No.815007

Another Cord:Nines  = 夏祭り騒乱篇 =

Blazさん

という訳で夏祭り篇のラストです。
さて。覚悟はできてるな?


ちなみに「彼ら」についてはこちらの判断で割り当てを決めます…スミマセン(汗

2015-11-22 13:16:23 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:646   閲覧ユーザー数:628

 

 

「―――――あ」

 

 

 

一瞬の出来事だ。

何が起こったのかも分からない。

ただ言えるのは、青年は絶望し、少女は傷つき、彼女は笑みを浮かべていた。

 

――が。

 

 

「――――氷よ…!」

 

「ッ………!」

 

アスナが負った傷の部分を的確に、空気中の水分が凍り即席の止血剤代わりになる。

だがあくまでその場での応急処置なため長い間そのままにしておけば生の肉が腐ってしまう。

 

「取り合えず、失血死するよかマシよ…!」

 

「チッ…!」

 

仕留めきれなかった事に苛立つロジエールは次なる標的をこなたに定め、人形の糸を引く。

一瞬だが注意は逸れた。彼女の視界からそれたBlazは一瞬だが聞こえた言葉に納得のようなものを持っていた。

彼女、ロジエールがアスナとこなたの連携を受ける直前につぶやいた言葉。それは彼女の持つ人形の名前だ。

 

「アイツ、土壇場で『タンガン』って…!」

 

 

タンガンはロジエールがマクベスと同時期に作り上げた人形ではあるが、事情から性能差が表れてしまった一作だ。

しかし防御力は騎士の名に恥じず高く、それが災いして今では彼女の盾の役割がもっぱらとなってしまっている。

 

「王様を盾にするなっての…!」

 

それでも隙はできた。大剣を構えロジエールに接近しようとした彼だが、地面を蹴ろうとした刹那マクベスが奇襲し妨害されてしまう。

 

「――――!」

 

「いっ!?」

 

辛うじて剣で防ぎはしたが、足場が不安定なためふらついてしまい尻もちをつく。

マクベスにとっては大きな隙に他ならず、容赦なく剣を振り下ろすが紙一重で避けられてしまい再び距離を置かれる。

人であれば舌打ちをしている状況だろうが、人形であるマクベスにとっては「攻撃が避けられてしまった」程度にしか思えなかった。

 

「ッ…くそっ…!」

 

 

避けられたのならまた攻めればいい。マクベスは無情に剣を振るいBlazを追い詰めていった。

 

 

 

 

 

一方でこなたはロジエールの操るガイウスに苦戦を強いられ反撃もできずに回避するのに精一杯の状態が続いていた。

 

「ひいっ!?」

 

「ちょこまか…!」

 

逃げ続けるこなたにイラつくロジエールはディアを捕まえているシャイロックにも手伝わせようかと試案する。

彼女の狙いが彼であるのを分かっているので盾代わりにして倒そうと考えていたが、シャイロックの方に目をやれば考えは自然と却下された。

 

 

「くそっ…離せッ!!!」

 

「――――。」

 

「………。」

 

アスナを傷つけられたことに怒りを見せたディアは自身の体に内包している力を開放してでもロジエールを倒し、アスナを助けようとしている。

だがシャイロックの腕は強固で、彼のような規格外の相手には絶対に外せないという自信が彼女にもあった。彼女の作った自動人形はそうした規格外相手を前提とした設計になっているからだ。

 

「無理。あなたでは彼の腕から抜け出せられない」

 

「ッ…うるさいッ!!なら、彼女を…!!せめてアスナだけは…!!」

 

「………ほっておけば死ぬ」

 

「――――ッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

(マジった(マズった)かな…こんな事なら星霊の鍵持って来ればよかった…)

 

彼女のメインは確かに魔法を使用したオールラウンドではるあるが、同時に「星霊の鍵」を使用した支援戦闘も得意としている。

自身の足りない腕力などを補うには戦闘をアシストする星霊は相性がいい。

 

だが。今回は急ぎの事であり、更には現在旅団の専門機関で調整の真っ最中。

つまり。現在の鍵の持ち合わせはゼロなのだ。

 

(アイツ(アスナ)も失血の量から考えてそこまで長くは保たない…下手すれば先に肉が腐るか出血多量で…!)

 

こうなれば魂胆は見えている。

恐らくロジエールは時間をかけてゆっくりと戦うつもりだ。

アスナの事を考えればそうであるし、Blazとは一度も勝てた試しはない。

ならば時間稼ぎで優勢なこなただけを戦闘不能に、アスナを出血多量で倒せばいい。隙からばBlazだって倒せるという考えを脳裏に置いた彼女はこなただけを集中的に、かつ時間をかけて倒そうとガイウスで追い込み続ける。

 

「ッ…!!」

 

「こなたッ!!」

 

「ちょっ…このまま、じゃっ…!?」

 

避け続けるしかできないこなたは術を使おうにも隙なくガイウスが攻め続けるので使うことができず、スレスレで回避するのにしか意識が回らない。

次第にそれは焦りとなり、周囲への目配りが散漫となっていく。

 

 

「――――!!」

 

「こなッ―――!!!」

 

 

「しまっ―――」

 

 

それが災いしこなたは屋根の上から足を踏み外してしまい、チャンスとみたロジエールはガイウスでこなたを蹴り飛ばした。

人形であるにも関わらずその一撃は重く、こなたの意識は一瞬ながら失いそうになった。

 

「かっ…」

 

「あ…!」

 

タンを吐く彼女に言葉を失ったディアはそのまま飛ばされた彼女を目で追うしたできなかった。

またアスナのようにやられる。そんな諦めに近い思いが彼の中に渦巻き、それは怒りではなく憎悪に変化しようとした。

容赦なくこなたを倒しにかかる。ロジエールの行動からすればそんなことは容易に考えられる。段々と全身が熱くなり、腕に力が入りはじめるディアの頭の中は次第に白くなっていく。

怒りに呑まれる。

怒りに呑まれるな。

誰かからそう教わったハズなのに、彼はそれを破り、怒りのままに弾ける

 

 

 

 

 

 

―――筈だったが。

 

 

 

 

 

 

「………い?」

 

 

「――――あ」

 

 

「えッ…?」

 

 

優位になっていた所為か、調子に乗っていたのか

ロジエールはここで痛恨のミスを犯してしまう。

 

蹴り飛ばしたはいいが、その方向が問題となってしまったのだ。

彼女の予定では別の屋根に落とし、そこでトドメというのがこなたへの勝利の手順だった。

だが。そこまでのプロセスのためには「こなたを何処へ飛ばすか」がある意味問題だ。

近く、誰も居ない屋根の上。それが彼女の勝利を確実なものにする要素。

別段アスナが居る場でも問題はない。一網打尽、一石二鳥だ。

しかしロジエールは勝ちに酔い、肝心なところで手を緩めてしまった。

 

 

マクベスと戦っていたBlazのもとへ彼女を突き飛ばしてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほぶあ!?」

 

「ぎゃっ!?」

 

 

「こな…ブレ…っていうか二人とも!?」

 

盛大に頭からぶつかりにいったこなたに一瞬の判断で受け止めたBlaz。

幸か不幸か。彼女は間一髪、命をつなぎとめたのだ。

 

「でっ!?」

 

 

こなたの体と勢いを相殺することができずBlazはそのまま屋根の上に二人そろって倒れ込む。一瞬なにがあったのかと混乱していたこなただが、直ぐに理解し頭の中が再整理されると真っ先に受け止めた相手であるBlazに怒鳴り散らした。

 

「アンタね、何してんのよ!?」

 

「そりゃコッチのセリフだっての!!危ねぇじゃねぇかこの馬鹿ッ!!!」

 

「んですって!!!」

 

 

互いにマクベスの攻撃とガイウスのトドメを回避した二人は屋根の上で重なり合った状態で怒号と罵声を浴びせ合う。

助かったはずの二人が肌を合わせて罵声を言いあうその姿にディアとロジエールは一瞬呆けてしまうが、ロジエールは直ぐに糸を動かし二人を倒そうとガイウスを襲わせる。

 

「ってあぶねっ!?」

 

「ぎゃっ!?」

 

ガイウスが接近したことに気付きBlazはこなたを足で蹴り飛ばす。

そして自身は軽やかに剣の突きを回避しガイウスに向かい蹴りを入れる。

 

「ああ?!」

 

「ッ……!」

 

 

「いだっ!?」

 

「生きてただけでも有難く思いやがれッ!!」

 

「なんですって!?」

 

 

「ふ、二人とも喧嘩している場合じゃ…!!」

 

 

こなたの後ろからマクベスが接近し剣を突きつける。

ガイウスはBlazの死角を突き、一気に肉薄する。

互いに喧嘩しているのでチャンスだと思い、一気に勝負に出たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

が。

 

 

 

 

 

 

 

遠坂(・・)直伝…」

 

 

「Dead……」

 

 

 

 

「………え?」

 

 

 

 

 

 

「正拳突きいいいッ!!!!」

 

 

 

「spikeッ!!!」

 

 

 

タイミングが悪かった。

喧嘩真っ盛りの二人は八つ当たりで二体を殴り、吹き飛ばしてしまう。

 

 

 

「―――――!?」

 

 

「嘘ッ…」

 

 

苛立った顔の二人がまさか反撃してくるとは思っても居らず、冷静さを欠いていたので勝てると考えていた。

更にこなたに至っては格闘戦は皆無だと、ロジエールだけでなくディアも思っていたがそんな二人の予想を大きく外れさせ、こなたは魔術で強化した拳でマクベスを殴り飛ばした。

威力も馬鹿にならずマクベスの頬には殴られた後として鋼鉄の材質だった内部までもへしゃげていた。

 

 

「って………遠坂?」

 

 

格闘戦。遠坂。

―――思い当るのは一人しかいない。

別名「あかいあくま」こと遠坂凛。

彼女も魔術師ではあるが八極拳を習得している。

恐らく、ディアの予想では何らかの理由で彼女からその技術を学んだ、という事なのだろう…

 

「り、凛さん…」

 

「遠坂ってあの守銭奴かよ…」

 

 

 

 

 

 

「―――――マクベス!?」

 

完全に想定外のことに声を荒げたロジエールは倒れた自動人形であるマクベスを気遣うが、当たり所が悪かったのか、マクベスはぴくりとも動かずに屋根の上に倒れていた。

 

「当たり所が悪かったな…マクベスも中枢は頭だ。人間なら軽く脳震盪ものだぞアレ…」

 

「―――――。」

 

Blazの言葉を耳にロジエールは性格にもなく狼狽えた顔でマクベスを見つめる。

改めてみれば確かにそれだけの威力だと感じられる痕がしっかりと残っている。あれで頭が残っているだけでもまだマシだろう。

 

「ッ…」

 

(…ま。打った本人も相当痛そうな顔してるけどよ)

 

こなたの拳もどうやら無傷では済まされなかったようで、甲を見れば皮膚がめくれて赤い血がそこからにじみ出ていた。

サメ肌のように棘があったわけではないが、魔力で強化してもマクベスの内部の強度には耐えられるものではなかったようだ。

 

(一撃でコレだから…もう二発目は無理ね。流石にサボったのが仇になったか…)

 

 

 

「――――で、どうする?マクベスは当分動かねえだろうし、ガイウス一人で相手にできるわけでもあるめぇ。だからと言って他の連中でも…」

 

「ッ…」

 

小脇にディアを抱えるシャイロックは大型のナイフを彼の首に近づけ、無言だが彼らに警告する。

もし近づけばディアの命はない。

小悪党のようなセリフを脳裏に浮かべるBlazは万が一を考えて剣のモード切替か銃での牽制を考えていた。リボルバーならナイフを弾く程度は軽い事だ。

 

「こうなったら…!」

 

だがそうも言ってられないようだ。ロジエールの表情が険しくなりガイウスから片手を手放した彼女は、そこに一つの術式を展開する。

また別の自動人形かもしくはそれに並ぶ人形。堂々巡りになる可能性が高い。

が相手は人形なのに対し二人は人間。体力(スタミナ)だってあり、何よりこなたは二度目の拳での攻撃はまず無理だ。

 

――完全に詰んだ。

 

脳裏に敗北ないし体力負けを考えた二人は次に現れるだろう人形に警戒し、僅かだが敗北を覚悟する。

 

 

「来て…!」

 

 

「来るか…!」

 

「ッ…しゃーない…こうなったら…!」

 

「二人ともッ…!」

 

 

時間もない。アスナもどこまで持つかわからない。

体力だってある。

敗北を覚悟する中でBlazは最悪の場合「力」を開放するしかないと決断を考えに含む。

蒼の魔道書のように制御が難しい力。蒼を失った(・・・・・)自分が持った力を

そして。ロジエールは一体の自動人形をその場に召喚する

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その刹那だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――。」

 

 

 

「―――――――――え」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

= 西側第二円形環状道路 =

 

 

場所は変わり西側の第二円形ではげんぶと白蓮の夫妻二人が、どこからか聞こえる賑わい越えをバックにティータイムを楽しんでいる。

流石に遊び疲れたかの白蓮は思い切り体を伸ばし、眠気と疲れを飛ばそうとしていたが、楽しみ疲れたのか瞳がまどろんでいた。

 

「いやぁ…久しぶりに羽目を外した…」

 

「全くだ…時々ハラハラしたがな」

 

事、資金にはそうならなかったが色々と彼女が楽しんでいた他所で苦労していたげんぶは肩を回し溜まっていた疲労を体内で換算しているところだ。

色目、セクハラ、ナンパはもちろんのこと出店の店員、店番たちが絶望した顔になりかけたりなったりと、後で彼が謝罪したり慰めたりしてとアフターケアに追われたり…

兎にも角にも、げんぶは楽しめはしたが同時に別の事で疲れもしたのだった。

 

「飯もうまいし、出店も面白い…ま。いう事は無いな」

 

(…せめてやり過ぎないようにと…言うのが遅かったが、言ったとしても無駄だったかな…

 

 

だが…)

 

 

「………?」

 

 

「――――まぁ…その顔が見られただけでも良しとするか」

 

と、白蓮にとっては意味の解らない言葉をつぶやくげんぶは、目の前で汗を吹かした顔で冷たいアイスティーを飲む彼女の表情に笑みをこぼしていた。

 

思えば色々とあり、彼女も休まることがなかった。

げんぶが理由であると言えばそれまでだが、彼女も覚悟して飛び込んだ世界だ。

彼の重しになっている。そんな事を思う時もあったが、それでも彼の後ろ、横を守れるのは自分だけだと理解しそれを背負っていた。

 

だから。これは彼女にとっての一つの褒美。

そしてげんぶからのささやかなお礼だった。

 

 

「…柄にもない、お前がそんな顔するとはな。明日は雨か?」

 

「さて。曇りかもしれんし、雪かもしれんな」

 

「………?」

 

気付かれなくてもいい。それで彼女が満足になったのだから。

恐らく彼女よりも満足しただろうげんぶはそんな顔でまた一口、頼んでいた飲み物を口に含んだ。

そんな時だ。

 

 

 

 

 

 

「パパ~マーマ~」

 

 

「…ん?」

 

「…蓮?」

 

何処からか娘の連の声が聞こえるのに気付いた二人はどこに居るのかと辺りを見回す。

今はBlazたちに預けて東側を回っているはずだ。

なのに現在反対側に居る自分たちの方に来るわけがない。

そう思っていたのだが…

 

 

 

 

 

「パァパァ――――――――!!!」

 

 

「………耕也、上だ…」

 

「は…?」

 

げんぶが白蓮の言葉に信じられないという顔をしながら上を向く。

別段飛行魔術などは見慣れているが、彼女はまだそんな類の事はできる歳でもないし技術もない。なのになぜ上から。

答えは直ぐに彼らの前に現れた。

 

 

「とうっ!!」

 

 

「ッ?!」

 

「あ…」

 

頭上から聞こえた一声。すると彼らの頭上の一部は暗くなり、辺りの光でさえも失ってしまう黒い影が見える。

げんぶにはその影がなぜか連の声がするのにも関わらず、狗のような姿に見えていた。

いや。実際、上に居たのは確かに狗、というよりも狼だった。

 

 

 

「っと」

 

軽やかに地面に着地する狼に白蓮は少し引き、げんぶはただ目を開いて驚いている。

四肢の足を地面に付け、ゆったりとした尾をなびかせるのは確かに狼の顔だ。

だがげんぶの知る狼とは少し違い、どこか魔物のような血を引いているかのように思える顔つきで、険しくなればそうなるのだろうとまじまじと眺めていた。

だが肝心の連の姿がないと思っていた彼は、どこに居るのかと探しているといとも簡単に彼女を見つける事ができた。よく見れば狼の背に一人の少女が捕まっていたのだ。

 

「とうちゃく~」

 

「…連、お前どうしてってというか…そいつは?」

 

あまりの事に何といえばと思う二人に、連は「んー?」と頷くと嬉しそうな顔で狼の毛をいじりながら答える。

 

「Blazに乗せてもらった~」

 

「…アイツに?て事は、その狼はBlazのか…?」

 

だが人の言葉が分かるのか、言い出したげんぶの方に鋭く光る目を向ける狼に若干だが気圧される。それなりに場数を踏んでいる彼でも僅かだが感じられる異質さと威圧感にただならぬものを感じ取っていた。

 

「………。」

 

「で。そいつに乗って、ここに来た…か」

 

「うん。ね、ジョーカー!」

 

「………。」

 

 

「ジョーカー?」

 

「うん。この子の名前。Blazが言ってた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある世界の話をしよう。

果てなき荒野と神秘が混ざり合う世界の話。

 

西の風を頼りに進んだ英雄たちの世界。

 

炎の災厄にすべての次元が滅ぼされそうになった世界の戦い

 

 

その序曲に携わった守護獣の申し子たち

 

 

戦いを終えた守護獣は小さな種をその世界に落とした。

人の可能性。人の欲。人の力。

それを知るために作られた彼らはやがてその地に根を張り、小さな繁栄を作る。

 

紅の夕日に蒼き毛を輝かせるその者たちの名は―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――――蒼牙(そうが)ッ!!!」

 

 

 

黒く染まった夜に駆ける一陣の風。

それは誰の目にも留まらず、ただ一直線に彼女(・・)が求める願いを叶えるために飛ぶ。

眼前に居る一人の青年。彼を自動人形から救い出すために

 

 

蒼く、そして紅の色を月夜の光に輝かせる狼は一人の少女と共に風となって奪い去る。

 

 

 

「な――――」

 

 

「今のは………!」

 

 

 

浴衣姿の少女が一人、蒼と紅の色に身を染めた狼と共に一人の青年を咥え、宙を駆る。

その美しさと、誰もが唖然とした一瞬に目を奪われ、その場にいた全員が彼らの姿を目にした。

 

「そ、蒼牙………?」

 

 

「……ムフッ」

 

咥えたまま答える相棒にディアーリーズは急に嬉しく感じ、笑みを見せる。

が。それもつかの間。屋根の上に着地した狼の”蒼牙”は助け出したハズのディアを荒っぽく投げ捨てる。

その顔は正に「情けないな」と彼に言っているかのような目と表情だった。

 

「っで!?」

 

「ああ蒼牙…!?」

 

「………。」

 

「蒼牙、ひどい…」

 

 

 

「…アイツ、まだあのまんまかよ…」

 

「蒼牙って…」

 

怒涛の登場に呆気にとられていたこなたは、蒼牙の事を見るあまり自分の足場が不安定な事を忘れてしまい、足を滑らせる。

それに気づいたのは体勢が崩れた直後で更に足も変に変形しかけていた。

 

「ってうわッ?!」

 

「ゲッ!?」

 

こなたが滑ったことに気付いたBlazは直ぐに彼女のもとへと駆け寄ろうとするが、こなたが屋根の上から消えようとした瞬間。彼女の近くに何かが居る気配を察知し足を止めた。

助からないというわけではない。誰かがいる。

彼女を助けてくれる相棒

 

 

彼女の危機に現れる白い狼が。

 

 

「っ!アイツは…!!」

 

「“ルージュヴォルフ”…それも………二体………!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブランカッ…!」

 

蒼と白みのある毛に包まれたもう一体の狼は、こなたを背に乗せると軽々と壁との間を駆け抜けていき再び屋根の上に舞い戻る。

何の苦も無く飛び越えて来た狼”ブランカ”はこなたを屋根の上に下すと蒼牙とは違い気遣っているような眼で彼女を見つめていた。

 

「ッ…ありがとう…」

 

「………。」

 

 

 

 

「…この分だと、アイツは来ないな」

 

二匹の狼の登場に出番を持っていかれたと感じたBlazは頭を掻いてやれやれと安堵の息を吐いていた。

どうあれディアは奪還され、こなたも落ちる前に助けられた。

後はアスナだが、状況からして助かる見込みは十分ある。

彼も心残りらしきものは一応あるが、この場では余計な事だ。特に今では。

形勢逆転された状況にBlazは大剣を屋根に刺すと言葉を失っていたロジエールに対し尋ねた。当の本人は呆気にとられ、下手な事を言えるような状態ではなかったのだ。

 

「…でだ。どうする、ロジエール。完全に形成覆されたぞ」

 

「………。」

 

シャイロックに目を落とすロジエールはBlazの方へ鋭くなった目を向けた。

非はシャイロックにあると思っていた彼女も、腕の傷具合から見て何も言えなかったようで、それは製作者である自分に非があるのだと言い聞かせていたところだった。

 

「お目当てだったアイツは奪い返されちまったし…だからってシャイロックにそれだけの能力があるとは思えねぇ。完全にお前が詰みだぜ」

 

「ッ――――」

 

容赦のない彼の言葉に口をゆがませる彼女は手を強く握り、覆された状況に打開策を考えるが、圧倒的な戦力差と能力差に選択肢が阻められ有効な策というのが思いつかない状態にまで追い込まれ、思考が停止直前にまで陥っていた。

 

「マクベスは当分動かねぇし、あとの二人なら俺でも手玉にとれる。第一、アイツら居て邪魔だったからな」

 

「………。」

 

そうだ。自分は一度も彼との戦いで勝った試しはない。

二対一でも、奇襲でも、相手の状態が悪い時でも。

ただの一度も、彼女は勝ったことはなかった。

 

次第に自負していた事を理由に彼女の頭の中でそれが苛立ちに変わりやがては怒りに変化する。自信家であるとか、自己を過大評価しているわけではない。

ただ弱い自分に腹が立っていた。それだけなのだ。

 

 

「ッ………!」

 

なりふり構っていられないという顔になったのに気付いたBlazは大剣を構えロジエールが次に召喚する自動人形に警戒を強くする。

マクベスは頻繁に使う自動人形なため対策は簡単だったが、彼女はその他多数の自動人形を所持している。もしそれをフル稼働させれば単純な物量にBlazは耐えきる自信がない。

それに加え、まだ能力未知数の人形も中にはいる。そんなのが相手になれば、確実に――

 

しかし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、そこまでッ!!」

 

 

刹那。ロジエールの四肢に突如四つの術式の陣が張られ、彼女の身動きはもちろん魔術の類まで完全にシャットアウトされる。

バインドのような拘束に特化したものではない。

予め魔術師や魔導師相手を前提にした拘束術式を扱えるのはBlazが知る中では一人しかいない。

 

「ミィナ…!」

 

「それ以上はみんなの迷惑だよ、ロジエールちゃん」

 

「ッ…エレメンツ…」

 

白拍子のような下の短い浴衣に身を包み、右手には拘束術式を操作する魔力を収束させているミィナが風のように音もなく姿を見せる。

気配もなく姿をみせたのに驚く二人だが、ロジエールはそれ以上に苦しげな表情を見せていた。

 

 

「人に被害がなかったから良いけど…私闘はこの街じゃ基本厳禁なのはわかってるでしょ。それに、今回は少しやり過ぎだと思うよ」

 

「ッ…」

 

「………やれやれ」

 

「Blazもだよ。彼女を止めるためだからって、それの銃撃を放つかなぁ…」

 

「やむを得ないってやつだ。仕方ねぇだろ」

 

大剣を背にある鞘に戻しつつも答えるBlazはそれよりも、と言って彼女に目で頼み事を言い、その対象を指さす。

彼の指の先には傷口を氷で冷やしたアスナが倒れており、出血の量から危険ではあるとみていたミィナも氷で無理やり冷やされた傷口がふさがれているので一応は大丈夫だと返答する。

 

「…幸い、氷が良い止血剤になったんだね。けど、直ぐに治療しないと…」

 

「頼めるか?」

 

「手伝ってくれればね」

 

「…へーへー」

 

「それに…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

= 数時間後 セントラルエリア =

 

 

 

「ぶー…遅かったじゃんか、レイ」

 

 

「なにが遅かっただよ…」

 

「まさか…北側から更に動いて西側に居たとはな…」

 

「ほ、本郷耕也たちが居なかったら、大変だったよ…」

 

 

噴水の付近では十分に満喫しフィアレスとニュー、そして咲良の三人がそろって子どもが怒っているかのように両手を腰に当てて剥れた顔をしている。

しかしその目の前には今にも怒りたくても疲れで怒る気力すらない支配人とアルト、そして鈴羽の三人が肩で息をしており、その左右隣りでは刃が息を切らして上を見上げておりユイは荒い息を吐く彼らに何か気を利かせてやれないかとおろおろとし、フレイアはただ満足気にしているフィアレスに呆れるしかなかった。

 

「…大丈夫?」

 

「この位で死ぬことはなかろうて。じゃが…まぁ心中察するぞ」

 

「お、おう…」

 

 

「むー…折角レイと楽しもうと思ってたのに…」

 

「お前はもうちと罪の意識を認識せい」

 

「え、なんで?」

 

「………。」

 

こいつに罪の意識はないのかと、あまりにあっさりとした返答に頭を抱えるフレイアは冗談半分、しかし半分は本気で彼女の首にでも首輪をかけておくべきかと考え、帰ったら支配人に提案でもしようかと思っていた。

 

 

「アルトぉ…Blazは…?」

 

「ん?なんか用事って言って行っちまったけど…時間には戻ってくるだろ」

 

「………うにゅ」

 

ニューは辺りを見回して、姿の無いBlazに心配になったのか気弱な声でアルトに訊ねる。

呼吸が大分と戻り、体の熱を冷まさせる彼女の返答に一応ながら納得することにしたニューは早く戻ってきてほしいと袖口を強くつかんで我慢していた。

 

何も言わずに居なくなったことに気弱になってしまった彼女を見て、アルトは何も言わずニューの頭に汗がにじんだ手を置くとゆっくりとだが優しく、彼女の小さな頭を撫で始める。

 

「にゅうっ…」

 

「大丈夫だ。アイツは戻ってくるさ」

 

「………。」

 

 

(…本当にニューは(Blaz)の事が好きなんだね…人として。そして…)

 

 

叶わぬ願いか。それとも、既に叶った願いか。

少しだが気を取り戻したニューを見て鈴羽はある出来事を思い返す。

それはニューと自分が少なからず接点がある、と認識した時の事。今の自分が形成された重要な要素。

克服した想い――

 

 

「………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー…散々な目にあったわ…」

 

 

唐突に聞こえた声に反応した支配人たちは、声のした南側の方に一斉に顔を向ける。

そこには疲れた顔でこちらへと向かってくるアキたちラヴァーズの面々がため息を何度も吐きながらふらついていた。

まるでゾンビのようにふらつきながら歩く彼女たちの顔は気力が目減りし、中には魂が抜けかけているような者も居たりして、近づいて来る彼女たちに若干退いた支配人たちは何があったのかと訊ねる。

 

「な、なにがあったんだ…?」

 

「あー支配人…何があったって………なにがあったのよ、全く…」

 

「なんじゃい。何かあったのは確かなようじゃが、そこまでふてくするまでの事なのか?」

 

「…まぁ…そうなりますね…」

 

辛うじて話せる状態のアキとみゆきは、ほかのメンバーと同じほどの深いため息を吐くと何故こうなったのかという訳の説明を行う。

なんでも「青眼の白龍」を出そうとしたところ、自警団に発見されてしまいアスナとこなたを除く全員が拘束。その後、数時間にわたり自警団団長か説教を受けたという。

本人たちは何度か脱走したりの未遂をしていたがそれが災いし、自警団団長の男性の説教が更に延長される羽目となった。

 

 

「――てな訳で、ゴツイ男の説教を延々聞かされていたってわけ」

 

「そら仕方ないわな…」

 

「ったく…ウルが変な奴らに捕まらなきゃああはならなかったのに…」

 

 

 

「「「……………あ。そういえばそうだった」」」

 

 

 

 

「…あれ。なんか僕、嫌に悲しい事を言われたような気が…」

 

「しないしない。一生しない」

 

「空耳だ。無視しとけ」

 

「ああ…この二人か…」

 

 

 

 

 

「…そういえば肝心のディアーリーズが居ないな」

 

「いや捕まったって…」

 

「大丈夫だろ。アイツならその内ボロ雑巾みたいになって戻ってくる」

 

「死にはせんじゃろ。あ奴、ああ見えて図太い生命力を持っておるからの」

 

「…黒き生命体」

 

 

「…全員揃いも揃ってアイツを何として見てるの?」

 

少なくとも、彼らのセリフから考えてただの人間とも思っていない…のかもしれない。

最も全員そろって内心では彼に信頼は置いているが一部を除いて信用していない。

恐らくそれが彼らの意見を一致させた理由。というか答えだ。

 

 

「…ま。それは半分冗談としてだ。取り合えずフィアレスを見つけられたし、あとはキリヤたちを待つだけだな」

 

集結したメンバーは支配人たちとアルトたち三人と刃の八人。

そこに咲良を加え、更にはラヴァーズたちを入れての大所帯。

しかし元々集まっていたげんぶたちとキリヤたちがまだ集まっていないので残るは彼らを待つことになる。

蓮もリリィも、あと二十分ほどで開催されるイベントに参加するので彼女たちも少し慌てた様子でここに向かってきているだろう。

 

「…って、支配人さん。Blazさんたちは?」

 

「カウントされておらんようじゃが…別件か?」

 

「ああそうらしくってな。あとで合流するってさ」

 

理由は聞いていたが、今は簡潔にそれだけを説明すればいいだろうと支配人はあえて聞かされていた理由を言わずに彼女たちに説明した。

彼女たちに無駄な心配をさせたくないという事もあるが、どうやら向こうでこじれた事があったという事でその後始末を負わされたのだと、聞いた時にため息をついた。

 

「あ。じゃあそれまで皆で焼きそばでも…」

 

「…出歩き厳禁」

 

「なんで!?」

 

その後。金輪際、フィアレスから目を離すまたは視界から逃さないことにしようと決めた支配人は後で竜神丸に拘束具の類でも製作してもらおうかと考えていた。

特にニューや咲良、連といった面々と思考ルーチンが似ている者たちに対しても一定の警戒を持つべきだと、彼女の扱い方にまた一つ腕を上げたのだった。

 

急に禁止令を言い渡されたフィアレスは剥れた顔で一人いじけ始めるが、背を向けた瞬間。何処からか何かの音が聞こえてくるのを感じ、子どものような我が儘な表情は直ぐに消えて耳を傾ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――」

 

 

 

「…ん?」

 

「なんか…音がするね」

 

「…あと誰かの声も」

 

唐突に聞こえ始めた声に耳を傾け、振動に足を感じ始めた一同はどこから聞こえ、響いているのかと辺りを見回しその原因を探す。

だが人だかりの多い中では見つけるのは容易ではなく、背の低い面々は飛び上がっても一般人などの頭と並ぶので精一杯だった。

そんな中、フレイアが速く見つけたようだったが、彼女の表情は曇り眉を寄せていた。

見えたのは見えたが、一体どういう状態なのかと考えていたのだ。

 

「…なんじゃアレ?」

 

「見つけたのですか?」

 

「…なんじゃが………何がどうなっておる?」

 

 

 

 

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――――」

 

 

 

 

 

 

「………暁零。君の目には何が見えてる」

 

「…多分、お前と同じハズ」

 

「…同じく」

 

 

フレイアが言葉を失ったのは何も向かってくるのが変体的類なものだからではない。

寧ろ、全うな人だ。足もあるし腕もある。顔だって正面を向けている。

なのに、あの状態はどういうことか。

彼らの目に映る光景にはどうやっても理解できないという景色が見えていた。

 

 

 

 

 

 

「おららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららら!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

「キリヤさんファイトです!!後少しで到着ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」

 

 

 

汗にまみれたキリヤが背にリリィを乗せて全速猛ダッシュでこちらに向かってきていた。

しかも乗っているリリィは何か棒らしきものを振るい、彼を馬のようにひっ叩いている。はたから見れば馬と騎手だ。

という状態で、それを見た彼らは揃って唖然とし。何がどうなっているのかと口を開けていた。

 

 

 

「…どうなってるよ」

 

「…尻に敷かれた夫?」

 

「いや夫婦じゃないから」

 

 

やがて足の動きが遅くなり、肩で息をしていたキリヤは彼らの前にたどり着くと荒く息を吐いて体内にたまった物を一気に外へと放出する。

そこには見えなかったが疲れのようにものが色濃く排出されはしたが、まだ体内に繋がっているように思えた彼らは汗で服を濡らすキリヤに対し気遣う。

 

「…だ、大丈夫かキリヤ?」

 

「随分と走ったんだね、キリヤ・タカナシ」

 

「あ…あ……ああ………つかれた………」

 

「えっと…一体何があったんですか、キリヤさん。それにリリィさ―――」

 

 

「………ひっく」

 

 

「………え?」

 

リリィのしゃっくり声に刃は目を凝らしてリリィの顔をよく観察する。

どうにもリリィの様子が可笑しく、顔色も先ほど解散前に比べて違いが明らかなほど”赤い”。

更に、彼女の口から嗅いだことのある匂いがしてくるのに彼は無意識に鼻を動かし匂いをかぎ分ける。

 

「………アルコール?」

 

「…酒?けど、リリィってそんなに弱くは…」

 

 

―――ああ。あれか。

突然思い出したかのように言うフレイアに一同がそろって今度は彼女に目を向ける。

なにか知っているのかという目で彼女を見るが、本人は考えに集中しているのか目を上向きにして記憶の中を漁っていたので合わすことはできなかったが、フレイアは自分の記憶を頼りに淡々と話し始めた。

 

「恐らく、そ奴は「あの酒」を飲んだんじゃろうな」

 

「あの酒?」

 

「うぬ。この世界でとれた特段美味い酒と聞いてな。儂も飲んだのじゃが…かなり効く酒での。普通の人間が飲めばまず…」

 

ごく微量でも、たとえそれを更に水で薄めたとしても。

その酒は人を食らうというほどの酔う力を持つ。

フレイアでもお猪口一つでかなり効いたらしく二杯目はとてもではないが無理だったと言う。

祝い事で飲まれるらしいが、それでも極めて薄く、更に微量な酒であるという。

まともに加水せずに飲めるのは一部の例外的な者たちと覇獣のみ。

その酒の名は…

 

 

 

 

「確か名は…「真名「神喰らいの酒」」じゃったかな…?」

 

 

「ぶっ…」

 

フレイアからの酒の名前を聞いた直後、アルトと鈴羽は気まずい顔で反応しアルトに至っては不意にせき込んでしまう。

酒名を知っていた二人はどうやらその威力を知っていたようで鈴羽は困りげな顔でキリヤに問い投げた。

 

「…キリヤ・タカナシ。それ本当なの?」

 

「…多分な。ハッキリとは覚えていないが確かにそんな酒の名前だったはず…」

 

「そんなに凄いお酒なんですか?」

 

「黒鉄刃も飲む?意識すっ飛ぶよ」

 

「遠慮いたします」

 

以前Blazたちも飲んだことがあるというが、Blazは猪口半分でダウン。

ミィナは猪口一つを飲んで半日酔っぱらった後に三日爆睡。アルトは意識を失ったトカ。

それだけ強力な酒をまさかリリィがコップ一杯飲んだというのを知ったのは、直ぐ後になる…

 

 

「…なるほど。だからそんなにも酒臭いのか」

 

「あ、白蓮さん」

 

アキたちが後ろからの声に気付くと、そこにはブドウ飴を持った連を肩車で乗せたげんぶ。そして一本の酒瓶のようなものを布で包み抱える白蓮が合流し、まるで知らなかったかのように白蓮がリリィの方を見てつぶやく。

 

 

「ういっ…っく…あははははは…♪」

 

 

「キリヤさん、どこでそのお酒を?」

 

「えっと…確か、偶然酒屋があったから来てない連中に土産でも買おうって話になって、それで入ったらリリィが試し飲みでもないのにコレを飲んで…」

 

「いやなんでそうなったのよ?」

 

「わからん。なんか自由に試しのみはできたらしいが…」

 

「…神喰らいは試し飲みは禁止されてるハズだ。恐らく、アイツは間違えて試しのみできる酒だと思ってしまったのだろうな」

 

飲む相手を限定する酒であるので試し飲みは基本禁止されている酒。それを何かが切っ掛けで恐らくその表示をし忘れていたのかリリィが飲んでしまった。というのが事の原因らしい。

 

「はたらけ、きりやしゃあーん!!!」

 

「いたたたた…」

 

酔っぱらったリリィは子どものようにキリヤの髪を引っ張り馬の如く扱おうとする。

髪を引っ張られ子どもの遊び相手のような状態になっているキリヤはどうすることもできず、支配人やげんぶたちに助けを請う事しかできなかった。

 

「すごい酔いっぷりだな…」

 

「顔真っ赤っかだぞ…」

 

「コップ一杯でこの有様か?」

 

「そうだよ…ったく…」

 

 

 

「…時に、本郷の令室」

 

「…なんだ?」

 

「お主の持っているその酒瓶。まさかとは思うが…」

 

話についてこられるのと、そうだったのかと気付く白蓮にフレイアは彼女が持っている酒瓶の中身が「神喰らい」ではないかと予想し、それを彼女に問う。

ああ、と答えた白蓮は軽く笑うと包んでいた布を少しだけ払い銘柄が見える部分だけを曝け出させた。

そこには「神喰らい」とは別の銘柄が書かれており、それだけでも確認できたフレイアはならいいがと息を吐いた。

もっとも、白蓮がそんなことを知らずに「神喰らい」を買うはずはない。別の理由があるとしても彼女は普通に考えて酒を選んだのだ。

 

ただその酒もまたクセのある酒であるとフレイアがあとになって知ることとなる。

 

 

(…キーラ辺りにでも摘みと一緒に飲ませるか…面白そうだからな)

 

酒のアルコール度数が「神喰らい」よりマシとしても酔うのは確定する物だが。

 

 

 

 

 

尚。リリィについてはその後介抱されたらしいが矢張り嘔吐したとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

= 東側 祭り委員会専用部屋 =

 

その頃。東側に位置する祭りなどの委員会が拠点とする建物ではミィナによるアスナとこなたの治療が行われており、ベッドの上に寝かされた二人は彼女のオリジナルの魔術による回復が行われる。

氷によって無理やり止血されていたのでその部分の体温を戻すのにも苦労したようだが、回復の魔術を使った事でアスナの傷は殆ど癒えていた。

 

「―――はい。オシマイ。これであとは自然治癒を待つだけで問題はないはずだよ」

 

「ッ…よかったぁ…」

 

ひとまずはと魔術を止めたミィナは傷の具合を見て問題はないと判断する。

完全にとはいかないが、命に別状はなく幸い傷もそこまで酷いものでもないという事もあり難しいことではなかった。完治していなくても助かったことは確かで、それを聞いたディアーリーズはホッと胸をなでおろした。

 

「けど、一応失血しているから帰ったら旅団の医療班に念入りに検査してもらう事。あと、しばらくは絶対安静ね」

 

「はい。ありがとうございますミィナさん」

 

「…ま。ロジエールも殺す気なんて欠片もないでしょうし、そこまでは無いと思ってたんだけどね…今回は出血多くて焦ったわ」

 

「…結構知ってるような言い方ね」

 

ロジエールの事を可愛げのある娘のような言い方で呼んでいたミィナにディアとこなたは疑問を彼女に投げかける。しかし本人は答えにくそうに苦笑していたので、代わりに大剣を整備していたBlazが答えた。

 

「ロジエールとはこの世界で知り合ってよ。この世界でも指折りの人形遣いだ」

 

「じゃあ…彼女はこの世界出身?」

 

「ああ。アイツの言っていた街はこの世界じゃ有名な芸術工芸都市。そこでロジエールはたった一人人形遣いとして生計立ててるって話だ」

 

北西の街。そこが彼の言う工芸都市で曰く、雰囲気は少しキザっぽいとのこと。

芸術による見せつけというのが気に入らない点となっているのだろう。

だが、それでもディアは納得がいかないようでBlazに更に食い掛かった。

 

「けど、彼女”自動人形”を使っていましたし、何より僕を知っていた…それはどう説明を…」

 

「………さてな。どこでお前を知ったかなんて俺が知りたいさ」

 

はぐらかした言い方で答え、目をそらすと大剣を専用の鞘に納刀しリボルバーの弾も確認するとBlazは一人黙って部屋を後にしようとする。

 

「Blazさん?」

 

「…ニューたち待たせてる。戻るぞ、アーチャー」

 

「あ。はーい、ミィナさん後で」

 

うん。と頷いて答えたミィナはまた後でと付け足すと部屋を後にする二人を見送る。

二人の声からして何も知らないかのような言い方であるが、ディアにとってはそれが引っかかりミィナとアーチャーは彼の素っ気なさについて知っているのではないかという疑問を持つ。

何気ないように振る舞う二人とはぐらかした言い方をしたBlaz。どうやらこの世界に来てまた一つ何かトラブルを抱え込んだか知ってしまったのだろう。

 

今は、何も追及することなくディアはただドアを閉めた音を耳にした。

 

 

「…さて。しかしディアも災難だったね。まさか彼女に拉致られるなんて」

 

「ええ…でも一体なんで僕を?」

 

「………それは…本人のみ知る、かな」

 

正直なところ、Blazたちでも今回ディアをさらった理由は分からずなぜ彼女が突如こような事を起こしたのかという事で彼らの中にも様々な憶測と可能性がせめぎ合っていた。

だが結局は仮説や可能性の話に過ぎないので真実はロジエール本人しか分からない事になる。

 

(…僕の正体を知って、尚且つ限定して狙っていた…一体なにが…)

 

 

 

 

 

考えにふけ、思考の海に入ろうとしていた時。

不意にディアは窓の外から聞こえる音と光に目を向ける。

眩い光と大きな破裂音に聞き覚えのあった彼は、小さく声を漏らすと外の様子にそういえばそうだったなと笑みに変えた。

夏祭りの名物、花火が盛大に行われていたのだ。

 

「あ、花火…!」

 

「始まったようね」

 

「え、もう!?」

 

と、ベッドから起き上がり声を出すこなたは、窓の向こうで光り輝いている花火を見て

 

「ああー………」

 

落胆した声でがくりと頭を落としていた。

どうやら花火は外で見たかったようで、そこで彼にアプローチをかけようかと考えていたなとミィナに予想されていた。

一応答えは合っているが、そこに更に積極性を加えたのが彼女の予定していた事だった。

しかし今回のトラブルでそれが水の泡。花火は見れはしたものの部屋の中でしかも負傷しているという最悪の結果となってしまった。

 

「こなた、外で見たかったの?」

 

「…願わくば」

 

声を低くして残念がるこなたに仕方ないよ、と苦笑して励ますディア。本人も本当は行きたいのは同じだが、アスナの容体も見なければならない。

こなたの足はそこまで酷くはないが、走るなどの事はできず歩くのがやっと。長く歩くとなると足に負荷がかかってしまい、そうなれば軽い怪我だった足は悪化してしまう。

ミィナもこなたの気持ちが解らないわけではないが、それでも傷については大切な事。これだけは譲れないのだが

 

 

「――――――あ、そうだ」

 

「…?」

 

「ミィナさん…?」

 

「そういえば今、美空ちゃんも居るんだった…すっかり忘れてた、あそこがあるのに…」

 

「「………?」」

 

と、手をポンと叩いて何かを思い出したミィナは今まで忘れていたことに失念し恥じていたが、直ぐに立ち直ると二人の方に振り向く。

 

「二人とも。ついて来て」

 

そういえばそうだった。ミィナは二人に手招きをしてある場所へと導く。

 

彼らのいる建物には一か所だけだが広々としたバルコニーがあり、そこからなら今行われている花火を見られるのではないかと、まだゆっくりとしか歩けないこなたを手伝いつつもその場所へと向かう。

時折痛みが強くなることもあったが、上り下りなどがないのでそこまで痛いものでもなく捻挫程度の痛みが走るのに慣れているこなたは我慢しつつバルコニーの扉が開かれるのを目にし、その先にある光景に目を輝かせた。

 

 

「ッ………!」

 

「わぁ…」

 

 

 

 

 

 

光り輝く花火の音。

光が直に肌に伝わるようで大きな音は体を吹き抜けていくような爽快感のように響いていた。

 

 

 

「今年は七万発の花火が打ち上げられて夜の祭りを彩る…来年は倍にしようかなって思ってるの」

 

「倍はやり過ぎなんじゃ…」

 

「町会費大丈夫なの?」

 

「…そこが問題かな」

 

花火の音が盛大に聞こえる中、あはははと苦笑するミィナは夜空を彩る一瞬の花に目を輝かせ僅かだが思いに耽っていた。

 

 

 

「――――――。」

 

「………。」

 

 

偶然その顔を見たこなたはミィナのその顔に嬉しさではない他の感情があると思い、彼女が振り向かない間、少しだけ見つめていた。

懐かしさと悲しさ。寂しさのある顔は小さな雫をその目に溜めていた。その瞬間、彼女が何を思い、花火を見ていたのかわからない。ただ花火という出来事は彼女にとって大切な思い出の一つなんだと、こなたはこの時理解する。

 

 

 

 

「…あ、そういえばさっき美空さんがどうのって言ってましたけど…」

 

「ん、ああ美空ちゃんは確かここに…」

 

何処にいるのかと気になっていた二人はミィナの指さす方に目をずらすと、そこに三匹の狼に埋もれていた美空の姿を見て思わず抜けた声で驚いてしまう。

 

「ぶっ!?」

 

「み、美空さ!?」

 

ブランカの腹の辺りに腰を下ろし、自分の膝に頭を乗せている蒼牙には優しくなでている。その近くにはジョーカーも居るが彼女に近づこうとせず一定の距離を取って眠っていた。三体の狼に囲まれた美空は彼らの心地よい毛触りを肌に感じながら空に上がる花火を眺めていたので、二人が吹き出して驚くまで気づきもしなかった。

 

「あ、ウルさん…!」

 

「………。」

 

「え、だ、大丈夫ですか!?」

 

「…はい?」

 

(…そういえば蒼牙とは関係持ててないんだっけ)

 

(蒼牙は結構人を試す性格だからねぇ…まだディアの事は認めてないのかもしれないね)

 

 

ルージュヴォルフたちは人と対等ないし上の立場として接する個体が多く、Blazのジョーカー然りディアーリーズの蒼牙然り、相手を試し自分の付く相手足り得るかを見極める。

Blazはある程度合格のようなものらしいが、どうやらディアーリーズの方はまだ見定めている最中らしく合格点には至ってないようだ。

その所為でディアを物のように投げたりと粗末な扱いを受けることは多々ある。

 

 

「………。」

 

「…蒼牙、まだ…なの?」

 

「…………。」

 

一度目を開いて睨んだ蒼牙に訊ねたが、本人が直ぐに目を閉じたのを見て及第点にも至ってないと察したディアは落胆した声でため息を吐く。

覇獣である彼らは知能も高いので下手をすれば実力のある者たちでも負傷は免れない。無論それは旅団の中核メンバーであっても同義だ。

 

「いつになったら認めてくれるのかなぁ…」

 

「私は認める。貴方を」

 

「ああ…それは有難いです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰が言った、今の。

場の空気で考えていなかった彼らはいつの間にか聞こえた第三者の声に声をそろえて考える。この場で話せる人間は四人。だがその中にいる誰でもない声が聞こえた。

なら一体どこにいると思っていた刹那。

 

 

 

「…案外、馬鹿」

 

「………え?」

 

目線を少し下げたディアは声が自分の目の前、しかも間近であった事に気づき立っていた少女の姿に驚く声を上げようとした。

が、それよりも先に目の前に立っていた彼女は彼の首の後ろと肩をつかみ自分の元に迫らせた。

そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ…」

 

 

「―――――――ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間。その場の世界が凍り付いた。

 

 

 

「―――――――――――――ん????」

 

 

暖かいぬくもり、柔らかい感触。

近くに感じた肌と匂い。

頭の中を真っ白にする感じ。

 

 

 

 

 

――――ああ。そっか、ただのキスか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………………………あれ?)

 

 

 

 

 

 

 

「ッ…はっ…」

 

 

「……………。」

 

 

 

「う……ウル……さ…」

 

 

「………。」←白目をむいているこなた

 

 

「………。」←無意識に動画を取るミィナ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は貴方を諦めない。これは契約。これは約束。絶対の誓い」

 

 

「………………ゑ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光り輝く花火が、まるで彼らのはじけ飛んだ意識のように散っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………最低です」

 

 

この瞬間。ディアと美空の間に亀裂が生まれたと言うのはこの場に居た者たちしか知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オマケ。

オリキャラ等の紹介。

 

 

ロジエール (イメージCV 茅原実里)

 

「狭間の世界」こと「アヴァロン」と呼ばれる世界に住む少女、茶色の長髪と少し垂れた目が特徴。

蒼の世界よろしく人形遣いで自動人形とマリオネット式の人形を同時に操れる技量を持つほどで複数体を用いた挟撃戦などを得意とするが、反面一対一の決闘方式は苦手。

基本口数は少なく感情の起伏も乏しいが人並みではある。また自分の身の丈やスタイルについて言われると無言のまま容赦なく怒る。

一応合理主義ではあるが大半は自己中心的な事でもあったりするなど自分に正直な子。

自動人形である「マクベス」と「シャイロック」は彼女のオリジナルで見た目はかなり人に近いが中身は純粋な機械仕掛けで様々なギミックを搭載している。

現在は北西の工芸都市で一人で生活している。

 

 

アナスタシア=フォン=ライムレス (イメージCV 上坂すみれ)

 

ロジエールと同じくアヴァロンに住む女性。ブラウンの髪の先端が白くボーイッシュな服装が特徴。スタイルはそこそこ良い方。

かなりアクティブな性格で尚且つ男勝り。その為、話すときはため口か子分風でしか話せない。脚については自信があり、筋力よりも脚力が強く軽々としたフットワークを持ち味にしている。その為かなりの美脚だとか。

見た目に反し獣医を生業としており、また覇獣についての生態研究や植物などにも知識を持ち、薬草などを採取するために頻繁に自宅であり診療所である家を開けることが多くアウトフィールドに居る事が殆ど。ちなみに集めた薬草などは薬やコロンなどにしている。

子どものころから動物に懐かれやすく、それもあってか現在は覇獣であるルージュヴォルフ四体と同居(・・)している。

 

 

 

ルージュヴォルフ

 

アヴァロンにのみ生息する覇獣の一種。

狼の姿をしており、全長は様々だが最も目撃例があるサイズでは一般の大型犬よりも一回り大きいタイプなども居る。ただ幼少期は一貫して子犬サイズ。

知能が極めて高く、生命力に関しても幻獣種を軽く凌駕し、魔力などについてもめっぽう強く魔法・魔術などの神秘系はほぼ一切効果がない。

野生は四匹か六匹の群れを作り行動するが、中には一匹や二匹も稀に存在する。

高い知能を持ちい人との意思疎通は可能だが話すことはできず目での会話が殆ど。なので文字通り「目で話す」のが彼らの会話。

ちなみに名前の由来は夕日によって蒼い毛が美しい赤色に変化することから。

現在、人に懐いたり行動を共にするのは延べ十三体。その内四体はアナスタシアのもとに住み、残る九匹は旅団で預かっている。

 

クイーン

アナスタシアと行動を共にする狼。性別は雌で高飛車で自由奔放。その所為で一目離せばどこに行ったかはしばしば。毛並みは美しい蒼一色で耳にイヤリングを付けている。

 

ジャック

同じくアナスタシアのもとに居る狼。性別は雄。忠誠心が高くその性格からクイーンの付き人のような役割を担っている。毛並みは蒼紫で耳の一部がちぎれている。

 

エース

同上。性別は雄。かなりの大食いで肉が好物。基本寝てばかりだが四匹の中では最も戦闘力は高い。毛の色は蒼だが全身に傷が多い。

 

キング

同上。性別は雄。四匹の中ではリーダー的存在でアナスタシアからも感じるほどの気質を持つ。魔力などの神秘系にかなり強く、催眠などははじき返されるトカ。毛の色は蒼黒い。

 

ジョーカー

Blazたちが預かっている。性別は雄。かなりの無口で寝ていることが多いが頼まれることは絶対に断らない。体格が大きいためアルトたちも乗せられる。毛色は蒼黒く左目に白い稲妻模様のがある。

 

蒼牙

ディアが預かっており性別は雄。ディアに対してかなり厳しい性格で彼の行動や性格を注視し見定めている。基本は咲良の遊び相手だったり美空の相棒を務めている。毛色は蒼く尾が少し紅い。

 

ブランカ

こなたが預かっており、性別は雌。好意的でこなたに懐いており基本彼女と共に行動したりしている。ただしディアには厳しい。毛色は白みのかかった蒼。


 
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