No.803673

「ありふれたはなし。」

蓮城美月さん

ベジブル、悟チチ、クリパチほか。家族中心ほのぼの作品。
ダウンロード版同人誌のサンプル(単一作品・全文)です。
B6判 / 062P / \200
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2015-09-22 19:45:06 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:4641   閲覧ユーザー数:4640

◆CONTENT◆

 

ありふれたはなし。~サイヤの血脈編~

ありふれたはなし。~犬猿の仲編~

ありふれたはなし。~遺伝子の法則編~

ありふれたはなし。~正月風景編~

ありふれたはなし。~ぎこちない二人編~

 

ありふれたはなし。~犬猿の仲編~

 

PART‐1 ケンカするほど仲がいい?

「ただいま。チチ、なにか食うものあるか?」

修行を終えて帰宅した悟空は、いつものように妻へ問いかけた。チチの答えを待つまでもなく、キッチンにはおいしそうな香りが漂っている。

「悟空さ、ちょうどいいところに帰ってきただな」

大きな蒸し鍋の蓋を開けた途端、蒸気がふわりとあふれ出した。

「ん? この匂いはまんじゅうだな」

いろいろな具材が入っているお手製まんじゅうはチチの十八番である。早速まんじゅうに手を伸ばした悟空だが、ピシャリと妻に阻まれた。

「まだ食うのは早いだ」

「なんだよ。手ならさっき洗ったぞ」

外から帰ってきたときに手を洗うのはチチの教育の基本だ。親は子の手本でなければならないという理念から、日常生活のしつけに関しては、息子たちより夫に厳しかった。

「そうじゃねえ。これはみんなに食べてもらう分だ。表にある野菜と一緒に、カメハウスとブルマん家へ持っていってけろ」

「こんなにたくさん? オラたちの食うまんじゅうが残らないんじゃねえのか」

「心配しなくても、たっぷり用意してあるだ。運んで帰ってきたら、好きなだけ食ったらいい」

「でも、オラもう腹ペコでさ」

「瞬間移動で行けばあっという間だべ?」

空腹を訴える夫に対し、妻はいつものことだと受け流す。

「そりゃそうだけど。どうして、みんなに持っていくんだ?」

「悟空さも、世間の付き合いってものを覚えたらどうだ。普段から世話になってる相手や親しい人に物を贈るのは社交手段。世の中には、お中元やお歳暮っていう慣習だってあるんだ」

「へえ」

「そうだ。だから早くこれを届けてけろ。途中で盗み食いしたら承知しねえぞ。まんじゅう没収だけじゃなく、夕食も抜きだからな」

「わ、わかってるって…」

悟空のやりそうなことなどチチにはお見通しだ。しっかり釘を刺された夫は用意されたまんじゅうを持った。

「まんじゅうも野菜も、多いほうがブルマん家だからな」

「ああ」

「ついでに悟天も一緒に連れて帰ってきてほしいだ。トランクスん家に遊びに行くと、羽目を外して長居をしちまうから」

「別にいいじゃねえか。子どもなんだから、好きなだけ遊ばせてやれば」

「男っていう生き物は、夢中になると時間を忘れちまうもんだ。いつも夕飯の時間までに帰って来いと言ってるのに」

「とにかく、悟天を連れて帰ってくればいいんだな」

このままチチの話を聞いていると、自分まで責められそうな気がする。まんじゅうの包みを手にした悟空は忙しなく玄関の扉を開けた。

「悟空さも、ベジータとケンカするでねえぞ」

「なんでオラがベジータとケンカするんだよ?」

「顔を合わせりゃ力比べしちまうだろ」

「しねえよ。腹が減ってるんだから」

こちらとしてはそのつもりでも、相手はどうかわからない。そこまで思い至らない悟空は臆面もなく言い切る。

「それに、ケンカするほど仲がいいっていうだろ?」

それは夫婦や恋人など、特に親しい間柄に適用される言葉。間違っても、かつて死闘を演じた宿敵同士には該当しない。しかし悟空にとっては、互いの生死を賭す戦いすら、ケンカ程度の認識らしい。ベジータが聞けば怒ること必至の言い分に、チチはなにも言えなくなる。

「オラ、なんか間違ったこと言ったか?」

大きなため息をもらす妻を、悟空は不思議そうに見つめた。

 

PART‐2 金持ちケンカせず

「あれ? どこへ行くんです、おとうさん?」

畑から収穫された野菜を担いだとき、帰宅した悟飯が声をかけた。

「ああ。カメハウスとブルマん家に、野菜とまんじゅうを届けるよう頼まれてさ」

「ボクも手伝いましょうか?」

「いや、瞬間移動で行ってくるから」

「そうですか」

長男は遠く離れた街にある高校で勉強して、帰ってきたばかりだ。それに瞬間移動ならさほど労力も要さないため、悟空一人で事足りる。

「じゃあ行ってくる」

「あ、おとうさん。くれぐれもベジータさんとケンカしないでくださいよ」

「なんでだ? ケンカする理由がないだろ」

「…そう思ってるのは、おとうさんだけじゃないですか?」

悟飯は、天然気質である父親の性格をよく知っている。思ったことをそのまま口に出してしまう天真爛漫さは罪ではないけれど、笑って受け流してくれる相手ばかりではないのだ。

「そうか?」

「ケンカじゃなくても、退屈だから暇つぶしに組み手とかしていると、だんだんエキサイトして激闘になってしまう可能性が…。ケンカするなとは言いませんけど、いい大人なんですから、度を越さないようにしてくれないと。二人がフルパワーで激突したら、それは地球に対する立派な破壊活動ですからね。いくらボクでも、おとうさんとベジータさんの両方は止められませんよ」

「そこまで考えなしにやりあったりしねえって」

「そうあってくれることを願いたいですけど――――ピッコロさんも言ってました。あいつらは戦いに没頭したら周りが見えなくなる。敵以外のものは一切眼中の外だ。自分たちのパワーが地球にどれほどの影響を与えているかわかってない。地球はあいつらほどタフにできてないのに、限度というものを知らないんだって」

師匠の言葉を伝えると、悟空は「うーん」と頬をかいた。

「ピッコロのやつ、神様と一緒になってから、言うことが説教臭くなってねえか?」

「神様の地球を想う気持ちを受け継いでるんですよ。それに現在の神様、デンデの後見人でもありますからね。『仲良くするのは無理だとしても、バトルは程度を考えろ』ということです」

「とにかく、ベジータとケンカしなけりゃいいんだろ?」

要はそういうことだと勝手に判断し、悟空は話を打ち切る。これ以上続けば耳の痛いことを言われるだけだ。「行ってくる」と言い残し、すぐさまカメハウスへと瞬間移動した。

「よお」

クリリンの気をたどって来れば、父と娘が砂浜で遊んでいる最中。

「悟空!」

「オラん家でとれた野菜と、チチが作ったまんじゅうだ。食べてくれ」

片側に持っていた荷物を差し出す。

「ありがとう。おい、十八号。悟空のところから、いただきものだ」

家の中に向かって呼びかけると、十八号が玄関から出てきた。

「うまそうだな。助かるよ」

表情はあまり変わらないが喜んでいるらしい。すぐに台所へと運んでいく。

「上がれよ。お茶でも淹れるからさ」

「いや、これからブルマん家に届けなくちゃいけないんだ」

悟空が残り半分の荷物を示すと、クリリンは「そうか」と納得した。

「じゃあ、また今度、ゆっくり遊びに来てくれよな」

「ああ」

「そうだ。ベジータと顔を合わせてもケンカするなよ?」

「クリリンもか。チチにも悟飯にも同じこと言われたぞ」

「そりゃあそうだろ。おまえたちにとっては軽い手合わせだとしても、やりあっているうちにヒートアップするんだから。おまえらが本気で戦ったら、地球なんて簡単に壊れちまうぜ」

地球のことを真剣に憂うクリリンに、悟空はケロッとした顔で告げる。

「オラ腹ペコだし、手合わせなんかしねえよ。ケンカもする理由がないしさ。ベジータだってそうだろ? ほら、言うじゃねえか。金持ちケンカせずって」

「ケンカする理由がないって…そう思ってるのはおまえだけだと思うぞ。それに、金持ちなのはベジータじゃなくてブルマさんだけどな」

親友の相変わらずな天然思考に、クリリンはやれやれといった表情で肩をすくめた。

 

PART‐3 宿敵と書いて友と読む

重力室で日課のトレーニングに励んでいたベジータは、ある気配を感知した。次の瞬間、目の前に現れたものに向かって鋭い拳を送り出す。

「…おっと、あぶね」

間一髪でその攻撃を避けた相手に「チッ」と舌打ちした。

「なんだ、ベジータ。修行中だったのか」

悪びれもなく話しかける悟空、その態度に不満を覚えるベジータ。

「なにしに来やがった?」

「チチに頼まれて、畑でとれた野菜とまんじゅうを持ってきたんだ」

「それなら、どうしてここに現れる?」

「ブルマの気は小さくて探しづらいだろ。その点、おめえのでかい気は目立つからな」

ただでさえ、突如近くに現れる瞬間移動を好ましく思っていないのに、その目標地点扱いなどと言われれば不愉快にもなるだろう。

「だったら、さっさと用を済ませるんだな。そいつはダイニングにでも持っていけ。ここはオレがトレーニングをする場だ」

「ダイニングってどこだ?」

「エレベーターを降りて通路をまっすぐ行った右側だ」

「そんなこと言われても、迷路みてえな家だから、わからねえよ。…あ、そうだ。悟天来てないか? 遊びに来てるはずだけど」

何度訪ねても、この広すぎるカプセルコーポレーションは迷子になりそうになる。気配を頼りにするか、ロボットに案内してもらわなければ、目的地にたどり着けない。

「お菓子がないといって、トランクスと買い物に出かけた」

「そっか。チチから、悟天を一緒に連れて帰るように言われてるんだ。わりいけど、悟天が戻ってくるまで待たしてもらってもいいか?」

笑顔で訊ねる悟空にベジータは渋い顔。どうせ嫌だと答えても聞く相手じゃない。居座るのは目に見えている。

「勝手にしろ。ただし、オレの邪魔だけはするなよ」

「修行してるんだろ? オラが相手してやろうか?」

「望むところだ」

ベジータは受けて立つと息巻き、互いの闘志がたぎってきた。今にもどちらかが仕掛けようと緊迫した瞬間、悟空が「あ」と気の抜けた声を出す。

「そういや、みんなに言われたんだっけ。おめえとケンカだけはするなって。おかしなこというよな? ケンカって仲の悪いやつ同士がすることだろ?」

自分なりの理論を語るけれど、相手からの同意はない。まさに口火を切ろうとしたときに腰を折られたのだから、当然だ。

「オラは別に嫌いじゃないし、仲間っていうとおめえは嫌がるだろうから、なんていうか友達みたいなもんかな?」

「ふざけるな! きさまと友達なんぞになった覚えはない!」

「けどよ、トランクスと悟天は友達だろ。それと同じようなものじゃねえのか?」

「ガキと一緒にされてたまるか!」

「じゃあ、なんだよ?」

改めて問われたベジータは毅然と宣言する。

「――――『ライバル』だ、永遠にな!」

しばらくのち、重力室の外には複数の人影があった。

「……ママ。あれ、いいの? 放っておいたら家が壊れるよ?」

「おとうさんとおじさん、すごい強さだなあ」

買い物から戻ったトランクスと悟天が、最上階の異変をブルマに報せた。

「まったく…仕方のない男どもね」

超サイヤ人に変身してはいないものの、攻防を繰り返すたび戦闘力が上がっていく。

「あんなの、オレたちの手には負えないよ」

「そうだ、トランクスくん。ボクたちがフュージョンすれば」

子どもの戦闘力では父親に到底敵わないけれど、フュージョンで融合すれば別だ。超サイヤ人でない今ならゴテンクスでも対抗できるだろう。

「よし、やるか」

「うん」

意気揚々とフュージョンポーズを取る二人。

「待ちなさい。その必要はないわ」

「えっ?」

トランクスと悟天はブルマの言葉に顔を見合わせる。

「こんなこともあろうかと、重力室に新しい機能をつけておいたのよ」

先日のメンテナンスの際、ブルマはベジータに内緒で機能を加えていた。扉のコントロールパネルにパスワードを入力し、シークレットモードが起動する。すると、重力室内の天井部からポールらしきものが降りてきた。バトルに没頭している二人は、その変化に気づかない。

「なんで、パパとおじさんはケンカするの?」

「あの二人にとっては『ケンカ』じゃないのよ」

トランクスの率直な疑問に、作業を進めながら答えるブルマ。

「ボク、最近学校で勉強したよ。ああいうの『犬猿の仲』っていうんでしょ?」

「犬と猿は、水と油みたいに相性が悪いってことか」

「まあ、そういうこと。でもあいつらの場合、どっちも『サル』だけど」

子どもたちの会話に補足を加えると、ブルマは一番大きなボタンを押した。

「スイッチオン」

直後、重力室の中に電撃が走る。室内全域に広がり、中にいる二人を直撃した。

「はい、一丁あがり」

小さな窓から中を伺うと、ベジータと悟空は焼け焦げて倒れている。

「だ、大丈夫なの?」

「おとうさんたち、動かないよ?」

「サイヤ人は頑丈にできてるんだから、死ぬことはないわよ」

心配そうなトランクスと悟天に、ブルマは涼しい顔で言い放った。しかし、自分の目で二人の姿を確認すると少しばかり考え込む。

「ちょっと電流が強すぎたかしら? 調整が必要ね」

平然と告げたブルマに、二人の子どもは父親たちの安否を真剣に案じた。

 

ありふれたはなし。~正月風景編~

 

CASE‐1 孫家の場合

年が改まった年初月、地球は平和な正月を迎えていた。大晦日は年越し準備にてんてこ舞いだった孫家でも、現在はのどかな風景。牛魔王以外は来客もなく、穏やかな時間を過ごしている。

「おめえら、なにを始めるんだ?」

新年二日目も、朝からおせち料理と雑煮を食べてすっかり満腹。悟空が身体を動かそうと思ったとき、息子たちの行動が目に留まった。片付いたテーブルの上に、道具を運んで並べている。

「書き初めだよ。冬休みの宿題なんだ」

黒い布を下敷きに半紙を置き、文鎮で固定した次男が答えると、

「その年の初めに、毛筆で書や絵をしたためる行事を、書き初めというんです。一月二日に行われる、風物詩みたいなものですよ」

筆を硯の墨に浸しながら、長男が詳細に解説した。

「へえ、そんな行事があるのか」

書道を体験したことのない悟空は、興味深そうに息子たちの書き初めを眺める。まずは初心者の悟天から。小学校で数回、授業を受けただけの腕前だ。お年玉、お正月、たこあげ、ともだち、もちつき。たどたどしい文字のそれらは、正月関連の言葉が多い。

「ひらがなばっかりだな、悟天」

「だって、学校で習ってない漢字は書けないから」

悟天は笑ってごまかした。本当は習っている漢字もあるけれど、画数が多くなると難しいので、画数の少ない漢字の言葉を選んだり、ひらがなにしたりしたのだ。

続いて悟飯が筆を手にした。性格が表れているような、見事な書体。

「おい、悟飯。これはなんて読むんだ。世界平和以外、全然わからねえぞ」

悟飯が記した文字は画数が多く、日常生活では見慣れない言葉だった。

「安寧秩序、質実剛健、諸行無常ですよ」

読み方を教えてもらったものの、その意味合いが掴めず、悟空は首を傾げる。

「おとうさんも、なにか書いてみたらどうですか?」

「えっ? オラか?」

長男から筆を渡され、用意された席に座ってみるものの、なにを書けばいいのか。白い紙と向き合ってみたけれど、書きたい言葉が思いつかなかった。挑戦を試みた悟空だが、三分ほどで耐えられなくなり筆を手放す。こういう精神修練のような真似は、武道以外では難しいようだ。

「じゃあ、次はオラが書くだ」

台所で朝食の後片付けをしていたチチが、唐突に振り返る。最後の皿を拭き終わり、家事は一段落したらしい。エプロンの裾で濡れた手を拭くと、悟空を押しのけて席についた。

「悟空さにはなくても、オラには書きたいことがたくさんあるだ」

長男は一抹の不安を覚えながら、次男はキョトンとした顔で、夫はなにも考えていない表情で、チチの筆の動きを見つめる。一枚目は家内安全、二枚目は健康第一、三枚目は学業成就。

「なんだか、お守りみてえだな」

毅然とした達筆で記されていく書き初めに、悟空は率直な感想をもらした。

「これが一番大事なことだ」

涼しい表情の夫に思い知らせるべく、筆を走らせる。そこに書かれた文字は――――就職祈願。一向に働こうとしない一家の大黒柱が、今年こそ就職してくれますように。力強く書かれた文字には、そんな切実な願いが込められていた。

「いつまでも、こんな状態でいてもらっちゃ困るからな」

そう話しながら、チチはもう一枚、すらすらと記していく。辞書には載っていない創作熟語を、妻は夫の額に貼りつけた。

「…なあ、チチ。これってどういう意味なんだ?」

落雷を恐れる長男が制止しようとしたが、すでに遅し。チチは筆を置くと立ち上がった。

「これか? これは無職大食って読むんだ。働かないにも関わらず食べてばかりの、悟空さみたいな怠け者を指す言葉だべ! 今年こそちゃんと就職して、生活費を稼いでもらうからな!」

新年早々、家庭内はいつも様相を呈してくる。年が明けても変わらない光景に、悟飯は小さなため息をついた。

 

CASE‐2 クリリン家の場合

新たな一年が始まる睦月。温暖な南海の島に建つカメハウスにも、のどかな正月が訪れていた。

「さあ、そろそろ初詣に出かけるか」

朝一番に初日の出を拝み、おせちとお雑煮を食べて、次は初詣だ。クリリンはすっかり満たされた腹を撫でながら立ち上がる。

「はつもうで?」

今日は晴れ着をまとうマーロンが、聞きなれない言葉を復唱した。

「そうだよ、初詣。新しい年が始まったから、神様に挨拶しに行くんだ。去年の無事を感謝して、今年もよろしくお願いしますって」

「マーロンもお願いする」

「みんなで行こうな」

関心を持って張り切る娘の姿に、クリリンは目を細める。純粋な魂がまぶしい。

「しかし、クリリン。どこへ出かけるつもりじゃ? 見てのとおり、有名な神社仏閣はどこもこの有様になっておるぞ」

テレビを見ていた亀仙人が、画面を指して問いかけた。世界各地にある社寺の状況が、リアルタイムでレポートされている。どの寺も神社も参拝客が押し寄せ、人がすし詰め状態だ。やはり元旦は、どこも混み合ってごった返しているらしい。自分たちだけならば、時間を要することも混雑も耐えられるけれど、幼いマーロンを連れて行くには過酷だろうと思われた。

「うーん…。近くに閑散としている神社でもあればいいんですけど」

残念ながら、そのような場所に心当たりはない。

「まあ、ここが南海の孤島じゃからのう」

自分たちが暮らしている地が、あまりにも他の地域と離れすぎている。これが小さな村の端ならば、地元の氏子神くらいは縁があったかもしれない。

「どこかないかな? あまり混雑していない、初詣できる場所…」

腕組みしながら熟慮するクリリンの脳裏に、ふとある場所が浮かんできた。

「あっ! そうだ、あそこなら…!」

条件を満たした、とっておきの場所を閃く。周囲から期待の眼差しを注がれたクリリンは、満面の笑顔で応えた。一時間後、カメハウスの住人を乗せたジェットフライヤーは、目的の地に到着する。そこは地上からはるか上空、神の住む宮殿だった。普通の地球人は近寄ることも、その存在すら知らない聖なる社。下界の喧騒も届かない静謐な空気に、心が洗われるようだ。

「クリリンさんたちじゃないですか。どうしたんですか?」

地球の神自ら、来訪者を出迎える。デンデの後ろからミスター・ポポとピッコロも姿を見せた。

「いや、実は――――」

クリリンがこの宮殿を訪ねた事情を説明する。

「神様に挨拶ってことなら、他の神社仏閣の見知らぬ神様より、よく見知った神様を詣でたほうがいいんじゃないかと思ってさ」

「来ていただいて嬉しいです。ボクは地球の文化を学んでいるので、いい勉強になりますよ」

デンデは神の座について以降、ミスター・ポポから地球のことを学んでいる。惑星の成り立ちから地球人の民族性、そして伝統文化まで。

「とにかく、神様に向かって拝めばいいんだろ」

「おとうさん。この人が神様なの?」

十八号は手っ取り早く済ませようとし、マーロンは不思議そうな顔で訊ねた。

「さて、せっかく来たんじゃ。なにを願っておくべきか」

「亀仙人さま。相手は本物の神様なんですから、俗物的なことは考えないほうが」

鼻の下が伸びかけている亀仙人を、ウミガメが注意する。

「しかしだな、おまえたち。初詣といっても、神のところへ直接来るやつがあるか」

下界における参拝と、この神殿への訪問を同義と思っているらしい彼らに、ピッコロは呆れ半分の苦言を呈すけれど、当の神様本人は気にしていなかった。

「いいじゃないですか、ピッコロさん。地球の年始の習わしの勉強になりますし、普段は三人だけの静かな生活なんですから、たまにはみんなでにぎわうのも」

「待ってろ、おまえたち。ポポ、宴の支度する」

すっかり乗り気になったデンデとポポに、ピッコロは肩をすくめる。しかし、たまにはこういう機会も悪くない。今年の元旦、この宮殿では地球上で最も『神』に近い初詣が行われた。

 

CASE‐3 ベジータ家の場合

新たな一年が始まったばかりの一月一日。昨夜から入り込んだ寒気団により、気温は氷点下に近い。呼吸のたびにあふれる息の白さが、余計に寒さを体感させた。

「さあ、行くわよ。しっかり気合入れてね」

ブルマは意気揚々と目的の場所を見上げる。いつもなら、こんな冷え込んだ朝はベッドから出てこない彼女だが、元旦の今日に限っては寒さをものともせず、夫と息子の陣頭に立っていた。

ここは西の都にある老舗デパート。時刻は午前九時前。年が明けたばかりの朝だというのに、周辺には二百人を超える人だかりができていた。毎年恒例の元旦初売りを待つ客たちが、長い行列を作っている。寝正月を決め込みたい元日の朝に、寒さと戦ってまで並ぶ理由は福袋。通常時は高価で手が出せない商品がひとつの袋に入って、安価で入手できる好機なのだ。

福袋はブランドごとに用意され、数に限りがあるものは先着順となる。そのため、確実に福袋を手に入れたい人々が集って列を成していた。夜も明けきらぬ時刻から並び始める。ブルマも欲しい福袋があったので、夫と息子を引き連れて来た。同行を渋る二人を叩き起こしていたため、若干の出遅れは否めない。しかし、目当ての福袋の獲得をブルマは諦めていなかった。

「いい? ベジータは紳士服とスポーツウェアの福袋、トランクスは子ども服とおもちゃの福袋を、なんとしても掴み取るのよ」

開店時刻になり、店がオープンすれば勝算はある。地球人より圧倒的に優れた身体能力を持つ二人なら、だれよりも早く売り場にたどり着くのは間違いないだろう。

「あ、ベジータはその前に、あたしを婦人服売り場まで連れて行ってね」

戦略を伝えたブルマに対し、隣で佇む夫と息子は気乗りしない表情で嘆息する。

「あのさ、パパ」

トランクスは昨夜、テレビのバラエティ番組を夜更けまで見ていた。今朝は昼近くまで寝ているつもりだったのに、お年玉と引き換えに同行を強いられた。

「なんだ」

一方のベジータは、重力室のパスワードを人質に取られ、その上夜の生活の制限を通告され、不本意ながらついてくる羽目になった。

「オレ、帰りたい…」

「…言うな。オレもだ」

父子がブルマに聞こえないよう、本音をささやく。寒さならば基礎体力があるのでなんとも感じない、早く起きることも。だが、この場に集ってきた群衆の得体の知れない迫力に、二人は異様なものを感じた。できるなら、今すぐこの場から飛び去りたい。けれどベジータもトランクスも、必要不可欠なものを握られているのだ。どうしようもない。仕方ないと諦めているうちに、開店時刻を迎える。黒い人波が動き出した途端、二人はブルマの指示どおりに行動した。

三十分後。婦人服売り場のあるフロア、そのエスカレーターホール脇のベンチでは、ベジータとトランクスが休息をとっている。傍らには戦利品である多数の福袋、普通の人間には持ちきれない量だ。二人が掴み取った福袋以外はすべてブルマがもぎ取ってきた、まさに勝者の証だろう。

すでに数量限定の福袋は完売した。それなのに、売り場はまだ人であふれている。今度はタイムセールが始まったらしい。激しい争奪戦が繰り広げられていた。その渦中にはブルマの姿もある。福袋でかなりの労力を費やしたはずだが、買い物となれば女は疲労感など感じないのだろうか。

「なにが楽しいんだ、こんな不毛な争い」

買い物客から発せられる怒涛の覇気に、ベジータは疲労困憊の表情。

「パパ。女の人って、怖い生き物だね」

女の本性を見せつけられたトランクスは、大人びた口調で呟く。女性は綺麗な服を着て、美しく化粧で飾っているのに、こういうときは般若のような素顔をさらしてしまっている。しばらくすると、戦場から離脱したブルマがやってきた。

「ベジータ、トランクス。この荷物もお願い。あと、靴とアクセサリーのバーゲンを見てくるから、もう少し待ってて」

支払いを済ませた買い物袋を預けると、また別のフロアに向かってしまった。新たな戦場へ向かう妻を見送ったベジータは、ふと真面目に考える。

「…人生、間違えたか?」

父親の真摯な悩みを聞き、息子は悟ったように告げる。

「でも、パパ。ママと離婚なんてできないでしょ? だったら諦めるしかないよ」

まがうことなき真理に、父子は特大のため息をもらした。

 


 
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