No.80426

真・恋姫†無双~江東の花嫁達~(八)

minazukiさん

五胡との戦いが始まる前、華琳と風の仲違いによって一刀は雪蓮と離れ、風と共に五胡に行くことになりました。

そしてそこで出会った少女を救うために風と一刀は行動を開始するお話です。

2009-06-22 18:37:23 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:18128   閲覧ユーザー数:13587

(八)

 

 五胡軍の陣にある天幕。

 

 その中で一人の少女が言葉なくただ静かに座って自分の愛用の槍を持っていた。

 

 藍色の美しい髪のまだ幼子としてのあどけなさが残る表情の少女だが、その瞳はまるで憎しみに染まっているかのように鋭かった。

 

 彼女は五胡の王に無理を言って今回の遠征軍を率いていた。

 

 本来であれば五胡としての力を見せ付けるために少女の言葉にのって王自身が遠征軍を率いてもよかったが、今は平和になった三国に侵攻するつもりはなかった。

 

 向こうがこちらを侵さなければこちらも無理に侵す必要はない。

 

 何度かの戦いでそう感じ取った五胡の王だが、少女は平和になり油断をしているとして自分を総大将として命じて欲しいと何度も願い出た。

 

 そして彼女を駆り立てる理由を知っているだけに最後には許した。

 

 少女は魏から協力者と名乗る者の策に従って次々と城を落としていった。

 

 民を傷つけることはしなかったが兵士やそれを率いる将に対しては容赦をしなかった。

 

 抗戦する者はもちろん、逃げる者、降伏をする者、そんなものは関係なくただ殺戮を繰り返していく。

 

 だがそんなことを繰り返しても少女の表情は何一つ変わることなく、ただ憎しみだけが増していくだけだった。

 

 そんな少女のもとへ一人の白衣を身に纏った女性が入ってきた。

 

「何をそんな殺気だっているのよ?外まで感じていたわよ」

 

 そう言って何の遠慮もなく女性は椅子に座り、机の上に置いてある瓶から杯へ水を注いでいく。

 

「貴女の気持ちが分からないわけではないけれど、味方としてはもう少し冷静になったほうがいいわよ」

 

 そう言いながらも笑みを浮かべている女性に少女は見向きもしない。

 

「龐徳さん」

 

「どうしたの?」

 

 龐徳と呼ばれる女性は杯を置く。

 

「程様の情報だと曹操と馬超は今、あそこにいるそうです」

 

 少女がいう「あそこ」というのは冀城のことだった。

 

 すでに目の前にその二人がいるというだけで少女の声は研ぎ澄まされた刃のごとく冷たく鋭いものだった。

 

「もうすぐです。もう、すぐ母様の仇が討てる」

 

 それだけが今の少女の生きる糧。

 

 だが龐徳はそんな少女に哀れさを感じていた。

 

「龐徳さん、すいません」

 

「どうして謝るの?」

 

 別に悪い事をしているようには思わない龐徳に少女は理由を話す。

 

「本当なら龐徳さんに付き合ってもらう理由はないはずなのにいつも一緒にいてくれました」

 本来ならば馬超の下にいるはずの龐徳はあの時の出来事のあと、少女を連れてこの五胡に向かった。

 

 別に馬超が嫌いなわけではないが、幼くして大切な母親を殺された少女を一人にさせたくなかったという気持ちが強かった。

 

「気にしなくてもいいわ。これは私が好きでしていることよ」

 

 今ではかなり成長した少女に笑みを浮かべる龐徳。

 

「何があっても貴女を護ってあげるわ。だからお姉さんを信用しなさい」

 

「ありがとうございます」

 

 そこでようやく殺気が消えて少女は笑みを浮かべた。

 

 そんな彼女の笑顔を久しぶりに龐徳は見た気がした。

 

「でも馬超と戦うことになってもいいのですか?」

 

「気にならないといえば嘘になるから正直に言うとね、どうしようかなあって思っているのよ」

 

 武芸では一歩遅れを取るが勝つことがなくても負けることもないと自負しているかのように龐徳は言う。

 

「まぁどうにかなると思うわ。それよりもこの情報だと、曹操や馬超達の兵力はたった五万。ずいぶんと舐められているわね」

 

 前回までとは違い、あきらかに兵力が激減している。

 

 そこに意味するものは一つ。

 

 五胡を侮っている。

 

 そう思うのが普通だが、龐徳はどうも気になってしかたなかった。

 

 なぜそれだけの兵力で何の要害もない冀城まできたのか理解ができなかった。

 

(何か策があるのかしら。でもそうだとしても無謀すぎるわね)

 

 間者を放っても同じ報告しか持ち帰ってこないために不審に思う龐徳。

 

 だが、少女は違っていた。

 

 たとえどんな理由があろうとも自分達の手の届く場所まで来たのだから、これを好機として捉えていた。

 

「それだけの兵力で向かってくるならば叩き潰すまでです」

 

 笑みは消え再び憎しみに満ちた表情になっていく。

 

 数年前の悲しみを何倍もの憎しみに変えて今ここにいる。

 

「母様。もう少しで母様の無念を私が晴らします」

 

 両手で槍を持ち直し黙祷する少女に龐徳は何も言わず、ただ杯に水を注ぎそれを呑むだけだった。

 

 そして同時に自分では彼女を救ってやる事ができないと思っていた。

 その頃、華琳達は城壁の上から遥か地平線の彼方を見ていた。

 

「それにしてもたった五万でどうする気なの?」

 

 雪蓮の指摘に華琳は即答しなかった。

 

 ある程度の予測はしていてもそれを上回る敵の動きに、さすがの華琳もどう対処するか悩んでいた。

 

「まるで麗羽が攻めてきたときみたいな感じだわ」

 

 袁紹との官渡での戦いに状況は似ていたが、あの時より余裕が感じられなかった。

 

「貴女ならどうする?」

 

 乱世の奸雄は江東の小覇王に問う。

 

「敵の意表を突いてこちらから攻撃を仕掛ける」

 

「貴女らしいわね」

 

 冗談のようにとらえた華琳は笑みを浮かべる。

 

 対する雪蓮は本気だったのだが、それを強調する気はなかった。

 

「そういえば、一刀と風はどうしたのかしら?」

 

 いつもなら雪蓮と一緒にいるはずの一刀はどこにもいなかった。

 

 風も同じように城壁にはいなかった。

 

「もしかして二人でいるのかしら」

 

 横目で雪蓮を見る華琳。

 

 だが雪蓮は別に気にしていないように見えた。

 

「他所の女に手を出す旦那をもって大変ね」

 

「そうね。でも、今回は目をつぶるわ」

 

「珍しいわね」

 

 華琳の知っている雪蓮ならば他の女の子と仲良くしている姿を見れば、他人が見ても怖いと感じる笑顔をしながら一刀を捕まえている。

 

 それなのに今はどこか気の抜けた感じを晒している雪蓮。

 

「何かあったの?」

 

 夫婦喧嘩というよりも何か別の問題を抱えているように思えた華琳だが、それ以上のことを聞くべきか悩んだ。

 

 だが、気になるものは気になる。

 

「別に何もないわ。たまには自由にさせてあげたいだけなの」

 

 一刀が風と話を終えた後、雪蓮に所に戻ってきた時、何時になく真剣な表情だったので何かあったのかと聞いた時、

 

「今だけでいい。俺がすることに目をつぶっていて欲しいんだ」

 

 必死になって雪蓮にそう言ってきた一刀。

 

 公然と浮気をするのかと冗談半分で聞くと、一刀は表情を硬くした。

 

「できればこの戦いが終わるまでの間、風と一緒にいたいんだ」

 

 本気で浮気するのかと問い詰める。

 

 それに対しては否定をするが出来る限り傍にいてやりたいという強い意思に雪蓮は条件付で許した。

 

「我ながら甘いわね」

 

 一刀の真剣な顔を見て許してしまう自分に苦笑する雪蓮だった。

 そこへ一刀と手を握って風がやってきた。

 

「あら、二人とも随分と仲がいいのね」

 

 皮肉まじりに華琳が言うと一刀は苦笑するしかなかった。

 

 一方で風は嬉しそうにしていた。

 

「お兄さんといると風は胸が高まるのですよ」

 

「そう、よかったわね」

 

 口でそう言いつつも華琳の視線は鋭く二人を見ていた。

 

「ところでこの状況、あなた達ならどう見る?」

 

 現実に話を引き戻し真面目な顔をする華琳。

 

「どうって言われても絶体絶命かな?」

 

 いくら華琳や雪蓮がいてもこの数の差はさすがに簡単に埋める事は出来ないと肌で感じる一刀。

 

「風もお兄さんと同じですね。逃げる方が懸命かと思いますよ」

 

 風のその言葉に華琳は眉を動かした。

 

 冗談で言っているように聞こえなかったことが彼女の気に触った。

 

「風、今回の策は貴女が提示したものよ?ここにきて逃げろとはどういうことかしら?」

 

 稟は要害の地で迎え撃つべきだと主張したのに対して、風はあえてこのなんの要害もない冀城まで出てそこで迎え撃つべきだと何時になく強く進言した。

 

 確認するように聞くと自分に策があると自信を持って言う風を信じてここまできたというのにいきなり逃げろと言い始めている。

 

「風もここまでとは思いもしなかったのですよ。失敗失敗」

 

 反省をしているどころか、どこか他人事のように言う風に華琳の表情は冷たくなっていく。

 

「つまり自分の策は失敗したということね」

 

「そうなりますね。だからさっさと逃げるのが得策なのです」

 

「自分の策が失敗したらすぐに逃げるわけ?」

 

 ましてや風が状況を誤ることなどこれまで一度もなかっただけに、彼女の今の態度が華琳には癪だった。

 

「風、いいえ。程昱。この時を持って貴女を罷免するわ。自分の主君を窮地に立たせながら他人事のような態度をとるような者には私の近くにいる必要はないわ」

 

 信用を失った将を抱えるほど華琳は甘くなかった。

 

 いくら優秀でも自分の役に立たないのであれば近くにいることすら許さない。

 

「分かったです。ではお世話になりました」

 

 頭を下げるわけもでもなく、いつも通りの眠たそうな表情を華琳に向けていた風は一刀のほうを見上げた。

 

「では行きましょう、お兄さん」

 

「「なっ!」」

 

 その言葉に華琳だけではなく雪蓮も驚いた。

 

「どういうことかしら一刀?」

 

 それこそ冗談かと思った華琳。

「え、えっと……」

 

「風はお兄さんと共にここを去るだけなのですよ」

 

 風はごく簡単に答えた。

 

「どうしてそうなるのよ?」

 

 この場でその答えにもっとも納得できない人物がいた。

 

 一刀に近づいていく雪蓮は呆れたように言い放つ。

 

「一刀、もしかして私よりもそんなチビのほうがいいわけ?」

 

「し、雪蓮、落ち着いて」

 

 自分は何もいっていないのに一方的に悪いように言われる一刀を庇うように風は雪蓮の前に立った。

 

 謝るのかと一刀は思ったが風はそうでもなかった。

 

「お兄さんを怒るのは筋が違うと思いますよ。これは風が勝手に決めたことなのです」

 

「なら質問を変えるわ。私の旦那様をどこへ連れて行くつもりなの?」

 

 鋭い視線を真正面から受け止める風は恐れることなく、いつものようにのんびりとした口調で答えた。

 

「風は今さっき曹操殿から罷免されたのです。ならば風を心配してくれているお兄さんとどこかで静かに暮らそうと思っただけなのですよ」

 

「答えになっていないわよ?」

 

「ならこういえばいいですか?性格のきつい奥方様より風のように従順な女の子のほうがお兄さん好みなのです」

 

 とんでもないことを風は平然と言う。

 

 確認するかのように一刀のほうを見ると、どう答えたらいいのか分からないといった感じで困惑していた。

 

「一刀もそう思っているわけ?」

 

「そ、そんなことない……」

 

「そう思っているらしいですよ。だから従順な風と来てくれるのです」

 

 もはや収拾がつかなくなってきていた。

 

 雪蓮は息を漏らして手で二人を追い払う。

 

「そういうことなのでお兄さん、行きましょう」

 

 何事もなかったように一刀の手を握って華琳と雪蓮の前から去っていった。

 

 止めることもせずただ去っていく姿を見送る二人。

 

「いいの?貴女の大切な旦那様を本気で取られるわよ?」

 

「煩いわね。そんなことは後でどうとでもなるわよ。それよりも目の前のことを考える方が先決だわ」

 

 協力するつもりでここにいる以上、私情を後回しにする雪蓮に華琳はあえて何も言わなかった。

 一刀を連れて自分の与えられた屋敷に戻った風は椅子に座った。

 

「風、大丈夫なのか?」

 

 心配をする一刀に頷きながらも疲労していた。

 

「お兄さんに迷惑をかけてしまっていることが風にとって一番辛いところなのです」

 

「いいよ。こういうのはもう慣れているから」

 

 何よりも一番、辛い気持ちなのは風であることを一刀は分かっていた。

 

 分かっていたからこそ風の近くにいた。

 

「あとで雪蓮さんに謝らないといけないですね」

 

「そうだな」

 

 二人で謝って許してくれるかどうか分からなかった。

 

「お兄さん」

 

「うん?」

 

「風は間違った事をしているのでしょうか?」

 

 敬愛する主君を欺き、窮地に立たせてなお自分のしていることに罪の意識を持つ風の表情は悲しそうに見えた。

 

「風はどんな罰を受けてもいいと思っているのです。でも、せめてあの子だけは救いたいのです」

 

 そんな風を一刀は髪を撫でた。

 

 何もかもを自分一人が背負うつもりの風に彼は最後まで付き合うことで、少しでもいい方向にいくのであればそれでいいと思った。

 

「大丈夫だ。俺が何とかするって言っただろう?」

 

「お兄さん……」

 

 天の御遣いとして役に立つのであればなんでもすると決めていた以上、不思議と自信があった。

 

「それはそうと、これからどうするんだ?」

 

 何も策がないはずはないだろうと思い一刀は聞いた。

 

「幸いにも風は華琳様に罷免されたので、これからあの子のところに行こうと思っているのです」

 

「それって……」

 

 見るものが見ればれっきとした裏切り行為。

 

「直接話さなければ分かってもらえないと思っています」

 

「それはそうだけど……下手をしたら」

 

「死にますね」

 

 自分の死すらすでに覚悟しているかのように淡々と答えた。

 

「そうならないようにお兄さんに来て欲しいのです」

 

「風?」

 

「お兄さんは言いました。きちんと話し合えばいいと」

 

 一刀の手を両手で包み込みこむ。

 

「だから風はそれを信じるのです」

 

 そう言って華琳や他の誰に見せたことのない笑みを一刀に見せた。

 夜明けが少しずつ空けていく中、二人は密かに城を出て五胡の陣に向かった。

 

 書置きを残すべだと一刀は思ったが風はそれを拒否した。

 

「本当にいいのか?」

 

 何度も確認する一刀に風はのんびりと頷いた。

 

 仕方なく厳重な警戒の中、馬を用意し二人はそれに跨って城の外に出て行った。

 

 その途中、警戒にあたっていた凪達に見つかりそうになったがなんとか逃れる事ができた。

 

 だが安心したのもつかの間。

 

 同じく警戒にあたっていた翠に見つかってしまった。

 

「おまえら、こんなところで何してんだ?」

 

 顔を見知っているだけにこんな朝早くから護衛もつけないでいるほうが不審だった。

 

「えっと……」

 

 まさか自分達がこれから戦う相手の陣に向かっているとは言えないだけに一刀は言い訳を考えていると風が先に話をした。

 

「風達は散歩なのですよ」

 

「散歩?」

 

 何を冗談を言っているのだといった感じで翠は二人を見る。

 

「目の前には五胡の大軍がいるんだぜ?正気とは思えないな」

 

「俺もそう思うよ」

 

 困ったように苦笑いを浮かべる一刀。

 

「散歩ならあたしもついていくよ」

 

「え?」

 

「護衛だよ護衛。何かあったら曹操達に何言われるかわかったもんじゃないからな」

 

 翠の言葉はありがたかったが、そうなれば五胡の陣に向かうことができない。

 

「(どうする?)」

 

「(仕方ないですね)」

 

 一刀の前に座っている風は翠に一つの願いをした。

 

「風達はこれから人知れず愛を育みにいくのに付いてくるのですか?」

 

「「はあ(はい)!?」」

 

 風の言葉に翠だけではなく一刀も驚いた。

 

「風とお兄さんが同衾するところを錦馬超さんは見たいのですか?」

 

「ど、同衾!?」

 

 その言葉を口にした翠は顔を紅くしていく。

 

「それともお兄さんは風だけではなくこちらの馬超さんにも触手を伸ばしますか?」

 

「な、何いってんだよ!」

 

 一刀は顔を紅くして風を見る。

 

「お、お、お、お前ら……」

 

「おやおや。どうかなされたのですか?」

 

 風の追求にさらに顔を紅くする翠。

 

「お兄さん、風と二人っきりになれる場所に行きましょう」

 

「あ、ああ……」

 

 下手な事を言うわけにはいかず風に従う仕方なかった一刀は顔を紅くして混乱している翠に見送られながら前に進んだ。

 太陽が完全に空に上がった頃、二人は五胡の陣の前に着いた。

 

 そして彼らの前に白衣を身に纏った龐徳が槍を携え、兵を率いて出迎えた。

 

「程昱殿かしら?」

 

「そうなのです」

 

「初めまして」

 

 二人に奇妙な視線を向ける龐徳。

 

 短く笑うと兵士を解散させた。

 

「お待ちしていた、さあこちらに」

 

 そう言って龐徳は陣の中に二人を招いた。

 

「(なぁ、これってどういうことだ?)」

 

 まるで初めから来ることを知っていたかのような態度に戸惑う一刀に対して風はのんびりと前を見ていた。

 

「(風が事前に教えていたのです)」

 

「(そうだったのか)」

 

 馬を下りて一刀と風は手を繋いだまま龐徳に連れられてある天幕の前にやってきた。

 

「連れてきたわよ」

 

 龐徳はそれだけを言うと二人を連れて中にはいって入っていく。

 

「姜維、こちらが手引きしてくれた程昱殿とあの天の御遣い殿よ」

 

 姜維と呼ばれる少女は椅子から立ち上がり二人の前に恭しく膝をついて最大限の礼をもって迎えた。

 

「大きくなりましたね~」

 

 僅かだが自分より大きく成長した姜維を風はのんびりと眺める。

 

「程様……」

 

 姜維は立ち上がり風を見るがその表情は硬かった。

 

「朝餉を持ってくるからみんなで食べない?」

 

 龐徳がそう提案してきた。

 

「おお、そういえば風もお腹が空いていたのです」

 

「では少し待ってなさい」

 

 それだけを言い残して龐徳は天幕を出て行った。

 

「初めまして天の御遣い様」

 

 噂で聞く天の御遣いを初めて見る姜維だが特に何かを感じたわけでもなかった。

 

 武勇が優れているわけでも知略に優れているようにも見えない一刀が本当に三国に平和をもたらしたのかと思うぐらいだった。

 

「北郷か一刀でいいよ。えっと……」

 

「姓は姜、名は維、字は伯約。好きに呼んでもらってけっこうです」

 

 その名を聞いて一刀は目の前の姜維の顔をきちんと見た。

 

「じゃあ姜維さんって呼んでいいかな?」

 

「ご自由にどうぞ」

 

 一見、落ち着いているように見える姜維だが僅かに表情を硬くしていた。

 それから龐徳が四人分の朝餉を持ってくるまで一言も会話がなかった。

 

「なるほど。では北郷殿の力によって三国に平和をもたらしたわけね」

 

 姜維とは違って龐徳は気軽に一刀と話をしていた。

 

「でもいいのかな?」

 

「何が?」

 

「だって一応、俺達と君達は敵同士だよ。それが仲良く朝ごはんなんて食べていいのかなあって思っているんだけど」

 

 一刀の心配に龐徳は笑みを浮かべる。

 

「心配しなくていいわ。あなた達をどうこうするつもりはないわ。ねぇ、姜維」

 

「……」

 

 何も答えず朝餉を食べていく姜維。

 

「それで程昱殿。文に書かれていた用件とは?」

 

 それまでのんびりと朝餉を楽しんでいた風は箸を置いて口の周りに食べかすをつけて龐徳を見る。

 

「そのことなのですが、実のところどうしたものか悩んでいるのです」

 

「悩んでいる……とは?」

 

「伯約ちゃんがきちんと話を聞いてくれないことにはこちらも話せないのです」

 

「それはどういうこと?」

 

 龐徳には風の言いたいことが今ひとつわからなかった。

 

「さっきからお兄さんを睨んでいるのです。それでは風は話ができないのです」

 

 一刀もそのことには気づいていたが口にしなかった。

 

 そしてなぜ睨まれているのかその理由すら分からなかった。

 

「姜維……さん。俺の顔に何かついている?」

 

「……」

 

 話すことなどないといった感じの姜維に龐徳はため息をついた。

 

「姜維、思うことがあるのであれば口にすれば?」

 

「……」

 

 それでも何も言わない。

 

 一刀も風と顔を見合わせてどうしたものかと息をつく。

 

 そこで風が声をかけた。

 

「伯約ちゃん、このお兄さんを連れてきた理由を知りたいですか?」

 

「はい……」

 

 ようやく答えた姜維。

 

「このお兄さんは伯約ちゃんを救いにきたのですよ」

 

「救い?」

 

 どういう意味だという顔をする姜維と龐徳。

 

「それはどういう意味なのかしら、程昱殿」

「そのままの意味ですよ」

 

 何でもないように風は答える。

 

「それはこの子の仇討ちの手伝いをしてくれるという意味なの?」

 

「そんなところですね」

 

 一刀は何かを言いかけたが風は顔を横に振った。

 

「なるほど」

 

 乱世を終わらせた天の御遣いが自分達の味方になればもはやこの戦は勝ったようなものだが、それでも疑問に思うところは姜維と龐徳には当然あった。

 

「江東の小覇王を妃に迎えたというが、それでも味方するというのであればその妃をどうするつもりなの?」

 

「昨夜、些細なことで喧嘩をしたみたいなのですよ。それでお兄さんが離縁すると聞いたので風がお誘いしたのです」

 

 嘘を真実のように話す風。

 

 雪蓮が聞けば怒るだろうなあと思いつつ一刀は風が話すことをただ聞いていた。

 

「本当なのかしら、北郷殿」

 

 確認を取るように龐徳は一刀を見る。

 

「う、うん……。さすがにあそこまでわからず屋とは思わなかったからね」

 

 そう言いつつも机の下で左の薬指にはめられている指輪を右手で撫でる。

 

「そう。ならそういうことにしておくわ」

 

 素直に納得したかのように龐徳はそれ以上、一刀と風を疑うようなことは言わなかった。

 

「程様」

 

「なんですか?」

 

 箸をおいた姜維。

 

「ありがとうございます……」

 

「おや?風はまだ何もしていませんが?」

 

 子供の頃は表情豊かだった姜維を知っている風だが、とても感謝の言葉と硬いままの表情が一致しなかった。

 

「程様はいつも私のことを気にしてくれました」

 

 一緒に暮らしていた頃、姜維は風を実の姉のように慕っていた。

 

 のんびりとした性格の風と元気で笑顔を絶やすことのなかった姜維はいつも一緒だった。

 

 旅に出ることを知ったとき、姜維は泣きじゃくった。

 

 どこにも行かないでほしい。

 

 ずっと自分の傍にいてほしい。

 

 泣き疲れて眠ってしまうまで離れようとしなかった姜維に風はただ藍色の髪を撫でるだけだった。

 

 別れた後でも旅先での面白いことや出会った人々などを文にして姜維の元に送っていた。

 

 そして風が華琳に仕えるようになったと聞いたとき、自分も風と同じ主君に仕えようと決めていた。

 

 だが運命のいたずらか、それは永遠に叶わなくなった。

 

 風からの文も何度もきたが、母親を失った悲しみはそれでは埋めることは出来なかった。

 

 やがて華琳による涼州征伐が行われたとき、風は姜維を探したがそのときにはすでに五胡にいたために見つけることが出来なかった。

 

 だからこそ彼女母親を死なせてしまった要因を作った自分に、感謝の言葉などどうして送られるのか風には分からなかった。

「程様」

 

「はいはい?」

 

「私はきっと曹操も馬超も許すことは出来ません。だから程様がこちらに来てくれたおかげで手加減する必要もなくなりました」

 

 そういう意味での感謝と風は思うと納得できた。

 

「本当は程様のことを恨んでいました。程様が原因を作ったのだと知ったときは嘘だと思いました。でも……」

 

 姜維は泣くのをぐっと我慢するかのように手を握り締める。

 

「でも……程様だけはやっぱり恨みきれませんでした」

 

 自分が慕う風だけは傷つけたくない。

 

 だからここに来てくれたことが嬉しく思いながらもそれを素直に表すことが出来ない姜維に風は立ち上がり、彼女の近くに行って昔のように藍色の髪を優しく撫でた。

 

「風は恨まれて当然のことをしました。だから罰は受けなければならないと思っています」

 

「程……さま?」

 

「もし曹操さんや馬超さんを討ち滅ぼしたら次は風を討ってくださいね」

 

 そうするしか罪を償えないと分かっているだけに風は覚悟をしている。

 

 だがそれを許さない者が二人いた。

 

「ダメです。程様がいてくれないと私はもう誰も信じられなくなります……」

 

「そうだぞ、風。俺がなんとかしてやるって言っただろう」

 

 姜維だけではなく一刀も風に言う。

 

「姜維さん。俺は見てのとおり何かが出来るわけでもない。だからといって目の前で起こっていることを見過ごすほど酷い奴ではないと思っているよ」

 

「北郷さん……」

 

「お兄さん……」

 

 姜維と風は一刀を見る。

 

 そしてそれを黙って見守っている龐徳。

 

「風は君を救いにきたって言っただろう?俺も同じだ。でも俺の場合は少し違うかな」

 

「違う?」

 

「そう。俺は風と君を救いたい。そのためにここに来た」

 

 一刀は誰も死ぬことなくこの戦いを終わらせるつもりだった。

 

 その為に雪蓮や華琳達と一時的でも敵同士になることを覚悟していた。

 

「だから、安心してくれ」

 

 一刀は力強く二人に言う。

 

「北郷殿、その言葉は信じてもよいのだな?」

 

 龐徳は鋭い視線を一刀に向ける。

 

「戯言でそういうのであれば私がこの場で斬り捨てるぞ?」

 

「冗談で言っているわけじゃあないよ。俺は本気で二人を救う」

 

 怯むことなく龐徳を見返す一刀に、彼女は笑みを浮かべた。

 

「その言葉を信じよう。私の名は龐徳令明。信じる証として真名を授けるわ」

 

「いいのか?」

 

「ええ。それに値する男だと思ったから授けるまで。真名は舞香よ」

 

「よろしく、舞香」

 

 手を差し出す一刀とそれを受ける舞香。

 

 そんな二人を姜維と風はただ静かに見守っていた。

(座談)

 

水無月:まさかのオリジナルキャラ登場!

 

雪蓮 :考えていなかったでしょう?

 

水無月:想定外でした!

 

華琳 :あいからわず無計画性ね。

 

水無月:(ノω`)グスン

 

雪蓮 :今回の話は少し複雑だけど、次回も複雑になるのかしら?

 

水無月:人間関係になると複雑になりますので下手をしたら次回も複雑かも?

 

華琳 :あまり複雑にしすぎたらあとが大変なのはわかっているわよね?

 

水無月:ですよね~。

 

雪&華:(本当に大丈夫かしら・・・・・・?)

 

水無月:とりあえず五胡編も後半に突入。次回はいよいよ戦闘?

 

一刀 :最後の「?」ってなんだよ?

 

水無月:なんとなく?

 

一刀 :(ダメだこいつ。早くどうにかしないと・・・・・・)


 
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