No.883081

魔弾の王と戦姫~獅子と黒竜の輪廻曲~【第14話:還らぬ者への鎮魂歌~新たな戦乱を紡ぐ前奏曲】

gomachanさん

竜具を介して心に問う。
この小説は「魔弾の王と戦姫」「聖剣の刀鍛冶」「勇者王ガオガイガー」の二次小説です。
注意:3作品が分からない方には、分からないところがあるかもしれません。ご了承ください。

2016-12-11 23:33:20 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:958   閲覧ユーザー数:950

「タイキケン……あの時、ガイは気流世界の事をそういっていましたね」

 

銀閃の力で空高く飛翔した凱を見送って、ヴァレンティナ――ティナは以前、独立交易都市で凱と交わしたやり取りを思い出していた。(第0話参照)

この|虚影の幻姫《ツェルヴィーテ》は何も昔に感傷していただけではない。何故凱が大気圏ギリギリまで飛翔していったのか、既に意図を読み取っていた。

恐らく凱は、森林や山谷のような障害物のある陸地に沿って飛翔するより、障害物のない上空から急行したほうが手っ取り早いと踏んだのだろう。それにはるか上空からの急降下なら、重力に身を任せて余計な風の消費も抑えることが出来る。ブリューヌとジスタートを挟むヴォージュ山脈を越えることもできる。

『最短距離』と『最短時間』は決してイコールではない。壊滅寸前の可能性ある銀の流星軍へ手短に駆けつける為に、『最短時間』を選ぶのは必然だと言えよう。

|大気ごと薙ぎ払え《レイ・アドモス》――すでにその大気の世界へ赴いている勇者ならきっと、混迷たる時代の暗雲さえも薙ぎ払ってくれる。

ヴァレンティナ=グリンカ=エステスは、そう信じていた。

さらに虚影の幻姫は、どうして竜具が戦姫たる女性ではなく、勇者たる男性に出現したのか、理由を考えた。

これは、ジスタートの始祖たる『黒竜の化身』が竜具に組み込んだ緊急処置なのだろう。

黒竜の化身に依頼された刀鍛冶(ブラックスミス)は、深い混迷を続ける時代の対立が『魔弾の王と戦姫』の力を以てしても制裁できない最悪の状況に陥った際に、その状況を打開する為に『単体で圧倒的武力の異質と戦う事を想定』し、アリファールの性能を最大に引き出す人物を求める前提として、アリファールは設計された。そうであれば、凱の元へ出現した理由に納得がいく。

 

国家滅亡の最中、獅子王凱はアリファールを取り、時代という大気の流れを変えようとしている。

 

今まさに、獅子王凱はかつての大陸初の女王「ゼフィーリア」と同じ軌跡をたどっていた。

 

――勇者の助けを、待っている――

 

 

 

 

 

『ジスタート・オステローデ上空・大気圏層』

 

 

 

 

 

|風影《ヴェルニー》の高加速に平然と耐えながら、凱は自分の神経とアリファール本体の『戦闘情報』を接続したまま、はるか上空を突き進んでいた。こうすることで、自らの身体を推進機関(スラスター)に見立てて、大気圏内環境下を自在に飛び回ることが出来る。生機融合体から生機融合超越体(アンリミテッド)に進化した凱ならではの能力だ。

アリファールを握っている……という感覚が今の凱にはない。『剣は腕の延長だと思え』という教えが存在するのだが、凱が『銀閃』を取れば文字通り、腕の延長となって振るわれるのだ。メカノイドとの融合能力(フュージョンアビリティ)を応用した竜具一体の技術だ。

凱は自身の発言を思い出す。

 

――AIとの親和性?イヤだなぁ。俺はただ、あいつらをただの機械や道具扱いしたくなかっただけだよ。俺達と一緒に、このプロジェクトを成功させたいと思っている仲間さ――

 

ずっと昔、宇宙飛行士時代において、凱のこんなコメントを報道されたときは、世代論で武装した旧守派からの批判が殺到した。実感のない言葉だけで、宇宙観測プロジェクトの成果など上がるはずがないと。だが、これが後に『機動部隊の竜機達』に慕われる力として、いかんなく発揮されることとなる。

 

――俺はアリファールを、ただの竜の道具と思っていない。なぜなら、アリファールに意思があり、心があるからだ。だから俺は、アリファールを一人の人間だと思っている。俺はそう信じている!――

 

そして今、凱のこのような感想がジスタートの戦姫に報じられれば、避難の嵐が凱を蹂躙するに違いない。竜具が人を選ぶ理由は不明確だからいい。だが、その程度の心構えで竜の技術が上がるはずがない。我等の努力を何だと思っていると――

 

飾り気のない凱の本質。それこそが竜機(ヴィークル)の人格、超AIに慕われて――

何より、竜具(ヴィラルト)の人格、竜の意志に慕われやすい性格は遺憾なく発揮されている――

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

飛竜(ヴィーフル)より高く飛翔した凱は、自分の内蔵の収縮具合でこのあたりが『大気圏』の境界線直下だと判断した。生身で初めて飛翔した体験に、凱は僅かながらアリファールの性能に驚いていた。対してアリファールも、凱の肉体に神秘性と可能性を感じていた。

普通の人間ならば、急激な『風影(ヴェルニー)』による飛翔で、肺の中の空気が一気に膨張して生命を落とす。歴代の戦姫はみなそうだった。故に大気圏へ挑む『|銀閃の風姫《シルヴフラウ》』はいても、それを達成した『|銀翼の勇者《イカロス》』はいなかった。

だが、生機融合超越体の心肺機能は、強靭な内蔵繊維と特殊機構で大気圧の激差を解消し、凱に全くの苦悶をもたらさなかった。

そして、アリファールは凱の意識に訴える。あそこへ行って!と――

 

「ディナント平原?もしかして、みんなはそこで戦っているのか!?」

 

子供が手を引っ張るような感覚で、アリファールは凱の手を介して心に願う。

ここで自分が向かうべき場所を読み間違えてしまったら、アリファールの努力が水の泡となる。

それでも、凱は頭の中で素早く『ディナント平原へ突入する為の軌道計算』を終えていた。人が持つ天賦の才『神算』の力ではない。宇宙飛行士時代から培われた、たゆまない努力の訓練によるものだ。

 

(飛翔姿勢で使っていた風の力を重力落下のベクトルに加えれば、指向性を持った自由落下で目的地へ突っ込むはずだ……)

 

今の凱の視界は、まるで地図をそのまま眺めているかのようだ。雲が一帯晴れている今、ブリューヌ全土、ジスタート、ムオジネル、ザクスタン、アスヴァールが見える。

凱は飛翔を停止させ、遺された風の力を全て背面に回し、『最高速度』にて、目的地へ急降下しながらアリファールに語り掛けた。

乱れる気流が、凱の長い栗色の髪をかき乱す。

 

「……アリファール」

 

問い返すように、銀閃は凱の頬を撫でる。

 

「遅くなって……すまなかった。みんなの声に……気づいてやれなくて」

 

そんなことない。そう思わせる優しい風が、今度は凱の頭をくるくる撫でる。

ブリューヌの異端審問にて、凱は魂を引き裂かれるような苦しみを味わった。この世界に、この時代に、この体に、『異端』ではなく、ガヌロンのような『異物』が含まれている。それを理解した時、凱の中で何かが終わった……いや、終わったかに見えた。

自分自身と向き合う。それは言葉で言いあらわすより、とても勇気がいることは間違いない。過酷な運命を乗り越えることが、勇者として避けては通れない道。その道に、凱はつまずいて、膝小僧をすりむいて『正道』を歩けなくなっていた。

だが、今は違う。

凱とアリファール。出会いは唐突にしても、互いにその存在を感じ合っている。竜具の暖かい手触りさえあれば、どんな事態も乗り越えていける。どんな苦難も薙ぎ払っていける。――凱はそう思った。決意を勇気に変える凱に、アリファールは感謝の風(エール)をかける。

 

「君の大好きなご主人様は……必ず助けて見せる!」

 

勇者は一つ、アリファールに約束をした。これから増えていく約束の内の、ほんの一つ。

アリファールは自嘲するかのような、そよ風を巻き起こす。

流星は燃え尽きる前に願えば、必ず叶えてくれると言われているが、流星たる竜具自身(アリファール)が願いごとをするとは思わなかった。

そんなアリファールの意思が手のひらから伝わり、凱は微笑みかける。

 

「気にしないでくれよ、アリファール。勇者は……みんなの『希望の流星(ほし)』だもんな」

 

急降下による大気との断熱圧縮が、凱の肌に伝わっていく。望むだけの熱を抱きかかえ、時代はさらに加速していく。

 

――流星が、ヴォージュ山脈の彼方へ舞い降りていく――

 

 

 

 

 

『ブリューヌ~ジスタート・ディナント平原』

 

 

 

 

 

――その頃、銀の流星軍は絶望の渦中に置かれていた――

 

「カルヴァドス騎士団、ペルシュ騎士団、リュテス騎士団、壊走!」

 

「軍損耗率!8割を超えています!」

 

「右翼部隊、壊滅!」

 

銀の流星軍の『本陣』では、絶望的な報告ばかりが飛び交っている。リムアリーシャは置かれた状況を見て歯噛みする。

味方の損害は甚だしく、もはや本隊の防衛線などとうに瓦解している。戦況を見て兵を動かす役目の自分は、なぜ撤退命令が出せないのか?

 

「すでに指揮系統が分断されています!リムアリーシャ様!これでは!!!」

 

そんな事は分かっている。

禿頭の騎士ルーリックが叫び、苦虫を噛みしめたような表情で指揮官代理のリムアリーシャ――リムを見やる。

 

「……エレン!!」

 

上司にして、傭兵時代からの親友を愛称で呼ぶリムの顔が歪む。ルーリックの問いに、彼女は答えることが出来なかった。激しい慟哭が彼女の意思を大きく揺さぶる。

視界の向こうでは、いまだに激しい戦闘が続いている。ディナント平原に流れたおびただしい大量の血は、以前の『ディナント平原の戦い』の比ではない。大地が、草原が、新鮮な赤い血を吸い込んでドス黒く染まっている。

鼻孔をつんざく鋭利な臭い。赤茶けた『火薬』が空気を汚染している。銀の流星軍に迫っているのは『敗北』でも『降伏』でもない。文字通り完璧な『滅亡』だけだった。

騎兵達の盾や甲冑ごと貫く鉛玉は、こちらに防御という概念を砕いていく。それはさながら飴細工のように――

石弩(アーバレスト)や弓矢とは違い、銃は密集体制を取ることで一個小隊を殲滅する。鼓膜を突き破る銃声が鳴り終わるころには、人馬の躯で埋め尽くされている。突貫力に優れ、敵の刃をも弾く騎士団が、ボロ雑巾のように戦線を崩されていく。

 

「……これが、ナヴァール騎士団を討ち破った……『ジュウ』というものか!?」

 

カルヴァドス騎士団長オーギュストの脳裏に、かの黒騎士の姿がよみがえる。

誇りも尊厳も、虫を追い払うかのような感覚で、銀の流星軍を蹴散らしていく銀の逆星軍。

 

「……わたしだって!まだ!」

 

悔いて悩んでいる間にも、『銃』によって、その将星を撃落され、多くの生命が成す術もなく奪われている。だが、その死に責任を持つべき自分は部下を率いて、この地獄絵図のような戦場から一刻も早く離れなければならない。その為に、最速距離にてジスタート領へ続くディナント平原を選んだはずだ。

しかし、自分はまだ諦めきれないでいた。エレンは必ず助けて見せる。その一心が、彼女の撤退命令を阻害させていた。

リムだけじゃない。ティグルを拉致されたマスハスとて同じ心境だった。

このまま戦闘が長引けば、いつかは敵の『飽和殲滅(フルバースト)』に押し切られてしまう。

 

「……撤退を!」

 

襲い掛かる戦況から、リムの代わりにルーリックが声を絞り上げるように言う。しかし、部下の一人……アラムが即座に報告する。海狸(カストール)のように比喩される彼は同様に余裕がなく、その表情を強張らせている。

 

「駄目です!『火を噴く鉄の槍』の攻撃に切れ目がありません!」

 

獅子王凱がこの場に居合わせていれば、鉛玉を吹く兵器の正体は『螺旋銃(ライフル)』といえたのだが、この大陸の人間には未知の概念であるため、『火を噴く鉄の槍』と表現するしかなかった。

 

「こちらに撤退する隙さえ与えない気か!……」

 

「だが……我々は……!」

 

「戦う意思だけでは……どうにもならないのか!?」

 

ジェラール、オージェ、マスハスは、リムと同じように歯噛みしている。得体の知れない兵器の前に、リム達は背後からじわじわと死神の鎌が差し迫るのを感じ取っていた。瞬間と瞬間が交錯する中、戦況はより一層泥沼化する。

人が持つ天譜の才の一つ『神算』の持ち主であるジェラールには、なぜ撤退する隙が無いかを理解していた。背中を見せた瞬間、針の穴よりも小さな隙を、テナルディエ軍『|銀の逆星軍《シルヴリーティオ》』は狙い撃つに違いない。

できる事があるとすれば、交戦しつつ徐々に後退するしかない。だが、それも時間の問題だ。

|銀の流星軍《シルヴミーティオ》の前面に、静かに剣と弓と槍の迎撃をかいくぐってきた『鉛玉を絶え間なく撃つ乳母車』の一小隊が肉薄する!

 

逆星は流星に『王手』をかけた。もう銀の流星軍に応手はない。『詰み』だった。

 

「「「「「―――――――!!!!!」」」」」

 

『流星』の空気が……凍り付いた!

 

リムアリーシャが、エレンの姿を思い出そうとするかのように、悔しながら目を閉じ――

 

ルーリックが、ティグルの姿を思い出そうとするかのように、頑なに目を閉じ――

 

ジェラールは信じがたいといった表情で、目を見開く。

 

そして、マスハスはティグルを守り切れなかった悔しさから、亡き友のウルスを浮かべ、視界越しに敵を睨みつけた。

 

銀の将星達の視界の中で、『逆星』が銃口を向ける。

 

――これまでの道のりが――

 

――これから歩み出す道のりが――

 

――これより向かう未来の道が――

 

リムの頭を一瞬にして通り過ぎ、一連の楽譜となって彼女の意識を駆け巡る。

ブリューヌ内乱をあれほど苦労して、多くの勇敢な兵の犠牲を払って、戦楽譜の末にたどり着いた終止符(ピリオド)が『鉛玉を受け止めるマト』としての死か。

ここまで自分やエレンについてきた兵達に申し訳なくなる。エレンは捕虜にされ、自分たち銀の流星軍は、戦姫を奪還するどころか、徐々にブリューヌ領土の末端隅(ディナント)へ追いやられていく。

銀の逆星軍にとって、これは『掃討戦』だ。もはやそれは『火を噴く鉄の槍』ではなく『火を噴く箒』なのかもしれない。奴らにとって埃(ほこり)を部屋の隅へ追いやる、日常の掃除間隔でしかないのだろう。

 

「これで、終わり……」

 

一人残らず死なせてしまうのか?もう、エレンの事すらも思い出せなくなるのか?

 

「……!!!」

 

恐怖。後悔。懺悔。そのような自責の念に駆られながら、リムは『乳母車に向けられた筒』が火を噴くのを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

が、リムが予想していた未来は、いくつか数える時を待っても、訪れなかった。

 

突然、一条の『煌めく銀閃』が天から流星のように降り注ぎ、発射寸前だった『乳母車の銃口』を捕えたからだった。

 

「流星!?」

 

降雨した銀閃による、燃料系への引火。目の前に起きた爆発に、リムは一瞬視界を奪われた。

 

「……援軍か!?」

 

一拍おいて、マスハスは声を震わせて告げる。

 

銀の逆星軍も何が起きたか分かっていないようで、その視界を遥か雲の先へ見上げる。

その『乳母車の銃口』を、半瞬より短い間で、天空から舞い降りた何かが斬り飛ばす!

 

「あ!……あああああ!」

 

『煌めく銀閃』は『流星達』に迫った脅威を排除した後、ふんわりと後ろを振り向き直った。敵は突然の超常現象に浮足立ってしまい、正常な判断を失っている。

 

「あ……あ……ああ」

 

リムが、ルーリックが、マスハスが、ジェラールも、敵と同じ反応を示し、ただただ唖然としている。

 

――手にするは、輝く天銀の刀身。――

 

――衣装は黒を基調とした羽織義と、銀の獅子の首飾り。――

 

――長い栗色の髪。それは、銀閃の風を受けて、零れる砂のようになびく。――

 

――|銀閃の風姫《シルヴフラウ》と非常に似通った印象を与えているものの、その人物には共通する箇所が見受けられない。――

 

――夜明けとともに、太陽の光を背中に浴びて、『銀閃』はあらわれた――

 

謎と未知に包まれた人物は、自分たちの前で、その美しい銀閃竜の『見えざる五対の翼』を広げた。

その姿は、神話に出てくる、あたかも禁忌に触れた人間を制裁する為に舞い降りた『|銀翼の勇者《イカロス》』のようにも見えてしまう。

見えざる5対の翼から、可視性の銀粒子が吹きこぼれる。

まさに、飽く迄も美しく。

これが、銀閃の正しき戦士の姿。

神秘にして神々しく、そして雄々しき『勇者』の姿を見つめていたリム達だったが、その時、聴覚に直接入り込むかのような声が飛んできた。銀閃アリファールから発する風を、大気振動変換(マイク)に見立てた凱の肉声だ。大声で叫ぶより、銃声鳴り響く重低音周波数が飛び交う戦場において、確実に声を伝えられるのだ。

 

〈聞こえるか、銀の流星軍!?こちら!獅子王凱!……〉

 

リム達は一様に息を呑んだ。目を大きく見合わせたルーリックとジェラールが顔を合わせる。

 

「ガ……イ……殿?」

 

〈支援します!リムアリーシャ様!今のうちに撤退を!〉

 

信じられない。その一言に尽きた。あの時、シシオウ=ガイという男は、異端の闇に葬られたはず――

リムはしばし茫然として、目の前の人物から発された言葉に耳を傾けた。

 

そんな……そんな……そんな……

 

彼は、あの人は、死んだはずだ。

 

だが、現に彼は生きていた。今こうして、目の前にその声を、その姿を、その勇姿を、我々に見せているではないか。

どうやって?なぜ、凱は銀閃アリファールを持っている?戦姫でない男性が竜具を振るっているのはなぜ?

様々な疑問が、リムやマスハス、凱を見つめる全員の頭に渦巻いているが、彼女らの詮索を後回しにするかのように、凱はリム達に背を向ける。こうしている間にも、敵兵は既に隊列を立て直していたからだ。

銀の流星軍を壊滅に至らしめた様々な銃口が……凱に向けて一斉に火を噴いた!

 

〈風影(ヴェルニー)!!〉

 

一瞬にして、凱は空高く飛翔していく。無数の『銃』によって火線が肥大化していく戦場の中、凱は凍漣のように、冷静な分析を開始していた。結果、『火を噴く鉄の槍』と『鉛玉を連続して放つ乳母車』の正体を看破する。

 

(あれは……マスケット銃!?それに螺旋銃(ライフル)や回転式機関銃(ガトリングガン)まであるのか!?)

 

火を噴く鉄の槍――マスケット銃。その発展型の螺旋銃(ライフル)。

鉛玉を連続して放つ乳母車――回転式機関銃(ガトリングガン)

かつての幕末三大兵器の内の一つが、ここディナント平原にあるではないか。何処でいつ入手したか?入手ルートは?

今はそんな事を考えている場合ではない。まずは目の前の脅威を排除する。

 

「『銃』はその威力と引き換えに、立ち込める撃鉄煙が自分の位置を教えちまう!悪いが反撃させてもらうぜ!アリファール!!」

 

激化する銃弾の軌道を、凱は飛翔を維持しつつ回避していった。

まるで――背中に翼が生えているかのような――凱のかろやかな動きに、銃弾は勇者の身体を掠めることすらできないでいた。その光景を見つめていたリム達は、銀閃の翼ひるがえす凱の高機動空戦(ハイマット)にただただ唖然とした。これが人間の成せる動きなのか?

だが、これは銀閃の勇者にとって、力のほんの一端に過ぎない。

 

――アリファールの『翼を模した鍔』は、『光の風』を受け止める太陽蛸(ソーラーセイル)にして衛星帆(サテライトセイル)――

 

――今は夜明け。ならば、太陽の光を浴びて、大気を限りなく断熱圧縮させた電離現象大気(プラズマ)を放つこともできるはずだ――

 

アリファールの切っ先を重火器の集団たちに向けた凱は、精密な大気の流動加減を操作し、次の瞬間、二つの『砲撃』が『煌銀閃(プラズマ)』を放った!刀身と鞘による二丁の砲撃だ!

銀閃竜(アリファール)の|切っ先《くち》から放たれた砲撃、『煌銀閃(プラズマ)』は、次々と連射され、眼下の集団を雨あられとつるべ打ちしていく!

ディナント平原の今の光景。逆星に与した咎人に、裁きの流星が文字通り降り注いでいる――

それは、敵兵の生命ではなく、敵兵の武力のみを奪っている。流星は人々の願いをかなえる希望の星。決して人の生命を奪う凶星であってはならない。

流星の正体は――断熱圧縮された大気が星を加熱してプラズマ化した発光現象――宇宙飛行士時代にて知り得た知識を活かし、凱は音速を超える『光の尾を引く大気の風弾』をアリファールから次々と放つ。『|竜の牙《アリファール》』・『|竜の翼《ヴェルニー》』『|竜の爪《レイ・アドモス》』に続く、『|竜の息《メルティーオ》』だ。

 

針の穴を通すような正確さで、敵影の兵器のみを正確に奪っていく凱の攻撃に、リム達は驚愕の極みに達した。

凄まじい銀閃の火力。そして、敵との兵力差をものともしない凱とアリファールの戦闘力。何より、この鉛弾の嵐を平然と飛び舞う凱の勇気だ。

|大気ごと薙ぎ払え《レイ・アドモス》ではダメだ。何故なら、『竜の爪』によって放たれた後の乱れた気流に爆薬が乗って、リム達へ誘爆される可能性がある。そうなってしまえば、敵味方構わず木っ端微塵だ。

 

〈リムアリーシャ様!早く撤退を!!〉

 

凱の声に促されて、彼女は我に振り返る。

 

「あ……え……あの」

 

今は――駄目だ。臣下たる自分が戦姫を置いて逃げるなど。だが、混乱のあまり、順序立てて説明することが出来ない。

 

「あの……『ジュウ』から我々を庇う為に……エレオノーラ様が……」

 

手短に状況を伝えようと焦りながら、リムは忸怩(しくじ)たる思いにからめとられている。普段の冷静な態度は見る影もない。

 

「自分を囮にして!……テナルディエ軍に!!」

 

流星を撃ち落とそうと、なおも止まない鉛玉の逆星群を相手に、反撃(プラズマ)の手を休めない凱に向かって、リムは泣き叫びたい気持ちでいっぱいになる。

 

(……そうか……!)

 

凱には、リムの気持ちが銀閃の風に乗って、痛い程伝わってきた。

こんなことを告げなければならないのが辛かった。銀の流星軍を率いる副官として、ライトメリッツの象徴である戦姫の片腕として――そして、『自分たちは戦姫を見捨てて逃げてきた』という現実を口にするのが――。ましてや、銀の流星軍とは関係ない人間に――

彼女の気持ちを察した凱はそれに答えず、自身に向かって放たれた銃弾を次々と撃ち落としていた。そして、しばし考えた後、凱はリムに向けて語尾の強い声を発する。

 

〈リムアリーシャ様!気持ちは分かるが、今は撤退が先決です!〉

 

「出来ません!エレオノーラ様をおいて逃げるなど!」

 

それは、戦況を把握する指揮官の発言としては、最悪の部類。

本性が、理性を塗りつぶす。

それは、唯一無二の友を助けたいという本音。

それを諭したうえで、凱は必死に訴える。銀閃の風に、声を乗せて――

 

「違う!いま銀の流星軍まで全滅してしまったら……本当に戦姫様を助けることが出来なくなっちまう!もう一度……もう一度……反撃の嚆矢(チャンス)を狙うんだ!」

 

逡巡した後、リムは苦渋の葛藤の末、ついに撤退の合意を示した。凱の悲痛な声色が、彼女に勇気ある撤退の決断を促した。

流星によって生まれた隙、そして、『光明の数秒』という、この瞬間を逃すわけにはいかない。凱の言葉には強い意志が込められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――銀色の髪の少女の名を叫びたい衝動に駆られる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――迷ってはいけない。エレオノーラ様の友愛受けし兵たちを……無駄死にさせるわけには――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……わかりました………………全軍撤退!!」

 

銀の流星軍はついにブリューヌ勢力圏から離脱する為の行動へ移る。それは、心のどこかに救いを求めるかのように――

しかし、|銀の逆星軍《シルヴリーティオ》は|銀の流星軍《シルヴミ―ティオ》を見逃すはずなどない。

敵は『銃』を手にして、引き金を引いてみて、いざ流星を蹴散らした快感に浸っている。もっと欲求を満たそうと、逃げるネズミを追いかける……のだが、一人の青年が立ちはだかり、『逆星軍』に向けて『煌流星(プラズマ)』を浴びせる。

しんがりを務める凱は、一人でも多く|銀の流星軍《シルヴミーティオ》を逃がす為に、孤軍奮闘を展開する。

 

そして凱は垣間見た。流星のような儚い涙を流したリムの表情を――

 

「リムアリーシャ様が流した涙の為に!これ以上!『流星』を落とさせるかあぁ!!」

 

――無数の逆星と……一人の流星が飛び交う膠着状態が続く――

 

――そして、銀の流星はヴォージュ山脈の彼方へ落ちのびていった――

 

 

 

 

 

『|銀の流星軍《シルヴミーティオ》・ジスタート領・ライトメリッツ郊外』

 

 

 

 

 

「た……助かったのか?……私たちは?」

 

ルーリックのつぶやきが上がると、全軍は大きく息をついた。みなぐったりと脱力し、適当な岩場や壁面に背を預けている。とても幕営など設置できる状態ではない。

銀の流星軍はディナント平原の惨状から少し離れたジスタート領へ、殆どなだれこむように突っ込んでいる。皆はやっと顔をあげて、自分たちが後にした戦場を目にやった。

ありえない光景――数か月前、ブリューヌ二万五千とジスタート五千が相対した同じ場所とは思えない。まして、ライトメリッツ兵にとって今度はこっちが敗北の立場に回ったのだから。

黒色煙が蔓延する光景を目の当たりにして、リムは安堵を押し殺して、底冷えするような恐怖と敗北の憤怒が沸き上がる。

それは、凱も同様だった。

 

――いつの時代でも、黒き歴史は輪廻する――

 

――この時代の人間も、触れてはならない『|滅びの火種《メギド》』を手にした――

 

――悪意に満ちた集中砲火。それは、一度取り付かれたら最期、二度と手放すことはできない力――

 

――人間はすべからく勇敢で、凶暴で、何より……臆病だ――

 

――生存本能がいう。より優れた力を持てと。討たれる前に討てと――

 

許されざる罪を犯した。損耗率の向上。ただそれだけの戦術理論が、あれほどの惨劇を生み出してしまった。

半刻ばかり過ぎて、銀の流星軍たちは頬に吹き付ける冷たい風に、今更ながら気づいた。死闘という極限の熱さで、体感温度を狂わせていたのかもしれない。そう思ってからリムは、これがボロスローの戦い以来の何週間かぶりに踏む、ジスタートの大地だと知った。

そして、少しリム達の視界の彼方には、栗色の青年がライトメリッツの兵を運び出していた。だが、その兵士は既に銃弾の嵐の影響を受けていた為か、吐血して間もなく息を引き取っていた様子だった。青年が悔いるように顔を伏せる。その光景を静かに、リム達は見守っていた。

すこし数える間が過ぎて、青年は立ち上がり、落ち着いた様子でこちらへ向かって歩み寄ってくる。ティッタと同じ栗色の髪をなびかせて、以前と違う衣装をまとい、腰には―かの戦姫―エレオノーラ=ヴィルターリアを主と仰ぐ、『アリファール』を携えているのに気づき――皆は言いようなく戸惑う。

だが、目前に接近する青年の穏やかな顔は、間違いなく『シシオウ=ガイ』だ。

リムアリーシャ、ルーリック、マスハス、他の者達も目の前の人物に衝撃を受け、身動き一つとれずに、凱の姿を見つめていた。特に、リムとルーリック、マスハスの三人は、ほんの僅かとはいえ凱と交流があっただけに、その姿を見ただけで胸がいっぱいになる。

かける言葉が見つからない。

何を話したらいいのか分からない。

いろんな事がありすぎて、これからどうすればいいのかすら道筋すら見えない。

空気が淀むのを感じた凱は、居心地が悪くなったのを感じたのか、場の空気を和らげる為にふんわりと微笑む。

 

「リムアリーシャ様……間に合って……良かったです」

 

飾り気のない凱のその言葉に、リムは目頭が熱くなり、目を瞬いた。涙が出そうになったが、今は堪えるべきだ。

 

「ほ……本当に……ガイ殿なのか?」

 

ぐんずりとした老伯爵マスハス=ローダントは、口元を振るわせて、その名をつぶやいた。

 

「はい」

 

僅かな間……とは言い難いが、死んだとされていた彼に対して、抱いていた思いが流星の如く一気に身体をかけめぐり、皆は何も言えなくなる。

銀の流星軍の主要人と数十アルシン離れた兵たちは、その光景を見守っていて、半ば放心状態だった。だが、自分たちの副官や指揮官の反応を見るあたり、あの青年がただ者ではないことがうかがえる。

そして、ルーリックが泣き笑いのような声を上げ、弓弦を弾かれた矢のように飛び出した。

 

「ガイ殿!!」

 

それに促されるように、ディナントの地獄絵図から生還した者が、『|銀閃の勇者《シルヴレイブ》』をわっと取り囲む。

 

「よく……生きておった……」

 

陰に隠れていたオージェ子爵が、感涙の言葉を贈る。その口調は、涙をこらえているかのようであった。

ただ一人、彼の息子ジェラールは涙腺緩む空気を無視して、ルーリックの横を通り過ぎ、凱の前へ足を踏み出す。

 

「初めまして。あなたが……シシオウ=ガイなのですね?噂は聞き及んでおります」

 

若干、皮肉屋でルーリックに知られるジェラールらしくなく、口調に淀みが含まれた。流星のように飛来した存在を前にして、やはり動揺は隠しきれないのだろう。

ただ、その動揺は殆ど全員一致に近いものがあった。リムも彼らと一緒に、あらためて凱の腰に据えられた銀閃を見つめた。

 

「……俺はみんなに話さなければならないことが、たくさんあります。そして、これからの事も――」

 

静かな口調で凱は言い、リムは小さくこくりとうなずく。

 

「……そうですね」

 

何故、異端審問の公開処刑から助かったのか?

今までどこにいたのか?

そして……その銀閃アリファールはどこから?どうしてあなたの所へ?

 

「私たちも……ガイさんにお話ししたい事、聞きたい事があります」

 

「……ええ」

 

リムの言葉に、今度は凱がうなずいた。沈んだ表情になりながら、何より彼女が聴きたいのは『何より、エレオノーラ様は無事なのか?ティグルヴルムド卿は?リュドミラ様は?』――ということだろうから。

 

――それは、銀の流星軍全体が知りたい事だった――

 

沈みかけた大気を一拭するかのように、凱は唇を紡ぐ。

 

「戦姫様たちは……大丈夫だと思います」

 

少し歯切れの悪い言い方となった凱は、アリファールに視線を見やる。なぜなら、その根拠はアリファールが凱の意志に語り掛けてきただけだから。

それは、凱と竜具しか知らない内容だ。信じるに値するか否かは、彼女たちが判断する。凱は感じたことをありのままに話した。

 

――凱がウソを言っているとは思えない――

 

――リムは、その澄んだ瞳を見て彼の言葉を信じた。いや、信じるしかない――

 

――エレオノーラ=ヴィルターリアはまだ生きていると――

 

――それは、再会の望みある朗報であり――

 

――それは、未だに敵の手中にある凶報であった――

 

「ひとまず、幕営を設置しましょう。今の状況を打開するため……我々は進まなければなりません」

 

残された燃料も食料もそう多くはない。だが、疲労の濃い状態では、例えジスタート領内とはいえ、今のままではライトメリッツでさえ辿りつくことはかなわない。疲れ切った身体を押してでも、幕営を設置して袋小路のような現在から、今後の展開を見出さなければならない。

銀閃の風姫の救出。これは変更ない。でも――

 

『銃という未知の兵器に対し、戦姫を助けるべく、無策のまま兵に『それ』と戦わせるべきか』リムアリーシャは自分で判断しなければならない。いや、決めなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『夕刻・ジスタート領・本陣幕営』

 

 

 

 

 

「ガトリングガン!?」

 

リムアリーシャ、ルーリック、マスハス、オージェ、ジェラールが目を見開いて愕然とした。

 

凱の口から語られた単語。その名称は初めて耳にするのだが、形状から察するに『蜂巣砲(フレローリカ)』という二つ名から、文字通り目標物をハチの巣にしてしまう……ということは――

 

「じゃあ……ナヴァール騎士団が全滅したというのは……本当なのか?」

 

オージェ子爵が、灰色の髪をうつ伏せて自分の言葉におびえたような表情になる。

そう……もし、精強で謳われるナヴァール騎士団……ブリューヌ最強の国王直属軍が、その回転式機関銃(ガトリングガン)の前に敗れているのであれば、事実上ブリューヌはテナルディエの天下といってもいい。

マスハスは複雑や表情で、目の前に広げてある大陸全土の地図を見下ろす。今まで弓に嫌悪だったブリューヌの認識が、正確にはテナルディエの認識が覆ってしまっている。そして、戦い方がもはや我々とは根本的に違う事を――

たかが鉛玉。されど鉛玉。あんな鉄臭い飴玉の為に未来は大きく湾曲する。

銃という巨大な火を今まで用いることがなかったから、この大陸の人間達は『大量殺戮の恐怖』から守られていた。

しかし、その銃は口から火を噴いたことで。ブリューヌという肥沃な大地に滅びの火種はまかれ、王都ニースも今頃燻ぶられているはずだ。

このような戦いが続くことが起これば……その結果は死屍累々と思い浮かべてしまう。

思い起こせばわかることだ。人は恐怖のあまり、人より強い力を求める。多くの敵を殺せる技を。多くの敵を滅する戦術を。多くの敵を消せる兵器を。

 

「……そんなものが……どうして造られたのか!?」

 

カルヴァドス騎士団長、オーギュストが怒りを込めてつぶやく。彼だけじゃない。ここにいる皆が憤怒と悲哀、負の両極の想いを抱き、未知の力を秘めた兵器に対して恐怖を抱く。

特に、騎士にとって、これは時代との決別を意味しているといっても過言ではない。鋼の甲冑を纏う為に、剛剣を振るう為に、鉄の盾を構える為に鍛えあげた身体が、痛覚に気付くより早く、風穴を開けられたのだ。その鍛錬に費やした青春の時間と、積み上げた気高い誇りをあざ笑うかのように――

自然と、オーギュストの感情に悔しさがこみ上げてくる。それは、|銀の流星軍《シルヴミーティオ》に加勢している他の騎士団も同様だった。

怒りを鎮める為にまぶたを閉じると……その無念に散っていった戦友達の最期の顔が浮かび上がり、また怒りが込みあがってくる。

 

すると、凱はオーギュストの心情を察するかのように、静かに言った。

 

「……損耗率」

 

リムははっとして凱の顔を見直す。彼女の心に兆しと疑問が差し込める。青年は穏やかな瞳に一瞬、瞳に厳しい意志の光を宿す。

 

「一度の戦闘で参戦者がどれくらい失われるか……という事ですね」

 

リムが確認するかのように、つぶやいた。対して凱はコクリとうなずいた。

 

「例えば……100人同士で戦って10人か20人怪我や重傷を負うとする。その中に当然、『戦闘不能』が何人か出現する」

 

ジェラールが補足を付けるように語る。兵法における基本概念。ここまでは皆が共有できている事項だった。

そして、凱は再び語り始める。

 

「俺も軍隊を率いた経験があるわけじゃないのですが……これだけは推測できます。『銃』を持たれた側が孕む損耗率は、100人同士なら50人を超え……最悪の場合、『全滅』もあり得てしまうんです」

 

「「「「「……全滅!?」」」」」

 

銀の流星軍の主要人に戦慄が走った。

殲滅率と損耗率。加害側と被害側の武装によってその数字は比例するものであり、戦局を左右する重大な要素の一つである。

リムは思案する。自分の主はその『損耗率』の考慮を不要とするほどの強大な戦闘力を保有している。

しかし、テナルディエ軍こと『銀の逆星軍』は、一騎当千の戦姫の戦闘力を奪い、捕縛しているのが現実だ。

考えられる要因は二つ。

一つは、――弱者の一兵卒と言えど、『銃という完全武装』を施して、戦姫と同等の攻撃力を得た――

二つは、――一兵卒ではなく、戦姫と同等の『将』をぶつけて、損耗率で押し切ろうとしたか――

そのどちらかと思われる。

凱は再び口を開く。

 

「たとえば、同じ武装で一対一による打ち合いをするとします。実力が均衡すれば、勝敗以外の選択、『引き分け』が生じます。やがて疲労もするでしょう。疲労ともなれば、体は当然動いてくれませんし、武器も持てなくなります。そうなれば自然と、対話によるチャンスも生まれるかもしれません」

 

淡々と語る凱の言葉に、リムやマスハスは思い当たる実体験を思い出した。

――ブリューヌ領内・オーランジェの戦い――

かつて、外つ国のジスタート軍をブリューヌ領内へ招き入れた叛逆者のティグルを討伐するべく、国王直属軍として西方国境を守備する精鋭『ナヴァール騎士団』が差し向けられた。

事の顛末を説明する為に、ティグル達『銀の流星軍』は対話を申し出たが、ナヴァール騎士団は『我々は敵を交わす言葉を持たず、使者は降伏の意志を持つ場合にのみ受け入れる。降伏の意志を示すならば全ての武器を捨てよ』と返答した。聞く耳を持たないような向こう側の意志によって、ティグルは王家直属の騎士と交戦せざるを得なくなった。

結果だけを言えば、ティグルとその騎士団長『黒騎士ロラン』は死闘の末、ティグルに軍配が上がった。こうして、初めて対話の機会を得られたのである。

 

「ですが……竜具や宝剣デュランダルといった超常の武器以降の戦いでは、そうはいかない可能性が一層高くなるんです。ましてや……『銃』が出ちまったら……逆に対話の可能性はより一層低くなるから……『敵の盾や甲冑ごと斬り裂いてしまうような武器』ならて……おさらです」

 

「どういう事ですか?ガイさん」

 

リムが静かな声色で凱に訪ねる。

艶のない金髪の彼女だけじゃない。この場にいる全員が、凱の言葉にこれ以上ないくらい耳を傾けている。

対話とは、外交における基本手段であり、それが行き過ぎてしまうと戦争へたどり着く。対話で解決できないから武力で解決する。故に、治水から始まる論争は両国の衝突するディナントの戦いへ発展したではないか。

どちらかの勝利が定まらないとなれば、禍根が残らない様に、ある程度の損害で見切りをつけるのである。

だが、凱の推測はこうである。「このままいけば、どちらかが滅びるまで戦いを続ける時代が訪れる」と――

凱は言葉を紡いだ。

 

「仲直りする前に殺してしまう……それは言葉にすること以上に……恐ろしいことなんです」

 

「我々には、あまりに重すぎる話ですな。ガイ殿」

 

重すぎる。その言葉に何も飾り気はない。そして、凱の言いたい根本的な事は分かった。

今、時代は分岐点に差し迫っている。その曲がり角に対しての要求する犠牲の量が多ければ、それらがもたらすのもはただ一つ。

『時代の終焉』に他ならない。

人は常に臆病だ。故に防衛手段を追い求める。

ブリューヌ2万5千をたった5千の軍勢で敗走させた銀閃の風姫。それに警戒してアルサスを焦土とせしめる。

そしてテナルディエは求める。誰にも負けない最強の『獅子の力』を。それも、『竜の技』を超える何かを――

ついにテナルディエは手に入れた。竜具のように誰かを特定することなく、時代の荒波を突き進む櫂(オール)となる『銃』を――

みな、これまでの長い戦いの疲労が今になって表れている。何かを考える力をなくし、脱力している。そんな彼らに同情をしながら、凱は今後の予定を尋ねた。

 

「リムアリーシャさん達は……|銀の流星軍《シルヴミーティオ》はこれからどうするんですか?」

 

今、この場にいる誰もが、上司や部下、指揮官と配下など関係ない。もちろん、年齢もだ。

これから必要な条件は、人と人の『対等』としての付き合いだ。だから、リムは凱から敬称で呼ばれないのもさほど不自然ではなかった。

むしろそうであってほしい。

 

問いかけられて、初めて『これから』の事が意識されてきたようだ。皆は苦い顔になる。

そんな中、ルーリックが感情的になって宣言した。

 

「戦姫様達と、ティグルヴルムド卿の救出!それ以外にありません!」

 

「その為に『どうするんですか?』か、と、ガイ殿は聞いているのです。禿頭のブリューヌ人」

 

「だから!!……」

 

そこでルーリックは言葉に詰まる。それは誰もが共通の仕草だった。

まず、『銃』に対して何の対策もとれない。リムは一時、その特性から混戦や白兵戦に持ち込もうとしたが、見破られた。敵は『銃』の特性と弱点を知り尽くしている。そのうえで運用をしているから、突撃力に優れる銀の流星軍は敗北したではないか。まして、一騎当千の戦姫が二人も『生け捕り』に――

次に、自軍の『士気』だ。騎士団を虫ケラのように蹴散らした、あのような兵器を目の当たりにして、果たして恐怖は拭えるだろうか?盾と甲冑をまとめて貫く、常軌を逸した筒を相手に。

無策のまま兵を犠牲にする命令は、指揮官として愚の骨頂だ。『散れ』と『戦え』は同等なはずがない。その事は凱が『損耗率』の話で触れていたではないか。

兵達の『士気』がなければ、大将の『指揮』など意味を成さない。少し間をおいて、リムは何かを決意したかのように、言葉を紡いだ。

 

(……兵全体に、伝えなければなりませんね)

 

それは、一部の兵に隠している『戦姫の不在』を覚悟を決めて公開するのと、これから兵が戦うにあたる『命令ではなく理由』を問う……だという事を。

言葉に行き詰った空気を払うかのように、ジェラールが凱に問う。

 

「一つ……教えてもらえますか?ガイ殿」

 

唐突に切り開いたのは、ジェラールだった。

この禿頭人間や自分の父のように、気を許しているわけではない。だが、一緒にいる以上はディナントの戦いで魅せた『竜の技』を当てにしたいのも事実。絶望的な状況を打破するには、何より、力には力で対抗するのが常套だ。

 

「単刀直入にお尋ねします。あなたは私たちの『敵』ですか?『味方』ですか?どういうつもりで我々のところへ駆けつけたのですか?」

 

質疑の嵐に、凱ではなくルーリックが反論する。

 

「貴様!何を今さら言っているんだ!?味方に決まっているだろうが!現にこうしてディナントの戦いへ駆けつけてくれたではないか!」

 

「私はあなた方が思うようにこの人を信頼しているわけではありません。いいですか。ガイ殿」

 

オージェが眉を潜めた。対する凱はジェラールの視線を受け止めている。

 

「シシオウ=ガイ。あなたは異端認定を受けながら、我が国の大貴族、ガヌロン公爵に対して魔物呼ばわりして大喧嘩を売った」

 

否定できない。まぎれもない事実なのだから。あの時の自分は『何かにとりつかれていた』のだろうか?

 

「まして、処刑されていたはずの人間が、実は生きていました。そんな人間を警戒するのは当然でしょう?」

 

「そうだな」

 

凱は否定しなかった。これからは互いの信頼が今後を左右に傾くシーソーゲームとなる。ジェラールの質問は至極当たり前だったからだ。

 

「誤解する前に一つ、言わせてくれ」

 

凱は自分の意志を示す。皆は少し背筋を正す。

 

「俺は誰の敵でも味方でもない。勇者――目の前に映る全てを救う者。もし、誰かが助けを求めているならば……その必要があるのなら、俺は相手が誰であろうと、何があろうと、――助けに行く――」

 

その言葉に、全員の瞳に僅かな光が宿る。

 

「じゃあ……我々が助けを求めた時は……ガイ殿は救ってくださるのですか?」

 

マスハスは緊張を帯びた口調で問う。

 

「全身全霊を以て。微力を尽くすまでです。マスハス卿……目の前に映る全てを救う為に」

 

「救う……目の前に映る全てを?」

 

リムは静かにつぶやいた。

 

(赤い髪の神剣の騎士……セシリー=キャンベル。君なら同じことを言うはずだ)

 

俺も君も、つまるところ頭が悪い。故に、御国事情の『命令』より、単純明快な『理由』でしか、その力を振るえない。

凱は信じたい。この場にいる全員、銀の流星の集いし丘こそが、この今こそが、本当の救いだと――

その集いの中に……勇者が動ける『理由』がある、ということを――

 

「話を戻すようで悪いが……その力があれば、銀の逆星軍を蹴散らすことも容易ではないのかな?」

 

オージェ子爵がそういうと、凱は首を横に振る。

 

「俺は思うんです。無責任な考えでたやすく竜具を振るうことが、みんなの望もうとする未来をもたらすはずがない――と」

 

優しい口調に確かな意思、凱の言葉にそれらの両方が含まれていた。オージェ子爵は一応の納得をした。

凱の持論に過ぎないが、リムには理解できていた。それは、凱だけではなく、戦姫全員が共通する認識だと。

確かに、見境なく竜の爪を振るえば、敵は全滅できるかもしれない。ティグル達を救出できるかもしれない。だが、それではだめだ。

凱も先ほど言ったばかりではないか。『損耗率』という形で。

超常の力を振るうことが常用化する事……人や国、大地の『損害率』の許容範囲を超える未来は『勝利』でも『敗北』でもない。両者にもたらす確実な『滅亡』しかないと――

 

「ガイ殿……最後に一つ、教えてくれぬか?」

 

マスハス卿の追問に、凱は瞳を向けなおす。

 

「なぜ、我々を助けたのかな?」

 

誰の敵でも味方でもない。それは、希望であり、脅威になり得る至極当たり前な発想からくる質問だった。

というより、確認に近い質問だった。以前、ティッタを魔物から守り抜いた青年のままでいると信じている。

すると青年は、初老の人物に澄んだ声を投げかける。

 

「……俺が……そうしたかったからです」

 

険しい顔をして、凱はみんなを見渡す。

 

「みんな、俺に全部教えてくれ。いつ……なにが……誰が……なぜ……どのように……以前のディナントの戦いから今に至る全てを」

 

凱がここまで明確に聞きたがる理由。この混迷たる時代の中で、この銀閃を、どのようにして振るうべきか、それを間違えてはならない。

この竜具で、皆が望む未来を描くために――

リムが切り出して、マスハスが補足して、ルーリックがつけ足して、ジェラールが核心をついて、再びそれぞれが一部詳細を語る。

そして紡がれる今……今という時間は『演奏終了(フィーネ)』の延長上。それこそが、『|原点回帰詩《ダ・カーポ》』へと輪廻する一面の楽譜となって、歴史を正しく導く追想曲(アンコール)となることも。

英雄へと続く伝説の序章曲(プロローグ)。そして、勇者から紡がれる最終楽章(グランドフィナーレ)となることも。

 

――全ては『治水』を巡るディナントの戦いから始まり――

 

――そして『銃火』が招くディナントの戦いへと至る――

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

全てを聞き終えた凱は、幕舎を後にした。リムの指示によって銀の流星軍はしばらく休息となる。

戦姫不在のままではライトメリッツに戻れない。余計な混乱が国内へ飛び火し、戦姫が敗北したという報が漏れれば、各国の侵略を許してしまうからだ。そうなれば、アスヴァールを警戒するレグニーツァやルヴーシュが危険の渦中に晒される。特に海賊たちが戦姫陥落を知ってつけあがるに違いない。

レグニーツァは、エレンにとって恩師のいる地だ。その主は現在病に侵されており、自力で歩くことすらままならない状態だ。以前ボロスローの戦いで雷禍の閃姫を退けたばかりではないか。悪報による余計な心労で病を悪化させたくない。

今後の状況を見極めるにせよ、今すぐ行動するにせよ、疲労の濃い状態ではどちらにしても、何もできないのが現状だ。

とりあえず4日間。その間に斥候を何度か放ち、新たな情報次第では、どうするか考える。

その間に獅子王凱は、『用事』を済ませることにした。

 

(アリファールが訴えている?……ルヴーシュのバーバ・ヤガーの神殿へ行けと?)

 

ただの……竜具の訴えではない。何か、共鳴に誓いモノを感じる。

 

(まさか……ティナのエザンディスと反応しているのか?それとも……ルヴーシュの戦姫か?)

 

竜具とGストーンの共鳴作用が、より明確な意思となって、凱の意志に語り掛ける。

確信はある。竜具に意志はある。そして、竜具は主を偽らない。ましてや、承諾主である獅子王凱を――

幕営の領外へ差し掛かったあたり、凱は小さな人影をひとつ見つけた。

 

「誰だろう?」

 

自分と同じ栗色の髪を持つ少女、ティッタだった。

ふと見ると、ティッタは黙り込み、沈んだ表情を浮かべる。

 

「……ティッタ?」

 

気遣って凱が声をかけると、彼女は我に返って微笑みを浮かべようとする。だが、それは失敗した。

 

――凱の帰還を喜ぶべきだった――

 

――凱の無事を祝うべきだった――

 

――その為に、嬉しい涙を流すべきだった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――しかし、互いにそれは出来なかった――

 

彼女はうつむき、小さな声で言う。

 

「……バートランさんが……死にました……」

 

凱は息を呑んだ。あの時のように、頭に何かを殴られたような衝撃を感じた。

老体から闊達に笑う姿が脳裏によみがえり、凱は思わず両手を差し伸べ、ティッタを抱き寄せる。

 

「バートラン……さんが?」

 

凱とティッタはその瞳を見合わせる。気丈に笑って見せようとしたティッタだったが、堪え切れずに大きな瞳から涙をあふれさせる。

領主の信じる正義の為に――ヴォルン家に長く仕えていた侍従は、ティグルの未来を信じてその身を散らした――

ティッタは凱の胸にすがって泣きじゃくった。きっとこれまで涙をみせず、皆を不安にさせたくなくて、必死にティグルの代わりを務めようとして、気を張り詰めていたに違いない。

 

「……私も……ルーリックさんも……知りません……多分……ティグル様しか……どうやって死んだのかさえ」

 

嗚咽交じりのティッタの声が、凱をより心を締め付ける。

バートランも、名の知れていないアルサスの兵も、道半ばにして倒れた。だから、自分たちがその道を繋がなければならない。

『王道』ではない。『覇道』でもない。ただ一つの信ずる『正道』の為に――

ひそやかに泣き続けるティッタは、凱にとって『託された未来』そのものなのだろう。凱は再び抱き寄せる。

しがみ付いてでも守る。そのような意思が込められているかのように――

 

 

 

 

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
2
1

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択