No.793766

艦これファンジンSS vol.47「いたわりの一椀」

Ticoさん

隼鷹と飛鷹のカップリングって名称ないんですかね。

というわけで艦これファンジンSS vol.47をお送りいたします。
今回は飛鷹と隼鷹の朝の情景です。間違いなく隼鷹こうなるよね、っていう。

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2015-08-02 19:58:25 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1407   閲覧ユーザー数:1402

 窓から差し込む青白い光に、彼女は目を覚ました。

 枕元の時計を見て時間を確認する。五時半。いつもの目覚めだ。

 総員起こし前に目覚めて身支度を整えるのは当たり前のこと。

 それは彼女が己に課している規律であった。

 艶やかな長い黒髪、ぱっちりした目つきの端整な顔立ち。よく言われるのだが、凛として垢抜けた風貌と雰囲気は、どこかキャビンアテンダントに通じていた。あるいは、それは彼女の記憶の元になった艦船に由来しているのかもしれない。

 元は豪華客船として作られ、後に軍艦に転用された「出雲丸(いずもまる)」。

 かの船の来歴を記憶として持つ彼女は、無論、ただの女の子ではない。

 海にあっては無類の戦士。分けても彼女は艦載機を運用する空母陣の一員であった。

 艦娘。人類の脅威たる深海棲艦に対抗しえる唯一の存在。

 彼女は、白い光が満ち始めた窓の外を見るとしゃんと背を伸ばした。

 そうして、ちらと相方のベッドに目をやった。

 案の定といっていいだろう――今朝も、そこは空っぽだった。

 眉をひそめて、思わずため息をつく。

 いつものこととはいえ、ここ最近はしょっちゅうだ。

 彼女は肩をすくめると、部屋に備え付けの冷蔵庫へ歩みよったた。ここの管理は彼女がしている。相方に任せておくと、酒を詰め込むのが目に見えているからだ。

 冷蔵庫の中から、鈍く銀に光る小さな鍋を取り出す。

 空母陣の部屋ともなると簡単なコンロくらいはある。

 鍋を火にかけ、ゆっくりと温め始める――これも日課となっていた。

 ただし、その日課はやむにやまれず行っていることだ。

 彼女は口中でつぶやいた――やらないで済むならそれにこしたことはないのに。

 軽空母、「飛鷹(ひよう)」。

 それが彼女の艦娘としての名前である。

 

 

 「深海棲艦」という存在がいつから世界の海に現れたのか、いまでは詳しく知るものはない。それは突如、人類世界に出現し、七つの海を蹂躙していった。シーレーンを寸断されて、なすすべもないように見えた人類に現れた希望にして、唯一の対抗手段。

 それが「艦娘」である。かつての戦争を戦いぬいた艦の記憶を持ち、独特の艤装を身にまとい、深海棲艦を討つ少女たち。

 艦娘は人間ではない。さりとて兵器でもない。乙女の体と心に、戦う意思と力を持った何かなのだ。乙女ゆえに甘いものを好み、おしゃべりを好む。そして中には飲兵衛の乙女だっていてもおかしくないのだ。

 

「帰ったどー!」

 早朝だというのに部屋の扉をばたんと開けて、そいつは声をあげた。

 飛鷹は眉をひそめて、小さいが鋭い声でたしなめる。

「静かになさいな。まだ総員起こしじゃないんだから」

「えー? あれえ? そんな時間なのお?」

 へらへらと笑いながら、そいつ――部屋の相方は千鳥足で部屋に入ってきた。

 つんつんとはねた赤い髪、紅白を中心に緑を配した着物にも似た衣装。普通にしていればなかなかの美人のはずなのだが、いまはその表情もゆるゆるに崩れ、頬を朱に染め、時折しゃっくりをしている――軽空母の隼鷹(じゅんよう)であった。

 隼鷹は、どうにかこうにかベッドの近くまで行くと、

「ふははは、おふとんさーん!」

 と声をあげて、ずぼっと倒れこんだ。

「……あなた、また飲んできたわね」

 飛鷹が眉をしかめて言うと、隼鷹は手を挙げてへらへらと振ってみせ、

「んっとねえ、ちょっと! ちょっとだから! ビールとワインとウイスキーと……あと飲み比べになって焼酎をたくさん……あれえ、ちょっとじゃないぞお?」

 ベッドにつっぷしたまま、何がおかしいのか隼鷹がくすくすと笑う。

 飛鷹はふうと息をつくと、うつぶせになっている隼鷹をごろんと仰向けにした。

「ほら、しゃんとしなさい」

「しませーん。このまま寝まーす。飛鷹も二度寝しようぜえ」

「ばかなこと言ってないで。ほら、これ飲んでおきなさい」

 そう言って飛鷹はお椀を差し出した。温めておいた鍋の中身である。ふわと漂うかぐわしい味噌の香りと、それに混じる磯の匂いに、隼鷹はがばと身を起こした。

「おおっ、しじみ汁か。ありがてえ!」

 言うやお椀を飛鷹の手からひったくり、隼鷹はこくりと一口飲んだ。

 ふはあと大きなため息を一息ついて、彼女は莞爾として微笑んだ。

「やあ、胃に沁みるねえ。飲んだ後の飛鷹の一椀は美味いよ」

「胃が痛んでる証拠よ。ここ最近、飲みすぎじゃない?」

 棘だらけの視線を飛鷹は向けてみたが、当の隼鷹はどこ吹く風だった。

「いやあ、もう一杯! 酔いが良い感じにさめるねえ!」

 能天気な声に、飛鷹は「はいはい」と答えて、お椀を受け取った。

 

 鎮守府で流布している言葉に「素面の隼鷹」というものがある。

 意味合いとしては「西から昇る太陽」に近い。ありえないことのたとえだ。

 そんな言葉ができるほど、隼鷹の酒好きは有名であった。

 普段、鎮守府内をほっつき歩いているときは手元に徳利を欠かさない。それを飲み歩いては、仕事中の艦娘に気軽に声をかけては笑わせている。

 訓練でも、他の艦娘が岸壁に水やジュースを用意している中、自分は堂々と日本酒の一升瓶をそびえ立たせている光景は、新人の艦娘が誰しもぎょっとする光景である。

 任務中は隼鷹もしゃんとしていて、「さすがに実戦では飲まないのだな」と誰しも思っていたのだが――とある作戦で、隼鷹と同じ艦隊の艦娘が水筒をなくしてしまい、やむなく隼鷹の水筒を拝借したところ、中身が焼酎だったという事件はあまりに有名だ。

 相部屋ということで監督責任があると見られたのか、隼鷹の飲酒の件では飛鷹まで呼び出されてしまい、提督から叱責を受けたことがある。

 その時の隼鷹の受け答えは、いっそ堂々としたものであった。

 胸を張り、提督の目をまっすぐに見つめ、半歩もひるまずに彼女は、

「お言葉ではありますが、自分は飲んでいるときが平常なのであります!」

 こう、のたもうたものだ。隣の飛鷹が青ざめたのは言うまでもない。

 鎮守府がまともな軍隊であれば、隼鷹はクビになっていただろう。

 だが、艦娘という特異な存在を扱う組織は、まともではないのか――隼鷹の言葉を聞いた提督はにやと笑い、「たしかに君が実戦でしくじったことはないな」と言って、隼鷹にある任務を言い渡し、そして彼女の体調面の監督を飛鷹に押し付けたのだった。

 ただひとつ、隼鷹が自転車も含めて車のたぐいを運転することは禁じられた。鎮守府に道交法は適用されないが、さすがに危ないと思われたのだ。

 

 

 総員起こしのラッパが鳴り響く。

 姿見の前で衣装を整えた飛鷹が振り向くと、はたして隼鷹はベッドで寝こけていた。

 いつものこととはいえ――明け方近くまで飲んでから、朝食も摂らずに二時間程度の睡眠をとって、それから朝の訓練に顔を出す隼鷹の生活は、間違いなく体に悪い。

 とはいえ、それを提督が黙認して、他の艦娘も諦めと共に認めてしまっている以上、相方の飛鷹としては、こうしてしじみ汁を作って待っててやることしかできない。そこにお小言を付け加えるのは無論忘れないが。

「それじゃ、わたしはもう行くけど――ちゃんと訓練前にシャワー浴びておくのよ」

「へーい――ああ、あのさ、飛鷹」

 寝ていたはずの隼鷹がなんと返事をして、しかも自分を呼び止めた。

「……なによ」

「今日の昼は控えめに飲んでおくから、夜のお酒につきあってくんないかなあ」

「なんでよ」

「……提督に報告する前に心を整理しておきたいのさ」

 静かに言う隼鷹の言葉は、真剣で、どこか冴え冴えとしていた。

「次の限定作戦が近い――駆逐艦の中にはブルっているやつもいるし、戦艦や空母の中にも不安を隠しきれないやつがいる……あたしから報告をあげる前に――飛鷹、あんたの意見を聞いておきたい」

 隼鷹がうっすらと目を開けている。

 天井をじっと見つめた後、彼女はちらと横目で飛鷹をうかがってきた。

 彼女のまなざしは、いつもの能天気な酔っ払いのそれではない。

 飛鷹にしか見せない“提督の間諜”としての冷えたまなざしであった。

「しょうがないわね」

 ふうと飛鷹は息をつくと、腰に手を当てて隼鷹に答えた。

「量は飲まないわよ。肴は作ってあげるから、好きな一本を選んでおきなさい」

 飛鷹の言葉に、隼鷹がにぱっと笑ってみせた。

「それじゃ、とっておきの大吟醸を選んでおくさ」

「楽しみにしてるわ」

 飛鷹は相方にふわと微笑んでみせた。

 

 部屋を後にして食堂へと向かいつつ、飛鷹は考えていた。

 酒の肴は何にしよう。大吟醸なら魚がいいかもしれない。

 鎮守府のすぐ前は海だ。潜水艦娘たちから何か分けてもらうのもいいだろう。

 そして、定番のしじみ汁を作るのだ。

 飛鷹が隼鷹にできる、せめてものいたわり。

 酔っ払いで能天気で人になじみやすく――それゆえに艦娘たちの内情調査などという仕事をまかされた相方。彼女がここ最近よく飲んでいるのも、あちこちの艦娘と付き合いをしているためだろう。

 そんな酒は、もはや任務の酒だ。飲みながら隼鷹はどこまで楽しめているのか。

 だからこそ――自分と飲みたいなどと言ってきたのだ。

 隼鷹が気兼ねなく飲める酒は、もはや飛鷹と酌み交わす杯だけなのだから。

 飛鷹にはそれがよく分かっていた。

 ならば、と彼女は思う。

 今夜の酒の肴は精一杯の腕を振るおう。

 相方に心から喜んでもらえるような、そんな品を。

 そう考えると――飛鷹も今から少し浮き立つ気分だった。

 

〔了〕


 
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