No.803259

「探偵こばやしーず」

蓮城美月さん

こばやしーず×探偵モノのコメディ作品。
オールキャラ。カップリング要素あり。
ダウンロード版同人誌のサンプル(単一作品・全文)です。
B6判 / 074P / \100
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2015-09-20 15:33:58 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:523   閲覧ユーザー数:523

◆CONTENT◆

 

小林探偵の事件簿

こちら小林探偵芸能社

「小林少年の事件簿」

・FILE-0 名探偵登場…?

・FILE-1 最初の挨拶

・FILE-2 向日葵町交番日誌

・FILE-3 ストーカー事件?

 

小林探偵の事件簿 ~最後の挨拶~

 

事件ファイルX 小林大和失踪事件

 

古びたオフィスビルの一室に、電話の音が鳴り続ける。閑散とした部屋に人の気配はなく、書類や本が無造作に散らかっていた。

『小林探偵事務所』

若い探偵が一人で開いている探偵社だ。探偵能力は優れているのに、気まぐれでしか仕事を請負わないという、一風変わった探偵だった。

彼の名前は小林千尋。どんな難解な事件も、その鋭利な頭脳で解明してしまう。その彼が手がける今回の事件とは――――。

 

この街でも有数の名家、小林家。広い庭を抜けると、歴史を感じさせる洋風の館にたどり着く。今回の依頼は、行方不明になったこの家の子息を捜し出してほしいということだった。

玄関の扉の向こうには広々とした空間があり、正面に大きな柱時計が飾られている。午後二時を報せる鐘の音が屋敷中に響いていた。探偵は自分の腕時計に目を落とした。ちょうど約束の時間となり、探偵はメイドの案内で応接室に通される。ほどなく依頼人が現れた。

「わたしはこの家の執事で、日影と申します」

執事は自己紹介をすると、探偵の正面に着座した。

「依頼は行方不明の御子息の捜索、ということでしたが」

早速本題に入った探偵に、執事は真剣な顔で頷く。

「ええ。この小林家の長男である大和坊ちゃまが、三日前の夕方から姿を消してしまったのです。邸内は徹底的に捜したのですが、見つかりませんでした。もしや誘拐かと思いましたが、身代金の要求は一向にありません」

「本人が自分の意思で敷地外へ出た形跡は?」

「それがまったくないのです。この家の出入り口は正面の門だけですが、そこには監視カメラが設置してあります。出入りについては二十四時間監視していますが、坊ちゃまが外出する映像は映っていませんでした。また、不審な人物がうろついていたということもなかったのです」

探偵は手帳にメモを取りながら、執事の話に耳を傾けていた。

「当家は由緒ある家柄ですので、極力表沙汰にならないようにお願いしたいのです」

「御子息の写真を拝見できますか?」

その申し出に、執事はあらかじめ用意していた写真を差し出す。

「当家のご長男、大和様です」

探偵は写真に目を通しながら訊ねた。

「彼は小学生ですか?」

「いえ。十七歳の高校生ですが…」

執事が困惑気味に答える。写真の中の少年は、小学校低学年の児童にしか見えない。

「……では、家出の可能性はありませんか?」

「それはありえません。大和坊ちゃまは、この家に住んでいる皆さんと、とても仲がいいのです。それに、坊ちゃまにはこの家以外に行くあてはありません」

「ここに住んでいるのは、何人ですか?」

「はい。まず現当主の静様。当主が亡くなられてから、女手ひとつでこの家を守ってこられました。次に長女の吹雪お嬢様。次女のあげはお嬢様。長男の大和坊ちゃま。それから、坊ちゃまの家庭教師の燕先生。吹雪お嬢様の婚約者の健吾様。健吾様の弟で、坊ちゃまの遊び友達の慎吾様。住み込みメイドの向井さん。そして執事のわたしで、九人になります」

探偵の問いに、執事は整然とした口調で告げた。

「彼が姿を消した日のことを詳しく話してください。特に、彼が行方不明になったと思われる時間帯のことを。他の方々の動向も含めて」

「三日前…わたしどもは、まったくいつもどおりに過ごしておりました。なにも変わったことなどありません。坊ちゃまは午前中、燕先生と勉強をされていました。皆様も仕事や役割がございましたので。正午に全員揃って昼食をとりました。午後一時頃、坊ちゃまは健吾様、慎吾様と庭でキャッチボールを。吹雪お嬢様とあげはお嬢様はリビングでくつろぎ、奥様は自室にお戻りになられました。燕先生と向井さんとわたしは、キッチンで昼食の後片付けをしておりました」

執事は遠ざかっていく記憶をたどりながら、順を追ってその日の出来事を喋り続ける。

「片付けは三十分ほどで終わり、燕先生とわたしは庭へ向かいました。花壇の手入れをする予定でしたので。坊ちゃまと慎吾様も加わり、四人で作業を始めました。健吾様は書斎へ向かわれ、吹雪お嬢様と家の管理などの話をされていたそうです。あげはお嬢様と向井さんは、キッチンでティータイムに出すお菓子を作っていました。奥様はずっと自室に。夕方からご旅行に行かれるので、荷造りをされていたと思います。午後三時の鐘が鳴ると庭の作業を中断し、四人とも食堂へ向かいました。あげはお嬢様と向井さんを加えた六人が食堂でティータイムをとりました。奥様の分は奥様の部屋へ、吹雪お嬢様と健吾様の分は書斎へ向井さんが運びました。三十分ほど休憩したあと、燕先生とわたしは庭へ戻りました。向井さんは奥様の支度を手伝うために奥様の部屋へ。あげはお嬢様と坊ちゃま、慎吾様はリビングでテレビをご覧になっていたそうです。午後四時頃、花壇の手入れが終わったのでわたしは執事室に。奥様の出かける車の手配と、荷物を運んでおりました。その頃には、吹雪お嬢様と健吾様は書斎から出てこられてリビングに。あげはお嬢様と燕先生も一緒でした。奥様は旅行の準備が整うと、リビングへおいでになりました。向井さんも奥様のあとに続いて。そのとき、坊ちゃまは慎吾様とかくれんぼをして遊んでいらしたはずなのですが…」

「かくれんぼ?」

「はい。坊ちゃまが隠れて、慎吾様が鬼だったそうなのですが、どこを捜しても見つからなかったらしいのです。慎吾様が坊ちゃまを最後に見たのが、四時過ぎということです。わたしどもは四時半に旅行へ出発される奥様を見送りました。向井さんとわたしが夕食の用意のためにキッチンへ向かい、他の方々はリビングに。慎吾様は一時間あまり邸内を捜し回ったそうなのですが、どうしても坊ちゃまを見つけられず、健吾様にその旨を報せました。そして男性陣で庭と屋敷の部屋を残らず捜索しましたが、結局坊ちゃまを発見することはかないませんでした」

話に一段落がついて、執事は大きなため息をつく。

「――――まるで、神隠しのようですね」

具体的な経緯を聞いて、探偵は頭を悩ませた。この広い家から、一人の少年が忽然と消えた。話のとおりの状況だとすると、まさに神隠しという表現が相応しいのかもしれない。少年がこの家から出た形跡はなし。不審者の存在も皆無。誘拐でも家出でもない。探偵がいまだかつて遭遇したことのない事件だった。

「この家に隠し部屋、地下室、屋根裏部屋など、人目に触れない場所はありませんか?」

ありとあらゆる可能性を想定しなければいけない。探偵の質問に、執事は首を横に振った。

「いいえ。この家には、そういう仕掛けは一切ございません」

執事の断言に、ひとつの可能性が消去される。探偵の頭脳は、驚異的な速さで次の推理を導き出した。少年の失踪に他者の関与があった場合だ。当時の状況を伺うと、単独行動をとっている人物はほとんどいない。しかし、それがイコール白ということにはならない。わずかな時間でも犯行は可能だ。また共謀という考え方もある。

「この小林家は、将来的に彼が継がれるわけですか?」

「はい。坊ちゃまが成人されたときには。けれど、当面は吹雪お嬢様が補佐されると思います」

「なるほど…」

探偵は興味深そうに呟いた。これだけの大きな家だ。資産は高額だろう。次期当主がいなくなれば…と目論む人物がいないとは限らない。利害が絡むと人は豹変することを、探偵は知っている。関係者全員を詳細に調べてみなければ。

「全員の方から詳しい話を伺いたいのですが」

脳細胞をフル活動させながら、探偵は申し出た。

彼らから訊くことは、主に三項目。まず、大和を最後に見た時刻と場所。次に大和が姿を消した時間帯の自身の行動。そして、この家の中での人間関係。

 

一人目。小林家長女、吹雪。現当主の母親に代わって、この家の管理を一手に引き受けている。

「わたしが大和を最後に見たのは、午後四時くらいでした。書斎を出てリビングへ行くと、入れ替わりに大和が慎吾クンと出てきました。それからはリビングでいました。健吾とあげはと燕先生が一緒でした。四時半に母を見送るため玄関ホールへ。そのあとは、またリビングで過ごしました。五時過ぎに大和が見つからないと、慎吾クンが健吾のところへ来ました。だから健吾と慎吾クン、日影と燕先生が捜してまわりました。わたしとあげははリビングで、ゆりさんはキッチンでいたと思います。――――大和は、小林家の長男です。早く見つけてください。大和がいないと…わたし……。大和はみんなと仲が良くて、揉め事なんてなかったです。人間関係? …さあ。特に気がついたことは……強いて言うとすれば、仲が良すぎること…かもしれません」

 

二人目。小林家次女、あげは。現在花嫁修業中だが、その成果は芳しくないらしい。

「大和を最後に見た時間? たしか、時計が鳴っていたから四時頃だと思うけど。慎吾と二人でリビングを出て行ったわ。そのときが最後ね。わたしはそれからもリビングにいたわ。二人と入れ替わりに吹雪と健吾が入ってきて。燕先生もいたわね。四時半にみんなでお母様を見送って、またリビングに戻ったわ。大和がいないって慎吾が騒いで、男連中が捜しに行ったのが五時頃だったかしら。大和が戻ってくるかもしれないから、わたしと吹雪はリビングで待ってたの。…えっ? 大和と仲は良かったわよ。いつも試作段階のわたしの料理を食べてくれるのは、あの子だけだったもの。……家の中で? ああ、もしかしたら、健吾にとって大和は邪魔だったかもね。だって、吹雪があまりにも大和を大事にするから。あれは、姉としての愛情を超えているように見えたわ。婚約者としては面白くないんじゃない? あの男だって顔には出さないけど、嫉妬ぐらいするわよ。他には…執事の日影はメイドの彼女が好きみたいね。どうしてそんなことがわかるのかって? そんなの、女の勘に決まってるでしょ」

 

三人目。大和の家庭教師、小林燕。胡散臭い容貌だが、家庭教師としては有能だという評判だ。

「ワタシが花壇の作業を終えてリビングに入っていくと、大和クンは慎吾クンと並んで部屋を出て行きました。時間は四時前後。それが大和クンの姿を見た最後です。ワタシはそのままリビングで…すでにあげはサンはいました。ワタシのすぐあとに、吹雪サンと健吾クンが入ってました。たしか四時半ぐらいでしたか、静さんが旅行に発つので見送りに玄関へ。大和クンを捜しに行くまで、ワタシはリビングでいましたよ。五時頃から一時間余り、健吾クンと慎吾クン、日影クンとワタシで、クローゼットの中から庭の端々まで懸命に捜したんですが…結局、大和クンは見つからず終いでした。――――大和クンがいると、みんな安心できるんですよ。小林家の太陽です。だから一刻も早く見つかってほしいのですが…。人間関係ですか? そうですね、大和クンは健吾クンのことをとても慕っていました。まるで本当の兄弟のように。でも、慎吾クンとはたまにケンカしてましたよ。ケンカというか、慎吾クンが一方的に怒っているだけだったのかもしれませんが。他は…そういえば、メイドのゆりさんが前にこっそり話してくれたんですが…彼女、この家の中に想いを寄せる男性がいるそうなんですよ。名前までは聞いてませんが」

 

四人目。小林家メイド、向井ゆり。いつも明るく元気な働き者。あげはに家事を教えている。

「大和坊ちゃまを最後に見かけたのは三時半頃です。食堂でお姿を拝見したのが最後でした。わたしはそのあと、奥様の旅行の支度を手伝いに行きました。四時過ぎに日影クンと荷物を運んで、四時半に奥様をお見送りしました。それからキッチンで夕食の準備を。日影クンが一緒に手伝ってくれていたのですけど、五時頃に坊ちゃまが見当たらないということで、日影クンは邸内を捜索に。わたしはそのまま夕食の準備を続けていました。――――どうして、いなくなってしまったのでしょうか、大和坊ちゃま。あんなに皆様と仲良く過ごしていたのに。坊ちゃまがいなくなってから、この家は灯りが消えてしまったようです。吹雪お嬢様に至っては、ご心痛で食事ものどを通らないらしく…。えっ? お嬢様と健吾様ですか? 高校時代からのお付き合いですよ。慎吾様もお嬢様とは、とても親しい様子で。あげはお嬢様も、いずれ燕先生と結婚なさるのではないでしょうか?」

 

五人目。大和の遊び友達、小林慎吾。いつも元気に走り回っている野球少年。

「かくれんぼしようって言い出したのは大和だからな。オレはイヤだって言ったんだ。でも、大和がどうしてもって言うから…。オレが鬼で、数を数えている間に大和は隠れに行ったよ。時間? あの大きな時計が鳴ってたから、四時頃だったと思う。オレずっと家の中を捜したんだ。でも、いくら捜しても見つからなくて…兄ちゃんに事情を説明してから、もう一度捜しに行った。オレは兄ちゃんと、日影は燕と。けど、大和はどこにもいなかった。…えっ? 大和が嫌いな人? そんなのいないよ。大和はお人好しだから、だれのことも好きだったんだ。でも、二番目の姉ちゃんは苦手だったみたい。いつだったか、あの姉ちゃんにすごい剣幕で追いかけられていたのを見たことあるんだ。あの姉ちゃん、口は悪いし、大和はいつもこき使われていたから…。オレもあの姉ちゃんは少し苦手だな。まだ上の姉ちゃんのほうが優しくって好きだ。……他には? うーんと。あ、そうだ。前に執事室で、日影と燕が内緒話してたのを見かけたことあるや。何の話って聞いても、子どもには関係ない話だって教えてくれなかったんだ」

 

六人目。吹雪の婚約者、小林健吾。吹雪が最も頼りにしている人物。数学と野球が得意らしい。

「オレが大和を最後に見たのは、午後四時くらいだった。書斎からリビングに向かったとき、オレたちと入れ替わりに大和と慎吾が出てきた。それからは、静さんの見送りに出た以外はリビングでいた。吹雪と吹雪の妹と、燕先生が一緒だった。五時頃になって、慎吾が泣きついてきた。大和がどこにもいないんだと。だからオレと慎吾で家の中を、日影と先生が庭を捜した。でも、大和は見つからなかった。なんとか無事で見つかってほしいんだけど…。アイツが責任を感じて、かなり落ち込んでるから。――――大和のこと? なんだか知らない間になつかれてて。まあ、面倒はかけさせられるけど、慎吾と同じような感じだったな。本当の弟みたいな…。ああ、吹雪とは高校のときに同級生だったから。日影とメイドの子も同じだよ。……この家の中で? そういえば、静さんと燕先生は異様に気が合ってたみたいだけど。よく二人で長時間、話してたから。だから吹雪の妹は、母親と折り合いが悪いんだ」

 

七人目。小林家執事、日影只男。仕事に忠実な執事の鑑。どんな苦労も耐え忍ぶ、律儀な男。

「わたしのことは最初に申し上げたとおりです。わたしが大和坊ちゃまの姿を最後にお見かけしたのは食堂で、三時半前後でした。坊ちゃまは慎吾様とリビングへ行かれました。わたしは燕先生と残りの作業のために庭へ。四時頃に執事室に戻り、奥様の出かける車の手配をして、奥様の部屋から玄関へ荷物を運びました。四時半に奥様が出発されてから、向井さんとキッチンで夕食の支度を始めました。五時頃、健吾様と慎吾様、燕先生と一緒に邸内を一時間ほど捜索しました。一体どこに行かれたのでしょう、坊ちゃま。この家の正統な後継者がいなくなってしまったら――――。…え? はい。坊ちゃまと二人のお嬢様方に血のつながりはありません。前当主…坊ちゃまのお父上が奥様を病で亡くされたあと、静様と再婚され、二人のお嬢様と共にこの小林家へ参られました。ですが、旦那様も病気でお亡くなりになってしまい、現在は奥様が当主を務めているのです。血のつながりがないと言っても、坊ちゃまは本当に皆様に愛されていて、微笑ましゅうございました」

 

八人目。小林家当主、静。

「あの…奥様はただ今、旅行中で不在です。二泊三日の予定ですので、今夕にはお戻りになられますが…。…え? 長男が行方不明なのに、旅行を取りやめないのはなぜか? そう言われましても、わたしどもは奥様と連絡が取れないのです。奥様のご旅行は、なりゆき任せと申しますか…はっきりとした予定を立てずに行かれるので。行き先も宿泊先も、そのときの奥様の気分次第なので、わたしどもには奥様の所在が不明なのです。奥様は携帯電話をお持ちになっておりませんし、公衆電話のかけ方をご存じないので、旅行に行かれるとまったく音信不通になってしまうのです。我々としては、奥様の無事のお帰りを待つしかないもので…」

 

関係者の事情聴取を終えた探偵は憂い顔で佇む。真実への扉はまだ閉ざされたままだ。彼らの話の中に出てきた、気にかかる数点の事実。表からは見えない人間関係。それがなにを意味しているのか、名探偵の頭脳をもってしても、解き明かすことは容易ではない。

なぜ少年は消えてしまったのか。その謎は深まっていく。関係者の話を比較しても、矛盾のある点、一致しない点はまるでない。それが引っかからなくもないが。だれかが嘘をついているのかもしれない。あるいは、もしかすると全員が――――。

探偵の脳裏にいくつかの推理が浮かんでくる。だが、どれも確固たる証拠はない。推測の域を超えないものばかりだ。実際にいなくなった少年を見つけないことには話は展開しない。思案している間に、時間だけが過ぎていく。

午後五時を報せる柱時計の鐘の音。気にかかる点を彼らに直接問い質してみようと、探偵は全員をリビングに集めた。

 

不安そうな表情をした面々がソファーに並ぶと、窓際で立つ探偵がゆっくりと話し出した。

「皆さんにお集まりいただいたのは――――」

探偵が話を切り出したとき、リビングの扉が唐突に開いた。その場にいる人々は、全員そちらに注目する。

「ただいま。………あら? どうかしたの?」

和服を着た女性が、この場を見渡して首を傾げた。

「お母様!」

「奥様!」

長女の吹雪と執事が同時に声を上げる。

「大変なの! 大和が――――」

吹雪が事のあらましを報告しようと、慌てて母親に駆け寄った。

「ボクがどうかしたの?」

その瞬間、静の背後から小柄な男の子がひょっこりと顔を出す。

「大和!」

「大和クン!」

「大和坊ちゃま!」

今度は探偵を除く全員が叫んだ。一同、開いた口が塞がらないといった様子だ。

「…………?」

常に冷静な探偵も例外ではなく、この状況を理解するのに多少の時間を必要とした。

「ど、どうして、お母様と大和が一緒にいるの?」

「大和ちゃんったら、かくれんぼをしていてわたしの旅行カバンの中に隠れたんですって。そしたら知らない間に眠ってしまって、そのまま荷物と一緒に運ばれちゃったらしいの。でも驚いたわ。わたしが旅館でカバンを開けたら、中に大和ちゃんが入っていたんですもの」

静が思い出し笑いを浮かべながら語る。

「それならそれで、連絡をくれたっていいでしょう、お母様。わたしたちは、急に大和がいなくなったから、とても心配していたんです!」

気を取り直しつつ、吹雪が母親に抗議した。

「あら、ごめんなさいね。でもわたし、この家の電話番号、知らないんだもの」

静はにっこりと微笑み、悪びれなく答える。

「そんな世間知らずが、旅行なんて行くな!」

吹雪は堪忍袋の緒が切れ、

「…なんだったの? この三日間」

あげはが呆れたように呟く。

「で、でも、無事でよかったじゃないですか…」

燕は、まるで自分に言い聞かせているように微苦笑し、

「…大和のバカヤロー」

慎吾が安堵と腹立ちの入り混じった複雑な表情。

「オレたちの苦悩は一体…」

健吾が疲れた口調でぼやき、

「ひょっとして、あのときのカバンが…」

日影が強張った顔であの日を思い返し、

「だから、あんなに重かったのね?」

ゆりが真顔でその台詞を言ってしまった。

「みんな、どうしたの?」

大和は無邪気に訊ねる。

「ところで、この方はだれ?」

探偵の存在にようやく気づいた静が、率直な疑問を投げかけた。

「――――――」

刹那、冷たい空気が流れた。だれ一人、その問いに答えることはできなかった。

「……――――」

探偵は無言だった。というより、なにも言えなかったというほうが正しいのかもしれない。探偵は一切を語らないまま、小林家をあとにした。

 

さて、残された疑問の真相はというと…

その一、慎吾が大和に怒っていた理由。

「それは、その…大和のヤツが、兄ちゃんにまとわりついて、オレは後回しにされた。それが面白くなかったんだ。オレの兄ちゃんなのにさ」

つまり嫉妬だったらしい。

 

その二、あげはが大和を追いかけていた理由。

「ああ、あれね。わたしが作った中華料理を大和に試食してもらっていたのよ。あの子、からいものは得意だから。でも、一口食べた途端に逃げ出したから、思わず追いかけちゃっただけのこと。えっ? なんで大和が逃げたかって? ――――少し、調味料の調合を間違えただけよ」

香辛料の分量を思い切り間違えたので、大和が逃げ出すほどの激辛料理だったそうだ。

 

その三、日影と燕の密談の内容。

「それはですね…吹雪サンには内緒にしてくださいね。実は、今度どうしても行きたいコンサートツアーがありまして、そのアリバイ工作を頼んでいたんですよ。吹雪サンは、ワタシがアイドルの追っかけをしているのを快く思っていないので」

そんな工作をしても吹雪はお見通しだということを、燕は知らない。

 

その四、静と燕が話していたことは?

「燕先生もお料理が得意なんですって。だから、料理の裏技やコツなどをお話していたんですけど…それがどうかしました?」

料理好き同士、意気投合しているだけだった。

 

その五、ゆりの想い人はだれか?

「そんなの答えられませんよ。ヒントですか? うーん、高校のときからいい人だなって思ってたんです。すごく義理堅いですしね」

消去法で考えると該当者は一人しかいないのだが、その人物は彼女から好意を向けられていることに、まったく気づいていない。

 

大和が帰ってきた小林家は、以前のように明るく楽しい小林家に戻った。

 

一方、意外な形で事件が解決してしまい、自分の存在理由に疑問を持った探偵は…その日を最後に探偵を廃業した。以来、この街で彼の噂を耳にすることはなかった。小林探偵事務所の探偵日誌には、次のように書かれてあった。

 

『事件ファイルX 小林大和失踪事件

犯人は…だれでもなかった。

なんだか、とても…疲れた………』

 

それが、小林探偵の最後の事件だった――――。

 

小林少年の事件簿

 

FILE‐0 名探偵登場…?

 

この街に、一人の探偵がやってきた。これから起こる数々の事件を解決することになる名探偵。彼の名は、小林――――。

 

冬の夕暮れは早い。太陽は急ぐように西の空へ沈み、雑踏は慌しく映る。週末の繁華街は鮮やかなネオンに彩られていた。人々は首をすくめ、温かさを求めて足早に通り過ぎていく。

そんな中にある、少し古びたテナントビル。一階ではお食事処『静』という小料理屋が営まれていた。女主人が一人で切り盛りする和食の店だ。家庭的な味がサラリーマンに人気で、常に繁盛している。料理のおいしさはもとより、女将の人柄に惹かれて通う常連客も少なくない。

「ただいま」

店内の席がほぼ埋まった頃、入口の扉が開いた。キャリアウーマン風の若い女性が、慣れた調子で入ってくる。

「おかえりなさい、吹雪ちゃん。今日は早いのね」

店の女将、静が視線を送り、声をかけた。

「うん。今日は残業なし。珍しく定時で帰れたから」

そう答える女性は小林吹雪。静の一人娘だ。現在、公務員として働いている。

「寒いんだから、そんなところに突っ立ってないで早く入れば?」

どうやら連れがいるらしく、吹雪は店外にいる人物を促した。

「お客さん?」

「ほら、いつも話してる同じ職場の…」

吹雪が答えていると、背の高い青年が姿を見せた。緊張した面持ちで会釈する。

「はじめまして。吹雪さんと同僚の」

「――――小林君?」

青年が名乗り終えないうちに、勘付いた静が口を開いた。

「あ、はい。小林健吾です」

「一人暮らしで毎日ろくなもの食べてないって言うから、連れてきたの。健吾、空いてる席にでも座ってて。わたし、着替えてくるから」

吹雪は淡々とした口調で言うと、早々と店の奥に行ってしまった。困惑気味の健吾だが、とりあえず空いていたカウンター席に腰を下ろした。

「小林君。あの子、職場ではどんな様子なのかしら。勝気な性分だから、あまり無茶をしていなければいいんだけど」

お茶を出しながら、静は健吾に訊ねる。

「そうですね。仕事に対しては積極的で、そこらの男よりも行動力があって。たまに危ないことも仕出かしますけど…そういうときは、必ずオレが止めますから」

その返答に、静は安心して微笑む。しばらくすると普段着の吹雪が戻ってきた。仕事が早く済んだ日は、こうして静の店を手伝っているのだ。小一時間ほどすると客の数も減り、落ち着いた雰囲気が漂っている。吹雪は空いたテーブルを片付け、静は洗い物をしていた。そのとき。

「ガタン」

妙な物音が階上から聞こえて、吹雪は手を止めた。職業柄、異変を察知する感覚は鋭い。同僚である健吾も同様で、吹雪と顔を見合わせている。

「…母さん。ここの二階って、前に不動産屋が倒産してからそのままだよね」

「ええ、そうだけど」

静が思い返しながら頷く。このビルの二階は、不動産屋が夜逃げして以降、空テナントとなっていた。事務用品や書類棚などすべて置き去りにされたので、大家は処遇に困っていたらしい。

「まさか事務所荒らし? それとも夜逃げした不動産屋が帰ってきたとか…?」

思いついた推測を口にした吹雪は、即座に店を飛び出した。

「おい、待て!」

見境なく一人で突っ走る吹雪を、健吾が追いかける。静は心配そうに見送った。大丈夫かしらと真っ暗な二階を見上げる。すると、ちょうど目の前を巡回中の警官が通りかかった。

「あ、おまわりさん」

「はい。どうかしましたか?」

静に話しかけられて、警官は自転車を止めた。

「実は――――」

不安顔の静が事情を説明すると、警官は表情を引き締める。

「では、本官が確認してきましょう」

そう言って懐中電灯を持つと、二階へ急いだ。

 

吹雪と健吾はドアの前で中の様子を伺っていた。室内は真っ暗だが、たしかに人の気配はする。人が歩く音、棚にぶつかる音。その都度「痛っ!」と声が上がる。泥棒にしては手際が悪いなと思っていると、一際大きな「ゴツン」という音が部屋に響いた。

その瞬間、吹雪と健吾は室内に突入した。ドアの鍵は開いたままで、すぐ部屋に入ることができた。吹雪は暗闇の中、気配を頼りに不審者の身柄を取り押さえる。

「おとなしくしなさい!」

抵抗もなく不審者を取り押さえた吹雪は、その感触に違和感を覚えていた。

(なに? この感触…)

「ボ…ボク、なにもしてないのよ」

嘆くような声に、吹雪は不審者を捕まえる腕の力を緩めた。

「あの、大丈夫ですか?」

そこへ細い懐中電灯の明かりと共に警官が現れ、電灯で照らしていく。

「とにかく明かりを」

健吾は手探りで照明のスイッチを探し出したが、なぜか点灯しない。

「真っ暗で怖いよ…」

再び嘆き声がもれると、警官の背後に突然人が出現した。

「ブレーカー上げなきゃ電気は点かないよ、小林クン」

ブレーカーを操作する音のあと、室内は一瞬で明かりが灯った。改めてそれぞれが周囲を確認し合う。部屋の中央に、吹雪が一人の少年を取り押さえている。健吾は照明のスイッチのそばに、警官ともう一人の不審者は入口近くで立っていた。

「千尋クン、助けてよ」

少年が入口近くの青年に助けを求めた。気配も感じさせず現れた青年。鳥肌を立てている警官を尻目に、彼は悠々と部屋へ踏み込んでくる。

吹雪は、自分が取り押さえていた人物を直視して、慌てて身柄を解放した。この少年を取り押さえたときの感触、そして愛らしい容貌。それらすべてが吹雪の理性を揺るがしていた。

「で、小林クン。どうしてこんなことになっているのかな?」

自由の身となった少年に、青年が訊ねる。

「えっ? ボクは千尋クンに言われたとおり、この部屋をお掃除しようと思って。でも真っ暗でなにも見えないんだもん。あちこちでぶつかって転んでたら、突然この人たちが来て…」

少年がしどろもどろに説明する。警官は状況を把握しようと、職務質問を始めた。

「ええと、あなた方が不審な物音を聞いた方ですか?」

吹雪と健吾を見て、確認の意味で問う。

「見ない顔だけど、この地区の担当?」

見覚えのない警官の顔に、吹雪は逆に質問した。

「はい。本日付けで向日葵町交番に配属されました、武者小路です」

個性的な人相の警官は、敬礼しながら自己紹介する。

「武者小路…?」

その名前の仰々しさに戸惑っていると、警官はにこやかに続けた。

「堅い苗字なので、わたしのことはチャーリーと呼んでください」

笑顔でそう言われて、吹雪も健吾も対応に困惑する。

「それで、あなた方は…?」

警官チャーリーの再度の質問に、健吾と吹雪は一度視線を見合わせる。そして二人とも黒い手帳を掲げて見せた。

「県警捜査一課、強行犯係の小林吹雪です」

「同じく強行犯係、小林健吾」

二人が手帳を開いて身分を証明すると、チャーリーはとっさに背筋を伸ばした。

「失礼しました!」

「刑事さんなんだ」

チャーリーは敬礼、少年は感嘆の声を上げるが、青年だけは涼しい表情を崩さない。

「わたしは下の小料理屋の娘で、こっちは客として来ていたんだけど、二階から妙な物音がしたので様子を見に来たの。ここは一ヶ月前、インチキ物件を売買していた不動産屋が夜逃げして以来、空テナントになっていたから」

吹雪の要点をまとめた説明を聞くと、警官は少年と青年の二人に目を向けた。

「それでは、あなた方は不法侵入者ということですか?」

「違います。ボクたちは――――」

チャーリーの言葉に、少年は必死で首を振る。

「正当なこの部屋の所有者です。今日、このテナントの賃貸契約を交わしています。これがその契約書」

少年の台詞を遮って、青年は一枚の書類を提示した。チャーリーが確認すると、その書類に間違いはなかった。

「はい。たしかにこちらのテナントの契約書ですね」

「だからボクたち、泥棒なんかじゃないんです」

少年の無垢な瞳の訴えに、焦った吹雪は目をそらす。あの少年を見ていると、自分の悪い発作が出てきてしまう。とてもじゃないけれど正視していられない。

「どうかしたのか?」

その様子を訝しく思った健吾が、吹雪を覗き込む。

「や…なんでもない。気にしないで」

吹雪は必死でごまかした。この秘密を他人には知られたくない。特に健吾には。なので、吹雪は精一杯この場を取り繕ってみせた。

「お二人で開業されるのですね? それはどういった職種でしょうか?」

その間も、チャーリーは二人への職務質問を続けている。主に少年が答え、答えに窮したときは青年が横から助け舟を出していた。

「探偵社です!」

「……は?」

少年が元気よく宣言すると、チャーリーは手帳に走らせていたペンを止める。

「探偵なんです、ボクたち」

少年は満面の笑みを浮かべて念押しするが、チャーリー、健吾、吹雪とも狐につままれたような顔をしていた。

「探偵…というのは、あなたのこと、ですか?」

チャーリーが一語一句、確かめるように訊く。

「はい、そうです! ボクが探偵の小林大和です。こっちは探偵助手の小林千尋クン。同じ『小林』だけど、兄弟じゃないんですよ」

小林大和という少年は明るく自己紹介した。どこから見ても大和は探偵には見えず、信じがたい表情の吹雪。少年よりも、涼しい顔を浮かべている青年を胡散臭そうに見る健吾。この状況にどう対応したらいいのか惑っているチャーリー。

「…本当に、探偵なんですか? あなた方」

平然としている青年に、チャーリーは控えめに確認する。

「本物の探偵ですよ。探偵は刑事みたいに身分証はないけど、その代わり試験もないですから」

小林千尋と名乗る青年は、刑事二人と警官一人を前に、皮肉を含めた台詞で笑った。口の端でもらした笑みに、チャーリーは寒気を感じ、健吾は不愉快さを覚えていた。吹雪は大和に気を取られていたので、張りつめた空気に気づかない。

「それで…大和クン。ここはいつから開業するの?」

気を抜くと発作が起きてしまうので、必死に理性を保ちながら、吹雪は大和に話しかけた。

「来週の月曜日からなの。『ひまわり探偵社』っていうんだ。吹雪ちゃんもなにか困ったことがあったら、いつでもボクを頼ってね!」

愛らしい微笑みと台詞に、吹雪の理性は崩れてしまった。周囲のことなどすべて忘れ、思い切り大和を抱きしめてしまう。

「吹雪、もうメロメロ」

小林吹雪が今まで隠してきた秘密。実は少年趣味があるという事実が、今あられもない形で暴露されてしまっていた。

「……吹雪ちゃん?」

唐突に抱きしめられ、大和は訳が分からずに戸惑っている。

「ふうん…。なるほど」

女刑事の意外な趣味に、千尋は興味深そうに笑っていた。

「――――…」

健吾は面白くなさそうな表情でため息をもらした。

「…ほ、本官はなにも見てません! 決して見ておりません! 巡回がありますので、これで」

見て見ぬふりを決め込んだチャーリーは、もつれる足取りで走り去っていく。吹雪が自我を取り戻したのは数十秒後。部屋には重苦しい沈黙が漂っていた。

 

――――今夜はいろいろなことがありましたが、ひまわり探偵社は来週の月曜日に開業します。困ったことがあったら、いつでもご来訪ください。ボクは探偵の小林大和です!

 


 
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