No.795725

泊地のグルメ

かやはさん

孤独のグルメをモチーフにした艦これの二次創作です。

2015-08-12 00:33:56 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:704   閲覧ユーザー数:698

 はじめて入る店というのはなんだか緊張してしまう。

 工場街にある定食屋というのは意外と侮れない。その街、その店独特のルールがあり、ちょっとでもそのルールから外れてしまうと肩身の狭い思いをしてしまうのだ。

 店によっては、女将さんが注文を取りに来てくれるところもあれば、自分で大将に頼むところもある。おかずをショーケースから取りだしてめしとしるだけ注文するなんてところもある。ルールは様々だ。

 はじめての店だと、どうしてもまごつく。まごまごしていると後ろで並んでいる常連客ににらまれてしまう。

 工場は時間に正確だ。限られた昼休み。それをまごついた中年男に邪魔されて……、想像するだけでまいってしまう。

 時間は二時を少し過ぎたあたり。この時間帯なら、まごついても迷惑をかけることはないだろう。

 そう思いながら、目についた大衆定食ののれんをくぐる。

「ああすみません、混み合ってるから二階に……」女将さんが二階の方をちらりとみて、「すみません、相席になるけど、かまいませんかね?」

 ……甘かった。

 軽く手を挙げて、レジ横の階段から二階へ上がる。

 一階はひどい混みようだった。街中の工場から人が集まっているのだろうか、灰色やオレンジ、青、緑や白といった様々な作業着姿の男たちでごった返している。

 二階はテーブル席だった。夜には宴会でもしているのだろう。

「今日は特別なんですよ」

 女将さんが笑いながら教えてくれた。なんでも、艦隊が帰投したばかりらしい。

 空いている場所に座ると、ほどなくその帰投した艦隊の関係者だろうか、娘さんたちが上がってきた来た。女将さんにあいさつをして、こちらを見て、また女将さんを見る。

「すみません、今日は混み合ってますから」

 娘さんたちは互いに顔を見合わせて、まあいいか、と笑った。

 目があった。会釈をする。なんだか気まずい。職工御用達の大衆食堂に似つかわしくない娘さんたち。

「お客さん、あの、ご注文」

 ああそうだ。あわてて壁に貼ってあるメニューを見る。ビール、清酒、すし、めし、しる……様々な文字が目にうつるが、焦ってしまって決められない。

「ああ、その……日替わり定食で」

 娘さんたちはここの常連なのか、注文は「いつもの」ですんだ。

 テーブルのすみに置いていあるプラスティックのコップを手に取った。少し考えて、娘さんたちの分のコップを廻した。自分のコップにピッチャーの水を注ぎ、テーブルの上にたれた水滴をふきんでふいて、隣に座った娘さんに手渡す。

 一番年長に見える娘さんはちょっとだけ目をぱちぱちとさせたが、ぺこりと頭を下げて、ピッチャーを受け取った。

 水をコップに注ぐだけで小さな娘さんたちが「わーい」と喜んでいる。

 窓の外から汽笛の声が聞こえた。

 この泊地は最近出来たばかりというが、それでも見習士官だけで五万人は集まっている。艦隊の出入りはひっきりなしで、当然、艦隊を維持するための物資を運ぶ輸送船やトラックも大量に出入りしている。これに関わっている人の数はたいへんなものだ。ドックや工場に勤める職工さんも大勢雇われている。そういう人をあてにした食堂や商店、旅館などが建ちはじめ、泊地の内外は活気に満ちていた。

 人が集まるところには商売の種がある。

 幸い、初めての取引は好調だった。あとは家具の手配と搬入を確認すれば……。

 いいにおいが鼻をつく。

 日替わり定食は野菜炒めだった。

 胡椒の香り。繊維に沿って切られたにんじん。キャベツ。もやし。ピーマン。豚肉もほどほど。ご飯は大盛り。キュウリのぬか漬けに中華スープ。かつお節にしょうがが載った冷や奴がついていた。

 うまそうだ。

 箸で野菜をつかむと、オイスターソースがぽたりとたれた。

 あぶないあぶない。危うくおろしたてのシャツが轟沈するところだった。

 ほおばる。

 オイスターソースとコショウが混じり合う独特の風味。じゅ、じゅ、とソースの味が口の中に広がり、うふっと鼻から抜けていく。奥歯でかむごとにしゃきしゃきと音を立てる野菜たち。それぞれが自分の味を主張しているのに、ほどよく混じり合い味が調和している。

 うまい。これが「見た目通りの原寸大のうまさ」というやつだろう。料理を見て想像したのと同じようにうまい。

 これがめしに合う。猛烈にめしがうまい。

 味噌汁をつかみ、ずっ、と飲んだところで、娘さんたちの視線に気がついた。

 かまうものか。そのまま、ずずっと具を汁ごとかきこむ。

 お椀を置いて、んふうと息をつくと、娘さんたちの注文した料理がやってきた。

 拳よりひとまわり大きなボーキサイトのおにぎりが二つ三つ、三つ四つ。弾薬と薬莢が添えられていて、別の皿には分厚くスライスされた鋼材が乗っている。湯気を立てている湯飲みの中は燃料だろう。

 ハバナ産葉巻にも負けない、奥行きのあるオイルの香りが立ち上がった。

 年上の娘さんはこちらをちらりと見て、照れくさそうに軽く会釈をすると、

「それじゃ、いただきましょう」

 と小さな娘さんたちに声をかけた。

「はーい!」

 元気のいいあいさつ。

 そして、先ほどの恥じらいの仕草がうそのように、おにぎりのてっぺんから食らいつく。

 ボーキサイト粉塵の独特の風味がこちらまで漂ってくる。

 かりっこりっという弾薬をかむ音。かつて魯山人は「数の子は音を食うもの」と書いたけど、香の物代わりの弾薬も音を楽しむものだろう。

 小さな娘さんたちが鋼材を箸でつまみ上げ、どちらが大きいかと見せ合いっこをしている。

「こら、お行儀の悪い」

 さすがに叱られた。

 うー、とうなだれる。

 ほほえましい様子をちらりちらりと見ていると、野菜炒めをすっかり平らげてしまっていた。

 しまった。腹に手を当てる。まださっぱりだ。

 ボーキサイトのおにぎりが目にとまった。

 娘さんがそれをつかみ、あーんと口を開け、ほおばる。

 つい、目が合ってしまった。

 娘さんは目をぱちぱちさせたけれど、そのまま食べ続ける。

「すみません」

 食べ終わった食器を持って、廊下をぱたぱたと歩いていく女将さんを呼び止めた。

「私も、これ、ボーキサイトのおにぎり、いただけます?」

 うまい飯の前ではルールなんて細かいもの、気にするだけ野暮ってものだ。


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