No.872310

魔弾の王と戦姫~獅子と黒竜の輪廻曲~【第10話:民を護る為に~ティグルの新たなる出発】

gomachanさん

竜具を介して心に問う。
この小説は「魔弾の王と戦姫」「聖剣の刀鍛冶」「勇者王ガオガイガー」の二次小説です。
注意:3作品が分からない方には、分からないところがあるかもしれません。ご了承ください。

2016-10-01 05:47:48 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:599   閲覧ユーザー数:599

獅子王凱は夢を見ている。今、自分は過去の記憶に浸っている。

この夢は、第二次代理契約戦争と呼ばれるようになる、悲しい戦い。

今、自分がいる場所は、一言で形容して虚無。

大陸を離れ、母なる大地を見下ろせる場所。暗く、絶対零度の空間。

翼を広げ、見下ろした先には一つの「星」が見える。小さく美しい青い星が見える。

元宇宙飛行士であった獅子王凱には、何度も命を懸けてきた場所。馴染みのある「そこ」は、もはや古巣といってもいい。

今まさに、大気圏内の生物の生存できない宇宙空間で、悪魔契約によって導かれた「光」と「影」は、互いの存在意味をかけて戦いを繰り広げていた。

 

その姿は常闇。最恐の黒竜。大陸の心臓。戦争というシステムの具現化。その名はヴァルバニル。

黒炎の神剣《エヴァドニ》を差し込まれ、黒竜はヒトの業の集大成によって操られている。元凶の名はシーグフリード=ハウスマン。

 

もうひとつ、影がある。

 

その姿は漆黒。最強の獅子。時代を蹂躙する獅子王《レグヌス》。最強の破壊神にして最後の勇者王。その名はジェネシック・ガオガイガー。

時代の神剣《ギャレオリアロード》を携えて、破壊神は人類の希望の集大成によって起動している。希望の名は獅子王に迫る!

 

――愛している世界がある!この時代を守りたいんだ!――

 

ヴァルバニルの吐き出す漆黒の波動炎が!ジェネシックのフェイスガードをかじりとり、獅子の胸部を焼き払う!

だが、その巨体の勢いは削がれず、ジェネシックはガジェットフェザーでさらに加速する!

流星のように躍りかかったジェネシックの神剣は、まっすぐヴァルバニルをシーグフリードごと貫いた!

 

悪によって生み出された悪。

彼、シーグフリードは、必要とさえされなかった悪。

自分の居場所が分からず、矛盾に耐えきれず、世界を作り替えようと、ハウスマンの意志を継いだ。

生命ですら契約で更新できると思いあがった人類。

存分に殺し合う。黒竜の吐き出す黒き憎悪の霊体に、人類は完全に弄ばれた。

それは果たして、彼の黒竜が本当に望んだことなのか、人類が望んだことなのかは分からない。

若しくは、シーグフリードが一番に望んでいた事さえも、分からない。

 

 

 

 

 

――夢は、ここで終わった。――

 

 

 

 

 

『アルサス・中央都市セレスタ・ヴォルン邸の裏庭』

 

 

 

 

 

オージェ子爵を味方に引き入れて、一時的にティグルの帰還が成った頃。

いつもの通りに、凱は文字の読み書きと計算を子供達に指導していた。

正確に言えば、数字の読み書きと計算だ。今日はそれが課題だ。

同じ科目では飽きてしまい、学習意欲を失せてしまう。子供が興味を持ってくれそうな教え方を気に留めて、凱は常に念頭に置いている。

緑の髪の少年、天海護がいれば、今目の前にいる子供くらいになっているだろうか?

そんな凱の感傷を撫でるように、一人の子供が「にぱー」っと笑顔を浮かべ凱に呼びかけた。

 

「ガイに―ちゃん。できた!」

 

「おっ!早いな。どれ、見せてごらん?」

 

凱が子供の計算過程を記した「地面」に顔を覗き込ませる。これは、紙という貴重な物資を消費させないためだ。

青年にとって当たり前のように存在する紙は、この大陸にとって大変な貴重品だ。近世代のように物資感覚を間違えてはならない。

子どもの回答を確認すると、凱は頬をほころばせた。計算ができたり、読み書きができるようになると、無邪気な笑顔を凱に振り|撒《ま》くのだ。子供たちの緩やかな顔の花壇を見ると、凱も笑顔で応えたくなってくる。

久しぶりに眺めた平和な光景に、仕事をひと段落させたティッタが覗き込んできた。

 

「ガイさんって学士様だったのですか?」

 

不思議な表情で、ティッタは聞いた。ひょこりと傾げた仕草が、子どものようにどこか愛らしかった。

羅列のように書かれている筆算を見て、ティッタの好奇心に灯りがともった。

 

「いや?|流浪者《るろうに》やってるうちに、色々と身についたみたいなんだ。学士様なんてそんな偉い肩書はもってないよ」

 

そう凱が遠慮しがちに言う。

他の子供もどうやら回答が出来たようだ。確認作業をしながら、ティッタに話しかける。

 

「計算の極意はずばり、『できるだけ楽な方法』と『間違えにくい方法』に絞ることだよ。頭の中で計算する暗算でもこいつは行けるぜ」

 

1~9までの数字の概念は、世界が違えど同じ認識で正解だった。それは子供達に教える凱にとって幸いだった。

足し算の場合、桁の多い大きな数字を加算するとき、2桁ずつ計算することで計算速度を上げることが出来る。

引き算の場合、近似する数字を見つけることで、比較的簡単に出来る。整理しやすい数字に整えて、2段階に分けることで失敗を防ぐことができる。

計算の速い子どもは、この方法を知った途端、計算過程を飛ばして答えを直接導いたのだ。これには凱も驚かされた。

 

「成るほど。そのような計算方法など知りませんでしたよ」

 

さらに、禿頭の騎士さえも興味深そうに覗き込んできた。それにつられて、ぞろぞろとライトメリッツの駐在兵もやってきた。

なんだか大所帯になってきたぞ。男の比率がハンパじゃない。いつの間にか野郎パラダイスが出来ていた。あまり広くない裏庭では、この人数だと狭く感じる。

 

「ガイ殿はまるで宣教師みたいですな」

 

ルーリックに宣教師と言われ、凱は|第二次代理契約戦争《セカンドヴァルバニル》において邂逅した人物を思い出し、若干暗い影を落とす。

 

(宣教師か……そういや、あいつも元宣教師って言っていたっけ)

 

羅轟必砕の極意を会得した神仏滅界の僧侶。ホレーショー=ディスレーリ。第二次代理契約戦争の生き残り。

僧侶の教えとして不殺を貫いていたが、ある不幸な事件を切り目にして、帝国に流れ着いた過去がある。

不殺を破ったが故に破戒僧となり、大陸という箱庭で輪廻し、シーグフリードと出会った。

ノア=カートライトによれば、彼は今、テナルディエ公爵の傘下にいるらしい。

 

(一体、ノアとホレーショーは何をする気だ?テナルディエ公爵の配下になってまでして?)

 

ホレーショー。彼は不殺の答えを見つけることが出来たのか?凱が過去の感傷に浸っていると――

 

「ガイ殿?」「ガイさん?」

 

「ごめん、何でもない。授業再開といこうぜ」

 

栗色の髪をポリポリかじりながら、凱はなんとなく誤魔化した。そんな凱の呆気にとられた表情を見て、ルーリックとティッタは不思議そうに首を傾げた。

少し脱線したが、今日の課題もとりあえず予定通りに終える事が出来た。

 

 

 

 

次の日の昼中も相変わらず、3つの軍旗がひるがえっている。セレスタの面積と比較すると、なんだか埋め尽くされているように見えなくもない。

1つはアルサス。青地に弓矢。

2つはライトメリッツ。黒地に銀閃。

3つはジスタート。赤地に黒竜。

各勢力の軍旗が乱立している様を見て凱は思う。もう少し旗の数が整えば学校の運動会に使われる「万国旗」のような配列になるんじゃないかと。そんなセレスタの街中を一人の来訪者がやってきた。

しばらく徒歩を続け、ヴォルン家の屋敷に立ち止まる。呼び鈴とティグルへの用達に声を上げると、髪の長い青年が応対に出てきた。

今はヴォルン家の居候……獅子王凱だった。

 

「はーい。新聞はお断りですよっと……どなたですか?」

 

新聞どころか瓦版すらないのに、|故郷《にほん》への懐かしさがつい態度となって漏れる。そんな一人冗談をさておき、凱は来訪者と対面する。

来訪者の正体は「エレンの放った急使」である。

こういう時の対応を、凱は知っている。だからこそ、余計な追及はせずに要件を受け入れた。

何かを渡したいらしい。来訪者とて深く探るつもりはないようだ。ただ自分の任務を全うする為に。

 

「ティグルに用なら、リムアリーシャ様も読んできた方がいいな。少し待っていてくれ」

 

リムアリーシャは他国の、それも一公国主の副官である。ルーリックに対して気軽に接しているのは本人からの要望であるが、彼女の場合はそうはいかない。第一印象はかなりの生真面目に尽きた。凱の今の立場として、ティグルの侍女であるティッタよりある意味では下である。もともとライトメリッツとは深く関わるつもりも、長く付き合うつもりもないので、これ位の人間関係の距離が丁度いいと凱は判断した。

ともかく、凱は二人のいる2階の部屋へ足を運んで行った。

 

凱が扉の取っ手部をかけようとしたとき――声が聞こえてきた。第一声は整った女性の声だ。

 

「それではティグルヴルムド卿。我が国の国王陛下の御名を性格に述べてください」

 

「ええと……ヴィクター=エンター……違った。ヴィクトール=アルトゥール……」

 

音楽の販売会社名を述べてどうすんだよと内心突っ込みたかった凱。声の様子からしてこってり講義をされているみたいだ。どうもそれ以上、国王の名前が思い出せないらしい。

正式御名はヴィクトール=アルトゥール=ヴォルク=エステス=ツァー=ジスタート。このすごく長い名前くらいは凱も知っていた。

ロシア人の名前には、父称といって父親の名前が含まれているように、ジスタートの王族や貴族も祖父称といって祖父の名前が含まれている。親子関係を調べるにはとても便利と知れば、ティグルももう少し覚えやすくなるかもしれないが……

教師と教え子の関係はルーリックの言う通り、凱も見ていて微笑ましいものがあった。しかし、今は客を待たせているので、講義が終わるのを待つわけにはいかないし、ティグルに助け船を出す意味で扉をノックした。

 

「空いています。どうぞ」

 

そうリムの了承を確認して、凱は入室する。

早速手短に要件を伝える。栗色の長髪の青年を見たら、ティグルは少し胸をなでおろした。

 

「戦姫様の急使が来ている。ティグルとリムアリーシャ様に用だとさ。何か渡したいものがあるみたいだ」

 

「エレンが俺とリムに?」

 

ティグルの疑問符に反応したリムは一時的に講義を切り上げる。目先の要件を片付けることを優先した。

 

「休憩にしましょう。ガイさん、私とティグルヴルムド卿はエレオノーラ様の急使にお会いしてきます」

 

要件を手早くすませたティグルとリムアリーシャは身支度を始めていた。何処へ行くんだと凱が訪ねると、ティグルは内容を記された紙切れを凱に手渡した。文字を見た時、凱は思わず眉を潜めた。

 

「今すぐキキーモラの館へ来い……読めなくはないが、随分とひどい字だな」

 

くすんだ赤い若者も、長髪の青年に同意した。先ほど文字の読み書きをしていた凱にとって、この偶然の重なりは皮肉すぎる。

 

「面目ありません」なぜかリムがこの場にいない主に変わって謝罪していた。

 

「キキーモラの館ってどこにあるんだ?」

 

ティグルの問いにリムは口頭で説明する。ちょうど凱もそれを聞きたかったところだ。

 

「ヴォージュ山脈を抜けた先にある、エレオノーラ様の別荘です」

 

「どうしてそんな所を待ち合わせ場所に選んだんだろう?」

 

ふと浮かんだティグルの疑問に、凱は捕捉を付けた。

 

「多分……何かあったとき、どちらの事態にも対応できるようにする為じゃないのか?ジスタート介入の件で彼女の公国もゴタゴタしてると思うし、正直アルサスの様子がどうなるかも、分からなかったんだと思う」

 

そう推測する凱の思慮に、ティグルは成るほどと息を吐き、リムはこくりとうなずき同意する。

ブリューヌへの許可なき出兵。その顛末を報告する為に、エレンはジスタートの王都シレジアへ向かった。

国王たる下した言葉の詳細をティグルに伝える必要がある。今後の展開を見据えての行動なのだろう。

 

「そうですね。急使が訪れた時期を見て、エレオノーラ様はおそらくキキーモラの館へ着く頃合いかと」

 

ティグルが口をへの字に曲げる。長年の狩りで培った勘に何かひっかかるものを見つけた時に出る彼の癖だ。確かティッタがそう言っていた。

 

「俺、ちょっとその辺を散歩してくるよ」

 

凱は扉を開いて出ていこうとする。

色々と悩んだ末、ティグルは重々しく口を開く。

 

「こういう時、ティッタに何て言えばいいんですか。ガイさん」

 

その口調はどこか弱々しかった。

テナルディエ軍がアルサスを襲撃したとき、ティッタはただ一人避難せず、ティグルの屋敷でずっと待ち続けていたのだ。

心の半分は、危ないことをしたティッタに叱りたくて……もう半分は、ティッタの健気な顔を見たら、なぜかほっとして……

だからこそ、彼女の存在の儚さがティグルを支えるものであり、そして崩すものでもあったのだ。

 

「ティグルが変なところへ行かなきゃ、ティッタへの説得も必要ないじゃないか」

 

そっと意地悪そうに微笑んで凱は扉を閉める。そう答える凱の気持ちを、ティグルには少しだけ分かっていた。

獅子王凱。この変わった名前を持つ青年は、ディナント戦以降においてティッタの置かれた境遇を間近で見てきた。はしばみ色の健気な瞳に涙を浮かべ、訪れる現実に悲しみの嗚咽を漏らしたときのティッタの表情は、凱のまぶたの裏に焼き付いている。

この若者がどこかへ赴けば、必ずティッタは領主の後ろ姿を追いかける。セレスタの町が襲われたときのように――危険を顧みず。

退出した青年の後ろ姿を見送った後、リムは先ほど凱の|評釈《コメント》に対する感想を漏らす。

 

「ガイさんは、よくティッタを見ていますね」

 

当然、凱もティグルの置かれた環境を知らないわけじゃない。アルサスへの帰還を果たしたとはいえ、ディナント戦から始まった捕虜であり、アルサスを護る為にライトメリッツから兵を借り受けた顧主であり、父から使命と責務を受け継いだ領主である。

本当なら凱とてこんなことを言いたくない。しかし、これ以上ティッタへの不安を募らせたくないという気持ちのほうが優先されていたのだ。

ティグルにとってティッタが妹のような存在なら、凱はガスパール兄さんのように叱咤激励してくれる『兄』のような存在だ。優しく、柔らかい言葉遣いでも、その重みが断然違う。

 

「あの人は、あまりティッタに心配かけるなと言いたかったのだと思います」

 

「ガイさんの言いたいことは俺も分かっている。でも、俺には領主としての義務が……」

 

「それだけ彼女が抱くあなたへの想いが強いのでしょう。彼女の主であるあなたの務めは重大なものなのです」

 

「……分かっている」

 

先ほどと同じ言葉を告げるティグル。でも、凱のおかげで気合と勇気が入った。

ティグルとティッタは領主と侍女の関係だ。戦争が起きる前まで、凱に言われる前までは考える必要のなかった事。当たり前のことの重要性を再認識させられるティグルであった。

日が南中高度を示している。今からヴォージュ山脈を越えようとすれば、途中経路で日が沈みきってしまう。夜道を歩いていく危険性を少しでも落とす為に、多少の時間損失をしても、太陽の動きに沿って行動したほうが確実だ。

特に夜は暗殺者や野盗の独壇場といっていい。夜目の効く連中が相手では分が悪い。今ではティグルも立派な標的なのだから――

出立の準備を再開した二人は、翌朝の夜明け前を待ってキキーモラの館へ向かう事を決めた―

 

 

 

 

 

『夜刻・セレスタの町・中央広場・キキーモラの館へ向かう前日。』

 

 

 

 

 

内乱勢力に対する牽制力として、エレンの指示でアルサスに滞在することとなったライトメリッツ兵。その指揮官のルーリックと共に、凱は酒場へ誘われた。

 

「みんな楽しそうだな。顔を赤くして、火照らせて、笑っている」

 

「酒場ですし、どこの町もそんなもんですよ。ガイ殿」

 

「なんだかすごいな。ついこの間までのアルサスとは思えないくらいにぎやかだ。俺も胸の内側から暖かい想いで溢れそうな気分だよ」

 

「民の力を侮ってはなりませんな。彼らのたくましさはどんな苦しい境遇でも立ち直る強さを持っています」

 

「全くだ」

 

凱を軸にはじまったアルサスとライトメリッツ兵の交流は、意外な形で成り立っていった。

数刻前、ぞろぞろと集まってきたライトメリッツ兵にも、結局凱は読み書きを教える事となった。どうやら興味を持ち始めたらしい。牽制するためとはいえ、次の命令があるまで、若しくは、エレン帰還まで、それとも、外敵の侵略があるまでは暇を持て余している。

ちょうどいいから、凱の講義を暇つぶし程度に考えていたのだろう。

暇を転がす人間、退屈は身からくる敵ともいえるわけで、ルーリックも凱に見物していいかと頼んだのだ。もちろん、凱は快く承諾した。兵がおとなしくしれくれるなら、凱にとっても願ったりかなったりだ。

どうやら、警戒していたのは杞憂だったらしい。ライトメリッツの気さくな心に触れたセレスタの住民たちは、次第に距離を縮めていった。

凱とルーリックは適当なところで腰を下ろす。二人がそんな話をしていると、注文していた料理がぞろぞろと入場してきた。感謝を込めて頂きます。

料理を運んできた婦人に、凱は見覚えがあった。モルザイム平原の戦いでザイアン率いるテナルディエ軍を撃退するのに、勝利を貢献した。リムアリーシャの策を成立させるため、大量にロープを収集してくれた尽力者の女性だ。

 

「ガイさんとルーリックさん、うちの料理はどうだい?」

 

「ああ……本当に旨いな。美味しい」

 

凱はやんわりとお礼を告げる。

 

「ありがとう」

 

何の飾り気のない凱の言葉に、婦人は相応もなく照れ隠した。素直に嬉しかったのだ。

そんな彼女の内心を隠すように、婦人は勢いよく声を張り上げて注目を集めた。

 

「この人は彼の有名な黄金の騎士様その人!あたいの店の常連様だ!」

 

「黄金の騎士!?」「ホントかよ!?」「この人が!?」

 

|完全武装《イークイップ》状態の凱と、解除状態の凱を見比べていないから、素の姿の凱を知らないのも無理はない。

その為、テナルディエ軍を撃退に成功した直後の宴では、ささやく程度の噂にとどまっていた。

ただ、黄金の騎士の活躍は、セレスタの住民が熱く語る為に、ライトメリッツ兵では現実味を帯びた噂となっていた。

不思議な風容を持つ凱に、大勢のライトメリッツ兵が押し寄せてくる。それだけじゃない。既に凱を知っているセレスタの住民も凱を包囲した。

 

「アンタが本当にあの黄金の騎士なのか!?」

 

「何でもオレ達が駆けつけるまで、たった一人でテナルディエ軍を迎え撃ったという……」

 

「領主様のおかげさまで私たちは助かりました!領主様が黄金の騎士様を呼んでくれたんですよね!?」

 

「ティグル様には本当に感謝してるんです!」

 

随分と物語が編算されているようだと凱は思った。

凱の隣にいたルーリックの困惑を他所に、凱はこの場を盛り上げる決起をする。

 

「おし!」

 

その表情は、どこか子供のように。それでいて、輝きに満ちていた。

 

「見て聞いて驚け!諸君!」

 

「イィィィィクィィィィップ!!」

 

「お……」「おおお!!」

 

「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

黄金の鎧ことIDアーマー装着時において、凱の細胞と融合している極小のGストーンは|最大稼働《フルドライブ》する。そして、酒気を纏って心を緩めている皆のテンションをも|最大稼働《フルドライブ》させた!

間がいいのか悪いのか、丁度ティグル、ティッタ、リムもその騒ぎの場所へ立ち会わせていた。

 

「俺は正義と自由の牙!そして、アルサスの剣!黄金の騎士だ!」

 

ジョッキを掲げて高らかに歌う。

 

「確かにテナルディエ軍は脅威であるが、心配には要らないぜ!」

 

その声は渇くことなく、凱の口上は続く。

 

「我らがヴォルン伯爵は!今この時もアルサスの平和と繁栄に心を砕いている!」

 

注目の視線はもはや、凱が独り占めしていた。

 

「このセレスタの町を見ろ!ヴォージュ山脈……いや!心の国境を越えて、アルサスとライトメリッツはこうして酒を飲みかわすまで仲良くなっている!奥さん!お姉さん!全員に|好きな飲み物を注いでくれ!この一杯は俺のツケだ!」

 

「ガイ殿!払う伝手はあるんですかい!?」

 

バートランが闊達に笑う。一介の|流浪者《るろうに》のどこに、これだけの多人数を飲ませるだけの金があるのかと、冗談交じりに聞いてみた。

 

「大丈夫!ティグルが俺の借金を肩代わりしてくれる!」

 

どっと笑いの嵐が巻き起こる。

とんでもない責任転化にティグルは性悪な笑みを浮かべながら反撃する。

 

「それなら俺がエレンに対して背負っている借金も肩代わりしてくださいよ!?」

 

さらにティグルが混ぜ返す。

 

「それでティグルが無事にアルサスへ帰ってきてくれるなら安いもんだぜ!」

 

挑発的に凱へ問いてみたが、熱い言葉を添えてあっさりと返された。凱の言葉に会場は水を撃ったように静まり返った。

もちろんティグルが背負っている借金額を凱は知らない。例え金額が天文学的でもそれ以上大切なものはないという事実だったら、凱は知っているつもりだ。

ティグルは開いた口が塞がらなかった。そんな呆気にとられたティグルを見て、凱は口調を和らげて、なだめるようにティグルへ語り掛ける。

 

「ティグル。自分の命の価値についてよく考えて見てくれ。俺は君の無事を……いや、俺だけじゃない。この場にいるみんながキミの無事を祈っている」

 

誠実な瞳に心を振るえたティグルは、瞳をも厚く震わせて凱を見据えている。

少し空気が感動に包まれつつあるが、ここでうまく切り替えていく。

 

「この一杯に感謝を込めて!天へ掲げてくれ!」

 

一同は飲み物を月の映える空へ高く掲げる。

 

「ティグルヴルムド=ヴォルンに!エレオノーラ=ヴィルターリアに乾杯だ!二人は立場こそ違うが、民を気にかけることに関しては、同じ想いを抱いているぜ!」

 

ベタ褒めされたティグルと言えば、照れ隠して顔を若干うつむせている。凱のあおり矜持に酒場の空気は逸脱した盛り上がりを見せる。

皆はジョッキを掲げた。

 

「両者の力となることを願って、こいつを飲み干してくれ!勇気ある誓いと共に乾杯!」

 

「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」

 

ブリューヌとジスタート、両者の共通する酒杯の儀礼を交わし、次々と杯がカラカラとなっていく。皆のいい飲みっぷりは、これから立ち向かう境遇に対して、いい区切りとなってくれるはずだ。

酒場は先ほどと打って変わって、一気に水が沸騰したかのような盛り上がりを見せた。

 

「もう!ガイさんったら!盛り上げすぎです!みなさんあまりハメを外さなきゃいいんですけど……」

 

ティッタは頬を膨らませていた。凱に対して小さな侍女は些細な愚痴をこぼしていた。頭が痛いのはリムとて同感だった。

ちなみに、ティグル達は酒気飲料を自制している。明日の出立が早い為だ。酒気に酔って馬を操れないでは愚の骨頂だからだ。

 

「いいじゃないか。ティッタ」

 

「こうして、皆の楽しい笑い声が戻ってきたんだから」

 

果汁水を飲み干して、ティグルは口を開く。

 

「ティッタ。しばらく留守にする。俺が戻ってくるまでの間、待っていてくれるか?」

 

そのお願いに、ティッタの表情は僅かに不安の色を募らせる。

 

「ティグル様、あたしもついていきます」

 

「ティッタがいなくなったら、誰がガイさんの世話をするんだ?」

 

それを言われると、ティッタは勢いを失速していく。しゅわしゅわと表情をしぼんでいくティッタを見て、ティグルは彼女の頭にポンと優しく手を乗せた。

 

「何もティッタが心配することはないさ」

 

「心配します!だって……これからはずっと、ティグル様の生命に関わることなんですよ!」

 

真剣な表情で、ティッタは自分の主様を問い詰める。

 

「俺は今すごく幸せだ。こんなに多くの人に支えられて、みんなの想いに支えられて」

 

「ティグル様……」

 

「俺の心ひとつ次第でアルサスの運命が決まる」

 

生きて帰る場所がある。帰りたい場所がある。

自分一人が犠牲になれば、アルサスを守れるほど、今の時世は甘くない。

勇者だろうが、貴族だろうが、戦姫だろうが、名の馳せた戦士であろうが、所詮は一人の人間。

この内乱で一人の若者が命を落とせば、一人の侍女は確実に不幸になる。ティグルは諭した。凱が直接言うのではなく、自分自身で考えさせたかったのだろう。

 

 

 

 

 

――翌朝、太陽が出会いがしらに上る少し前の事――

 

 

 

 

 

「ティグルヴルムド卿。準備はいいですね」

 

「ああ。出発しよう」

 

皆が昨日の酒盛りで寝静まっている。空を見上げると、昨日の盛り上がりの余韻が蘇る。

そう言って、ティグルとリムは馬の腹を蹴ろうとしたとき、ふと後ろに誰かの気配を感じた。

 

「ティグル様!」

 

後ろには、ティッタがいた。

若者は顔だけ振り向かせ、優しく微笑んではティッタに笑みを返す。

これから待ち受ける戦いの決意を胸に、ティグルとリムはヴォージュ山脈の向こう側へ走らせた。

目的地はキキーモラの館。

ティグルヴルムド=ヴォルンの新たな戦いの舞台が待っている。

太陽を背に受ける若者の姿を、ティッタは笑顔で見送った。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

数日後、オルミュッツ公国でリュドミラ=ルリエがブリューヌ内乱において中立を示した頃、アルサスでは異変が起こっていた。

 

「た!たたた!大変だよ!ティッタちゃん!」

 

一人の中年男性が、あわただしくヴォルン家の戸を叩く。

 

「どうしたんですか?」

 

「ガイさんに異端の疑いがかけられている!」

 

アルサスに、緊張が走った。

 

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