仏させるのですよ」

 

 と言って屋敷の中に入っていった。

 

 その表情は複雑なものがあったが、ちんきゅうきっくが出来る相手がいることが音々音にとって嬉しかった。

 屋敷の中に入って湯浴みをしてから雪蓮達の前にやってきた一刀は恋、華雄、葵に今回の山越討伐に同行することをお願いした。

 

「わかりました」

 

 葵は何の迷いもなく即答した。

 

「一刀様のためならどこにでも」

 

 華雄も行くことを了承した。

 

「……ご主人さま、恋が守る」

 

 恋も行くことを決めた。

 

「ありがとう。でも今回は今までにないほど危険があるかもしれないから十分に気をつけてくれ」

 

 自分を守るために命を落としてほしくないと一刀は付け加えた。

 

「一刀様、我々がそう簡単にやられることなどありません」

 

「私達が一刀さんをしっかり守ります」

 

「コクッ」

 

 三人の武ならばちょっとやそっとでは一刀に危害が及ぶようなことはないことはこの場に居た全員が思っていた。

 

「家のことは私達がいるから心配しなくていいわ」

 

「ありがとう」

 

 雪蓮、冥琳、月、詠、琥珀は娘達と一緒に愛する夫の帰りを待つことになった。

 

「旦那さま、山越はなかなかに手強いものです。くれぐれも油断はなさらないでください」

 

 冥琳も嫌というほど山越の実力を知っているため、その注意を促した。

 

「何かあればすぐに連絡するのじゃぞ?」

 

 祭はできることなら同行したがっていたが、今回は蓮華からあることを頼まれて数日中にでかけることになっていた。

 

「それじゃあ城にいってくるよ」

 

 身支度を終えて一刀は恋達三人を連れて城に向かおうとした。

 

「そうだ、一刀」

 

「なに?」

 

「あとで渡すものがあるから受け取ってね♪」

 

「渡すもの?」

 

 昨晩、蓮華にも同じことを言われた一刀。

 

「いいものよ♪」

 

「わかった。あとでもらうよ」

 

 そう言って四人は部屋を出て行った。

 

「さて、私も文を書こうかしら」

 

「文?」

 

「そうよ♪」

 

 冥琳は雪蓮のしようとしていることがわからなかったが、彼女なりに何か考えがあるのだと思った。

 

「蜀にいる美羽と小蓮にも文を書くからすぐに届けてもらうわ」

 

 まるでこれから起こる事を予言し、それに対して最大限の根回しをしようとしている雪蓮は楽しそうだった。

 朝議が開かれた。

 

 一刀を始めとする重臣一同が揃っていた。

 

 そこへ身なりを整えた蓮華が南海覇王を携えて入ってきて、玉座の前に立ち一同を見た。

 

「みなに申し渡す。これより長年争っている山越と最後の戦を行う」

 

 力強い呉王の言葉に誰もが息を呑む。

 

「そしてその遠征軍を天の御遣いである北郷一刀に率いてもらう。北郷一刀」

 

「はっ」

 

 一刀は大都督として礼をとり蓮華の前に出る。

 

「そなたに精兵二万を与える。さらに軍師として風、亞莎、音々音、それに現地で合流する諸葛瑾、太史慈、魯粛、それに親衛隊から恋、華雄、葵を付ける」

 

 天の御遣いが率いる軍とあってその陣容も充実していた。

 

「また江賊討伐については祭、思春、穏の三名に命ずる」

 

 山越だけではなく江賊もこの際、一掃することを明言した蓮華に誰もが最後の戦いになることをその頭に浮かべていた。

 

「一刀」

 

「はっ」

 

「あなたに渡したいものがあるの。受け取ってもらえるかしら?」

 

「喜んで」

 

 一刀は何を渡すのだろうかと思っていると、蓮華は突然、南海覇王を鞘から抜いた。

 

「れ、蓮華?」

 

 慌てる一刀を前にして蓮華はその刃をゆっくりと自分の後ろに回して、長い髪を空いている手で束ねると、何の躊躇もなくその髪を切り落とした。

 

「「「「「蓮華「蓮華様」!」」」」」

 

 南海覇王を床に突き立てて用意された机の上に切り落とした髪を置いて、そこから何本かを結んでいき、小さな袋の中に入れていく。

 

 しっかり結び終えると蓮華は一刀にそれを渡した。

 

「私からのお守りよ」

 

 蓮華は一刀の無事を祈って自分の髪を切り、そしてそれをお守り代わりに渡したかった。

 

「蓮華……」

 

「髪はいつでも伸ばせるわ。でも、このお守りはこれだけよ」

 

 自分のことを考えてくれている蓮華に一刀は思わず抱きしめたい衝動に駆られたが、ぐっと我慢をして礼をとった。

 

「ありがとうございます、我が王」

 

 蓮華は一刀を優しく見守り、そして頷いた。

 

「一刀」

 

 そこへ雪蓮が冥琳達と娘達を連れてきた。

 

「私からも受け取ってもらうわよ」

 

 そう言って差し出されたのは蓮華と同じ小さな袋だった。

 

「挫けそうになったらそれを開けてみなさい。きっとあなたの役に立つわよ」

 

「雪蓮……」

 

「ぱぱ~」

 

 雪蓮の後ろから出てきた孫紹と周循は子供達の代表としてあるものを父親に差し出した。

 

「これは?」

 

 差し出されたのものは一通の文であり、それを開けるとそこには一刀が驚くものが書かれていた。

 

「ありがとう、紹、循。それにみんな」

 

 愛娘達にお礼を言うと嬉しそうにしていた。

 数日後。

 

 遠征軍二万が揃い、一刀達は雪蓮達と別れを惜しんでいた。

 

「きっと帰ってくるのよ」

 

「ああ。もちろんだよ」

 

 雪蓮は気丈にも笑顔だったがゆっくりと一刀に近寄っていき、彼もそれに応えるように抱きしめた。

 

「山越は今まで戦った中で一番厄介よ。だから油断しないでね」

 

「わかっているよ」

 

 一刀は人目を気にすることなく雪蓮と口付けを交わした。

 

「みんな、一刀が戻ってくることを信じているわ」

 

「うん」

 

 雪蓮は名残惜しそうに離れていき、髪を短くした蓮華に一刀を譲った。

 

「蓮華」

 

「私は孫呉の王。でもその前にあなたを愛する一人の女。だからお願い。必ず戻ってきて」

 

 全員の切実な願い。

 

 それを聞いていた恋、華雄、葵も自然と力が入っていく。

 

(何があっても一刀を守る)

 

 三人の共通の思い。

 

「必ず戻ってくるよ」

 

 一刀は蓮華を抱きしめ、そして口付けを交わした。

 

「恋、華雄、葵。一刀をお願いね」

 

「約束」

 

「任せておけ」

 

「命に代えましても」

 

 三人は初めて蓮華に礼を取り固く誓った。

 

「行ってくるよ」

 

 一刀はそう言ってゆっくりと離れていき、その後に風と亞莎を含めた五人が続いていく。

 

「一刀!」

 

 その後姿を見送っていた蓮華は愛する男の名を呼ぶ。

 

「約束よ」

 

 それに応えるように一刀は振り向き、Vサインを見せて騎乗の人になった。

 

「出発」

 

 華雄の合図で精兵二万は一刀達と共に最後の戦に赴いていった。

 

 残された雪蓮達は誰もが無事で帰ってくることを祈っていた。

 

 こうして天の御遣いである北郷一刀と彼を愛する者達の最後の戦が始まった。

(座談)

 

水無月:世界よ、私は戻ってきた!

 

穏  :はいはい~。試験お疲れ様でした~。

 

亞莎 :いつの世の中でも試験というものはありますから、仕方ないですね。

 

冥琳 :とりあえず試験も終わってようやく最終章ね。

 

水無月:この山越の話はあの二人が重要人物になりますからね。まずは出発から書かせていただきました。

 

穏  :そういえば、雪蓮様はどうしたのですかね?

 

冥琳 :そういえばそうね。

 

亞莎 :珍しいです。

 

水無月:書置きがありましたよ。

 

冥琳 :書置き?(文を見て唖然とする)

 

水無月:しばらく出かけているのでこのコーナーの代理に穏と亞莎を残していくって書いてありましたよ。

 

穏  :雪蓮様らしいですね~。(これで少しは出番が増えそうですね~)

 

亞莎 :し、仕方ありませんね。(本編と座談の二つも・・・・・・雪蓮様、ありがとうございます)

 

冥琳 :とりあえず、しばらくは山越編ね。

 

水無月:山越編は全編、長くなると思いますが今後もよろしくお願いいたします。


 
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