No.783264

吹雪型一番艦、着任ス

見月七蓮さん

「アニメをみて 吹雪の話を書いてみるのは 間違っているだろうか」
コミックSDF(2015年6月14日開催)で頒布する新刊の艦これ小説です。
笑いあり、涙あり、バトルあり、百合もちょっとだけあるんだからねっ!
スペースNo.B-13「See Moon」詳細はサークルサイトにて http://yotsuba.org/seemoon/

2015-06-13 00:41:11 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:2096   閲覧ユーザー数:2087

【アニメをみて吹雪の話を書いてみるのは間違っているだろうか】

 

「いいこと?」

「暁の水平線に勝利を刻みなさいっ!」

 

 司令艦の号令の(もと)、少女たちは大海原(おおうなばら)を駆ける。彼女らは駆逐艦(くちくかん)巡洋艦(じゅんようかん)などの旧日本海軍等の艦艇(かんてい)の生まれ変わりであり『艦娘(かんむす)』と呼ばれていた。

 

 世界大戦が終わった数十年後の世界に、どうして彼女たちが出現したのか。また、同時期に海底から出現した『深海棲艦(しんかいせいかん)』と呼ばれる異形(いぎょう)の敵とは何なのか。理由は誰も知らない。

 ただ、迫りくる現実は海の平穏を阻害し、航海の安全を(おびや)かした。艦娘たちは今日も海の平和を(まも)るために、艤装(ぎそう)を身にまとい健気(けなげ)に戦う。

 

 いつまで続くのか、どうして艦娘だけが、深海棲艦を倒せるのか、多くのナゾを抱えたまま。

 

 これは、駆逐艦の生まれ変わりの一人『吹雪(ふぶき)』の視点で(えが)く、平凡でちょっとだけスリルを(まじ)えた物語である。

『吹雪型一番艦、着任ス』

 

 どうしてこうなった。私は窮地(きゅうち)に立たされていた。

 目の前に深海棲艦(しんかいせいかん)が三隻。全て駆逐イ級。雨が激しく降り注ぎ、視界は最悪。

 私は十二・七センチ連装砲(れんそうほう)を構え、照準を一番手前にいる駆逐イ級に(さだ)める。

 だが、敵はじっと待ってはくれない。すぐ照準の外へ動いてしまう。そして、少しずつ私との距離を縮めてくる。

 膝が震えていた。いや、膝だけじゃなく身体全身が震えていた。

『撃沈される』

 やられる前に先にやるしかない。私は主砲の引き金を引いた。二つの弾丸が勢いよく飛び出していく。

 発射と同時に、私の身体は空を(あお)いだ。反動でバランスが崩れたのだ。

『もうダメだ……』

 攻撃は失敗だ。一体何がいけなかったのだろうか。ちょっと前を思い出してみよう。

 (あた)り一面、見渡す限りの(あお)い海。どこまでも広がる水平線。島一つ見えない。

「ここはどこ?」

 この状況をあえて言うならば、私は迷子になったのだ。それも海のど真ん中で。

 でも、大丈夫。こういうときは、慌てずに羅針盤(らしんばん)で方角を確認すればいい。

 羅針盤の針がグルグル回る。あとは止まった方角を目指して進むだけ。簡単な航海のはずだった。

「羅針盤さん、私はどっちへ進めばいいのかな?」

 ひたすら回る羅針盤。止まる気配が一向にない。嫌な予感がする。

「おかしいな? 止まれぇ、ねぇ、止まれって!」

 羅針盤を何度も叩いてみたが、それでも止まらない。ようやく私は確信した。

「こ、壊れてる!」

 これが前途多難な出来事の始まりだった。

 だが、まだ慌てるタイミングじゃない。(よう)は方角さえ(わか)ればいいのだ。それは太陽の位置で判る。

 私は空を見上げた。しかし、そこに太陽は無かった。代わりに灰色の混沌(こんとん)とした厚い雲が上空を(おお)っていた。

「どうして!? さっきまで晴れてたよ!?」

 これじゃ東も西も分からない。雲が晴れるのを待つべきか。いや、そうしてる間にも嵐に巻き込まれ、最悪の場合は転覆しかねない。

 雷鳴(らいめい)がとどろき、頭上からシャワーのように豪雨が降り注いだ。もし、これで深海棲艦と遭遇しようものなら、間違いなく私は撃沈される。

 稲妻(いなずま)が走り、辺り一面を明るく照らす。その瞬間、三つの影が私の視界に入った。

「あれは……駆逐イ級!?」

 嫌な予感は当たるもので、深海棲艦と遭遇してしまった。しかも相手は三隻。こっちは一隻。最悪の状況だ。

「私がやっつけなきゃ……」

 誰も護ってくれない。敵は全て自分自身で倒すしかない。豪雨でびしょ濡れになりながら、主砲の十二・七センチ砲を構えた。

「当たってー!!」

 砲撃時の反動でバランスを崩しながらも放った一撃だったが、砲弾は虚しく見当違いの海面に着水した。

 敵から魚雷のようなものが見え、こちらへ向いていた。やられる!? 私は恐怖に震えながら身構えた。

「私、ここで沈むの!? いや……! いやだよぉ……」

 ゴゴゴゴゴゴ――。

 雲の上から(うな)り声のような、(かみなり)とは異なる無機質な風切(かざき)り音が聞こえてくる。これは一体?

 灰色の厚い雲を突き抜けて現れたのは、爆撃機だった。

「あれは、九九式艦爆(きゅうきゅうしきかんばく)!?」

 およそ二十機の艦爆隊は、駆逐イ級の頭上に急接近し、次々と爆弾を投下していった。駆逐イ級はあっけなく三隻とも沈んでいった。

 深海棲艦の消滅と共に、雷雲がウソのように晴れていく。この雲は深海棲艦が呼び込んだものだったのだろうか。

 続いて小柄な艦娘が二体、こちらに向かってくる。艤装から推定すると駆逐艦のようだ。

睦月(むつき)、はりきって、まいりましたよ〜」

「睦月ちゃん、もう終わったみたいよ」

「にゃっ!? にゃにぃー!? もう全滅ですかぁー?」

如月(きさらぎ)の活躍をみせられなくて残念ですわ」

 肩透かしだったとばかりに、駆逐艦タイプの艦娘二人は肩を落とした。

「およ? この子は誰ですかぁ?」

 睦月と名乗っていた子が私に気が付いた。私ともう一人へ交互に視線を送った。

「さあ。(ぞん)じ上げませんわ」

 如月と名乗っていた子が首を(かし)げる。

「この艤装、ひょっとして艦娘ですかー?」

「初めてみる型式ね……あなたも駆逐艦? それとも軽巡かしら?」

「あっ……私、特型駆逐艦の吹雪です」

「ふぁっ!? 特型ぁ!?」

「まあ。あなたが噂の……」

「噂って何!?」

赤城(あかぎ)さん来たよー、おぉーい」

 睦月が後方に向かって大きく手を振った。振り返ると、水平線上に浮かぶ空母型の艦娘が近づいてくる。

「みなさん大丈夫でしたか?」

 その空母型の艦娘は、優しく心配してくれた。

「あ、ありがとうございます。吹雪は大丈夫です!」

「睦月の活躍で一網打尽(いちもうだじん)にゃしぃ」

「何事も無かったかのように終わってましたわ」

 睦月ちゃん何もしてないでしょ。そう心の中で突っ込みを入れる。

「そう、よかった」

 飛行甲板(かんぱん)に描かれた識別『ア』の字。第一航空戦隊、通称『一航戦(いっこうせん)』の正規空母『赤城』さんだ。

 一航戦の名声を知らない者はいない。たった二隻で数十の深海棲艦に完全勝利した凄腕の艦娘で、当然私も知っていた。

 弓矢を構えた姿は凛々(りり)しく、格好よかった。思わず見惚(みと)れてしまう。

「見かけない子ね。所属は?」

 赤城さんは私を見て首を傾げた。

「あっ、私まだ配属されてなくて、鎮守府(ちんじゅふ)に向かってる途中なんです」

「単艦で?」

「それが……迷子になっちゃって……」

「なるほど。この辺りは深海棲艦が多数(ひそ)んでいます。鎮守府まで私たちと同行した方がいいですね」

「それは助かります!」

「赤城さん。その子、誰?」

 空母型艦娘がもう一人やってきた。飛行甲板には識別『カ』の字。赤城さんと同じ一航戦の『加賀(かが)』さんだ。

「迷子ですって」

「そう。とりあえず作戦は終了。帰投(きとう)しましょう」

 加賀さんは私にはあまり興味を示さず、一足(ひとあし)先に進んでいった。赤城さんと私も後を付いていく。睦月と如月は最後方で警戒していた。

 途中バランスを崩して、転覆しそうな場面がいくつかあったけど、何とか敵に遭遇することもなく、無事に鎮守府へ到着できたのであった。

 鎮守府に到着した私は、司令官のいる執務室へ行くよう指示された。

 やや緊張した面持(おもも)ちで、執務室のドアをノックする。

「はいりたまえ」

 女の人の声で返事があった。司令官って男だって聞いていたけど。とりあえず入ろう。

「失礼します!」

 執務室は、こじんまりとして、さほど広くはない。大きく開いた窓からは港が見える。執務用の机が一セット。その後ろには怪獣映画『()ジラ』のポスターが貼ってあった。

 机の前には戦艦型の艦娘が二人立っていた。司令官らしき人物の姿は見えない。

「長旅ご苦労だったな。秘書艦の戦艦長門(ながと)だ」

「長門型二番艦の陸奥(むつ)よ。よろしくね」

「ふ、吹雪です! よろしくお願いします!」

 世界のビッグ7と呼ばれている長門型二人を前に、私は気を付けのまま敬礼した。

「提督も吹雪が来るのを楽しみにしておられたのだが、緊急の会議が入って、数日はご不在だ」

 長門さんは私の疑問を、尋ねる前に答えてくれた。そういうことだったんだ。

「所属については、提督が戻られた(のち)、辞令を出す」

「今日のところは部屋でくつろいでるといいわ」

「は、はい。ところで部屋は……」

「なんだ? ああ、場所か。それなら如月が案内する手はずになっている」

 ちょうどいいタイミングで、ドアをノックする音が聞こえ、如月ちゃんが入ってきた。

 私はドアに足をぶつけるという典型的なドジをやって、執務室を出た。

 

「あの子が本当に運命の分かれ道?」

「提督は、そうおっしゃっていた」

「ふぅ〜ん。とてもそうは見えなかったけどね」

「いずれ分かるときが来るだろう」

(きた)るべき日までに間に合えばいいけれど」

「そうだな……」

 如月ちゃんに鎮守府の中を案内してもらいながら、私たちは寄宿舎(きしゅくしゃ)に向かって歩いた。

「如月ちゃんって、睦月型の二番艦なんだ。ちょっと意外……」

「あら、どうして?」

「如月ちゃんの方が、お姉さんっぽいかなって」

「生まれたのは睦月ちゃんが先だけど、デビューは私の方が早かったの。それでかしら?」

「そうだったんだ。そういえばさっき、聞きそびれたんだけど、私の噂って?」

「あはっ、その話? 今度、十一隻の特型駆逐艦が新たに配備されるって聞いていたの」

「じゅ、十一!? 私だけじゃなかったんだ」

「しかも一番艦から配備されるって話で」

 私の知らない情報が次々と出てくる。詳細はこちらに着任後、説明するって聞いてはいたけれど。

「どんな()が来るんだろうって、みんな楽しみにしていたのよ」

 そこで如月ちゃんは(だま)り、私の顔をじっと見つめた。

「ど、どうかしたの?」

「特型駆逐艦っていうから、怖い人だったらどうしようって思ってたの。吹雪ちゃんみたいな()でよかったわ」

「私も鎮守府って、怖い人たちばかりだったら、どうしようって思ってた」

「まあ。それでどうだったのかしら?」

「如月ちゃんも睦月ちゃんも親しみやすいし、赤城さんや長門さん、陸奥さんも親切そうで安心しちゃった」

「それはよかったわ」

 お互いにっこり笑った。うまくやっていけそうだ。

「私たちの部屋はここよ」

「私たち?」

「あら? 聞いてなかった?」

 如月ちゃんを先頭に部屋に入ると、中で睦月ちゃんが煎餅(せんべい)かじりながら雑誌に目を向けて、くつろいでいた。

「私と睦月ちゃん。今日から吹雪ちゃんを加えた三人の部屋よ」

 小さくまとまった部屋には板張りのエリアに大きめの机が一つ。四畳(よんじょう)ほどの畳敷(たたみし)きのエリアには丸テーブルと三段タンスが置いてあって、端っこには三段ベッドがあった。

「ベッドは一番下を使ってね。あと、荷物届いてるわ」

 机の上に、私の着替えや私物やらが詰まった箱が置いてあった。

「吹雪ちゃん、よろしくですよぉ」

 睦月ちゃんが嬉しそうに私の手を握ってくれた。

「私も睦月ちゃんと一緒の部屋で嬉しい!」

「本当? 睦月、感激ぃ!」

 睦月ちゃんもいい人そう。これから昼夜(ちゅうや)(とも)にする仲間だ。この二人が一緒の部屋で本当によかった。

「へぇ、これが特型駆逐艦の一番艦かぁ」

 背後から、ぺたぺたと私の顔やら身体中を触りまくる感触が伝わってくる。

「きゃあっ!?」

「うーん、胸の辺りが惜しいかな。でも、こういう素朴な感じ、私は好きだな。かわいいし」

(ねえ)さん、失礼ですよ……」

 だ、誰!? いつの間にか艦娘らしき二人が背後に立っていた。

「ど、どちら様で?」

川内(せんだい)、第三水雷戦隊旗艦(きかん)だよ。夜戦(やせん)なら任せておいて!」

「あの……軽巡洋艦、神通(じんつう)です。どうか、よろしくお願い致します……」

 馴れ馴れしい川内(あね)とは対照的に、神通(いもうと)の方は奥ゆかしい感じがした。

「お二人は川内型軽巡洋艦の姉妹(しまい)で、もう一人、那珂(なか)ちゃんって子がいるんだけれど……」

 睦月ちゃんが補足してくれると、外から大きな声が聞こえてきた。

「川内型三番艦、那珂ちゃんでーす! 艦隊のアイドル、那珂ちゃんをよろしくぅ!」

 窓から下を見下ろすと、川内さんと同じ服装の艦娘がビラ配りをしていた。

「あれが那珂ちゃん……?」

「妹がご迷惑おかけしてます……」

 神通さんが申し訳なさそうに頭を下げた。 

「今度、ファーストライブやりまーす! みんなー、来ってっねっー♡」

 川内型というのは、ユニークな人たちなのかもしれない。

「ところで、特型駆逐艦」

「吹雪、ですけど……」

 川内さんが(あらた)まって、私を見つめていた。

「夜戦って好き?」

「えっ? どうだろう」

「じゃあさ、(よる)は好き?」

「ここは話を合わせておいて」

 如月ちゃんがそっと、私に耳打ちした。

「どういうこと?」

「その内、わかるわ」

 よくわからないけど、ここは忠告通りにしておこう。

「嫌いじゃないですけど」

「やったぁ! 話がわかるじゃない。夜は良いよね~。うんうん」

 川内さんは私の頭を思いっきり撫でながら大喜びしていた。

「いい感じに日も暮れてきたことだし、早速やろうか」

「やろうって、何をですか?」

「夜戦に決まってるじゃない」

「はあ?」

「嫌いじゃないんでしょ、夜」

「ちょっと、探照灯(たんしょうとう)明るすぎ」

「いくらなんでも真っ暗じゃ吹雪さんが可哀想(かわいそう)です」

 神通さんが気を()かせて探照灯を照らしてくれていた。川内さんは不満そうだったが。

「吹雪ちゃん、準備はいいかしら?」

「心の準備がまだ」

 夜間演習は、吹雪と如月による一対一の形式。最初は私と川内さんでやろうとしたんだけど、駆逐艦と軽巡洋艦じゃスペック差がありすぎるということで、まわりから止められた。

「待ってたら夜が明けちゃうよー? いいから始めちゃえ」

 川内さんの強引な合図で、演習がスタートした。晴れてはいたが、強めの海風(うみかぜ)が顔に当たる。

「いやだぁ、髪が(いた)んじゃう……」

 如月ちゃんの長い髪が、風で絡み合っていた。

「今だ、やっちゃえ、特型駆逐艦!」

「如月ちゃん気をつけてぇー」

 川内さんと睦月ちゃんは観客席から声を上げていた。席と言っても椅子があるわけではなく立ち見席だが。

「当たると痛いんだよね、これ……」

 練習用の模擬弾(もぎだん)殺傷力(さっしょうりょく)は無く、せいぜい痛い程度。わかってはいるけれど、ルームメイトに向かって砲塔を向けるのは抵抗があった。

「おーい、特型駆逐艦。黙ってるとやられるよ」

「如月が楽にしてあげる♪」

 いつの間にか接近していた如月ちゃん。主砲の十二センチ単装砲が火を吹いた。

「あうっ!」

「命中! 吹雪小破」

 ダメージ判定をする神通さんの声が聞こえる。実際に小破したわけでは無く、模擬弾の当たりどころ等によってダメージを決めているようだ。

「ちなみに、負けたら(ばん)ごはん抜きだからね」

「そんなの聞いてないですよっ!?」

「あれ? 言わなかったっけ?」

 川内さんは白々(しらじら)しく笑っていた。如月ちゃんには(うら)みは無いけど、晩ごはん抜きはイヤだ。

「いっけぇ!」

「おおっ? あれ? 何やってるのさ、特型駆逐艦」

 如月ちゃんに向かって主砲を撃った瞬間、私はバランスを崩して転覆してしまった。砲撃はもちろん外れた。

「いただきですわ。さあ、いくわよっ♪」

 如月ちゃんから六本の魚雷(ぎょらい)が発射され、私に目掛けて突っ込んでくる。

「そんなっ! ダメです!」

 回避できない私は、六十一センチ魚雷六本全てを喰らった。

「魚雷命中! 吹雪大破! よって、如月の完全勝利!」

 神通さんの判定コールが響く。如月ちゃんは私を起こして、陸へ上げてくれた。

「大丈夫?」

「何とか……」

 如月ちゃんが心配してくれた。模擬弾とはいえ、全部喰らうのは正直しんどいものがあった。

「吹雪ちゃん、ひょっとして……」

 睦月ちゃんが何か気付いてる。

「実戦経験ゼロ?」

「……うん」

「ええええっ!?」

 川内さんの驚いた声が耳に刺さってうるさかった。

 ぎゅるるるるるる……。

 これは怪獣の鳴き声でもなければ、タービンが始動した音でも無い。私のお腹から出てる悲鳴だ。

「お腹()いた……」

 私はベッドの中で、さっきのことを思い出していた。

「そういうわけだから、晩ごはん抜きね」

「本当に晩ごはん抜きなんですかっ!?」

「勝負は勝負。これが海軍伝統ってやつさ」

「ごめんね、吹雪ちゃん」

「睦月、吹雪ちゃんの分まで食べるからね」

「それ(なぐさ)めになってないんだけど!」

 みんなひどいよ。転属初日だっていうのに、この仕打ち。

 はじめは、仲良くやっていけそうだって思ったけれど、そうは思えなくなってきた。

 これってまさか、いじめ? 主人公だから(ねた)まれてるとか、そういう(たぐい)なのかな。

 ダメだ、お腹が空き過ぎて思考がネガティブになってきてる。

「水ならいいよね……」

 せめて水でお腹を膨らませよう。ベッドから起き上がって出ようとしたとき、後ろから背中を引っ張られた。

「如月ちゃん……?」

「タンスの一番右上に、酒まんじゅうが入ってるわ」

「えっ?」

間宮(まみや)でこっそり買っておいたの。食べて」

「いいの?」

 如月ちゃんは、静かに(うなず)いた。

「あ、ありがとう」

 嬉しさで涙が出てきた。

「ごめんなさいね。如月が勝つのは当然なんだけど」

 さらりと自慢してるよ、おい。せっかくの涙が引っ込んでしまった。

「みんなそうやって、洗礼を受けて家族になるのよ」

「家族……」

「そう。海の上で一緒に過ごす者は、みんな家族よ。だから……」

「吹雪ちゃんは睦月たちの大切な家族にゃしぃ」

 ベッドの一番上で寝ていたはずの睦月ちゃんが起きてきた。どうしよう、涙が止まらない。

「まんじゅう、早く食べないと硬くなっちゃうわよ」

「あ、うん。食べるよ」

 私はタンスから酒まんじゅうが二つ載ったお皿を取り出して、早速いただいた。

「おいしい!」

 酒まんじゅうってこんなに美味しかったのか。程よい甘さと、お酒の香りが絶妙で、今まで食べた酒まんじゅうの中で一番の美味(おい)しさだった。

「間宮さんが作るお菓子は、何でも美味しいわよ」

「何でも……」

 想像しただけでよだれが出てきた。

「遠慮しないで、二つとも食べて」

 私が酒まんじゅうをひとつ残してると、如月ちゃんが(すす)めてくれた。だけど、私はそれを断った。

「私だけ食べるのも悪いし、それに」

「それに?」

「分けあって食べるのが、家族じゃないかな」

「……」

 如月ちゃんも睦月ちゃんもしばらく黙ったままだった。

「吹雪ちゃんに一本取られたにゃあ」

「睦月ちゃん、半分こしようか♡」

「うん♪ えへへ♡」

 半分こした酒まんじゅうを、睦月ちゃんは如月ちゃんに、如月ちゃんは睦月ちゃんに、あーん♡して食べさせた。

「吹雪ちゃん、どうかしたのかにゃ?」

「あ、すごく仲いいんだなって」

「姉妹ですもの。当然じゃなくて?」

「すっごく素敵だと思う」

「吹雪ちゃんの姉妹はどうなの? 仲良くないの?」

「うーん、どうだろう。仲が良いのかもしれないけど、気難しいというか、気を(つか)うというか」

「吹雪ちゃんも苦労してるんだねぇ。一番艦同士、困ったことがあったら遠慮なく言ってね」

「ありがとう、睦月ちゃん」

「こう見えて、頼れるお姉さんなんだよ。えっへん」

 あまり無い胸を張って、お姉さんアピールする睦月ちゃんだった。

「さてと、お腹も落ち着いたし、寝直すかな」

「鎮守府の朝は早いものね」

 ベッドに戻ろうと立ち上がった瞬間、サイレンの音が響き渡った。

「なに!? 何が起こったの!?」

「敵襲だよ!」

「ここ鎮守府だよね? 敵が来るの?」

「時々、ね……」

 私たちは着替えて、待機所へ向かった。

「夜分遅く申し訳ない。たった今、鎮守府正面海域で、敵艦隊がこちらへ向かっているのが発見された」

 秘書艦の長門さんが状況を説明してくれた。

「幸い、夜間ということもあってか、敵の編成に空母はいない。よって、水雷戦隊のみで迎撃する」

 集まった艦娘を見ると、空母型は誰もいなかった。最初から招集が掛かってないのだろうか。

「赤城さんも加賀さんも入渠(にゅうきょ)中で、他の空母は遠征中だからだよ」

 睦月ちゃんがそっと教えてくれた。

「迎撃は臨時編成の部隊で行う。旗艦は川内。神通、那珂、睦月、如月、そして――」

「吹雪」

 辺りがざわめいた。

「以上の六隻だ」

「待ってください」

 神通さんが手を挙げた。

「なんだ、神通」

「吹雪さんにはまだ、荷が重いと思います」

「どういうことだ?」

「彼女は実戦経験がありません。夕刻に行った演習では転覆さえしました」

 その話が出た途端、さらに辺りは騒然となった。

「それが、どうかしたのか」

 長門秘書艦の反応は意外だった。これには神通だけでなく、周りも驚いていた。

「だったら、なおさら実戦に出すべきじゃないのか」

「そうかもしれませんが……」

「これは提督の方針でもある」

「提督の?」

「吹雪は必ず参加させよ、と。それに、他に駆逐艦がいない」

弥生(やよい)はどうしたんですか」

「遠征に出ている」

「それならば、仕方ありませんね」

「そうだ。グズグズしてる暇は無い。急げ!」

 私は言われるままに艤装の点検をして、出撃ゲートへ入る。

「長門さんは他に駆逐艦がいないって言っていたけど……」

「吹雪ちゃんが来るまでは、睦月と如月ちゃん、弥生ちゃんの三人だけだったんだよ」

「いや、他に軽巡とか重巡とかいないのかなって。集まった人たちが誰だか分からなかったけど、きっといたはず」

球磨(くま)さんたちとか、妙高(みょうこう)さんたちのこと?」

「別に駆逐艦じゃなくてもいいはずだよ」

「吹雪ちゃん、燃料も弾薬も無限じゃないわ」

 如月ちゃんが会話に入ってきた。

「限られた資源で、やりくりするのも戦いなのよ。燃料や弾薬が尽きたら、誰も(まも)れない」

 如月ちゃんは、真剣な表情で説明してくれた。

「その点、駆逐艦なら燃料も弾薬も(わず)かな消費で済むんだにゃ」

 続いて睦月ちゃんが自慢げに答えた。

「でも、それって駆逐艦の練度があってこその話で――」

「用意はいい? 出撃するよ!」

 川内さんの号令で一斉に出撃する臨時水雷戦隊。

「神通、いきます」

「那珂ちゃん、現場はいりまーす!」

「この勝負、睦月がもらったのです!」

「如月、出撃します」

「やったぁ! 待ちに待った夜戦だぁー!」

 これが慣れてる者の余裕ってやつなんだろうか。みんな楽しそうだ。

「特型駆逐艦、元気ないよー!?」

「うっ……吹雪、がんばります!」

「その調子でガンバレ!」

 川内さんに発破をかけられたものの、自信の程は微妙だった。

「那珂ちゃんセンター、一番の見せ場です!」

 那珂ちゃんはカタパルトを使って、九八式水上偵察機を発艦させた。

「敵影発見っ! きゃは☆」

「私の夜偵(やてい)なんだから、大切に扱ってよ」

「わかってまーす。アイドルはファンと偵察機を大切にします!」

 那珂ちゃんの理論はよく分からないと思った。

「敵は四時の方向、陣形は単縦陣(たんじゅうじん)の全六隻」

「こちらも単縦陣だから、この位置から攻めるとなるとT字有利ってやつか。やったね!」

 川内さんは嬉しそうに探照灯で前方を照らした。続いて神通さんが照明弾を打ち上げて、さらに明るく敵を照らす。

「みんな敵見えた? 艦種と位置、バッチリ覚えたね?」

 川内さんがみんなに確認する。みんなはバッチリと答えていた。私を除いて。

 ついて行くだけで精一杯なのに、あんな一瞬で敵が把握できるものなのか。私には信じられなかった。

「砲雷撃戦よーい! 撃てー!」

 川内さんは十四センチ単装砲による連続射撃にて、軽巡ホ級eliteを大破させた。

「これだよ、これが夜戦の醍醐味(だいごみ)だよ!」

 川内さんに続き、神通さんも十四センチ単装砲を使った連続射撃で、敵を狙い撃った。

「当たってください!」

 見事ど真ん中に命中! 駆逐イ級を一隻、撃沈した。

「こんな私でも、お役に立てるんですね……嬉しいです」

「神通さん後ろっ!」

 敵軽巡ホ級の五インチ単装高射砲が、神通さんを狙い撃った。私の呼びかけで気が付いた神通さんは、当たるギリギリのところで回避した。

「ロケ中はお肌が荒れちゃうなぁ。でもぉ、これもトップアイドルに登りつめるための試練!」

 攻撃が外れ、動揺した軽巡ホ級の前に、那珂ちゃんが踊り出る。

 那珂ちゃんの四連装魚雷発射管から、六十一センチ魚雷八本が発射され、軽巡ホ級を一気に撃沈した。 

「いつもありがとー!」

 誰に向かってのお礼なのか、やっぱり那珂ちゃんの感性はよく分からない。

「主砲も魚雷もあるんだよっ!」

 睦月ちゃんが十二センチ単装砲による砲撃と、六十一センチ魚雷による攻撃で、駆逐イ級を見事に撃沈した。

「睦月ちゃんすごーい」

「睦月をもっともっと褒めるがよいぞ! いひひっ」

「魚雷って太いわよねぇ♪ さあ、いくわよ♪」

 如月ちゃんは、六十一センチ魚雷六本を発射。演習の時とは違って今度は本物だ。

 敵軽巡ホ級に炸裂し、大破させた。

「みてみて~、如月の実力。目に焼き付いたかしら」

「うん、如月ちゃんもすごいよ」

「あと一体、特型駆逐艦トドメだ!」

 川内さんから、私にやれと指示が飛ぶ。

「はい! あれ、魚雷ってどうやって発射させるんだっけ?」

「どうかしたの」

「魚雷の発射方法が分かりません!」

「そいつはまずい! 離れて!」

「え?」

 私は敵軽巡ヘ級flagshipの六インチ連装速射砲をまともに喰らって、海面に叩きつけられるように転覆した。

「特型駆逐艦ー!?」

「吹雪ちゃん!?」

 みんなの呼ぶ声が次第に遠くなっていく。もしかして私、撃沈させられた? そんな……まだやりたいことがたくさんあったのに……いや、嫌だよ……。

 世界が赤く見える。血に染まったかのように。これが死後の世界なのだろうか。

 それにしては、妙に温かくて気持ちがいい。(しお)の香りに混じって、いい匂いがする。ほんのり甘酸っぱくて何だか落ち着く。

「気が付いた?」

 よく見ると、私は川内さんに曳航(えいこう)されていた。おんぶされてると言った方が正しいかもしれないが。

「私、助かったの?」

「危ないところだったよ。よかったね、大破で済んで」

 自分の姿をよく見ると艤装も服装もボロボロだった。身体のあちこちに痛みはあるものの、目立った外傷(がいしょう)は無さそうだった。

「よかった……のかな」

轟沈(ごうちん)するよりいいんじゃない? またバリバリ夜戦が出来るよ」

「夜戦はもう勘弁……あ、そうか」

 世界が赤く見えたのは夜が明けて、朝焼けの光が(まぶ)しく照らしていたからだった。

「今回も、暁の水平線に勝利を刻んだわね」

 如月ちゃんが優しく語りかける。

「睦月の艦隊、大勝利なのです〜」

「この艦隊のアイドルは那珂ちゃんだよー」

「あの……この艦隊は結局、誰の艦隊なのでしょう……」

「誰でもいいんじゃない? 私、流石にへとへと……」

 睦月ちゃん、那珂ちゃん、神通さん、川内さん。みんな無事だった。結局、私だけが大破で帰投のようだ。

「ごめんなさい。私がみんなの足を引っ張っちゃった」

「気にするな、特型駆逐艦。助け合うのが当然でしょ。私たちは『家族』なんだから」

 川内さんの言葉に、みんな同調していた。

「家族……そうか、そうだったね」

 やっぱり私、ここに来てよかった。みんなとは上手くやっていける。確信した瞬間だった。

「ねえ。雨降ってない?」

「降ってない……ですけど」

「なんか、背中に水滴があたる感触が……って、特型駆逐艦!? 泣いてるの?」

「およよ。川内さんが吹雪ちゃんを泣かせたのです。めっ!」

「いじめてないよ! 朝ごはんは、ちゃんと食べさせるって!」

 鎮守府の司令室にて。長門は大淀(おおよど)の報告書に目を通していた。

「吹雪の戦果はどうだ?」

「報告では大破ですね」

「吹雪が?」

「吹雪もですが、刺し違えるように軽巡ヘ級flagshipを大破に追い込んだとの事です」

「ほぉ。相撃ちで戦果を上げたか」

「提督の見込み通りですね」

「吹雪は運命を変える。(きた)るべき日には必要になると、提督はおっしゃっていた」

(きた)るべき日……本当に来るのでしょうか?」

「さあな? そうだ、吹雪には高速修復剤を使ってやれ。それから――」

「朝食はちょっと贅沢に、ですね」

 大淀は長門に向かってウインクした。

「ああ、そうだ」

 長門はニヤリと笑った。

 

(次回ヘツヅク)


 
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