No.880573

『舞い踊る季節の中で』 第176話

うたまるさん

『真・恋姫無双』明命√の二次創作のSSです。

 望まぬままに決着が付いてしまった馬騰との決着。
 華琳の前に再び姿を現す少女は、華琳に何を突きつけるのか。

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2016-11-24 04:02:22 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:3177   閲覧ユーザー数:2848

真・恋姫無双 二次創作小説 明命√

『 舞い踊る季節の中で 』 -群雄割編-

   第176話 ~ 草原に舞いし少女の魂に謳う ~

 

 

(はじめに)

 キャラ崩壊、セリフ間違い、設定の違い、誤字脱字があると思いますが温かい目で読んで下さると助かります。

 この話の一刀はチート性能です。オリキャラがあります。どうぞよろしくお願いします。

 

 

【北郷一刀】

  姓:北郷

  名:一刀

  字:なし

 真名:なし(敢えて言うなら"一刀")

 

 武器:鉄扇("虚空"、"無風"と文字が描かれている) & 普通の扇

   :鋼線(特殊繊維製)と対刃手袋(現在予備の糸を僅かに残して破損)

 

 習 :家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、

   :意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(本人は無自覚)

 得 :気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)

   :食医、初級医術

 技 :神の手のマッサージ(若い女性は危険)

   :メイクアップアーティスト並みの化粧技術

 術 :(今後順次公開)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

華琳(曹操)視点:

 

 

 

「……っ」

 

 積まれた冷たい岩肌を隠すかのように、豪華な刺繍が施された壁掛けが覆う部屋の中。

 もっとも、その豪華な刺繍も陽が落ちかけ、薄暗くなった部屋の中では、織手の苦心の作を目と心に焼き付ける事など叶うはずもなく。

 供に部屋に入ってきた春蘭と秋蘭の手に持つ明かりがなければ、そこにそんな物があった事さえ気が付かない程に暗い部屋の中。見つけた行灯に火を移した事で新たに照らされたモノに下唇を噛む。

 此処に来るまで、こちらの予想を遥かに下回る軍勢ではあったものの、歴戦の猛者達が西涼の民の勇猛さに恥じない。いいえ、それ以上の猛攻でもって我らの軍を阻み、予想を遥かに上回る被害をこうむる事になったとはいえ。明らかな多勢に無勢においては、いくら最強の騎馬民族の名を持とうとも抗うことはできず。ましてや大将たる馬騰が不在では、その士気も軍略も本来の力など出るわけもなく。

 馬騰ほどの英傑がこのまま終わるはずもないと思っていただけに、もしかしてとは思ってはいたけど。

 

「他にこの部屋に入った者は?」

「いいえ、床に積もった埃からして、少なくとも今日のところは我々が最初かと」

 

 秋蘭の言葉に、幾つもの疑問が脳裏に浮かんでは消えてゆく。

 その一つ一つにいくら答えを導きだそうとも、所詮は仮定でしかない話。いわば創造の産物でしかなく。真実は永遠に失われたのかもしれない。

 それでもやらなければならないことがあり、確認しなければならないことがある。

 事実を受け入れ前へと歩まなければ、この戦で犠牲になった者達の魂は浮かばれない。

 

「秋蘭、この一帯を直ちに次命あるまで封鎖させなさい。

 誰であろうとも、この曹孟徳の許し無くして、この一帯に入ることを禁じる」

「仰せのままに」

「春蘭、生け捕りした将がいたはずね。今すぐ連れてきなさい。

 理由はどうあれ、確認させなければいけないことよ」

「はっ」

 

 城の最奥である禁域。

 主や側近の許可なくして立ち入ることができない場所とはいえ、誰も看取ることもなく最期の刻を迎えた。それがこの大陸において、その名を知らぬ者などいないと言わしめた英傑の最期。

 暗い寝台にその身を横わせ、静かに目を瞑った横顔を憐憫の眼差しでもって見下ろす。

 病に侵され、その最期を誰にも見送られることなく最期の刻を迎えた事ではない。

 馬騰は、おそらく最期の刻を戦場で迎えるつもりだったはず。

 寝台に横たわってはいるものの、その身に着けているのは西涼の騎馬民族特有の戦装束。

 本来、壁の台座に架けられていたであろう己が得物は、すぐにでもそれを手にしてこの部屋を立つ為に寝台の脇に立てかけられ、剣はその腰に履いたまま。

 なによりも、まだ微かに部屋に漂う甘い香り。

 時間が経ち薄まっていようとも、嗅ぎ覚えのある独特の香りは決して私や秋蘭の鼻を誤魔化せるものではない。

 おそらくは本来の馬騰であれば直ぐに気が付いたはず。

 ……でも、病に蝕まれた身体は、どうやら嗅覚にまで及んでいたようね。

 

「っ!

 ……様っ」

 

 春蘭に部屋に連れて来られるなり、唯一敵軍の将の中で生け捕りに成功したその娘は、一目で現状を知ったのでしょうね。馬騰の真名を声にならない声で叫びながら、雁字搦めに縛られた身体を必死に這わせながら寝台へと駆けつける。

 その青い瞳から涙を流し、何度も何度も、馬騰の名を呼び続ける様子から、よほど馬騰に近しい娘だったようね。

 歴戦と猛者達が揃う西涼の軍と言えば聞こえはいいけど、そのほとんどがある程度歳を重ねた者達。その中で西涼軍の中で唯一歳若い者達で構成された部隊。

 何故か、初撃以外は他の部隊と連携をとれず……と言うより、他の部隊が彼女の部隊の介入を阻んだかのように見えたわね。

 

「……一つ聞くけど、彼女が縛られてるのは良いとして」

「暴れまくったため、縄では引き千切られたので鎖で縛ったのですが」

「……そっちじゃなくて、何故、こんな特殊な縛り方をと聞いているのだけど」

 

 確か龐徳(ホウトク)だったかしら。その瑞々しい身体を縄ではなく武骨な鎖で巻かれているのは、この際仕方ないにしても、何故か亀甲模様を型どるかのように縛りあげられていることに疑問を思わないでもないわ。

 

「いえ、先日、華琳様が桂花にしていたので、このような縛り方が好みなのかと」

「……そのことは忘れなさい」

「は? あの華琳様?」

「いいから忘れなさいと言っているの。これは命令よ」

 

 これを身から出た錆とでも言うのかしら?

 春蘭としては悪気はなく、良かれと思ったことなのでしょうけど。流石にこんな特殊な縛り方を毎回されては、私の人格が疑われてしまうわ。

 ……もっとも嫌いかと聞かれれば嫌いではないとだけ答える事にはなるでしょうけどね。

 

「貴様が、貴様がやったのかっ!」

 この卑怯者! 正々堂々と戦おうともせず毒殺など、天が許すはずがないっ!

「貴様、華琳様にたいしてなんてことをっ! この黙れっ!」

 

 彼女も気が付いたようね。

 馬騰の死が病による最期ではなく、毒による最期を迎えた事に。

 美しい顔を歪め、あふれる涙に構うことなく馬騰の亡骸に縋り付いていた彼女は、一変して、鬼の形相でもって私を罵る。

 

 

 

 戦を嗾けておきながら、敵の王を毒殺する卑劣な人間だと。

 

 

 

 言葉もないわね。

 望んだ事ではなかったとは言え、嘗て孫呉の王にした事を思えば、そう罵られても仕方なき事。

 そして、それは私が生涯背負わなければならない汚名であり罪。

 ……でも、それがどうしたと言うの。

 例え望む、望まないに拘わらず、起きたことは受け入れなければならない。

 たとえ、それが我が魂を汚す事になろうともね。

 

「捕らえられ身動きできぬその状態で、敵軍の王に其処まで罵る覚悟と意思、確かに、この曹孟徳、受け止めたわ」

 

 彼女を縛る鎖は、今にも引き千切れんとばかりに、みしみしと部屋中に鳴り響く中で、私の覇気に当てられた彼女は、その体を一瞬硬直させる。

 

「貴女が私を怨もうと罵倒しようと構わない。

 だが、その前に答えなさい。あれは、馬騰本人で間違いないのね?」

 

 もはやこの穢された戦に意味はない。

 だけど起きてしまったこと、そして起こしてしまったことに対して私は王として責任を取らねばならない。

 恨めしげに、それでも確かに頷く彼女の返事に私は決意を口にする。

 

「春蘭、彼女の拘束を外しなさい」

「で、ですが」

「私に二度も同じことを言わせるつもり?」

 

 私の身を案じて躊躇する春蘭を黙らせて、私は彼女と向き合う。

 縄では無く鎖で縛られた彼女が自由になるには、まだほんの少しだけ時間がかかる。でも、その時間があれば十分。 馬騰を失ったことによる彼女の怒りと悲しみ、それが本物ならば…。

 

「私を討ちたいと言うなら、いつでも掛かってくるがいいわ。

 でも、今、貴女が真っ先にやらなければならない事があるのではなくて?

 貴女がそこまで慕う者の亡骸を、この西涼の地を今まで守り抜いてきた英傑を、此の侭にしておくつもりなのかしら?」

 

 彼女の言う通り、正々堂々と戦ったゆえの事ならば、馬騰の死も、その遺体にも利用価値はあるでしょう。

 でも事実は違った。馬騰は(いくさ)の場に立つ事も叶わずに、この地で毒殺と言う非業の最期を遂げた以上。馬騰の……漢王朝、最後の英傑の亡骸を利用する権利は私にはないわ。

 ならば、私がすべきことはただ一つ。

 馬騰は最期の最期まで、西涼の英雄として、なにより漢王朝の忠臣としての最期を遂げさせるのみ。

 

「春蘭、皆に伝えなさい。そして広めなさい。

 馬騰は、戦場で死んだと。大地に平伏すことも、我らが手にかかることもなく、馬上の上で槍を構えたまま、その最期を遂げたのだと。漢の英傑の名に相応しい最期を遂げたのだとね」

 

 この地の民にとって、罵倒は英傑でなければならない。

 蛮族から民を守り抜き。漢王朝の危機を何度も救った英雄なのだと。

 それが病で、ましてや毒で倒れた最期であってはならない。

 最期の最期まで、この西涼の地を守り抜くために、その命と魂を賭したのだと。

 

「秋蘭、直ちに風と共に調べなさい。この戦を汚した愚か者がいないかを。

 一度ならず二度までも、私の顔に泥を塗った下劣な輩をなんとしても炙り出しなさい。そのためなら手段は問わないわ」

「御意」

 

 怒りでちりちりと空気が焼ける音が聞こえる中、それでも私は冷静であろうと必死に留まる。

 怒りに身を任せることも、起きてしまった出来事に、身の不運を嘆くことも私は許さない。それではあの時と何一つ変わらない。

 望まぬ結果を受け入れれぬばかりに、多くの将兵の命を奪ったあの時とね。

 ええ、啜ってみましょう。

 この身に呑んで見せようじゃないの。

 泥だろうと、恨みだろうと、たとえ事実を改竄する卑怯者であろうともね。

 

「この地に三月の猶予を与えます。 その間に馬騰の()を済ませ決めなさい。

 このまま我らに降るのか、それとも仇を討つために再び矛を交えるのかをね。

 ただし、これだけは言っておくわ。 無謀にもこの西涼の地に残された者達だけで挑むのであるのならば、その時はこちらも遠慮はしない。

 あの古強者達が何のためにその命を賭し、何を守ろうとしたのか理解もしない愚か者達などに私は価値を認めない」

 

 馬騰とは戦うことは叶わなかったけど、それでもその力と魂の欠片は確かにあの戦場にあった。馬騰と供に幾多もの戦場を駆け、罵倒と供に多くの魂を引き継いできた者達の想いと意思が。

 私は…、いいえ、我等はその意思を確かに受け止めた。

 ならばその魂に応えなければならない。

 彼等が命を賭してまで守ろうとしたモノを。

 

 

 

 

 

 

菫(龐徳)視点:

 

 

 

龐徳(ホウトク) 字:令明(レイメイ) 真名:(スミレ)

 

 

 外に出れば、じわりと汗がにじみ出る強い陽射しも、一度木陰や建物の中に入れば、乾いた風がにじみ出た汗を冷やしてゆく。

 街の遙か東西には渓谷があるものの、その下に流れる水がこの街に住む者達の喉を潤し、小高い丘に建つこの街に先程のような程良い風をもたらしてくれる。

 天水の地にあるこの街は、嘗ての知人が治め。そして今はその一族は散り散りになりはしたものの、小さな荘園でもってその余生を過ごしている事を思えば、まだ恵まれているのかも知れない。

 

「なるほど、客人というのは貴女だったの。

 まだ期日までには月日が在ると思ったのだけど」

 

 得物を門で取られる事もなく敷地の中で一番大きな屋敷の前で、分かりきっている事を敢えて言葉にしてくる。

 曹魏の王で在る曹操は、不遜の態度で私を見下ろす。

 例え愛馬と共にいなくとも、この距離ならば一息で懐には入れる距離。

 だが彼女はそんな事など微塵も意に介していない。

 暗殺を警戒していないわけではない。曹操はあの時、確かに私に言った。討ちたいと思うならばいつでも来れば良いと。

 だからこそ、敢えて私に槍を持たせたままで謁見を許したに過ぎない。

 それだけの覚悟があるのならば正々堂々と迎え撃ってあげる。とね。 無論、曹操自身ではなく、その両隣に立つ二人の姉妹の手によってでしょうけど。

 

「なるほど答えを告げに来たのではなく、問いただしに来たと言うわけ」

「…っ」

「そう警戒しなくても良い。

 貴女の目を見れば、それくらいの事は察しはつくってだけのこと。

 そうね、私の方からも貴女に聞きたい事があったから、ちょうどいいわ」

 

 此方の心を見透かされるような瞳に気遅れするも、それは一瞬の事。今の私にはそんな弱気を見せるわけにはいかない。

 

「まだ喪は明けてはいないようだけど、無事に馬騰を送ることは出来たのかしら」

「……曹魏の王の御恩考により、滞る事なく多くの民に見送られながら済ます事が出来ました。その件につき厚く御礼申し上げます」

「そう、弔問の使者を出すわけにはいかないけど、かの英傑の冥福は祈らせて貰うわ」

 

 例え、その原因が目の前にあろうとも、西涼の民に見送らせるための葬儀を執り行う事が出来たのは、その配慮があってこそ。その事実を怒りで忘れ、礼儀を欠く事など決してあってはならない。

 多くの民は、曹操の用意した筋書きを信じ、自分達のために最後の最後まで戦い抜いたと信じ。

 (あるじ)が戦場へと駆けつけれなかった事を知っている者達は、病の前に倒れてしまったのだと疑いもせず。それでも(あるじ)がこれまで成してきた事を思えば、英傑らしい最期であったことにする事に、異を唱える者など誰一人おりはしなかった。

 それを思えば、今、此処で頭を下げ、謝儀の言葉を口にする事に躊躇いなど湧くはずも無い。

 ……だが、それは此処までの話。 挨拶じみた受け答えでしかない。

 

「問わせて貰おう曹魏の王よ」

「犯人なら未だ見つかっていないわ」

「っ!」

「幾ら調べようとも、あの時、我が軍で不審な動きをした部隊はおろか、抜け出した者など一人としていない事が分かっただけ。

 無論、連れてきた将兵以外で勝手に動いた者がいる可能性があるけど、それを調べ尽くすにはまだ時間が掛かるわ。

 三ヶ月、そう言ったのはそのための時間でもあるの」

 

 静かにそう告げる曹操の瞳を見たとき、背筋が凍る。

 冷たい怒りの炎が渦巻く中で、感情を押し殺しながら冷静であろうと努めているのが肌で感じる。 下手に触れれば、その身の内にある業火を一気に周りへと降り注ぐだろうと。

 だからこそ理解も出来る。曹操は嘘を言っていないのだと。 ……少なくとも、(あるじ)の事に関しては曹操の意の外にあったのだと。

 

「私からも念の為聞かせて貰うわ。

 貴女達の方で不審な者はいなかったのかしら」

「我等が結束を疑うと」

「言ったでしょ。念の為と。

 もし、そうでないのならば、此方も調査の方向性を考えなおさなければいけない必要性があるからよ」

「……(あるじ)付きの侍女の一人が消息を絶っています」

「その人物が怪しいと?」

「いいえ、それは無いでしょう。彼女は昔ながらの(あるじ)付きの侍女であると同時に、親友でもありました。 おそらくは、(あるじ)が……あのような最期を迎えた事に責任を感じて、何処かで(あるじ)の後を追ったのでは無いかと」

 

 彼女の家族も、そして彼女を知る者全てが、その事に疑いの余地を挟む者などいなかった。むしろ(あるじ)のためならば、命を差し出すことに躊躇う事は無いだろうと。

 それ以外に不審な者などいなかったのは確かだし、匈奴や西の蛮族が入り込んだ形跡も見つかりはしなかった。

 少なくともこの件に関しては、これ以上の問い詰めても無駄なのかもしれない。

 ……だが、それでも確認しなければならない事がある。

 そのためもあって、私はこの地にやってきたのだ。

 

 

 

 

 

 

『匈奴の奴等や西の蛮族と手を結ぶなどありえない以上、我等に選択の余地などあるまい』

『南の新興国とて王達が王達だ、曹魏とはいずれはと考えてはいるだろうが、今はその余裕などあるはずもないし、龐徳(ホウトク)殿とて、あの国と手を結ぶことは考えておるまい』

『なにより馬騰様達をなくした今の我等だけで、勝てると考える者などいはしない』

『馬騰様が、何故、貴様の部隊以外若い者達の参戦を許さなかったのか。貴様は今になっても、それが分からないとは言うまい?』

『死に急ぐことが忠義ではない』

『残された者達を守る義務を放棄するつもりか?』

『この地の事を思うのなら、民の暮らしを考えるのならば、今は堪える時ではないのか』

 

 脳裏に、老人達の言葉が浮かんでは消えてゆく。

 彼等の考えは、確かに民の事を思えば当然のこと。

 だが、それでも私は譲れないものがある。

 守り通さなければならない意思がある。

 

 

 私は国家の鬼になるも、逆賊にはならない。

 

 

 主が、漢の忠臣であったように、天の行いに反する者になどには、死んでもつかない。

 だからこそ私はこの地まで確かめに来たのだ。

 老人達の代表では無く、あの地に住む者達の未来を背負う者として。

 

「曹操、何故あのような条件を我等に突き付けた」

「あれでも譲歩したつもりよ。不満かしら」

 

 巫山戯た事を。

 曹操が一度、軍勢を引き上げた後。程昱と言う曹操の使者が訪れ、魏の勢力下に降ることを選んだ場合の時の条件として我等に告げたのは。

 現行勢力による自治の承認に。漢王朝時代の税率の維持。戦時下における徴兵と派兵の義務。他にも関税や政略上における協力の約束。ようするに……。

 

 

 やる事さえやるならば、そっちの勝手にさせてやるから大人しく魏に降れ。

 

 

 そう言ってきたのだ。

 これでは、引け腰しの老人達が頷くのも道理。

 そもそも、これほどの好条件を、勝者である曹魏側から申し出るのを不審に思わないのかと、老人達の首を本気で纏めて払い落としたくもなりもした。

 ……だが、確かに老人達の言う事も頭では理解できる。

 あの地には、私や老人達だけではない。

 何も知らない子供もいれば、誰かの手がなければ生きてゆけない乳飲み子も、明日を夢見て今日も必死で生きている。

 明日を生きる多くの者たちの事を考えるならば、頷くべきだと。

 

「曹操、貴女なら、私が何を言いたいのか分かっているはずです」

「そうね。でも貴女こそ、その問いの答えを分かっているはずよ。

 でも、此処まで態々足を運んだ苦労だから、応えてあげるわ」

「負い目ですか」

 

 曹操が何かを口にするよりも前に放った言葉と共に力を抜く。

 浅い呼吸で静かにゆっくりと体中に空気を行き渡らせるように、"氣"を巡らせてゆく。

 私の"氣"はあの裏切り者ほどの瞬発力は無いが、静かに"氣"を錬る事と、そのまま相手に悟られる事無く制御する事に関して(あるじ)も認めていた程。私達の世代において、右に出る者はいないだろうと。

 ……もっとも、こんな暗殺や不意打ちに適した卑怯な能力を幾ら認められようと、嬉しいと感じた事など一度たりとも無いが、今だけはこの力を与えた天に感謝しよう。

 故に曹操の両隣の二人が阻もうとも、私の初檄を防ぐ事は出来はしない。ことをなし終えた私の命を絶つ事は出来るだろうがな。

 だが曹操は、私のそんな心中を余所に鼻で笑う。

 

 くだらない問いだと。

 

 例え、馬騰の毒殺を指示したのが自分だとしたら、そんな事はするはず無いと。 そんな卑劣な人間が、奪った土地の人間の事を考えるはずが無いと。

 逆に己が潔白を晴らすためだとしたら、むしろ卑劣な人間より質が悪いと。覚悟も決意も無い人間が上に立つほど不幸な事は無いと。そんな程度で揺らぐ人間など、何かを成せるどころか周りを巻き込むだけでしか無いと。

 

「私は敬意を評しただけのこと。

 命を賭して自分達の価値を売り込んだ者達の意志と想いをね。

 彼等は我等に示したわ。護るべき者達はもちろん。守るべき誇りと、その為ならば命を惜しまぬ勇猛さをね。

 西涼の土地に住む者達は、それだけの魂と気概を持つ民で有りそれを育む土地だと言う事を、あの英傑達はあの戦でもって証明して見せた。

 私は、その彼等の想いを受け取り、それに応えただけの事。彼等の魂と共にね」

 

 嘘も誤魔化しもなく、ただ真っ直ぐと。

 毅然と振る舞いながら、曹操は己が想いと魂を示した。

 傲慢と言える程の剛言であろうとも、不思議と不遜に感じさせることもなく。

 

龐徳(ホウトク)、民と共に私に仕えなさい。

 この汚れた大陸を浄化し、真に一つにするために先陣を駆けなさい。馬騰をはじめとする、あの英傑達のようにね。

 ならば、私は飲み込んでみるわ。貴女達の誇りと魂を。

 そして連れて行ってあげる。馬騰すら成せなかった世界へね」

 

 背筋が震える。

 金色の髪を揺らし、美しい紫水晶のような瞳の奥に秘められた灯に引き込まれそうになる。

 その目は確かに語っていた。

 曹操は、(あるじ)の事を想いながらも、その事に捕らわれていない。

 それは、あの広大な西涼の地さえも、彼女にとってはただの通過点でしか無く。(あるじ)の事も、大陸を一つするための大切な礎でしかなかったのだと。

 

 

 

 見ている世界がまるで違う。

 

 

 

 (あるじ)の仇討ちに目を曇らせる私や、自分達の暮らしさえ守れれば良いと考えている老人達はもちろん、天子様と漢王朝さえ守れれば、西涼の地で満足してしまっていた(あるじ)でさえも。

 だから私は今まで静かに練り上げ、留めていた"氣"を一気に放つ。

 

「っ!」

 

 突如として放たれた強大な私の"氣"に、曹操の脇に控えていた姉妹が動くよりも先に、曹操が動く。

 

 必要ない

 

 …と。

 そして曹操のその言葉を肯定するかのように、放たれた私の"氣"は大気へと静かに溶け込んでゆく。

 私は判断しただけの事。

 そして曹操も判断しただけに過ぎない。

 私が曹操は仇として討つべき相手ではないと判断した事を。

 "氣"を鎮める事をせず、敢えて放って見せた意味を。

 

龐徳(ホウトク)。貴女の魂、しかと見せて貰った。

 次に会うのが戦場か、それとも玉座の間なのか、楽しみにしているわ」

 

 そう言い残し、私に無防備な背を向けて屋敷へと姿を消してゆく。

 もはや、この場で話すべき事など何もないと。

 これ以上は、敵としてか、味方としてかの言葉でしか無いと。

 だから私も背を向ける。

 いまだ殺気を治めきれない夏侯姉妹の視線を背にし、この場を立ち去る。

 私とて、これ以上曹操殿()相手に交わす言葉は無い。

 交える鉾の先もこの場には無い

 ならば、西涼の地に戻るだけのこと。

 そして、今度こそ話ささなければならない。

 

 

 

 残された者達と。

 多くの経験を持つ知恵者達と。

 我等、西涼の民の行く末を。

 馬と共に誇りを胸に抱きながら生きる道を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

 

あとがき みたいなもの

 

 

 こんにちは、書いた馬鹿こと うたまる です。

 第176話 ~ 草原に舞いし少女の魂に謳う ~を此処にお送りしました。

 

 戦場の見せ場も無く、終えてしまった西涼戦。

 あっ、こら、原作より手抜きだなんて、石を投げないで。

 だってモブキャラだし。

 真以降の恋姫ではどうなっているか知りませんが龐徳(ホウトク)がどんな子なのかも知らないし(w

 でも、まだまだこの娘は使う予定♪

 だってカワ格好良いし♪

 そんでもって、まだまだ拗れさせるつもり(ぉ

 次回は、今回より少しだけ時間を巻き戻した蜀でのお話をお届けしたいと思います。

 

 では、頑張って書きますので、どうか最期までお付き合いの程、お願いいたします。

 


 
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