No.849253

【新2章】

01_yumiyaさん

新2章。続きもののようななにか。独自解釈、独自世界観。捏造耐性ある人向け

2016-05-23 22:48:23 投稿 / 全14ページ    総閲覧数:999   閲覧ユーザー数:989

【砂縛の解放】

 

迷ってもいいのだから、

道はたくさんあったほうがいい。

 

それを自分で選べることが、

「自由」というものなのだから。

 

 

 

ひんやりとした石壁と無骨な鉄格子で作られた狭い一室で、ひとりの少年が目を覚ました。

世間一般的には牢屋と言われるこの部屋には窓など付いていない。

つまり目を覚ましても朝だか昼だか夕だか夜だかの判断など出来ず、少年が目を覚ましたときが1日の始まりで、少年が力尽き意識を失うときが1日の終わりだ。

気の狂いそうな毎日だがもう慣れた。少年はぼんやりとした頭でぐっと伸びをし身体に「朝」だと合図を送る。

さて、今日も元気に脱獄しようか。

好戦的な眼で、少年は不敵に笑った。

足枷手枷、錘を付けられ、牢に囚われているこの少年の名をロックという。

 

はじまりは、日付の感覚が無くなってから久しいため正確ではないが、数ヶ月前に遡る。

大陸の西側にあるピラミッドを拠点としていた魔王が、突然人を狩り始めた。

土の気質が非常に強かったロックは早々にとっ捕まり、ピラミッド内の檻放り込まれる羽目となる。

その後の外の動向は一切わからなかったが、日に日に捕まる人数が増え賑やかになっていったことから順当に捕獲されているのだろうなと予測は出来た。

理由もわからずとっ捕まり牢に囚われるのだから、ロックは当然のように「なにしやがる!」と暴れ逃げ出そうと画作する。

が、容易く抑えられ他の人間にはない枷を付けられてしまった。

枷はロックの動きを阻害し一時的に彼を抑え込むことに成功したが、友人たちが容赦なく捕らえられ乱暴に扱われたのを見たとき、ロックの怒りは爆発する。

怒りのままに枷を付けたまま暴れれば、今度は重りを追加された。

囚われている人間で、枷と重りを付けられたのはロックのみ。

ひとりだけ特別扱いの破格の待遇に、ロックは「いつかぶっ殺す」と重低音を響かせる。

それすら魔王には鼻で笑われてしまったのだが。

 

そんなこんなでピラミッド内では「要注意囚人」と判断されているロックは、他の捕まった人間たちとは違い、人気のない牢へとひとり放り込まれていた。

暴れるまでは、他の囚人と同じく乱雑な大部屋に入っていたのだが。

…そう、"大部屋" があるのだ、この牢屋群には。

捕まったとはいえ、大人数が同じ場所にいる。力を合わせれば誰かが脱出・救援を呼べるかもしれないのに、大部屋にいる奴らはそれをしようとはしない。

その事実がロックを苛立たせる。

 

「力を合わせれば、出来るのに」

 

ギリと己の爪を噛み、ロックは険しい顔で呟いた。

イラついているロックには悪いが、この世界で "力を合わせる" など不可能な話だ。誰も彼も己の幸せと損得だけで動いているのだから。

例え、力を合わせようと動く人間がいたとしても、それはほんの一握り。

その人たちは、絶対に報われることはない。踏み台にされ、仲間ヅラした卑怯者たちの餌になるだけなのだから。

そんなことばかり繰り返されれば、力を合わせようなんて考えなくなるだろう?

 

人は、恨みは忘れない癖に、受けた恩はすぐに忘れる生き物だ。

自分の損になるなら、他人を犠牲にしてでも免れようとする生き物だ。

我欲に駆られて行動し、失敗すれば自分以外が悪いと騒ぐ生き物だ。

 

守る価値など、信じる価値など、

救う価値など、粉微塵もない。

 

それでも、

守りたいと信じたいと救いたいと、

行動する人間を、そしてそれを成した人間のことを、

英雄と勇者と救世主と呼ぶ。

 

"今"は、それに該当する者などいないのだけれど。

 

 

ぺしんと己の頬を叩き、ロックは気持ちを切り替える。

苛立ちをぶつけるべきは魔王。

自分を友人たちをこんな目に合わせている魔王に対し思い切り拳を叩きつけるのが道理だと、強い目付きで鉄格子を睨み付けた。

こんな狭っくるしい牢から出て自由になるのだと、ロックは己の拳に力を入れ込める。

 

「…っせえの!」

 

全身全霊、ありったけのパワーを乗せて、ロックは鉄格子に拳を叩きつけた。

手入れの悪い鉄格子は、岩のように硬いロックの拳に競り負けて、ドォンと大きな音と破片を舞わせながら崩れ去る。

何度目だったか忘れたが、ロックは己を閉じ込めている牢から解き放たれた。

ヒュウと息を漏らし、それでも警戒は怠らず、辺りを見渡しロックはぽつりと呟く。

 

「さて、…ここはどのあたりだ?」

 

ピラミッドの内部は広い。

外に出ている部分も大きいのに、さらにその下にも続いている。

肌で感じる空気からここは地下のどこかだろうと予測は出来るが、厳密な場所はわからない。

わからないなりに、外へ出るなら地上を目指せばいいだろうとロックは階段を探し歩き出した。

邪魔な枷に邪魔な鎖、重い錘を引きずって、ロックはただただ上を目指す。

 

「つうかそろそろ太陽が見てぇ」

 

人間はある程度の日光が必要だとは聞くが、この数ヶ月でそれを実感していた。

日光を浴びねばどうにも調子が出ないのだから。

ガランゴロンと音を響かせ、ロックは恋い焦がれるように廊下を歩く。

人気のない薄暗い廊下をひとりでゆっくりと。

自由を求めて前へ進んだ。

 

ここは狩場。

そうこれすらあの魔王にとっては

玩具で遊ぶこと以外の意味を持たない。

逃げようとする玩具を見付け出す遊び。

さあ、ゲームスタート。

 

 

■■■

 

ずりずりと枷を引きずりながら、ロックは前だけを見て歩んだ。

警戒しながら薄暗い廊下を進むと、ようやく扉が見えてきた。

造りのせいか、その扉の隙間からは光が漏れている。

あの扉から、外に出られるはずだ。

自分の足で、外へ。

 

重い錘を引きずりながら、ロックは光射す方向へと足を速める。

あと少し。

縋るように外へと伸ばした手は、直前でピタリと止められた。

 

「ハイ、残念☆」

 

すこぶる明るい声とともに、ロックは頭をがっしりと掴まれ身動きが出来なくなる。

息を飲むロックは掴まれた頭をぐいと引かれ、無理矢理その主と視線を合わされた。

そこにいたのはこの監獄で働く獄卒ふたり。

彼らはニコリと笑って、楽しそうに声を出した。

 

「恐怖にも絶望にも、鮮度ってものがあるのよ」

 

楽しそうに笑いながら、獄卒ふたりはただ語る。

希望が絶望に変わる瞬間が、最も美しく最も素晴らしいのだと。

つまりロックは泳がされていただけだった。わざと抜け出せるように見張りを緩くし、外に出られると希望を持たせあと一歩の所で捕まえる。

ロックの希望が絶望に変わる瞬間を味わうために、瑞々しい絶望を愉しむために、あえてロックの監視を緩くしていた。

 

常々絶望している人間に面白味など全くない。

希望が潰えた瞬間こそが、その感情の起伏こそが、獲物を追い詰める際の醍醐味。それこそが心地よい酔いを与えてくれる。

神は英雄を愛し希望と正義を愛す一方、絶望と苦痛を与えることを何よりも愛す。

だって、人の悲鳴というものは、汚辱に塗れた表情は、他人を蹴落とし嘲る声は、人が流す血と曝け出す臓物は、ただひたすらに美しいのだから。

神はそれが美しくなるように造形したのだから。

 

神は望んでいる。

生きた人間が絶望と苦痛に塗れることを。

なんせ人が人を殺した数よりも、神が人を殺した数のほうが比べものにならないくらい多いのだから。

ああ、この事実を天使に説けばどんな顔をするのだろうか。

あのすまし顔を、全てを見下したあの顔を、歪ませることくらいは出来るだろうか。

生きよ、などと容易く人を殺す生物に説かれても説得力などないというのに。平気な顔をしてそれを言う天使の神経が理解出来ない。

どこまで独善的なんだあの生物は。

 

笑いながら彼らはロックを殴る。時には吹き飛ぶくらいの威力で、時には壁に思い切り叩き付けて。

紅く染まり苦痛に呻くロックを再度潰せば、いつしかロックは抵抗も声も失った。

動かなくなったロックをひょいと抱えあげ、彼らはロックを牢屋に運ぶ。

さて、今回のゲームはこちらの勝ち。

逃げた玩具は箱の中に戻された。

 

 

気を失ったままのロックはポイと牢屋に放り込まれる。

ロックが脱走前に入っていた牢は無残に壊されてしまっていたから別の牢ではあるのだが、そのことに中の住人は気付かない。

ボロボロの身体で床に突っ伏したままだから。

彼から流れる血の色が、無骨な床を紅く染めるだけ。

彼の周りの空気が弱々しくも動くため、まだ生きていると判断出来る。それだけの永く短い時間が流れていった。

 

■■■■

 

痛む身体に起こされて、ロックはゆっくり目を開く。

あれからどのくらい時間が経ったか判断出来るものは何ひとつない。が、ロックは重い身体を無理矢理起こし、ぼんやりとした視界を瞬かせた。

立ち上がりたいが手足が言うことを聞かない。

短い呼吸で必死に酸素を送りながら、ロックは這うように壁へと向かう。

冷たい壁へ身体を縋らせ、ロックはようやく深い息を吐き出した。

顔に手をやれば乾いた血がこびりつく。同時に痛みを再発し、ロックは小さく悲鳴を漏らしながら抑え込むように丸まった。

顔を苦痛に歪ませながらロックはギリと歯を噛む。

これでは脱獄なんて出来やしない。

傷付いた己の身体を抱きながら俯き「クソッタレ」と小さく呟いた。

その言葉は、まるで己に言うような、なんとも言えない音階で。

普段の彼からは想像も出来ないような音で、彼は小さく大気を揺らす。

 

「いたい、よ…」

 

と。

 

 

■■■

 

しばらくロックは大人しかった。

傷が癒えていないというのもあるが、それ以上に心が疲れている。まああれだけ痛めつけられ治癒もされなければ並の人間ならば弱るだろう。

元気に動いていた玩具が急にピタリと動きを止めたから気になったのだろう。

魔王がロックの牢を訪れてきた。

牢に入るや否やロックを掴み壁に向けて叩きつけるが、それでもロックは反応を示さない。

床に転がったまま淀んだ目で虚無を見つめるロックを見て、魔王も壊れたかとつまらなそうな視線を送る。

壊れたならばまた別の玩具を使えばいいと魔王は笑い、ロックの牢を後にした。

 

それからまたしばらくして、いまだにロックはぼんやりと牢の中で過ごしていた。

そんなロックに懐かしい声が掛けられる。

はじめは明るく、次に戸惑ったように、その次は必死に。

その声の主はロックの名を何回も呼ぶ。

それでもロックは反応しない。パニックになったのかその声が泣き声のような音を含めはじめた頃、ようやくロックは顔を上げた。

 

「ロック!」

 

「…、……………ぁ?」

 

ロックが目線を上げればそこには懐かしい友人の姿。ただまあロックが焦らしすぎたのか、彼は半泣きだったが。

必死に檻の隙間から手を伸ばす友人を見て、ロックは掠れて音の外れた声で言葉を返す。

 

「……タ、クス?」

 

ロックが彼の名前を呼ぶと、タクスは顔を輝かせ「よかった生きてた」と安堵の音を漏らした。

ピクリとも動かないから心配したと、目に溜まった涙を拭いながらタクスは語る。

「アホぬかせ」と音を出したかったが、長期間声を出さなかったせいか上手く声が発せない。むせるだけに留まった。

声の出し方、忘れちまった。

咳き込みながら喉を押さえるロックを見て、タクスは無理するなと首を振る。

 

「…だい、ジョ、ぶ」

 

「大丈夫に見えないから言ってるんだ。いいから無理するな」

 

無理矢理声を出し意思を伝えたロックだったが、呆れたような表情のタクスに諌められた。

相変わらず、己の喉が奏でる音は普通の音程から外れてしまう。

ぼんやりしたままロックはタクスの方へ近づこうと身体を這わせた、が、途中でビンと動きが止まる。

縛である錘が邪魔をして、そこから先に進めない。

少し前まではこんなもの、容易く引きずることが出来たのに。

錘に付いた鎖に手を添え、動かそうと引っ張った。

ちょっと前まで動かせたのだから、これくらいは動かせるハズだと必死に力を入れるが、どうにも全く引っ張れない。

力が入らないと、ぼんやりと濁った目に戻るロックに、タクスは「大丈夫か?」と手を伸ばす。

柵に阻まれタクスの手はロックの場所まで届かない。

それでも腕を伸ばし指を伸ばしロックを心配するタクスを見て、ロックもタクスに向けて手を差し出した。

方や柵に阻まれ、方や錘に阻まれ、両者の手は届くか届かないかギリギリの距離。

触れ合えたのはほんの一瞬。互いの指先をかすかに掠める。

 

それでも、ロックは暖かさを感じた。

ほんの一瞬、ほんのかすかに触れただけ。

けれども確かに暖かかった。

触れたその場所からじんわりとぬくもりが広がり、ロックの身体に伝わっていく。

そして、

 

「痛っ…、てー!?」

 

じんと指先から痛みが広がった。

殴られた頭の痛みを思い出した。

叩き付けられた全身の痛みを思い出した。

そしてロックは、

自分がまだ生きているということを

思い出した。

痛みを感じることが出来るのは

自分が生きているの証拠なのだと気付いた。

 

急に大声を出して悶えるロックに驚き、タクスはオロオロ戸惑うことしか出来ない。

痛みに悶えながらも、ロックは泣くような笑顔でこう言った。

 

「タクス、凄え。なんか俺全身痛い」

 

「…お、おう?」

 

オレは全身 "まだ生きている"。

そういった意味を含めて思わず発した言葉だったが、タクスには上手く伝わらなかったらしく戸惑うというか若干引かれた。

そりゃまあ痛いのが嬉しいと言わんばかりの態度を眼前に晒されたら、普通の人間は軽く引くだろう。

 

不思議そうな表情を浮かべるタクスに構わずロックは笑う。

あのときから頭の中にかかっていたモヤがすっと消え、声も普通に戻ってきた。

適度に痛みを感じるのは必要だなと実感しつつ、コツンと己の頭を叩く。

 

腐っていても現状は良くならない。

まだ生きているのに死人同然の生活の何が楽しいのか。

そうだまだ自分は生きているのに。

ロックという名の人間は、まだ死んでいないのだから。

 

身体の回復にはもう少し時間がかかりそうだが、手も足も全身まだ動ける。

前はあっさり潰されたが今度こそ。

我慢する、我慢してやる。

そうすれば次堪えるのが楽になる。

そしてまた失敗しても、その次はもっと楽になる。

成し遂げんとしたことを、

たった1回の敗北によって捨ててはいけない。

諦めてやるものか。

オレはいつか必ずここから出るんだ。

 

パンとロックは己の頬を叩く。

彼の眼は先ほどまでの濁った色は消え失せて、明るい光が宿っていた。

 

 

気合を入れ直し、再起動したロックは少し考え首を傾げる。

そういえば、何でタクスはここにいるのだろうか。

しかも檻の外に。

それを問えばタクスは「連れてきてもらった」と困った顔を見せた。

 

「…今度、コロシアムに出ることになったから、ボーナス、だって」

 

「コロシアム?」

 

ロックが首を傾げれば、タクスが軽く説明をする。

その説明によると、魔王たっての希望によりコロシアムを使って捕まえた人間を闘わせるらしい。

砂漠に住む人間を捕まえていたのはこのためかとロックは呆れ、そんなものに出なくてもいいだろうと不機嫌そうに鼻を鳴らす。

しかしタクスは目線を逸らし、曖昧な返事をするばかり。

煮え切らない態度のタクスを怪訝に思い、ロックは問い詰めようと口を開くがそれは不自然に甲高い声に遮られた。

 

「はい、おしまい」

 

声のしたほうに目を向ければ、そこには以前ロックをボロボロにした獄卒のゴズとメズふたりが立っている。

当時のことを思い出しロックが殺意を含めた瞳で睨み付けると、獄卒ふたりは目をパチクリさせ互いに目配せしあい愉しそうに笑った。

そんなふたりの態度に更に殺意を増大させながらロックが「なんだよ」と憎まれ口を叩けば、「面会時間おしまいよ」とゴズはタクスをひょいと持ち上げる。

 

「はあ!?待っ…!」

 

「このコともっとオハナシしたければ、アンタもコロシアムに出なさいな」

 

引き止めようとするロックを遮って、メズがケラケラ笑いながらウィンクして言葉を残し去っていった。

報告しときましょ、と跳ねるように立ち去るメズを追いかけてタクスを摘んだゴズも去り、ロックだけが残される。

完全に小馬鹿にした彼らの態度に怒りも露わに舌打ちし、ロックは壁をドカンと叩いた。イラつく。

何故今になってコロシアムなど開催するのか。人数が足らなかったはずはない、人間が捕まり出してからそこそこの期間が経っている。

そういえば、ぼんやりとしていた時期に魔王がなんか言っていた。

「壊れたなら新しい玩具で遊べばいい」と。

玩具だったロックが使い物にならなくなったから、今度はコロシアムで遊ぶつもりなのだろうか。

新しい玩具を闘わせて。

 

「っ!"新しい玩具"がタクスのことだったら承知しねーぞコラァ!!」

 

人気のない監獄に、ロックの怒声が響き渡る。

その声は、虚しく土の中へと吸い込まれていった。

響く己の声が薄れていくのを聞いて、ロックはイライラしながら己の爪を噛む。彼の爪はハタからみても痛々しいと感じるほどになっていた。

 

■■■

 

…多分、タクス本人も獄卒たちも魔王も語らないだろうが、タクスがコロシアムに出るのには理由がある。

条件を呑んだだけだ。

 

元より監獄に捕まった人間は、反抗し脱獄しまくるロックが痛い目にあわされているのを見て萎縮していた。

反抗したら自分もボロボロにされるだろうと。

つまりは他の囚人たちから脱獄する意思を奪っていたのは他ならないロック自身であり、監獄内に絶望を与えていたのはロック本人なのだが、

そんな中にもチャンスを窺っている人間が数人いた。

時期を見計らい仲間を助けようと、監獄から出ようと、いまだに希望を失わない人間が。

 

そういった輩を見分けるのは簡単だ。

ただ拘束すればいい。

人間、拘束されれば不安に陥り卑屈になるものなのだが、そうならず堂々とし臆する態度を見せない人間が一定数存在する。

そんな彼らはいつかなにかをやらかしてくれる。それは脱獄だったり寝返りだったり反抗だったりと様々だが。

そして困ったことにこのピラミッド内の監獄にいる彼らは、総じて正義感が強く、ここの主人に敵意を抱いていた。

放って置けば魔王たちが痛手を負うのは必須。

それは面白いが面白くない。己の玩具が好き勝手動くのを、ここの主人は良しとしない。

ならばと魔王は考えた。

 

彼らをコロシアムで闘わせて潰し合わせればいい、と。

 

娯楽にもなり反抗の芽を容易く摘める。よい考えだと魔王は思った。

とはいえ彼らは命じても素直に従わないだろう。彼らは魔王に対して臆する気持ちを持っていない。

だから条件を出した。

「コロシアムに出れば周りの人間の身は保証する」

「勝ち抜けばココから出してやる」

その条件を聞いて、彼らは不承不承ながらも頷く。その条件に、希望を持ってしまったから。

 

タクスがコロシアムに出て見世物になる道を選んだのは、自身が勝ち残っている合間のロックや仲間たちの安全を確保するため。

彼に問えばまあ、勝ち抜けば出られる、の方を語るだろうが。

わざわざ自己犠牲を語るような性格ではないのだから、誤魔化すだろう。

彼が条件を呑んだため、監獄にいる人間が無駄に痛めつけられることは無くなった。

 

タクスの尊い犠牲によって、身の安全は確保されたロックだったが、彼にそれを知る術はない。

変わらず元気になったら暴れ、ペナルティを受けるだろう。

魔王としても、流石に脱獄しようと大暴れする人間を見逃すことは出来ないのだから。

タクスとしては困るだろう。せっかく己を犠牲にしてまで危害が及ばぬよう取り計らっているのに、それを無駄にされてしまうのだから。

 

まあ運命とはそういうもの。

神は、全身全霊使ってようやく乗り越えられる壁しか用意しない。

壁を越えるか、諦めるか、それはその人のやる気次第。

ま、諦めたらそこで終わってしまうのだけれども。

神はとことんドSだが、友愛や親愛も大好物。これさえ頭にあるのなら、壁を越えるのは幾分か楽になりますよ。

 

さあ、

彼らはどう動くだろうね?

 

 

■■■■

 

ひんやりとした石壁と無骨な鉄格子で作られた狭い一室で、ひとりの青年が目を覚ました。

檻のサイズは青年の体躯に合わず、かなり手狭な牢屋で青年はぐっと伸びをして身体に「朝」だと合図を送る。

変わらない監獄生活で、青年は好戦的な眼でニヤリと笑った。

さあ、今日も日課の脱獄をしようか。

不敵に笑った青年の名を、ロックという。

 

ロックの思考は幼いときから変わらない。

変わったことといえば体躯が伸びて力もついたくらいだろうか。

脱獄常習犯のロックは、今日も元気に脱獄の計画を練り始めた。

諦めるほど、ヤワな精神していない。

 

今迄数えきれないほどの脱獄と破壊を繰り返したロックは、獄卒たちにうんざりした顔で今迄より大きな枷を付けられた。

それは巨大な首枷で、更には大きな錘も付いている。

流石のロックも付けられたときは凹んで萎えてしまったのだが、しばらくそれとともに過ごすうちに「あれ?これ振り回せば良くね?」と気付き、思い切り鎖を引けば錘は見事に鉄格子を破壊した。

動きを制限するための道具すら脱獄に使われ「アンタそろそろいい加減にしなさいよ!」と獄卒たちもマジギレしたのだが、素知らぬ顔でロックは脱獄を繰り返す。

俺にこんなもん付けるからいけない。

 

「…ロック、今日も元気だな…」

 

今日はどうやって脱獄してやろうかと悩むロックに呆れたような声色が降りかかった。

顔を向ければそこにはタクスが声と同じく呆れた顔で立っている。

立っていると言っても鉄格子を挟んでいるわけだが。

あのときから、タクスは稀にロックの檻を訪れる。コロシアム参加者はある程度自由に動き回れるのか、それともこっそり脱走しているのかはわからないが。

多分後者だろうとロックは予想している。こいつは割と大人しそうな顔をして、やることはやる人間だ。

独房に居るロックには噂話などあまり入ってこないのだが、脱獄するたびに敵味方問わず両方から耳に入る「コロシアムで勝ち進んでる奴がいる」というささやかな話。おそらくタクスのことだろうと予測していた。

あいつも頑張ってるみたいだな、と一方的ではあるが励まされ、脱獄の活力となってはいたのだが実際目の前で当人を見ると素直にそう言うのも気恥ずかしく、また「お前俺に絡んでる場合か」という気持ちも生まれ、ロックは爪を噛みつつ不機嫌そうに声を漏らす。

 

「…ああまあそうだな。そろそろ太陽浴びねーとカビる」

 

膨れた顔で腕を組みそう吐き捨てたロックに、呆れたようにタクスは「まだ怪我治ってないだろ?」と溜息を吐きつつ指摘した。

連日の脱獄騒ぎの攻防でロックの身体には生傷が絶えない。それでも諦めない精神を、褒めるべきか呆れるべきか。

指摘されればロックはぷいとそっぽを向き「こんなん屁でもねえ」と憎まれ口を叩くが、無理をしているのは傍目からでもわかる。

少しでも休まないと壊れてしまうだろう。そう考えたタクスはどう説得しようかと頭を悩ませる。

が、その思考はロック本人によって遮られた。

 

「俺にとって太陽ってのは、お前にとってのララみたいなもんなんだよ」

 

「は!?」

 

突然突飛な発言をされ、というか急に仲間の女の子の名を出され、タクスの口からは素っ頓狂な声が漏れる。

言葉がうまく繋がらず、真っ赤になりながら「は」とか「な」とか「ラ」とか途切れ途切れの音を奏でるタクスにニィと悪戯気味の表情を見せ、ロックは人差し指を天に向けた。

 

「いやほら、どっちも長いこと会わないと精神的に腐るだろ?寂しいだろ?物足りないだろ?…ホラ、おんなじ」

 

「ララとはそういう仲じゃないし!」

 

ララ、とは本名をランチュラという。

エキゾチックな魅力を持つ女の子のことで、彼らからすれば幼い頃から一緒につるんでいた仲間であるのだが、このランチュラとタクスはそれはもう「なんでお前ら付き合ってねえの?」と言いたくなるくらいは仲睦まじかった。

具体的な内容は一切言っていないにも関わらず、真っ赤になってブンブンと首を振る時点で自白しているようなものだが、タクス本人は否定するつもりらしい。

お互いを愛称で呼び合っていたし、どんな時でもさり気なく横に移動してなんだかんだでペアになっていたし、ふたりきりで出掛けたりもしていたらしいし、タクスと会話すれば「そういえばこの間ララがね、」といつの間にかランチュラの話題にすり替えられたりしていたのだが。

むしろこの状態だったふたりが「付き合っていない」ならばどういった状態が「付き合っている」なのか、些か疑問に陥る。

そんなランチュラだが、彼女は監獄に堕ちてきてはいない、と言い切る自信がロックにはあった。

だってもしランチュラが監獄にいるのならば、タクスは真っ先にランチュラの所に通い、隙を見てランチュラを逃がすくらいの芸当はやってのけるだろうから。

ロックの所に来ている暇などないだろう。つうか最悪ロックのことなど頭に浮かびすらしないかもしれない。

つまりタクスがロックに会いに来ている現状、ランチュラは捕まっておらず無事逃げきっている、と判断することができるわけだ。

それは同時に、外にまだ生き延びた仲間がいる、ということを示してはいるのだがここまで音沙汰無いと外からの助けは願うだけ無駄だと考えたほうがいいのだろう。

そこまで考えロックは呆れたように目を閉じる。

今日はあれだやる気失せた。ならばそうだな、今日は…

 

「…お前ホント、…ララ大好きだよなあ…」

 

タクスで、遊ぼう。

そう思いロックがぽつりと呟けばタクスはさらに顔を赤くし、よくわからない言い訳を並べ始めた。

何故そこまで頑なに好意を否定するのか。

 

「…難しいお年頃ってヤツか?」

 

「同い年だろ!?」

 

みゃーと悲鳴のような声をあげ、タクスがツッコミを入れてきた。

そのまま説教なんだか言い訳なんだか混乱してるんだかよくわからない言葉をぶつけてきたが、軽く聞き流すことにする。

そのうちいつも通り、タクスの話はいつの間にかランチュラの話題に変わるだろう。それまで少しの辛抱だ。

 

長い監獄生活。

たまにはこういう日が有ってもいいかもしれない。

タクスの言い訳を聞き流しつつ、ロックは大きく欠伸を漏らした。

少しだけ、息抜き。

 

 

■■■

 

タクスが訪ねて来てくれたことで気も晴れ、少しばかりの休息を得たロックは次の日何度目かの脱獄を実行した。

ふうと大きく深呼吸をし、集中し、いつも通り己に括り付けられている錘をガシャンと鉄格子に叩き付け、

…たのだが、派手な音を響かせただけで鉄格子はヒビすら入らない。

「あ?」とロックは不機嫌半分驚き半分の声を漏らすが、それはいまだに響く衝撃音に掻き消されていく。

どうやらあっちこっちの牢屋を壊されたことに怒った監獄の長が、ロックをとても丈夫でしぶとい檻に突っ込んだらしい。

これでは鉄格子を壊せない。出られない。

というか今の音で看守が飛んでくるだろう。それだけ派手な音だった。

脱獄すら出来ていないのに、このままではまた殴られる。

予想外の出来事と、こんな所に放り込まれた怒りが合わさってまた彼は爪を囓る。噛みながら考えるが現状を打破する術は思いつかなかった。

「畜生」と荒れた口調とともにロックが牢屋の壁に拳を叩きつける。

するとガンと大きな音とともにパラリと欠片が零れ落ちた。

キョトンとしながら零れ落ちた壁の欠片と、己の拳に付着した壁の破片を交互に見比べ、少し考えロックは笑う。

 

「……、ほう?」

 

鉄格子は非常に丈夫な素材らしい。

しかしどうやら壁の方は、そこまで丈夫じゃ、ないらしい。

 

それに気付いたロックの行動は早かった。

「いっちょ暴れっか!」と嬉々とした声を響かせ、ロックは思い切り壁に向けて錘を力の限り振り下ろす。

建物全体が揺れるような大きな衝撃音がしたかと思うと、壁がガラガラと崩れ落ちた。

 

「はははっ!部屋広くなったじゃねーか!」

 

ぽっかりと大口を開けて佇む壁だったモノを眺めて、ロックは若干斜め上の感想を漏らす。

廊下までこれを続ければ出られそうだと楽しそうに軽く腕を回す。

何回壊せばいけるだろう。

しくじった、この檻の位置を把握していない。

タクスに聞いときゃ良かったな、と頭を掻いてロックは鉄格子へと近付いた。隙間から確認出来るだろうか。

檻の位置を確認しようと鉄格子の隙間に頬を寄せれば、突然影がロックを覆う。

こんなところに来るヤツなんて、タクスかもしくは敵しかいない。

そしてタクスならひとことふたこと声を掛けて来るはずだ。

ならば今、ロックの前に居て見下ろしているのは。

 

相手を粗方予想しながら睨みつけるように目を向ければ、そこにはこの監獄の長、獄長が「マジ巫山戯んな?」とでも言いたげな表情で鼻息荒く立っていた。

そりゃまあ、そうだ。壁破壊されたら看守としてはキレるだろう。

そんな獄長の怒りを無視してロックは間に合わなかったかと露骨に舌打ちをしてみせた。

ロックの態度に怒りが倍増したのか、獄長はロックの牢屋の前にどかっと座り込み睨みつけながら宣言する。

 

「これからはアタシがいつでも見守っていてアゲル」

 

「うるせえ」

 

ロックが俺はここから出るんだという意思を見せれば、獄長はこれ以上牢屋というかピラミッドを壊されてたまるかという意思を見せる。

両者が両者ともメンチを利かせ、しばらく無言の攻防が続いた。

それを終わらせたのは獄長。うんざりしたようなため息を吐き、ロックを見つめて提案する。

 

「そんなに体力有り余ってるならコロシアムに出る?」

 

「なんでわざわざ見せモンにならなきゃいけねーんだよ」

 

不愉快そうにその提案に噛み付いたロックだったが、獄長の次の言葉にピタリと止まった。

それは非常に魅力的な提案だったから。

苦々しい顔を浮かべながらも、ロックはその提案を受け入れることとなる。

 

獄長の言った言葉はこうだ。

『コロシアムに出るなら、一時的にだけど外に出られるわよ?』

コロシアムは太陽の照りつける屋外に設置されていた。

明るい日の差す外。

それはロックが長い間恋い焦がれていたものだ。

何日ぶりが何週間ぶりか何ヶ月ぶりか、もはや覚えていないのだけれど、太陽の元に解き放たれるのであれば、ロックはそれに抗うすべを持たない。

それほどまでに想い愛しく欲していた。

暖かく優しい光のことを。

 

彼は、この地に住む人間の気質を最も色濃く受け継いでいた。

"たとえ光に見放されようとも、生き抜く"

その気質を。

だから彼は日の当たらない監獄内でも、ただ生きようと諦めず抗うのだ。

昔々、同じような人間が派手に宣言した言霊通りに。

それでも本能的に遺伝的に本質的に欲していた。

己を照らす"光"を。

 

いやはやとても興味深い。

何百年と経っているのだが、あのときからずっと、途切れることなく道は続いている。

地上を選んだそのときから、光を得たそのときから、彼らがともに築いた道は今や彼に繋がっていた。

不思議なことに他の人からはあまり感じられないのだが、ことこの彼からはあのときと同じ気質を強く感じ取れる。

似ている部分などほとんどないのに、魂の輝きが同じだとは。

本当、とても興味深い。

 

■■■

 

 

獄長に連れられて、ロックが屋外にあるコロシアムに足を踏み入れれば目の眩むほどの強い光が彼を襲った。

「まぶしい」とロックは目を細めるがその表情に不快感など浮かんでおらず、一瞬だけ、口元だけで穏やかな笑みを作る。「やっと逢えた」と言わんばかりの安堵した顔。

まあその笑みは枷に阻まれ第三者が視認することなど出来なかったのだけれども。

 

多少目が眩みはしたがすぐに明るさに慣れ、ロックはコロシアム全体に視線を送る。

観客席には大勢が座っており、一際派手な席には魔王の姿も確認出来た。

当然だろう。このコロシアムの主催は魔王なのだから。

ロックは迎賓席にいる魔王を怒鳴りつける。

 

「おい!さっさとこいつを外せ!」

 

枷を付けたまま闘わせるつもりかと噛み付けば「フン」と鼻で笑われた。

ロックの枷を外す気はないらしい。

勝たせる気ねえな?とロックが魔王を睨み付けるが、楽しそうな笑みを返されただけだった。死ねばいいのに。

 

「ま、有り余ってる体力使って好きに暴れなさいな」

 

イライラしているロックを放置し、獄長は足取り軽くその場から立ち去っていった。

これで体力消耗してくれればいいと思っているのだろうが、生憎ロックの怒りと苛立ちばその程度で発散出来そうもない。

 

「俺を解き放ったことを後悔させてやる」

 

そう吐き捨てて、ロックはガンと己の拳をぶつけ合う。

枷や錘でこの滾る気持ちを押さえこめるはずもなく、コロシアム会場そのものを壊すかのようにロックは暴れ回った。

飛び道具さえ持っていたら、あの迎賓席にいる魔王にも一撃くらわせることが出来るだろうに。

石つぶて程度ならば事故として誤魔化せられるんじゃねーかなと、ロックは試しに床を叩き壊す。

破壊は出来たがそれだけで終わった。

今は無理か。

軽く舌打ちしてロックは目の前の闘いに意識を戻す。

 

「はっ!まだまだ足りねーぜ!」

 

獣のように鬱憤を晴らすかのように、ロックは壊し尽くしたコロシアムの中心で咆哮を奏でた。

ああイライラする。

 

■■■

 

コロシアムで大暴れした後に、うんざりした獄長が現れロックを新たな牢へと放り込んだ。

せっかく壁をぶち壊して広くしたのにと不満げな表情を浮かべるロックに「今度檻を壊したら箱に詰める」と威嚇しながら獄長が忠告する。

 

「檻は壊してねーよ。壁壊しただけだろ」

 

「お・な・じ、でしょう〜?」

 

屁理屈を捏ねるロックの頭をぐりぐりとプレスしながら、獄長は怒りを隠さず叱りつけた。

ロックが脱獄するたびに牢屋がひとつ壊され使えなくなるのだ。怒るのも無理はないだろう。

アンタ今までいくつ壊したと思ってんの!?とプンスカ怒りながら獄長は足早に立ち去っていく。恐らく先ほどロックが破壊した牢を修理に行くのだろう。

牢屋破壊からのコロシアムで大暴れをしたのならば、今日はもう何もしないだろうと見張りもそこそこに離れたのだろうが、それは見立てが甘い。

思い切り身体を動かし頭をすっきりとさせたロックは、獄長の姿が見えなくなってすぐ嬉々として新しい牢屋を破壊した。

今なら脱獄出来そうだと高揚した気持ちで、鼻歌交じりで壁を蹴っ飛ばす。

無駄にテンションが上がっていた。

 

錘の重さもなんのその。

あっさり檻の外へ出たロックは、人気のない廊下をずりずりと進む。

どうやら今日のロックの破壊活動の修理に大半が駆り出されているらしく、普段よりも見張りが甘い。

コロシアムぶっ壊しておいてよかったー、とロックは上機嫌で新たな区画へと入り込んだ。

 

その区画はロックがいた場所と同じくらい人気がない。

ジメジメしてんなと不快そうな顔になりながら、警戒しつつ先に進む。

と、

 

「ロック!?」

 

カシャンと何かが鉄格子に駆け寄った音とともに名前を呼ばれた。

聞き覚えのある声であったためロックは足を止め軽く辺りを確認する。

すると牢のひとつからぴょこぴょこと手が伸びており、手招きするようにロックを呼んでいた。

 

「…ジェイル」

 

手招きする主の正体に気付いたロックは彼の名を呼び、その檻に近付く。

ジェイルはロックの友人のひとり。

彼がこの監獄に捕まったのは知っていた。どこにいたのまでは知らなかったが、こんなトコにいたのか。

「久しぶりだな!」と笑うジェイルにロックは短い返事で返す。罠じゃないとも限らないし、警戒はしておくべきだ。

そんなロックの態度をみて、ジェイルは苦笑し「ンなに警戒しなくても大丈夫だ。此処はほとんど人来ねーから」と親指を立てる。

ならばジェイルは何故こんなトコにいるのか。

それを問えばジェイルは若干得意げな表情をしながら、己の鎧をコツンと叩いた。

 

「やー、いろいろ作ってたのがバレてさ。隔離されちまった!」

 

よくよく見ればジェイルの鎧はツギハギだらけであり、手作り感溢れている。

恐らくこの監獄で作ったのだろう。作成用の道具すら没収されただろうに、相変わらず器用なことだ。

元々手先が器用で、捕まる前は生活に便利な道具や得体の知れない物体をよく作っていたが、その性格は今でも変わっていないらしい。

 

そうだジェイルは変わっていない。

それに気付いたロックにようやく安堵の表情が戻る。

ロックの変化に気付いたのか、ジェイルは再度微笑んでロックに向けて手を伸ばした。

「やる」と伸ばした手に握り締めているナニカをロックに渡し、満足げな笑みを浮かべる。

 

「?」

 

「鉄格子の破片で作った鍵だ。使えるかはわかんねーが多分どっかは開く」

 

ドヤ顔で語るジェイルにロックは思わず呆れた顔を向けた。

雑過ぎんだろ。

そういやコイツは昔からいろいろ作る割には微妙なモンばっか作ってた気がする。

しかし鍵まで作るとは。自分で使えばいいのに。

 

「ああコレな。…お前がぶっ壊した牢屋の鉄格子の破片なんだよ」

 

だからコレはお前のモン。そう言ってジェイルは笑った。ずっと渡したかったらしい。

律儀だな全く。

ロックは笑い、お返しとばかりに懐から数枚の紙を取り出しジェイルに渡した。

これは地図。

この監獄内部が記された図面。

何度目かの脱獄時たまたま手に入れた便利な道具。

頻繁に牢を抜け出していたロックはピラミッド内の様々な部屋にも入り込んでいた。宝物庫に迷い込んだことすらある。

ウロウロしていた時にたまたまこの図面を見付け、罠かなんかかとも一瞬疑ったが見比べ確認したところ正確だった。

多分、このピラミッド広すぎて迷うヤツが魔王軍にもいるんだろうなと生暖かい気持ちになったものだ。

ロックは既にこの図面の内容を頭の中に叩き込んである。内部を把握している人間が増えるのは望ましい。

そう思って図面をジェイルに渡したのだが、受け取ったジェイルは微妙な顔を見せた。

 

「嬉しいがオレは此処から出られねーんだよ。勿体無い」

 

「ふーん…。ジェイル、ちょっと離れてろ」

 

まあ確かにここの檻はかなり丈夫な部類のようだ。鉄格子をコンと叩きながらロックはジェイルに指示を飛ばす。

怪訝な顔となるジェイルを無視して、ロックは深く息を吸い込んだ。

離れないなら巻き込まれても知らねーからな。

 

「っせえの!」

 

気合の入れた声とともに、ロックは全身全霊を懸けてジェイルとの間を阻んでいた鉄格子に蹴りをぶち込む。

やはり流石に一撃というわけにはいかないか。

再度息を整えて、ロックは拳と蹴りを鉄格子に向けて叩き込んでいく。音と衝撃にビビったのか、ジェイルが慌てて牢の隅へと避難するのが目の端で確認出来た。

トドメにもはや己の一部と化した錘を叩きつければ、激しい衝撃音と土煙ともに鉄格子が崩れ去っていく。

よし、開いた。

ふうとロックが大きく息を吐き出したのを合図に、ジェイルがドン引いたような声でぽつりと呟いた。

 

「…あれだよな、とっ捕まって枷まで付いてんのに筋力増す馬鹿なんてテメーくらいなもんだわ。テメーはゴリラか」

 

「お前、森の紳士を罵り言葉に使うんじゃねーよ。自分のパワーで小動物殺したらマジ凹みするほど繊細なイキモノだぞゴリラさんは」

 

「うるせえ知ったことかなんだその無駄知識」

 

ドン引きつつも、ぽかりと口を開けた檻からジェイルが外に出る、と思ったが「なあちょっといいか?」とジェイルが足を止めた。

ジェイルの視線は今さっき破壊した鉄格子に吸い込まれている。

首を傾げるロックに、ジェイルは鉄格子の破片を手にしてキラキラした目を向けてきた。

 

「とても興味深い素材が落ちているので個人的にこれを無視することが出来ません」

 

何故敬語なんだと呆れたが、ジェイルの興味はもう既に鉄格子の破片に行ってしまい、ロックの言葉は耳に届かなくなっているらしい。非常に楽しそうに破片を組み合わせはじめた。

こうなるともう何を言っても止まらない。

諦めてロックは壁に寄りかかり、しばし休憩することにした。

 

 

「おっし、完成!」

 

うとうとしはじめていたロックは、ジェイルの満足げな声で現に引き戻される。

どうやら満足のいったものが出来上がったらしい。ジェイルは楽しそうに鉄格子の破片で出来たナニカを見せてきた。

それはなんというか形状的には武器のようだが、トゲトゲしていて非常に凶悪な物体で、ロックの感想としては「なにこれエグい」だった。

微妙な表情のロックとは裏腹に、当のジェイルは「我ながら会心の出来!」とニコニコ笑みを浮かべている。

まあ本人が気に入っているならいいかとロックはジェイルの頭を叩き、外に出るぞと指指した。

おうと作ったばかりの武器を掲げ、ジェイルはロックの後に続く。

 

 

さてさてこれからどうなるか。

停滞していた監獄は、じわりじわりと動き出す。

閉じた世界は少しずつ、ゆっくりとしかし確実に変化し始めた。

 

■■■

 

 

■■■

 

ロックとジェイルは薄暗い廊下を警戒しながら進んでいく。

道すがら互いの情報を交換し合い、情報収集を行った。といっても毎日のように脱獄していたロックのことはジェイルの耳に届いており、行動自体は筒抜けだったようだが。

 

「おかげで見張りが甘くなって、いろいろ作れたんだけどな」

 

調子に乗ってさらに物作りをしていたら、不意打ち気味に来た見張りにバレて隔離されたらしい。

不意打ち気味というのはそう、

 

「…こんな感じだな」

 

残念そうにため息を交えつつジェイルが呟いた。

廊下を抜けた先、多少開けた部屋の中にはこの監獄に住む恐竜戦士がふたりロックたちを睨みつけている。

ステゴのほうは比較普段通りだが、アンキロのほうは目が据わっていた。「腹減った」とぽつりと呟くのを見るに、夕飯返上で働いているらしい。

これ捕まったら俺ら喰われそうだな。

ロックがそう考えたのと同時にアンキロが吠える。

 

「とっととおまえら捕まえて、ゴハン食べる!」

 

若干涙目でそれでいて本気のオーラを放ちながらアンキロがハンマーを握りしめ、ロックたちを叩き潰そうと駆け出した。

マジギレ気味のアンキロにひと足遅れて、ステゴもこちらに向かってくる。

そんなふたりから視線を逸らさず、ジェイルがロックに問い掛けた。

 

「どーするよ?闘うか?」

 

「ちょっとキツそうだな」

 

普段は割とのんびりしている恐竜戦士たちだが、こと食が関わると手がつけられなくなるのは経験済みだ。

特にアンキロは朝飯を食べながら昼飯のことに想いを寄せるくらいは食に執着している。それが食事抜きの状態なのだ、恐らく非常に分が悪い。

ロックとジェイルはどちらともなく床を蹴り、敵のいる方角とは反対側へと駆け出した。

 

「生きてまた会おうぜ!」

 

そう声を掛け合ってロックとジェイルは二手に分かれる。

ロックは壁ごと破壊しながらド派手に。ジェイルは小柄な体躯を活かしてちょこまかと。

どちらかが逃げ切ればいい。

いつもと違ってひとりじゃないのだから。

ここまで来たのだからせめてどちらか片方くらいは脱出したい。

ロックは目の前にある壁を殴り壊した。その先にある部屋の様子を伺わず勢いのままに飛び込む。

と、

その先にはなにもなかった。

 

「うっお!?」

 

床に穴が空いていて、ちょうどそこに飛び込んだらしい。着地すべき床がなく、空を切ったロックの身体はそのまま重力に引かれ落下する。

そのままロックは暗闇の中へ落ちていった。

 

■■■

 

外に出ようと逃げた結果、穴に落ちて地下深くに戻るとは笑えない。

ロックは落下の衝撃で痛む身体を起こしながらぷるぷると首を振り瓦礫の破片を払った。

パンパンと身体の埃を落とし、暗闇に慣れた瞳でロックはここはどこかと確認する。

そこまで下に落ちた感じはしなかったが、こんな場所あっただろうか。脱獄しようとウロウロしていたときはこんな場所見かけなかったのだが。

形としてはかなり狭い小部屋なのだが、扉らしきものが見当たらない。

隠し扉でもあるのか、それともここは本気で閉じられた場所なのか。

閉じた場所ならどうやって出りゃいいんだと困ったように頭を掻き、ロックは部屋の中央に鎮座する物体に近寄った。

 

「…えーと、ツボか?」

 

暗い部屋の中にひときわ存在感を放って鎮座する何か。先ほどから気になっていた。

至近距離でマジマジと観察しながらロックは首を捻る。

隠された部屋にある立派なツボ。

なんだこれ、とロックは軽い気持ちでそのツボに触れ縁をなぞると、その瞬間そのツボはカッと光を放った。

「へっ!?」というロックの驚いた声を掻き消しながら、ツボの中からナニカが飛び出してくる。

ソレは人型の大きな緑色の物体。ぼんやりと優しい光を放っていた。

 

目をパチクリさせながらロックが目の前にいる大きな緑色の物体を見上げると、目の前の大きな緑色の物体は気持ちよさそうに伸びをして「やっと出れた」と嬉しそうに笑う。

そのまま緑色の巨人は手や首をぐりぐり回したあと、眉をひそめ腕を組み不快そうに「此処はアレだな、大気が留まりすぎている!息苦しい!」とプンスカ怒り始めた。

なんだ、この…ナニ?とロックが怪訝そうな表情で見上げているのに気付いたのか緑色の巨人は「ん?」とようやくロックに顔を向ける。

 

「なんだオマエ?」

 

今までロックが見えていなかったらしい。今存在に気付いたとばかりに緑色の巨人はしばらくロックを観察し、納得したように頷いた。

得体の知れないよくわからないモノにじろじろ見られるのは気持ちのいいものではない。

「なんだよ」とロックが嫌そうな表情で視線から逃げるように身体を捩れば、緑色の巨人は楽しそうにロックに指を突きつける。

 

「そうか…仕方ない。力を貸してやらんでもないが、オマエにその資格があるかな?」

 

「え!?ちょ…ま…、別に…え?…」

 

いきなり出てきたよくわからない生物に、よくわからないまま納得され、よくわからないまま「力の貸してもいい」と言われ、よくわからないまま「その資格があるかな?」と問われれば、普通の人間は驚き戸惑うと思う。

さらにはそう問われたあと、辺りの大気が急に動き、風が生まれ、それが自分に襲いかかってきたら、マトモな人間は驚愕すると思う。

そんな意味不明な出来事に突然巻き込まれたならば、当然得体の知れない生き物に向けて混乱の意を含めた悲鳴をあげるだろう。

 

「えーーー!!」

 

こんな風に。

その声が消える前にガシャンとものが壊れた音が辺りに響き渡る。

どうやらこの緑色の巨人は風の魔法を得意としているらしい。明らかに自然でない風がロックと部屋の中にある調度品を襲った。

こんな狭い部屋で風を吹き散らしたら埃が舞うだけで利点なんざ全くないのだが、緑色の巨人は気にも止めず「空気の入れ替えだ!」と嬉々として風を起こす。

こういう部屋なら埃を集めるように風を調整し操ったほうが便利なのだが。

楽しそうに風を動かし舞う緑色の巨人は「そうだそうだ確かなんか言ってたな!外に出られ時は人がいるからそいつの願いを叶えろと!うむ、言われたような気がする!多分!」とケラケラ笑っていた。

 

「しかしただ叶えるだけではつまらんだろう、我が!」

 

そう語り、緑色の巨人はロックに向けて特大の風を送り込む。

なんとかそれを紙一重で避け、ロックは緑色の巨人を怒鳴りつけた。

 

「わっけわかんねえ!なんだお前!」

 

「うむ、我は大魔神ジン!」

 

えへんと胸を張り、ジンと名乗った緑色の巨人はロックに向けて笑みを浮かべ続ける。

「退屈だから付き合え」と。

その言葉にロックは呆れたような声を上げたがジンはそれを無視して「しかしここは狭っくるしいな、気に食わない!」と不満げに腕を動かした。

ふわんと身体が宙に浮く感覚がロックを襲いそれに戸惑っていると、遠くからジンの声が聞こえてくる。

「よし!」と満足げな声が聞こえたかと思うと、ジンは楽しげに風を放り投げてきた。

放り投げるというのは正確ではないか。大気は何処までも繋がっている。

切り取る必要はない、抉る必要もない。

動かしたければ、ただ押せばいい。

動いた風の塊をなんとか避けて、ロックはジンに対し戦闘の構えを取った。

一発殴って大人しくさせないと、話すら出来ないと気付いたからだ。

お前はどこの誰で、何者なんだよとそんな怒りの気持ちを込めて、ロックは薄明かりの中ジンに拳を向けた。

 

 

■■■

 

「はーっはっはっは!!面白い!」

 

高らかにジンが笑い、吹き荒れていた風が止む。

ジンとロックのじゃれ合いは、一応ロックの勝利で終わった。

勝利のはずだ。

ロックはボロボロになりながら肩で息をし満身創痍の装いで、ジンはこれまた楽しそうに笑い余裕綽々な風体だが、勝利のはずだ。

だってあっちが負けを宣言したのだから。

うん。

ニコニコしているジンを睨みつけながら、ロックは床に座り込んだ。

悔しいというか始終あっちのペースで進み疲労感がハンパない。余力があったらもう一発ぶん殴っていたところだ。

息を整えようと深呼吸をするロックに、笑顔のジンが手をかざす。

 

「ちょいと力を貸してやる!」

 

「へ…?」

 

またふわりとした感覚がロックを襲い、気付いたときにはジンは目の前から消えていた。

結局、ジンが何者でどんな存在だったのか、何故ロックに襲いかかってきたのか、一切不明なままだ。

 

「あの野郎、通り魔、…か、?」

 

ジンに対する怒りを口に出したときにようやくロックは気付いた。

頬を風が撫でる感触に。

香る空気の多様さに。

手を付いた大地の暖かさに。

自分を照らす月明かりに。

瞳に月を映しながら、ロックはぽかんと口を開ける。

周りを見渡せばそこは砂原。

見慣れた不毛の大地がロックの眼下に広がっていた。

 

「え? …えっ?」

 

闘うことに必死で全く気付いていなかった。

ロックは今、明るい月明かりの下、砂漠の真ん中に座り込んでいる。

ピラミッドは遠くに薄っすらと見えているだけだ。

 

「…っ、っ、ッ!説明しやがれあの野郎ー!」

 

ロックの戸惑いと驚きと混乱を含めた怒鳴り声は、夜の砂漠に虚しく溶けて消えていった。

見ているのは金色の月がただひとつ。

静かに静かにロックを照らしていた。

 

■■■

 

納得出来ないしわけがわからないが、監獄の外に出れたらしい。

割り切って考えようとロックは己の頬をぺしんと叩いた。

砂漠で真っ先にすべきは水と食料の確保。出来れば拠点の確保だろう。

今ロックがいる場所は砂漠のド真ん中、早々に移動したほうがいい。

 

「…となると、コレは邪魔だな…」

 

じゃらんと鎖を引っ張って、ロックはその先にある錘を引き寄せた。

長い間一緒に過ごし、どれだけ暴れても壊れず、ずっと傍に居てくれたある意味相棒のようなこの錘と枷。割と愛着が湧いている。

とはいえこの砂地では、この重さのものを引きずりながら動くのは、苦しい枷を付けたままではやはり辛い。

どうしたものかなとロックは錘と向き合いながら、考え込みハタと思い出した。

そういえばジェイルから鍵を貰っている。

 

「いやまあ流石に、これで外れるなんてことは…」

 

笑いながら穴にジェイルの鍵を差し込むと、カシャンと軽い音がして枷がぽろりと地面に落ちた。

久々に首元がすっきりする。

ペタペタと己の首を触り、目をパチクリさせながらロックはぽつりと呟いた。

 

「…あいつスゲーな…」

 

夜空にはきらりと煌めくジェイルの姿。偶然とはいえピンポイントでロックの枷を外すための鍵を作るとは、ジェイルの手先の器用さを侮っていた。

そういやジェイルは逃げ切れただろうか。

図らずともよくわからないうちに脱出出来たロックと違い、ジェイルはいまだに逃げ回っているかもしれない。

助けに行かねーと、と身軽になったロックはトンと広い砂漠を一歩踏み出した。

が、突然ピタリと止まって少しばかり塾考する。

元いた場所を振り返り、ロックはニヤリと笑った。

 

■■■

 

 

「いよっしゃ、完成ー!」

 

満足そうな大声を上げ、ロックは両手を天に向けた。

彼の目の前には完成したばかりの妙な形をした、…ハンマー?が転がっている。

まあ、ものを叩くのに使うのならばハンマーだ。振り回して投げたとしてもハンマーだ。手持ちの柄の部分とそれより重い頭部部分があればハンマーだ。

武器として使うのだからジャンルとしてはメイスに入るのかもしれないが。

 

出来上がったばかりのハンマーを見て、ロックは嬉しそうな表情をしながらそれをそっと撫でる。

またよろしくな、と小さく声を掛け柄を握り締めた。思った通り、手に馴染む。

笑みを浮かべ、ロックは近場に完成したばかりの武器で近場にあった遺跡の壁を思い切り殴りつけた。

大きな破壊音を鳴らし、壁は粉微塵に砕け散る。

ああやはり扱いやすい。感触が変わらない。そう呟いて、ロックは再度笑った。

 

そう、

これの原材料は、

元々ロックの首まわりに付けられていた枷と、

動きを阻害していた錘。

それらを器用に加工して、ロックは武器に生まれ変わらせた。

 

そう、

だからこれは柄頭部分が輪のような形をしているのだ。

だからこれは大きな大きなサイズなのだ。

だからこれはロックの身に馴染むのだ。

 

そしておそらくこれは、

どれだけ高所から落とされようとも

どれだけ硬いものを殴ろうとも

どれだけロックが馬鹿力で扱おうとも

絶対に壊れることはない。

なんせあの監獄内での攻防戦に耐え切った枷が材料なのだから。

 

囚われていた時間は無駄ではない。

こんな良いものを手に入れた。

監獄での経験は無駄ではない。

あれがあったからこそ、ロックは前を見て壁を破壊しにいける。

辛さを知っているからこそ、仲間を助けたいと望む。

 

新しい装い、新しい武器、それらを揃えてロックは走る。

真正面から「今」を壊そうと動き出す。

 

 

さあ今ここに【地上を救う】大地の騎士が目覚めた。

地上を護るのが騎士ならば、地上を救う彼はきっと。

 

 

■■■■■

 

照りつける太陽と焼けた砂、熱い風に温まった水。

監獄から脱出したばかりのときは全てが懐かしく全てが愛おしく思えたが、数日経って「やっぱ辛いな」とロックはため息を吐く羽目になった。

それでもこの地は自分の故郷。

不毛の地ではあるが愛しいこの地。

そこで好き勝手暴れてる魔王に一泡吹かせてやりたい。

しかし倒すには力不足。ならばどうするか。

魔王の玩具を奪ってやればいい。

人間を仲間を玩具扱いされるのは血反吐が出るくらい不快だが、一泡吹かせるには効果的だろう。

そう考えてロックは、脱獄したばかりの監獄の前に立つ。

長い間投獄されていた身で、なおかつ頻繁に脱獄していたロックは、見張りの死角やタイミング、入りやすい場所危険な場所を全て頭に叩き込んである。

流石に進入の際にド派手にぶっ壊すわけにもいかない。やりたいけど。

ふうと己を落ち着かせるように呼吸して、ロックは陽が落ちるのを待った。

タイミングを間違えるわけにはいかない。

陽が暮れ夜も更けたころ、ロックは今度は自らの意思で監獄の中へと足を踏み入れた。

 

トコトコとロックは廊下を進む。

この場所この時間帯ならばそこまで息を潜めなくとも移動出来るはず。

警戒は緩めないが多少気楽に慣れた道を歩んでいた。しばらく進み、トンと階段を登ったロックは未進入ゾーンへと到達。確かこの辺りは…。

 

「……え?ロック?」

 

「よっ!」

 

コロシアムに出るヤツが収監されている場所。

目当ての相手を発見し、ロックは片手を上げ相手に向かって笑みを見せた。

戸惑う相手に鉄格子から離れろと指示し、武器を振りかぶりながらロックは言う。

 

「助けに来たぞ、タクス!」

 

無敗の剣闘士を盗られたら、そりゃもうあの魔王は悔しがるだろう。

コロシアムで闘うイキのいい目立つ玩具を盗られるのだから。

そんなことを考えながら、ロックは目を見開いて驚いているタクスに手を伸ばす。

戸惑いながらも、タクスはその手に捕まった。

瞬間、派手な警報が鳴り響く。

あれだけ思い切り壊したならばそりゃ直様異常発生のアラームが鳴るだろう。

顔を引き締めロックとタクスは外に向かって駆け出した。

 

「うん、言いたいことと聞きたいことが山ほどある。けど、今はひとことだけ言っとくよ。…無事でよかった」

 

タクスは走りながら先導するロックの頭を小突き笑う。

お互いな、とロックも笑い、ぱしんとタクスの頭を叩いた。

出口まで、もう少し。

 

■■■

 

馳け廻る小さな古神兵と飛び回る小さな古神兵を蹴散らしつつ、ロックとタクスは逃げ走る。

最後にロックが「面倒臭え!」と壁を破壊し監獄内に外の空気を送り込んだ。

ぽかりと開いた壁の穴からは月がぼんやりと顔を覗かせる。

とはいえ外だと喜ぶ暇はない。

追っ手を振り切ったわけではないのだから。

ラストスパートとばかりに、ふたりは夜の砂漠へと踏み込んだ。

地を駆けるタイプの小さな古神兵は砂に対応していないのかピラミッド近くでキュルキュルと寂しくタイヤを回す。ハマって動けないらしい。

これで追っ手は半分に減った。

逃げつつ、追っ手を叩き落としつつ、ただ夜の砂漠をひた走る。

ささやかに瞬く星明かりと大きな月を目印にして。

気付けばかなり遠くまで来ていた。

追っ手はもはや姿形も確認できない。

 

「逃げ、切っ、た…」

 

へろっと砂原に倒れつつ、ロックは息も絶え絶えに宣言する。

酸素が足りない。

ロックの隣に座り込み、同じように苦しそうな息を吐くタクスは息切れをしつつも晴れやかな表情を浮かべていた。

互いの呼吸が整うのを待って、タクスが口を開く。

 

「本当、驚いた。ロックは穴に落ちて死んだって言われたから…」

 

「ピンピンしてるぜ俺はー」

 

ヒラヒラと手を振りロックは元気なことをアピールした。

死んだことになっていたらしい。

ロックは身振り手振りを交えて、己の身に起きたことを語る。

穴に落ちてツボを見付け、そこから出てきた大魔神に手助けしてもらったことを。

わけわかんないだろ?と笑うロックだったが、話を聞いたタクスは考え込むような仕草を見せる。

 

「それ、おとぎ話に出てくる "願いを叶えるランプ" か?…でもツボだったんだよな?」

 

「んな話あったっけ?」

 

首を傾げるロックに、子供に聞かせる寝物語の一種だとタクスは説明した。

ランプを擦るとランプの精が出てきて無条件で願いを叶えてくれるという物語。

しかしロックが経験したのはランプではなくツボ。出てきたのはランプの精ではなく魔神。しかも願いを叶える前に交戦した。物語とはかなりズレている。

実際あったことを子供向けに改変したのかなとタクスは首を傾げた。それでもタクスは「実在したのか、作り話だと思ってた」と笑う。

御伽話の内容が実在したと少しウキウキしているタクスを見て、「悪いが実際はそんな良いもんじゃなかったぞ」とロックは微妙な表情を作った。

これ以上突っ込まれて夢を壊すのも悪いので、ロックは話題を変えようと頬を掻きつつタクスに問う。

「ジェイルがどうなったか知ってるか?」と。

あの後逃げ切ったのか、それとも捕まって檻に戻されたのか。それとも…。

 

「えーと、わからない、かな。あ、知らないというわけじゃなくて…行方不明ってのが正しいか」

 

「行方不明?」

 

タクス曰く、ロックが穴に落ちたのを見た恐竜戦士は「これは死んだ」と判断しジェイル捕獲に移行。

しばらく追い掛けたが見失い、待ち伏せ戦法にシフトチェンジしたらしい。

逃げ出しそうな場所を張り込んだが全く姿を見せず、ロックと同じようにどこかに落ちたか迷って行倒れたかした、と判断を下したらしい。

 

「ただ、アンキロが食料が微妙に減ってるみたいなことを言ってたから、監獄内のどこかには居そうだな、と」

 

タクスは困ったように頭を掻く。救出や補佐に行きたくとも、ジェイルがちょこまか動き回っているからか位置の補足が出来ないらしい。

話を聞いてロックは苦笑する。

まだ逃げ切っている根性は素直に賞賛するが、ジェイル確保は骨が折れそうだ。

笑うロックを見てタクスは「ジェイル救出に行くつもりか?」と真面目な顔で問い掛けた。

 

「行くなら僕も…」

 

「あー大丈夫お前は休んでろ。逃げ回ったおかげで街の近くまで来れた、し…」

 

ピラミッドから離れたおかげで目と鼻の先に街がかすかに見える。

あそこに行けば誰かしらいるだろうと街の方向へ顔を向けたロックの言葉がピタリと止まる。

ロックの視線の先では地面がボゴリと音を立てヒビ割れていた。その隙間から大きな腕が生え、地面を崩しながらその腕の本体が徐々に徐々に現れる。

ロックの様子に気付いたタクスも同じ方向へ顔を向け、突然生えてきたものに気付くとピタリと固まり目をパチクリさせた。

固まるふたりが見守る中、その物体は地面から完全に体を起こし悠々と地上に立ち上がる。

ドンと仁王立ちするそれを見て、ロックとタクスは顔を見合わせた。

 

「…さっき言ってたツボの魔神ってあれか?」

 

「や、違えな」

 

ふたりがコソコソ話していると、その魔神、ジンとは違い茶色と黄色が主体の巨人は辺りを見渡し、ロックに視線を戻した。

少し考え込み、茶色の巨人は口を開く。

 

「ジン様の気配を感じたから出てきたが…」

 

ここにジンはいない。いるのは人間ふたりだけ。

ふむと再度考え込み納得したように頷くと、茶色の巨人は口を開く。

 

「ジン様が認めた人間か」

 

ひとり納得したように頷く巨人に、タクスはキョトンとしながら首を傾げた。

先ほどロックが語った話に出てきた大魔神の名を口に出したのならば、この巨人はその大魔神の関係者だろう。

しかしロックは見覚えがないらしい。ならば、これは誰だろう。

困ったようにタクスが顔を横に向けると、視線の先のロックはビシッと指を突き立てながら怒鳴っていた。

 

「テメーはあのツボ野郎の仲間か!まずは名乗りやがれそこの茶色!」

 

「む、それは失礼した。我は魔神グノーム。説明と言われても…貴様はジン様と会っているのだろう?」

 

得体の知れないものに対しこういった態度を取れるロックに驚きつつも、タクスは極々丁寧な対応をする魔神にも驚いていた。

ロックの話ではかなり自由奔放な性格に思えたのだが。

不思議そうな表情のタクスと同じくして、ロックも内心かなり戸惑っていた。ジンとは中身が180度違うせいで調子が狂う。

しかしなぜロックがジンと邂逅したことがわかるのか。それを問えばグノームは「貴様からはジン様の気配がする」とロックをじっと見つめてきた。

なんか視えるらしい。

同族だからその辺りがわかるのだろうか。首を傾げつつロックは「こいつは意思疎通ができる」と判断し、ジンとの出会いのときを語る。

説明も何もあの大魔神は一切語らなかった。そもそもこっちの話を全く聞かなかった。

その旨をグノームに話せば目を逸らしながらほつりと呟いた。

 

「…………。ジン様は、昔からそんな感じだ」

 

基本的に他人の話を聞かず自由奔放で、と若干愚痴りつつも「でも凄いお方なのだ」とグノームは取り繕うようにフォローを入れる。

外に出れたためテンションが上がっていたとか喜びのあまりはしゃいでいたとか、そういうわけではなかったらしい。素でアレか。

 

「それ故ジン様たちは大昔に封じられてしまったのだが、貴様が解いてくれたのだろう?感謝する」

 

「へっ?」

 

グノームの言葉にロックは素っ頓狂な声を上げた。

そんなことした覚えはない。それとも解放とはツボから出したことを指すのだろうか。

首を傾げるロックにグノームは「エレメントを持って触れただろう?」と己の掌に黄色いキラキラ光るものを生み出した。

 

「私のは土のエレメントだが…、これが我らのチカラの素のようなものだ」

 

ふうん、とロックはその土のエレメントを突く。見覚えはない。

首を傾げるロックにグノームは「ジン様は風のエレメント。緑色のエレメントだ」と付け足した。

そのエレメントを所持した上で封印している物体を擦れば魔神が解放されるらしい。

緑色…でキラキラした…、あ。

 

「あーーー!あれか!」

 

「え?捕まってたのにそんなもの持ってたのか?」

 

思い出したように大声をあげたロックに、タクスは驚きながら当然の疑問をぶつける。

そりゃそうだ。

囚人としてずっと檻の中にいたのだ。そんなもの入手する暇などなかったはず。

問われたロックはバツの悪そうな顔になり、タクスから首を背けてぽつりと答えた。

 

「…いやあの、脱走してたときに宝物庫っぽいとこに出てさ」

 

「うん」

 

「………ギッてきた」

 

まあつまりは綺麗だなと思って無断で拝借してきたわけだ。何故かそれに惹かれ、つい手に取っていた。

ロックが白状すると、タクスは無言でロックの頬を抓り引っ張る。

「ひとのものを盗むな」とタクスが叱れば「魔王のだからいいだろ」とロックが屁理屈を捏ねた。

監獄を散々破壊された上で脱走され、なおかつ宝物を盗られたのだから魔王はそろそろ本気で怒っていいと思う。

 

タクスがこのまま説教モードに入りそうだったため、ロックは話を逸らそうとグノームに向けて言葉を投げた。

「お前も闘って勝ったら願いを叶えてくれるのか?」と。

ロックの問いにグノームはこくりと頷く。「大魔神の御二方がそうするのであれば、私もそれに倣う」と。

が、グノームはそのまま首を傾げた。

 

「しかし貴様が闘いを挑む理由はなんだ?どうやら特に望みは無いように思えるが」

 

「タクスをランチュラっつー仲間のとこに連れてってくれ。もう一個いいなら俺はジェイルってヤツのとこまで頼む」

 

ロックの答えに驚きの声を上げたのはタクスだ。

ロックとしては監獄で散々闘って今さっきまで大脱走してきたタクスを心休まる場所で休ませたいという想いからだったが、当人は不満らしい。

自分もジェイル救出に、と訴えるタクスをコツンと叩き「お前は休んでろ」とロックは笑う。

 

「ついでにララとイチャついてこいよ」

 

「だから!なんでここでララを出すんだよ!」

 

プンスカ怒るタクスだったが、顔が赤い。逢いたいならとっとと会いに行けばいいのに。

それを言っても意固地になるだけだろうから、とロックは思案しそれっぽい理由をでっち上げることにした。

「外のヤツらは戦力不足だろうからお前にそっち任せる」と。

 

「俺の帰る場所確保しといてくれ」

 

そう言えばタクスは押し黙った。

実際、大半の人間が監獄にいるのだから外に残されたほうは人手が足りなくなっているだろう。タクスがいれば戦力が跳ね上がる。

何か言い返したそうなタクスだったが、人手不足は事実のため反論出来ないようだ。

それでもまだ納得出来ないような表情をしているため、ロックは相手を変える。

 

「…アンタはどうだ?叶えてくれるか?」

 

「ああ問題ない。地に連なるモノであれば私の領分だ」

 

勝てればの話だがな、と笑いグノームの己のチカラについて教えてくれた。

それが人でも建物でも、地に接しているならばそれを司る魔神の領域。位置の把握と移動と視認は可能らしい。

ふむ、と少し考えてグノームはロックたちの頭上に手をかざした。

「目を瞑れ」というグノームの指示に素直に従えば、ロックたちの閉じた瞼の裏側に大地が映る。

その大地はすいと広がり繋がって、ひとりの女性を映し出した。

瞼の裏に映るのは、先ほど話題に出したランチュラ。驚くタクスにグノームは「サービスだ」と愉快そうな声を掛ける。

 

「大地を繋げた。今映っているのは今のその女人だ」

 

「魔神ってのは便利だな。封印されたのも仕方ねー…、あ、ララはジャンヌと一緒か」

 

見えた景色には女性がふたり並んでスヤスヤ眠っていた。

…女性の寝姿とか、割と見ちゃいけないものを見ている気がする。

ロックが微妙に罪悪感を抱き始めたころ、見えていた映像はふっと消え去った。終わりか。

目を開いたロックがタクスのほうを見ると、タクスは真っ青な顔をして立っている。

ランチュラは疲れたような様子だったし、怪我もしていたようだ。心配になったのだろう。

「勝てば、いいんだな?」とタクスが剣を握りしめた。

やる気になったようだ。なら、

 

「タクス、行けるか!?」

 

「ああ!準備は万端だ!」

 

声を掛け合うふたりを見て、グノームは嬉しそうに笑い、堂々と地に立ち凛とした声で返す。

 

「貴様らの挑戦、受けようぞ!」

 

願いごとを叶えたいのならば、それなりの対価が必要だ。

今回はそれが「魔神に勝つ」というだけのこと。

片やジェイルの救出のため、

片やランチュラの助力のため、

ふたりは疲労も忘れて飛び掛った。

 

 

■■■

 

 

「このような力を持つものが現れるとは…。時代は変わったようだ」

 

満足げに、そしてとても嬉しそうにグノームがロックたちに向けて言う。

勝てた、らしい。

流石に2対1ならば余裕だろうと甘くみていたのだが、予想以上に苦戦した。魔神の名は伊達ではない。

ロックもタクスも息を切らし、その場にぺたんと座り込み汗を拭った。

夜の砂漠であるのにも関わらず、身体が暑い。

ふたりが呼吸を整えているとグノームが「貴様の魂、本物のようだな」と呟き、ふたりに手をかざした。

早速願いを叶えてくれるようだ。

ロックとタクスは互いに笑い、コツンと拳をぶつけ合う。

 

「んじゃ、そっちは頼んだ」

 

「死ぬなよ」

 

そんな言葉を交わし合い、ひゅんと身体が引っ張られる感覚かしたかと思うとロックの視界は暗くなった。

気付けばその場からふたりの姿は消えていて、残されたのは微笑むグノームの姿のみ。

白んできた空を見上げて、グノームはこれからどうするかと考える。

仲間の魔神たちを探しに行くのも一興。

どうやらもうひとりの大魔神のはまだ目覚めていないようだから、仲間とともに起こしに行くのもいいだろう。

久々にジン様と手合わせもしたい。

しかし、とグノームは先ほど闘った人間たちを思い出した。

起こすのは彼に任せてもいいかもしれない。

そうすれば恐らくイフリート様も「人間」に興味を持つだろうから。

そう考えてグノームはすっと体を地面に沈ませる。

しばらく見守ることにしようか。

面白そうに微笑みながら、真面目な魔神は地と同化していった。

 

これで大地は彼らの味方となった。

まあ味方といってもむやみやたらと手出しする"味方"ではないのだが。

見守るだけだ、それだけでいい。

…それだけでいいのだから。

 

 

■■■■

 

気付けばロックは真っ暗な場所に座り込んでいた。

思わず一瞬呆けたが、触れた床の冷たさと鼻をくすぐる独特の香り、肌を襲った空気には覚えがあった。

嫌というほど味わった、監獄の空気。

外の世界を知ったこの身は、それとのギャップに嫌悪感を露わに示す。

改めて、自分はこんな場所で過ごしていてよく死ななかったなと苦笑しロックはゆっくり立ち上がった。

 

「…ジェイルはどこだ?」

 

一応グノームには"ジェイルのいる場所"に連れてけと頼んだはずなのだが、見た限りでは近くにいない。

無理だったのか失敗したのかそれとも。

困ったように頭を掻き、辺りを再度見渡すロックに飄々とした声が掛けられた。

 

「急になんかキタから何かと思ったじゃねーか。どんな魔法だ?」

 

ストンと天井から人影が降りて来る。

どうやらジェイルは天井裏に居たらしい。声のしたほうへとロックが首を向ければ、そこには目当ての人間が手をヒラヒラさせて立っていた。

逃げ回っている間ジェイルは多少装備を変えたらしく、これまたツギハギだらけのマントを身に付け口元にはマスクを付けている。

「ちょっと見ないうちに立派になってんじゃねーか」とロックがからかえば、ジェイルは「男子3日会わざれば刮目して見よ、ってな」とコツンと己のマスクを小突いた。

空気の悪い場所に入り込んだため、身を守るために作成したらしい。

相変わらず器用さの極振りっぷりが活きているヤツだ。

 

「…なんかお前余裕でここで生きてけそうだよな」

 

「阿呆ぬかせ。出られるならとっとと出てーよ」

 

憤慨したようにジェイルは吐き棄てる。流石に見張りが厳しくて、外への脱出は出来なかったらしい。

そんなジェイルに手を差し伸べて、ロックは笑顔でこう言った。

 

「んじゃ、さっさとここから出るぞ!」

 

ジェイルも笑顔を返し「おう!」とロックの手をパァンと叩いた。

それを合図にふたりは外へ向かって走り出した。

 

動き始めてすぐ、ロックは現在地が監獄内のかなり深い場所だと気付く。

何故こんな奥深くにいたのかとジェイルに問えば、見張りが甘くそもそも人が全く来なかったから拠点にしていたのだと語った。

浅い所に居てくれれば脱出が楽だったんだがなと苦笑しつつ、ロックは頭の中に監獄の図面を描く。

そういえば、この先は…。

 

「なあジェイル。…選べ」

 

「は?」

 

ロックは突然ピタリと止まり、首を一方の道へと向けた。慌ててジェイルも足を止めた。

首を傾げるジェイルに、ロックは2択を提示する。

 

このままただ逃げるか

こんな所に閉じ込めたヤツをぶん殴るか

 

ロックの言葉を聞いて、ジェイルは気付く。この道はあそこへ通じる道。

図面を見たことのあるふたりだからこそすぐにわかった。

言葉はいらない、知っているから。

この先にあるものを。

ジェイルはニッと笑みを浮かべた。

んなもん実質1択じゃねーか、と。

 

ふたりは笑って駆け出した。

出口とは反対の道を。

 

■■■

 

着いた先は大きな広間。

きんきらピカピカゴージャスな、絢爛豪華な特別な部屋。

ロックたちが入ってきたのにも関わらず、不遜な態度を崩さないまま、ここの主人は不敵に嗤う。

まるで来るのを知っていたかのように。

 

ああ知っていたとは微妙に違う。

予測していた望んでいた。

玩具が面白くなって自分の前に現れることを。

それ故魔王は用意した。

今まで以上に遊べるように。

魔王から邪神へと力を増して、

玩具が来るのを待っていた。

 

ギラギラとあからさまな殺意を向ける瞳に嬉々として、玉座に座ったままサッカーラはパチパチと手を叩く。

よくできましたと褒めるように嗤いながら。

愚かで脆弱で愚鈍な人間の分際で、ここまで成ったことをただ称賛した。

嗤いながら見下しながら、サッカーラは玩具に向けて言葉を賜る。

 

「ユーの愚かさを見せてもらおうではないかッ!」

 

そうだ見せろ晒せ曝せ。

無謀に身を包んで朽ち果てる様を。

羽をもがれた蝶が、愚かにも地を這いずり回る様を。

この身の前で。

 

 

全てを見通し全てを見下し全てを嗤うサッカーラの言葉に、ロックは怒りを露わに睨み付けた。

何で、こいつは笑っているんだ。

そんな気持ちは素直に言葉となって口を飛び出す。

 

「ふざけんな!俺はお前のオモチャじゃねぇ!!」

 

そんなロックを制するように、ジェイルは咎めるような視線を送る。

どうにもロックはカッとなりやすい。傍にいる人間が制しなくては、暴走したまま自滅する。

 

「ロック、気を引き締めて行くぜッ!」

 

我に返すように忠告をしながら、ジェイルはロックの頭を叩いた。

まあ周りに熱くなってる奴がいると、逆に冷静になるわなと苦笑する。

 

ジェイルに頭を小突かれて多少は冷静さを取り戻したのか、ロックの瞳が厳しく光った。

あれだけ怒鳴られてもサッカーラは笑みを絶やさない。

 

「…玩具のノイズが、ミーの耳に聞こえるとでも?」

 

そうだ人間が木々の声を理解しないように、猿から求愛行動を取られても心動かされないように、彼にとってロックたちの言葉はその程度のものなのだとただただ嗤う。

故に「魔王」で故に「邪神」。

次元が違うのだとサッカーラは玉座から腰を上げ、その体躯からは想像出来ぬ速度で跳ね上がった。

 

…ちょっとした雑学だが、

相手を痛めつけることが目的ならば脚を狙うといい。

脚への拷問は強い痛みを与える割に、相手の生命を奪うリスクが低い。

脚の骨なんざ折っても問題ない。歩けなくなるだけ、逃げられなくなるだけ。

死なせぬまま苦痛だけを与えられるのだから。

相手の心が壊れるまでずっと、甘美な悲鳴を聴き続けられる。

…まあそんな知識があるのならば、敵が手始めに狙う場所など容易に予想できるのだけれど。

 

「っと!」

 

サッカーラの脚を狙った一撃は、絶対くると予測していたロックたちに容易く避けられた。

避けると思っていなかったのだろう。「ほう?」と嗤うサッカーラに、ロックたちは反撃を開始した。

 

倒す気はなかった。

ひと目見て「無理だ」と判断は下せた。

それでも長い間閉じ込められた怒りを味あわせたくて、ロックたちはこの道を選んだ。

せめて一撃だけでも叩き込んでやりたいと。

だから、

 

「これが大地の怒り、俺の怒りだ!」

 

「ナメんじゃねーぞ!」

 

感情のままに声を奏で、ロックとジェイルは己の武器をサッカーラに向けて叩き下ろした。

玩具からの反撃は予測していなかったのか、それともここまで成長していたとは考えていなかったのか、ふたりの一撃は吸い込まれるようにサッカーラの頭に当たる。

警戒しふたりはすぐさまサッカーラから離れたが、当のサッカーラは無言で殴られた頭に手をやり信じられないという表情を見せた。

しかしすぐに結ばれていた口が開き、その喉から獣のような咆哮を鳴らす。

 

「Hell NOooOOooO!」

 

絶対に有り得ないと響かせて、サッカーラはロックに向けて拳を引いた。

ロックが「マズい」と判断出来たのは、その拳から異様な殺気が漏れ出していたからだ。

一瞬、刹那、逃げようとするふたりと拳を繰り出すサッカーラが交錯し辺りが拳の雨に襲われる中、吹き飛ばされながらもロックたちは広間の出口へ身体を運ぶ。

数発喰らっただけで瀕死一歩手前まで抉られた。直撃していたら蒸発していたのではないだろうか。

 

「走るぞ!」

 

同じく「ヤバい」と判断したジェイルがボロボロになりながも出口まで誘導する。

機動力ならこちらのほうが上。追いつけるはずはない。

そのはずなのだが、怒り狂ったサッカーラが真後ろにいるような錯覚を覚え、ふたりはただただ必死に脚を動かした。

時にすり抜け時に壁を壊し、追いつかれないように小細工しながら。

それでもその恐怖感と威圧感は、外に出るまでずっとふたりを襲っていた。

 

 

■■■

 

いつ外に出たのか、いつから追いかけて来ていなかったのか、それすらわからないままロックとジェイルは砂漠を走る。

いつしかジェイルの速度が落ち、砂に足を取られて転ぶまでこの逃亡劇は続いていた。

ジェイルが倒れたのに気付いたロックもようやく止まり、そのままジェイルの横に倒れこむ。

しばらく砂原にはふたりの荒れた呼吸音だけが響いていた。

 

多少聞こえてくる呼吸音が落ち着いて辺りが静かになってきたころ、ジェイルはゴロンと寝返りを打ち空を見上げる。

空には多数の星が瞬き、丸い月が淡く光っていた。

「ヤバかったな」とジェイルが漏らせば、ロックは曖昧な声を返し爪を噛む。

ヤバかったのは同意だ。

けれでもそれを口に出して認めたら負けた気がして、敵わないと認めた気がして、ロックは言葉を濁した。

負けてはいない、一撃は与えられた。

敵わないわけではない、あいつの余裕を崩すことができた。

手が届かない相手なんかじゃない。

寝転んだままロックは手を伸ばし、掌で月を握るように動かす。

次はきっと、もっと、絶対。

ぐっと月を握り締め、ロックは悔しそうに笑った。

 

ロックが再戦を誓うその隣で、ジェイルはふうと穏やかな息を吐き、懐かしさを滲ませながら夜空に見惚れる。

久しぶりの空、久しぶりの月、久しぶりの星。

思い焦がれた「外」の空気と大地の暖かさに微睡むようにジェイルはゆっくりと目を瞑った。

そんなジェイルを横目に見ながらロックは起き上がりジェイルに声を掛ける。

 

「お前はもうちょい休んでろ。俺は水汲んでくる」

 

ジェイルの返事も聞かず、ロックはひょいと立ち上がり夜の砂漠に向かって駆けて行った。

ロックも疲れてるだろとジェイルは慌てて追いかけようとしたが、疲れているからか身体がほとんど動かせない。

しばらく唸ってみたものの億劫になったジェイルは身体を起こすのを諦めて、再度ゆっくりと目を閉じる。

下手に動いてはぐれるよりは、このまま待っていたほうが良いだろう。

そう考えて、ジェイルは大きく息を吐き出した。

 

■■■

 

水を求めてロックは砂原を駆ける。

迷いやすい砂漠ではあるが、この地はそこら中に目印となる遺跡が朽ち果てているため位置の把握は可能だ。

初めてここに来た人間ならば、広大な砂漠と似たような形の遺跡のせいで容赦なく迷い、右往左往する羽目になるだろうが。

 

「確かこっち…」

 

マントを翻しロックはオアシスを目標に足を動かしていた。

オアシスはこの砂漠に点在し、砂漠に生きる人間に恵みを与えてくれている。そこの水を一応皮袋に入れて持ち歩いてはいたのだが、サッカーラの拳によって破壊されてしまい、今現在ロックの手元にない。

今ジェイルがいる場所から街へと移動するには時間がかかる。

多めに確保しときたいなと砂を蹴ったロックの視界にキラリと光る何かが映った。

 

「ん?」

 

思わず足を止め、一瞬光ったナニカを確認する。が、遠くてなんだかわからない。

少し悩んでロックはそれに近付いた。

砂に埋もれた小さなナニカ。

光ったのは月明かりを反射しただけだったようだ。砂を避け、ロックはそれを掘り起こす。

砂の中から現れたのは金色に彩られた古そうなランプ。

それを見たロックは一瞬固まり、迷いながらランプを手に取った。

 

「…いやまさか。まさか、な」

 

タクスは言っていた。寝物語に出てくるのはランプだと。

グノームは言った。「ジン様たち」「大魔神の御二方」と。

ふたりの話を聞いてロックは思った。

ならばつまり大魔神が封印された物は、ふたつ、あるのではないかと。

ジンが出てきたツボと、寝物語にもなっているランプのふたつ。

そしてさらにロックが宝物庫から奪ったエレメントはジンを解放した緑色の風のエレメントの他に、もうひとつ、燃え盛る炎のような真っ赤なエレメントがあった。

ゴクリと唾を飲み込んで、ロックはランプに付着した砂つぶを払うように胴体を撫でる。

 

条件は揃った。

大魔神を解放する条件が。

ならば次に起こるのはただひとつ。

ピカッとランプが輝いて、もふんとナニカが飛び出すだけだ。

 

「ワハハハハハハハ!!我が名はイフリート!炎を司りし精霊の王である!」

 

大きな笑い声とともに、真っ赤な巨人が夜の砂漠に浮き上がる。

予想はしていたが、疑い半分。

まさか本当に出てくるとは思っていなかったロックはイフリートの名乗りを聞いて叫び声を上げた。

 

「ええ!?また?マジーー!?」

 

たったひとつのエレメントを所持する人間が、この広い砂漠に落ちていたひとつのランプを見つけるのはいったいどのくらいの確率だろうか。

しかもそれがもうひとりの大魔神を解放した人間である場合、どのくらいの確率になるのだろうか。

さらにそれが別の魔神と面識のある人間ならば、どこまで確率は下がるのだろうか。

人外の、人よりも優れた力を持つものに好かれる血筋があるのだろう。

それは天使だったり悪魔だったり精霊だったりと様々だろうが「選ばれる」人間は昔からいた。

その例に漏れず、ロックはまた魔神と呼ばれる生物との邂逅を果たした。

 

呆れたような戸惑うような表情でイフリートを見上げるロックに、イフリートは「我が禁断の封印を解きしはキサマか?」と問い掛ける。

禁断だったのかよ。

知らなかったよ。

解こうと思って解いてねーよ。

そんな言葉がロックの喉元まで出かかったが、紙一重で飲み込んだ。

禁断の封印と言うからには、もしやヤバいもんなのではないかとロックがイフリートを睨みつけると、イフリートは笑いながら言葉を放つ。

 

「キサマの魂と引き換えに、力を貸してやろう!ただし、キサマにその資格があればだがな!」

 

ほらやっぱりヤバいやつだった。

魂と引き換えとかヤバすぎて手ェ出したくねえ。

警戒しながら後ずさるロックを眺めながら、イフリートは気付いたように目を瞬かせ笑みを浮かべる。

納得したように頷き、楽しげに笑い声を辺りに響かせた。

 

「そうかキサマはジンとグノームに会ったのか!久方ぶりだな、生きていたか!」

 

あいつらのことだ、ジンは決まりごとなど無視して魂など取らなかっただろうし、グノームは恩を感じて要求しなかっただろう?と愉快そうにロックに問う。

また確かにロックに魂など取られた感じはしない。

叶えた願いすら些細なものだ。魂を取るに値しなかったのかもしれない。

己の身体を確認するロックを尻目に、イフリートは辺りを軽く見渡して楽しそうに腕を組む。

 

「彼奴らはここに居るのか、ならばアープも居るかもしれんな」

 

まだ魔神シリーズが存在するらしい。勘弁してくれ。

引きつった顔を浮かべるロックを眺め、イフリートは首を傾げた。

 

「しかしあれだな、キサマは魔神を解放する趣味でもあるのか?」

 

「ねーよ!」

 

「その割には叶えた願いは些細なもの。欲深いというわけではないらしい。キサマは何だ?」

 

何だと問われても返答に困る。言葉に詰まったロックにイフリートは「何者でも構わんが」と笑い、手心を加える気は無いとロックに対して好戦的な気を放った。

古の契約に従って、

我らに勝てばキサマの願いを叶えよう。

さあ何を望む?

問われたロックは呆れた顔で、呆気なくひとこと口にする。

 

「ねーよ、そんなもん」

 

わざわざ叶えてもらう願いはない。

望みは自分で叶えるものだ。

力を貸して貰うのも面倒臭い。

ならばいらない。

テメーらの好きにしろ。

 

ロックがそう答えると、イフリートはキョトンと呆け体を震えさせたかと思うと大きな声で笑い出す。

人知の及ばぬ力を「いらない」と言われたのは初めてだった。

「好きにしろ」と言われたのも初めてだった。

過去に力を得たものは、ギラギラと己の欲望を露わに願いを口に出したというのに。

止まらぬ笑いを抑えながら、イフリートは目の前にいるちっぽけな人間に嬉しそうに声を落とす。

 

「ならばそれを叶えよう。まあ我と闘って勝ったらの話だが!」

 

その言葉が終わるか終わらないかの瀬戸際に、イフリートは炎を生み出しロックに投げ付けた。

冷えた砂漠に熱が舞い、辺りを一瞬輝かせる。

戯れに投げられた炎から跳びのきながら、ロックは慌てた表情で笑みを浮かべるイフリートを見上げた。

 

「結局やるのかよ!」

 

そんな言葉が大気を揺らす。

いきなり襲われ反射的に怒鳴り声を響かせたロックだったが、微塵も怯まずイフリートは笑うだけ。

だってそうだろう?

こんな面白い人間と出会えるなんて、思ってもみなかったことなのだから。

我らをいらないと言い切って、

我らに対抗出来る人間が

まだこの世にいたなんて。

さあそこの解放者、

キサマはこれから何を為す?

 

 

「わーはっはっはっはっはー!よかろう!!」

 

辺り一面焦げ臭い匂いが広がっていた。

砂原のあちらこちらが黒く焦げ、そこに立つ息を切らしたロックには身体中に火傷の跡が残っている。

焦げ付いたロックは怒りを露わに上機嫌で笑うイフリートを睨みつけていた。

 

「テメーらなんか嫌いだ!」

 

「我らは好きだぞ?」

 

ニコニコ微笑みイフリートはロックの頭を弾く。

ロックのような人間も、欲深い人間も、元より魔神は「人間」が好きなのだと。

小さな身体でちょこまかと、人のために動く人間が。

それ故古来から魔神たちは願いを叶えていた。

誰に強制されるでもなく、好きな人間のために快く。

しかし叶えすぎた。

欲望のままに世界は荒れた。

荒れる世界を省みて、人間たちはその責任を身勝手にも魔神たちに押し付けて危険な物だと封印した。

イフリートはランプに、ジンはツボに。

 

「グノームとアープはどうだったか…。我はその辺りまでしか覚えておらんのだ。封じられたのは確かなのだが」

 

首を傾げ「まあ今更どうでも良いか!」とイフリートは豪快に笑った。

今は全員が解放された状態だからと嬉々としてイフリートは宙に浮く。他の魔神たちに会いに行くのだろう。

ロックを見下ろしイフリートは言う。

 

「覚えておけ。過去に我が力を得たものの全てが、幸福を掴んだわけではないことを」

 

不穏な言葉を残してイフリートは空高くへと飛び去って行った。

イフリートを見送り空を見上げながら、ロックは呆れたような表情を浮かべる。

あいつも言いたいことだけ言ってどっか行きやがった。

魔神ってのはどいつもこいつも自由だな。

あんな自由人に「好きにしろ」と言っちまったのはマズかったか?

微妙な表情を見せてロックはポリポリと頭を掻いた。でも願いなんざなかったし。

ロックは少し悩むような素振りを見せたが、思い出したように顔を上げ砂を蹴り走り出す。

 

「ジェイルが待ってんだ。早く戻らしねーと」

 

そう呟いてロックは軽やかに砂漠を走った。

解放感を滲ませながら。

そろそろ昇る太陽を楽しみに、明日への道を作っていく。

監獄から解放され、それでも彼らはまだスタートラインに立ったばかり。

砂縛の戒めがほんの少し解かれただけ。

けれども、それは大切な楔。

逃げずに「今」と戦った、大事な証。

 

いらないのだ。

「やり直し」など。

逃げる必要などなかったのだ。

それを彼らは証明してみせたのだから。

 

 

 

■■■■

■■■

 

癒えない地上の血に洗われて眠る

星よ壮絶に 物語れ この夜を

 

さてさて、

どうやら無事に終わったようです。

まあ今回は大変でしたね。

ランプを壊されるのが先か、

ひとりめの魔神が解放されるのが先か、

時間ギリギリの勝負でしたから。

 

なんとか先に魔神が解放されまして、

彼にそちらの道へと標を指せた。

いやはやもう二度とやりたくない。

こんなギリギリの勝負など。

 

この後、

魔神たちは人間たちを見守るつもりであるようです。

下手に手出しはしないでしょう。

彼らが困ったときにほんのちょこっと手を貸すだけ、その程度。

これが「力を貸す」ことだそうで。

大見得切ったあの彼が今後どう動くのか、

楽しげに見守っておりました。

 

ああ、

もしもランプが先に破壊されたとしても

魔神たちは解放されますよ。

彼が起こすのではなく、

ひとりめの魔神が仲間を目覚めさせる

そんな話に変わるだけ。

その時は

人間vs魔神vs魔王の三つ巴となり、

砂縛は荒れに荒れたでしょうが。

 

 

■■■

 

…まあ、はじめに、

はじめに助けを求められたときに、

ちょっと手を差し伸べれば良いだけなんです。

それだけで、

これだけ道が変わるのだから。

 

魔神たちの力は「救い」ではありません。

人間の望みを聞き叶えることを

「救い」とは言いませんよ。

 

彼らは、特にこの道であるならば、

一から十まで手出しせずとも

協力し助け合い必ず未来を掴みます。

それは「必ず」。

たとえ彼らが望む道に入らなかったとしても、

それを「失敗」として壊すなど

誰にも許されない。

そんな無粋なことをするなんて、

「傲慢」としか言いようがない。

 

彼らの「今」を否定するな。

高々個人の価値観で

他人の人生不幸だと決めつけて

勝手に改変するんじゃねえ

 

彼らが脱獄できなかったから「失敗」?

未来を変えられなかったから「失敗」?

何故高々一個人の判断でそれを決め、

勝手に時を戻すのか。

 

人は時の流れに逆らえない。

それに逆らおうとするならば、

人は罰を受けるのに。

 

どれだけ彼らが立ち回っても

どっかの誰かが引き金引けば

「なかったこと」になるからやるせない。

 

さあ今回選んだ道を

アレはどう判断するんだろうね?

 

 

さてさて、

ここはもう触れない。

縛った縄を解けるのは

ここに生きる彼らだけ。

ここはもう諦めて

次の場所へ行きましょう。

風さえ泣く、森の中へと

 

next


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
2
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択