No.881516

【4章・前】

01_yumiyaさん

4章前編。続きもののようななにか。独自解釈、独自世界観。捏造耐性ある人向け

2016-11-30 23:10:48 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:1138   閲覧ユーザー数:1128

【灼熱の煌国・前】

 

熱気の生きられる場所は限られている

定められた場所でしか生きられない

 

それでも生きたいと望むのならば

狂気が必要なのだ

 

 

ポカポカとした暖かい陽気に身を任せ、少年がひとり原っぱに寝転がっていた。

このまま昼寝してもいいかもな、と夢現にまどろみ少年はのんびりと目を閉じる。

一時期の騒ぎは静けさを取り戻し、子供がひとりでぼんやりできるくらいには平和な日々となっていた。

平和を興じ昼寝を決め込んだこの少年の名を、アレスと言う。

 

■■■

 

少し前までは大騒ぎだった。

穏やかだった日常は魔王の襲撃によって壊され、明日をも知れぬ日々。

また魔王が襲ってくるのではないか、今度は皆殺しでも企んでくるのではないか、次こそ自分も死ぬのではないか。

そんな想いが世界を包む。

アレスとて護身術程度の武術は身に付けていた。王国が解放している訓練に参加したこともある。

それでもあの時の、魔王の襲撃には死を覚悟した。

アレスでさえそうだったのだから大半の人間はそうだったと思う。

実際街中には終末を説く予言者や混乱に乗じて盗みを働く荒くれ者や暴漢が大勢いたのだから。

その小さな小競り合いは王国の騎士たちが取り締まり整え沈静化させていた。

おかげでかなり早い速度で街中は落ち着いたのだが、そのせいで無責任な平民は期待を持った。

王国ならば騎士たちならば魔王を倒し私たちの平和を取り戻してくれるだろう。

そう期待するだけで何もしない、何もしてくれない。その割には不満ばかり口に出していた。

身勝手な、とアレスは思う。

街中の小競り合いを諌め、荒れた獣を追い払い、流通すら直した王国に魔王退治まで望むなんて。

自分たちは何もしないくせに。

 

街の人間に嫌気がさしたアレスは不機嫌そうに街の外へと向かった。

街の中に居たくない。

人のいない方を目指して歩いていると、小さな叫び声がアレスの耳に届けられた。不思議に思って足を止める。

ここら辺で人間はあまり見ない。厳密には少しばかり凶暴な獣が出るから、近寄れないというほうが正しいか。

それなのに人の声が聞こえた。

嫌な予感に襲われながらも、アレスは辺りを見渡し耳をそばだて、音のした方向を探る。音は森の方から聞こえていた。

「あっちか」と小さく漏らし、アレスは駆け出す。予想が当たっているならば急いだほうがいいだろう。

 

…魔王の襲撃を受けた時、被害はゼロとはいえなかった。その被害は今もまだ傷跡を残している。

家や店ならば立て直しは進んでいるが、それらのように直せないものがたくさんあった。

還らない命は何をしようが戻らない。そして、残された命はその場に立ち尽くすしかなかった。

アレスのように元から家族などなく、ひとりで暮らしていたのならば良いのだが、世の中そんな生き物だけではない。

親が死に、生き方を知らない子供だけが残された場合、その子供はどうなるのだろうか。

 

その答えは今、アレスの目の前に居た。

 

ボロボロで多少どころではない怪我をした少年が、獣と対峙、…厳密には一方的に襲われている。

周りに果物がてんてんと落ちているのを見るに、あの少年は食べ物を求め森に入り獣のテリトリーに進入してしまったのだろう。

それをテリトリーの主に発見され、襲われているというところだろうか。

自業自得と言いたいが、魔王の襲撃がなければあの少年もこんな目に遭うこともなかっただろうし。

それに、見てしまったのだからどうしようもない。アレスの身体は理屈を吹き飛ばしてただ駆けた。

アレスは今にも死にそうだったその子と牙を振るう獣の間に踊り込み、命を奪う獣の牙を弾き返す。

 

「!」

 

「うごけるか? …うん、無理そうだな!」

 

視線は獣から外さず、少年に話し掛けアレスは軽く笑った。

己の熱気を剣に込め、熱い刃を作り出す。

獣というか生き物は、だいたい熱気に弱いもの。アレスが今までひとりで生きてこれたのはこの剣技のおかげだった。

少年を助けるため、アレスは本能で動いていただけの獣に斬りかかる。

人を襲った生き物は、人が討伐していいのだから。

 

 

■■■

 

ふうと軽く息を吐き、アレスは目の前に横たわる灼け焦げた塊を見下ろした。

これで一応危機は去った。危ないものは排除した。

熱気を抑え、アレスは助けた少年を振り返る。どうやら先ほどの戦いの合間に彼の涙は引っ込んだらしい。

「大丈夫か?」とアレスが笑いかければ、その子は目をパチクリさせた後勢いよく引っ付いてきた。

「…お?」とアレスが呟けば、少年は恐怖を思い出したのかそれとも安堵からなのかぐすぐすとまた泣き始める。

落ち着かせるためにアレスがポンポン背を撫で続けた。

しばらくあやしていると、その子は「…死ぬかと、おもった…」と泣きながら声を漏らす。

もう大丈夫だとアレスが頭を撫でてやれば、多少落ち着いたのか顔を上げ礼の言葉とともに己の名を告げる。

彼の名前はクロムというらしい。

 

「そか。…ここにいるとまた襲われるかもしれねーから、オレんち来るか?」

 

アレスがそう提案すれば、クロムは戸惑ったように「いいの?」と声を出す。

その言葉にアレスが頷けばクロムは顔を輝かせ嬉しそうに「行く!」とアレスの手を取った。

クロムは多少ふらつくようだが歩行には問題ないようだ。クロムの歩みに合わせながら、アレスは家へと帰ることにした。

 

■■■

 

帰宅して真っ先にしたのはクロムを洗うこと。湯が怪我に滲みるらしくクロムは目に涙を浮かべていたが、泣き言を言わず大人しく洗われていた。

意外と根性があるヤツらしい。

洗浄が終わったら次は傷の手当て。一応応急処置は出来たのだが、本格的な治療はアレスには無理だ。

どうしたものかと悩んだが、確か怪我人やこういう手合いの子供も王国は面倒みてくれたはずだと思い出し、早めに連れてってみようとアレスはひとり頷いた。

 

「とりあえずこれくらいだな。大丈夫か?」

 

「大丈夫痛い違う大丈夫」

 

途中で軽く本音が漏れたが大丈夫だと言い張るクロムに苦笑し、アレスはクロムの額を軽く弾いた。無理すんな。

弱っているのならばもう眠らせたほうかと思案すれば、クロムの腹が静かな部屋に盛大に鳴り響く。

アレスがきょとんと腹を鳴らした相手を見つめれば、本人の髪の色のように真っ赤に染まったクロムと目が合った。

思わず吹き出しアレスはキッチンに向かう。

 

「うん飯な、わかったわかった」

 

「な、ちが…!わら、笑うなよ!」

 

真っ赤なままポスポス殴りかかってくるクロムを軽くあしらいながら、アレスはクロムが食べれそうなものを物色した。

お粥みたいなものがあればそれがいいのだろうが、生憎そんなものストックしていない。作るか。

ふむと腕まくりをするアレスを見て、クロムは驚いたように「料理できんのか?」と意外そうな表情を見せた。

得意というわけではないが、一人暮らしに困らない程度には作れるとアレスは温めたミルクをクロムに手渡し得意げに笑う。

 

「だいたいのモンは煮るか焼くか油にぶち込めば食える」

 

「それ料理っていわない」

 

不信な目を向けるクロムにアレスは、魚を切っただけのものは刺身っていう料理だし、豆腐にネギ乗っければ冷奴っていう料理になると涼しい声で返した。

つまり、ちょっと手を加えりゃ「料理」つっていい。

鼻歌交じりにトンデモ理論を繰り広げるアレスを見てクロムが戦々恐々としている合間に、料理が完成したらしい。クロムの目の前にトンと器が差し出された。

見た目が若干アレな感じ…、なんというか、とりあえずナニカを鍋にぶち込んでナニカで煮ただけ、だったので、クロムが恐る恐るこれは何かと問い掛けると「はちみつ入れたミルクのパン粥」と微笑まれる。

出された粥を目の前にして、クロムはしばらく悩むような素振りを見せていたが、ようやく覚悟を決めたかのようにひと匙掬い、怖々ゆっくりと口に運ぶ。

 

「…おいしい」

 

意外そうな口調でそう漏らしたクロムに苦笑しながらアレスは「そりゃよかった」とクロムの頭を撫でる。

…あれこれ離乳食だっけ?

首を傾げながらまあいいかと思い直し、アレスは食い終わったら休めと声を掛けたがクロムには届いているのだろうか。食うことに夢中で聞こえていないかもしれない。

甘さに顔を綻ばせ、次々と匙を運ぶクロムを横目に見て、アレスは寝床の準備を仕様と立ち上がった。

今日はオレ床で寝るかな、と頬を掻きながら。

 

粥を食べさせたのち安心したのか落ち着いたのか、電池が切れるように眠ってしまったクロムを寝床まで運びアレスもそのまま床に寝転がる。

明日はクロムの様子を見て、大丈夫そうなら城に連れて行こう。

流石に自分が子供ひとりを養うのは辛い。家もそんなに広くないし。

くあと大きく欠伸を漏らし、アレスもゆっくりと目を閉じた。

 

■■■

 

朝目が覚めて、床で寝たせいでバキバキする身体をほぐしながらアレスはまだ眠っているクロムに目を向けた。

クロムは小さく縮こまり丸まって眠っている。いつ頃目が覚めるかはわからないが、一応朝食を用意しておこうとアレスは伸びをしてキッチンに向かった。

 

食事を終えたがクロムはまだ目を覚まさない。時間を持て余したアレスは、クロムの側で剣の手入れをしていた。

昼を回った頃だろうか、クロムがようやく目を覚ましのそりと身体を起こす。

まだぼんやりしているせいか、現状把握が出来ていないらしい。不思議そうな様子でゆるりと左右に目を向けていた。

 

「…?」

 

「おはよー」

 

アレスが声を掛けるとクロムは驚いたように身体を跳ねさせアレスのほうに顔を向ける。

クロムはしばらく混乱していたものの、昨日のことを思い出したのか二、三度瞬いたあと「お、はよう」と挨拶を返してきた。

声も出るし身体も動かせるようだ。ならば大丈夫だろうとアレスは微笑み「飯食うか?」と首を傾げる。

その提案に、クロムはこくりと頷いた。

 

遅い朝食の最中に、アレスは城に行くことを話した。

自分では満足な怪我の手当てが出来ないからと。

その話をすると、クロムは少し困ったような表情を浮かべる。

 

「俺行って大丈夫か?あのとき城もボロボロになってたし…」

 

「けっこー復興してんぞ?それにあそこは怪我人の受け入れもやってるから大丈夫だって!」

 

アレスが笑えばクロムも信用したのか了承の意を示した。

ならば善は急げだ。アレスは食事を終えたらすぐにクロムを連れて城へと向かうことにする。

クロムの手を引きアレスは王国の門を叩く。ちょうどその場にいた騎士らしい金ぴかの人が対応してくれた。

アレスがその人にクロムを保護したことを説明し怪我の治療を頼むと、その人はアレスの後ろに隠れていたクロムと目線を合わすように屈み込み、ぽふと頭を撫でる。

 

「よく我慢したな、治療するからおいで」

 

「…ん…」

 

戸惑うような警戒するような声を出すクロムを己の背中から引っ張り出し、アレスは「大丈夫だって!」と笑みを向けた。

アレスに後押しされ、クロムも観念したのかひょこひょこと前に出てその騎士の手を取る。

再度クロムの頭を撫で、騎士は近くにいた別の騎士を呼んだ。クロムの治療を指示しているようだ。

指示を受けた騎士がクロムを連れて行くのを見守ったあと、金ぴかの騎士はアレスに顔を向ける。

 

「あの子は治療を終えたら君に連絡すれば良いだろうか?」

 

「あー、えっと、クロムはあのときの被害者らしくて、森で拾った、から…」

 

しどろもどろになりながらアレスが事情を説明すると、その騎士も察したのかふむと頷き「ならば王国で保護するか」と呟いた。

そうしてもらえると有り難い。

安堵の表情を作るアレスに騎士は声を掛ける。

 

「君はどうする?あの子は君に懐いてるようだし、一緒に城に来るならば…」

 

その提案にアレスは少し考え、首を振った。騎士になる気はないし、自分にはもう家がある。

アレスがその旨を話すと、騎士はアレスの顔をマジマジと見つめ何かに気付いたように目を細めた。

「ああなるほど君は、」と小さく漏らし騎士はアレスの前に屈み込む。

 

「では、入城の許可は出しておくから暇な時に来てくれるか?あの子もそっちのほうが安心するだろう」

 

「わかった!ありがと、おっさん!」

 

「おっ…!? っいや、…私はバルトだ。いいかバルトだ」

 

抑えたような割と必死なような絶妙な態度でバルトは名を名乗った。

バルトの妙な態度にアレスはおう?と首を傾げる。

微妙なお年頃の微妙な気持ちには気付かないまま、アレスは「また来る!」と手を振って城を離れた。

 

その後アレスは毎日城に通い、クロムに構う。

クロムもまだ城に慣れていないのか、アレスの顔を見ると表情を明るくさせ寄ってきた。

弟分が出来たようでアレスとしても満載でもない。

熱気を込めた剣術を教えるとそれはクロムの肌に合うのかメキメキ上達し、先に城に居た戦士たちと比べても、負けず劣らずの才能を見せているようだ。

ある日アレスが訪ねるとちょうどクロムが手合わせに勝ったようで、嬉しそうに跳ね回っていた。

ぴょこぴょこしているクロムを微笑ましく思いながら、アレスは大きな声でクロムを呼ぶ。

アレスの声に気付き嬉しそうに寄ってくるクロムに「すげーじゃん!」と笑いかければ、クロムは照れ臭そうに笑い得意げに胸を張った。

オレも負けてらんねーな、とアレスがぐりぐり頭を撫でれば、クロムは表情を緩ませ、ハタと気付いたように首を傾げる。

 

「アレスは騎士になんねーの?」

 

クロムが言うには、クロムが来てから何人かの戦士が大人になり騎士となり強くなったらしい。

あそこにいるクフリンがそうだ、と小さな戦士たちに囲まれている白い騎士を指差した。

 

「なんかな、仲間を守る技があるらしーんだ!俺もそれできたらいいなって!今度教えてもらう!」

 

ニコニコしながら他の人のことを楽しそうに語るクロムに何故だか寂しさを感じ、アレスがクロムから手を離すと首を傾げられた。

「騎士になったらいろんなことできるようになるみたいだし、アレスならすぐ騎士になれるし、なればいいのに」と無邪気に言うクロムに怯みつつも、アレスは笑顔を作り言う。

 

「あー、オレには無理だな。メンドーなの苦手だし」

 

アレスがそう言うとクロムは残念そうな表情を見せつつも「わかる」と頷いた。

城に住むことになったクロムは一応騎士となるための勉強もしているのだが、これがまた面倒臭いらしい。

礼儀作法だの態度だの「王国の名に恥じないような人間に」とややこしい事柄が盛り沢山。それらを身に付けなくてはどれだけ実力があろうとも騎士にはなれないらしい。

現に、騎士教育を受けているクロムは年上であり恩人であるアレスに敬語を使ったときがあった。礼儀としてそうするものだと。

突然クロムから敬語を使われたアレスは驚き戸惑い凹んだ。

凹んだアレスを見てクロムも驚き戸惑い混乱した。

パニックとなったふたりを落ち着かせたのは、先ほど話題に出たクフリンだ。

涙目のふたりに驚き駆け付けたクフリンはなんとか事情を聞き出して、クロムの肩をポンと叩く。

 

「ああうん…クロム、礼儀も必要だけどな?時と場合によるというか、相手にもよるというか。…ええと、アレスはどうだ?」

 

「クロムは友達つーかそういうカンジで思ってたのになんか、さみしい…」

 

ぽつりと訴えればクフリンは微笑みクロムに目を向けた。

クロムは困ったような表情で「いいの?」と問うている。

「クロムだって友達から突然敬語使われたら寂しいだろう?」とクフリンが笑えばクロムは思い切り頭を上下させた。

産まれてこの方ずっと丁寧な言葉を遣うように育成されたならともかく、クロムのような境遇ならば使い分けをしてもいいだろう。

そういや北の王子さんは誰にでも敬語だったな、そういう教育だったのだろう。王族だし。まあ本人の性格もあるだろうが。

クフリンがぼんやりと知り合いの顔を思い出している間に、アレスとクロムはぴよぴよ話し合っていた。

 

「…トモダチ?」

 

「おう。だから固苦しくしなくていいぞ?」

 

「……、いちばん?」

 

「お…!? …おう、一番!」

 

アレスが胸張って宣言すれば、クロムはそれはそれは嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。

ひと段落したらしいふたりを見て、クフリンは微笑ましそうな穏やかな目を向けふたりの頭をぽんと叩いた。

 

「ははは、んじゃ教えておくよ。一番の友達は親友っていうんだ」

 

言葉を教わり、アレスとクロムは顔を見合わせ互いに笑顔を向け合う。

一番の友達ならば、堅苦しくすんなとアレスは笑い、

親友ならば、遠慮しないとクロムも笑った。

そんなふたりを眺めながら、クフリンは苦笑する。

恐らくクロムは覚えたての敬語と礼儀を使ってみたかっただけなのだろう。他でもない、クロムが一番懐いているアレスに勉強の成果を見せてやろうと。

その結果が先ほどのちょっとした騒ぎになったみたいだが。

アレスは騎士隊に居るわけではないため仕方ないが、クロムはもう少し冷静さを学ばせるべきだなとクフリンは軽く息を吐き出した。

クロムは元より気質が猪突猛進タイプ。何かあったら周りを顧みず、むしろ周りを巻き込んで自ら騒ぎに突撃しかねない。

手が掛かりそうな子だ、とクフリンは面白そうに小さく笑った。

 

■■■

 

そんな出来事があって、またクロムから騎士隊の愚痴をちょくちょく聞くせいもあり、アレスとしては「騎士ってメンドくせーな」という印象を抱いている。

スゲーなーとは思うし感謝もしているが、入団する気はさらさらない。

その旨を伝えれば、クロムはつまらなそうに口を尖らせた。

 

「ちぇー。アレスも騎士隊入って怒られりゃいーのに」

 

アレスと一緒に怒られるならオレも楽しいのにな、と頬を膨らませるクロムの頭をぺんと叩いてアレスは「怒られるの前提かよ」と呆れ声で返す。

そりゃまあ確かに騎士のルールを知らないアレスは毎日怒られる羽目になりそうだが。

毎日のように城を訪れクロムと会うアレスは、一応王国の人間にも認識されており、多少腕が立つことから「戦士」を名乗ることを許可されている。

その気になれば騎士団入りは出来るとは思うのだが、

 

「オレはさ、ぜんぶの人を護るとか、キョーミないんだよ。街のぜんぶの人に都合のいい騎士になる気はねーの」

 

アレスの言葉にクロムは首を傾げた。

騎士勉強中のクロムには酷な話だ、だから詳しく語る気はない。

これは騎士などではなく、城に住んでいないアレスだから気付けた事柄だから。

自分たちは何もしなくても騎士たちは勝手に自分たちを護ってくれる、そんな街の人たちの思いを毎日眺めているのだから。

事実「騎士」というものは、どんなに文句を言う人間でも、どんなに無責任な人間でも、全ての人を護るのが仕事。

そのために騎士は存在しているのだから。

クロムに笑顔を向け、アレスはしっかりと言葉を並べる。

 

「いや大事なヤツが危ない目にあったとき、その命を救いたいとは思うぞ?でもそれは騎士じゃなくてもできるだろ?」

 

騎士というものが、街の人の都合のいい物体に成り果てていることを、アレスは知っている。

そんなヤツらを護りたいとは思わない、しかし騎士となってしまえばソレらを守らなくてはならなくなる。

それはどうしても嫌だった。だからあのとき、クロムを城に預けたときに誘いを断ったのだ。

もちろんアレスとしては王国の騎士たちは嫌いじゃない。

騎士たちにはクロムも世話になってるし、部外者であるアレスにも良くしてくれる。

だから、

その自分の好きな騎士たちが、

何もしない口先だけの輩に都合よく使われるだけなのが気に食わなかった。

だから己が騎士となり街を守るのは受け付けられない。

あんなヤツらを守る気にならない。

けれど、

自分の好きなものを守りたくはある。

 

そんなことをぐるぐる考え、考えに考えてアレスが出した結論が「騎士たちの手伝いをする」だったわけだ。

だって自分は強いのだから、と。

これからも、自分はひとりでも強くなれるのだから、と。

そう思うのはそう考えるのは、

アレスが今までひとりで生きてきたからだろう。

起きても寝ても飯を食うときも、ひとり。だからアレスは錯覚する「ひとりで全部出来るし大人を手伝える」と。

 

子供、とは大人が考える以上に理解力があり、かなり複雑な事柄を消化することもある。

そのせいか時に身の丈に合わぬほどの自信を持ち、妙な万能感で「なんでもできる、自分は正しい」と突っ走ることがあるがアレスの現状はそれだ。

確かに隅から隅まで制限を掛けてしまうのは子供の育成に良くないが、妙な万能感に踊らされている子供を放置しすぎてもいけない。何かあってからでは遅いのだから。

それはとても難しいことなのだけれど。

 

 

■■■

 

ある日、アレスが何時ものように城を訪れると城の中がバタバタと慌しかった。

いつもより殺気立っており、完全武装した騎士たちをあちこちで見掛ける。

なにかあったのだろうかと、アレスは忙しそうな騎士をひとり捕まえ声を掛けた。

 

「なんかあったのか?」

 

「ん?すまん今忙しくて、」

 

「オレなんか手伝える?」

 

真剣な顔で見上げられ、捕まった騎士は困ったような顔を浮かべる。

多少言葉を選びながら騎士は「大丈夫だ」とアレスの頭をぽんと撫でた。

アレスはその返答に不満げな表情を見せたが、遠くから聞こえてきた「アーサー!」という音に反応し、捕まえた騎士は声のした方に首を回した。

「今行く」と声を返し、騎士は再度アレスの方に向き直る。

 

「危ないから、そうだな、見習いたちと一緒にいるといい」

 

そう言っていつもの訓練所の場所を指差したあと、その騎士はアレスに微笑んだ。

もう一度先ほどと同じ声が響くと、騎士は慌ててアレスから離れて行く。

騎士が居なくなったその場では、アレスがぽつんとひとり残された。

不満げなままアレスは騎士の去っていった方向を見つめ、独り言つ。

 

なにも教えてもらえなかった

オレだって手伝い出来るのに

 

ぷくっと頬を膨らませ、アレスはクロムに会いに行こうと歩き始めた。

城に住むクロムなら今日の騒ぎを知っているだろう。

 

ぷりぷりしながらアレスは訓練所に顔を出す。するとそこには城の中の騒ぎとは間逆の、のほほんと日向ぼっこしているクロムがいた。

麗らかな陽を浴びて今にも眠り出しそうな風貌のクロムは無防備としか言いようがない。

アレスはうつらうつらし始めたクロムにこっそり近付き、背後からぺしんと頭を叩く。

「!?」とクロムは文字通り飛び起き、犯人を捜すため辺りに視線を彷徨わせた。クロムはすぐにアレスに気付き「なにすんだよ!?」と目を吊り上げる。

 

「なに昼寝してんだよ。みんな忙しそーなのに」

 

「まだ寝てねーぞ!?」

 

アレスの言葉にプリプリ怒りながら反論するクロム。

まだ、ということはその内眠るつもりだったんだろうとアレスが突っ込むと、クロムは頬を膨らませたままそっぽを向いた。

「だってヒマだし」と言い訳するクロムに話を聞いたところ、クロムたち見習い戦士は "お留守番" を命じられているらしい。

 

「オトナは魔王討伐のオシゴトだから、俺たちは今日オヤスミだってさ」

 

先ほど城の中がバタバタしていたのは魔王と戦うための準備であったらしい。

それならそうだと言ってくれれば、アレスとて喜んで手伝いをしたのに。

不満を露骨に顔に出すアレスを見て、クロムは首を傾げ言う。

「俺すら留守番なのに、なんでアレスが行けると思ってんだ?」と。

確かに魔王討伐には騎士ではない、街に住む腕利きも数人加勢している。城勤めではないが、ある程度の実力をもつ大人が。

しかしアレスは連れて行ってもらえなかった。

先ほどの騎士の反応から考えるに「実力が足らない」と判断されたのだろう。アレスは腕を組み不満を露わに漏らす。

 

「オレ強いぞ?」

 

「強いっつってもクフリンとかアーサーとか大人と戦っても勝てないだろ?」

 

子供としては強い部類だろうが、大人と比べると流石に勝てない。

しかもアレスはたまに余所見をして攻撃すらしない時もあるのだ。同年代との手合わせ程度ならば十分だろうが、手数を重視する実戦には少しばかり心許ない。

さらに不満そうに頬を膨らませたアレスを見てクロムは苦笑し「俺と昼寝するのと、手合わせするのとどっちがいい?」と首を傾げた。

そんなもの実質1択だろうと、アレスは剣に手をかける。

「おっけー」と笑いながらクロムも同じように剣を握り小さく小さく呟いた。

 

置いてかれて、実質戦力外通知されて、

不満なのはアンタだけじゃねーんだぞ?

 

と。

確かに魔王、つまりは王国を壊滅状態に追い込んだ相手と戦うに当たり、見習いを投入出来ないのは理解しているが、それはそれとて面白くない。

自分たちだって戦えるのに。

魔王を殴りたいのは自分たちだって同じなのに。

そんなことを考えながらクロムも己の身体より大きな剣を振るう。

まるで鬱憤を晴らすかのように。

 

 

アレスとクロムが刃を交えていると、突然ばたばたと慌ただしく兵士がひとり通り過ぎて行った。

魔王戦で何かしらのアクシデントでもあったのかとふたりが動きを止めると、しばらくしてドカンと大きな音が辺りに鳴り響く。

アレスが驚きに目を見開いている間に、クロムはすぐさま音のした方角へと駆け出し、それを見て慌ててアレスも後を追い掛けた。

どうやらクロムはきちんと「王国の戦士」として育っているようだ。有事にしっかり動くことが出来る。

 

「何だ今の音!?」

 

「わかんねーけど多分なんかが壊された音!」

 

魔王襲撃んときに死ぬほど聞いたとクロムは怒鳴るように叫んだ。

アレスの耳には炸裂音にしか聞こえなかったのだが、クロムはそう言い切った。

覚えているのだろう、魔王に襲撃され街が崩壊したときのことを。

そして彼の中で、炸裂音が響くときは嫌なことが起きているのだと刻み付けられたのだろう。だからすぐさま反応した。

だから今、クロムは真っ青な顔で必死に走っている。音のした方に向かって。

逃げるためではなく、助けるために。

 

ふたりが騒ぎの起こっている場所に到着し見たものは、王国の主人である赤のエンプレスが侵入者であろう人物に対し、ロッドを叩きつけている場面だった。

ゴガッという傍目にもヤバいとわかる音を耳にして、ふたりの足は自然と止まる。

怯みながらもクロムは同じように戸惑っている兵士のマントを軽く引き、何が起こっているのか問い掛けた。

 

「ええとだな、侵入者が現れたと思ったらエンプレス様が颯爽と立ち塞がり思い切りぶん殴った」

 

見たまんまのことを教えられ、アレスもクロムも首を傾げる他ない。

援護に行かないのかと問えば「お前あそこに割り込めるか?」と引きつった笑みを向けられた。無理だ、なんせ未だにモノを殴る音が流れ続けている。

時折綺麗な声で「狂王だかなんだか!知らないけど!人んちの壁壊して!いろんな人に迷惑かけて!恥ずかしくないの!?」と罵る言葉が聞こえていた。

合間合間に殴打音が聞こえるため、物理と精神両方で責め立てているようだ。

 

「…ここの王サマ…女帝か?怖いな」

 

「俺の知ってるエンプレスさまと違う…」

 

クロムの知っているエンプレスは、凛とした佇まいで冷静に指示を飛ばし、また慈しみの表情と声色で騎士たちを労う麗しく優しい女主人の姿。

現状の少しばかり楽しそうな顔で敵に向けてロッドを振るう姿とはかけ離れていた。

エンプレスが元お転婆姫だったことや、お転婆すぎて育成係が軽く匙を投げたことを知らないクロムは、戸惑いつつ若干の怯えを見せつつ、そこはかとなくショックを受けている。

呆け気味のクロムは置いといて、アレスは周囲に目を渡らせた。

兵士は割り込めないと言っていたが、マジシャン風情の魔法使いなどは遠距離から、エンプレスの邪魔にならないように、援護はしていたし、兵士たちも見ているだけではなく警戒態勢はとっている。

あとはここいらで見かけない風貌の女性と老人も加勢していた。口ぶりから察するに侵入者の顔見知りだろうか。

まあ流石と言おうか、主戦力が不在の状態であろうとも対応出来るようにはなっているらしい。

 

「…女帝サマが率先して敵に向かってくってのは予想外だけどな…」

 

ぽつりとアレスが呟くのとほぼ同時に、エンプレスが「人に迷惑かけるのも、いい加減になさい!」と一際大きく声を上げ、侵入者にロッドを叩き込んだ。

それが終わりの合図となり、侵入者は目を回しながらパタリと倒れる。騒ぎは解決したらしい。

どこかスッキリとした表情のエンプレスは機嫌のよさそうな足取りで城へと戻り、侵入者も回収されて行く。

残された兵士たちは後片付けを開始した。

無論クロムも片付け部隊に引っ立てられる。ついでだからとアレスもその手伝いに回ることにした。

崩された壁の破片をまとめながら、ぼんやりとした顔付きのクロムはぽつりと漏らす。

 

「…もっと堅ければ、壊されなかったのかな…」

 

固く堅く硬く。

もっと堅ければこの壁は壊されなかっただろうと、クロムは虚ろな目付きで破片を抱え上げた。

壊れるのは嫌だもんなと小さく小さく決意する。

それを聞き届けたのは傍にいたアレスのみ。

魔王襲撃時に被害を受けたクロムは、何かが壊れることをいやに嫌う。

それは、あの時の恐怖感を思い出すからなのかそれとも怒りを思い出すからなのか、アレスにはわからない。

それでも恐らくこれからクロムが"硬さ"を重視するようになるのは察した。

それが良いことなのかは、わからないけれど。

 

■■■

 

しばらくして騎士たちが凱旋してきた。各々やり切った表情を浮かべており、戦果は良いものなのだろうと予想出来る。

召喚で呼び出されると帰りは歩きになるのが面倒臭いなと、朗らかに談笑している一団にクフリンの姿を見つけアレスは駆け寄った。

挨拶もそこそこに本題を切り出す。

 

「えっと、クロムの面倒みてるのはクフリンでいいのか?それともバルトのおっさん?」

 

そう問い掛ければ、クフリンは目を丸くしもうひとりの騎士は小さく吹き出した。

そっかキミから見れば隊長はおっさんかと苦笑する隣の騎士を制しながら、クフリンは「俺だ」と目を泳がせた。

隊長今の聞いてないだろうなと言わんばかりの態度を見せるクフリンに首を傾げつつ、アレスはクロムのことを話す。硬くなれるようなコツはあるかと。

不思議そうな表情を浮かべられたので先ほどあったことを説明すると、合点がいったようにクフリンは頷いた。

 

「以前も仲間を守る技を覚えたいと言われて調べたんだ。クロムは大剣の適正があったから盾は持てないし、どうしたもんかと…」

 

「あああれそういう意味だったのか」

 

クフリンの言葉に隣にいた騎士がポンと手を叩く。

アレスが首を傾げれば「あ、ごめん。ボクはクラン、よろしくね」とその騎士は己の名前を告げた。

クランは重装騎士らしい。立派な鎧と大きな盾を扱い、守備に特化した騎士。

むろん仲間を護ることにも精通している。

そのクランが言うには、盾を持たずとも防御を高める技はあるらしい。しかしそれは多少リスクを負う必要があった。

 

「こう…構えを取るんだ。ただ防御に集中しちゃうから攻撃が疎かになる」

 

似たような構えとして攻撃に集中する手もあるのだが、こちらは逆に防御が疎かになるらしい。

切り替えと判断が必要な、最も難しい技だとクランは説明した。

 

「これでいいなら教えるけど」

 

「本人に聞いてみてからだな」

 

ふたりの会話を聞いてアレスは思う。クロムはこの提案を二つ返事で了承するだろう、と。

"誰かを守る"ために"硬く"なれる技ならば、クロムの希望に合致する。きっとクロムは喜んで学び始めるだろう。

これでクロムは大丈夫だとアレスはほっとしたように笑みを浮かべた。

 

これで懸念は晴れたとアレスは前々から気になっていたことを問う。

「クロムを預けたのはバルトのおっさんだったけど、あのヒト今は騎士じゃねーの?」と首を傾げれば、「あの人をおっさん呼びするのやめてくれ…」とクフリンに嘆かれた。

そんなクフリンを笑いながら、クランが説明してくれる。

 

「隊長はあのあと近衛団の方に移勤…栄転?したんだよ。実力も人望もあるからって」

 

「コノエ…?」

 

聞き慣れない単語にアレスが首を傾げると、王族守護を最優先にする騎士団のことだと教えてくれた。

騎士団ではあるがクフリンやクランとは仕事が違うらしい。

ただ今回の魔王討伐では大勢の騎士が参加をしたため、元騎士隊長だったバルトが「慣れてるだろ」という理由で司令官として選ばれたらしい。

そのため今回だけは特別に、討伐部隊のリーダーとして近衛の仕事から離れ参加していたようだ。

 

「隊長が近衛に行ってからはほとんど会わなかったから嬉しかった、ような、なんというか…」

 

「…俺別働隊で良かった」

 

クランが曖昧な表情を見せるとクフリンが心底ほっとしたような顔を作る。

クフリンは違ったようだが、クランはバルトと同じ部隊に配属され、バルトの隊長としての厳しさと怖さを再度味わったらしい。

どうにも頭が上がらないとふたりが楽しそうに会話をしていたが、アレスは未だに小首を傾げていた。

「どうした?」とクフリンが問い掛けてきたのでアレスは素直に答える。

 

「あんたらが出掛けてる間に城に侵入者が来てたぞ?コノエがいなくて良かったのか?」

 

「…は?」

 

アレスがそう言うとふたりの騎士は呆気にとられたような顔をみせた。

なのでアレスが一部始終を、厳密には「オッカネー女帝が嬉々として侵入者に向かっていき、すこぶる楽しそうにロッドを振り下ろしていた様」を伝えれば、ふたりの騎士は何かを察したような表情を浮かべたあと、盛大にため息を吐き出す。

エンプレス様は楽しそうだったかとクランから問われたのでアレスが頷けば、ふたりの騎士は諦めに似た憂いの目を空へと向けた。

 

「そっか…そうかぁ…、本当変わらないなあの人は…。というかこれは隊長怒り狂うな…」

 

「そうだね多分 "他の近衛兵は何をしていたんだ!" って怒るね…」

 

エンプレス当人が敵と対峙していた以上、近衛兵が全く仕事をしていなかったことになる。

近衛が近衛として役に立っていない。

こりゃ近衛団でランク変動が起こるなとクフリンは少しばかり困ったような顔を作った。

 

「隊長は近衛団でも隊長になりそうだ」

 

あの人は、責任の強い立場になってしまうと己を顧みずそれを成そうと動く性格だからな、と呟きながらクフリンは頬を掻く。

もしも近衛隊長にでもなろうものなら、ぶっ倒れるまで働くだろう。

 

「そもそもあの時、魔王に襲われた時、炎上崩壊していた城の中に飛び込んで見習い救出に行った人だぞ…。近衛の隊長にでもなったら"国のために"とか言って単騎で魔王に突撃しかねん…」

 

無謀というか蛮勇というか突撃馬鹿というか。

「私が面倒みてる見習いを私が助けに行かんでどうする」とさも当然のように言い放つバルトに対し「それはそれで正論だがあんたに炎上している建物に飛び込まれると困る」という気持ちにならなくもない。

万が一があって、バルトが大怪我を負うなり死亡されるとそれはそれで困るのだ。国の重要ポジションにいるのならば己の立場を理解してから動いてくれ、とクフリンは苦々しい顔をした。

才能ある軍人を失うのは国家としても痛手。それをもう少し自覚して頂きたい。

困ったような顔を作るクフリンをみて、アレスは「やっぱり騎士ってメンドーくさい」と再認識し頬を掻いた。

オレがそれになることは、

そもそも王国の中に入団することは、

きっとおそらく絶対に、ありえないだろう、と。

 

 

騒ぎもひと段落し、案の定「近衛兵は何してた!?」という帰城したバルトの怒鳴り声が城内に響き渡ったらしいが定かではない。

その頃にはもうアレスは城から離れ帰宅の道を歩んでいた。

アレスが街中をトコトコと進めば、王国騎士団が魔王を討伐したということは既に話題となっており、人々の顔は晴れやかで笑顔が多い。

そりゃそうだろう、己を害する可能性のあるモノがいなくなったのだから。

それは理解出来るのだが、何もしなかったただの住民らにそこまで喜ぶ権利はあるのだろうか、とアレスはモヤモヤした思いを抱いた。

街の賑やかさから少し離れるように歩むアレスに、機嫌の良い声が掛けられる。

 

「や!なんか不景気そうな顔してるね?」

 

ニコニコしながらアレスの肩を叩いたのは顔見知りの小さな商人。彼の名前はアリと言った。

アレスとは裏腹に景気の良さそうな顔でアリは「今日は何か買ってく?サービスするよー」と鞄をゴソゴソと探り始める。

 

「なんせ魔王が倒された!だから今日は多少の赤字は覚悟の商売をするよ」

 

始終ご機嫌な声色でアリはアレスにほいと飴玉を渡した。

アレスがそれを受け取ると、魔王のせいで不景気だったけどこれからは景気が良くなるだろうと、アリはニコニコしながら大量の飴玉を乗せていく。

 

「しかしめでたいね、うちも色々物資を提供したかいがあった」

 

商人たちは、魔王発生時に混乱により交易ルートが潰され大打撃を受けていた。

そんななか一部の商人は仕入れルートを切り替え、戦いに使えそうなものを掻き集め始める。それを格安で提供していた。

以前アレスはアリに聞いたことがある。そんな安く売って良いのかと。

その問いに「目の前の儲けより、未来への投資を優先してるだけだよ」と若干怪しい笑みを浮かべながらアリは答えた。

 

「信頼ってお金じゃ買えないからねー」

 

良質なものを必要な量提供するだけでも信頼度は跳ね上がる。

いつか平和になったときに、それは他の商人と比べて有利に働くのだ。多少優先されたり、個人的に注文を貰えたり。

城に出入りしてるなら見たことあるだろうけど、訓練用品とか揃えたのボクんとこだよ?とアリは不敵に笑っていた。

 

「戦うってのはさ、闘いだけじゃないんだよ。商人には商人の闘いと戦い方がある」

 

今までも闘いはしてたけど、ボクらの闘いはこれからが本番かな、とコインを弄びアリは笑う。

負けないよー?とニヤリと笑ったアリから底知れぬ恐怖を感じ取りアレスが身震いしたのは言うまでもない。

そもそも以前アリは「万引きは死すべし」とコインを弾いて犯人に命中させていた。怖かった。

こいつには逆らわないほうがよさそうと確信したアレスは、両手いっぱいに貰った飴玉を仕舞いながらアリに別れを告げる。

しばらくうちの店忙しくなりそうだから暇なら手伝いよろしく、というアリの言葉に見送られアレスは了承の意を伝えた。

 

飴玉で重くなった懐を抱えながらアレスはぼんやりと帰路につく。

その途中、不思議なものが落ちていた。

形はタマゴそのもの。

ただ若干禍々しいというかそもそもタマゴにしてはデカい。

赤黒く、メロンのようにスジが浮き出ており、アレスが抱え上げてようやく持てるほどの大きさ。

タマゴとしていいのか悩むところだが、形的にはタマゴとしか言い表せない。

なんぞ?とアレスはそれに近寄りコツンと叩いてみたが固そうという感想しか出てこない。

 

「…食えるかな?」

 

手触り的にもタマゴであったため、アレスはこれをタマゴと断定する。

こんな大きなタマゴならば、さぞかし喰いがいがあるだろう。

サイズ的には大味かもしれないが、量としては申し分ない。

数々の卵料理を思い描きながら、アレスはそのタマゴを抱え上げ持ち帰ることにした。

何で食べようか。ああ楽しみだ。

 

■■■

 

拾ったタマゴはハズレの部類だった。

殻が厚くて熱を通さないわ割れないわ。なんせ壁に叩き付けてもヒビひとつ付かないのだ、むしろ逆に部屋が壊れるかと思った。

叩き割ろうとした痕跡でグチャグチャになった部屋の中で、アレスはタマゴを睨み付ける。

こうなったらタマゴとオレとの根比べ。

今度こそ叩き割ってやるとアレスはタマゴを頭の上に抱え上げ振りかぶり壁に向けて放り投げた。

が、またも失敗し、タマゴは壁に跳ね返る。そのとき、

 

「よー、アレスいるか…?って、えっ」

 

アレスを呼ぶ声が聞こえたかと思うとその声は途中でゴッという派手な音と「ぎゃっ!?」という悲鳴に変わり、何かが倒れる音がしたかと思うとタマゴがアレスの手元に戻ってきた。

アレスがタマゴを抱えて悲鳴の聞こえたほう駆け寄れば、そこには赤と橙の毛皮を纏った獣人が目を回して倒れている。

壁に跳ね返ったタマゴが、ちょうど彼の頭に当たったらしい。

 

「うっわ、ヴァル大丈夫か?」

 

アレスが倒れている友人を心配し揺すると、少し唸り声を漏らしたのちにヴァルは目を覚まし「なにかかたいものが飛んできた…」と額を押さえて起き上がった。

ヴァルは身体が丈夫なだけあって、大事には至らなかったらしい。

ほっと安堵の息を漏らし、アレスは「悪い、これを割りたくてさ」とタマゴをポンと叩く。

その動きに合わせてヴァルがタマゴに視線を向けた。

 

「…えっ、それタマゴなのか?めっちゃ固かったぞ」

 

「だってタマゴっぽいし。食えるかなって」

 

笑いながらタマゴをぺしぺし叩くアレスにヴァルは「得体の知れないもん食おうとすんなよ」と呆れたような眼差しを向ける。

「おすそ分け持ってきたからこっち食えよ」とヴァルは籠を差し出したが、中身が減っていることに気付き怪訝そうな表情になった。ヴァルが慌てて辺りを見回すと、持ってきた食材が床に散らばっている。

頭をぶつけた衝撃で中身が飛び散ったらしい。

「だあもう!」とぷりぷり怒りながらヴァルは落ちている食材を拾い上げ籠に戻し、再度アレスに手渡した。律儀だな。

ヴァルはアレスの友人。遊び仲間であるのだが、ヴァルは一人暮らしをしているアレスを心配しちょくちょく食べ物を運んでいる。

今日も森で収穫した食材を持ってきてくれたらしい。

アレスは渡された籠を受け取りながら笑顔で礼を言う。

 

「サンキュー」

 

「今度釣りにでも行こうぜ。魚食いたい」

 

ぶんと手を振りながらアレスを釣りに誘うヴァル。

釣りとは言うがヴァルは釣竿を使わない。「手で取ったほうが早い」とは当人の言だ。

事実そっちのほうが早いのだからジェスチャーとしては正しいのだが、釣ってないのに釣りと誘うのは若干の違和感を感じる。

苦笑しながらアレスは了承し、釣竿どこにしまったかなと小首を傾けた。探せばどっかにあるだろう、見つからなかったらまた作ればいい。

約束を取り付けたヴァルは嬉しそうに笑い、ちらりと己の額を襲った物体に目を向ける。

 

「んで、どーすんだその…タマゴっぽいなにか」

 

「どうやっても割れねーんだよな」

 

むうと頬を膨らませながらアレスはタマゴを容赦なく叩く。この程度ならば割れないのは確認済みだ。

苛立ちをぶつけるようにタマゴにガンガン拳を叩きつけるアレスを笑い、ヴァルは「手ェ痛めるぞ」とアレスの腕を掴みそれを制した。

 

「タマゴなら中に子供入ってんじゃねーの?割れないなら中のヤツに割ってもらえよ。中身が出てきたらそれ喰えばいいじゃん」

 

「…、お前頭いいな」

 

タマゴの状態で食べることしか頭になかったアレスはヴァルの提案を素直に賞賛する。

流石にタマゴであるならば、中のヤツが割れないということはないだろう。

でないと産まれることができないのだから。

タマゴをタマゴのままで食べるならばタマゴだが、生まれたものを食べるならばそれは肉の可能性が高い。

育ち盛りのアレス的には、タマゴの栄養価がどうだのよりも肉をがっつり食えるほうを選ぶ。

 

「そうかそうだな、…待つか」

 

頷きながらアレスはタマゴをじっとりと見つめた。

なんかもう肉の塊にしか見えない。

結論が出たらしいアレスを見てヴァルは「よし決定ー、産まれたら分けろよ?」と笑いかけた。

結論が出たところでふたりは笑い合いしっちゃかめっちゃかになっていたアレスの部屋を片付け始めた。

肉をどうやって食おうかと楽しそうに相談しながら。

ふたりの会話が聞こえているのか、タマゴが若干怯えたように揺れたことに、ふたりは気付きもしなかった。

 

 

■■■■■

 

タマゴ騒動からしばらく経って、アレスは遊んだり城に行ったり約束通り釣りに行ったりと日々を過ごす。

魔王がいなくなったからかこのあたりは穏やかで、活気があり大きな騒ぎも起こらない。

そんななかアレスは順当に成長し、青年と呼ばれる身体へと育っていた。

オトナになるとやれることが増える。アレスは獣を狩ったり商人の手伝いをして生計を立てていた。

狩りでは時に危険な場所へと行くので、アレスは口元にはマスクを付けている。

アンデッドがいるんだあの辺。

ちなみに成長してからクロムに会いに行ったらなんかキラキラした目で見上げられた。悪い気はしない。

そんなキラキラした目が嬉しくて、アレスは小さなクロムを抱え上げ肩車してみる。喜ばれた。騎士団ではあまりこういうことはしないらしい。

ならば自分がいるときくらいはクロムを甘やかしてもいいだろう。

でもこれ以上デカくなったら無理だなとアレスは小さく口元に笑みを作った。

拾ったあの日からクロムは無事に成長してくれているようだ。何より。

 

クロムと戯れ午後からはヴァル、成人したからかヴァルカンと名を改めた、と一緒に最近ここらを荒らしている凶暴な獣狩り。

アレスが待ち合わせ場所に行くとヴァルカンはもう来ており「遅せーぞ」と笑いながら手を振っていた。

成長したヴァルカンは背が伸びた以外にも獣人度が上がりモフモフ度が増している。人混みに紛れていても目立つくらいだ。

そんなヴァルカンに駆け寄り、アレスが軽く謝るとヴァルカンから「遅刻したから今日奢れよ」とニヤリとした笑みを向けられた。

不満げな表情でアレスは言う。

 

「遅れたっつっても10分くらいだろ。あ、んじゃ現場まで競争しようぜ。遅かったほうが今日の夕飯オゴリってのは?」

 

「ほうオレ様に爆走勝負を仕掛けるとは身の程知らずだな」

 

アレスの提案にヴァルカンは不敵な笑みで返し、ポキポキと指を鳴らした。やる気満々のようだ。

ちょうどもうすぐ広場の鐘が時を告げる。それを合図にふたりは目的地に向けて駆け出した。

 

■■■

 

「っヴァルカン、お前、ズリー…だろ」

 

「はははっ、実力実力」

 

途中まではいい勝負だったが、身体が暖まったらしいヴァルカンは鍛え上げた己の技を発動させ車輪のように一気にアレスを抜き去って行った。

事実特殊な技のブーストを掛けたとはいえ実力ではあるのだろう、アレスが息を切らしているにも関わらずヴァルカンはけろっとしているのだから。

これが人間と獣人の差かと悔しそうにヴァルカンを睨みつけながらアレスは「あーもーわかったよ、何オゴればいいんだ?」と素直に問い掛けた。

 

「肉」

 

「おお、奇遇だなオレも食いたいわ肉。自分の支払いじゃなかったらスッゲ食いたいわ。…高けーだろバカ!」

 

至極簡潔なヴァルカンの返答にアレスは飛び上がり拳を振るう。

少しは遠慮しろ。

そんな怒りを込めたアレスの拳をひょいと避け、ヴァルカンは宥めるように笑った。

 

「今回の仕事のついでにウサギか鳥かなんか狩ってアリバんとこ持ってこーぜ。持ち込み分安くなるだろ」

 

「…それなら、ギリギリ…」

 

己の財布を確認しながらアレスはヴァルカンの提案に頷く。

顔見知りの商人アリは、アレスたちと時を同じくして成長し独立していた。独立した記念に名をアリバと改め、己の城を「新装開店だよ!」と案内してくれたのは記憶に新しい。

己の店を嬉しそうに説明し「店の手伝いしてくれたら多少サービスするからよろしく」と笑顔で威圧されたのも記憶に新しい。

ちょくちょく手伝いに行ってるから、アリバの所ならば多少融通は利くだろう。

財布と睨めっこしているアレスに苦笑しながら、ヴァルカンは「んじゃ仕事はとっとと終わらせようぜー」と森の中へと入って行った。

アレスも慌てて後を追い、森の中へと足を踏み入れる。

肉ならば自分たちでも焼こうと思えば焼けるのだが、加減が難しい。繊細な熱調整をしながら焼くくらいなら、プロに任せたほうがマシだ。

それはそれで金が掛かるため滅多にやらないのだが、今日は仕方がない。

久々に肉が食えるかなと多少浮かれた足取りでアレスは獲物を探し始めた。

 

「そーいや前拾った固ってータマゴどうなったんだ?」

 

「…部屋のどっかにある」

 

肉を話題に出したからか思い出したように問うたヴァルカンに、アレスは目を逸らしながら答える。

部屋のどこかにあるのは把握しているのだが、どこにあるのかは完全忘却していた。

だって、食えない・固い・デカくて邪魔の3拍子揃った物体だ。扱いがぞんざいになるのも仕方ないだろう。

でも腐ったりしてたら臭うからわかると思うんだ。

アレスがそう言い訳するとヴァルカンは呆れたようなため息を吐き「帰ったらちゃんと探せよ?」と忠告した。

アレスは臭いに慣れて気付かなかっただけで、実はタマゴは腐ってましたなんてことになったら、近所からどんな苦情がくるかわからない。

というか拾った当時は思いもしなかったのだが、そもそもあれがドラゴンのタマゴだったならばかなりの問題だ。

そもそも大きさ的に、あれはドラゴンのタマゴだった可能性が非常に高い。

そうなるとアレスは野生のドラゴンを無断で持ち帰り放置し殺した犯人となってしまう。

こんなことがバレたら竜好き集団の竜騎士団が闇討ち仕掛けてくるだろう、あいつらならやりかねん。

大人となり様々な場所の様々な事情を聞き知った現状、あのタマゴは秘密裏に処理しなくてはならない。

あのタマゴがただの鳥のタマゴで、まだ生きておりかつ問題なく食える物体なのが一番ベストだろう。

そうであれと願いながら、ヴァルカンは熱いため息を風に紛れさせた。

 

■■■

 

獣狩りも終わり、ついでに狩ったウサギや鳥を店に卸し、久々の肉パーティも満足な結果となった。

食べ過ぎたのか少しばかり苦しそうに腹を摩っているが、アレスも満足そうだ。

夜も更け、アレスとヴァルカンも解散となったのだが、ヴァルカンは「ちゃんとタマゴ探せよ?」と忠告を忘れない。

わかってると気の乗らない態度で手をヒラヒラさせながら、アレスはヴァルカンと別れ自宅へと戻った。

 

ただいまと誰もいない真っ暗な部屋に声を掛け、アレスは灯りを付けようとスイッチを探るように手を彷徨わせる。

なんとか灯りを探り当て部屋を照らすが、冷えた部屋はそこはかとなく寂しさを感じた。

未だに慣れないなと若干目を伏せつつアレスは頭を掻き「タマゴか…」とそれを最後に見た記憶を手繰り寄せる。

 

「マジでどーしたっけなー…。確かこう、孵すならあっためたほうがいいよなーと思った記憶があるようなないような」

 

誰もいない空間でアレスの独り言だけが空しく大気を揺らした。独り暮らししていると独り言が増えていけない。

静かなのが苦手というよりは、静かなのが寂しいから無理にでも声を出す、というのが正しい心情ではあるのだが、そのせいか誰かといるときでも騒がしくしてしまう。沈黙は、好きじゃない。

ガシガシ頭を掻きながら、アレスは「タマゴどこだー?」と声を掛けつつ家探しを始めた。

 

部屋中をひっくり返したような気持ちになってきた頃、ようやくアレスは目的のものを発見する。

それは部屋の隅で、タオルだのもう着ない服だのの大量の布の山に埋もれていた。

「…昔のオレは、一応タマゴを温めようとは、思ったらしいな」とアレスは己の顎に手を添えて、ふむとゆっくり頷く。正しい温め方かはわからないが。

久方ぶりに目にしたタマゴは以前と変わらず、まあアレスが大きくなった分サイズ的に小さく思いはするのだが、沈黙を保っていた。

これもう死んでんのかなと首を傾げながら、アレスはそのタマゴに手を添える。

 

その瞬間、

昔はウンともスンとも言わなかった無口なタマゴが突然、カタン、と身動ぎを返してきた。

 

「へ?」とアレスが素っ頓狂な音を漏らすと同時にパキンとタマゴにヒビが入り、中から何かが勢いよく飛び出し、ソレは殻の破片を撒き散らしながら舞い上がる。

そしてソレは呆気に取られたアレスの眼前にふわりと降り立ち、ふてぶてしい態度を露わに鳴き声を上げた。

 

「オレはムウスだ!」

 

そんな声を張り上げて、タマゴから産まれたソレはピヨピヨとアレスを威嚇する。

ムウスと名乗ったそれは、見た目は鳥に限りなく近いなにかではあるのだが、鳥にしては翼が小さく足も短くそしてそれは小さな王冠を身に付けていた。

ピヨピヨ鳴くソレを見て、アレスは「ヴァルカンと同じ獣人の系統かな」と首を傾げつつ観察する。鳥系の獣人ならば確か城にもいた覚えがあるし。

それにしては全てが小さくちまちましている。産まれたばかりだからチビっこいのだろうか。

そうアレスが漏らせば、ムウスと名乗ったソレは目を吊り上げ翼を広げ短い手足でポコポコとアレスに襲いかかった。

 

「ちちち、チビとはなんだ!我にむかってチビとはなんだチビとは!この虫けらがー!!」

 

怒鳴り声と態度から、どうやら凄く怒っており本気で殴りかかってきているのは察したのだが、全くもって痛くない。

ソレはアレスをしばらくポコポコ殴り、満足したのかそれとも疲れたのかよくわからないが息を切らしながら「このくらいで勘弁してやる!」とアレスからぷいと目を逸らした。

…なんだろうこれ。

未だプリプリ怒っているソレを眺めながら、アレスは「そういやクロムを拾ったときもこのくらいで、ポコポコ殴ってきたな」と懐かしい記憶を反芻する。

今孵ったばかりの小さな鳥と昔の弟分の姿が少し重なり、アレスは目の前にいるムウスと名乗ったソレに少しばかり情が湧いてしまった。

 

(食べようと思ったけど、今はオレもひとりくらいは養えるし…)

 

どこからか椅子を出してきてトスンとそれに座ったふてぶてしい態度の小さな鳥に、アレスはニッと笑い掛ける。

少々考え答えが出たのかアレスは笑顔のままチビっこい鳥に近寄った。

 

「…なんだ?」

 

「お前チビっこいし、しばらくウチで暮らさないか?」

 

チビ、という単語を聞いてムウスはまたアレスを睨み返したがそんな視線を跳ね除けてアレスはポンとムウスの頭を撫でる。

「オレひとりで寂しかったし、お前がいてくれたら嬉しいな!」と素直に言葉を並べたが、ムウスにはふんとそっぽを向かれてしまった。

「ひとりが寂しいなど、さすが虫けらだな!よわい、よわすぎる!」と心底馬鹿にしたような口調で憎まれ口を叩く。

正直、チビっこい子供にそう言われても生意気言う子だなー程度で終わり歯牙にかけるでもないのだが、アレスはそれに返さず笑顔を見せた。

 

「………、おまえはよわっちいからオレが面倒みてやる。ありがたくおもえ」

 

「おう」

 

ムウスのほうも己の状態を確認し、現状で行動するのは危険だと判断したのだろう。現状ならば隠れ蓑となるモノがあったほうが良い、と。

そう判断したムウスは憎まれ口はそのままにアレスの提案を受け入れる。

互いの利害が一致したふたりは、共同生活をすることとなった。

へらりと笑ってアレスは言う。

 

「あ、そうだ。お前ムウスだっけ?チビっこいからチビムウスでいいよな!」

 

「なんでだ!」

 

先ほど生意気言った仕返しにアレスはムウスの呼び名を変えた。

椅子の上に立ち上がり、チビムウスはアレスに指を突き立てる。

 

「我をチビと言うな!我はおそろしいちからをもった、すべてを絶望させ君臨する…」

 

「あーはいはい、チビムウスは強い強い。こわいなー」

 

「キサマちゃんとオレの話をきけえ!あとチビと言うなああぁあ!」

 

ピヨピヨと喚くチビムウスを楽しげにあしらいながら、アレスはケラケラ笑った。

同居人が増えて賑やかとなったこの部屋を、アレスは初めて好ましく感じる。

不思議と暖かく感じ明るく思い、楽しいと思った。

これでもう自分が帰ってきたときに、暗く寂しい部屋に戻らなくて良いのだと。

 

 

■■■■■

 

 

…幸運だったのは、

彼が、ただの街の人、で

魔王の名前を詳しく把握していなかったことでしょうか。

 

人々が魔王を称するときは

ただ単に「魔王」としか名を呼ばない。

「魔王ムウス」と呼んでいたならば、

彼も気付いたかもしれませんが。

 

そりゃ、

他国と頻繁に交流し、

情報収集する人間ならば

いろんなところに「魔王」がいることを知っていて、

区別をつけるために固有名詞で話すでしょうが、

ひとつの場所で過ごす普通の人ならば

己の生活を脅かす「魔王」はひとり。

 

「魔王」だけで事足りる。

名前なんざ

知る必要は、ありません。

 

この大陸にはもうひとり魔王がおりましたが、

直接的に街に降りたわけでも

襲ったわけでもないらしく、

一般にはそこまで認知されてないんですよね。

王国とムウスの共倒れを狙っていたのか、

彼女はあまり表に出ませんでしたから。

まあ、

テリトリーに入った人間にはちょっかい出してたみたいなので、

王国は彼女の存在を把握してたみたいですが。

 

さてさて、

こうして彼は

「魔王」を匿い

引かれるように道を選ぶ

 

邪道となるか

正道となるか

何人巻き込み狂わせるか

 

あそこは神すら見放した場所

正解は誰にもわからない

 

 

■■■

 

アレスの朝はちょっとしたバトルから始まった。

少し寝坊しただけなのだが、昨日同居をはじめた相方が思い切り腹の上にダイブを仕掛けてきたからだ。

「おそいぞ!早くメシをつくれ!」とモロ胃の上にかまされた体当たりのせいでアレスは爽やかな目覚めとはならず、それでも生まれて初めて一瞬で起きることはできた。感謝はしない。

朝から死ぬような思いをし、悶絶しながらアレスは降ってきたチビムウスの足を掴みぶら下げる。

 

「…おま、…これは、マジで、やめ…ろ」

 

「オレさまが起きたのに起きてないキサマがわるい」

 

アレスはチビムウスの足を掴みひっくり返したまま顔を合わせ訴えたが、どうやらその訴えは相手には一切届かないらしい。

そっぽを向くチビムウスを見て、このまま鍋で煮てやろうかと邪念が湧いたが、アレスはなんとかそれを押さえ込み耐えた。

代わりにぱっと手を離しチビムウスを落下させる。

「ぶへっ!?」と柔らかいベッドの上に落とされ奇妙な声を上げたチビムウスは、すぐさま顔を上げアレスを睨んできた。

そんな視線を無視してアレスは着替えはじめ、まだ鈍痛を訴える腹を摩りつつキッチンへと向かう。

「キサマ、オレをたたきおとすとはいい度胸だ!」だの「いいきになるなよ虫けらが!」だのピヨピヨ聞こえてくるが、アレスが調理を開始するとその香りが届いたのが静かになっていった。

気付けばチビムウスは移動したのか、大人しくちょこんと座り朝食を待っている。

苦笑しながらアレスが食事を運ぶと、チビムウスはすぐさま齧りつき「ふん、マズイな!」と憎まれ口を叩いた。

チビムウスはそう言うが食事を運んだ際のキラキラした目と一心不乱にパクつく姿を見ていれば、ただ単に生意気言ってるだけだとすぐわかる。

自分のほうを優位に見せたいがために偉そうな口を叩いているだけ、というか。

チビムウスの文句を軽くあしらい、アレスは笑いながら口を開いた。

 

「んな急いで食うと喉に詰まるぞ」

 

「ふん、オレは早くおとなになりたいのだ。だからたくさん食べる必要がある」

 

どこか得意げにチビムウスは答え、食事の手を緩めない。

たくさん食うと早く食べるは違う気がするとアレスは首を傾げたが、まあ当人がそうしたいならいいだろう。

アレスは飲み物を用意しながら必死に食べるチビムウスを見守った。

 

食事も終らせアレスが「オレは出掛けるけどお前はどうする?」と問えば、チビムウスに「オレさまはまだ本調子じゃないからここにいる」とこれまた偉そうにふんぞり返ってお留守番宣言をされる。

一応火の元など注意をし、ついでに自分がいない合間に食材食い過ぎたらもうメシ作ってやんねーと脅せば目を丸くされた。不満そうだがチビムウスが渋々了承したのを確認するとアレスは扉に手をかける。

するとチビムウスは食事の手を止めアレスに顔を向けて口を開いた。

 

「ム、いってこい」

 

「……へっ?」

 

言われたことのない言葉を掛けられアレスが思わず固まると、チビムウスは腕を組み見下すように笑い言う。

外に出る下僕にはそう言うものなのだろう?と。

 

「名前はわすれたが、むかし紫色したヤツが "そうすれば配下の士気が上がる" と言ったぞ。キサマはオレさまのためになんか旨いもんとってくるがいい!」

 

ドヤ顔で語るチビムウスを真ん丸な目で見つめていたアレスは、その目を数度瞬かせたのち嬉しそうに笑いチビムウスの頭をグシャグシャ撫で回した。

「おう、わかった!」とそれはそれは嬉しそうな声色で。

しばらくニコニコしながらチビムウスを撫で、アレスは再度扉に手をかける。

 

「んじゃ、いってきます!」

 

という、彼が初めて使う言葉とともに。

ああ不思議だな。

たったひとことだけなのに、こんなにも嬉しいなんて。

そんな喜びは身体にも伝わり、アレスは軽い足取りで鼻歌を漏らしながら外へと飛び出していった。

 

■■■

 

「朝っぱらからなんか機嫌いいな」

 

「そうか?」

 

待ち合わせ場所でヴァルカンと合流したアレスは、ヴァルカンからの問いに笑顔で返した。

ああ早く話したい。そんなアレスの気持ちを察したのか、ヴァルカンは促すように相槌を打つ。

ニコニコしながらアレスは、タマゴから鳥系の獣人が産まれたことを語って聞かせた。

歩きながら身振り手振りを交じえて楽しそうに。

そんなアレスの様子を見て、ヴァルカンは首を傾げ聞く。

 

「へー…んじゃそいつを食う気はねーのな」

 

「あー…そうだな」

 

そういや元々食うために確保してたんだった、と今思い出したように笑うアレスにヴァルカンは笑みを返した。

ならそいつのために良い土産を持ってってやんないとな、とヴァルカンはアレスの背を叩く。

おう!とやる気満々な返事とともに、アレスは拳を天に高く振り上げた。

 

 

 

仕事も終わり、アレスはいそいそと帰路につく。

両手には食材の山。かなりの量となったが、そんな重さは苦にならない。

自宅の前まで来て、アレスは一度深呼吸をした。少しだけ、心を落ち着かせて。

ふうと息を漏らしたあと、自宅の扉に手をかける。

 

「っ、ただい…」

 

「おそい!!」

 

少し緊張しながらアレスが扉を開けば、言い切る前に小さな鳥が朝と同じ場所に体当たりを仕掛けてきた。

ごふっと嫌な声を発し悶絶するアレスに対しチビムウスは「オレさまを待たせるとはいい度胸だなカスが!」と大層ご立腹な態度で蹲るアレスを文字通り見下ろす。

その時にアレスの周りに散らばる食材に気付いたのか、チビムウスは「ほう!」と目を輝かせ、先ほどの怒りはどこへやら機嫌の良さそうな声色でアレスに近寄った。

 

「ム、どれも旨そうではないか!その調子で我がためにいっそうはげむがよい!」

 

ぽふとアレスの頭を叩き、ニコニコしているチビムウス。

そんなチビムウスの足をむんずと掴み、アレスは据えた目でチビムウスを持ち上げる。

「ホントマジこれはやめろって言っただろーが」と重低音で叱れば、チビムウスはビクッと体を震えさせ「…お?うム、…わかった」と目を泳がせた。

全く、とアレスはチビムウスを吊り下げたまま散らばった食材を拾い集め、片手に食材、片手にチビムウスを持ったまま部屋に入る。

 

「……、ただいま」

 

「うム!よくぞ戻った!」

 

そんな会話をしながら。

その後「早くメシを作るがいい!」とふてぶてしく命令されたため、またもやベッドの上に落下の刑が執行されたのは言うまでもない。

 

もふもふと夕食を摂るチビムウスを眺めながら、アレスはふと「オレがいない間何してたんだ?」と問い掛けた。

チビムウスは得意げに「我が真のちからを解放させるため特訓していたぞ!」と椅子の上に立ち上がる。

そのまま力を込めたらしいチビムウスは、ニヤリと笑ってアレスに何かを投げ付けてきた。

 

「!?」

 

「ふはははは!どうだ!」

 

投げ付けられたものはアレスに当たり、ぽよんと跳ね返っていく。

アレスがそれを目で追えば、見慣れた青色の小さな生物が床を跳ねていた。

ぽてぽて跳ねるそれはこの大陸に生息するスライム。跳ねるのを止めたつぶらな瞳がアレスを見上げている。

「きゅ」と小さな鳴いたスライムはふにふにと動き出しチビムウスの元に帰ろうと試みていた。

 

「なんだこれ」

 

「おいしい」

 

アレスが呆気にとられたまま疑問を口に出せば、チビムウスはよくわからない答えを返してくる。

詳しく聞けば、スライムは食べることが出来、ソーダのような味がするらしい。

アレスに暴食を禁じられたチビムウスは、このスライムを呼び出して食べていたようだ。おやつ感覚かな。

チビムウスの元に帰ってきた先ほどのスライムを突きながらチビムウスは満面の笑みで言う。

 

「食べてよし!投げてよし!突いてよし! すばらしい下僕だろう?」

 

「…あんまイジメんなよ?」

 

まあアレスがいない間、チビムウスが暇してたり悪戯してなかったようなので許容することにした。

明日帰ってきたときに、部屋がスライムで埋めつくされていませんように。

そんなことを願っていたアレスは、チビムウスの「…本当は炎とかが出るはずなのだ…」という呟きを聞き逃す。

食事の後片付けをするアレスを尻目に、チビムウスは「早くおとなになりたいぜ…」と沈んだ声をスライムに聞かせていた。

 

 

■■■

 

そんなこんなで仲良く共同生活をしていたある日、チビムウスが「外に行く」と出掛ける準備をしはじめる。

「我が真のちからを解放させるために必要なものがあるのだ」と神妙な面持ちで語るチビムウスを見て、アレスは「どこへ行くんだ?」と問い掛けた。

最近どうにも街の様子がおかしいのだ。街というよりはこの大陸全体が、だが。

また大陸を支配したがる敵が出たとかそんな物騒な話ではないのだが、以前と比べなんだか微妙に空気が変わった。

妙に暑い、というのがアレスの率直な感想なのだが、その熱気のせいなのか暴れる生き物が増えてきている。

ヒトもその熱気に当てられて、些細ではあるのだがイライラしていたりぼんやりしていたりと体調を崩す者が多い。

暑さには強いアレスは別段問題ないのだが、暑さに弱いタイプが軒並みダウンしていた。

 

「我がどこへ行こうと、キサマには関係ないだろうが」

 

「いやあるっての。チビひとりで行かせらんねーよ」

 

だからチビと言うな!と怒鳴りながらチビムウスはスライムを投げ付けてきた。そのスライムもへばっているようだ。弾力にキレがない。

多少トロけたスライムを野に放しながら、アレスは「どっか行くならオレもついてくからな」とチビムウスを言い聞かせるように宣言する。

 

「ム…、そうかキサマ荷物もちを志願するか!下僕としてよい心がけだな!」

 

「あーはいはい、それでいい」

 

少し難しい顔をしたチビムウスだったが、ハタと気付いたように表情を明るくさせパタパタと尻尾を振るう。

チビムウスの言葉を軽く流し、アレスはチビムウスについて行くことにした。

 

ふたりで外に出てしばらく歩いたが、ふたりの進度は遅い。

アレスとチビムウスでは歩幅が違い、アレスが普通に歩けばチビムウスは置いて行かれ怒り出し、チビムウスに合わせればちまちまとしか進まない。

鳥なら飛べよ、とアレスが呆れながら言えば、疲れるからイヤだ、とチビムウスは機嫌を損ねた。

しかしチビムウスに合わせると恐らく一生掛かっても目的地に到着しないだろう。

頭を掻いて悩むアレスは、突然ポンと手を鳴らしチビムウスに笑顔を向けた。

 

「んじゃ、これならどうだ!」

 

そう言うとアレスはチビムウスをひょいと抱え上げ肩車をする。昔クロムにしてやったように。

これならアレスのペースで歩くことが出来、またチビムウスは歩く必要がないため疲れない。

どうよ?とアレスが軽く顔を動かし問えば、チビムウスは「かみのけ邪魔だハゲろ」と暴言で返してきた。

チビムウスが小さすぎて、ちょうど顔にアレスの髪が刺さるらしい。

ふんと小さく鼻を鳴らし、チビムウスは翼を広げするりと肩車から逃げ出した。

「しかしオレさまの足になりたいという、キサマのちゅうせいしんは認めてやろう」とチビムウスはパタパタと羽ばたき、そのままぽふんとアレスの頭の上に着地する。

上に乗るならば髪もそれほど当たらず、また眺めが良いと満足そうだ。

頭の上に乗られたアレスとしては、首が痛いわ半端に重いわで若干辛い様子ではあるが、ぺったり張り付いたチビムウスが離れそうにないのに気付き、仕方ないかと苦笑する。

すぐ慣れるだろ、と軽い気持ちで「んじゃ出発ー!」とアレスはチビムウスに声を掛けた。

その内チビムウスがアレスの髪を掴み引っ張りながら「そこ右」「行きすぎだカスが」「腹へった」とまるでロボットを操縦するかのように振る舞い始めるのだが、今のアレスには知る由もない。

指示を出されるたびに髪の毛を思い切り引っ張られ、髪と首にダメージを食らう地獄は目的地に着くまでしばらく続いた。

 

そんなふたりを遠目で視認し、首を傾げた騎士がひとり。

その騎士はちょうど見回り中であったらしく、奇妙な二人組を見て眉をひそめる。

彼が気になったのはチビムウス。

小さな小さなあの鳥に見覚えがあったからだ。

彼が以前戦った、魔王ムウスにそっくりだ、と。

魔王は確かに倒したはずだった。

それは隊長をはじめとして、幾人もの騎士が確認している。

それなのに、大きさが違うとはいえ姿形がそっくりな生き物が目の前に現れるとは。

不思議に思いその騎士は、大きな盾を握り直し警戒しながらその奇妙な二人組の後を追う。

 

北のほうの魔王は子供がいたらしい

ならばアレもムウスの子供かなんかだろうか

なんで人間と一緒にいるのだろう

手下か洗脳か騙しているのか

ああでもあの人はどこかで見たことあるような

どこだっけ、見回り中だったかな

 

己の中で情報をまとめながら、騎士は彼らに気付かれない距離を保ってこっそりと後をつけていった。

魔王の恐ろしさを身を持って知っているその騎士は、深追いする気など全くない。

ただ、報告するにももう少し情報が必要だとただただ後を追い掛ける。

それが彼の運命を狂わすとは知らずに。

 

■■■

 

…不運だったのは、

彼、が見回り中に彼らと出会ってしまったことと、

それを追い掛けるという判断をしてしまったこと。

あとはまあ、

アレスとの面識がほぼなかったことでしょうか。

 

彼らが出逢わなければ、

彼があそこまで壊れることはなかっただろうに。

 

彼、は魔王討伐時に

魔王の姿形を嫌というほど見ていますから

突然そっくりなものが現れたならば

まあ、調べるでしょうね

真面目そうな人ですし。

 

すぐさま咎めなかったのは、

彼の記憶にある魔王とチビムウスの性格に

多少の差異があったからでしょう。

あの小さな魔王は

外見の器に引っ張られ

中身も微妙に幼くなっていますから。

これは一種の防衛本能なんですかね?

全うな人間ならば、

幼子に手出しするのを躊躇しますから。

全うじゃないなら知らんけど。

 

こうして彼はあの二人組について行き、

入り込んではいけない場所まで足を運んでしまいます。

 

その話は、まあ後ほど。

 

 

 

■■■■■

 

チビムウスに指示され着いた場所は異様に暑い所だった。

暑いというか、熱いと称したくなるくらいには熱気が高い。

なんだここ、とアレスは戸惑ったがチビムウスは「よし着いた」とアレスの頭の上から降り立って気持ち良さそうに伸びをした。

痛めた首をグキグキ回しながらアレスが「んでここに何しに来たんだ?」と問い掛ければ、チビムウスは「大事なものを探しに来た」と周囲を見渡し首を傾げる。

 

「ここらへんのどこかにあるはずなのだ」

 

ちなみにその"どこか"はわからないらしい。

曖昧だなとアレスは苦笑しここら一帯だけならば今日1日掛ければ探せるだろうと呆れたように頭を掻けば、チビムウスは「? この煉獄全土のどっか、だぞ?」と小馬鹿にしたように笑い飛ばした。

この異様に暑い一帯は煉獄というらしい。

そしてチビムウスが探しているものは、この右は果てしなく溶岩が続き、左は岩場が続く、とてつもなく広い場所のどこかにあるらしい。

 

「よし、では探すぞ!」

 

「アホか無理だろ!」

 

アレスがやる気満々のチビムウスを思わず叩けば涙目で睨み返された。

泣き出すのかそれともキレるのかとアレスが怯めば、チビムウスはぺいんと1体のスライムを投げ付けてくるだけだ。

投げ付けるとすぐにそっぽを向き「…ならキサマは帰れとっとと消えろ」とひとりでトコトコと歩き出した。

怒らない、のは珍しい。普段なら派手に罵る言葉とともに鬱陶しいくらいにスライムを投げ付けてくるのに。

普段とは懸け離れた態度のチビムウスに驚き、アレスは固まった。

いやそりゃそうだ、勝手についてきた人間が「無理だ」と言ってしまったのだから。

怒りを通り越して諦めの境地に達してしまったのだろう。きっとこいつは手伝ってくれない、と。

ひとりで歩く後ろ姿が酷く寂しそうに見えて、思わずアレスはチビムウスの尻尾を掴む。

 

「一緒に探さないとは言ってないだろ」

 

「…」

 

無言を貫きそっぽを向くチビムウスに構わずひょいと抱えて、アレスは己の頭の上に持ち上げた。

アレスは微笑みチビムウスに問う。どこから探すんだ?と。

「ちゃんと手伝うから安心しろ」

アレスがそう言いながらチビムウスをポンポン叩けば、チビムウスの口から小さく息を漏らす音が聞こえしばらく無言が続いたのちにぺちんと頭を叩かれた。

ようやく発せられた声は「感謝なんかしないんだからな!」という嬉しそうな声。

ペシペシペシペシ頭を叩かれながらアレスは「お前がありがとうとか言ってきたら気持ち悪いな」と笑い声で返す。

 

「いうにことかいて気持ち悪いとはなんだ気持ち悪いとは。…あっちから探すぞ、行け」

 

「おー、了解」

 

態度が元に戻ったチビムウスに安堵しながら、アレスはチビムウスの指示した方向へ足を向けた。

ぽてぽて歩きながらチビムウスは説明する。

どうやら目的のものに近付けばチビムウスは感知出来るらしい。生体センサーみたいなものか。

つまり端から虱潰しに探すというよりは、のんびりと歩き回ればいいだけのようだ。

チビムウスが「このへんにあるぞ」と感知出来た場所だけを探せばいい。

この煉獄?とかいう場所全てを探す必要はないと知り、アレスはほっと息を漏らした。

早く見つけて家に帰ろう。

ふたりで一緒に。

 

■■■

 

「これか?」

 

色んな場所を歩き回り、チビムウスがようやく反応を示した。今はその周囲を探っているところだ。

この煉獄という場所はどこもかしこも熱気に包まれており、流石のアレスでも暑さに疲弊している。

ここはあちらこちらで溶岩が流れ、熱され赤く染まった岩がゴロゴロしていた。そのせいか、大気も鬱陶しいくらいに暑苦しい。

「ここは熱いな」とアレスが汗を拭いながらひと息ついていた時に何かがキラリと光り目に止まった。

アレスが近寄り拾い上げたのは黒い宝石のようなもの。

それをチビムウスに見せれば我の大事なものがそこらの道ばたに落ちているはずないだろう、と不機嫌そうに頬を膨らませる。

綺麗なのにな、とアレスはその拾った宝石をぽんと空へと放り上げた。

 

「お前がいらないなら、これはオレが貰っちゃおうかな」

 

宙に浮いた黒い宝石は周りの熱気に照らされて鈍いながらもキラリと輝き、妖しい美しさを見せている。

道ばたに落ちていたし、これはきっと捨てられたものなのだろう。ならば自分が貰っても問題ないはずだ。

アレスは再度ぽんと少し燻んだ黒い宝石を空へ投げ、嬉しそうに笑った。

アレスが拾った宝石を懐にしまう合間に、チビムウスは辺りをキョロキョロ見渡し小さく呟く。

「ここはもしや、…いやまさかな」とブツブツ言いながら挙動不審になっているチビムウスにアレスが首を傾げると、チビムウスの尻尾が迷うように不可思議な動きを見せた。

 

「どうした?」

 

「いや、うム、このあたりはな…」

 

チビムウスは言い淀みながら視線を左右に散らしている。

この辺りに何があると言うのだろう。確かにこの辺りは他の場所に比べて、妙に熱気が強いのだが。

言葉を濁すチビムウスを不審に思い、アレスも周囲を見渡した。よくよく見れば近くにある高い高い山の麓に、建物がひとつ立っている。

「人が住んでんのか?」と意外そうな表情でアレスはチビムウスに問い掛けた。こんな熱い場所で生活出来るものなのだろうか。それともあの建物はただの廃墟なのだろうか。

「ム…」とチビムウスは困ったような声を漏らし、アレスを見上げ「あそこにある気がする、が…」と言葉尻を濁す。

妙な態度のチビムウスに構わず、アレスは笑いながらチビムウスを持ち上げてまた頭の上に乗せた。「なんだあそこか、んじゃ行こうぜー」と迷わず建物に向けて歩き出す。

「あそこにいるヤツに見つかったら厄介なのだ。こっそり行けこっそり!」とチビムウスはぽふぽふ叩きながら忠告する。

つまりあの建物には誰かがいるらしい。チビムウス曰く "厄介なヤツ" が。

こんな所に住んでいるなんて、どんなヤツなんだろうなとアレスはどんどん近付いてくる建物を眺めながらぼんやりと思った。

 

建物の側まで寄ってみれば、それは城だということが判明する。

城構えに感嘆の息を漏らしながらアレスは「王国の城よりは小さいかな?」と目の前にある城を見渡した。まああの城が桁違いだというだけなのだが。

これくらいの城ならすぐに調べられるだろう。幸い見張りもいないようだし。

多少周囲を警戒しながら、アレスたちは城の中へと入っていった。

 

城の中を探索する内に、焼ごてやらのヤバげな器具が並ぶヤバげな部屋や冷たさを感じるような部屋、鏡だらけの部屋や本がたくさんある部屋を引き当てる。

運良く誰にも会わなかったが、これらの部屋の数々から察するにここに住んでいるものはそこそこ多いらしい。

とりあえずどの部屋も長時間滞在したら狂いそうだと思ったのだが、これはアレスの感性がおかしいのだろうか。鏡だらけの部屋なんか割と本気で狂気を感じる。

「本なんかもメンドくせーよなあ。ダラダラ文字が並んでるだけで、どれも同じようなもんだろ」とアレスはきっちり揃った本棚に悪態を付いた。書物というもの全般があまり好みではないようだ。

嫌な部屋だな、とイライラしながら乱暴に扉を閉めればチビムウスが「バカかキサマは!」と驚いて体を跳ねさせる。そうは言われても、あんなゴチャゴチャしたつまらないものを大量に置いてあるなんて、あの部屋の住人は狂っているとしか思えない。

今の音を聞き付けた奴はいないかと怯えながら辺りを見回すチビムウスを無視して、アレスは次の部屋の扉を開けた。

どうやらこの部屋は宝物庫であるようだ。

キラキラした金貨やピカピカの宝石、立派な剣や盾がゴロゴロと無造作に放り込まれている。

ここにならチビムウスの探しているものがあるのではないかと顔を向ければ、チビムウスは「ないな」と困ったように視線を落とした。

 

「ここにないとなると、まさか…」

 

悩むように唸り始めたチビムウスをポンと叩いて、アレスは「思い当たるとこがあるな行ってみようぜ」と笑顔で背中を押す。

それでも迷うチビムウスを無理矢理連れて、アレスは次の部屋へと進んだ。

 

次の部屋は、部屋というよりは広間だった。

広く豪華で赤絨毯が敷いてあり、そして奥には少し高くなっている場所と大きな椅子が置いてある。

広間というよりは謁見の間か。確か王国の城にもあるとクロムから聞いたことがある、アレス自身は立ち入ったことはないのだけれど。

初めて見る豪華な広間にテンションが上がり、アレスは「うわ、広っ」と思わず部屋の真ん中に駆け寄った。

急にはしゃぎ出したアレスを見て驚いたのはチビムウスだ。楽しそうに堂々と進入したアレスを慌てて追いかけ「このバカ!」と怒鳴り声を上げる。

それと同時に椅子に乗っていた黒い固まりがもぞりと動き「ふん」とよく通る声を周囲に漏らした。

「不法進入してくる割には無用心だな」とその黒い固まりは立ち上がり、ばさりとマントを翻し怒鳴る。

 

「ザコどもが!まとめて焼き尽くしてやる!」

 

黒い固まりは椅子に乗っけてある飾りだと思っていたアレスは、それが動いて喋りだしたことに驚き目をパチクリさせた。

そりゃ不法進入者が己の目の前で堂々とはしゃいでいたら怒るわな。

謝ろうとそれに近寄ろうとしたアレスは、チビムウスの様子がおかしいことに気付いた。カチンと固まり動かない。

どうしたとアレスはチビムウスに駆け寄るが、その足は途中でピタリと止まった。己の身を焦がすほどの熱気と殺意が放たれているのに気付いたからだ。

ダンと何かが叩きつけられる音にアレスとチビムウスが息を呑むと、黒い固まりは広間中に響き渡る大声を上げる。

 

「我は魔皇ラフロイグ!我が炎で全てを焼き尽くし、浄化せん!」

 

魔皇と名乗ったそれは、言葉とともに手に持った武器らしきものを天に掲げた。すると切っ先から光が放たれアレスたちを襲う。

「おうわ!?」と慌てたような声を漏らし、アレスは呆けているチビムウスを引き寄せ回避に専念した。ラフロイグの放った光線はアレスのマントをかすり焦げ目を作る。

このマント気に入ってたのにと文句を言いながらアレスはチビムウスを小脇に抱え、広間をチョロチョロと逃げ惑い始めた。

アレスに抱えられているチビムウスは目をパチクリさせながらラフロイグを眺め「…もしや気付かれていないのか?」と安堵したような少しショックを受けたような声で呟く。

そんな声を聞き付けアレスは怒鳴るように叫んだ。

 

「っなにが!?」

 

「ム、なんでもない。それよりオレの探し物はあいつが持っているようなのだがどうする?」

 

「マジかよ!」

 

ドカンドカンと絶え間なく襲う攻撃から逃げ惑いながら、アレスはラフロイグに視線を回す。

探し物は見つかった。が、それは手の届かない場所にあるらしい。

なんせラフロイグは自分の城が壊れていくのに一切躊躇なく攻撃を仕掛けてきているのだ。危なすぎて近寄れない。

どうしたものかと悩むアレスの脳裏に、機嫌が悪くなるとスライムを投げつけてくるチビムウスの姿が浮かんだ。

 

「あー…。よし、お前自分で取ってこい!」

 

「はァ!?」

 

アレスの唐突な提案と、チビムウスの驚愕の声と、ラフロイグがアレスたちの目の前の壁を破壊するのはほぼ同時だった。

間近で聞こえた破壊音とそれにより生み出された土埃。ナイスタイミングだとアレスは土埃に紛れながらラフロイグの視界から消える。

そしてそのままチビムウスを振りかぶり、ラフロイグのいるであろう場所に向けてチビムウスを大きく放り投げた。

「ひぎゃあああ!?」というチビムウスの悲鳴が土埃に消えていく。と、すぐにラフロイグの「うお!?」という驚きの声が聞こえ「うにゃあああああ!?」というチビムウスの混乱した声が耳に届いた。

 

「おー、届いた届いた」

 

薄まった土埃の陰から揉みくちゃになっているチビムウスたちを眺め、アレスは満足げに笑みを浮かべる。あとはラフロイグの懐に入り込んだチビムウスが探し物を掻っ攫うだけだ。

一気に魔皇の側まで放り込まれ、チビムウスは混乱しながらもラフロイグから離れようと短い手足を必死に動かし逃げ出そうと試みている。

ラフロイグも多少混乱したようだがすぐに察し、目の前にいるチビムウスを叩き潰そうと武器を振り上げた。

 

「よっしゃ取ったか?帰んぞ!」

 

ラフロイグの武器がチビムウスを襲うその前に、アレスは素早く移動してチビムウスを掠め取る。よし多分セーフ。チビムウス涙目だけど。

チビムウスが何かを抱えているのを確認したアレスは、チビムウスを抱えて走り出した。

その瞬間先ほどまでチビムウスのいた場所からドンという大きな音が響き、逃げ出しながらも思わずアレスは首を回す。

 

その時、

ラフロイグと、目が合った。

 

兜を深く被ったその姿では表情は読み取れないが、アレスを見てラフロイグは驚いたような目を向けていたように思う。

ラフロイグの不可思議な態度を怪訝に思いながらも、アレスは外に向かって駆け出していった。

あれだけ怒っていたのだから追い掛けてくるだろうと思ったがそんな様子は感じられない。

多少不自然だが構わずアレスはそのまま城の外に飛び出し、その後も息が切れるまで走り続けた。

 

■■■

 

「…っは、もうムリ!」

 

そろそろ走るのがしんどくなってきた頃、アレスはよろめきながら速度を落とす。ふらふらと黒く炭化した木の側に倒れこんだ。

ぜーはーと肩で息をするアレスから抜け出したチビムウスは酸欠に陥っているアレスに向けてスライムを投げつける。

 

「痛って!」

 

「貴様我を殺す気か殺す気だったな!?」

 

何の説明もなく魔皇の元へと投げ込んだのがお気に召さなかったらしい。

でもあれで目的の懐まで潜り込めたし目的のものを確保出来ただろ?とアレスが首を傾げれば「他にも方法があっただろうが!キサマが囮になるとか!よりによってオレをアレの側に放り込むとか、死ぬところだったわ!」というチビムウスの怒号とともに追加のスライムを投げつけられた。

 

「結果的に取れたならいーじゃん」

 

「よくないわぁ!」

 

ぽこぽこスライムを投げ続けアレスがスライムの山に埋もれた頃、ようやく鬱憤を晴らし終えたのかチビムウスは荒い鼻息とともに手をパンパンと払う。

囲まれたスライムを払いアレスが顔を出すと、チビムウスは最後にもう1体のスライムをアレスの顔に叩きつけそっぽを向いて吐き捨てた。

 

「貴様は少しひとりで反省してろ。主に我を敬わなかった罪を反省しろ」

 

そう言い捨ててチビムウスはアレスに背を向け去っていく。

アレスがぶつけられた顔を撫でているとチビムウスの足がピタリと止まり、背を向けたまま「…貴様のおかげでこれを取り返せたことは、感謝してやる」と言葉を置いていった。

アレスがキョトンとチビムウスを見つめれば、チビムウスは尻尾を照れたように揺らし、いたたまれなくなったのか振り返らずに走り去っていく。

残されたアレスは目をパチクリさせながら、しばらくチビムウスの言った言葉を噛み締めて、優しく優しく、そして嬉しそうに微笑んだ。

 

■■■

■■

 

城に残されたラフロイグは、アレスたちの立ち去った方角をじっと見つめる。

先ほど追い払ったアレスの姿を思い出しながらラフロイグは「あの小僧は…」と小さく呟き、楽しそうに口元を歪めた。

 

運命とは数奇なものだ。

もう二度と会えないだろうと思っていたのに。

全てあいつらに盗られたのだろうと思っていたのに。

それはきちんと己の前へ帰ってきた。

 

嬉しそうに武器を持ち直し、ラフロイグは玉座にドスンと座り直す。

見渡せば玉座から見える景色は其処彼処が崩れ壊れ廃墟と化していた。暴れ過ぎたか。

構わない、とラフロイグは笑い、直す必要もないだろうと壁に開いた穴から見える煉獄に目を向ける。

 

素晴らしいことだ、主人がようやく帰ってきた。

ならば直すよりも、彼奴のために新たな城を造るほうが遥かに有意義。

 

ラフロイグは妖しく笑い、先を見据えて動き出す。

まずはムウスが破れたあの国を、壊しておくのが先決か。恐らく彼奴が目覚める前までに、あの国を壊しておくことが己の使命。

そう考えてラフロイグは玉座からゆっくり立ち上がり、開いた壁の近くまで歩いていった。

軽く屈み込み、そこに落ちていた宝石を拾う。

アレスが逃げ惑う最中に落としたのだろう。黒い宝石は、魔の力を浴びたおかげで輝きを取り戻していた。

彼奴は帰ってきただけでなく、良き土産も持ってきてくれたらしい。

思わず嗤いが込み上げてきて、ラフロイグは高々と歓喜の声を響かせる。しばらくしてその嗤い声はすっと途絶え、ラフロイグは開いたままの扉に向けて声を掛けた。

 

「これを貴様に埋め込んだらどうなるだろうな?…なあ、そこの侵入者」

 

宝石を手の中で弄びながら、ラフロイグはマントを翻し室内を探っていた人影に問う。

ラフロイグの言葉にその人影はビクリと反応し、慌てたように逃げ出した。

 

「残念だったな、我は今非常に機嫌が良い」

 

逃すはずがないだろう?とラフロイグは逃げ出そうとしている人影に向けて武器を突きつけた。その瞬間、一直線な光が人影に伸びていき彼の背中を襲う。

後ろから襲われたのならば、自慢の盾も役に立たない。

炸裂音と悲鳴の混じった心地よい音が流れたかと思うと、その音はすぐに荒い息遣いと痛みを訴える声に変わった。

殺すつもりはなかったのだが、どうやらラフロイグの放った技は彼にとって致命傷となったらしい。

死なれると困るのだがな、とラフロイグは倒れている侵入者にゆるりと近寄り頭を掴んで持ち上げる。

無理矢理釣り上げたからか苦しそうな顔で息も絶え絶えにソレは小さく言葉を吐いた。まだ生きてはいるようだ。

そして今の言葉から察するに、やはりコレは王国の兵士。

それだけ知れればそれでいい。

ラフロイグは騎士を掴む手に力を込める。

 

「う、あ」

 

「丁度良い、一働きしてもらうぞ」

 

捕まえたソレに見せつけるように、ラフロイグは先ほど拾った黒い宝石を取り出してソレの額に当てがった。

相性が良かったのかそれとも弱っていたからか、ソレは黒い宝石を身体の中に飲み込んでいく。

 

「な…、ぁ、…っ!」

 

ソレは嫌々と首を振ろうと足掻くが捕まれているため叶わない。満足に抵抗も出来ないまま、ソレは黒い宝石を全て身体に取り込んだ。

「っあ」と時折声を苦痛の漏らしつつ、ソレはビクビクと身体を反応させ苦しげに己を抱き締める。

変化が始まったらしい。誘導だけでもしておくかとラフロイグはソレの頭を再度掴み無理矢理顔を向かせ、言い聞かせるように口元を寄せた。

苦痛に涙を流し歪んだその顔に、ラフロイグはゆっくりと言葉を入れる。

 

「貴様が今苦しんでいるのは、王国が貴様を見捨てたからだ。弱い者はいらないと、切り捨てたからだ」

 

「見、捨て…られ、」

 

ラフロイグが言葉を重ねるごとに、ソレの目は徐々に焦点を外し光源が失われていった。

じわりじわりと汚染され、ソレの目は鮮やかな緑から赤い色へと変化していく。

危険な色、怒りの色。

 

仲間が突然害を与える物体になって帰ってきたら、あの王国の奴らはどうするのだろうな。

殺し合ってくれれば楽なのだが。

 

染まりつつある騎士を見てラフロイグは満足げに嗤い、深追いしすぎた元騎士はぼんやりとしたまま目を伏せた。

瞳が紅く染まりきった頃には、ソレはもう怒りと憎しみだけで動くモノへと変わり果てる。

完全に馴染めば、コレは勝手に王国を壊しに行ってくれるだろう。

植え付けた憎しみをぶつけに行ってくれるだろう。

 

精々頑張って殺し合うが良いとラフロイグは燃えるように嗤った。

 

■■■■

 

 

■■■■

 

…そうですね

ここで止めるのは物足りない

ならばもう少し追いましょう

それまで少々付き合いますか

 

不測の事態は無粋に訪れ

醜悪な物語は生れ墮ち

禍は流れ出すものですし

 

…何時に為れば解するんでしょうね

 


 
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