No.79767

夕陽の向こうにみえるモノ1 『自然と感情』

バグさん

描いてた当時は、作品の方向性がまだ決まって無かったような覚えがあります。
でも、取りあえずこんなキャラで合って欲しいというのはありました。

なので、葉月さんとクルミのキャラは、初めから決まっていました。

2009-06-18 15:29:43 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:495   閲覧ユーザー数:465

 足元に這い蹲る蟻。

自分がただ歩くだけで、無数の命が消える。

そんな儚い命。

護る意味があるのだろうか?

足元に注意して歩いてまで、護る意味などあるのだろうか。

自然の摂理から言えば、『死んだ方が悪い』のでは無いか。

だから、特に注意するでもなく、地面を歩く蟻に気を配るでも無く、歩いてきた。

これまでは…………そうしてきた。

 

 

 学校の校舎裏。

一羽の小鳥が、弱々しく地で羽ばたいていた。翼を怪我しているようだ。

羽ばたきは砂埃を生むだけの結果を残して、肝心の結果を残せないでいた。彼、あるいは彼女は飛べない。

このままでは、小鳥はすぐに死んでしまうだろう。

 思わず手を差し伸べようとして。

しかし、止める。自分如きに何が出来るというのか。

ああ、治療は出来るかもしれない。しかし、それ以上の面倒を見る事は出来ない。家で鳥は飼えないし、学校で面倒を見るにはどうすればいいのか判らなかった。

それに、自然の摂理に反してまで、生き物を助ける事が本当に正しいのかどうか、という疑問が頭に浮かんだのだ。

この小鳥が死ぬのは、自然の結果だろう。

牙の折れたライオンは生きていけないし、爪を折られたトラもまた生きていけない。翼の折れた鳥は、ただ死という結果しか残さない。

そうした生命に人間が介入する事は、どうにも不自然な事に思えるのだ。

仮に、ここで小鳥を助けたとする。するとどうだ、人間というものに安心感を覚えてしまうかもしれない。そちらの方が残酷な結果を産むかも知れないでは無いか。リョウにはそう思えるのだ。

 踵を返すと、帰宅に向けて歩を進めた。

罪悪感は少しある。振り返ると、足を止めてしまうかもしれないくらいの罪悪感は。

その罪悪感が歩みを遅くした結果だろう、とある声が耳に入ってきたのは。

「あら、怪我をしているのね」

 思わず、足を止める。

そしてゆっくりと振り返る。

すると、小鳥を掌に優しく包んだ、一人の女子生徒が立っていた。

 見覚えが無い。当然だ。学校内の人間の顔と名前を全て覚えているはずが無い。そんなのは教師でも難しいだろう。だから、知らない人間だとしても不思議ではない。

そもそも、リョウは人の顔と名前を覚えるのがとても苦手だった。一部の友人を除いて、クラスメートとも話をした事は無い。人付き合いが苦手というか、単に面倒なだけなのだろう。他人に興味を持て無いのだ。

だが、リョウはきっと、二度と彼女を忘れないだろう。

セーラー服の中央から垂れ下がる青のリボン…………学校の女生徒ならば誰でも着用しているものだが、それでも、そんな制服を視たのは初めての様な気がした。それほど、彼女が上手に制服を着こなしているという事だろうか。

ロングの髪は濡れた様にしっとりと流れており、目鼻立ちがしっかりとしていた。整った容姿という奴だ。容姿の良い人間というのは得てして無個性に成り勝ちなものだが、彼女は違った。彼女にしか持ち得ないオーラ、その様なものを持っている様に思えた。

まあ、単刀直入に言えば。

その女子生徒はあまりにも美しかった。

「治療をしましょうか。貴方のお家は何処かしら?木の上には見当たらないわねえ」

治療をしましょうか。

当然の様に聴こえたその言葉に対して、リョウは思わず問いていた。

「なあ、あんた。その小鳥を助ける事は、自然の摂理に反すると思わないか?」

 突然の無遠慮な問いかけにも、女子生徒は動揺を見せず、

「あら、自然の摂理って何かしら?」

「それは…………」

 逆に聞き返されて、思わす言葉に詰まる。

何だったか。

「自然の動物の生死に、人間は関わるべきじゃない。何となく、不自然な気がする。それに、ここでその小鳥を助ける事が、必ずしも良い結果を産むとは限らないだろう?」

 辛うじてそれだけを言う。

すると、女性とはフッと笑った。嘲るような調子では無く、自然に漏れた微笑、という感じだった。

「貴方は、少し難しく考えすぎなのではないかしら? 世界は複雑だけど、単純でもあるのよ。原因と過程と結果。それだけあれば十分」

「どういう意味だ?」

「この小鳥を助ける事にも助けない事にも、意味なんて無い、という事よ。後は感情の問題だわ。私は、助けたいかな」

 女子生徒はそういって笑った。

その時だ。

「あ、葉月さん、こんな所に居たんだ。早く帰ろうよ」

 小柄な女子生徒が走ってきた。随分探し回ったのだろうか。やや息が上がっていた。

「ごめんね、クルミちゃん。でも、教室の窓からこの子が見えたから」

 小鳥を掌に抱えた女子生徒は、こちらに目礼すると、最後に一言言い残した。

「貴方だって、本当は助けたいくせに」

 彼女は笑っていた。厭らしい笑いでは無いが、全てを見透かされた様な笑みだ。

女子生徒が去った後で、リョウは嘆息した。

「自分が助けたいから助ける? なんだそれ、凄い勝手じゃないか」

 そんなものは偽善だ。

だが、あの女子生徒は、その偽善すら許容すると言っていた。それを思い出して、舌打ちする。

「くそ」

そして、自分も帰宅へ向けて歩き出す。

あの女子生徒の言った事は、正直良く分からなかった。いや、あまり認めたくなかった、という方が正確か。

…………なんだろうか、とリョウは自問した。この胸のモヤモヤは。なんだかまるで、これまでとは異なる性質の感情が芽生えた様で。

歩いている途中で、足元を這うアリに気付いた。踏み潰せば簡単に殺せるし、普段は気にも止めずに踏み潰しているが…………。

「………………」

 何となく、今日は踏まなかった。


 
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