No.87030

帝記・北郷:十八~二雄落花・六~


宣言通り早めに上げました帝記・北郷の続き。

いよいよ決着です。

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2009-07-29 18:57:33 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:3389   閲覧ユーザー数:2957

『帝記・北郷:十八~二雄落花・六~』

 

 

もうやめよう。そう言って刃をおろした琥炎。

意外な展開に一刀達は戸惑いながらも沈黙を守ったまま事の成り行きを見守るしかない。

「泥臭く戦い合って、その果てにどちらかが倒れるだなんて終幕(フィナーレ)には相応しくありません。喜劇であれ悲劇であれ終幕は華々しく…そうあるべきでしょう?」

舞台俳優か何かのように男にしては艶っぽい(というか男には見えない)笑みを浮かべ嗤う真紅の闘鬼。

「ふ…こういうところは気が合うな」

張り詰めていた相好を崩し、龍志は左右の剣を足元に突き立てる。

「故に、好敵手という奴なんだろうな俺達は」

そして双眸を静かに閉じた。

「無氣無剣の陣……」

ポツリと雪蓮が呟いた。

彼女が夢奇の元で修業を受けていた時、夢奇がこう語ったことがあった。

 

『雪蓮さん。よく無の極地という言葉がありますが、多くの場合においてそれは本当の意味での無ではありません。無とは何も無いこと。無を望み心を無に寄せるにつれて、心は無というものに捕われてしまう。それ以前に、その無の果てに目的がある時点でそれは無として破綻しているのです』

『はぁ…よく解りませんが……』

『理解しなくても大丈夫。とりあえず無というものは存在しないとだけ覚えてくれれば良いのです。氣を周囲に同化させて万物と繋がる…あなたに教えているのは有の技。ただし完全な無は無くとも破綻した無を極限まで研ぎ澄まし擬似的な無を創ることはできます』

『というと…?』

『殺気、闘氣…その他諸々のものを六情ごと静め溜め込む。無ではなく静。そして溜めこんだ全てを本能のまま一度に解放する……こうして放たれた一撃はまさに必殺というにふさわしい』

『ですが、そんなことができる人がいるんですか?』

『大概は不可能です。そもそも誰かと対峙している時点で人は闘氣を拭い去る事は出来ない。それは死を覚悟するなどというもののさらに上、死を感じないという域まで達しなければ不可能です。しかし人…という枠からは少し外れるかもしれませんが、私の弟子で一人だけそれを習得した者がいます』

『それは一体?』

『ふ…さて、誰でしょうねぇ』

 

笑ってごまかした夢奇の表情に、からかわれただけなのかとも思った雪蓮だが、今あの言葉は嘘ではなかったと確信した。

目の前の証明があるのだ。反論のしようがない。

 

「……」

対する琥炎は無言のまま刀を上段に構える。

その時点で、すでに琥炎が先手を狙っているのは明白だ。そもそも龍志が完全に待ちの姿勢を取った以上、彼の取るべき道は後の先を取られない程の一撃を先に叩き込むしかない。

何より、琥炎の顔から初めて余裕が消えていた。

だがそれでも彼は笑っている。

だって楽しいから。心行くまで命のやり取りをすることが、彼の生きている証だから。生命を感じさせてくれるから。

重々しい空気。見詰める一刀達も、何時の間にか集まっていた兵士達も息をすることも忘れて二人を見つめている。

 

 

「………六道の果て悉く…荼毘に伏す!!」

先に動いたのはやはり琥炎だった。疾風…いや閃光の如き速さで間合いを詰めて溜めていた氣を刀身いっぱいに漲らせる。

あまりの闘気に刃から天高く焔が昇る。その威容に兵士達の中から感嘆の声が漏れた。

龍志はまだ動かない。

「…紅蓮輪廻(クリムゾン・リンカーネーション)!!」

初めて琥炎は叫んだ。技名を口にするのは格好をつける為ではない。それにより自己暗示をかけ技の威力を限界まで引き出すという意味がある。それを叫ぶならば先程のように呟くよりも当然効果は高い。

振り下ろされる剛刀。しかしそれはまだ龍志には遠い。琥炎はそのまま振り下ろされる刃の作る炎の流れに身を包む。

そして炎を全身に纏ったまま、琥炎は高速で縦回転しながら龍志めがけて襲いかかる。

龍志はまだ動かな……否!!

双眸が開かれ緑に燃える瞳が露わになる。

電光石火。地に突き立てられた双剣を逆手で握るや龍志は身を沈める。

(逆手?……まさか貴方は!?)

「風迅嵐鳴流秘剣…万龍慟哭!!」

激突。そして吹き荒れる熱風。

肌を焼くそれから身を庇おうと一刀が腕で顔を隠すが、それよりも先に蒼亀が障壁のようなものを張り自身と一刀を熱風から守った。

まあ、雪蓮や凪はもろに熱風にさらされたわけだが。

「陛下。大丈夫ですか?」

「ああ、おかげさまで。ありがとう」

「いいえ…それよりも義兄さん達は……」

舞いあがった砂埃に覆われる視界。砂を払いながらも勝敗の行方を見定めようと誰もが目を凝らす。

立っているのは龍志か?瑚炎か?地に伏せているのは?

 

 

………そして霧が晴れた。

 

 

一同の眼に映ったのは背を向け佇む二人の男。龍志と琥炎。

お互いに何も発することなく、それぞれの獲物をだらりと下げただ立ち尽くしている。

「…どこで見謝ったんですかね」

ふとそんな事を瑚炎が言ったのが風に乗って一刀に聞こえた。

「小さなミスさ…俺もお前も道は二つ。前者は全く同じ、後者がそれぞれ違った。ただそれだけの話さ」

答える龍志の声もまた。

「ふふ…でも迷わず後者を選ぶ辺りがあなたらしい……」

「数年前の俺ならお前と同じだったさ……俺を変えた、いやかつての俺を取り戻させたのは一刀だよ」

「人は元には戻れない。しかしそれは全てにおいてではない…ですか。ふふ、完敗ですよ。私の」

 

ゴボリ

 

そんな音と共に琥炎の両目から血があふれ出た。

まるで眼球がそこに無いかのように、眼窩からどろどろと流れ出るスカーレット。

それと共に、溶けるかのように崩れ落ちる琥炎の体。

それを見て、一刀は確信した。

龍志は勝ったのだ。あの死闘を制したのだ。

「やった…やったぞ……」

凪が呟く。

津々と周りを囲む者達に伝わる喜び。

そう、龍志が彼等の、新魏の軍神が蜀の軍神を倒し、そして帰ってきたことへの喜びが。

高まる喜びはやがて抑えきれない歓声となって轟くことだろう。

そしてその第一声は誰が言うのか。

そんな時だった。

「キ…キキキキキキキキ……!!!」

ちだまりとかしつつあるそれの口から、哄笑が漏れたのは。

 

 

「キーーーーーーーーーーキキキキキ!!!アア、痛イ!!苦シイ!!寒イ!!熱イ!!コレガ死!!コレガ命!!コレガ生命!!」

地の底から響くようなおぞましい声に、兵達は先程までの気分はどこえやら、ぎょっとした眼で琥炎だったものを見つめている。

「ナガレデル命ノ蜜ハ蜜ニシテ密、ヒビク痛ミハ痛ミニシテ居タ意味、キキキキキキキ!!!コレダ!!コレヲ求メテイタ!!本当ノ死ヲ!!命ガ消エユク最高ノ一時ヲ!!闘争ノ果テニアルイノチヲ最モ感ジル瞬間ヲ!!感応、感動、感無量!!キヒ…キヒヒヒヒヒヒ……」

それをただ、憐れむように…いや、むしろ悼むように見詰めるのはただ二人、五百を越える時を生きている二人の男のみ。

「琥炎、お前は……」

どうしてそうなった?そう尋ねようとして龍志は口を紡ぐ。

もう琥炎に何を尋ねても何も返っては来るまい。

琥炎は見つけたのだから、彼が求め続けていた物を。

そう、龍志が思った時だった。

「……昔々」

「え?」

はっきりとした声で、琥炎の声が響く。

「ある所に一人の将軍がいました」

もはや原型を留めないほどに崩れ落ちた肉体の中、唯一まだそれと解る形を残している頭部が言葉を紡いでいく。

酷く、歪な笑顔で。

「将軍は国の為、天下の平和の為の多くの戦いをしてきました。一つの戦に勝てばそれだけ国は平和になる、全ての戦を終えれば平和な世界がやって来る。そう信じて……」

それはきっと、彼自身の物語。

「けれども、戦いはなくなりませんでした。一つの戦が終われば次の戦、一つの国が滅びれば次の国……それでも男は国の為に戦い続けました。戦に勝った時、彼を誉め讃えてくれる、何よりも笑顔を見せてくれる王や民の為に……」

彼が自分を殺したら話すと約束した彼が狂ってしまった理由。

「富と権力を求めて王や大臣は男を戦場に向かわせます。豊かさと安全を求めて民は男を戦に駆り立てます。そうするうちに男の心に疑念が生まれました。平和なんて本当にあるんだろうか?そんなものは全て嘘っぱちではないのかと……」

琥炎の言葉を誰もが黙って聞いている。

正確には龍志と、風下にいる一刀達が。

「それでも男は戦うしかありませんでした。今戦う事をやめたら、彼が今まで戦ってきた理由も彼が生きてきた意味もなくなってしまうのですから……彼は戦いました。戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って!!!……ようやく彼が真実に気付いたのは、彼の国が大陸の向こうの国まで食指を動かした時でした」

ニィィと血仮面が笑う。

「彼は気付いたのです。『平和』や『平穏』などという者は人を動かす為の欺瞞に過ぎないという事に。全ては己の欲を満たす為、自己満足の為……そして彼に残ったのは戦いだけでした」

クパァと音を立てて血仮面が口を開いた。

底の知れないどす黒い赤の洞窟。そこから洩れる辛うじて人語を成しているかのような言葉の羅列。

「だから彼は戦いました!!彼にはそれしか無かったから!!彼が彼でいるにはそれしか無かったから!!やがて彼は人を辞め、世界を捨て、それでも戦い続けました!!何時か、何時の日か!!彼の全てを受け入れてくれると彼が自己満足した人に殺される為に……」

眼球の無い顔。その眼が龍志を見た……気がする。

「キ、キキキキキキ!!!闘エ!!争エ!!平和ナンテアリハシナイ!!平穏ナンテアリエナイ!!奪イ合イ殺シ合イ満タシアエ!!!ソレガ人ノ業!宿瘂!運命!!キ、ヒヒヒヒヒ……ああ、それでも私は欲しかった。かつて私が生きた理由が、ただの妄想ではなかったのだと、私の生き方は間違っていなかったのだと言ってくれる者が…認めてくれる者が……!!!」

「……ならば、俺が認めよう。お前は間違ってなかったと」

瞬間、ほんの一瞬だが血仮面に穏やかな笑みが浮かんように龍志は思えた。

そして血仮面は血溜まりに消え、もう一言も発することは無かった。

 

 

消えてしまった宿敵の名残を見つめ、龍志は小さな声で言う。

「馬鹿だな…確かに平和や平穏は欺瞞かもしれない。しかし、本当に一時でも良いから平穏が来る事を願って闘っている奴はいる。そんな嘘を信じて命をかけている奴がいる。そういう奴をお前は信じ……いや、俺にはお前に講釈を垂れる資格は無いな。少なくとも、お前の生きた一生を否定できるほど俺は立派な人生送ってきたわけじゃない」

静かに血溜まりへと十字を切る。

かつて自分を育ててくれた養父と養母、そして義理の姉がそうしていたように。

「龍志さん」

「北郷様…」

気付けばすぐそばまで一刀が寄って来ていた。

その傍らには腕を吊った雪蓮に凪、副長、そして蒼亀。

蒼亀の顔を見て、小さく龍志は笑う。それに蒼亀はぎこちない笑みを返す。

(ああ、流石だ。蒼亀、お前は皆解ってるんだな……)

「龍志さん、怪我は……」

「北郷様、お怪我はありませんか?」

「え?いや俺は大丈夫だけど……」

訊こうとした事を逆に訊かれ、戸惑いながらも答えた一刀に龍志は微笑みを浮かべながら。

「良かった…今度は護ることができた」

「え?」

「昔、五百年ほど前。私は護れなかった、私の主を…最愛の人を……だが今度は護ることができた…そう、それだけ…」

「龍志さん…?」

怪訝な顔をして龍志を見る一刀。その時だった。

龍志の服の肩が小さく音を立てて裂けたのは。

「今度は…護ることができた……」

やがてそれは袈裟掛けに徐々に大き広がっていき、やがて……。

 

プシャアアアアアア!!!

 

吹き出る鮮血が一刀の白衣を濡らす。

ぞっとするほど勢いよく血をまき散らしながら、龍志は音もなく崩れ落ちてゆく。

(ああ、何で……)

その光景が一刀にはスロー再生のようにゆっくりと見えた。

突然の事態に固まる一同、唇を噛み切らんばかりに噛み絞めながらも必死にその姿を凝視し続ける蒼亀。

(何で何だよ!!)

咄嗟に一刀は腕を伸ばす、舞い散る鮮血がその顔を汚す事も厭わずに。

「龍志さん!!」

悲鳴に近い叫びが木霊する。

柳のような龍志の長い髪が舞い踊る。

白皙の美貌がぞっとするほどの白さに成っている。

そうして一刀の腕に収まった龍志の体は、戸惑う程に肉の重さに溢れていた。

 

 

                     ~続く~

 

中書き

 

一部メルブラっぽかった。反省。


 
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