No.82921

恋姫✝無双 偽√ 第八話+おまけ

IKEKOUさん

 久々の偽√の投稿になります。お待ちして下さった方ほんとうに申し訳ありません。

 誤字、おかしな表現がありましたらご報告していただけると嬉しいです。

 また、現在、偽√を書いているのですが華琳のいる居城は洛陽と許昌どちらなのでしょう?自分の作品内では許昌ということにしているんですが

2009-07-07 01:05:06 投稿 / 全13ページ    総閲覧数:15824   閲覧ユーザー数:12334

 

 

 翌朝、侍女が俺の部屋に呼びに来た。なんでも曹操が主要な将達を玉座の間に集めているらしい。なにか重要な話でもあるのだろうか?

 

 

 玉座の間に入った瞬間、全員が俺の方をみた。疑惑、敵意、蔑み、けして好意的とは言えない視線が俺の全身を貫いた。

 

 

 居づらいことこの上ない。助けを求めるように辺りを見渡すと霞の顔が目に入ってきた。

 

 

 霞も俺に気づいたらしくこちらに近づいてきた。

 

 

「おはようさん。それにしても一刀遅かったなぁ、もうすぐで朝議始まるところやったで」

 

 

「そうなのかこれでも急いで来たつもりだったんだけどな。俺の部屋って離れにあるから遠いんだよ」

 

 

「そうやったんか、大変やなぁ」

 

 

「まぁ、俺の立場を考えたら当然なんだろうけど。それにしても俺って嫌われてるな」

 

 

 自嘲気味に話し、苦笑いを浮かべ周囲をちらりと見る。俺と普通に話している霞も含めて奇異の視線を向けられていた。

 

 

「まぁ追々どうにかなるやろ」

 

 

「そうかな。うん、そうだな。それにしてもこれだけの人数を集めるなんてなにかあったのか?

 

 

「あぁそれは」

 

 

 霞が言いかけた時、玉座の間の奥の扉から曹操が現れた。何も言わずに階段を昇り、玉座に腰を下ろす。 

 

 

 そして自分を誇示するかのように家臣たちを睥睨する。家臣たちは一様に一礼している。その中で俺一人が何もせずにただ突っ立っていた。

 

 

 不意に俺に向けられている視線に気づいた。視線の先には魏王・曹操がいた。その表情からはなにも読み取ることができない。俺を馬鹿にしているのか、憐れんでいるのか、はたまた礼をしない俺に憤慨しているのか。

 

 

 そうしているうちに曹操の口がゆっくりと開いた。

 

 

 

 

「我らは先日、袁紹を官渡にて破った。しかしその残党が河北四州に散在し、武力を解除せず投降しようとしない。これでは河北四州を手に入れたとは到底言えない。そこでこれから呼ぶ者たち、武官には袁紹軍残党に投降もしくは鎮圧すること。文官は記張を確認し、かの地での税収の安定化・律の遵守を徹底させること」

 

 

 そう言って曹操は近くにいた女官に書簡を手渡し読み上げさせた。当然、その中に俺の名前はなかったが。

 

 

「何か質問はあるかしら」

 

 

 女官が読み終わると同時に曹操は皆に声をかけた。周囲の者たちは少しざわついたが一人として答えることはなかった。

 

 

 それを決めたのが曹操だから何か考えがあると皆は納得したのかもしれないが俺はできなかった。新参の俺が発言するのは気が引けるが気になることには変わりなかったので。

 

 

「ちょっといいか?」

 

 

 俺が発言すると同時に全員の目が俺の方に向いた。当然、その視線からは負の感情しか伝わってこない。

 

 

「貴様、華琳さまに向かってその口のきき方はなんだ!?」

 

 

 そう叫んだのは曹操の傍に控えていた夏侯惇だった。今にも剣を抜きそうな剣幕である。曹操を挟んで向こう側にいる夏侯淵も同様に剣呑な視線を俺に突き刺していた。

 

 

「構わないわ。私がそれでよいと言ったのだから」

 

 

「しかし、華琳さま!」

 

 

「控えなさい!それで副丞相、何が言いたかったのかしら?」

 

 

「俺が副丞相ねぇ…」

 

 

「早く答えないか!!」

 

 

 またも夏侯惇が声を荒げる。曹操がそれを視線で制して夏侯惇は下がった。

 

 

「俺が聞きたかったのはさっき呼ばれた人数のことだ」

 

 

「それがどうしたの?」

 

 

「俺が聞いた限りではこの場にいる殆どの人が呼ばれたような気がしたからだ。確かに魏は人材も豊かだってことは知ってる。それにしてもさっき呼ばれた中には軍内の主要な将、文官が多すぎる気がしたんだけど」

 

 

「…それであなたは結局何が言いたいの?」

 

 

「これじゃ他国の恰好の的だ」

 

 

「ふぅん、やっぱり馬鹿じゃないみたいね」

 

 

 曹操は感心したとばかりに鼻から息をはき、魅力的な微笑を浮かべた。男性なら誰もが見とれてしまう様な表情だった。この時の一刀にはなんの意味ももたらさなかったが。むしろ不快ですらあった。

 

 

「質問の答えになってないと思うんだけど」

 

 

 俺は極めて冷静に答える。今すぐにでも曹操の愛らしい頬を張ってやしたい気持ちを必死で抑え込む。

 

 

「そうね。でもあなたに心配されるほどのことではないわ。私には私のやり方がある、今回は見ているだけでいいの。わかったかしら、北郷一刀?」

 

 

 曹操は笑みを寸分も崩さすに告げる。

 

 

「……わかった」

 

 

 なにも言い返すことができなかった。今この時、俺はあまりにも孤独だ。そして何よりも弱かった。

 

 

 この場において、そうここでは弱さは罪以外の何物でもなかった。

 

 

「進発は明朝とする。各自準備を怠るな」

 

 

 曹操は皆にそう言って下がった。そしてその場は解散になった。

 

 

 

 

 

 しばらくの間、その場に残っていたのだが俺も警邏隊と一緒に街を回らないといけなかったので席を立とうとしたが。

 

 

「おい、貴様」

 

 

 声がかけられ振り向くとそこには曹操の側近中の側近、夏侯惇と夏侯淵がそこにいた。

 

 

「何か用か?」

 

 

「調子に乗るのも大概にするのだな。さもなくば貴様の頸と胴体がおさらばすることになるぞ」

 

 

「脅す気か?」

 

 

「姉者も落ち着け。北郷、お前もだ。それに先ほどの言動には私も少なからず憤りを感じた」

 

 

「先に挑発してきたのは曹操の方だと思うんだけど」

 

 

「貴様ぁ!!」

 

 

 夏候惇は俺の胸倉を掴み上げ、地面に放り投げた。そして自らの得物を抜き俺の頸に突き付けた。

 

 

「やめるんだ姉者」

 

 

「止めるな秋蘭!こやつは華琳さまを馬鹿にしたのだぞ!!」

 

 

「今、殺してしまっては拙いことになる。それに、次そのような発言をすれば私が有無を言わさず射殺す」

 

 

「わかった」

 

 

 夏候淵に諭され夏侯惇は剣を引いた。それでも夏候淵からはすさまじいほどの殺気が俺に向けられているのがわかった。

 

 

「…俺は聞きたいことを聞いただけだ。ここにいた皆は曹操が意図していることがわかったかもしれないけど俺はわからなかったからな。それに別に曹操に反抗しようとしたわけじゃない。この許昌ががら空きになるのが気になっただけで、俺なんかに心配されるのは癪だと思うかもしれないけど、これでも今の俺は曹操の家臣だからな」

 

 

 一気に捲し立てる。

 

 

「ふざけるな!!貴様が華琳さまの家臣などと口にするな!!!」

 

 

「姉者、それは」

 

 

 夏侯惇を止めようとする夏侯淵の言葉を遮るように言う。

 

 

「じゃあ、曹操が決めたことに逆らうんだな?」

 

 

「はぁ!?貴様何を言っている!」

 

 

「そうだろう?俺を家臣にすることは曹操が許可したことだ。それを認めないと言うのなら、それは反抗じゃないのか、夏候元譲?」

 

 

「なっ!?私が華琳さまに反抗するなど…」

 

 

「違わないさ。さっき言ったことは事実だ。どう思う、夏候妙才?」

 

 

「……」

 

 

 今までの鬱憤を全てぶつけるように俺は言葉を発し続ける。

 

 

「首を切るべきなのは俺じゃない。お前だ。曹操に忠誠を誓うと言うならお前がここから去るべきだ!!」

 

 

 曹操にも俺と同じ気持ちを味わわせてやりたかった。

 

 

 思わず大声を出してしまい。言い終わってからなんともいえないモヤモヤした感情が湧きあがってくる。

 

 

「「……」」

 

 

 思わぬ俺の剣幕に二人は面食らったようだった。

 

 

「ゴメン…言い過ぎた」

 

 

 目を逸らしながら頭を下げた。

 

 

「こちらも熱くなり過ぎてしまったようだ。だがお前に同情はしない、我らにとって華琳さまがなされることは全て是なのだ」

 

 

「同情なんてして欲しくないさ」

 

 

「なんだと!?」

 

 

 夏侯惇がまた叫ぶ。しかし、俺の耳には入ってこなかった。さっきはあんなに憎くてしょうがなかったのに…。

 

 

 どうやっても俺は甘いのかもしれない。

 

 

「やっぱり…こんな気持ち味わうのは俺だけで十分だよ」

 

 

思わず言ってしまっていた。

 

 

「貴様、何を言っているんだ?」

 

 

「姉者もういい」

 

 

「どうしたんだ秋蘭?」

 

 

 夏侯淵はまだ納得いっていない様子の姉の腕を引いてその場を去る。そして扉の前でこちらを一瞥した。その俺を見据えた目は哀れなものを見るように悲しい色に見えた。

 

 

 俺はしばらくその場を動くことができなかった。

 

 

 

 

 

 俺が警邏隊の集合場所に着いた時にはもうほとんどの隊員が集合を完了していた。何をするわけでもないのでとりあえず三人の小隊長に声をかけることにする。

 

 

「おはよう」

 

 

「おはようさん」

 

 

「あ…おはようなの」

 

「……」

 

 

 三人の反応はまちまちだった。やっぱり楽進は俺の姿を見たとたん不機嫌になってしまった。

 

 

「それで今日の警邏の予定はどうなってるんだ?」

 

 

「「「……」」」

 

 

 質問するのが特定の人物じゃなかったからか誰も答えなかった。

 

 

「じゃあ李典教えてくれるか?」

 

 

「あ、そやね。一応午前に北地区と東地区に分かれて巡回して午後からは南地区と西地区って感じやな」

 

 

「わかったよ、ありがとう。それで俺はどうしたらいいかな?」

 

 

「せやな~。凪どうしよ?」

 

 

「私に振るな。そんな男のことは知らん」

 

 

「そんなこといいなや。華琳さまに怒られんで?」

 

 

「そ、それは…しかたない。午前中は沙和の隊と一緒に、午後は私の隊。それでいいだろう?」

 

 

「え~!?」

 

 

「文句言うな。全て…」

 

 

 楽進はこちらの方を睨んでくる。

 

 

 俺はどうすることもできずに苦笑いを浮かべるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 そうして俺と于禁は午前の警邏に出たのだが全くと言っていいほど会話がない。気まずい沈黙が俺たち二人から隊全体に伝播している。

 

 

「・・・・・・」

 

 

「・・・・・・」

 

 

 なにか話しかけようとするが俺が于禁の方に顔を向ける度に彼女は顔を背ける。

 

 

 淡々と静まりかえった隊が行進する。傍から見れば奇妙さを通り越して恐怖さえ与えてしまっているかもしれない。

 

 

 それが一刻ほど続いた。民家のたくさんある通りを抜け、次に差し掛かったのは若者が好みそうな雑貨や小物、服飾なのを売っている店の並ぶ通りに差し掛かった。

 

 

「あっ!」

 

 

 不意に于禁が声をあげた。その方を見てみるとそこには若い女性客で賑わっている服屋みたいだった。于禁はその店の店頭に並んだマネキンのようなモノに着せられた服を見ているようだった。

 

 

 いくら彼女が軍に所属する将と言ってもやっぱり女の子なんだなぁと思った。それは魏でも桃香達の所でも変わらない。

 

 

「なにか気になるものでもあったのか?」

 

 

「え!?な、なんでも・・・ないの」

 

 

 そう言って于禁はまた顔を背けてしまう。これじゃ堂々巡りだな。

 

 

「少し見ていってもいいんじゃないか?」

 

 

「ホントに!?」

 

 

「構わないんじゃないかな?まだ集合時間にも余裕はあるし、隊員たちには近くを警邏してもらったらいいだろう?」

 

 

 まぁこんなに時間が余っているのも淡々と歩き続けた所為なのだが、それはここで言うのは、俺たちの世界的に言えばKYなるのでやめておく。

 

 

 俺がそう言うと于禁は今まで見せなかったような機敏な動きで隊員たちに指示を出し、自分は目当ての店に入っていってしまう。俺も手持無沙汰だったので後に続いて店内に入ることにする。

 

 

「わ~これめっちゃかわいいの~」

 

 

 于禁は上機嫌そうに服を見ながら声を上げたり、次の瞬間には真剣な目をして服の値札を睨んだりしている。

 

 

 こういう和やかな空気を味わうのは久しぶりだったので思わず頬が緩んでしまう。少しの間、俺はその様子を眺めていた。

 

 

「何か気に入ったものがあったのか?」

 

 

「う~ん、いっぱいありすぎて困るの」

 

 

 さっきまではあんなに余所余所しかった態度も店に入ってから一時的に好奇心が解けたのか普通に俺の質問に答えてくれた。

 

 

 それが嬉しくて俺はさらに話しかけた。

 

 

「そうだな。これなんてどうだ?」

 

 

「あっ!これかなりいいかも~♪・・・っ!?」

 

 

 突然、于禁が後ずさりした。俺と普通に会話していたことに気づいたみたいだ。

 

 

「ゴメン。なれなれしかったかな?」

 

 

「う、ううん。そんなことないの…」

 

 

 口ではそう言いつつも腰は引けたままだった。

 

 

「そんなに怖がらないで欲しいなぁ・・・別に俺は于禁に何かしようとかそんなこと考えてないからさ」

 

 

「・・・・・・」 

 

 

 完全に不安にさせてしまったみたいだ。

 

 

さっき、夏侯姉妹とあんなことがあった後なのにこの娘にはあんな感情が湧いてこないのは普通の女の子としての姿を見てしまったからなのか、言葉は悪いかもしれないが軍事的・政治的中枢に関わっていなさそうだからかわからないけど俺はこの娘と好意的な関係を築きたいと思った。

 

 

 俺は店内の一角に歩いていき、並べられた服の中から一つを手に取った。

 

 

「于禁、これ、君が一番気になっている服だろ?」

 

 

「!?」

 

 

「ははっ、どうしてだって顔してるな。俺、さっき于禁が服を選んでたの見てたからさ。いいんじゃないかな、この服、すごく君に似合ってると思うよ」

 

 

「でもどうして?」

 

 

「うん、この店に入って君が一番にこの服に向かったのが見えてさ。それで他の服見てる間もこの服が置いてある方をちらちら見てたろ?」

 

 

「・・・すごいの。でもその服すごく高くって全然手が出ないの」

 

 

「えっと・・・、冗談だろ!?」

 

 

 値札の方を見てみると俺が想像していた値段とは正に桁が違っていた。

 

 

「これじゃ確か普通は手がでないな。でも・・・」

 

 

「え!?買ってくれるの!?」

 

 

「いやいや無理だって!俺でもこんな大金出せないよ」

 

 

「え~~~」

 

 

「え~、じゃありません!俺が言いたかったのはでも確かに可愛いなって言おうとしたんだよ。・・・それにしてもこれ相当良い布だし、細部まで作り込んであるな。まさに職人技って感じだ」

 

 

「わかるの!?その服ね、阿蘇阿蘇の巻頭に載るぐらいすごいの!!」

 

 

「あそあそ?」

 

 

「阿蘇阿蘇って言うのは流行の服とか小物とかが載ってる雑誌なの。街の女の子達にすごい人気なの」

 

 

「へぇ、初めて聞くなぁ。都会ではそんなのが流行ってるのか」

 

 

「女の子は流行に敏感じゃないといけないの。でも、えっと・・・北郷様?」

 

 

「あぁ、そんなに畏まらなくてもいいよ。様なんてむず痒くて堪えられないからさ、北郷でも一刀でも好きに呼んでいいよ」

 

 

「いいの?・・・じゃあ一刀さん」

 

 

「うん、それの方が気楽でいいや」

 

 

「それでね、一刀さんはすごいの」

 

 

「え?どこが?」

 

 

「だって男の人なのに服のことに詳しいみたいだから」

 

 

「ちょっと服に関わることをしたことがあってね」

 

 

 思い出されるのは愛紗と星のドレスをあつらえるために城下の服屋に通った時のこと。あぁ、あの時の二人は綺麗だったなぁ。

 

 

 もうすごく昔のことのように感じる。まだそんなに時間は経ってないっていうのに。

 

 

「一刀さん?」

 

 

 心配そうに于禁が俺の顔を覗いていた。

 

 

「いやなんでもないよ。それで何の話だったっけ?」

 

 

「うん、一刀さんは服に詳しいって」

 

 

「あぁ、そうだったね。それにしても于禁はそういうのが好きなんだな。服の話をしてる時と警邏してる時と全然印象が違ってびっくりしたよ」

 

 

「それはぁ~・・・皆が一刀さんについていい話してなかったから~」

 

 

「そうだね、うん、そうだよな」

 

 

「で、でも今はそんなこと思ってないの!」

 

 

 于禁はそう言ってくれるが、自分の心の中ではこんなに簡単に俺を受け入れてくれるわけがないと思ってしまう部分がある。

 

 

ここまで俺は荒んでしまっているのだろうか?

 

 

俺を見る親に怒られている幼い子供のような視線が胸を突き刺す。どこからともなく罪悪感が湧きあがってくる。

 

 

俺の眼の前にいる女の子は俺を悪い奴じゃないと言ってくれる。いいや、俺は悪い奴なんだ。さっきも夏侯惇を陥れようとしてしまった。そう言ってしまいたかった。俺がそう言えばこの無垢な女の子はなんと言ってくれるのだろう。 

 

 

蔑むように罵声を浴びせられるかもしれない。それとも慰めてくれるのだろうか?どちらにしても俺は・・・。

 

 

必死で昏い感情を隠し、顔には笑顔を貼り付ける。

 

 

「ありがとう」

 

 

 俺の口は勝手に、そう動いていた。目の前の女の子の目が安堵に輝く。

 

 

 また、こうして俺は人の心を偽り、裏切っていく。

 

 

「よかったの!やっぱり真桜ちゃんが正しかったみたいなの」

 

 

「そう言ってくれるのは嬉しい、けど楽進の言ってることも間違ってないと思うよ。普通の人から見れば俺は悪い奴なんだ。それだけのことをしてしまったからね」

 

 

「でもそれって何か理由があって・・・」

 

 

「うん、そうかもしれない」

 

 

「じゃあそれを皆に話せばいいの!そうしたらきっと」

 

 

「それはできない」

 

 

「え・・・」

 

 

「ゴメン。なにも聞かないでくれると助かる」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「ホントごめん。俺は于禁がそう言ってくれるのがすごく嬉しいよ。だからさ、なんにも気にしないでいいよ。これは俺が解決しないといけない問題だからさ」

 

 

「・・・わかったの。でも私は一刀さんが悪い人には見えないって言うのは本当なの」

 

 

「うん、ありがとう。それじゃあもうそろそろ集合時間だから行こうか?」

 

 

 今度はちゃんと笑えた。本気で笑えた。

 

 

 俺たちは談笑しながら集合場所に向かった。

 

 

 

 

 

 集合場所に俺たち二人の隊が集合場所に着いた時にはもう他の二つの隊はすでに到着し、待機していた。

 

 

「ごめ~ん、遅れちゃったの~!」

 

 

「遅いぞ沙和」

 

 

「だから~謝ってるでしょ~」

 

 

「沙和、なにもされなかったか?」

 

 

 そう言って楽進は俺の方を睨んでくる。

 

 

「別に何もされなかったの。凪ちゃんこそそんなに邪見にすることないと思うの」

 

 

「なんや沙和急に態度が変わったんちゃう?」

 

 

「べ、別にそんなことないの」

 

 

「ホンマか~?」

 

 

「もう、真桜ちゃんってば!」

 

 

 于禁と李典は追いかけっこを始めてしまう。

 

 

「・・・本当に何もしていないのか?」

 

 

 楽進は明らかに殺気を放ちながら俺に告げる。

 

 

「してないよ。前に言っただろ?別に俺は君たちを取って食ったりはしないって」

 

 

「取って食う・・・貴様沙和になにをした!!破廉恥な!!!」

 

 

「はぁ、だから何もしてないって言ってるだろ。それを証明するものはないけど、于禁本人に確かめたらいい。俺よりずっと長い間一緒にいたのなら嘘をついてるかどうかなんてすぐにわかるだろう?」

 

 

「それは・・・」

 

 

「確かに楽進、君が言いたいこともわかる。俺が劉備達を裏切ってここにいるのは紛れもない事実だ。そんな奴に仲間が誑かされるのが嫌なんだろ?」

 

 

「わかったような口をきくな!!!!貴様に何がわかる!?私たちの何がわかるというのだ!!わかるまい!!」

 

 

「わからないよ」

 

 

「それならば!」

 

 

「だったら君が守ればいい」

 

 

「え?」

 

 

「君が守ってあげればいい。大切なものなら大事にすればいい。君にはそう出来る力があるだろう?」

 

 

「何を言っている!?」

 

 

「なんで君は力を身につけたんだ?自らを磨くため?武で敵を屠るため?」

 

 

「弱い民達を守るためだ!」

 

 

「そっか、ならそうすればいい。楽進、君は君が思うように行動すればいい。君を縛るものなんてなにもないだろう?」

 

 

「今もそうしている」

 

 

「・・・羨ましい」

 

 

 小さく呟く。

 

 

「は?」

 

 

「俺はそれができなかった。・・・それだけの話だ」

 

 

 自分の顔が歪んでいるのがわかる。何で俺はこんなことを話してしまったのだろう。

 

 

「・・・・・・」

 

 

 気がつくと楽進が怪訝そうな顔をしていた。

 

 

「今のは忘れてくれ。っとそろそろ昼食を食べないと昼の警邏に間に合わないな。それじゃ俺はこれで」

 

 

 言うが早いか俺はその場を立ち去ることにした。

 

 

 

 

 

 昼食は昨日霞を一緒に食べた店にした。また霞がくるかもしれないと少し期待していたが昼食を取っている間、霞の姿を見ることはなかった。

 

 

 午前の集合時間を遅れてしまったこともあり、午後の集合時間には十分余裕を持たせるように向かった。

 

 

 まだそこに三人の姿は見えない。何にもすることがないので少し離れた所にある木陰に入って休むことにした。日がまだ高い所為か日向に出ているとそれなりに暑い。気に背中を預け、腰を下ろすと心地よい風が頬を撫でた。葉擦れの音が聞こえる。

 

 

 ふと胸ポケットを探り、小さな袋を取り出し、そっと袋の口を結んでいる紐を摘まむ。誰も見ていないか確認して紐を緩めて中を覗く。

 

 

 中には綺麗なガラス玉が九つ入っている。桃香、鈴々、白蓮、朱里、雛里、月、詠、恋、音々音、それぞれ色も大きさも違う。

 

 

 それでも皆が心を込めて渡してくれた物なんだ。これを見ていると安らいだような気持ちになれる。

 

 

 どれを誰が選んでくれたのかなんて関係ない。一つ一つが大切でかけがえのない物だ。世界中の宝物と交換しようと言われても絶対に譲れない。大事な大事な、俺だけの宝物。

 

 

「なぁ兄さん、何しとるん?」

 

 

「おわっ!?」

 

 

 急に声がかけられ袋を取り落としてしまい、地面に落ちてガラス玉が散らばってしまう。

 

 

「堪忍や。すぐに拾うさかい」

 

 

「・・・さわるな」 

 

 

思わず強張った声が出てしまう。

 

 

「え?」

 

 

「あ、あぁごめん。自分で拾うからいいよ」

 

 

「う、うん」

 

 

 バラバラになってしまった宝物を急いで拾い袋の中に直し、袋も胸ポケットにしまう。

 

 

 桃香達に申し訳ないと思う気持ちと、こんなに簡単にバラバラになってしまうのか、という言いようのない思いが込み上げてくる。

 

 

 全て俺の所為だっていうのに。

 

 

「・・・兄さん、怒っとる?」

 

 

「いや、そんなことないよ。ってもう集合時間か?」

 

 

「うん、もう皆集まっとるよ」

 

 

「そっか、じゃあ行かないとな」

 

 

 腰を上げ、まだ何か気にしていそうな李典を促し、皆の集まっている場所に向かった。結局、また俺が最後になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 午後の警邏は楽進の隊に随伴することになっていた。巡回する場所は西地区という所だそうだ。この辺りにはまだ来たことがなかったが、俺たちの世界で言うならスラム街が適当だろう。

 

 

 昼間だと言うのになぜか暗く感じる。見かける人々も貧しさに物乞いをしている者、言葉は悪いが人相の良くない者、そういう人たちばかりだ。

 

 

「貴様何をしている!!」

 

 

 突然、ずっと黙っていた楽進が声を張り上げた。彼女が見つめる先の狭い路地には二人の男性と一人の女性がいた。

 

 

明らかに様子がおかしい。女性は衣服がぼろぼろでその上はだけられて涙を流していた。一方の二人の男性はというと刃物をチラつかせながら卑下た笑みを張りつかせ女性の体を弄っていた。

 

 

二人の男はビクッと身体を反応させこちらを振り向いた。そして声の正体が女だとわかった瞬間、またニヤニヤと嫌悪感を抱かせるような笑みを浮かべる。

 

 

「なんだぁお前も犯って欲しいのかぁ」

 

 

 一人の男が楽進を舐めまわすような視線で見ながら言う。

 

 

「その女性を放せ、さもなくば実力行使もやむ負えない」

 

 

「はははははっ!なに言ってやがる、これが見えねぇのか?」

 

 

 もう一人の男が持っていた刃物を楽進の方に向ける。

 

 

「そうか。ならばしかたない」

 

 

 楽進は言うが早いか二人の男の方に駆けだした。一秒も経たない間に楽進は二人の男に肉薄し一人の男の鳩尾に己の拳をめり込ませていた。男は声も出さずに悶絶し、気絶した。

 

 

「な、何しやがんだてめぇ!!!」

 

 

 崩れ落ちる仲間の男を見て刃物を持った男は顔を恐怖に引き攣らせ手に握った刃物を楽進めがけ振り回す。

 

 

 結果は言うまでもなかった。この世界で将と呼ばれる立場にある女性は大の男の数倍は強い。なればこその将という称号ではあるが。それは桃香達の所にいた時に十分すぎるほど見てきたし、時には味わうこともあった。

 

 

 刃物を振り回す腕に手刀を振り下ろすと男の腕はあらぬ方向に曲がった、否、折れた。男は声にならない嬌声をあげる。

 

 

 その隙に楽進は女性を自分の後ろに、つまり俺のいる方に逃がす。女性は路地を抜けた先に警邏隊がいるのがわかると俺の脚にしがみつき嗚咽を漏らしだした。脚が涙で濡れているのがわかり、俺も突然のことで放心していたがそっと背中を撫でてやった。

 

 

 そうしている間に腕の骨を折られた男は一瞬の隙をつき路地の反対側に向かって駆け出していた。隙、そう思っていたのは俺と逃げ出した犯人だけだったが。

 

 

 追いかけようにも泣いている女性と無理やり振り解くことはできないし、どうしようかと思っていたところ。楽進の右拳が光っているのが見えた。

 

 

「なんだあれ?」

 

 

 そう思って周りの隊員を見回してみるが平然としている。というか憐れむような目で逃げる男の方を見ている。

 

 

 そうしているうちに楽進は拳を男めがけて突き出した。当然届くような距離ではない。だが、楽進の拳から何かが放たれたのが見え、それは高速で飛んでいき男の背中に吸い込まれる。

 

 

 同時に炸裂音が周囲に響き渡り男が空中に投げ出され翻筋斗打って地面を転がり乱雑に積み上げられていた木箱に激突した。

 

 

「お、おい死んでるんじゃないか?」

 

 

「死んではいない。ちゃんと手加減してある、貴様に心配されるようなことはない」

 

 

 辛辣な言葉が返ってきた。それから楽進は部下に命じて二人の男を拘束させ運ぶように命じた。すぐに数人の隊員が来て二人の男に縄をかけ連れて行った。

 

 

 

 

 それから泣いていた女性を宥め、家に帰るよう言って警邏を再開した。

 

 

「ちょっといいか?」

 

 

 気になっていたことがあったので楽進に尋ねようとするが。

 

 

「・・・・・・」

 

 

 こちらには一瞥もくれずに周囲を見回している。何度もそういう態度を取られては俺もカチンをくる。それが仕方がないことだとしても俺も仕事でこうして警邏をしているのだ。

 

 

「あのさ」

 

 

「今は警邏中だ、話しかけるな。貴様と雑談などしている暇はない」

 

 

「なんで俺が雑談なんてしようと思っていると思うんだ?」

 

 

「・・・・・・」

 

 

 答えは返ってこない。

 

 

「俺がお前(・・)に雑談なんて持ち掛けたことがあったか?」

 

 

「なんだと?」

 

 

 楽進は不機嫌そうに俺の方を向く。

 

 

「お前が俺にどんな態度を取ろうがお前の勝手だ。でも今は何をしている?」

 

 

「警邏に決まっているだろう?」

 

 

「そう、警邏の仕事中だ」

 

 

「それがどうした」

 

 

「じゃあ俺は何でここにいると思う?」

 

 

「それは華琳さまが仰ったから」

 

 

「あぁ、俺は曹操の命で仕事の一環としてここにいる」

 

 

「だからそれがどうしたというのだ!」

 

 

「俺もお前も仕事でここにいるんだ。じゃあ今、ここに、俺の眼の前にいるのは誰だ?将としての楽進?一人の女性としての楽進?どっちだ?」

 

 

「将としてに決まっている」

 

 

「それなら自分の責務を全うしろ」

 

 

「貴様になぜそのようなことを言われねばいかんのだ!?」

 

 

 楽進は完全にキレて俺に殺気をぶつける。自分のやっていることにケチをつけられたと思っているのだろう。でも俺が言いたいことは違う。

 

 

「じゃあ聞くけど俺のことを嫌っているのはどっちだ。公の立場の楽進か?私的な立場の楽進か?」

 

 

「どちらも同じだ。楽進は私一人だけなのだからな」

 

 

「違うね。じゃあお前は戦の時にこいつは嫌いだから同じ軍内にいたとしても協力はしない、とか、もし戦場に上官が居たとして自分は勝てるからと言って勝手に攻撃を開始したりするのか?」

 

 

「それは状況が違う」

 

 

「同じだよ。午前の警邏の後に言ってたよな、自分は弱い民を守るために強くなったって。戦も警邏も自分より弱い民を守るためにやるんじゃないのか?戦も警邏もお前に与えられた仕事じゃないのか?」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「それを状況が違うからと言って私情を挟むのか?お前が民を守りたいのはわかる。本気でそう思ってるのも。そう思ってこの仕事を始めたんだろ、きっかけはどうでもいい、個人の勝手だからな」

 

 

「そんなこと貴様に関係ないだろう!?」

 

 

「そうだな、関係ないよ。でも仕事ってのはそういうもんじゃない。お前が心の中で何をどう思おうが、自由だ。それを言葉や行動で表に出すのならそれはお前の我儘だ」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「ここの軍ではそういう我儘が罷り通るのか?」

 

 

「・・・通らない」

 

 

「お前がやったのはそういうことだ」

 

 

「・・・すまなかった」

 

 

「それはこちらも同じさ。ここまで酷く言うつもりはなかった。少し頭に血が昇ってたみたいだ」

 

 

 あまりに言葉が過ぎてしまったのが恥ずかしくて顔が熱い。

 

 

「いや、過失はすべて私にある。副丞相の言う通りだ、私は個人的な考えを警邏の仕事に持ち込んでいた。公私混同も甚だしいな・・・、将は民の見本となるべきなのに、本当に恥ずべきことをしてしまった。申し訳ない」

 

 

 そう言って楽進は俺に頭を下げた。なんか呼び方も変わってるし・・・。そんなに傷つけてしまったのだろうか?

 

 

 そうだよな。ある意味、楽進の誇りと言うべきものを否定しちゃったようなもんだからな。

 

 

「あ、頭を上げてくれ!そんなつもりじゃなかったんだ!」

 

 

「そんなつもりとは?」

 

 

 楽進は頭を上げて尋ねてくる。

 

 

「なんか楽進を傷つけちゃったみたいだからさ・・・」

 

 

「はぁ、なぜそのようなことを思うのです?・・・まさか私の身体に傷が付いていることを馬鹿にしているのか?」

 

 

 楽進は自分の身体を見て俺を睨みつける。

 

 

「馬鹿な事を言うなよ。俺は身体的な特徴を馬鹿にするようなくだらない真似はしないし、不躾に聞いたりもしない」

 

 

「・・・そうですか」

 

 

「それとさっき言った副丞相って呼ぶのやめてくれないかな?」

 

 

「どうしてですか?」

 

 

「いや、なんとなく恥ずかしいから」

 

 

「さっき、私に私情を挟むなと仰られたのをご自分で破られるおつもりですか」

 

 

「っ!?・・・好きなように呼んだらいい。あと何でいきなり敬語?」

 

 

「副丞相は華琳さまに次ぐ官位ですのでそれが妥当かと」

 

 

「はぁ」

 

 

 思わず溜息が出た。なんて真面目な娘なんだろう。生真面目すぎる。

 

 

「それで始めに私になんと話しかけようとされたのですか?」

 

 

「あ、あぁそれはなんでこの西地区はこんなに治安が悪いんだ?って言っても俺は午前いに回った北地区とこの西地区しか見たことないんだけどさ」

 

 

 これを聞くためにいったいどれだけ回り道したんだろう。

 

 

「ここまで治安が悪いのはこの西地区だけです。その理由はこの西地区には他の場所から流入してくる民達住んでいて住民同士が対立し合っていたり、もともとガラの悪い連中が集まる場所でもありますので」

 

 

「なるほどな。そういうことだったのか。それで何か対策してるのか?」

 

 

「とりあえず、この地区を警邏するときには他の地区を警邏するときの人数より多くの隊員を割いています」

 

 

「そっか、それで効果はあったの?」

 

 

「恥ずかしながら。僅かに検挙する件数は増えましたが改善するまでには至っていません」

 

 

「・・・う~ん、他に改善策は考えてるの?」

 

 

「いえ、三人で話し合いはしているのですがまだこれといったものは」

 

 

 楽進はそう言うと難しい顔をして考え込んでしまう。

 

 

「そうだなぁ、ここに常備隊って置けないかな?」

 

 

「常備隊、ですか?」

 

 

「うん、この西地区だけでいいんだ。常備隊を置いて二~三人ぐらいの組でこまめに警邏することってできないかな?」

 

 

「それは・・・隊員数が足りないかと。補充するとしても資金が必要です」

 

 

「そっかぁ、でも交代制にしたらどうかな?一日を三つに分けてさ、朝昼夜、常にこの西地区を警備させるんだ。ここの治安が良くなるまででいいからさ」

 

 

「多少無理をすれば出来るかもしれません。しかし、いくら常に警邏していたとしても隊員が少数では対応できない場合も出てくるかと」

 

 

「そこはちょっと俺に少し考えがあるんだ」

 

 

「本当ですか!?」

 

 

 楽進は驚いたような表情で詰め寄ってくる。

 

 

「う、うん。それには李典の力を借りることになるけど。李典の技術は凄いんだろう?」

 

 

「はぁ、我々には理解できない物も多いのですが」

 

 

「天才ってのは往々にしてそういうものだよ。その李典の才能と俺の天の知識を合わせれば何とかなると思うよ」

 

 

「では直ぐにでも!!」

 

 

「ちょっと待ってくれよ」

 

 

 駆け出して行こうとする楽進を慌てて引き留める。

 

 

「どうしたと言うのですか!?」

 

 

「今は警邏の時間だろう?自分の責務は全うしなくちゃな」

 

 

「す、すいません・・・」

 

 

 楽進はしゅんとしてしまう。

 

 

「だ、だから別に責めてるわけじゃないって!楽進が皆を守りたいってことはよくわかってるからさ。焦らなくても今日の警邏が終わってから李典の工房には行こうと思ってたからさ」

 

 

 思わず癖で頭を撫でようと手を伸ばしてしまいそうになり、慌てて引っ込める。

 

 

「今なにを?」

 

 

「な、なんでもないさ」

 

 

「そうですか。それでは警邏の続きをしましょう」

 

 

「そうだな」

 

 

 俺と楽進は警邏を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 午後の警邏が終わり、集合場所に戻る。あの後これと言った事件に遭遇することもなかったのは運がよかったのだろうか?

 

 

 集合場所に着くとすでに他の二人は到着していた。

 

 

「あ~凪ちゃんやっと来たの~」

 

 

「なんや凪遅かったやないか、なんかあったんか?」

 

 

「ちょっとな。それと副丞相が後からお前の工房に行くと言っていたが」

 

 

 そう言って俺に目配せしてくる。

 

 

「あぁ、後から行ってもいいか?」

 

 

「そりゃかまへんけど。ってちょい待ち!なんやその副丞相ってのは??」

 

 

「私もそれ気なってたの!」

 

 

「あぁ、別にいいだろう。副丞相は上官なのだからそう呼ぶべきだと思っただけだ」

 

 

 楽進は目で尋ねてくる。俺は曖昧に頷いた。

 

 

「なんや怪しいなぁ、ほんまになんかあったんとちゃう??それこそ人様に言えんようなことが~」

 

 

「真桜ちゃんの言う通りなの。めっちゃ怪しいの~」

 

 

 李典と于禁はニヤニヤしながら楽進を見る。なんか俺、空気じゃないか?

 

 

「そ、そんなことはなにもない!」

 

 

 二人は楽進を問い詰め続けている。明らかに遊んでいる感じだが。

 

 

 なるほどなぁ、と思う。この三人が仲がいいのはわかっていたがここまでのものだとは思わなかった。楽進が二人を守るためにあれほど非常になるのはこのためだったのか。ここから見ている分には三人はただの年頃の女の子にしか見えない。

 

 

 そこで俺はなんなんだと考える。あの三人、いや、この国からしたら俺は完全な異分子でしかない。疎外感と言うほどのものかわからないが・・・俺はここで一人きりだ。

 

 

「副丞相からも言ってやってください」

 

 

「え!?」

 

 

「だからこの二人に言ってやってくださいと」

 

 

「あ、あぁ二人とも聞いてくれ。別に俺と楽進はなんにも変なことはしてないぞ。ただちょっと話をしただけで」

 

 

「だ~か~ら~、そこが気になっとんのやろ!」

 

 

「そうなの。気になるの~」

 

 

「そ、それはだな。なぁ」

 

 

 困って楽進に助けを求めようとするが、当の本人は何でこっちに振るんですかって表情をしている。

 

 

 それから俺と楽進はえんえんと二人に追及され続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 なんとか二人を宥めて俺と李典は工房に向かった。

 

 

 工房とは言っても李典の個人的なものでしかないのだろうか、想像していたような大きさではなかった。

 

 

 中に入って見るとそこには工具やらが乱雑に積まれたり、形状からは何に使うかわからないようなモノが床に置かれたりしていた。

 

 

「ちょっち散らかっとるけど、気にせんでや」

 

 

「あぁ、それで李典はどんなものを作ってるんだ?」

 

 

「まぁ色々やな。大将から頼まれた物作ったり、後は趣味やな」

 

 

「成程なぁ、最近は何作ったんだ?」

 

 

「せやなぁ、官渡での戦んときに投石機作ったで。これがめっちゃ凄いんや、敵の物見櫓も一発って代物やで」

 

 

「そりゃすごいな」

 

 

 この時代はあまり大規模な兵器というものはなかったはずだ。あるとすればさっき李典が言っていた櫓とか投石機とかだろうか。晩年の諸葛亮が連弩を発明したってのも聞いた気がする。

 

 

「その投石機って仕組みはどうなってるんだ?」

 

 

「それはやな、弾力性のある弦とか動物の腱とか毛髪とかを捩じった反動で飛ばすんや」

 

 

 この時代にゴムとかは存在しないかそういうものを使うしかなかったのかな。

 

 

「でもそれって途中で劣化とか耐えきれずに切れたりしないのか?」

 

 

「確かにそうやなぁ、何個かは途中で使えんようになってしまったんもあったなぁ、それに距離もそんなに長くあらへんし」

 

 

「そっかぁ、でも」

 

 

「なんや兄さん?」

 

 

「いや、なんでもないよ。ちょっと思ったことがあったんだけど、それはおいおい時期が来たら話すよ」

 

 

「え~気になるやんか~」

 

 

「まぁまぁその時にはちゃんと話すからさ。ってこれはなんだ?」

 

 

 机の上に置いてあった箱に入った小さな玉を取り出してみる。

 

 

「ああ!!」

 

 

「え!?」

 

 

 李典がいきなり大声を出したので思わず手に持った玉を落としてしまう。

 

 

 瞬間、辺りが目も開けられないくらいの光に包まれる。しばらくは目がくらんでしまい、机に身体を預けなければならなかった。

 

 

「なんだったんだ、今のは!?」

 

 

「それはな、ウチが開発した閃光玉や。まだ試験段階やからそんなに量はないんやけどな」

 

 

「どうなってるんだよ、これ?」

 

 

「こいつの仕組みはやなぁ―――」

 

 

 李典は説明してくれるがほとんど理解できなかった。それでも李典は嬉しそうに話を続けるのでとりあえず頷いておく。

 

 

「ってことや。すごいやろぉ?」

 

 

「う、うん。そうだな」

 

 

「あぁ、そういえば兄さん、何しに来てたんやっけ?」

 

 

「今日はとりあえずどんなところかな、って見に来ただけ。って言いたいんだけどちょっと作って欲しい物があってさ」

 

 

「なんやの、そのウチに作って欲しい物って?」

 

 

「今日、楽進と西地区を警邏してる時に話したんだけどさ、西地区って相当荒れてるだろ?」

 

 

「確かにそうやなぁ、でもそれとどう関係があるん」

 

 

「まぁ聞いてくれよ。それで西地区に常備隊を置いて少数でこまめに警邏するようにしたいって思うんだど、やっぱり少数じゃ処理できない場合もあると思うんだ。そこで隊員同士で連絡が取れるようにしたいんだけど」

 

 

「うん、それで?」

 

 

「最初は小さな銅鑼でも持たせればいいかなって思ったんだけど、音だと周りの騒音とかに喧噪に掻き消されるかもしれないだろ?だから目に見えるものにしたいんだ。そこで発煙筒を作って欲しいんだ」

 

 

「・・・はつえんとう?」

 

 

「発煙筒ってのは俺の世界の言葉で小さな筒の先から煙が出る物なんだ、その煙で他の隊員にどこで事件が起きてるのか伝えるんだ。この時代にも花火ってあるだろ?それと同じようなもんだよ」

 

 

「あぁ、それなら作れんで」

 

 

「本当か!?それと他に煙に色とか付けられないかな?」

 

 

「う~ん、やってみんとわからんけど、とりあえずやってみるわ。でもそれって意味あるん?」

 

 

「もちろんだよ。煙の種類で必要な隊員数を伝えたり、場合によっては楽進や李典や于禁もたいな将を呼ばないといけない事態になるかもしれないだろ?」

 

 

「兄さんって意外と凄いんやな」

 

 

「そ、そんなことないよ。ただ俺は自分が知ってることを伝えただけだよ。それと材料費とかは後で俺に伝えてくれれば曹操に話しておくから。もし、効果があればもっと量産しないといけなくなるかもしれないだろ?」

 

 

「了解や。んじゃ取りかかるとするか」

 

 

「あ、それともう一ついいか?」

 

 

「え?なんやの?」

 

 

「これは個人的なお願いなんだけどさ」

 

 

 胸ポケットの中からそれを取り出し李典に渡す。

 

 

「これって・・・兄さんの」

 

 

「うん、これをさ、繋いで欲しいんだ」

 

 

「繋ぐ?」

 

 

「そう、数珠みたいにして手首に巻ける様にして欲しいんだけど。出来るかな?」

 

 

「いや、出来んこともないんやけど~、やるんやったら穴空けることになんで?」

 

 

「構わないよ」

 

 

「ホンマにええん?」

 

 

「・・・決めたんだ。傷つけてでも大切にしたいってさ」

 

 

「わかったわ。明日にはできてると思うわ」

 

 

「それと数珠に通す紐はこれで頼む」

 

 

 紅い紐を手渡す。

 

 

「なんや注文が多いな~」

 

 

「ごめん。頼むよ」

 

 

「ええよ。やったる」

 

 

 李典はそう言うと早速工具を取りに行っている。ここにいても俺は邪魔になるだけなので一言声をかけて工房を出た。

 

 

 

 

 それから俺は城の自室に戻り、歩き疲れた所為か食事もしないで寝てしまった。

 

 

 あまりに早く寝過ぎた所為か目覚めればまだ夜更けといったところだった。このまま二度寝しようとも思ったがうまく寝つけずに少し散歩することにした。

 

 

 あてもなく歩き続ける。

 

 

 所々にある篝火を目印に歩いていく。

 

 

 ふと気づいたら俺は城壁の上に来ていた。辺りを見回してみると城壁の縁に腰掛ける人影を見つけた。初めは兵士がさぼっているのだと思ったが違ったみたいだ。

 

 

「霞」

 

 

「ん?」

 

 

 霞はこちらの方に頭だけを向ける。

 

 

「どうしたんだ、こんな夜更けに?」

 

 

「ちょっと・・・な」

 

 

「明日早いんだろ?いいのか?」

 

 

「かまへんかまへん、勤務時間やあらへんのやから自分の好きにしてええやろ?」

 

 

 そう言って霞は微笑みながら杯を傾ける。

 

 

「そっか、そうだな。となり・・・座っていいか?」

 

 

「ええよ」 

 

 

 そっと霞の横に腰をおろした。

 

 

「一刀こそ何しとるん?」

 

 

「ん?ただの散歩だよ散歩」

 

 

「こんな夜遅く?」

 

 

「ちょっと寝つけなくてさ。霞はよくここで飲んでるのか?」

 

 

「せやな、ここは景色がええからな。ここで酒飲んでると気もちええんよ」

 

 

 霞は満天の夜空を見上げる。そこには数え切れないほどの星々と少し欠けてしまった月がぽっかりと浮かんでいた。

 

 

「わかる気がする。・・・あの時もそうだったのか?」

 

 

「うん・・・」

 

 

 霞と初めて出会った日のことを思い出す。

 

 

「・・・・・・」

 

 

「・・・・・・」

 

 

 二人の間を沈黙が包む。昼間の喧噪も聞こえない夜の城壁の上は当に静謐の空間だった。ここでは時間が止まってしまったのではないのかとさえ思える。

 

 

「あのな、一刀」

 

 

 霞は言葉を区切るように俺の名前を呼んだ。

 

 

「どうした?」

 

 

「あんま無茶しいなや」

 

 

「・・・」

 

 

「今日の朝のこと聞いてしもてん。元ちゃんと妙ちゃんの喧嘩したんやろ?」

 

 

 霞の言う元ちゃんと妙ちゃんってのは夏侯惇と夏侯淵のことなんだろう。

 

 

「そう、だったかな?」

 

 

「誤魔化すなや!!」

 

 

「!?」

 

 

「一刀、何したかわかっとるん!?どっちがふっかけたんか知らんけどあんたが喧嘩したのは魏王・曹操の従妹、夏侯惇と夏侯淵なんやで!その意味がどういうことかわかるやろ?この二人の力ちゅうんは魏においては絶大なんや、孟ちゃんに次ぐくらいに」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「そんな二人相手に諍いなんて起こしたらすぐ殺されてまうんやで!それでもええんか?ちゃうやろ!?一刀のこと待っとる人がどんだけいると思ってん」

 

 

「・・・ごめん」

 

 

「ウチに謝られてもどないしょうもないで。でも気いつけんとあかんで」

 

 

「わかった」

 

 

「すまんないきなり怒鳴ってしもて」

 

 

「いいよ、悪かったのは俺だから」

 

 

「心配なんよ」

 

 

「え?」

 

 

「ウチも心配しとるんよ。突然いろんなことがあって混乱しとるのはわかる。それでも自分を見失のうたらあかん。・・・一刀に死んで欲しくないねん」

 

 

「霞・・・」

 

 

「ホンマは近くに居ってやりたいんやけど、そうもいかんやろ?」

 

 

「そう、だな」

 

 

「せやから、絶対に無茶なことしたらあかんで?孟ちゃんもあの性格やからいろいろあると思うけど」

 

 

「あぁ」

 

 

「忘れんとってや、ここにもおるんやで。一刀のこと心配する人間が」

 

 

「うん、わかってる」

 

 

「そんならええんや。じゃあウチはもう行くわ、明日も早いしなぁ」

 

 

「そっか、霞、頑張ってな」

 

 

「了解や、さっさと終わらせて帰ってくるわ」

 

 

 霞は背中を向け手を振りながら城壁の階段を降り、暗闇に消えていった。

 

 

 俺はしばらくその場で何もせず夜空を見上げた。

 

 

 明朝、遠征軍は城を発った。城にはほんのわずかな人間しか残ってしない。なにもなければいいのだが。

 

 

 

 

 

 

 次回予告

 

 

 

 運命って言うものは皮肉なものだ。

 

 

 魏領に攻め寄せた軍勢の旗に翻るは『劉』の一文字。

 

 

 引き合う心は新たな悲劇の始まり。

 

 

 よく人は会えない距離が互いの心を近づけると言う。

 

 

 それは違う。少なくとも俺たちの間にあったのは悲しみ、それと果てしない憎悪。

 

 

 それだけだった。

 

 

                    おまけ

 

 

 これは今書いている桂花の話の冒頭部分です。需要があるなら続きも投稿しようと思います。

 

 

 宜しければどうぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 斜陽。

 

 

 人も、街並みも、全部が黄昏色に染め上げられていく。

 

 

 もうすぐ夜の帳が下りるだろう。

 

 

 私は今宵、愛しい御方に閨に呼ばれている。そろそろ準備を始めないと。

 

 

“二兎を追う者一兎をも得ず”とはよく言ったものだと思う。

 

 

 あの御方とあいつを同等に数えるのは甚だ心外というか、納得できないのだけど。

 

 

 私はあいつのことなんて何も思っていない。想ってなんているわけないじゃない。

 

 

 出会い方も最悪、そのうえ人の上げ足ばかり取ろうとする。なによりもあいつは男だった。

 

 

 男なんて大嫌い。良いところなんて一つも……まぁなくもないけど…。

 

 

 あぁ、くだらないことを考えてる間に辺りは真っ暗になってる。もう行かないと。

 

 

 広げていた書簡を片づけ、座っていた椅子から立ち上がる。

 

 

 ふと、振り返ってみるとそこには一式の服が綺麗に折りたたまれて置いてあった。それは陽光にあてると白銀に輝く。

 

 

 そう、あいつがいつも着ていたものだ。

 

 

 すぐに視界から外し、扉の方に向かう。

 

 

 扉を開ける直前でもう一度振り返り深呼吸をした。

 

 

 少しだけ刺激のあり、それでいて懐かしいような香りが鼻腔を通り抜け、肺に吸い込まれ、末端の細胞から体に染み込んでいく。 

 

 

 私は今日も行く。愛しい御方に抱かれに。

 

 

 私が選んだ至高の人の元に。切り捨てたあいつを尻目に。

 

 

 

 

 

 始まりはいつも流星と共に。

 

 

 

 


 
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