No.791968

かげぬい小話

#陽炎型版深夜の真剣創作60分一本勝負
20150725
お題「やきもち」

2015-07-26 00:42:14 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:880   閲覧ユーザー数:874

 不知火は、工廠の側まで陽炎を見送った。彼女はそこで出撃の準備を行い、これからしばらくの間、鎮守府を離れる。

「私の留守中、頼んだわよ」

「はい」

 別れ際、陽炎は不知火をじっと見て、少しだけ心配そうな表情で、不知火の頭をぐりぐりと乱暴に撫でた。

 

 陽炎は、司令が着任してすぐにその旗下に入った、いわば生え抜き中の生え抜きである。彼女達、桂澤司令の下に籍を置く艦娘達の間では「初日組」と言われている。それは司令と付き合いが長く、その分練度が高いことを意味している。

 だが、それだけではない。早くに着任した者達と司令との間には、目に見えない何かが感じられる、と不知火は常々思っていた。彼女の辞書では表現しがたい、平たく言ってしまえば「信頼」という言葉が適当なのだろうが、その信頼というものは彼女には、ひどくまぶしく感じられた。

 着任してすぐ、陽炎型二番艦ということで、既に鎮守府にいた陽炎とペアを組まされた。再会した、という感慨はあったが、互いに互いの姿を見るのは初めて。当然、困惑もした。陽炎はそんな不知火の心内などどこ吹く風、自然体で不知火を受け入れ、そして知識と技術と人としての素養、感情など艦娘として必要なものを与えてくれた。それは先逹の務めであるが、不知火は心の底から嬉しかったことを覚えている。

 

 翻って今、不知火は、陽炎のようにうまくできない自分の不甲斐なさを感じていた。

 陽炎はうまくやる。少なくとも不知火よりもうまく。

 黒潮が着任した。次いで舞風が着任した。陽炎型以外でも多くの艦娘が加わり、今では不知火も古参と目されるようになってきた。そこで不知火は壁にぶち当たった。自分が陽炎に聞いたことを鸚鵡返しで、後輩に伝える。自分が訓練で培った技術を、惜しみなく伝える。陽炎と同じことをやってはいるのに、何かが根本的に違う気がした。新規着任組が伸び悩んでいるわけではない。彼女達は鎮守府の運用に足る評価を得ているし、十分な戦果をあげるようになっている。中には不知火を追い抜いて、今や陽炎のように第一線で活躍する者もいる。それでも、不知火は、陽炎と自分は違う、という確信にも似た感情を持っていた。

 

「不知火ちゃん」

 不知火が、はっ、と顔を上げると、軽巡の那珂と天龍が立っていた。

「話がある。少しいいか?」

「はい」

「付いて来い」

 天龍に促されて、不知火は二人の後を追った。二人とも陽炎よりも長く鎮守府にいる。無論、不知火にとっても頭が上がらない、軽巡という枠組みを超えた存在でもある。二人は埠頭に足を向けた。司令部に戻ろうとしていた不知火にとっては逆方向だが、文句を言うわけにもいかない。丁度眉をひそめた時に、那珂が振り向いて、笑顔を見せた。

「不知火ちゃん。そんな恐い顔しないで。提督から言付けがあるだけだよ」

「言付け、ですか?」

 何故、二人に言を託したのだろうか。不知火は、陽炎の不在時には、彼女に代わって秘書艦を務めることもある。駆逐艦の中では司令との交わりは多い方だ。口をきかないわけではないし、司令の愚痴を始終聞かされてもいる。わざわざ人を通す程に、距離が遠いとは考えもしていなかった。

「ああ、別にお前が悪いわけじゃない。叱責に来たわけじゃねえよ」

 不知火の表情を察したのか、天龍が破顔する。

「まあ、お前もうすうす感じてはいるんだろうが、あいつが心配していたぞ」

「心配、ですか?」

「そうだ。それも相当、な」

「不知火ちゃん、とてもうまくやっているんだけど、どうもいつも不機嫌そうにしている、ってぼやいてたよ」

「別に不機嫌なわけではありませんが」

「うん、それはわかってる」

 那珂がくるりと前を向き、水平線の先に目をやる。

「ただ、ちょっと前のめりになりすぎてる気はするね。陽炎ちゃんを意識しすぎてるのかな?」

「それは……、そうだと思います」

「いつも陽炎ちゃんを羨ましそうに見てるよね」

 再び振り向いた那珂の満面の笑みと言葉に、不知火は思わず赤面して、視線を落とした。まさか他人から丸見えだとは思いもしなかった。

「そこが、俺達にはよくわからんのだが、何故陽炎のやり方を正として、自分のやり方を誤とする?」

「は?」

 おっしゃる意味が、と続けようとした不知火の言葉を天龍は手で制した。

「まてまて、まずは話を聞け」

「提督の評価はね、不知火ちゃんの方が高いんだって。これは本当だよ。そう伝えて来いって言われたから」

 不知火は背が伸び上がった。

「それは……どういう?」

「そのまんまだ。不知火は実務も後輩への指導もよくできている。お前のやり方を見ていて、学んだところもあったって言ってたくらいだ」

 天龍の言葉に、不知火は嬉しく思いながらも、鵜呑みにしてはいなかった。自分のやり方といっても、それは陽炎や、それこそ天龍や那珂が与えてくれたものだから。

「確かに書類仕事は俺よりも遥かに上手だな」

「ああ、それは確かにそうね」

「ちっ……。まあ、とにかく、だ。お前は間違っていないし、変に変える必要も無いってことだ。確かに伝えたぜ」

 天龍はそう言い終わると、さっと踵を返した。

「あの」

「天龍ちゃんも気にしてたみたい。不知火ちゃんって、いっつも満足できてない感じだからね」

「申し訳ありません」

「ううん、全然問題ないよ」

 那珂は相変わらずニコニコとした笑顔を向ける。

「ムードメーカーって、とても大切な役割なんだよね。実際に現場で皆を鼓舞できるのって凄いことだし。陽炎ちゃんはその辺りの機微を凄くよく心得てるよね。それは確かにとても凄いことなんだよね」

 那珂は普段見せることのない落ち着いた表情で不知火を見た。

「でもね、それ以上に重要なこともあるんだよ。鎮守府や司令を陰から支えるのって、もっともーっとできる人が少ないから」

「戦術レベルか、戦略レベルか、という話でしょうか?」

「そう言い換えてもいいと思う。それでね、今のうちの状況だと、圧倒的に後者が足りないし、求められている。だから不知火ちゃんには、できればそっちの方面で力を振るって欲しいっていうこと。少し意識してもらってみてもいいかな?」

 那珂の真摯な視線に、不知火は迷うこと無く首肯した。

「はい」

「うん、那珂ちゃん嬉しいゾ! お礼にサインしちゃうんだから!」

 さっきまでのピンと張りつめた空気は一体何だったのか、と不知火が頭を抱える程に那珂はわざとらしくおどけてみせた。

 

「お帰りなさい」

「ただいま、不知火」

 陽炎は不知火を見ると、両手を広げて飛びついてきた。

「無事で何よりです」

「うん。ありがとう」

 陽炎は不知火から体を離すと、彼女の顔をまじまじと見つめる。そして、いい顔するようになったじゃない、と言って、満面の笑みで不知火の頭を乱暴に撫でまわした。


 
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