No.794982

しらすみ小話

8/8 #陽炎型版深夜の真剣創作60分一本勝負 お題 デート
※多少の百合要素注意

2015-08-09 00:30:11 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1283   閲覧ユーザー数:1275

「霞、用意できました」

「じゃあ、行くわよ」

 いつになく不機嫌な声の不知火に、霞はできるだけ常日頃と変わらぬ口調で答えてから、くるりと背を向けた。不知火は真一文字に唇をきゅっと結んだまま、霞の後に付いて、波穏やかな港湾内の水面にゆっくりと歩みだす。十分な浮力が得られ、艤装の安定化装置のチェックを念入りに行う。自身の艤装に問題が無いとわかれば、僚艦の艤装をチェックして、また自分の艤装もチェックしてもらう。霞が不知火の艤装を素早く点検し、不知火も同様に行う。

「駆逐艦霞より司令部。事前確認終了。問題ないわ。霞・不知火、これより出港します」

 霞が通信を通して、司令部に出撃前確認の報告を行う。

「了解しました。どうぞお気をつけて」

 すぐに返信がある。霞は頭を下げて、今回もお願いします、と伝える。

 艦娘の出撃に際しては、司令部付の通信技官が、作戦の間常時オペレートを行う。そのおかげで霞達は、余計な手間を減らして任務に集中できる。それを思えば、例えマニュアルで定められた通りのこととはいえ、彼らに対して感謝の意を持つことも多くなる。通信機器の発達が顕著な昨今では、その使用に関して面倒な点が多い上に、電子機器の操作や取扱に難の多い艦娘が多いこともあって、欠かせないバックアップとなっている。

 特に、今回オペレートを行ってくれる小田少尉は、司令部創設時から艦娘のサポートを行っている、艦娘達にとっても最も馴染みの深いメンバーの一人である。霞も多分に漏れず、自然と言葉や態度の隅々に敬意を纏わせていることが、傍らで聞いていた不知火にもよくわかるほどである。

 

「出るわよ」

「はい」

 霞が先に動き出し、その後を不知火が追う。不知火は霞との距離を付かず離れず、微塵の誤差も感じさせない程正確について行く。操艦のうまさには定評がある、と本人も自負している。だが、不知火本人の表情は冴えない。

「何をふてくされてるのよ」

 霞が秘匿通信で話しかける。背後を振り向いていないが、不知火の様子は手に取るようにわかるらしい。

「不知火は騙されましたから」

「はぁ?」

 不知火の返事に、思わず声を大きくした。不知火は少し沈黙した後、不満げに話し始める。

「霞は、こう言いました。頼みたいことがあるからつきあってくれない? と」

「そうね、確かにそう言ったわ」

 霞は首肯する。確かにそう言って、即応待機中の不知火を誘った。霞の与えられた任務と権限で、それは可能であった。もちろん正規の手続きを踏んでいるため、彼女に落ち度は無い。不知火が出撃するため、他の娘を待機に回したし、念のため陽炎にも話を通した。騙された、とは言いがかりも甚だしい。

「それが、何か問題があるの? あんたもスタンバイ中だったでしょ? 陽炎から引き離して悪いとは思ってるけどさ」

「違います」

「何が?」

「不知火が不機嫌なのは、別に陽炎から離れることではありません。誤解が多いようですが、不知火と陽炎は別に恋仲でもありませんし」

「じゃあ、何が不満なのよ?」

 霞の声が大きくなる。これほど偏屈になる不知火は珍しい。しかし、この彼女の精神状態では、彼女の持てる能力が十分に発揮できない恐れを、霞は先ほどから抱いていた。特に急遽派遣が決まった上に、任務内容が緻密な注意を要する対潜哨戒である。万が一があれば、危険も大きい。普段の不知火ならば、なんてことは無いのであろうが、今の状態では心許ない。

 霞は深呼吸して、自身の感情をなるべく落ち着かせる。

「で、もう一回訊くけど、何か不満があるの? 任務内容?」

「いえ、下命があれば、不知火は従うまでです。そこに私情は挟みません」

「じゃあ、何なのよ?」

 霞の言葉に、不知火はぼそぼそと何事かをつぶやいた。だが、耳のいい霞にも判別が付かない。

「ああ、もう、今のを普通の口調で言いなさいな」

「不知火は少し、別の事を期待しました」

「は?」

 霞が思わず間の抜けた声を上げる。別の事?

「別の事、って一体何を期待したのよ? まさか、私がアイスでもおごりながら、恋愛相談でも持ちかけるとか、愛の告白を行うとか考えてたわけじゃないでしょうね?」

「い、いえ、流石にそこまでは……。そんなことがある、とはさほど……」

 不知火の歯切れの悪い言葉に、霞が頭を抱える。何だその反応は。

「ちょっと待ってよ。あんた、何にそそのかされたわけ? 陽炎? 陽炎ね。あの馬鹿があんたに悪影響を与えてるわけね」

「……何でも陽炎陽炎ではありません……」

「じゃあ、何なのよ」

「読んでいた、雑誌でちょっと……」

 恥じらう乙女のように頬を染めて、いつもより幾分高い声で、不知火はつぶやいた。途端に霞がくるりと振り向いて、わざわざ望遠鏡で不知火の表情を伺ってくる。

「意外ね。あんたにもそんな乙女チックなところがあったなんて」

「すみません。忘れてください。急に恥ずかしくなりました」

 不知火は心底うんざりしたように、声を潜めた。

「それは無理ね。私、こんなに衝撃の強い展開なんて、慣れてないから。因みに、帰ったらその雑誌没収ね」

 霞は不知火の一縷の望みを一刀両断して、秘匿通信を終えた。普通通信に切り替えたのである。

「とりあえずシャキッとしなさい。いい?」

「はい」

 わざと他にも聞こえるように喝を入れると、不知火が事態を察して、普段の口調で返事をする。間髪入れず小田少尉の声が聞こえる。

「司令部より霞。何か問題がありましたか?」

「何でも無いわ。不知火が少し馬鹿なことを言ってただけ」

「それはいけませんね。不知火さん、リラックスリラックス。いいですね? せっかくのデートなんですから」

「小田さん、何言ってるのよ!?」

「あらら……これは失敬」

 霞がつっけんどんに言い返すと、少尉はにこやかに答えて沈黙する。霞のただならぬ様子に、不知火は逆に平静さを取り戻す。

「なるほど、デートですか……」

「感化されてんじゃないわよ!」

 霞が一際大きな声を上げる。不知火は霞の動揺の裏に、霞の気持ちが見え隠れする気がした。当の霞はまた深呼吸して、それから頬を両手で二度三度叩いた。

「まあ、いいわ。あんたが平静になってくれたなら、もう何も言わない。任務は潜水艦狩り。期待してるわよ」

「ええ、お任せください」

 不知火は当然のように、低い声で返した。

 

 二人の投射する爆雷が、いつも以上に景気良く敵艦を葬ったのは、この次の日の事である。


 
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