No.790491

新・戦極†夢想 三国√・鬼善者を支える者達 第047話

投稿ですよ、皆さん。
遂に今回西涼編完結です。

そろそろ主人公に活躍の機会を設けたいと思います。
そして今回の話の捕捉ですが、葵は隠居後は療養に専念し、そして復帰後は重昌の命を受けて、暫く諜報員の様な活動をしながら、劉弁の動向を探っていたという感じです。

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2015-07-19 16:16:02 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:857   閲覧ユーザー数:823

新・戦極†夢想 三国√・鬼善者を支える者達 第047話「重昌達の二年間・主任(トリ)

「う~ん。もう飲めないニャ~ン」

葵は机で俯せになってしまい、すっかり酔いつぶれている。

夕方酒屋で飲み、風呂で酒を落とした後もまた飲んだのだ。

西涼のキツイ酒に慣れた彼女でも、これには堪えてしまう。

「やれやれ、月語りしている時に酔いつぶれれば意味ないじゃないか」

そう言いながらも、重昌も葵と同じペースで飲んでいるが、全く潰れる様子も無いのである。

「紅音はあんまり飲んでいないが、いいのか?」

「大丈夫ですよ。……だって、せっかく重昌様と二人になれたのですから」

葵は既に寝てしまっている為に、彼らは実質二人の語りあいと言って言いだろう。

重昌は紅音を自身の肩に抱き寄せると、盃を月に掲げてまた語り始めた。

「あの時、葵を救うことが出来たが、その代価として、私は葵から大切な物を奪うことにもなる」

 

馬騰殺傷事件より数日が過ぎ、馬騰の意識は未だ戻らないが、峠は越えて今は華佗の治療の下で安静にしている。

なお治療の際に大量の血を抜くことになった重昌は、今大怪我をすれば確実に死に直結するために、レバーなどの鉄分を取りながら彼も安静にしている。

そんな主の眠る西涼の統治は現在、馬騰の長女である馬超が指揮を取っているが、以前馬騰が言っていたように、頭が足りない所があるので、その馬超をカバーするように、虎や三葉、馬岱や柑奈、他にも天水組の賈駆や陳宮、遊びに来ている司馬懿も滞在し奮戦しているのだ。

なお恋歌は重昌の療養生活の付添である。

皆が各方面で工面する中、一人の将が馬騰を訪ねてくる。

「……馬超将軍。お久しぶりです」

先の戦いにて、敵方の副将として参戦した龐徳が、紫を通し馬騰の見舞いに来たのだ。

「銀。てめぇ今頃何しに来た!?」

翠は怒りを隠すことなく、そのまま龐徳を怒鳴り散らす。

「何しに来たも。俺はただ馬騰様の見舞いに来ただけですが……?」

「生憎だが、その母さんはアンタの顔も見たくないと言っていたさ。判ったならとっとと帰りな!!」

怒りを惜しげもなく出す翠に対し、龐徳は急に辺りを見渡しだすと、翠に人払いを要求した。

翠は思った。

母親の葵の首だけに飽き足らず、今度は自分の首を狙うか。

その挑戦を受けるつもりで、彼女は周りの人払いを命じ、誰もいなくなったことを確認すると、翠は槍を片手に龐徳の前に立って構える。

「母さんの首に飽き足らず、今度はあたしの首か。面白い、受けて立とうじゃないか!!」

臨戦態勢剥き出しの翠に対し、龐徳は何の武器も構えぬまま翠に近づき、彼女に囁くように言った。

「……翠様。貴女の心許す者を数人引き連れて、俺と密会して下さいませんか?場所の指定はそちらで構いません」

その言葉を聞き、翠は龐徳を一本背負いで投げ飛ばし、龐徳の背中は叩きつけられると、翠は彼の胸ぐらを掴みながらひっそりと囁く。

「今更いったい何の話があるっていうんだ?」

「今度こそ本当に葵様の命が危ういかもしれません。是非ご協力を……」

 

龐徳の訪問より数日後、葵の意識は蘇り、安静の養生生活を送っている時の事。

韓遂が葵の見舞いに参上し、馬騰いる寝室前には翠が警護している。

「……義叔父さんか」

「やぁ、翠………義姉者の様子は?」

「落ち着いているよ。これから就寝を取ろうとしているところだ」

「そうか。ならば一目会ってから帰るとしよう。既に剣や刃物類は預けてある。入ってもいいかな?」

「待ってくれ。いくら義叔父さんといえど、あんなことがあったんだ。もう一度確認させてもらう」

翠は韓遂の体のボディチェックをし、今一度武器の類がないか確認する。

「………入ってもいいぜ。だけど義叔父さん。あんなことがあった後だ。妙な気は起こすなよ」

「判っている。もう義姉者に逆らうことはしないさ」

翠は韓遂を通すと、彼は扉を開けて入室する。

「……義姉者。体調の方はどうだ?」

韓遂がそう呼びかけるが、葵の反応は無く、ただ布団に包まっているのみ。

どうやら既に就寝したのだろうか。

「……寝ているのか。それならしかたがない。また出直すとしよう。………むっ!!済まない義姉者。足が急に痒くなった。済まないが少し椅子を借りるぞ」

彼は部屋の椅子に腰を下ろし、靴を脱ぐと足の裏を掻き出す。

そんな中でチラリと葵の方を向くが、彼女は彼に背中を向けて未だ寝息をたてている。

葵を改めて確認すると、韓遂は靴を弄ると、靴底の間よりナイフの様な刃物が出てくる。

彼はひっそりと近づき、やがてその刃物を葵目掛けて突き刺した。

しかし刃は葵の体に届くことなく、彼女の体に突き刺さる前に、韓遂の腹部に刃物が突き刺さっていたのだ。

韓遂は体を揺らしながら壁にもたれかかり、その刺した張本人である葵は勢いよく起き上がり、寝具の上に仁王立ちで彼の前に立つ。

「……!?な!!お前は……義姉者ではない!!」

 

「…………なんだと?……重昌、てめぇもう一度言ってみろ」

長い沈黙の後、馬騰は寝具にてそう言った。

彼女は現在体調管理の為に城とは別の別荘にて療養をしており、重昌は回復し現在馬騰の見舞いに来ていた。

彼女のその顔は血の気が引くように青冷めていた。

「私の独断にて韓遂将軍はお手打ちにすることに決め、現在、城の葵殿が療養していた部屋にて謙信達の手にかかっていることでしょう」

馬騰は寝具から飛び起きようとするが、療養中の運動不足、手術の疱瘡後の痛みとでバランスを崩し、重昌は咄嗟に抱き留めたが、馬騰は彼の胸ぐらを掴んで吠える。

「何故だ!?何故義弟を殺す必要がある!!」

既に疱瘡の痛みは怒りで堪えないのか、彼女は重昌の胸ぐらを力強く掴み、睨みつけ吠える。

「………お館様。私は申し上げました。”覚悟”だけはしてもらうと。……私はまた韓遂将軍が謀反を企てようとしたのでそれをくい止めようとしただけに過ぎません」

「馬鹿な!?遂がまた謀反を起こそうと企んだというのか!!」

馬騰のその言葉により、部屋の扉が開かれると、そこには蒲公英に連れられた龐徳がいた。

「叔母様。……残念だけどそれは本当なの。それを密告してくれたのは………ここにいる銀さんなの……」

未だ重昌の胸ぐらを掴んだままの馬騰は、龐徳の姿を一度見、そして重昌の顔を見返し、さらにもう一度龐徳の姿を見返すと彼に尋ねた。

「………銀。嘘だよな?義弟が私の命を狙うなんてこと……嘘だよな……?」

絶望に馬騰の瞳は濁りながら龐徳に質問するが、彼は咄嗟に視線を逸らして、その逸らした意味を肯定的に捉えると、馬騰の重昌を掴む力は抜けて目が虚ろになり彼女の体からは力が抜けた。

 

「ふはははは。そうか!!銀が私を密告したというのか。なるほど!!………そうか-―」

韓遂は急に声高く笑い出したかと思うと、虎の口より計画密告の首謀者が自身が最も信頼している人物であったことを知り、彼は徐々に語尾が弱くなった。

「叔父上、なんで。なんでまたこんなことを!?」

壁にもたれる韓遂に翠は問いかけ、彼は少し間を置いた後に小さく答える。

「………兄貴の………お前の亡き父親の為さ――」

彼のその小さき呟きを上手く聞き取ることが出来なかったのか、彼女は今一度問いかけようとするが、油断をした翠は韓遂に蹴り飛ばされ、そして手元に掴んだ花瓶を虎に投げつける。

虎は寝具から咄嗟に離れ避けるが、その一瞬の間のうちに、韓遂は窓際に寄ると、格子を壊し、今日は強いのか部屋に夜風が入り込んでくる。

「叔父上!!」

韓遂は窓より脱出した。しかし外には三葉が用意をした部隊が待ち構えており、下に逃げ場がないと思った韓遂は屋上へと向かい、他も慌てて彼を追いかける。

「叔父上!!」

翠が屋上の城壁へと彼を追い詰めたときには、彼には多くの返り血が付いていた。

恐らくは城の兵を殺して、奪った剣でここまで逃げたのだろう。

しかし虎に刺された腹部もあり手負いであることに変わりはない。

「翠!!よく聞け!!」

一歩踏み出せば城壁より落ちて落下死してしまいかねない状況で、彼は姪に叫ぶ。

「俺はお前らに負けたのではない!!腐りきった漢王朝の時代と、己の過信に負けたのだ!!」

「!?叔父上、それはどういう!!」

そう彼に問いかけるが、彼はニコリと笑ったのみであり、最後に呟いた。

「……あぁ、あの目。顔や髪は葵さんにそっくりだが、目は本当に兄貴にそっくりだ――」

そう言い残すと、彼は剣を自分の喉に突き付け、翠は慌てて駆け寄り止めようとするが、距離の影響で間に合わず。

喉ぼとけを突き裂いて貫通し、首に刀身が半分ぐらい突き刺さった時。韓遂は絶命しそのまま城壁よりその体が落ちていった。

 

「将軍は常々危惧していました。そしていつも言っていました。腐りきった漢王朝は友人である江東の孫景を殺し。また孫堅や荊州の劉表殿もそのせいで変わられてしまった。いずれその波が西涼に来るのも時間の問題。なればこそなんとかしなければ……っと」

「だったら何故?何故そんな重要なことをあたしに相談しなかった!?」

馬騰は未だ目が虚ろのまま龐徳に問いかけた。

「決まっています。将軍は馬騰様を慕っていたからですよ。今は亡き将軍の兄君様。その最愛の人物であり、自身の義姉である馬騰様を守りたかった。ただそれだけです。現に先の合戦の折、私に課せられた命は馬騰様の討伐ではなく、捕縛でした。合戦勝利の際は、馬騰様を強制的に隠居させるつもりでした。自身が西涼の主になれば、時代の波は自身に襲い掛かり、馬騰様には被害は及びませんからね」

「………まったくあいつは。どうしてウチの主人含め韓一族は格好をつけたがるんだ――」

彼女は未だ目が虚ろなままであるが、目から涙を流し乾いた声で笑っており、こうして葵の哀しい一日が一つ過ぎてしまった。

 

紅音は酒瓶を持ったまま固まり、重昌は盃の注がれた酒をジッと見つめている。

「………外様である私たちを葵は快く受け入れてくれた。……それに対して私が葵に行ったことは……裏切り行為以外の何物でもない」

徐々に重昌の盃を握る力が強まり、やがて盃の強度は握力に耐え切れなくなり割れる。

彼は未だに拳に力を込めているため、割れた盃と爪が手に刺さり喰い込んでポタポタと床に血が垂れた。

「重義兄(にぃ)のせいなんかじゃいよ」っといつの間に復活していた葵は、紅音から酒瓶を奪い取り自分の盃に注ぐと、赤い顔の彼女は重昌に渡す。

「少なくともあたしは感謝している。重義兄(にぃ)がいなければ劉協様は助かることも無かったし、今もこうして酒を一緒に酌み交わすことも無い」

受け取った盃をじっと見つめる重昌に対し、葵は酒瓶を煽る様に飲む。

「プハッ」っと一息つける様に酒を飲むことを止めると、復活した彼女から月語りが始まった。

「………本当に辛かったのは義兄(にぃ)の方さ。私たちの為に鬼になってくれたのだから」

 

韓遂忠罰の報が涼州に知れ渡ったとき、涼州各地にて反乱が勃発した。

西涼の民は元々漢民族だけでなく様々な異民族の集まりで出来た国である。

それを治めていたのが葵と彼女の今は亡き夫である。

だが彼女の夫の死去以来、彼の弟の韓遂が兄の代わりを務めてなんとかやってきたのだ。

だがしかし韓遂の死に加えて動けない葵をいいことに、今まで牙を隠していた一部の民族が反乱を起こし、取って代わろうとしたのだ。

「お姉さま!!そっちに敵が行ったよ!!」

「わぁってるよ!!……チクショー!!次から次へと!!」

現在、西涼では動けない葵の代わりに、翠を主軸とした軍が編成されている。

彼女も彼女のなりに頑張ってはいるのだが、如何せん人を率いる点に関しては馬騰の血を引いているとはいえ、未だに母親には遠く及ばず。

今もこうして苦戦を強いられていた。

「……くそぉ。父さんや叔父さんがいてくれれば……」

剣戟が鳴り響く戦場にて、翠はついそんなことを呟いてしまった。

いざという時自分の母親を支えてくれた父や叔父はもうおらず。母親の動けない今、馬家の長女である自分がしっかりしなければと思うが、それでも現実は上手く運ばず、毎日苦悩の連続である。

「報告!!西の方より新たな軍勢を捕捉!!」

戦場に鳴り響く複数の剣戟より、翠の苛立ちの叫びが一番高くこだまする。

 

「………すまない柑奈。また助けられてしまった」

「いいえ。こちらがたまたま早く済んだだけですから。既に虎様も鎮圧に成功されて早めに帰城し、私たちの為に、夕食の支度を始めてくれているはずですよ」

翠の対応していた反乱勢の大将は、柑奈の登場にて討たれ。反乱軍は蜘蛛の子を散らすように散り散りに撤退した。

西涼にてたびたび反乱が勃発するようになってから、翠は柑奈や虎の様な重昌子飼いの将たちに助けられる機会が大幅に増えた。

内政が苦手な自分は重昌や詠など文官に仕事を任せ、自身は戦場で走り回っているものの、一向に反乱が減ることも無く。今まで国のことをしっかり行いながらでも戦場に出ていた母親の偉大さが改めて認識した瞬間でもあった。

だが最近の悩みはそれだけに留まらない。

母親より涼州刺史代理を任されてから、内政が苦手で重昌達にまかせている事実に加え。重昌子飼いの将の方が、自身より軍を上手く動かしている事実である。

いつも領内にて内乱が起これば、借り出される面子は翠・蒲公英・柑奈・虎である。

翠は副将に蒲公英を連れているにも拘らず、柑奈と虎はそれぞれ一人で軍を率いて内乱を鎮めて、その度に翠達の為に援軍に駆けつけるのだ。

勿論仲間としては有難いことなのだが、西涼の土地勘や兵の気質を外様の彼らより心得ている身としては、その事実は受け入れがたいものであり。それを考えれば、涼州の地の統制は実質重昌達が行っているものであり。彼女は常々、統治者としての自身を失いつつあった。

 

「………そうか。やはりまだ翠には無理だったか……」

翠はその時葵の部屋を訪れていた。

理由は二つ。一つは見舞いであることと、もう一つは統治者としての悩みを、先輩である葵に打ち明けていた。

「母さん。……あたし、馬鹿だけど。これでもやれるだけのことはやっているつもりなんだ。そりゃ母さんみたいに経験を積めば少しはましになるだろうけど。……今のあたしに出来ることは適材適所ぐらいさ」

その様な難しい四文字熟語を脳筋の我が娘が知っている事実に内心驚きながらも。

葵は黙って話を聞いていた。

「でも………あたしの得意分野でもある武も負けていたら。あたしはいったい何で皆を率いればいいんだ?………なんか。あたしの国なのに、あたしは必要ない気分みたいだ……」

普段活発な娘のこれほど落ち込んだ姿は見たことがなかった。

葵が父親の馬平に跡を任された時は、自身の隣に今は亡き夫曰く翠の父親がいたのでなんとか西涼を治めることが出来た。

しかし今の翠には経験も足りていなければ、彼女の身も心も支える人物もいない。

やがて葵は以前より考えていたことを実行しようとしていた。

 

数日後。

葵は部屋に重昌と恋歌・柑奈を呼び出した。

「どうしました葵殿。急に話とは……」

葵の後ろに翠と蒲公英を加え、彼女は椅子に腰掛けている。

重昌は葵の代替わりより、葵のことを『葵殿』と呼び。現在翠を『御館様』と呼んでいる。

「実を言うと。重昌に頼みごとがあってここに呼んだんだ」

彼女は神妙な面持ちで彼に向き直る。

「いや。ひょっとすると、それは恋歌や柑奈にも言えることかもしれない」

すると彼女は床に膝を落とし、手を三つ添えしながら深々と頭を下げる。

「影村様。是非この私を貴方の側室の一人としてお加えくださいませ……」

その光景に翠は痛々しそうに目を逸らし、柑奈と蒲公英は度肝を抜かれたように声を上げず驚く。

葵は頭を下げたままでそのまま続ける。

「現在。ワタクシの不徳の至る所で、西涼は荒れに荒れています。挙句の果てに義弟には裏切られ。こんな身になってしまってからは実の娘に面倒ごとを押し付けてワタクシは内政にすら関われない。娘を生み、四十路近いこの身ではありますが。女性としての潤いはまだ残っていると思います。ですから、この身を代価として払います故、この西涼の地を治めては下さいませんか……?」

頭を下げたまま上げない葵に重昌も椅子より床に降りて質問する。

「………葵殿。貴女は私を憎くないのですか?たとえ葵殿の身を守ろうとしても、貴女の義弟を殺したのは私ですよ……」

その問いに彼女は頭を上げて、顔は俯きながらも淡々と答える。

「………憎くないと言えば、嘘になります。しかしあいつが行なったことは許されることではありません。国政に私情は挟まないものです」

彼女はそう答えると。重昌は周りに頼み、部屋に葵と二人の空間を作るように言った。

そんな二人の空間で、また彼は聞く。

「葵殿。何故です?………何故そんな身を売るような真似までして国のために尽くすのです。貴女には心に決めた人がいたはずだ」

彼は彼女の肩を揺らしながらそう聞いたが、葵はそんな彼の手をそっと解いた。

「………確かにあたしは主人を愛していましたが、彼にときめいたことがないのです」

葵は明後日の方向を見るように話し始める。

「あたしは……政略結婚だった。親同士が勝手に決めたことでね。でもそれが国を背負う者の元に生まれた性であることはわかっていたし。こんな無骨者を貰ってくれるというのだから。あたしは喜んで受け入れたさ。あの人は懸命にあたしを愛してくれた。戦略結婚の後はその殆どが仮面夫婦になるのがあたりまえなのに。あの人はあたしを愛してくれた。勿論あたしもそんなあの人に答える為に彼を懸命に愛して。やがて翠や旅に行っている娘二人も生まれ幸せだったさ。でもあたしは常々思っていた。あの人の葬式の時。本当に心の底から涙を流していたのか、って。事実あたしは義弟である韓遂の真名を………最後まで呼ばなかった!!」

彼女は一つ叫んだ後、また淡々と話し出す。

「………そんなあたしに出来ることは。売女の如くこの身を差し出すことだけ。義弟の死も悲しまない女に出来ることと言えば――」

葵は服の胸元を緩め重昌の首に手をまわして覆いかぶさる。

療養中である、現在部屋着な彼女は、四十路近い年齢を匂わせないほど色・艶っぽく。

開いた胸元から見える谷間が、より男の本能を擽る。

「……どうした?抱かないのかい。そんなにあたしに魅力がないのかい?」

フフフと笑う葵の顔を、重昌はただ一点だけ見つめていた。

「………だったら聞くが。何故君はそんな哀しそうな目をしながら涙を流すんだ?」

その問いかけに彼女はハッとする。

確かに頬を触れれば彼女の頬に伝っていたのは涙であり。その事実に気づいた途端に、彼女の瞳より大粒の涙が次々溢れる。

どれくらい時間がたったか判らないが、葵の目の周りは赤くなり。二人とも寝具にて隣り合って座っていた。

「………なぁ葵。別にそんなに焦る必要はないのじゃないか?」

重昌は年長者として葵に話し出す。

「確かに君達は政略結婚だったかもしれない。しかしだからといって愛が享受しあえないとも限らない。私と恋歌も元は恋歌の父が決めた婚姻であって。それまでに様々な苦労もあったけど。今では私は恋歌と心が完全に通じ合っていると信じているし、恋歌も同じ気持ちのはずだ」

そう言うと重昌は葵の頭を撫でながら――

「一度君の旦那さんのお墓に行ってみて明かしてくるといい。一人が辛いなら翠ちゃん達も連れて。それでもこんな五十路も当に過ぎているオジサンの所に来てくれるのなら。私は喜んで迎え入れよう」

重昌は笑いながらいい。葵は顔を赤らめ恥ずかしげに俯く。

その光景は男と女のそれではなく。まるで近所のお兄さんと幼女(おさなじょ)の会話の光景である。

「だからここで一つ。約束をしようじゃないか」

葵の頭を撫でる手を止めて、彼は話を切り出す。

「約束?」

「そうだ。葵殿、まずは我ら兄妹の誓いを果たそう。それならば私はどうどうと葵殿の後を、引き継ぎ西涼を治めることが出来る。しかしそれだけではない。私が何かを間違えた時は君が私を正してくれ。君が間違えば私が正そう。これから私達は家族だ。笑い合おう。叱り合おう。殴って喧嘩し合おう。それが家族というものだから」

その言を聞くと、葵は大きく笑った。

「……本当に面白いよ。あんたは。………あたしは馬騰。真名は葵さ。改めてよろしくな。重義兄(にぃ)

「私は影村。真名(しんめい)は重昌だ。よろしく葵」

こうして二人は義兄妹の誓いを果たした後。

その数ヵ月後に大陸にて黄巾の乱が騒がれ始める少し前に。葵は前の主人の墓参りを済ませた後に、重昌の側室としても迎えられた。

 

「とまぁ。これまでがあたしと重義兄(にぃ)との経緯かな。その後は知っての通り。巷で噂の『鬼善者影村』の通りだね」

「………それはいいけど葵。何故重昌様の服を脱がしにかかっているの?」

綺麗に締めくくった葵の関心など吹き飛ぶように。紅音の目の前にいる顔を赤く染めている葵は、重昌の服の脱がしにかかっていた。

「そりゃ勿論。ナニをする為に決まっているじゃない」

葵の行動に紅音は酔っている葵以上に顔を赤く染めて。重昌はため息を吐きながら、【何故私の周りにはいつもこのような人物がつきまとうのだ?】っと内心思いながらも。次の瞬間度肝を抜かれる一言を味わう。

「あたしをいっぱい可愛がってよ。に、に、ににに、ぉぉ――」

いきなり情緒不安定な発言をしだした葵に「に?」っと聞き返すが、彼は懐にボディーブローを喰らうことになる。

「……にぃ……ちゃ、ん」

葵は酒の赤らめとはまた別の赤らめを見せて、恥ずかしげにそう呟いた。

一般であれば四十路近い女性のこんな発言は、『キモチワ類』に入るが。

葵の見た目は二十代。さらに普段重昌は彼女に『にぃ』と親しみを込めて呼ばれ。さらに加えれば彼と葵の年齢の差は10後半から20前半程で若い親子ぐらいの差があるため。いくら三十代後半の女性であろうと重昌にとっては娘ぐらいであり。見た目は二十代なのだからこの一発は大きく。

重昌の下半身の五輪の開会式は盛大に行なわれ、そんな葵に対抗意識を燃やしたのか。紅音が彼にそっと『旦那様』と恥ずかしげに呟く。

彼の妻さん達の中で現在もっとも従順純粋な紅音のこの言葉に、彼は二人を抱きかかえて競技を開始し。五輪の閉会式までその聖火を燃やし続けた。

 


 
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