No.857422

織姫様と織姫様のおはなし

jerky_001さん

七夕の日に合わせて某所に投下したみほさおSS。
みぽりんはきっと自分の気持ちにも嘘を吐いちゃう子なんだと思う。

2016-07-08 20:07:21 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:943   閲覧ユーザー数:928

わたしはいま、恋をしています。

そのひとは、ひとりぼっちだったわたしを孤独から救い出してくれた、とても優しくて、温かくて、つよいひとです。

恋をするとひとは強くなれるといいますが、きっとわたしはそのひとのためなら、どんな無茶なことだって出来てしまうとおもいます。

そのひとはたぶん、わたしの思いには気付いていないとおもいます。でも、それでも構いません。

好きなひとを想い、日々を過ごす。ただそれだけで、毎日がしあわせで、世界が輝いてみえるんです。

それに、この恋はきっと実りません。

だって、そのひとは…

 

***

「発表します…私、カレシが出来ちゃいました!」

わたしの恋、終わった…!

思わず手に持っていた笹竹を落とし、意識が遠退き血の気が引いていくのを感じたわたしは、ショックの余り後に続く沙織さんの言葉もまるで頭に入ってこなかった。

まだ付き合ってもいないでしょう?と、もう一本の笹竹を飾りながらの鋭い突っ込みを繰り出す華さんに辛うじて我に返ると、その後の会話で事の概要が遅ればせながら飲み込めてきた。

その人は男子学園艦に通う同い年の同学年で、沙織さんがアマチュア無線の自主練中に偶然交信を交わしたのだそう。男性にしては珍しく戦車道の大ファンで大洗の活躍も聞き及んでいて、交信の相手が当の大洗・あんこうチームの一員だと知って驚いたらしい。

「最初は全然信じてくれなくて、“からかってるの?”とか言うんだよっ!ひどいでしょ?」

「交信相手が偶然にも戦車道大会の優勝チームの一員だなんて、信じられなくても無理はない。」

でんぐりを広げる麻子さんの冷静な指摘に沙織さん、ぷくぅ、と膨れっ面。そんな姿が可愛らしくて、わたしも少しだけ頬が緩む。

「…どうしたのみぽりん?」

沙織さんは、目敏い。うまく笑えていなかったわたしを心配そうに覗き込んでくるので、なんでもないよ、とその場を取り繕う。

「その方の写真とか、無いんですかぁ?」

「あるよあるよっ!ほら見て見てっ。」

輪っかの飾りを作りながら尋ねる優花里さんに応えて、携帯の画像を見せてくる。

写真の彼は短めの髪をアップにして、顔立ちは比較的整った感じ。少しはにかんだ笑顔が温厚そうな人柄を想像させる。だけどその写真で本当に注目すべき点は別にあった。

彼の装いはしっかりと設えた飛行服。右手には航空眼鏡。背景には一機のプロペラ飛行機が駐機している。

「ひょっとして彼、戦闘機道の選手なんですか?」

「そうなんだぁ。ハムも選手としての幅を広げたくて取得したんだって!」

「後ろの戦闘機、五式戦じゃないですか!結構なレア機ですよ!きっと相当腕を買われてるんですね!」

意中の彼の意外な素顔に、思わず話題が盛り上がる。でもその輪にわたしは、素直に加わることが出来ない。

ふと視線を傍らのⅣ号戦車に向ける。シュルツェンの両側に笹竹を括り付けられたⅣ号は一見するとカモフラージュに見えなくもないけど、笹竹は無数の七夕飾りでデコレーションされていて、少なくとも欺瞞効果は疑問の程だ。

七夕の今日。何時ものように会長の思い付きで、七夕飾りで戦車を飾り付けることになったわたしたち。倉庫前の広場ではわたしたちの他にもチームメイト達が乗機を飾り付けていた。

星の河を舞台に、織姫と彦星が愛を確かめ合う日。沙織さんの前に現れた彦星様は、どこか遠いところに沙織さんを連れていってしまうのだろうか。鵲の橋の代わりに、しろがね色に輝く戦闘機に乗って。

「みぽりんっ。ハイこれ!」

そう呼び掛けられると、沙織さんから黄緑色の短冊を差し出される。今度はどうにか沈んだ気持ちを顔に出さずにいられたみたい。飾りつけは既に終わり、次はいよいよ願い事を書いた短冊を吊り下げる段。

 

わたしはこの短冊に、何を願えばいいのだろう。

沙織さんはあの短冊に、一体何を願うのだろう。

二人の願いが相容れないものだったとき、織姫様と彦星様は、果たしてどちらの願いを叶えてくれるのだろう。

考えても答えは出るはずもなく、わたしは自分の想いに少しだけ霞を掛けて筆を走らせた。

 

「それにしてもこれは…珍妙ない出で立ちでありますなぁ…」

「隠れたいのか目立ちたいのか、なんともチグハグだな。」

「あら、でもとても優雅で、風流な姿だと思いますけど。」

「そんなことよりっ!ほら短冊吊るそうよ!」

改めて見てもおかしな格好のⅣ号に駆け寄り、それぞれに短冊を吊るすわたしたち。お互い、どんな願い事を書いたのか覗き見を始める。

「ゆかりんってば、レア物戦車グッズが欲しいとか現金過ぎぃっ!」

「わぁああっ!見ないでくださいぃ~!」

「麻子さんはお婆様が長生きできるように、ですか。本当にお婆様思いですね。」

「そう言う五十鈴さんは砲撃の腕をもっと極めたい、か。願いを掛けるまでもない気がするがな。」

三者三様の、とても“らしい”願い。自然とわたしと沙織さんの願いにも目が向けられる。

「みぽりんは、どんなお願い事した?」

「えっと、沙織さんこそ、どんな?」

そう言うと、お互いの短冊を見せ合う。そこに書かれていたのは。

 

 

 

“みんなともっと一緒にいられますようにっ!”

“これからも、皆と一緒にいられます様に”

 

 

 

「ちょ、ちょっとみぽりんっ!?一体どうしたのっ!?」

狼狽えながらわたしに呼び掛ける沙織さんの声に、ふと我に返る。華さんも優花里さんも麻子さんも、心配そうにわたしを見つめている。頬に冷たい感覚を覚えて、わたしはようやく自分が涙を流していたことに気付いた。

大丈夫、違うの。沙織さんと一緒のことを願っていたと思うと、嬉しくて…再びその場を取り繕うと、沙織さんはやだもー!と感激の叫びを上げる。

「てっきり沙織の事だから、“意中の彼と結ばれますように”とでも書くかと思ったがな。」

「麻子ってばひどぉい!」

「でも、本当に素敵な偶然ですわね。二人とも同じ願いだなんて。」

「うん。もちろんカレシだって欲しいけど、やっぱりみんなが一番大切だもん。」

 

違うの。

わたしは、自分の気持ちを誤魔化した。

皆と一緒にいたいという気持ちは、嘘じゃない。でも、わたしが本当に願いたかったことは。

 

沙織さんと、ずっと一緒にいたい。

いやだよ、沙織さん。織姫様なんかにならないで。彦星様の下になんか、行かないでよ。

わたしの彦星様に、なってよぅ。

 

そんなこと、絶対に言えるはずもなくて。

照れ混じりで微笑み掛ける沙織さんに、わたしは本当の気持ちを押し込めて微笑み返した。

 

おわり

 


 
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