No.835701

真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第百三話

ムカミさん

第百三話の投稿です。


これと次話くらいで拠点回は纏めてしまおうと考えています。

2016-03-06 01:26:26 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2913   閲覧ユーザー数:2395

斗詩、蒲公英。

 

この二人は、今現在の許昌の民たちの間で話題の人物となっていた。

 

確かに二人とも腕っぷしの方は確かな魏の武将としても名が通っているのだが、残念ながら噂の主体はそちらの方では無い。

 

それどころか、真逆に位置するとも言えるその内容は。何とも意外なことに、子供たち相手の遊戯であった。

 

発端は偶々斗詩と蒲公英の休みが重なった日のこと。

 

買い物、或いは息抜き。そんなこんなで偶然二人は公園で居合わせた。軽く挨拶し合い、何とは無しに並んで座る二人の目の前では子供たちの集団が遊んでいた。

 

遊びの内容は実に他愛無いものであったが、中に悪戯好きな子がいたようで、至る場面で思いついた悪戯を繰り広げていた。

 

これを見て悪乗りしたのが蒲公英である。

 

「ねぇねぇ、キミ?もっと大きな悪戯、仕掛けてみたいと思わない?」

 

そう言って微笑みながら近づく蒲公英の姿は、見る人が見ればまさに悪戯好きの小悪魔の笑みそのものであったろう。

 

蒲公英はある意味で天才的なその頭脳をもって、その子供に様々な悪戯を伝授する。

 

それと同時、悪戯の標的となって仕返しを目論む子たちを目ざとく見出し、その子たちにもカウンターアタックを授けていた。

 

斯くして繰り広げられる、子供たちの間の悪戯合戦。

 

字面だけで見ればそのまま仲が険悪になってしまいそうなものである。

 

しかし、蒲公英の凄いところは、それらの悪戯によって最終的には笑顔を引き出すことであった。

 

実はこの蒲公英の悪戯、魏の将たちにも規模を大にしてよく仕掛けられる。

 

但し、いずれの場合においても大きく仕事をロスさせるようなものは決して用いていない。

 

ここ最近の城内に漂う張りつめた空気。これを皆の緊張と共に解してやろうという、蒲公英なりの行動なのであった。

 

そんな蒲公英が扇動した子供たちの悪戯合戦が佳境を迎える頃合いを見て、斗詩がパンパンと手を叩いて子供たちの注目を浚う。

 

「はいは~い、君たち~。そのお遊びはこの辺りで終わりにしておこうね~」

 

「「え~~~っ?!」」

 

当然、子供たちからは抗議の声が上がる。

 

が、斗詩は人当たりの良い、優しい笑みを浮かべたままこう続けた。

 

「ほら、次は皆で仲良く、天の遊びをしましょうね?」

 

「天の遊び~?あ!もしかして北郷様の?!」

 

「知りたい知りたい!教えて!」

 

加減を知らない子供たちが泥沼なやり込め合いに陥ってしまう前に、斗詩は巧みに子供たちの興味を惹く話題を引き出す。

 

それはこれまでのふとした瞬間に一刀から聞いたことのある現代日本、つまり天の国の遊びであった。

 

中には大陸の子たちが知っているものもあったが、取り分け道具を用いる遊びは目新しく、子供たちの興味を惹いて止まない。

 

ただ、相手は民の子供たち。当然あまり遅くまでは外にいられない。

 

そこで斗詩は愚図る子たちに、また来るから、と約束する。

 

これを機に、時折蒲公英と斗詩の姿を公園で見られるようになったのだ。

 

初日のような具合で蒲公英の伝授する愉快な悪戯、斗詩の話す未知の遊びは子供たちに大人気となる。

 

子供達には必ず親も付いてくるので、自然その人たちと二人の内手の空く方が会話を交わす機会も増えることとなった。

 

これが魏の上層部にとって非常に良い方向へと働く。

 

それまでは華琳を筆頭に魏の将官という存在は武官であれ文官であれ民にとって近寄りがたく、接しづらい存在であった。

 

一刀や恋という例外がいるにはいたが、それでも良く接するのは二人が利用する店の者たちばかり。

 

生産階級な庶民にとっては会話するようなことさえままならない、雲上人同然の存在に違いなかった。

 

ところが。蒲公英や斗詩は、二人の性格もあるのだろうが、実に気さくに民たちと会話を交わす。そこに民たちが思うような垣根など存在していなかった。

 

初めこそ恐る恐るといった様子で話しかけていた民たちも、次第に慣れていく。

 

やがては、二人が自らの境遇を自虐ネタとして使っても笑いを誘えるほどにまで打ち解けられたのであった。

 

 

 

そしてこれだけ話が大きくなれば、華琳たちの耳にも届いてくる。

 

報告を聞き、念のために真偽を確かめさせた華琳は、然る後に二人を呼び出した。

 

何か失態をしでかしたか、と冷や冷やする二人に対し、華琳は大きな笑みと共にこう告げた。

 

「貴女たち二人、民の心をよくぞ近づけてくれたわ。

 

 これで少なくとも許昌の民にとって魏の影響は堅如盤石たるものとなったわ。零のお墨付きよ。

 

 そこで、これからもかの活動を続けてもらう。何も無理にやれとは言わないわ。今までのような感じで結構よ。

 

 その代わり、貴女たちには可能な限り好きな褒美を取らす。

 

 何か欲しいものはあるかしら?」

 

これにはさすがに二人とも大いに驚き、暫しの間思考が硬直してしまった。

 

やがて硬直が解けると、それぞれどうしようかと悩む。

 

別に二人で相談したわけでは無い。が、面白いことに望むことはどちらも同じであった。

 

曰く、今はまだ早急に求めるものは無い。だから、後々に回すことは出来ないだろうか、と。

 

華琳の側には特にこれを断る理由も無い。

 

これを許可したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は~、なるほどな~。でも、あの二人らしいんちゃうん?

 

 それが華琳にとってもええことやったんなら、別に誰が困るもんでも無いんやろ?」

 

「まあそうだな。それに、民との交流ってのはいずれ華琳か桂花に進言しようとは思っていたから、早期に片付いて良かったよ。

 

 どうやって進めるべきか、俺にも具体的な考えはまだ無かったからな」

 

街を行く霞と一刀の会話。

 

それは先述の斗詩、蒲公英の褒賞の件についてであった。

 

霞の素朴な疑問に肯定を返した一刀は、更に少し言葉を付け加える。

 

すると、これに霞が食いついた。

 

「それや!そこが分からんねん。

 

 一刀は今もこうやって交流持っとるやん?それでええんちゃうの?」

 

言って、霞は自らの周囲、露店商区画を示す。

 

ここで先ほどから一刀は店主たちと会話を交わしながら欲しいものを購入していた。

 

主な目的は公務としての視察なのだが、同時に個人的な用向けで物資の買い込みをしていて、それ故に多くの商人と会話している。

 

その様子をもって霞は”民との交流”と見ているからこう言ったのだが、一刀が返したのは苦笑だった。

 

「交流って言ってもほんの一部の人たちだけさ。

 

 それじゃあ意味は薄い。でも、だからと言ってその一部、つまり店に関係する民以外と交流を持つことは難しい。

 

 だから悩んでいたんだよ」

 

「それをあの二人がいつの間にかやってのけてたっちゅうわけか。

 

 あいつら、最近は鍛錬の方も調子ええみたいやし、ほんま絶好調やなぁ」

 

「武に関してだけ言えば、霞はその二人以上じゃないか。

 

 二人にとってはむしろ意図せず行ったそれよりも武の方が重要だと思うけどね」

 

羨まし気なものを声に滲ませた霞に一刀はまたしても苦笑で答えることとなる。

 

が、その内容には霞が食って返した。

 

「あんなぁ、そらウチかてあんたと恋に勝ちたいんやから鍛錬は頑張っとるわ。

 

 ほんでもまだ一刀にも勝ててへんし、恋なんて最近は余計に差開けられとる気しかせんねん!」

 

「あ~……恋に関しては同意しか無いな……

 

 まさか、あそこまで吸収が良いなんて思わなかったよ。

 

 もう何というか……鬼に金棒どころの話じゃ無くなってきているしな……」

 

それでも、と一刀は苦笑や困惑が大半を占めていた表情を真剣なものへと変化させて続ける。

 

「今の恋でも、孫堅や馬騰には届いてない――と思う。

 

 恋はこのまま成長を続けてくれればなんとかなるかもしれないが、それでも抑えられるのは一人まで……

 

 あと最低一人、どうにかあの二人の化け物に対抗出来るだけの武を身に付けてもらわないと……」

 

「そんなこと言っとるけど、一刀は自分がそうなったろ、思てんねやろ?」

 

「はは、まあな。曲がりなりにも皆の指導教官みたいな立ち位置にいる者としては、そう易々と抜かれるわけにはいかないし。

 

 だが、如何せん俺が恋や、或いは霞、斗詩、凪たちみたいに劇的に武を伸ばすには、大きな壁があるんだよ。

 

 まずはそこをどうにか越えられないと。しかもその先にもまだ見知らぬ壁があるかも知れない。

 

 最悪、直に俺の武は頭打ちになる可能性がある。だから――――

 

 というか、霞……今の言葉、霞にこそ返そうか?」

 

「へ?なんでいきなりそないなこと?」

 

「……さっきの霞の顔、鏡で見てみれば誰でも分かると思うよ。

 

 すぐに自分が追いつき、追い越し、その位置に立ってやる、って顔してたぞ」

 

そう言った一刀の言葉を聞き、霞はたはは~、と悪戯がバレた子供のように後ろ頭を掻いた。

 

それもすぐに引っ込めると、不敵な笑みを以て一刀の言葉に返す。

 

「ウチも武官の端くれや。相手がどないな奴やっても、他の連中を皆蹴っ飛ばしてウチがてっぺん獲ったろっちゅう気概は勿論あるわけや。

 

 ほんでも、今はまだあんたの方が上なんは事実やからな。

 

 けど、中々おもろい話聞けたで~?

 

 うかうかしとったら、ウチが一刀のさっきの言葉、現実にしたるさかい、覚悟しときぃ!」

 

「最近の霞を見てると、本当に怖いな。

 

 俺も、一層気を引き締めて臨むとしよう」

 

口ではバチバチやりながらも笑い合う二人の間には、険悪な雰囲気など微塵も存在していなかった。

 

良いライバル関係。切磋琢磨し合える仲。

 

それらに加えて、絶対的な目標として存在する恋。

 

魏の武官には、伸びしろはもちろん、伸びやすい環境が好条件で多々揃っているという、恵まれた状況を再認識出来る一幕だった。

 

ちなみに、露店区画の視察もさしたる問題も無し。

 

一刀や霞が現れて緊張する者はあれど、贈賄のような不埒な行為で利を追い求めようとする輩は全くいなかった。

 

この区画が賑わい出した当初こそ存在したそのような者たちも、魏の官僚が――主に一刀が、であるが――そういったものには厳しい目を向けると知るや、出すことはなくなったのだ。

 

そのおかげか、露店区画で息が長いのは商品の質が良く、値も良心的な店ばかり。

 

それだけに、今までずっと許昌内での人気スポットの地位を守り続けてきたのだ。

 

この日の一刀も、未だ大陸では珍しい香辛料を始め、いくらかの鉄製品や細工物を購入し、満足気な様子。

 

視察兼買い物を終えた後、まだ街をブラブラするという霞と別れ、一刀は城を目指す。

 

可愛い妹分たちと、久しぶりにゆっくり過ごす約束をしているからであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

城内の食堂では件の妹分たる二人、季衣と流琉がそわそわしながら待っていた。

 

と、食堂の入り口に一刀が現れるや、寸秒で発見した季衣が大きく呼びかける。

 

「あ、来た来た!兄ちゃ~ん!」

 

「兄様!お疲れ様です!あの、お仕事の方は、その……」

 

「や、季衣、流琉。仕事の方は大丈夫だよ。今日の分はもうほとんど終わらせたから」

 

片手を上げて応じつつ、一刀も二人の座っていた席へと歩み寄る。

 

そこに購入してきた荷を下ろすと、途端その中身を見た流琉が目を輝かせた。

 

「あっ、この香辛料……兄様、もしかして『かれぇ』の材料ですか?!」

 

「えっ?!ほんと、兄ちゃんっ?!」

 

「うん、そうだよ。丁度例の露天商が訪れてきていたからね。

 

 ただ、今回は短期間で折り返して来たからか、量が少ないんだよなぁ。

 

 というわけで……他の皆には内緒で、こっそり作ってこっそり食べちゃおうか」

 

悪戯気な笑みでウインクして見せた一刀に、季衣も流琉も満面の笑みでの首肯で応えたのだった。

 

 

 

一刻の後には、スパイスの利いた匂いの残滓漂う一角にて満足気な顔を浮かべている三人の姿があった。

 

三人並んでワイワイやりながら料理をし、賑やかな食事を楽しみ。今は食後のリラックスタイムといった様子。

 

かと言って、何も会話が無いわけではなく。取り留めも無い世間話やここ最近の話題についてなど、特にこれと言った中身の無い会話を交わしつつ、のんびりと過ごしていた。

 

と、そんな折、話題は各々の近況へと移る。

 

ここで初めて、これまでずっと眩しいくらいに明るかった季衣の顔が僅かに曇った。

 

季衣にしては珍しいそんな表情を一刀は決して見逃さない。

 

「どうかしたのか、季衣?何か悩み事とかあるんなら、遠慮せずに話してくれ。

 

 大丈夫、決して他言はしないと誓うよ?」

 

「あ……えっと~……」

 

チラ、と季衣は流琉と目配せし合う。流琉は少し躊躇い気味ながらも頷いていた。

 

どうやら季衣の悩みとやらは二人にとって共通するもののようだ。

 

流琉の許可を得て、季衣はその内容について一刀に話す。

 

「あのね、兄ちゃん。

 

 最近、凪ちゃんや斗詩さんが凄い勢いで強くなってるじゃん?

 

 でも、ボクたちはそうでも無くて……それで最近流琉とよく話し合うんだ。

 

 どうやったらもっと強くなれるんだろう、って。

 

 それで色々考えて試したりはしてるんだけど……でも、分からないんだ」

 

「兄様。もしよろしければ、何が私たちに足りないのか、教えてはくれませんか?」

 

意外なことに――いや、仕事に真面目な二人にとっては当たり前のことか――二人の悩みは己が武についてのことであった。

 

改めて助言を乞うその様子にはどこか切迫したものが混じり、相当真剣に悩んでいた様子が見受けられる。

 

そんな表情でこの二人に迫られては、さすがに軽い一言二言でこの場を済ませる気にはちょっとなれなかった。

 

そこで一刀は簡単な問いを二人に投げ掛けつつ、具体的な案を検討することにした。

 

「そうだな……まず季衣と流琉に聞いておきたい。

 

 どうして強くなりたいのか。強くなって為したいことは何なのか。

 

 その辺りのことを素直に話してみてくれ」

 

「えっと、んと~……

 

 ボクたちは最後なんだから、勝たなきゃダメ、だから?」

 

「ちょっと、季衣。色々抜けてるよ。

 

 すみません、兄様。えっとですね……

 

 以前、いざ戦になった時のことを季衣と話してみたことがあるんです。

 

 そこで私たちが出した結論が、華琳様の親衛隊として最終防衛線に立つ私たちは、絶対に敗北が許されない、ということでした。

 

 それでも、そこまで突破してくるような方を想定すると、私たちではどうにも歯が立たないとしか思えず……

 

 なので、もっともっと強くならないと、って思ったんです」

 

「なるほどな……

 

 つまり、強くなる目的は端的に言えば『守るため』。そういうことでいいんだな?」

 

一刀が一言で纏めると、季衣も流琉もこれに頷く。

 

それを見てもう一度なるほど、と呟いてから一刀は目を閉じて黙考に入った。

 

どういう道を示すべきか、どうやって言い聞かせてやればいいか。

 

様々考え、選択肢を広げ、検討し、絞っていく。

 

そうして思考に没入すること数分、ようやく考えを定めた一刀がゆっくりと目を開いた。

 

その目に真っ直ぐ見つめられた季衣と流琉は、緊張から思わず生唾を飲み込む。

 

開かれた一刀の口から、二人の進む道が示された。

 

「季衣、流琉。二人は『強くなる』という点では無く、『守る』という点に主眼を置くことにしよう。

 

 こうした時、排除すべき考え方がある。それが、”一騎打ち”だ。

 

 二人が今悩んでいるのは、要は一対一での仕合において伸び悩んでいる、ということだろう?

 

 だが、前線で全体の士気を左右するような場面ならばともかく、押し込まれた局面において悠長に一騎打ちに興じる余裕なんてものは無い。

 

 ならば、『守る』ために二人が今考えるべきこと。

 

 それは”密な連携”だと俺は考える」

 

「ミツな連携……?」

 

「密……あの、兄様。それは今までの季衣との連携鍛錬とはまた違ったもの、ということですか?」

 

首を傾げる季衣に対し、流琉は一定以上の理解を示し、逆に問いを返して来た。

 

この内容は予期していて、一刀はすらすらと答える。

 

「半分は同じだが半分は異なる。

 

 今まで二人に徹底させていたのは、互いが崩れかけた時の立て直しの補助、それから攻めあぐねた場合の攻め口のこじ開け、だ。

 

 それ以外の場面においては、各自攻め時と見たら攻めて良し、といった具合だった。

 

 この連携を”密”にするならば、組んで戦う二人の全ての行動がかみ合っていなければならない。

 

 要するに、二人で一人の人間のように戦う、ということだな。

 

 理想形は、片方の攻撃時の隙をもう片方の攻撃が掻き消す。その攻撃の隙をまた次の攻撃で掻き消す。これを繰り返すこと。

 

 二人とも特殊な中距離武器だからこの隙というものが大きいわけで、実はこれが仕合という場面で伸び悩む理由だと思うんだ。

 

 ならば、いっそ協力し合ってこの隙を無くしてしまえ。そういうことだ」

 

この答えに流琉は目を丸くして驚いた。

 

季衣もまたここで理解出来たようで、流琉同様に驚きを示している。

 

その驚きを言葉にして表したのは流琉であった。

 

「で、ですが、兄様。

 

 将たる者、一騎討ちに強くあらねばならない、と他の皆さんから聞いています。

 

 兄様の仰る通り、季衣と組んで戦えば確かに状況が改善される可能性はありますけど――」

 

「流琉。俺が戦場において一番大切だと考えているものが何か、覚えているかい?

 

 将たらんとした”綺麗な行動”じゃあない。勿論、あるに越したことは無い。

 

 だが、俺が常々言っている、最も大切なもの。それは”生き残ること”だ。

 

 もしも流琉が、目的も信念も無くただ戦場で美しく戦った果てに散ることを望んでいるのならば、なるほどそれを止めはしない。

 

 だが、確固たる目的や信念が己の内にあるのならば、どうしてそれを”将として綺麗であること”より優先させないなんて選択肢があるんだ?

 

 泥臭かろうが後ろ指をさされることになろうが、最終的に生き残って目的を達することが出来ないと意味が無い。違うか?」

 

「兄様……いえ、その通りです!

 

 すみません、兄様。私、本当は分かってなんていなかったのに、分かっていたつもりになっていたみたいです」

 

「いや、何もそれは悪いことでは無いんだよ、流琉。

 

 ただ、どこに重きを置くのか、というだけの問題なんだ。一応、そこだけは間違えて覚えないでくれるかな?」

 

「あ、はい。分かりました。気を付けます」

 

直前に強く意気込んだだけに、流琉は少し照れて罰の悪そうな顔で謝る。

 

一連の流れからも分かる通り、流琉は理解が早い。

 

根が素直な流琉はこうであるからこそ上達も早く、将来に大いなる期待が出来るのだ。

 

その流琉と対となる季衣はと言うと、必死に首を捻りながらどうにか自らの理解を口にする。

 

「えっと……つまり、兄ちゃんが言ってることって、これからは流琉と二人で戦え、ってことだよね?

 

 どんな手を使ってでも、ボクらの手で華琳様を守れってこと、だよね?」

 

「ああ、そうだ。春蘭や霞みたいに最前線で華麗に戦うわけでは無い。

 

 秋蘭や菖蒲のように目立ちにくくともキラリと光る活躍を見せられるわけでも無い。

 

 言ってしまえば、地味な、それでいてキツイ役目だろう。

 

 だが、限りなく重要な役目でもある。だからこそ、”どんな手を使ってでも”ということだ」

 

「そっか……うん、分かったよ、兄ちゃん!

 

 そっかそっか。流琉と一緒に戦えば、それだけで良かったんだね!」

 

季衣は流琉ほどは聡く無いかも知れない。だが、素直さでは流琉に決して引けを取らない。

 

そして何より、季衣は流琉以上に素直さの中に柔軟性を併せ持っている。

 

今も流琉に遅ればせながら理解に至ると、将として共闘するという点には特段疑問を抱かなかった。

 

これは直前に一刀が言った言葉、”確固たる目的が最優先”ということを抵抗なく受け入れていたからであった。

 

そんな季衣の気質が、一刀を始めとする実力上位の将たちから教わる内容を余さず取り込み、武の上達に繋げていることに疑いは無い。

 

しかもこの二人、同郷の幼馴染なだけあって息もピッタリなのだ。

 

これは連携を取るに当たって大きなアドバンテージとなる。

 

その求められる連携の深さ故に一朝一夕では顕著な変化は見られないだろうが、それでも短期間の内に見違えるような結果を示してくれるに違いない。

 

一刀はそう信じているのであった。

 

「さて……これからどうしようか?」

 

「う~ん……兄ちゃんってお仕事は終わったんだよね?」

 

「うん。まあ終わったよ」

 

「だったらさ!ボクたちの部屋に行こうよ!

 

 もっと遊びたい!いいよね、兄ちゃん?」

 

「俺は構わないが、流琉はいいのか?俺が部屋を訪ねても?」

 

「はい、勿論です!」

 

「そうか。よし、それじゃあ、そうしよう」

 

真面目な話はここでお終い。

 

そう割り切って、残る時間を楽しく過ごすため、三人は連れだって食堂を後にしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ということがあってさ。

 

 皆ちゃんと伸びてはいるんだけど、やっぱりどうしても比べちゃうんだよね」

 

「ふむ、なるほど。

 

 確かに、季衣も流琉も初めの頃に比べて格段に強くなっているな。

 

 だが、それ以上に凪や斗詩が伸びる勢いが凄まじい。私もあの二人には少々危機感を覚え始めているくらいだよ」

 

ここのところ続いた武に関する話題。

 

これを持ち掛けるならば、一刀にとって最適な相手はやはり秋蘭であった。

 

昔取った杵柄で、多々入る情報の処理も他の武将に比べて上手い。

 

何より一切の隠し事を必要としない相手というのが一刀にとってはありがたく、楽なのだ。

 

特殊な武器、戦闘法の者が多い魏では、単純に誰の伸びが早いのかは分かり辛い。

 

そこで指標となるのが仕合の結果である。

 

件の伸びの良い者たちはここで最近勝率を大きく伸ばしている者たちであった。

 

「秋蘭の武器は弓だからね。

 

 そうそう一朝一夕で強くなれない種類の武器だけに、その気持ちも分かるよ。

 

 でも、弓を扱う者は時間を掛けて新たな技術を会得するたび、グンと強くなれる。

 

 俺の刀や恋たちのような戟の伸び方が右肩上がりの直線だとすると、弓はさながら階段みたいなものか」

 

「ほう、そういう考え方もあるのだな。

 

 だが確かに、私たち弓使いの技はものにしなければとてもでは無いが実戦で使えるようなものでは無いな。

 

 ふふ、ならばお前の言う事を信ずるなら、一息にいくつもの新技術を会得出来れば、お前をも越えられるかも知れないな、一刀?」

 

そんな冗談じみたことを言って悪戯気に笑む秋蘭の顔は、とても眩しい。

 

秋蘭の方も一刀のことを気の置けない相手だと心から思ってくれていることがよく分かるから、そう感じるのだろう。

 

「はは、そうだな。

 

 尤も、俺もそれを黙って眺めているつもりは無いぞ?

 

 俺も今現在、階段状に伸ばせる可能性が高い技に挑戦中なのだしな」

 

秋蘭が冗談のような方向に話を持って行ったということは、彼女が一刀の懸念はいらぬ心配だと判断したということだと受け取った。

 

だから、一刀も直前の相談に近い話は切り、秋蘭の調子に合わせる。

 

引き締めるところは引き締める。抜くところは抜く。切り替えは思い切り良く。

 

それは予てより裏ででも動いてきたこの二人が、着実に自らを回復させるために身に着けた技能であった。

 

和やかに過ぎる二人の会話に暗に示される会話は、まだ問題にするほどでは無い、ということ。

 

こう言えば、ならばどこかに問題にするべきポイントが存在するのか、と問いたくなる。

 

これを問えば、二人とも口を揃えてこう答えるだろう。

 

”それは、その時が来るまでは分からない”。

 

それでも。その瞬間が訪れた時、決して見誤らず、的確な対処が出来るように。

 

二人はこれまでもこれからも、気になることがあれば共有していくのだろう。

 

もしも華琳が知れば、きっとこう言うに違いない。

 

『貴方たちがいれば、我が魏の武官は安泰ね』

 

未だ架空のその言葉を実現させるため、二人は気を緩めることは無い。

 


 
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