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真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第九十九話

ムカミさん

第九十九話の投稿です。


他国編はこの話で一旦終えて、次話から魏に戻る予定です。

2016-01-26 01:39:16 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:2979   閲覧ユーザー数:2417

魏が腕を磨き、蜀に新戦力が加入すれば、それに呼応するかのようにもう一つの大国も進化を遂げようとする。

 

さながら物語が如き動きの中に、今この大陸はあった。

 

 

 

今回はその中でも東側、新たに”呉”の国号を掲げた国が都を構える建業の地にて話は展開する。

 

そして時の焦点は、やはり西涼の地にて一騒動あった辺りへと集約される。

 

建業の王城にて行われる定例の軍議において、この日最大の報告事項が『魏と馬軍の衝突及びその顛末』であった。

 

魏と張れるだけの情報国家と評価されているだけあり、この件に関してもかなり詳細なものを素早く建業へと持ち帰っていたのだ。

 

さすがに当事者間で話された内容までは分からないまでも、報告された一連の両者の流れは正確そのものであった。

 

西涼の太守、馬騰は呉王・孫堅の旧知であることはここでは周知の事実。

 

故に、誰もが孫堅が怒りを顕わにするかはたまた心配を表に出すかと構えていると。

 

「はっはっはっは!どうすんのかと思ったら、やっぱりあいつは変わんないねぇ!

 

 いつまでも劉宏様からのお役目を愚直に守り続けてたかと思いきや、これだもんねぇ!あっはっはっは!」

 

報告を聞いた孫堅は笑う。盛大に声を上げ笑い飛ばす。

 

その反応はさすがに予想出来なかったようで、呉の将は皆驚きにその身を染めることとなっていた。

 

一通り笑い通した後、孫堅はその表情を一瞬にして切り替える。

 

続いてその口から飛び出した言葉は、霧散しかけていた場の緊張感を一気に取り戻させるものだった。

 

「あいつなら、陛下のお言葉に偽りが無いことくらいは分かっているんだろうね。

 

 だが、その上で魏に反目し、蜀に加担しに行くことで……そうかい、あんたも試すつもりなのかい。

 

 入りは違えど、結局行き着くところは一緒、ってことなんだね」

 

これも妙な腐れ縁って奴に含まれるのかねぇ、と独り言ちてから、孫堅は集った将を見回した。

 

「あんたらも今聞いた通りだ。馬騰の奴は蜀に付く。つまり、魏に楯突くことを決めたってことだ。

 

 奴の目的は、恐らくだが私とおんなじだろうね。北郷と曹操の奴を見極めること。

 

 但し、奴らが駄目ってんなら、自分こそがって思いもあるだろうがね。

 

 さて、となりゃあ……冥琳!」

 

「はっ!既に蜀へ向けて使者を出す準備の方を――」

 

「あ~、違う違う。冥琳あんた、それは時期尚早ってもんだ。

 

 蜀の奴らは敵の敵だってことを、今は頭に刻んどきゃあそれでいい」

 

「は、はぁ。では情報収集以外では動かぬ方が?」

 

「ああ、それはいるね。というか、そっちも既に動かしてんだろ?

 

 ま、碧の奴が引っ掻き回すだろうから、蜀の情報は満遍なく集めときな」

 

「はっ!」

 

呉の頭脳、周瑜に指示を出し、孫堅が打ち出した対応は実にシンプルなものだった。

 

曰く、今はてめぇのことで精一杯だろうが、とのことである。

 

何よりも、今この瞬間の軽率な行動だけは、孫堅としては避けたかったのだ。

 

仮にも現状呉国は魏国と休戦を結んでいる状態。

 

明確に魏に敵対せんとしている蜀との付き合いは慎重に行うべきものなのだった。

 

その休戦協定にしても、孫堅は以前に周瑜や陸遜、呂蒙を交えて話し合っていた。

 

結論としては、近く協定は立ち消え、雌雄を決する時が来るというもの。

 

それがどのような形で進むかは、今回の件で概ね決まったようなものだ。

 

つまり、魏と呉の二国の間に蜀という国が挟まることで、緩やかに戦火を交えていくことになるだろうということだ。

 

「さて、大きな報告はそんなもんかい?

 

 なら、私らのやるべきことは単純明快だねぇ」

 

ギラリと孫堅の目が鋭く光る。

 

「祭、粋怜。ひよっ子共の鍛錬、もっと詰め込んでいくよ!」

 

将の大半が苦虫を噛み潰したような顔を見せるのも気に掛けず、孫堅はそう言い切る。

 

「はっ!堅殿の仰せのままに」

 

これに黄蓋はすぐさま諾を示した。

 

一方で程普は孫堅に伺いを立てる。

 

「ですが大殿、よろしいのですか?今のままでも、割と色々なところで業務に支障が出かけておりますが?」

 

「あぁあぁ、んなもん多少は構いやしないよ。

 

 こいつらも馬鹿じゃないんだ、優先して片付けとかなきゃなんないもんくらいは分かるだろうさ。

 

 それさえ片しときゃあ、残るのはどうとでも融通の利くもんばっかだ。

 

 んな些末な案件に掛かってるよりも、今は扱いて扱いて扱き抜いて、力を付けさせることの方が重要さね」

 

「承知しました。では私も、大殿の命に従い若輩に手加減無き鞭を入れましょう」

 

傍から見れば大雑把に過ぎるように思われるかも知れない。

 

事実その通りな面もあるのだが、本当に片付けておかねばならない案件に関してはいつの間にかいつもきっちりとこなしているのがこの孫堅という女なのだ。

 

程普も公私をきっぱりと分けて、仕事時には周囲を唖然とさせる程のキャリアウーマンっぷりを見せるのだが、孫堅はそれ以上だと彼女は思っている。

 

加えて、先ほどの言の途中でちらと孫堅の視線が向けられた先の呂蒙。

 

それは、彼女も文官として相応に育ってきており、業務面において心配はいらないという意思表示だった。

 

「さあ、今日の軍議はこんなもんだ。

 

 ほら!武官共はさっさと調練場まで出な!

 

 冥琳、そっちの調整は頼んだよ!」

 

孫堅がパンパンと手を叩きながらこう言えば、彼女に急き立てられるように皆が移動を開始する。

 

慌ただしいものだが、少しでも時間が惜しいと思うが故、ここ最近は最早見慣れた光景となっているものなのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて。月蓮様からああ言われはしたものの……」

 

執務室に戻ってから周瑜は部屋内を見回す。

 

そこに並べられた机の上には、既に隙間なくしかもうず高く積まれた書類や竹簡の山、山、山。

 

呉の文官のみならず文に長けた将もフルで使ってようやく回せていることが手に取るように分かる光景だった。

 

「冥琳様~?私は今日はどうしましょう~?」

 

「あ、あの!冥琳様!私はどちらに向かえば……?」

 

「まあ待て、穏、亞莎。すぐに考える……」

 

周瑜、陸遜、最近ではそこに加えて呂蒙。

 

この三人は仕事の処理速度が他の文官に比べて段違いと言える。

 

加えて、現在は武官としての業務を優先することになっているが、程普もまた質は違えどテキパキと事務をこなす。

 

後は孫権も、と言いたいところなのだが、ここ最近は母親の地獄のような扱きにより文の範囲まで仕事の手は伸ばせない状態だ。

 

しかし、ここで現状、将を取り巻く問題が大きく圧し掛かる。

 

程普は言わずもがな、周瑜、陸遜、呂蒙までも、二日と空けず鍛錬に顔を出さねばならない。

 

ここで言う鍛錬とは、先ほどの軍議でも軽く話題として出た、孫堅、黄蓋、程普による扱き地獄のことである。

 

これに出るということはその間の事務は勿論、その日のその後の事務にも影を落とすことを意味する。

 

つまり。

 

孫堅に”調整”を任された周瑜が何をすべきか。

 

誰を事務の地獄に落とし、誰を鍛錬の地獄に落とすか。それで各方面の業務が最低限回せるレベルで保たれるかどうか。

 

そもそも正解が存在するのかさえ分からない。

 

そんな鬼畜戦略ゲームを思わせる選択作業だった。

 

それでも早急に事を決めてしまわねば何も始まらない、どころか終わりかねない。

 

暫しの黙考の後、周瑜は告げる。

 

「穏、今日はお前が鍛錬に行け。亞莎は明日だ。

 

 お前たちが鍛錬に出る日の仕事はまた調整しておく。但し、量はあまり減らないだろうから、速度を上げるようにしてくれ」

 

「はぁ~い、分かりましたぁ~」

 

「承知しました!」

 

「よし、では二人はすぐにでも掛かってくれ。

 

 後は……誰かいるか?!」

 

「はっ。どうかなされましたか?」

 

「月蓮様に言伝を。最重要に分類する事案の処理はお願いする、と」

 

「はっ!」

 

周瑜の決定はこうだった。

 

鍛錬ローテーションはいつも通り。

 

程普が手助けに来てくれるだろうことを考え合わせても、これでは業務に穴が空きかねない。

 

そこで、事務仕事内容を更に一段階多く分け、孫堅へ回すべきものは直接回す。

 

多少の手間はあれど、目を通し、勘案する手間が省ける分、幾分か余裕は出来る計算なのである。

 

さて、ここまで来て一つ気になることがある。

 

そう、周瑜は鍛錬に出ないのか、ということだ。

 

これは彼女が自身のことの為に説明しなかっただけだが、聞く人が聞けばクレイジーだと言いたくなるようなその内容。

 

今までにも幾度かそうしてきたのだが、周瑜は皆が死ぬほどにへばる鍛錬を受けた後、執務室へと舞い戻ってさも何も無かったかのように仕事を再開してしまうのだ。

 

さすがに細かく見れば若干なり効率が落ちていたりはするのだが、ミスらしいミスはまずせず、普段との違いがほぼ分からないというのだから、恐ろしい。

 

伊達に孫策、太史慈と共に呉次世代の三巨頭と呼ばれていないのだと分かる事実だった。

 

「さて。すまない、亞莎、待たせた。

 

 早速治安面の問題から取り掛かっていくぞ」

 

「は、はいっ!」

 

そして、今日もまた周瑜の能力が遺憾なく発揮されるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽も西の地平線に沈めば、流石に大量の仕事を抱えている将と言えども仕事は終わりの時間である。

 

外が暗闇に包まれる中、建業の城のとある一室には灯りに照らされる3つの人影があった。

 

「~~~~~っぷはぁ!くぅ~~、酒の周りが早いわぁ~~っ!!」

 

「ちょっと、雪蓮?それ、私が持ってきたお酒なんだけど?なんで独り占めしてるのかしら?」

 

「まあまあ、いいじゃな~い。ほら、こっちにもお酒あるんだし!」

 

ご機嫌に飲んだくれる孫策に対し、抗議の声を上げる太史慈。

 

だが、当の孫策は全く気にした様子を見せない。

 

これをちょっとやりこめてやろうと、残る一人、周瑜が微笑みと共に口を開いた。

 

「ふっ、そうだな。ではこちらに固められている酒は私達で全て頂くとしようか、木春」

 

「おっ、さっすが冥琳~。それじゃあ早速~」

 

「ちょっ!?分かったわよ、も~。はい」

 

孫策が渋々といった体で手に保持していた酒を差し出す。

 

分かればよろしい、と大仰にこれを受け取る太史慈。

 

いい加減学習したらどうなんだ、と孫策に言う周瑜。

 

しかし、いずれの顔にも負の感情は見られないし、そのような雰囲気も一切出ていない。

 

互いに軽口をたたき合いながらも、非常に和気藹藹とした場がそこには出来上がっていた。

 

「それにしてもさ~。雪蓮、また一段と強くなったよね~?」

 

「え~、そうかしら?未だに母様の背の遥か後方を歩いているわよ?」

 

「いやいや、その背を捉えられているだけ凄いじゃん、って話だよ。

 

 私なんて、平時ならともかく”滾った”月蓮様には手も足も出ないしね~」

 

「ふむ。確かに雪蓮はここ最近よく伸びているな。

 

 なあ雪蓮?お前も”滾らせ”れば、或いは月蓮様と良い勝負が出来るのではないのか?」

 

「ちょっと、何よ~、冥琳まで~?

 

 でも……う~ん…………まだ、”何か”が足りない気がするのよねぇ~……

 

 それが分からない限り、母様には決して適わない、って、どうしてだがそういう気はしてるのよ」

 

チビリチビリと酒を舐めつつ、そう口にする孫策。

 

その表情から察するに、嘘は言っていない様子だった。

 

が、これには承服しかねるとばかりに太史慈が混ぜ返す。

 

「なんでよ?実際、戦場で”入った”雪蓮は鬼のようじゃない?

 

 月蓮様に鍛えて頂いたおかげで私も結構強くなれたけど、それでもあの雪蓮だけは相手にしたくないな~。

 

 というか、”血の滾り”って単純に出力が上がるだけじゃないの?」

 

「ふむ、私も興味あるな。孫家との付き合いは長いが、思えば”滾った”状態についての詳細な考察はまだしたことが無かったからな」

 

太史慈に便乗して周瑜も好奇心から首を伸ばしてきた。

 

孫策はそんな二人にむかってポリポリと後頭部を掻きながら回答を始める。

 

「ん~、確かに膂力は増すんだけど、それだけじゃ無いって言うか……う~ん…………」

 

首を右に捻り左に捻り、暫く悩んでから眉間に寄せた皺もそのままに考え考え言葉を続ける。

 

「良く見える?って言うのか、ほら、こう……自分の周りの状況がね、一瞬で頭に入って来るのよ。

 

 それでいて勘も一層冴えるようになるから、動きも速くなって~……

 

 何というか、いつも私の中には閉じてる扉があって、それが滾った時には開いて、中から色んな力が湧き上がってくる、みたいな感じかなぁ?

 

 もう何でも出来る気になるから、後は増した膂力にものを言わせて疾く鋭く、戦い抜くだけ。のはずなんだけどねぇ」

 

はふぅと大きな溜め息を吐く孫策。

 

それから車座で向き合う二人に見せた表情は実に苦みに満ちたものだった。

 

「私の感覚の問題だから分かんないかも知れないけどね、どうにも私はこの”血”に振り回されてるだけな気がしてるのよ。

 

 でも、母様は違うわ。滾った血をも制御して、鬼を思わせる武をその身に宿してる。

 

 その辺の違いかな?私がまだ敵わないって直感してるのは」

 

孫策の話を聞いて周瑜は顎に指を当て思考に沈む。

 

「自身の中の扉、か……私にはその感覚は無いから何とも言えんが……

 

 それは己の限界という意味なのか?

 

 ……いや、それだと扉ではなく壁になる、か?」

 

「う~ん……冥琳の言っていることはちょっと違うかなぁ?

 

 それに、その扉ってのも結局は血が戻ると閉まっちゃうものだしね」

 

そうして二人して頭を捻っているところに、横から太史慈がしたり顔で口を挟んだ。

 

「うん、そりゃ~あれだ。あれだよ、雪蓮!」

 

「どれよ?」

 

「その時だけ雪蓮の眠れる能力が目覚めたのよ!

 

 でも、いつもの雪蓮はまだ自分の力を上手く引き出せていない!だからそれが条件付きになる!そういうことよ!」

 

「ちょっと、木春~、それはいくらなんでも変でしょ?

 

 それじゃあ私はともかく、母様もまだまだなんだ、って言ってるのと同じよ?」

 

「あ、それはちょっと拙いかなぁ~。よし、さっきのはやっぱり無しで!」

 

秒速で意見を翻す太史慈の様に孫策と周瑜は揃って呆れとも感心ともつかない溜め息を漏らした。

 

しかし、こんなにあけすけに言い合える仲の三人だからこそ、出てきた話題、内容だとも言える。

 

それに改めて見てみれば、孫呉においては珍しい太史慈の白い肌がほんのりと赤く染まっている。

 

もう随分と出来上がっているようであった。

 

先程からやたらとテンションが高いのもそのせいなのであろう。

 

そして、それは太史慈と同じペースで飲む周瑜にも、それ以上のペースで盃を空け続けている孫策にも言えること。

 

こうなってくると、本人は冷静な思考を保てているつもりでも、傍から見れば支離滅裂になっていることもままある。

 

「ふむ。小難しい話はこの辺りまでにしておこうか。

 

 久々に三人が揃ったのだ。今夜は飲み明かすとしよう」

 

「おぉ~、さっすが冥琳。話が分かる~!」

 

「よ~っし、雪蓮!早速飲み比べだ~っ!」

 

周瑜がそれまでの話題を締めたことで、後はただ三人、楽しく飲むだけとなった。

 

 

 

この日、建業の城の一室では随分と夜遅くまで楽し気な笑い声が響き続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから幾月経った頃だろうか。

 

度々将の間で地獄と称されてきた孫堅たちの鍛錬にも、どうにか余裕を持てる程度に慣れてきた頃。

 

一日の仕事を終えた後、孫堅の執務室に呼び出された者がいた。

 

戦国日本の時代小説等によく見るくノ一を思わせる衣服を纏う黒髪褐色の少女。

 

かつて陳留の地で一刀とチェイスを繰り広げた、あの周泰である。

 

「月蓮様!周幼平、只今参りました!」

 

「お、来たかい、明命。

 

 それじゃ、早速本題に――――入りたいとこだが、その前に一つ聞いておこうかね。

 

 明命、正直に答えな。最近、鍛錬の方はどうだい?まだ一杯一杯なままかい?」

 

「え~っと、その……

 

 最近は多少は余裕が出来てきております。

 

 さすがに鍛錬後に通常時通りの仕事はまだこなせませんですが」

 

「ふむ。ま、そうだろうね。

 

 あんたに関しちゃ、鍛錬後に路地の猫たちと戯れる程度にはなっているみたいだからねぇ」

 

「はうあっ?!ご、ご存知だったのですか?!」

 

誰にも知られていないと思っていたことを言い当てられたとあって、周泰は取り乱す。

 

しかし、当の孫堅はそれを豪快に笑い飛ばした。

 

「あっはっはっは!いや、いいんだよ。あんたにとっちゃ、あれが一番疲労回復に効果があるんだろうしね」

 

周泰の常軌を逸したレベルでの猫好きは呉の将の間では周知の事実。

 

猫と戯れる周泰の表情は、それはそれは幸せそうであり、十分以上に癒されていることがよく分かるほどであった。

 

そうであるからこそ、孫堅は構わないと言い切る。

 

そも、動物と戯れる程度のことは、仕事に支障を来さないのであれば咎めるようなことでも無いのだから。

 

「まあ、とにかくだ。

 

 余裕が出来てきたってことはつまり、あんたの実力もかなり上がってきたと見る。

 

 その辺は自分でどう思う、明命?」

 

「は、はい。

 

 月蓮様のみならず祭様、粋怜様にも稽古を付けて頂いて随分と経ち、少なくとも基礎体力・能力は格段に上昇したと感じております。

 

 武器を扱う戦闘においても、皆さまに抗するべく体が今までの動きの無駄を削ぎ落とし、より動きは速くなっている実感があります。

 

 打たれる回数が減ったことで体力の消費が減り、これが余裕が出来てきたことに結びついているものかと」

 

「ふむふむ、なるほどなるほど。さすがだね、明命。よく自分のことを分析出来ている。

 

 さて、ならここいらで少し、あんたには建業を離れて任務に就いてもらいたい。

 

 まだまだ十分とは言えないまでも、それなりに武力が上昇した今、時期的にも丁度いい頃だろうしね」

 

「任務、ですか」

 

既に話は本題に入っている。

 

これを察し、周泰も表情を引き締めて告げられる内容を待った。

 

「魏の連中と雌雄を決する時が来るのは時間の問題だって言ったのは覚えてるね?

 

 それに向けての準備の方もさすがに進めていかないとまずいんだよ。

 

 一番大きな準備としちゃあ、まあ戦力強化なんだがね。魏の動き諸々の情報も必要不可欠だ。

 

 だが、あんたも知っての通り、あそこは異常なほどに守りが堅い。

 

 それこそ、あんたくらいのもんだよ、明命。あそこの守りをすり抜けて潜入し、無事に帰って来れるのはね。

 

 だから、あんたには魏の情報を集めて来てもらわないといけないんだ。

 

 今まで以上に失敗は許されないが、いけるかい?」

 

「はいっ!北郷、呂布、夏侯淵の三人には以前不覚を取ってしまいましたが、要注意人物が分かった今、そう易々と失敗など致しません!」

 

間髪入れずに周泰は諾の返答を。

 

かつての潜入時にそれが露見し、挙句追われ、あわや捕縛されるかといった事態に陥ったことを周泰は深く恥じていた。

 

それ故に、今彼女はこれにリベンジする機会がようやく巡ってきた、と気炎を上げているのだ。

 

「良い返事だね。

 

 それじゃあ、明命。頼んだよ」

 

「はいっ!お任せくださいっ!」

 

元気よく返答し、周泰は支度を整えんとすぐに退室していった。

 

「…………若いのがよく育って来てくれてるねぇ。

 

 私らもそろそろ一線を退く時が近い、ってのかね」

 

周泰の背を見送りながら、ポツリと漏らされた孫堅の呟きは、しかし誰の耳にも届かずに空気に溶けていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ってなことがあってねぇ。

 

 なぁ、祭、粋怜。正直に言って、私は長く居座りすぎなのかねぇ?」

 

「何を仰いますか、大殿。まだまだ夢の途中でございましょうに。

 

 大殿がそんな弱気になられては将の者達に示しが付きませんよ?特に雪蓮様や蓮華様には」

 

「そうじゃぞ、堅殿。はっきりと言うが今の呉国は堅殿あってのものじゃ。

 

 何よりまだまだ大陸は動乱を抜けきってはおらん。

 

 今の情勢で代替わりを敢行するのはちと無茶が過ぎると言うものじゃ」

 

とある日の夜、今度は呉の大御所三人が一堂に会し、酒を飲み交わしていた。

 

そこでいつもよりも酒が回っているのか、孫堅が突然管を巻き始めたのである。

 

先程のやり取りはその一部始終が終わった後のもの。

 

その発言の内容に偽りの気持ちは一切入ってなどいなかった。

 

長年連れ添った重臣二人の意見は、孫堅もいつも真摯に受け止めることにしている。

 

その二人が口を揃えてまだ退陣の時では無いと言う。

 

それは内心では迷いかけていた孫堅を底から支え直すに十分な力を持ったものだった。

 

「そうは言うがねぇ。雪蓮たちがいつまで経っても私たちに追いつけないのが大きな問題さね。

 

 ひょっとして、あんたらの指導が悪いんじゃないのかい?」

 

ただ、孫堅の性格から、そして気の置けない間柄の三人であるために、ついつい憎まれ口を叩いてしまう。

 

それも黄蓋、程普にとっては『いつものこと』で済ませられる程に繰り返されてきた情景であった。

 

「これはこれは。なかなか厳しいことを言ってくれるのう、堅殿。

 

 じゃが、儂らよりも策殿を始め、諸将に鍛錬を付ける時間が長いのは堅殿であろうに」

 

「そうですよ、大殿。いつもの照れ隠しは良いですが、全部自分に返って来てちゃ世話無いですよ」

 

「なっ……言ったねぇ……?祭、粋怜。

 

 いいだろう、あんたらのそれ、この私に対する挑戦と受け取った!」

 

「おぅ!望むところじゃ!」

 

「おや?また飲み比べですか?

 

 ふふ、私も受けて立ちましょう。まあお酒の飲み方が荒い二人に負ける気はしませんけどね」

 

これもまた『いつものこと』。

 

この三人が飲みで集まれば、その流れはいつも決まったものなのだ。

 

飲み始めの頃はそれぞれの近況を中心とした世間話。

 

次いで段々皆が出来上がってきた頃に、誰かの愚痴なり悩みなりの吐露が入り、残る者が聞き、答える。

 

そのまま話題毎に何だかんだの流れがあり、最後には潰れるまでの飲み比べに収束するのであった。

 

いずれも責任ある立場にあり、日々をただ送るだけでもストレスが溜まるのだろう。

 

こうして三人が集まったその翌日には、皆スッキリした顔をしていることが多いのだ。

 

 

 

さて、そんなこんなでこの日の結果はと言えば。

 

翌日の鍛錬の様子を見れば一目瞭然だった。

 

ご機嫌に得物を振るう程普に対し、どこか動きに精彩を欠く感の否めない孫堅と黄蓋。

 

……これ以上は本人の(なけなしの)名誉のためにも伏せて置くとしよう。

 

 

 

ともあれ、孫堅の密やかな悩みはこうして人知れず解消された。

 

となれば、後は呉建国時に掲げた目的に向かってただ邁進するのみ。

 

すべきことはシンプルに。そう決めてかかる孫堅の態勢は、呉を引っ張り着実に強くしていくのであった。

 


 
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