No.789540

快傑ネコシエーター31

五沙彌堂さん

151、鉄の狼と道雪の白鼻芯
152、慧快と黄泉音
153、美猫と紫陽花
154、21歳verの美猫人形
155、時次郎独り

続きを表示

2015-07-14 23:30:02 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:668   閲覧ユーザー数:668

151、鉄の狼と道雪の白鼻芯

 

雅は人形を作っていて、大事な人物を失念していたことに気付いた。

塗仏の鉄の狼体のぬいぐるみであった。

鉄らしい雰囲気をした狼というか可愛く愛玩犬の様にデフォルメして仕上げ、心の中で

今まで忘れていたことを深く詫びていた。

そこへ美猫がやって来た。

「わっ、鉄さんのぬいぐるみだ、あんなんでも可愛く作れるんだ。」

「ネコ、お前その言い方、酷過ぎると思うよ。」

「少なくても、狼体をデフォルメすればこんな感じに仕上げられたよ。」

「そうだよねぇ、人間体や狼男体はみやちゃんの人形向きのデザインじゃないよね。」

「そうだ、吹雪ちゃん人形を鉄狼の背中に乗せてあげよう。」

美猫は吹雪狼少女人形を鉄狼のぬいぐるみに跨らせた。

「鉄さんが見たら渋い顔をしそうだね。」

「最近、なんか仲がいいからねぇあの2人。」

「そういえばそうだね。」

雅は大和警部補が吹雪を嗾けていたことを知っていたが美猫にそのことを揄われたり

冷やかされたりすると鉄が気の毒そうに思えたので美猫には黙っていた。

出来れば、2人をそっとして見守ってあげようと雅は思っていた。

鉄が繊細でシャイなことを雅は充分わかっていたので周りの人間が騒ぐのは2人のため

にならないだろうと。

趣味の人形作りが一段落して雅は美猫とキジコと一緒に外に散歩に出かけることにした。

初夏の日差しが気持ちよく、キジコと美猫が走り回っていた。

「雅兄様、ちょうど良い所に。」

四方音が何か動物を抱っこしてやって来た。

穴熊のような、狐のような全体的に黒っぽいこげ茶色の毛皮だが鼻筋に白い線があった。

「四方音ちゃん、もしかして今抱いているのって道雪さんかな。」

「流石、雅兄様大正解、どうじゃ愛くるしいじゃろう、これが正真正銘の白鼻芯の姿じゃ。」

「きちんとご本人に了解を貰ったのですか、寝ているところを勝手に連れてきたら

後で怒られますよ。」

「大丈夫、本人に理由を話して納得してこの姿に為って貰ったんじゃ。」

美猫が興味深そうにこっちにやって来た。

「わぁ、かわいい。」

「これが道雪さんの正体の白鼻芯の姿なんですか。」

「抱っこしてもいいですか。」

愛らしい珍獣と化した道雪を美猫は愛おしげに抱っこした。

道雪が顔を赤らめたような気がしたが美猫の愛情表現なので耐えてもらうしかないと

雅は心の中で手を合わせた。

ベンチに座っている雅の膝の上に美猫は道雪の白鼻芯を優しく渡して言った。

「みやちゃん、こんなに愛らしいんだよ道雪さんって。」

「すみません、道雪さんなんかすみません。」

つい、いつもの癖で道雪に謝っていた。

キジコがベンチの上に乗って来て道雪の鼻先の匂いを嗅いでから猫族の挨拶をした後

道雪の顔をペロペロと舐めていた。

道雪はますます照れくさそうな表情をしているようだった。

雅は道雪を抱き上げて四方音に返した。

「四方音ちゃん、道雪さん、気のせいかもしれないけどとても恥ずかしそうに

しているようなのでもう解放してあげてください。」

「これで製作の不安はありません、きっと可愛く仕上げてみせますのでお楽しみに。」

雅は美猫、キジコともに帰宅すると早速道雪の白鼻芯のぬいぐるみの製作に取り掛かった。

しかしながら、可愛く仕上げれば仕上げるほど道雪に対して申し訳ない気がしていた。

丁度完成するのを見計らったように美猫がお茶とお茶菓子を持ってやって来た。

キジコがいつの間にか雅の膝の上に乗っていた。

「みやちゃん、道雪さん可愛く仕上がったねぇ。」

美猫は道雪の白鼻芯のぬいぐるみを興味深そうに眺めて言った。

「道雪さん本人がなんと言うかちょっと不安だな。」

「きっと喜ぶと思うよ、だってこんなに可愛いんだもの。」

雅は大和警部補や塗仏の鉄が獣体の愛らしいぬいぐるみを見たら絶対苦笑するだろうと

思い、道雪も今日の獣体での面会がこういう目的であったと知ったら同じ気持ちを抱く

だろうと思った。

四方音が早速、道雪の白鼻芯のぬいぐるみを鑑賞にやって来た。

「おぉ、まことに愛らしいのう、本人にも見せてやりたいのう。」

「四方音ちゃん、道雪さん本人を誘ったのですか。」

雅は驚いて四方音に聞き返した。

「そうなんじゃが、道雪様すごく恥ずかしがって見に来ないのじゃ。」

その夜、雅の夢枕に道雪の白鼻芯のぬいぐるみが立った。

「雅殿、こういうことになっていることを黄泉音様は全く説明してくれなかったんだよ。」

「私の獣体である白鼻芯を皆見たことが無いから見せてあげるように頼まれて本性に変化

して見せたら美猫殿もキジコ殿も喜んでおられたから良かったのかと思ったが

まさか雅殿がこんなに愛らしいぬいぐるみを作っているとは思いもよらなんだ。」

「頼むから出来るだけこのことは内緒にしてくれ、後生だから。」

雅は道雪に頼み込まれたが既に手遅れで雅の趣味は知っているもの方が多かったのだった。

 

152、慧快と黄泉音

 

古宮慧快の竜造寺銀に次ぐ第2のパートナーとして滝口時次郎の存在は日に日に重く

なっていった。

特に竜造寺銀でも手古摺るこの国古来の化け物退治に時次郎の経験は大きく、慧快も

経験を重ねて腕前を上達させていった。

そんなある日、慧快は銀に紹介されて比良坂黄泉音に直接会うことになった。

「直接会うのは初めてだが銀ちゃんや時次郎さんから聞いていた通りのお人の様だね。」

慧快の頼りなさげでいて明るい性格に黄泉音は好意を覚え素直に思った通りのことを

言った。

慧快は銀以上に妖艶で美しい黄泉音の姿に驚き、唖然としていた。

慧快は無念無想を心の中で唱え、今までの仏道修行が崩壊してしまうような煩悩を振り

払い黄泉音に敬意を持って平身低頭で接していた。

黄泉音は慧快のあまりにも不器用でぎこちない様子に思わず吹き出してしまい、そして

直ぐに慧快に詫びて言った。

「慧快さん、ごめんなさいね。」

「あまりにも緊張して堅くなっている慧快さんの様子が可笑しくて。」

黄泉音は鈴の鳴る様なコロコロとした声で笑った。

「黄泉音様のあまりにもお美しい姿に心を煩悩の池に落としそうになりました。」

慧快は正直に自分の思ったことを黄泉音に告げた。

「慧快さんでも私の見た目の美しさなど全く意味をなさない物で

正体を見れば幻滅してしまうわよ。」

「複眼八足の妖怪変化の本性はとても悍ましいものだもの。」

黄泉音はカラカラと笑った。

「慧快さん、女性の妖怪変化を退治するときは絶対惑わされることは無いと思うけど

魅了の呪いに耐性があっても、油断は禁物ですよ。」

「魅了の呪いを使っていない私なんかに気を取られるようじゃまだまだ修行が足らないわ。」

「黄泉音様からは全く邪悪な波動を感じなかったので、これも油断ですね。」

慧快は素直に四方音に言った。

「そう、慧快さん邪悪な波動を隠して魅了の呪いを使う妖怪変化も存在するから用心した

方がいいわね。」

流石の慧快も黄泉音には形無しであった。

黄泉音は慧快にこの国古来の妖怪変化で、現在特に性質の悪いものについて

その退治方法を教えた。

黄泉音の妖怪変化退治教室が佳境に差し掛かった頃、時次郎が二人の所へやって来た。

「慧快さん、これはまたどうして黄泉音様の元にいらしたのですか。」

「銀姉さんの紹介で是非お会いしておくように言われて訪ねてきたのです。」

「なるほど、この国古来の妖怪変化と謂うものも充分人々の平穏な営みの障害に

なるものでこれからこの国が近代的な文明国家になるためには退治することは

避けて通れぬもののようですね。」

時次郎はふと不安になって黄泉音に問いかけた。

「私らも近代的な文明国家とやらになったら時代遅れの遺物になりませんかねぇ。」

黄泉音は暗い表情で慧快と時次郎に告げた。

「役立たずの未公認エクスタミネーターの行く末は走狗煮られるにならないといいが。」

不安そうに慧快が黄泉音に尋ねた。

「これまでこの国のために働いてきた未公認エクスタミネーターを一体誰が邪魔者扱い

するのでしょうか、それは余りにも非情と言うものです。」

「慧快さん、あなたの想像の付かない所でこの国を影で動かしている者ならその位の事

はやりかねない、あなたも気を付けた方がいいよ。」

慧快は大谷行基の残忍な裏の顔を知らなかった。

黄泉音は敢えて大谷行基を名指しせず、慧快に気付かれない様にして言った。

時次郎の大谷行基嫌いは竜造寺銀以上であり、時次郎は大谷行基の胡散臭さを強く感じていて、

この世の中の歪みに大谷行基が何か関係しているのではないかと疑っていた。

慧快が心底大恩人として尽くしているのがとても歯痒かった。

しかし、時次郎は慧快に大谷行基のことを一言も悪く言わなかった。

それは慧快の心をとても傷つけると思ったからである。

銀の様に軽々しく憎まれ口を叩けるほど大谷行基を軽くは考えていなかった。

実際、古い相棒の藤枝半兵衛を失う原因になったのは大谷行基が滝口時次郎と

藤枝半兵衛にデミバンパイアの強さ恐ろしさを十分伝えず、

捨て駒として使ったためであった。

霊剣、神剣の類ではデミバンパイアに通用しないことを証明しただけであった。

実に大谷行基は古宮慧快の名声を高めるために使ったのであった。

古宮慧快はそのことを全く知らない、滝口時次郎もそこまでは考えてはいなかった。

竜造寺銀も古宮慧快のパートナーとして慧快の名を上げるために

とても都合のいい相方だった。

大谷行基はそこまで考えていた。

比良坂黄泉音も大谷行基の考えを見抜いていたが竜造寺銀を売り出すのには

都合がいいと思ってわざと乗せられていた。

勿論竜造寺銀に危害が及ぶようならどんなことをしても手を引かせるつもりだった。

黄泉音は慧快の行く末を考えるととても不安であった。

行基が人並みの情けを持っているとはどうしても思えなかったのである。

 

153、美猫と紫陽花

 

朝から愚図ついた天気であった。

雨が大嫌いな美猫はとても憂鬱だった。

雅はキジコと一緒に書斎に籠って居た。

美猫は一人居間でぼうっとしていた。

外の景色をなんとなく眺めていた。

通りを挟んで真向いのカオスな品ぞろえの古着屋の小さな庭に

青くぼうっとした塊が見えたので美猫は眼を凝らしてみてみると綺麗に咲き誇っている

紫陽花であった。

美猫は思い切って傘を差して外に出て、紫陽花を鑑賞することにした。

古着屋の垣根の外から庭の紫陽花を見ていると、古着屋の主人が、

「美猫ちゃん、そんな所で眺めていないで家へおあがりよ。」

「ありがとう、古着屋さん。」

「それではお言葉に甘えて、お邪魔しま~す。」

美猫は古着屋の茶の間に通されて、廊下の窓硝子越しに紫陽花を見ていた。

「美猫ちゃん、お茶が入ったよ、お茶菓子もどうだい。」

「ありがとう古着屋さん。」

「ひゃー。」

いつのまにかすっかりカオスな古着屋の看板猫になった最長老猫が美猫の膝の上に

乗って、喉をゴロゴロさせていた。

「美猫ちゃんも紫陽花が好きなのかい。」

古着屋の主人は嬉しそうに言った。

「ここまで立派な花を付けるまで結構手間をかけたんだよ。」

「青い花を咲かせるために根元に石灰を撒いて土をアルカリ性にしたり、堆肥を多く

与えたり、大きな花を咲かせるために花芽を適当に摘んで間引きしたりとか・・・。」

「そのまま自然のままに任せたらこんな綺麗な紫陽花にはならなかったんだ。」

美猫は感心して言った。

「では、遠慮なくいただきます。」

美猫はお茶菓子をほおばって、お茶を啜った。

「こんな綺麗な紫陽花の柄の着物があったら欲しいな。」

美猫はぼそっと呟いた。

古着屋の主人は何かを思い出したように奥の方から着物を持ってきた。

「美猫ちゃんこれなんかどうだい、綺麗でしょ。」

「わぁーとても綺麗、銀ねぇに着せたらものすごく似合いそう。」

「いや、美猫ちゃんによく似合うと思って持ってきたんだよ。」

「この柄だったら銀髪の方が似合うと思ったんだけど、あたしの黒髪にも似合うかな。」

「だったら試しに着てみたらいいよ。」

「あたしが着てみてもいいの。」

「遠慮しないでよ、美猫ちゃんも雅さんもこの店の大得意様なんだから。」

美猫は更衣室で青い紫陽花柄の着物を着てみることにした。

鏡に映った自分の着物姿は自分の予想より少し良く似合っている様に見えたが

美猫自身は全く自信が無かった。

「よく似合っているよ、美猫ちゃん。」

古着屋の主人は得意そうに言った。

「ひゃー、ひゃー。」

最長老猫も最大限に褒めているようだった。

「よかったら、そのまま美猫ちゃん着て帰ったらどうだろう、美猫ちゃんにはいつも

お世話になっているしね、多分、雅さんも喜ぶと思うよ。」

美猫は申し訳なく思い、さらに照れ臭かった。

でも折角の古着屋の主人の好意に甘えることにした。

外は、雨が上がり日も射してきた。

美猫は上機嫌で雅の部屋に戻っていった。

雅は美猫の紫陽花柄の着物を一目見て驚いて言った。

「ネコ、その着物とてもよく似合っているよ。」

「あたしより銀ねぇの方が似合うと思ったんだけど、古着屋の御主人の見立てでさあ、

少し恥ずかしいな。」

「流石はあのご主人だなぁ、ネコに似合うと思ってずっと取り置いていたんだなぁ。」

「みやちゃん、そんなにこの着物、あたしに似合っている。」

「相変わらず、凄い超弩級の美少女であることを再認識させられたよ。」

美猫は耳まで赤く染めて思い切り雅に抱き着いた。

雅は美猫をちょっと誉め過ぎたことを後悔したが、優しく美猫の黒髪を撫でて気持ちを

落ち着かせていた。

雅は改めて美猫を異性として意識していたが本来の朴念仁の唐変木の所為か美猫にうまく

言葉を掛けることが出来ず少し困惑した。

美猫はそこで殺し文句を雅にきめた。

「みやちゃん、愛に言葉はいらないよ、ただ優しく抱きしめてくれるだけでいいよ。」

雅は美猫の大人びたセリフにさらに困惑した。

美猫は雅の表情を読み取るともう少し時間が必要なこと感じ取り、

雅に優しい眼差しをむけて、子供っぽく甘えるように言った。

「みやちゃんに髪を撫でられるのって大好きだよ。」

いつもの美猫に戻り、安心した雅に美猫は思い切り甘えた。

 

154、21歳verの美猫人形

 

雅は悩んでいた、紫陽花柄の着物の美猫のインパクトが強すぎたのであった。

既製の美猫猫又人形の着物を紫陽花柄の着物に変えるだけでは満足できなかった

のであった。

同じ16歳verではなくいっその事21歳verで再現した方がいいように思えたの

だった。

しかも猫又(半人半猫)では無く人間体で再現しようと思いスケッチをたくさん描いていた。

しかし美猫21歳verは完全に想像の世界の産物だった。

多分、美猫の体形は姉(伯母)の白猫銀にかなり近いものになることが想像でき、雅に

とって余計に恥かしく思えたのだった。

セクシーダイナマイツな美猫21歳ver爆誕であった。

実際にそんな美猫が同居していたら、雅自身美猫相手に何か間違いを起こしてしまう

のではないかととても不安であった。

雅は無意識に今の美猫との関係を壊したくなかったのである。

あくまで自分の立場は美猫の保護者で肉親代わりの家族であった.

美猫が年を取らず清楚で清純な少女の姿の今のままでいて欲しかったのである。

雅はいわゆるロリータコンプレックスではないが美猫が恋愛の対象ではない少女で

いてくれた方が望ましいのであった。

美猫は美猫で今の雅との関係に満足であったが周りの雅の寵愛を求める女性たちに

引きずられ自分が雅の中の一番になりたいと思っていた。

これが、嫉妬であるとはまだ美猫は気付いて居なかった。

雅は美猫の成長した姿を想像してみた。

「ネコはどんな女性になっていくのかな、やはり銀さんみたいになるのかなぁ。」

「そうなると僕じゃ子供染みているのではないかな。」

「銀さんみたいな女性が2人になって強引に迫ってきたらとても太刀打ちできないな。」

特に美猫が成長して強引に迫ってきたらとても躱せる自信が無かった。

「ネコには申し訳ないがなるべく長く今のままの容姿でいて僕の心の準備が出来てから

じゃないとぎこちなくなってしまうんじゃないかな。」

そういいながらも成長してかなり大人びた美猫21歳verの人形は創られていった。

半ば完成した美猫21歳ver人形は少し子供っぽさを残しているものの、

かなり妖艶な大人の女性であった。

創ってはみたものの発育の良い美猫21歳verの人形はやはり目の毒であった。

雅は美猫にこのように成長して欲しいという願望が自分の中に有るのではないかと

疑っていた。

ただ、成長した美猫の恋愛対象に雅自身ふさわしいかどうか自問してシュミレーション

してみるととても自分に自信が無かった。

雅は自問自答しながらも手は動いており、成長して妖艶になった美猫21歳verの

人形は完成に近づいていった。

紫陽花柄の着物も古い着物の端切れを使って縫い上げていた。

植毛した黒髪を優しく櫛で砥いで最後の仕上げをしていると美猫が雅の書斎に

お茶とお茶菓子を持ってやってきた。

「わぁーみやちゃん、これあたしなの、あたし将来こんなに美人さんになるんだ。」

「みやちゃん、あたしとても嬉しいよ、ありがとう。」

美猫は猫又になって思い切り雅に抱き着き喉をゴロゴロ鳴らして最大限の愛情表現

で雅に答えた。

雅は耳まで赤く染め照れながらも美猫を優しく受け止めその黒髪を優しく撫でていた。

「ネコ、ちょっと、人に見られたらかなり恥ずかしいよ」

「いいじゃない、誰も見ていないんだから。」

「大体こういう時に限って銀さんが衝立か屏風の影から覗いていて思い切りひやかされ

たりするから油断できないよ。」

「じゃ、あたしが見てくるよ。」

美猫は雅の書斎から出て周りを見回してみると・・・いた。

銀と四方音だった。

銀は恍けている様であったがさすがに四方音は極まりが悪そうだった。

「あら、美猫どうしたのその不服そうな顔は、何か私がいると何か都合の悪いことが

あるのかしら。」

銀は完全に開き直っていた。

一方、四方音はキレる寸前の美猫の様子を見てやはり悪いことをしたと思い、

「ごめんなさい美猫姉様、覗き見するつもりも邪魔するつもりも無かったのだけれども

好奇心が先に立って、銀姉様にくっ付いて来たら・・・。」

最後の方は何を言っているのかわからない位小さな声で美猫に詫びていた。

窮地を脱した雅は心の中で銀と四方音に手を合わせて感謝しつつも少し惜しい気も

して複雑な気分だった。

とりあえず、頬を膨らませてむくれている美猫の機嫌をどう取り繕うか考えていた。

やはり、食べ物で釣ることにしてサクランボのタルトを作って美猫の舌を満足させて

機嫌を直してもらおうと台所に向かった。

雅の耳には美猫と銀の言い争う声が聞こえていたが敢えて気づかないふりをしていた。

「流石は雅兄様こんなことには慣れている様じゃのう。」

いつの間にか四方音が雅の隣にやって来ていた。

「わぁ、佐藤錦のタルトじゃ、美味そうじゃのう。」

四方音は嬉しそうに微笑んでいた。

 

155、時次郎独り

 

滝口時次郎は独り身であった。

自分が危険な稼業についていることから、家族を持たなかった。

しかし、かつての相棒藤枝半兵衛には息子がいた。

半兵衛は妻に先立たれた後、息子を遠縁に預けて仕事を続けていた。

半兵衛の息子の名は近兵衛といい、父親に憧れ同じ稼業に就きたがっていた。

近兵衛は父親の死の知らせを聞き、その仇を討つ気持ちで時次郎の元に訪れた。

「時次郎さん、父の無念を晴らすためにも自分が父の稼業を次ぎたいのです。」

時次郎は難しい顔をして黙っていたがやがて重い口を開けた。

「近兵衛さん、あなたはこの稼業の怖さがわかっているのかい、なぜ親父さんが

命を落とす羽目になったのか、異国の化け物デミバンパイアを退治しようとして

返り討ちにあったんだ。」

「奴らにはかなり霊格の高い神剣、霊剣の類も全く通用しないんだ、どんなに剣術の

技量があっても全く役には立たずにただ返り討ちに会って引き裂かれるだけなんだ。」

近兵衛は黙って時次郎の話を聞いていたが何か納得のいかない様子であった。

時次郎は納得のいくようにと話を続けた。

「半兵衛さんの仇は古宮慧快と言う若いがとても徳の高いお坊様が取ってくださった、

余人にはとても真似の出来ない神通力を持っておられる、確か英国帰りで彼の国で

特別な訓練や修行を積まれたそうだ。」

「悪いことは言わない、親父さんの仇だとか稼業を次ぐだとか物騒なことを

言わないでおくれ、もしお前さんの身になんかあったらあの世の半兵衛さんに

会わせる顔が無い。」

時次郎は誠心誠意近兵衛の決心を変えさせようと説得した。

しかし、近兵衛の決意は堅固だった、時次郎の言葉に耳を傾けず

未公認エクスタミネーターになるべく1人でつてを探し始め、時次郎を困惑させた。

残された時次郎は黄泉音に相談し、諦めさせる何かいい方法は無いか模索していた。

「時次郎さん、ああいう鼻っ柱の強い若者は一度思いっきり怖い思いをさせて考えを

変えさせるような荒療治が必要だわ。」

「でも、命を落とすようなことがあったら取り返しがつかないですよ。」

「なにも、デミパンパイアだけが特別手強い相手というわけでないことがわからせないと

近兵衛さんの決心を翻させることはできないと思うの。」

黄泉音は占いで近兵衛の身に何か不吉なことが起きることを感じていたので時次郎に

近兵衛のことでこれ以上関わり合いにならぬように言いたかった。

時次郎にまた辛い思いをさせたくなかったのだった。

しかし時次郎の近兵衛に対するというか父親の半兵衛に対する気持ちを思うととても

そういうふうに突き離せなかったので荒療治も辞さずという態度で近兵衛の決心を

変えさせようと時次郎に提案したのだった。

時次郎は近兵衛が半兵衛譲りの剣技の持ち主で身軽さを武器していたが自分の実力を

かなり過信していることに危うさを感じていた。

下手な荒療治で大きな傷を心身に負わせて人並みの生活すら送れなくなることを心配した。

出来れば普通の稼業に就いて一生安楽に暮らして欲しいと思っていた。

「時次郎さん、近兵衛さんに何があったしてもあんたの所為じゃないから、

それも近兵衛さんの運命なんだからね。」

「黄泉音様、もしや近兵衛さんに何か禍が降りかかる様な事が起こりそうなのですか、

占いでそういう掛が出ているのですか。」

黄泉音との付き合いが長いだけあって時次郎は鋭かった。

近い将来、近兵衛の身に降りかかる禍があるのなら何としても防ぎたかった。

「時次郎さん、あなたには正直に言うけど近兵衛さんのはとても回避が難しい禍なの。」

「せめて、近兵衛さんの命だけでも救う事が出来ればかなり幸運だわ。」

その時ふと時次郎は嫌な予感がして、直ぐに自分の塒に戻っていった。

時次郎は自分の嫌な予感が段々大きくなっていくのを感じ、家路を急ぐうちに

段々と早足になり、終いには駆け出していた。

時次郎が塒にしている捨てられた炭焼き小屋の前に人が倒れていた。

既に全身を切り刻まれ大出血で虫の息の近兵衛だった。

「近兵衛さん、しっかりするんだ。」

「今、手当をするから気をしっかり持つんだ。」

近兵衛はか細い声で答えた。

「時次郎さん、あなたの言った通りだった。」

「デミバンパイアに真っ向勝負なんて本当に無茶だったよ。」

「どうしてこんな無謀なことを。」

「ごめん、時次郎さんあなたの忠告をもっと重く受け止めておけばこんな目には

会わなかったなあ、これで親父さんの所へ行けるよ、親父さんに会ったらあなたに

とても世話になったって伝えておくよ。」

近兵衛は全身の傷の痛みに耐えて笑みをつくって事切れた。

「近兵衛さん。」

時次郎は絶叫した。

大粒の涙をボロボロ溢して、近兵衛を守れなかったことを半兵衛に詫びていた。

しばらくして黄泉音と慧快がやって来たが時次郎に声を掛ける事が出来なかった。

時次郎が落ち着くのを待って、近兵衛を荼毘に付して弔った。

大谷行基が近兵衛の死に関係していることを時次郎が知ったのは随分後のことで

慧快が床に付き自分の余命が残り少なくなった頃、事実を調べて時次郎に教えたのだった。

 

 


 
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