No.84021

ミラーズウィザーズ第三章「二人の記憶、二人の願い」07

魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第三章の07

2009-07-13 01:36:06 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:379   閲覧ユーザー数:332

   *

「はい。エディも食べる?」

 差し出されたマリーナの手には琥珀色に染まった肉桂(ニッキ)の根が一本。鼻に通る薬味の香りが鼻腔をくすぐる。

 魔法学園の校内は小春日和の陽気に包まれていた。

もうすぐ冬は終わり、山野が新芽で覆われる季節またやってくる。学園にも、その季節の足音は確実にやってくる。花壇に植えられた薬草も、申し訳ながら花蕾を大きくしていた。だからだろうか、エディ達がいる学園の中庭も、いつもより人影が多く見える。そんな生徒達の憩いの場である中庭のベンチには、エディとマリーナ、いつもの二人が腰掛けていた。

「これ、いつも持ち歩いてるね」

 と呟きながらも、隣に座るマリーナに差し出された肉桂(ニッキ)をエディは口に放り込んだ。

 噛みしめた根から甘辛い独特の味が口内広がっていく。唾液と混ざり合っていく薬味はなんとなく癖になる。砂糖で煮込んだ肉桂(ニッキ)の根を干したスティックは、マリーナお気に入りのお菓子だった。

「オレにも一本くれよ」

 そのベンチに座っていたのはエディとマリーナの二人だけではなかった。マリーナを挟んでエディの逆側には大柄の男性が一人。彼はエディとは学園の落ちこぼれ仲間であるバルガス・ミリガルアだ。手を背もたれに回して無意味に大きな態度が非常に彼らしい。見た目も魔法学園の学徒というより、街の破落戸(ごろつき)か、よくて没落貴族のやさぐれた三男坊といった風体をしている。

「え~。どうしてバルガスにあげなくちゃなんないのよ」

「いやいや、どうしてエディにはやれて、オレにはダメなんだ?」

「餌付けするのはこの子だけで充分よ」

 とエディはマリーナに抱き寄せられる。頭を撫で回されるところ、なんだか犬、猫と同じ扱いだ。

「私、餌付けされてるんだ……」

 と遺憾の言葉を漏らしながらも、エディは、むにむにと肉桂(ニッキ)を噛みしめる。

 朝からの講義が終わった空白の時間、マリーナとエディはやることもなく学園の中庭にあるベンチで休憩をしていた。

 どうにも女性というのは生まれついてのお喋りと運命付けられたものらしく、二人は学園のそこかしこから聞こえる喧噪を背景にして雑談に花を咲かせていた。そんな仲むつまじい談笑に、いつも学内をふらふらとぶらついているバルガスが現れて、図々しくも割り込んで来たのだ。

〔餌付けとな。これは面白い。主よ。与えられるものをほいほい食うては腹をこわそうぞ。それに主なら、知らぬ奴でも甘い物をやると言うたら、ほいほい付いて行きそうじゃ〕

 ベンチに座る三人の背後で宙に寝そべるユーシーズが無邪気に笑う。まるで空気をベッド代わりにするように浮かぶ様子は、気持ちよさそうで見ていて羨ましくさえ思えてくる。

(子供扱いしないでよ。いくら私でもそんなことしないよ)

〔どうじゃかな、くくく〕

 もちろんエディが心中で答えるので、ユーシーズとの会話はマリーナ達には聞こえない。いわば魔法学園生徒の鼎談に一人の幽体がおまけ付きだ。

 なんだかんだ言って、マリーナから肉桂の根をもらったバルガスは、まるで煙草のように口にくわえる。そして、ベンチに座る腰を更に前にずらして足を投げ出した。

「あ~。かったり~」

 あまりにもやる気が削がれる声だった。バルガスは空にある雲を仰ぎ見るように、ベンチに全体重を預けた。

「かったるいって、今朝の講義にも出ていない奴が何言っているのよ」

 マリーナの指摘をバルガスは鼻で笑う。

「講義なんて出ても出なくても大して変わり映えしねぇよ。面倒臭ぇだけだ」

「バルガス、また単位落としちゃうよ」

「けっ、単位の話ならエディにだけは心配されたくないね。それにいいんだよ。単位なんてどうでも」

 とても学生とは思えない言い様で、聞いているエディ達の方が、やれやれと渋い顔をする。

 エディはバルガスの性格を羨ましく思う。同じ落ちこぼれという立場にいる二人だが、その気の持ち様は両極端だ。

 根が真面目で融通の利かないエディは、講義には欠かさず出るし出来るだけ単位は落としたくないと常識的に考えている。それで単位を落とした日には気が重くやるせない気分になる。

 しかしバルガスは違う。講義にはほとんど顔を出さないし、単位だって幾つ落としたか数える方が疲れるという状況。どうして未だに退学にならずに在籍出来るのか不思議なぐらいの不良生徒なのだ。それなのにバルガスはあっけらかんとして、自由気ままに生きているという印象を受ける。

「もうちょっと努力すればいいのに。そうしたらバルガス、私よりきっと上にいけると思う」

 それはエディの率直な感想だった。エディは落ちこぼれとしては少し特殊な人間だ。座学は決して悪くない。座学だけで見れば学生全体で中の下程度。魔学を学び始めてから日が浅いのを鑑みればむしろ優秀であるとさえ言える。それなのに魔法制御が全く出来ずに実技が全滅。それがエディが落ちこぼれと言われる所以だ。

 加えて、エディの魔法修練に対する態度だけでいえば真摯とさえいえる。対するバルガスは勉学にも修練にも不真面目の一言。エディにしれみれば、態度を改めて真面目になれば、エディと違い彼の成績は跳ね上がるはずだと考えているのだ。

「……エディ。わかってんのか、わかってねぇのか、わかんねぇこと言うなよなお前。オレはただ、もっと気楽に生きたいんだよ」

「それ以上に? 今でも充分お気楽学生じゃないの」

 と、マリーナも呆れ顔。そして直ぐに頬を緩ませ、何が楽しいのか、にたりと顔を緩める。暖かな日差しが照らす彼女の顔にえくぼが浮かんだ。

 明るい笑顔だ。どうにも卑屈になってしまうエディには出来ない無邪気な笑顔がそこにある。

〔くくく、主らはほんに面白いのぅ。よくこのような面子を集めよったわい〕

(何それ? 落ちこぼれ筆頭争いをしている私達に対する嫌み?)

〔素直な感想じゃて〕

 また一つ、ユーシーズに馬鹿にされてしまったと、エディは溜息を吐く。相手が誰であれ、エディは誉めて欲しいのだ。それは落ちこぼれと呼ばれる人間の性(さが)である。

 不意に三人の会話が途切れた。幽体のユーシーズさえも何も言わないものだから、なんとも言えない間が空いてしまった。

 この三人は魔法学園の学徒としては決して恵まれた存在とはいえない。学内序列とは縁がない。それが実力と言われればそれまでなのだが、三者三様の事情で学園では日陰者である。『九星(ナインズ)』のような華々しい表舞台で活躍したいという願望を深心に押し込めて学園生活を送るしかない三人。

「静かね……」

 マリーナが呟いた。それほど辺りが静閑だったわけではない。学び舎独特の喧噪は遠くから聞こえてくる。それに中庭には他のにも何組かの学生達がたむろしている。決して、物音のしない静寂を覚えたわけではない。それなのに静かさを感じているのは、マリーナだけではない。

 恐らく、今初めて学園に来た者ならこれが普通の学園だと思うに違いない。しかし、この学園に身を置くエディ達には、その違和感をはっきりと認識することが出来る。

「ほんと面倒臭えってんだ。どうして戦争なんてやりたがるんだか」

 ここ数日、正確にはブリテン軍が海峡に展開した日から、確実に学園の空気が変わっていた。

 硬く、鋭く、そして僅かに戸惑う雰囲気。まるで学園自体がそんな魔力に包まれたような、呪詛(じゅそ)にでもかかったような重たい現状。

「誰も戦争なんかしたくないよ、きっと……」

 エディの呟きとは裏腹に、確実にブリテンとの戦争の準備は進んでいた。

 魔法学園講師、ひいては『連盟』の魔法使いでもある学園職員達は、皆、関係各所を飛び回り、対応の協議や打ち合わせを繰り返していた。その動きは学生側にも波及している。防衛戦の戦力として派遣されることが決まっている『四重星(カルテット)』に限らず、戦闘用の魔道具の製造に当たれる生徒は、念の為の準備と称して駆り出され始めている。


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
2
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択