No.82578

オリキャラ恋姫 悪タレ青葉とカタブツ紅花 ―第三章―

…長~い

なんでこんなに長くなったんだろう。長さだけでくじける人が出てくるかもしれません。
そうなったらすみません。

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2009-07-05 03:49:37 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:4556   閲覧ユーザー数:3658

 

 

 

「……また新しい子を見つけてきたんですって」

 

 閨で蓮華から追求された。

 

「……はて、なんのことかな?」

 

「白々しく惚けて…。聞いたわよ、祭に頼まれて新将の中の問題児二人、更正させるために四苦八苦らしいじゃない」

 

「そこまで わかってるなら勘繰るような言い方しないでくれよ。俺はただ、青葉(チンイェ)と紅花(ホンファ)に仲良くなってほしいだけなの」

 

「あら、もう真名で呼んでいるの?」

 

 蓮華は毛布に包まりながらイタズラっぽく笑う。

 

「それで、隙あらばパクリといってしまおうとか思ってるの?」

 

「思ってない、思ってないよ!なんで皆俺のことを そんな目で見るんだ!」

 

 はなはだ心外だ!とばかりに、俺も負けじと毛布に包まる。同じベッド、一枚の毛布を引っ張り合うために、俺と蓮華の体は自然と近づいて……。

 

「……ごめんなさい、一刀」

 

「ん、なにが?」

 

「だって、本来 武将たちを統率するのは王である私の役目なのに、武将たちの仲違いを一刀に任せてしまって……」

 

 なんだ、そんなことか。俺は毛布以外のものを その手に引き寄せる。衣擦れの音の他に「きゃ」という嬌声。

 

「蓮華だって神様じゃないんだから、目の行き届かないところだってあるよ。そんなところを補って蓮華の手助けをするのが俺の役目、だから蓮華は すまないなんて思う必要ないって」

 

「…ありがとう、一刀」

 

 蓮華は俺の腕の中で 安らかに目を閉じた。

 

「………それで、美味しそうな女の子を見つけたときは、パクリと?」

 

「しないから!頼むから俺の無心を信じて!」

 

 

 

 ……………。

 

 

 

 このお話のみに登場するオリキャラの紹介。

 

 

 1、潘璋(はんしょう)

 

 真名:青葉(チンイェ)

 

 呉軍に所属する武将。貧民街の悪ガキが徴兵に応じた不良将校で、ガラが悪い。何よりも まず手柄を狙い、命令に服する気がない。巨乳。

 

 

 2、朱然(しゅぜん)

 

 真名:紅花(ホンファ)

 

 呉の名門出身お嬢様、これまで勉強漬けの真面目一徹で、軍に入ってからも他人との折り合いを知らない。それでよく青葉とは衝突している。全身鎧を常にまとっているためプロポーション不明。多分巨乳、もしくは貧乳。

 

 

 前回から二人とも真名で呼べるようになりました。

 

 

 それでは本編をどうぞ。

 

 

 

 

 それから二週間ほどが経ち、俺たちは今でも定期的にお茶会を開いている。

 

「……ん、この新作の菓子、案外イケるな」

 

「なんでも、けえき、というものらしいですよ?」

 

“俺たち”とは、俺こと北郷一刀、青葉(チンイェ)=潘璋、紅花(ホンファ)=朱然の三人を指して言う。

 しかして今日も、二人の部隊長としての公務の合間を縫ってのティータイムだ。今日は珍しいお菓子を出してくれるという、町内穴場の菓子店に直接足を運び、店内お召し上がりコースとなっている。

 今日、我々が食べに来た お菓子は………。

 

「しっかし、スゲエ斬新な菓子だよなコレ。生地が甘くてフワフワで、こんなの今まで食べたことねえ」

 

「その生地を包んでる白い あんも絶品ですよ。この食感というか…、小豆で作った あん とはまた別物です。まったく別種の食べ物ですよ」

 

 ………さて、

 ここで賢明な読者方は既にお気づきのことだろう。二人が今食べているお菓子の名はケーキ。青葉が言ってる生地とはスポンジのことで、紅花が言っている白い あん とはクリームのことだ。

 三世紀初頭の中国を舞台とする この世界で、ケーキが出てくるとは何事か?

 無論その出所は俺しかいない、遠い未来から やってきたこの俺しか。

 

 すべては青葉と紅花に仲良くなってもらいたいがためだ。

 

 今のところ二人の共通点は、スィーツ好きということしかない。

 何か美味しかったり珍しいスィーツがなければ、基本的に水と油の二人は席を同じくすることがないのだ。

 そこで一計を案じた俺は、城下町の中でテキトーな菓子屋に目星をつけて、

 

『とにー・じゃーッッ!!!』

 

 と叫びながら窓から突入した。

 

『全員動くな!この店は たった今から俺が乗っ取った!俺の指示したとおりに菓子を作ってもらう!』

 

 すべては青葉と紅花の気を引くお菓子を作り出すためだった。俺の脳内にある、現代のスィーツ知識を引き出せば けっして不可能ではない。

 事情を聞いた店主のオヤジは、

 

『……私は、いっこうにかまわん』

 

 と請け負ってくれた。

 そうして出来上がったのが、目の前にある中華版ショートケーキというわけ。

 卵やらミルクやら、この時代には使わないであろう食材を使うケーキを よくここまで再現したものだ、と俺が素直な感想を漏らすと、店主のオヤジから、

 

『貴様は…、中国料理を舐めたッッ!!』

 

 と言われた。…そこまでマジにならなくてもいいのに。

 そんなこんなな誕生秘話のあるショートケーキだ。二人が目尻をヤニ下げながら幸せそうに舌鼓を打つのを、俺は目を細めて眺めている。

 

「……ん?一刀のダンナ、アンタは食べなくていいのか?」

 

「ああ、俺はゆっくり食べる派だからね。二人は気にせずに、じゃんじゃん食べて食べて」

 

「……は、では恐縮ながら。………おーじさーん、こちらに けえき のおかわりをー!」

 

 紅花が声を張り上げる。

 一方、青葉の方も自分の皿のケーキを食べ終えて、爪楊枝をシーシーいわせている。

 

「こら青葉!女性たるものが そんな格好、はしたないですよ!」

 

「はいはい、どうせアタシャはしたない女ですよ。………それより、この店スゲエなあ、今まで見たこともない菓子を次々と開発してやがる」

 

「周九李井夢、地世虎麗斗、地図計気……、いずれも最近売り出されたものですものね」

 

 左からシュークリーム、チョコレート、チーズケーキと読む。

 それだけの調理法を記憶していた俺もアレだが、そのうろ覚えの知識でキッチリ料理を完成させてしまうオヤジは もっと凄い。チョコの原料のカカオとか 何処から入手した。

 

「それは、我ら中国料理が、二千年前に通過した場所だッ!」

 

 ……そのネタ引っ張るなぁ、オヤジ。

 ともかく、そうした目新しい お菓子のために青葉と紅花は揃って菓子屋に足を運んでいる、足繁く。その分 友好も深まるはずなのだが………。

「青葉(チンイェ)、お茶のお代わり いりますか?」

 

「んー、いるー」

 

「ホラ、口の周りに食べカスが付いてますよ」

 

「んんー?」

 

 ………夫婦?いや、それはさておき。

 

「なんか、二人とも最近すっかり仲良くなったねー」

 

 俺が、自身の計画の成果を確かめるために試しに言ってみると、

 

「何言ってるんだよッ!」

「何言ってるんですかッ!」

 

 すごい剣幕で言い返された。

 

「いいかダンナ、勘違いすんじゃねえぞ。オレたちは別に仲良しになったわけじゃねえ。たまたま食いモンの好みが似通ってるだけってこった、わかったか!」

 

「そうです一刀様、私だってワザワザ好き好んで こんな野蛮人と卓を囲みたくはありませんが、呉軍での役職や階級が近いために、休日も大体同じだから、こうして外出先でも顔を合わせてしまうんです、それだけなんです!」

 

「そうでなきゃ誰がこんなカタブツお嬢様と顔を合わせるかよ!訓練どころかレンゲの上げ下げ一つまでゴチャゴチャうるせーし!そんなガミガミ隣で言われて菓子がまずくなっちまうぜ!」

 

「礼儀作法は食事を楽しむための大事な一要素です!アナタみたいに野良犬と変わらないようにバクバク食べて、辺りに食べカスを散らされては それこそお菓子の味が落ちます!少しは人間としての振る舞いを学んで欲しいものですね!」

 

「なんだとーッ!」

 

「なんですかッ!」

 

 ……………。

 まあ、君らがツンデレであるということは よくわかったから落ち着いてほしい。そんなに怒鳴りあっては周りのお客様の迷惑になるではないか。

 

「あっ」「ちっ」

 

 紅花(ホンファ)も青葉も顔を赤くして黙り込んだ。

 ことほどさように、俺の計画は着々と進んでいるかのように見えた。青葉も紅花も互いを知り合い、歩み寄れるところ、尊重しあえるところを見つけていく、そんな作業が進んでいると思えていた。しかし……、

 

「あっ」

 

 紅花が何かに気付いて立ち上がる。

 

「青葉、一刀様、今日は午後から合同演習の予定です。そろそろ引き上げないと開始時間に間に合わなくなってしまいます!」

 

「えぇ~、いいじゃん、も少し ここで まったりしていこうぜ紅花~」

 

「兵たちの模範となる私たちが、そんな体たらくでどうします!今日の演習は黄蓋様が指揮なさるのですよ、あの方より先に錬兵場に入らないと……」

 

「あー、そういうことなら仕方ねぇなぁ、あのおばちゃん怖ぇからな」

 

 紅花はいそいそ、青葉はしぶしぶと席を立ち、店主のオヤジに勘定を求めた。

 

「次も御来店いただけば、我ら中国料理連合の全勝をお約束しよう」

 

 そのネタは もういいちゅーねん。

 

 

 

 ………そして その後の錬兵場で、

 俺は、自分の目論見が甘かったことを思い知らされた。

 

 

 

 またしても青葉が命令を無視し、陣形を飛び出して敵役の将を倒してしまったのだ。

 

「あの………、小童がぁーッッ!!!」

 

 祭さんが高台の上で頭を掻き毟る。俺はその隣で、またしてもの青葉の暴挙を目撃することになってしまった。

 それは数日前と寸分違わぬ情景、敵将役を踏みつける青葉の粗兵姿に多くの奇異と不安の視線が集中する。

 

「北郷!どういうことじゃ、あの小娘、前とぜんぜん変わっておらんではないかッ!」

 

 祭さんがヒステリックに俺へ叫ぶ。

 だが俺は、無言のまま渦中の青葉(チンイェ)を見詰めるしかなかった。あの羊の群れに混じることのできない虎のような孤高の彼女を。

 

「ええい、もう勘弁ならんッ!」

 

 祭さんが決然と呟く。

 

「こうなったら、このワシ直々に精神を注入しなおしてくれる!この前のゲンコツと一緒などと思うなよッ!」

 

 と、祭さんは金属バットの二倍ぐらいの大きさをもつ鉄鞭をかつぎ、高台を飛び降りる。

 

「祭さん!」

 

 俺が止めようとしても遅かった。

 そして、渦中にいる青葉は、自身に向かって迫り来る女将軍に気付き、

 

「へっ、おもしれえ」

 

 槍と鎌を合わせたような武器、戦戈をヒュンヒュンと鳴らす。

 

「アンタを倒せば、オレッちが将軍かな?」

 

「思い上がりも そこまでくれば大したものよ。このワシがヘシ折ってくれるッ!」

 

 祭さんが鉄鞭を振り上げる。当たれば背骨と頭蓋をまとめて粉砕する一撃だ。その重み千鈞の鉄鞭が 青葉を襲わんとしたその時――、

 

「は・ん・しょぉーーーーーーッ!!」

 

 側面からの別の攻撃が、青葉を真横に吹き飛ばした。おかげで祭さんの鉄鞭はものの見事に空を切り、何もない地面をしたたか打って、無意味に直径50センチの穴を空ける。

 

「な、なんじゃッ?」

 

 祭さんが視線を横に投げると、そこにはショルダータックルの姿勢のままの紅花(ホンファ)がいた。彼女はアレで青葉を横へ吹っ飛ばしたのだ。

 

「黄蓋様…、今回の潘璋の暴挙、ますますもって許せません。黄蓋様が手を下されるまでもなく、この朱然が代って、規則を破った罰を与えてあげましょう!」

 

 首周りから爪先までを真紅の鎧で固めた紅花が、チャキリと戦戈を構える、あの二人は同じタイプの武器を使うんだ。

 一方、タックルを受けて盛大に地面を転がされた青葉も、ヨロヨロと立ち上がっていた。

 

「……へっ、上等だ、おばちゃんより先にテメーとの決着をつけてやる!」

 

「……決着?勘違いしないでください潘璋、これはアナタへの刑罰です!」

 

 たちまち錬兵場は、赤と青の女傑が火花を散らす決闘場と化した。青葉が振り回し、紅花が受け流す、二人が戦戈を交えるごとに響き渡る金音が、俺のいる高台まで鼓膜に突き刺さらんほどに聞こえた。

 午前中は、お菓子の皿を挟んで和気藹々としていた二人。

 その二人によって、いまや錬兵は無茶苦茶だ。

 

「えぇ~い!おぬしら二人ともいい加減にせぇ~いッッ!!!」

 

 祭さんの悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 それからはもうお決まりのパターンで、錬兵は中止になり、祭さんは荒れて飲んで、俺は そのフォローに追われた。

 祭さんは よっぽど今回の失敗が堪えたのか、酔っ払いながらも「北郷、お前のせいじゃぞー」とからんでくる始末。彼女の気が済むまで側から離れることのできない俺だった。

 そして……。

 

「…………やっと潰れたか」

 

 目の前には一升瓶抱えて眠りこける酔っ払いが一人。なんでこの世界に一升瓶が?とも思うが、きっとその方が酔っ払いらしくて絵になるからだろう、世の中はそういうものだ。

 

「う~ん、北郷、お前が悪いのじゃぞ~」と寝言でも まだ言っている。

 

 ここまで付き合わされた迷惑料に、祭さんが眠っている間に尻でも揉みしだいてやろうかとも思ったが、後が怖いので やめた。代りに持ち合わせた墨で、祭さんの両頬に猫ヒゲを書いてから、外に出る。

 今日のうちに どうしても会っておきたい相手が二人いた。

 

「うわ…、もう こんな時間か」

 

 外はすっかり黄昏時、黒くたなびく雲が、真っ赤に染まる夕焼けをズタズタに切り刻んでいる。

 

 あの二人は、錬兵をメチャクチャにした罰に錬兵場の草むしりをやらされているはずだ。俺は広場の、もっとも雑草が茂っているところを思い出して走った。

 辿り着いてみるとビンゴ、夕暮れの赤く染まった大地に、二つの影法師が伸びている。

 

「お~い、青葉(チンイェ)、紅花(ホンファ)………ッ!」

 

 二人へ呼びかけようとして………、俄かに止めた。

 風に乗って二人の言い争う声が聞こえてきたのだ。青葉と紅花、せっかく仲良くなったと思われたのに、やはり菓子屋の外では水と油のまま変わりようがないのか。

 俺は、二人の仲が良くなりさえすれば、ルール違反や融通の利かなさも自然と解消されていくものと思っていた。お互いがお互いの よいところを学び、平均的な良い将校に成長すると思ったのだ。

 俺の目論みは甘かったのか。

 

 風に乗ってくる二人の口論に耳を傾ける。

 距離が遠くて詳細には聞き取れないが、どうやら口論というよりは、青葉が紅花へ向かって一方的に何かを言っているだけらしい。カタブツの紅花は、耐えるように黙り込んでいるだけだった。

 やがて青葉が その場から駆け出した。

 夕暮れの錬兵場には、たった一つの影法師だけがポツンと残った。

 

「…………………紅花」

 

 俺はころあいを見計らって、その影法師に話しかけた。

 

「……あ、一刀様」

 

 答える紅花の声には、いつもの肩肘張った力がない。

 

「また青葉と言い争ってたのかい?ホントに飽きないなぁ君たちは」

 

「……………」

 

 返事がなかった。

 

「紅花、一つ聞いていいかい?」

 

「…なんですか?」

 

「あの時、祭さんの前に割り込んで青葉に食ってかかったのは、青葉を助けるため?」

 

「…………」

 

 沈黙が俺の問いを肯定した。

 あの時、命令無視した青葉を 祭さんが粛清しようとした あの時、もしあのまま青葉と祭さんが ぶつかっていれば、当然ながら青葉がコテンパンにされる可能性は大だった。よしんば祭さんに勝ったとしても、将軍を傷つけたわけだから青葉も無事で済むわけがない。

 寸前で紅花が間に入ってくれたからこそ、うやむやで済んだのだ。

 紅花は、青葉の立場を守るために、あえて彼女を責めた。それは今までの衝突とは明らかに違う 紅花の心境だった。

 

「………一刀様」

 

 ポツリと、紅花が言葉を紡ぎだした。その声のか細さから、直前に青葉と何かがあっただろうことは確実だった。俺は静かに耳を傾ける。

 

「私、さっき青葉に言いました、アナタは強いって。私と彼女は、階級も役職も近いです、だから彼女の能力は、私が一番良く知っているつもりです」

 

 俺は頷いた、そりゃあ青葉だって、訓練中 兵を蹴散らして敵将役を何度も叩き伏せることができるんだから、並みの武力ではない。

 

「私が調査した資料に照らし合わせると、青葉の武力は 魏ならば楽進・李典・于禁に比し、蜀においては魏延・馬岱に匹敵します。それだけの力があるなら、焦って功を求めなくても、規則に従ってキチンとしていれば自然と階級は上がる。無茶なことはせずに認められるのを じっくり待つべきだ、と助言しました」

 

 紅花が青葉に向かってそんなことを言うのも、一つの進歩だろう。俺は彼女に続きを促す。

 

「でも青葉は、『そんなことは お前がお嬢様だから言えることだ』って言いました」

 

「え?」

 

 それからの紅花の話を要約すると、こういうことだった。

 青葉が言うには、無茶をせず、静かに出世を待てと言えるのは、紅花が名門朱家のお嬢様だから言えることだ。名門出というネームバリューをもち、それだけで上司から一目置かれる紅花は、別に改めて誰かに認められる必要はない。

 だが青葉は違う、何もない裸一貫から始まった悪タレの青葉は、他人から認められるべき何物をも持ってはいない。

 だから手柄が必要だった、紅花の家名に匹敵する、他人から認められるべき何かを。だから焦って手柄を求める、軍の規律を乱しながらも、群れの中で孤高に陥ろうとも。

 何もない不良娘は、のし上がるために死に物狂いにならなければならないのだ。

 

「一刀様、私は傲慢だったのでしょうか?」

 

「…………」

 

「家名とか、教養とか、色んなものを持って生まれてきた私には、何も持たずに生まれてきた青葉の気持ちはわからない。わからないクセに知った風な口を利いて、規律を守れとか、真面目にやっていれば認めてもらえるとか言う。でもそうやって認められるのは、最初から恵まれている人だけなんだって。恵まれない人間は、それ以上の何かを やらなければならないんだって」

 

「……そういう風に、青葉(チンイェ)から言われたの?」

 

 紅花(ホンファ)が、うっ、と押し黙った。

 

「さっき、君が青葉から何か言われてるのを見たからさ」

 

 沈黙は肯定を意味する。

 俺はやれやれと 溜息をついた。紅花のこのヘコみよう、青葉も もう少し言葉を選べばよかったのに、それができなかったということは、青葉もこの一件でテンパッているということか。

 

「人間が何を持って生まれてくるか、何を持たずに生まれてくるかなんて、決められようがないよ」

 

 俺は言った。

 

「一刀様……?」

 

「こう言って紅花に通じるかどうかわからないけど、俺、自分の世界にいた時は剣道部だったんだ」

 

 いきなり何を言い出すのか?と紅花はキョトン顔で俺のことを凝視する。

 それでも俺は、紅花にこの話をしておきたかった。学校のこと、部活動のことを紅花に説明するのは案外 骨が折れたが、とにかく先に進む。

 

「剣道部では年に何回か大会が開かれて、他のたくさんの学校と一番を競い合うんだけど、俺は その大会に一年でレギュラーに選ばれた。普通レギュラーになれるのは三年か、早くても二年で、一年なんて大概が補欠だから大抜擢だった。選ばれた俺はもちろん嬉しかったけど、……それ以上に怖かった」

 

「怖かった?」

 

 その言葉を聞いて紅花は首を傾げたけれど。その当時の俺は本当に、レギュラーに選ばれたのが怖かった。

 実績も実力もない自分なんかが試合に出て大丈夫なのかと、団体戦に出る俺以外の先輩たちは前の大会で ある程度勝ち進んだり、賞を取ったり、自分の力を証明してきた人たちだ。

 その中に混じって俺だけが何も証明できない。

 自分だけが大会の出場経験がなく、従って勝ち星もない。皆が俺の力を疑っていると思った、そして俺はその疑念に反論できる証拠を何一つ持っていなかった。

 平たく言えばプレッシャーだ。

 俺はプレッシャーを払拭するために、とにかく大会まで練習しまくった。今思えば無茶な練習だ、ペースもクソもあったものではなく、気付けば体を壊す寸前までいってボロボロのコンディションのまま団体戦に出場し、当然のように負けた。

 

「まあでも、そのあと先輩たちが取り戻してくれたから、試合自体は勝てたんだけどさ。…それもまた俺にとってはホッとしたやら恥ずかしいやらで、ドン底さ。もう何もかもイヤになって会場の隅でうずくまってた時、声を掛けてくれたのが部長だった」

 

 部長は、俺にこう言ってくれた。

 

 

 

 バーカ、何テンパッてんだよ。

 北郷が誰より もたくさん練習して、誰より真面目なのは、俺が一番良く知ってるぜ。

 

 

 

 部長に そう言われた瞬間、俺の中で何かが変わった。

 たとえ前の大会で実績を残していなくても俺の強さは、部長が既に証明してくれていたのだ。

 俺の強さを認めてくれる人がいる、そう思うとプレッシャーはウソのように消えた。

 

「……それから、どうなったんですか?」

 

「まあ、二回戦は意地で判定勝ち、三回戦はもう少しフツーに勝てて、一応レギュラーの面目を保てたよ」

 

 紅花の質問に、俺は面映くなりながら答えた。

 

「あの頃のガチガチの自分を思い出すと、今の青葉の焦りも理解できる」

 

 自分を立てる寄る辺のない不安。

 俺の場合は、部長の言葉が すべてを吹き飛ばしてくれた。でも青葉には それがない、イヤ、そんなことはない。

 

「紅花、青葉には君がいる」

 

「え?」

 

「さっき言ったじゃないか、彼女の強さは自分が一番良く知ってるって。たとえ青葉に何の門地も実績もなくても、君が青葉を認めてくれるなら、それが青葉の力の証明になる。………青葉の支えになってやってくれないか、紅花?」

 

「そんな……」

 

 紅花は見るからに戸惑っている様子だった。

 こんなこと誰からも言われたことがなかったのだろう。生真面目に、規則どおりに生きているだけでは、けっして出会うことのない言葉だった。

 

「…士は、みずからを知る者のために死す、ということですか?」

 

「そういうことかも、さすが良く勉強してるね」

 

 俺は彼女の博学さに、素直に感心した。

 

 

 

 その日は それで おしまいとなり、話が再び動き始めるのは数日後のことになる。

 

 この日、青葉(チンイェ)・紅花(ホンファ)を含めた部隊長クラスの将が軍議の場に集められる。城内の将をかき集めただけあって何十人もの大所帯になった。

 これから一体何が始まるのだろうと、そこかしこで話し声が聞こえる。

 そんな人群に合間見えているのは、大都督・周瑜と大将軍・黄蓋、つまり冥琳と祭さんだ。俺もまた二人と同じ立ち位置から、この軍議に同席させてもらっていた。

 

「皆の者、静まれぃッ!」

 

 祭さんが、ざわめく若将たちを一喝する。続いて口を開くのは王佐の貫禄を漂わせる冥琳。

 

「……皆に集まってもらったのは他でもない。これより我々 呉軍は新たなる作戦を実行に移す」

 

 作戦?いくさか?若将たちに目に見えて動揺が走る。

 

「ええぃ静まれというに!たかが いくさの宣告でおたつくでないわッ!」

 

 再び祭さんの喝が飛んで、軍議は一気に静まり返った。

 

「………で、作戦の概要だが。……黄蓋将軍」

 

「うむ、現在、我らが孫呉は、北の大国・曹魏と国境を接しておる。相手は奸雄・曹操の率いる強国、我らと彼らは長江の大流を境界にし、我ら孫呉は濡須、敵たる曹魏は合肥を拠点とし、互いに領土を押し広げんと牽制しあっておる」

 

「それも蜀の劉備が強大化してきたことにより膠着状態に陥っていたがな。しかし、最近になって魏の動きが活発化しているという報告が入った」

 

 活発化とは具体的にどういうことでしょうか?と若将の中から質問が飛ぶ。

 

「うむ、濡須の駐屯軍からの報告によるとじゃな、合肥に詰めておる魏軍の兵が、時折国境を侵して我ら孫呉の領内に侵入しておるというのじゃ」

 

「だが奴らはこれといって何をするわけでもない。孫呉の領内に入って守城を攻めるとか、村々を襲うとか、そういった動きは一切ない。…その事実から察するに、奴らの行動目的は、偵察であると考えられる」

 

 偵察?

 

「ああ、何処の道が大軍を通しやすいか、何処に布陣すれば優位な戦いをすることができるか、という地勢を調べておるんじゃろう。やがて行われるであろう大侵攻に備えてな」

 

「無論 我々にとって そんなことをされるのは面白くない、むざむざ見過ごしておく理由もないしな。そこで我々は、この魏の偵察隊を奇襲、殲滅する作戦を立案した、というわけだ」

 

「たとえ物見遊山でも、孫呉の領内に入ったからには ただでは帰さんと思い知らせてやるんじゃ!」

 

 冥琳と祭さんの説明は、流麗で何かの掛け合いを見ているかのようだった。

 

「そこで諸君らに集まってもらったワケだが……。魏軍を殲滅させる奇襲隊、その指揮官を諸君の中から選び出そうと思っている」

 

 との冥琳の宣言、一同が“どよっ”とざわめく。

 

「我こそは、と思う者はいないか?」

 

「はいッ!はいはいはいッ!」

 

 まっしぐらに挙手したのは、やはりというか何と言うか、日頃から手柄に目をギラつかせている青葉だった。

 

「大都督、是非オレッちを使ってください!魏の奴ら全員の首を手土産に持って帰ります!」

 

 しかし、この時ばかりは血気にはやるのは青葉だけではない。

 

「待ってください、私が行きます!」「いえボクが!」「その役目 私に!」「行くのはアタシよ!」

 

 若将の人垣から次々に、我こそはの立候補が上がる。

 千載一遇の戦功を狙っているのは、何も青葉だけではない、若い武将らは誰だって手柄を取り、出世の階段を上がることを望んでいるのだ。

 加えて、この状況で名乗りを上げないことは、みずからの勇気を損なうことになる。

 やがて軍議の場は、すべての若将の挙げた手で埋め尽くされることとなった。我を、我をという声に、会場は打ち震えんばかりだ。

 その状態を満足そうに眺めてから、冥琳が言う。

 

「……紅花(ホンファ)」

 

「はひッ?」

 

 居並ぶ若将の中から、紅花の姿が浮かび上がった。彼女もまた挙手の姿勢で みずからを推そうとしていたが、

 

「いや、ここでは朱然というべきか。朱然、お前が行ってみるか?」

 

「わっ、私ですか?」

 

「ああ、お前の訓練の成果は、祭殿から報告を受けている。多少問題はあるものの、よく修練を積んでいるようではないか」

 

 冥琳の実家である周家もまた、呉きっての名家。同じ名家である朱家とは何らかの付き合いもあるのだろう。その繋がりが、紅花を奇襲隊の指揮官に抜擢しようとしているのか?

 

「実際、お前の能力は同期の中では一頭地抜きん出ている、ここいらで実戦経験を積んでおくのもいいだろう。どうだ朱然、やってみるか?」

 

 冥琳の問いかけに、紅花は自身の挙げた掌を見詰め、沈黙する。

 彼女だって それを望んでいたのはたしかだ。小さな戦いとはいえ一軍の指揮官、戦場で生きる者としては誉れにならないわけがない。

 しかし、紅花はその誘いに即座に返答しなかった。「応」と言えば すぐさま決まることなのに。

 

「………………冥琳様、いえ周瑜大都督、私より献言がございます」

 

「なんだ?」

 

「私は、この奇襲作戦、その実行隊の指揮官に潘璋を推します」

 

 どよどよどよ、場に動揺が走る。

 それはそうだろう、折角自分に下された晴れ舞台を他人に譲ろうと言うのだ。しかもその相手は普段反目している青葉(チンイェ)、その宣言に一番驚いているのは まさに青葉本人だった。

 一同の動揺を無視して、紅花は続ける。

 

「大都督より我が才を賞賛いただくことは誉れの極みでありますが、私の武は所詮書斎で培った論の武、いまだ実戦に耐えうる自信はありません。それに対し、潘璋は呉軍に参加する前から乱族として山野を駆け巡り、その武はそのまま実戦に通用するものです」

 

「…………」

 

 冥琳は無言で 紅花の言うことに耳を傾けている。

 

「それに加え、潘璋のいわゆる族の武は、奇襲という変則的な戦闘でこそ本領を発揮しうるものでしょう。さすれば この作戦に一番適任な者も潘璋といわざるをえません。大都督、どうか御一考を……」

 

 紅花の言葉を受けて、冥琳が静かに言った。

 

「潘璋」

 

 傍から呆然とこの成り行きを眺めていた潘璋=青葉は、突然わたわたと反応し、

 

「ははっ、周瑜大都督!」

 

「やってみるか、この作戦?」

 

「是非ともオレ…、いや、私めに その任を賜りたく!この命に代えて、必ずや成し遂げてみましょう!」

 

 そのやりとりで、この軍議で決められるべき項目が決定した。

 

 奇襲部隊の指揮官は潘璋。

 

 彼女はこれより すみやかに自身の部隊を統率し、北の国境付近へ走り、潜入している魏の偵察部隊を叩かなければならない。

 青葉は喜び勇んで その準備を進めた。入軍以来、待ちに待った大手柄を掴み取る機会だった。

 この作戦の成否によって、それまで地に埋もれていた潘璋という武才が、飛び立てるか否かが決まる。

 

 

「……テメーに借りができちまったな」

 

 

 出発の直前、青葉は紅花と向き合っていた。

 いや、もう ぶっちゃけてしまおう、紅花は青葉の出陣を見送りに来たのだ、彼女の無事と武運のたけらかなることを祈るために。

 

「勘違いしないでください、私は別にアナタのために大任を譲ったわけではないんですよ」

 

 紅花が素っ気なく言った。

 周囲では、軍馬のいななきが其処彼処から聞こえてくる。出陣前の忙しげな熱気が二人の周囲に沸き起こっていた。

 

「アナタは、手柄が欲しくて いつも無茶をしているんでしょう?ならば、さっさと適当な功を取ってしまいなさい、そうした方がアナタも落ち着いて、呉軍に損害をもたらすこともないでしょう。私の判断は、呉軍全体の利益のためにとったものなんです」

 

「ケッ、ふかしやがるぜ」

 

 青葉(チンイェ)は悪態をついた、だが、その顔には照れくさそうな笑みを漏らしている。

 

「……紅花(ホンファ)」

 

「お菓子屋さん以外では、真名を呼ばない約束じゃないんですか?」

 

「メンドくせーよ んなことは。…あのな紅花、軍議の時、お前 オレのこと色々褒めてくれたろ?」

 

「え?」

 

 青葉の武はすぐ実戦で通用するとか、青葉は奇襲に向いているとか、それを褒めると言えば、そうなのか。

 

「オレさ、……あんまりヒトから褒められたこととか ねーんだ。いつも悪さしてばっかりで、バカだのクズだの言われることの方が多かったからよ」

 

 しかしあの時、紅花から自身の能力を評価されて、

 

「ガラにもなく浮かれちまった。………この前の錬兵の後、酷いこと言って わるかった」

 

 と実に照れくさそうに言う青葉だった。その言葉に紅花まで顔を赤くする。

 

「それと……、オイそこの唐変木!いつまでそんな ところに隠れてんだ!」

 

 うあおうッ、見つかった。

 物陰に隠れて二人を見守っていたのは この俺 北郷一刀だ。青葉に見つかり、スゴスゴと前に出る。

 

「お呼びでございましょうか、青葉様?」

 

「なにが青葉様だ!……この一件、アンタも裏で動き回ってたんだろ?」

 

「うっ」

 

「紅花になんか吹き込んだのは勿論、周瑜のねーさんにもアンタの根回しがあったんじゃねーのか?」

 

 世間の荒波に揉まれた青葉は、俺の気配り手配りなど簡単に見破っていたようだ。

 

 たしかに冥琳は最初からこの任務、紅花に任せるつもりだったらしい。周家と朱家、名家同士のしがらみの表れだ。だから冥琳は直接紅花に指揮官拝命を打診するつもりだったのを、説得して若将全員から立候補を募るように変更させたのが俺だった。

 その中で紅花が下す決定を、冥琳に受け入れてくれるよう頼み込んだ。

 

「一刀のダンナよう、オレはな、オレの知らねえところでコソコソされんのが気に食わねえんだよな」

 

「…ああ、いかにもそんな感じするよね」

 

 俺は矢庭に青葉から襟首締め上げられた。

 

「この始末、どうしてやろうか?」

 

 そう言って青葉は、絞った襟首を自分の方へ引き寄せる。そして、近づく俺の唇に、自分の唇を重ねた。

 

「ええぇーーーーーーーーーーーーーッ!!?」

 

 見守る紅花が絶叫。俺自身も何が何やらわからぬままに、青葉の熱烈なヴェーゼを受け入れることとなる。

 

「……ん、……ちゅふ、くっ、…………ぷはッ」

 

 さんざっぱら俺の口内を舐め回した挙句、青葉は唇を離した。

 

「いきなり何するんだよ青葉ッ?」

 

「世話になった礼さ、上手く大物の首を取って帰ってこれたら、もっとスゲエのをかましてやるぜ?」

 

 そう言い捨てて、青葉は馬の背にヒラリと跨った。出発準備は既に万端整っている。

 

「青葉!絶対無事に帰ってこいよ、絶対だからな!」

 

「はいはい わかってるよ!でねえと凄いことさせてもらえなくなるからなスケコマシ?」

 

「そういう意味じゃないよ!童貞の純情をもてあそぶな!」

 

 スミマセン、上の文章に重大な虚偽の情報がありました。

 それはさておき青葉は颯爽と馬蹄を踏み鳴らし、戦場へ向けて兵士を率いて駆け出していった。

 

「………ふう、行っちゃったな紅花。…紅花?」

「はは、はいッ?」

 

 紅花(ホンファ)は、自分の唇に指を当てて、なんだか呆然としていた。

 

「わっ、私はダメですからね!ちゃんと、そーいうのは互いの将来を約束しあってから!」

 

「は?」

 

 そんなこんなで、俺たちは青葉(チンイェ)の上げる土煙が見えなくなるまで、そこに立って見送るのだった。

 

「………あの、一刀様、青葉は大丈夫でしょうか?」

 

「何言ってるんだい、彼女が強いって断言したのは紅花じゃないか」

 

 実際 青葉は強い。大した兵力ももたない偵察隊など簡単に蹴散らしてくるだろう。俺たちは安心して、彼女の戦果を待っていればいいのだ。

 

「だから戻ろう、ここで待ったって青葉が任務を終えて帰ってくるのは まだ先だよ」

 

「はい…、わかっていますが、でももう少しだけ……」

 

 そう言って、紅花はなかなか見送りの場所から離れようとはしなかった。青葉の隊が上げた砂塵は とっくに収まり見えなくなっている。

 次に その土煙が見えるのは青葉が任務を終えて 帰還してきた時、だがそれはもう少し先のことだ。

 

「……………」

 

「……………アレ?」

 

 今、青葉の去っていった地平の向こうに、微かながら砂塵が上がった。

 ウソ、もう帰ってきた?いくらなんでも早すぎる。

 

「青葉ッ?」

 

 紅花が駆け寄ろうとする。帰って来たのは一騎のみだった、しかも、その馬に乗っていたのは……。

 

「……明命?」

 

 呉主・孫権の護衛役の一人、周泰こと明命だった。その長くて美しい黒髪が、馬上で風に揺れている。

 

「なんだ明命か、驚かさないでくれよ」

 

「あうあうッ、なんですか帰還するなり その言い草!一刀様 今日はヒドイです!」

 

 明命は小柄な体でプリプリ怒りを露わにする。たしかに今のは我ながら酷かったかな。

 

「あの……、一刀様、この小さな方は?」

 

「ああ、この子は周泰、孫権の護衛役の一人だよ」

 

「そ、そのような重責ある方とは露知らず…!申し訳ありませんでした、私は呉の一隊を預かる者で朱然と申します!」

 

「………」

 

 明命は、恐縮する紅花をマジマジと見詰めて。

 

「………一刀様、フケツです」

 

「だから!なんで皆俺のことを そういう目で見るのッ?心外だよ、僕ははなはだ心外だ!僕は皆が幸せであれと常に願っているのに!」

 

「日頃の行いでしょう(紅花)」

 

「日頃の行いですね(明命)」

 

 なんでそういう時だけ息が合ってる初対面。

 

「一刀様、急に冷たくなったと思ったら、それが原因なのですね。私が諜報任務に出ている間に、別の想い人をこさえてモフモフしていたのです!許せないことなのです!明命は、今とっても癒されたい気持ちです!」

 

「だから誤解だってッ…、って明命、諜報任務に出てたの?」

 

「はい、合肥方面に、曹操軍さんの動きを調べに行ってました」

 

 青葉がこれから攻め込もうとする場所と同じ、それで二人の去った方向と現れた方向が同じだったのか。

 

「もう、ホントに大変だったんですよ。曹操さんのところは ただでさえ間諜の取締りが厳しいし、ちょっと油断したらすぐ捕まるんですからね」

 

 なるほど、さすがは覇王の国というところか。

 

「それに今回は、帰還するのが これまた大変で もうクタクタなのです。合肥の出した偵察隊に張遼さんがいて、あの人に気付かれないように国境越えるのは至難の業だったんですから」

 

「張遼?なんで そんな大物が出てきてるんだ?」

 

 張遼といえば、敵国・魏の中でも最強の武将、その武力は千軍万軍に匹敵すると もっぱらの評判だ。そんな猛将に見つかれば、さすがの明命も逃げられなかったろう。相手の目を盗んで呉に帰還すること、並大抵の苦労じゃなかったに違いない。

 

「そうなんですよ一刀様~、だから癒してください~、私のことモフモフしてください~」

 

「はいはい、がんばったね明命、そら俺がモフモフして……」

 

 と、俺が明命を抱きしめてやろうとしたその時だった。

 

「ちょっと待ってください」

 

 紅花(ホンファ)に止められた。……やはり人前で こういうことするのはNGかな?

 

「いえ そういうことじゃないんです!…いや、そういうことするのも無論ダメなんですが、周泰様、今何と仰りました?」

 

「え?一刀様にモフモフ……」

 

「そこじゃありません!今 偵察隊に、張遼が加わっていると仰いませんでしたかッ?」

 

 紅花が、顔を蒼白にして叫ぶ。

 そうだ、俺もやっと気付いた。さっき出て行った青葉(チンイェ)は、魏の偵察隊を潰すために出陣したのだ。その偵察隊に鬼神・張遼が混じっている?一体なんで?どういう手違いでそうなったんだ?

 

「あの人の気まぐれらしいですよ、張遼さんは実質 合肥方面軍の司令官みたいな位置にいますけど、『退屈や~、酒切れた~、凪がおっぱい揉ましてくれへん~。……あ、そうや、ウチも偵察に行こ』とか言い出して……」

 

「ホントにフリーダムだな張遼さんは!」

 

 ヤバイ、ヤバイ ヤバイ ヤバイぞ。張遼は、正確に言えば魏国内どころか三国すべてにおいてもトップクラスの武将だ。

 彼女とまともにやりあえる人といえば、せいぜい関羽か呂布ぐらいのもの。

 そんなバケモノ張遼のいる偵察隊に、青葉がぶつかろうとしている。

 いくら青葉が強いからといっても、相手は次元が違いすぎるぞ。

 

「………………ッ!」

 

「紅花ッ?」

 

 紅花が無言で駆け出した。向かうのは厩舎、そこで最初に目に入った馬に跨り、矢のごとく駆け出す。

 

「待て紅花!青葉を追うつもりなのかッ?無茶だ、青葉が出て行ったのはだいぶ前……ッ!」

 

「でも、このまま放っておいたら、青葉が張遼に殺されてしまいます!お願いです一刀様、私を青葉のところへ行かせてください!」

 

 城内が俄かに騒然としだした。

 仲間の危機ははるか遠くに、俺たちは、再び生きて彼女に会うことができるのか?

 

 続く


 
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