No.78102

真・恋姫無双~江東の花嫁~(壱八)

minazukiさん

一刀と冥琳、祭による「苦肉の策」。
それによって赤壁の戦いが一気に進展していきます。
そして最大の問題、東南の風。
いよいよ赤壁の戦い本番です!

2009-06-09 09:45:10 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:27230   閲覧ユーザー数:18537

(壱八)

 

 一刀と祭が戻ってくると、冥琳は人が変わったように二人を冷たくあしらっていた。

 

 特に祭に対しては何かと、

 

「老臣がいつまでもおられては困る」

 

 やら、

 

「寒さが身体に堪えるから城に戻られては?」

 

 など失礼なことばかりを言っていた。

 

 その度に蓮華などから批判の声が上がったが、

 

「今は曹操との決戦前です。足手まといになる者にいてもらっては迷惑です」

 

 と逆に言い返していた。

 

 その間、雪蓮は黙って冥琳の好きなようにやらせ、桃香達蜀軍も黙って様子を見ているだけだった。

 

 そして冥琳と祭の間に決定的な出来事が起こった。

 

 いつものように軍議をしていると、冥琳があることを言った。

 

「曹操が長期戦の構えを見ているのならば我々もそれに対抗するため三ヶ月の食料を手配する」

 

 それはあまりにも消極的な案なだけに誰もが戸惑っていた。

 

「待て」

 

 ただ一人、冥琳の案に異を唱える者がいた。

 

 祭だった。

 

「今、なんと申されたかな、大都督殿?」

 

 いつものように真名では呼ばずにいるのは二人の間に流れる不快感がそうさせていた。

 

「食料を三ヶ月分準備すると言ったのだ。お年のせいで耳が遠くなったのかな、黄蓋殿?」

 

 嫌味ともとれるその言い方に祭は表情を歪めていく。

 

「ほう、この儂を年寄り扱いするつもりか?はん、小娘の分際でよくもまぁそんなことが言えるの」

 

「なんですって?」

 

 祭の挑発に眉を顰める冥琳。

 

「そんな弱腰で曹操に勝てると思うてか?これだから小娘は困る」

 

 やれやれといった感じで呆れる祭に冥琳は眼鏡をかけなおした。

 

「ただ闇雲に戦っても勝てるわけではない。そんなことも分からぬ愚か者とは思いもしませんでしたな」

 

「なんじゃと?」

 

「この際、はっきり言わせていただく。黄蓋殿はさっさと隠居していただけないでしょうか。あれこれと口を出されては迷惑です」

 

 その言葉に祭は机を叩き、上に並べていた書簡や地図などを払いのけた。

 

「儂は堅殿から仕えし呉の重鎮じゃぞ。小娘は礼儀というものを知らんようじゃの」

 

「重鎮だろうがなんだろうが、私はここにおられる呉王から直接、大都督に任じられた。よって今は私の命令は呉王の命令でもある。それでも反対なされるか?」

 

 冥琳は冷静に言い返す。

「ふん。幼子の時は泣きべそだったお主がようそのようなことを儂に言えるものじゃな」

 

「む、昔のことは関係ないでしょう!」

 

 初めて冥琳は怒りをあらわにする。

 

「どうせ今も曹操の大軍に恐れをなして泣きべそをかきたいのじゃろう?」

 

 祭のその一言に冥琳が切れた。

 

「さっきから言わせておけば、この老いぼれめ!」

 

 手に持っていた羽扇を力を込めて祭に投げつけた。

 

 それをなんなく掴み、地面に叩きつける祭は余裕の笑みを浮かべる。

 

「おのれ……もはや許せん。思春、明命、この死に損ないの頸を取れ」

 

「「め、冥琳様!」」

 

 思春と明命はその命令に驚き、そして戸惑う。

 

「冥琳、それは少し言い過ぎではない?」

 

 蓮華の言葉に穏や亞莎も頷く。

 

「蓮華、冥琳を大都督に任じたのは私よ。それはつまり私の意志を代行しているということになるわ」

 

 黙って様子を見ていた雪蓮は初めて口を開いた。

 

 そしてその言葉は聞く者にとってあまりにも無慈悲なものだった。

 

「この頸を取れるものなら取ってみよ」

 

 祭は思春と明命を睨みつける。

 

 いつもの穏やかで彼女達を優しく見守っていたはずの祭ではなかった。

 

「どうした、小娘ども。儂は見ての通り丸腰ぞ?」

 

 対する二人は万が一のことを考えて武器の携帯を許されていた。

 

 だが呉の重鎮という名のごとく祭の気迫によって動けない思春と明命。

 

「お姉様、冥琳、お願いです。頸をとるということだけは許してあげてください」

 

「そうですよ~。冥琳様」

 

「お、お、お願いします」

 

 蓮華、穏、亞莎はそれぞれ、雪蓮と冥琳に命乞いを求めた。

 

「どうする、冥琳?」

 

 雪蓮は冷たい視線を盟友に突き刺す。

 

「……わかりました。ただし大都督に逆らった挙句に数々の暴言は見逃すわけにはまいりません。黄蓋よ、そなたには百叩きの刑に処す」

 

 冷たく言い放つ冥琳。

 

「め、冥琳!?」

 

「煩いわよ、蓮華」

 

 大都督の決定に反論しようとした蓮華を雪蓮はさっき以上に冷たい視線をぶつけた。

 

「お、お姉様……」

 

 決戦前なのにどうしてこのようなことになったのか分からない蓮華達。

 

「そうね、刑の執行には北郷殿に頼むとしよう」

 

 冥琳は祭の隣に立っている一刀を見て言う。

 

「策も示さぬ天の御遣い様でもこれぐらいなら容易かろう?」

 

「……ああ」

 

 一刀には反論する余裕などなかった。

 

 冥琳の鋭い視線がそうさせなかった。

 

「ではこれより黄蓋の刑を施行する。全員、外に出て待て」

 祭は思春と明命に連れられ、またそれぞれが内に思いを秘めながら出て行く中、雪蓮と冥琳は最後まで残った。

 

「冥琳」

 

「わかっているわ」

 

 それだけの短い会話で理解しあえる二人は外に出て行く。

 

 出るとすぐに一刀が暗い表情で二人を待っていた。

 

「どうかしたの、一刀?」

 

「……いや」

 

 何かを言いたかったが言えない一刀は静かに刑の準備が出来るまでその場に立っていた。

 

 祭は地べたに座らされ、それを見守るかのように呉蜀の武将達、それに投降してきた蔡和と蔡中がいた。

 

「北郷殿、これを使いなさい」

 

 冥琳は自分の武器でもある白虎九尾を一刀に渡す。

 

 棍棒ではなく鞭でする。

 

 ある意味では棍棒よりも苦痛を伴うものだった。

 

 白虎九尾を手にして祭の後ろに立つ。

 

「祭さん……」

 

「なんじゃ?お主ごときが儂に鞭を振るうとな?」

 

 まるで馬鹿にしたかのように祭は一刀を見上げる。

 

「呉の種馬は冥琳のような小娘と乳繰り合うのが似合いじゃな」

 

「う、煩い!」

 

 思いっきり腕をあげて白虎九尾を祭の背中に向けて振るう。

 

 バシッ!?

 

 見ている者の中で身体を震わせる者もいた。

 

「……なんじゃその気の抜けた鞭は?お主は女子と寝る時しか役に立たぬのか?」

 

「っ……」

 

 罵声を浴びせられる一刀はさっきよりも強く、何度も白虎九尾を祭の背中に振るう。

 

「ふん……痒いわ……」

 

「煩い煩いうるさい!」

 

 一刀は祭の挑発にムキになって力任せに振り下ろしていく。

 

 音が鳴り響くたびに祭の背中は紅くなっていき、肌が染まっていく。

 

 それでも悲鳴一つ漏らすことなく、ただひたすら一刀に対して罵声を浴びせる。

 

「か、一刀……」

 

「一刀さま……」

 

「……」

 

 蓮華に明命、それに思春ですら目の前の光景に悲痛な気持ちになっていく。

 

 必死に耐える祭も回数が重ねていくに連れて少しずつ苦痛な表情を浮かべていく。

「七十!」

 

 そこまでくるとさすがに祭は両手をついて、肩を揺らしていた。

 

 背中は赤く爛れ、見るも無残な姿を晒していた。

 

「北郷!誰が止めよといった。まだ三十残っているぞ!」

 

 冥琳の声に一刀は再び力を込めて白虎九尾を振るう。

 

 もはや罵声を浴びせることもできなくなり、ひたすら我慢をする祭。

 

「七十ニ!」

 

 白虎九尾の先が祭の髪留めを砕き、彼女の髪は流れ落ちるように垂れ下がった。

 

 滴る汗。

 

 それは妖艶さを感じさせるものだったがこの場にいる者はそれすら感じる余裕は無かった。

 

 ただ早くこの刑が終わることを願うだけだった。

 

「八十!」

 

 一刀は力を緩めることなく続ける。

 

 本当ならば今すぐに止めて彼女を介抱してあげたい気持ちだが、命令を受けている以上それが許されるはずは無かった。

 

「八十五!」

 

 辛うじて肘をついて耐える祭。

 

 それを冷たい視線を向ける冥琳。

 

 雪蓮も冷たい視線を向けながらも笑みを浮かべていた。

 

 桃香達も声を失い、鳳統は気を失い関羽と馬超に支えられていた。

 

 諸葛亮は今にでも泣きそうな表情を浮かべていたが視線を逸らすことなく見守っていた。

 

「九十!」

 

 祭の背中からは赤々と流れる血と汗。

 

 白虎九尾の肌を打つ音しかしなくなっていた。

 

「九十五!」

 

「九十六!」

 

「九十七!」

 

「九十八!」

 

「九十九!」

 

 そこまでいくと、一刀は手を止めた。

 

 一刀自身も息が上がっていた。

 

「百!」

 

 最後の力をこめて白虎九尾を祭の見るも無残な背中に叩きつけた。

 

「……うっ」

 

 短く悲鳴を漏らし祭は力なく地べたに崩れ落ちた。

 

 そしてそこには静寂が広がっていった。

 刑が終わりそれぞれの天幕に戻っていった。

 

 祭も思春と明命に支えられながら戻り治療を受けさせようとしたが、冥琳によってそれを止められ、一刀に命じて引きずって天幕に連れて行かせた。

 

 その様子はまるで罪人のようだった。

 

 そしてその中で蔡和と蔡中は寄り添って自分達の天幕に戻っていく姿を冥琳に見られていたことに気づかなかった。

 

「祭さん……」

 

 気を失っている祭を寝台にうつ伏せに寝かせ、自分がつけた傷を手当てする。

 

 初めは演技のつもりだった。

 

 だが、ありとあらゆる罵声を聞いているうちに本気になっていた自分に気づいた一刀は心の中で何度も謝った。

 

「ん……」

 

「祭さん!?」

 

 気が付いた祭は薄っすらと目をあけて今にでも泣きそうな一刀を見る。

 

「か……ぅ……と……」

 

「……ごめん…ごめん」

 

 我慢できずに涙が零れる一刀に祭は優しく見守る。

 

「おぬ……やさし……だから……なくで……い……」

 

 恨んではいないと言いたい祭に一刀は謝るばかりだった。

 

 優しいからこそ傷つけてしまったことに対しての罪悪感に耐えている一刀を祭は出来る事ならば抱きしめたかった。

 

 そして思いっきり泣いて欲しかった。

 

 もしかしたら一番苦しい役を引き受けたのは一刀ではないだろうかと祭は思っていた。

 

「かず……」

 

「な、なに?」

 

 涙を拭かずに祭の顔に自分の顔を近づける一刀。

 

「なく……ない……。おとこ……ろ……」

 

「祭さん……。ごめん……」

 

 ようやく涙を拭く一刀に祭は安心したかのように目を閉じる。

 

 疲労感と安堵感に身を委ねた祭は眠りにつき、一刀は彼女の背中を綺麗にしてその上から自分の着ている制服をかけた。

 

「北郷殿」

 

 天幕の外から冥琳の声が聞こえてきた。

 

 起こさないように寝台から離れて外に出るとそこにはさっきまでの冷たさなどどこにもない冥琳が立っていた。

 

「どうかしたのか?」

 

「……今しがた蔡和、蔡中が曹操の陣に密書を送った」

 

 つまり上手くいっているということだった。

 

「もう少しだけ我慢してほしい。祭殿も……一刀も」

 

 ここで抱きしめてあげたい。

 

 その気持ちを必死になって抑える一刀。

 

「冥琳、一人で背負わないでくれ。俺も一緒に罪は背負う」

 

「……一刀」

 

 彼を見て冥琳は頷いた。

 それから程なくして祭の直筆で呉を裏切るという書簡が曹操の元に届けられた。

 

 初めは疑いを持った曹操だが、先に潜り込ませている蔡和、蔡中からの報告も黄蓋に対する仕打ちがあまりにも苛烈であったとあり、疑いは消えていった。

 

 曹操は黄蓋を受け入れることを了承して、使者に迎い入れる日時をいつにするかを聞いてくるようにと言って戻した。

 

「しかし本当に黄蓋が裏切るのでしょうか?」

 

 曹操から黄蓋の書簡を何度も見直す荀彧、郭嘉、程昱。

 

「おそらく本当でしょう。演技にしてはやりすぎているし、何よりも呉蜀連合の陣は動揺しているわ」

 

 曹操は余裕の笑みを浮かべる。

 

「連合軍の結束ももうすぐ崩れるわ。桂花、稟、風。他にもこちらに付きたいと思う者がいるかもしれないわ。その者達を探し出して同じように書簡を送りなさい」

 

「はい、華琳様」

 

 三人が曹操の前から辞すると残された彼女は不敵な笑みを浮かべる。

 

「これで天下は私のもの。劉備、孫策、貴女達はこの赤壁で全てを失うのよ」

 

 絶対的な自信がそう言わせる。

 

 水上要塞とその内側での訓練。

 

 このままいけば遠からずこの戦いは自分達の勝利に終わる。

 

「誰だか知らないけれど、このおかげで船酔いをする者もいなくなったわ」

 

 厳重に封をしている書簡を手にした曹操。

 

 その書簡には船酔いを無くすための方法として船同士を鎖で繋げて安定させると書かれていた。

 

 早速実践してみると、まさにそのとおりになったため曹操は誰のものか分からない書簡に感謝をした。

 

「攻撃してきても、この風も私の味方。万に一つ負ける要素はないわ」

 

 未だに西北の風が吹いており、絶対的に有利を誇る曹魏軍。

 

 じっくりと内応者を集めて内側から呉蜀連合軍を崩せば何一つ苦労することなく大勝利を手にすることが出来る。

 

 今度こそ天下を手に入れる。

 

 それだけが今の曹操の中にあった。

 

 二日後、黄蓋からの返答と内応する者達の名前を記した書簡が届けられた。

 

 今から五日後の夜に呉蜀の陣を抜け出して船ごと投降すると記されていた。

 

「勝ったわ」

 

 完全勝利を魏の武将達に高々に宣言した。

 

「五日後、黄蓋が我が陣にきたら一気に総攻撃に移る。準備を怠るな」

 

 曹操の激に応える武将達だった。

 一方、呉蜀連合軍。

 

 決戦当日の朝早く、すでに用済みだと蔡和、蔡中を処断した冥琳は祭の偽りの投降の準備を見ていた。

 

 薪や油を搭載した船を並べていた。

 

 だが一つだけまだ冥琳は策が完成していなかった。

 

 一刀の言っていた風だった。

 

 こればかりはどうすることも出来なかったが一刀があることを提案した。

 

「祭壇を造り、そこで風が吹くように祈ればいいんだ」

 

「そんなことで風が吹くの?」

 

 明らかに何かの冗談だと思っていた冥琳だが、そこで諸葛亮が一刀の意見に賛成をした。

 

「周瑜さん、北郷さんの言うことは一理あると思います」

 

「ほう。天下の奇才と呼ばれる貴女までそんなことを言うのか?」

 

「確証はあります」

 

 諸葛亮は見た目は小さいがその頭脳は周瑜に負けずとも劣らない才能を示した。

 

 祭壇を造ってお祈りをすること自体は擬態であり、今日の夜に東南の風が吹くことを示唆したと諸葛亮は冥琳に説明をした。

 

「本当なの?」

 

「ほ、本当です」

 

 疑う冥琳に必死になって応える諸葛亮。

 

「冥琳、俺も諸葛亮さんの言っていることに賛成だよ」

 

「しかし天の知恵でも風をよむのは無理だといわなかった?」

 

「うん。でも諸葛亮さんの言葉でようやく自信が持てたよ」

 

 周到に準備を進めてきた。

 

 誰もがこの戦いに勝ちたい。

 

 そして傷つけた祭のためにも勝ちたい。

 

 一刀はようやく自信を取り戻した。

 

「……わかった。祭壇の準備をさせるわ。一刀、それに孔明。あなた達を信じるわ」

 

「冥琳」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 冥琳はさっそく祭壇を造るようにと指令を出し自分は最後の準備をするために雪蓮の元に向かった。

 

 日中までに祭壇を完成させてそこに呉蜀などの旗を並べた。

 

 諸葛亮と鳳統は白い衣に着替えていかにも術者のような感じが漂うはずなのだが可愛いなと制服姿のままの一刀は思った。

 

「さあ、頑張っていこう」

 

「「は、はい」」

 

 妹のようなそんな感じをさせる諸葛亮と鳳統を連れて祭壇に上がり、儀式を始めた。

 

 軍船はすべて準備を整え、一時の休息に入った。

 長い時間のように感じられた。

 

 一刀達三人は香を焚き、四方をそれぞれの旗によって囲まれる中でただ願った。

 

 日が沈み、辺りが黄昏に染まっていくが風は変わらない。

 

 戦闘準備を整えた連合軍。

 

 雪蓮を初めとする孫呉軍。

 

 曹魏軍の退路を断つために別行動をしている桃香達蜀軍。

 

 あとは風だけ。

 

 黄昏が暗闇に染まっていく。

 

「まだか……」

 

 偽の投降をする祭は背中の傷の痛みに耐えながらただ待つ。

 

 別れ際に一刀から渡された髪留め。

 

 百叩きの時に裂いてしまったためにそのお詫びにと一刀が祭にプレゼントしたものを今、祭はつけていた。

 

(一刀……お主の思い、決して無駄にはせぬぞ)

 

 なんとしても生きて帰る。

 

 祭はそう誓った。

 

「行くぞ」

 

 彼女の出発の合図にゆっくりと祭の船団は動き始めた。

 

 それを海岸に立って見守る冥琳も同じ気持ちだった。

 

 これまで蓮華達から非難をされてきたがそれも今日で終わる。

 

(一刀……お前が……あなたがいてくれてこれほど嬉しいことはないわ)

 

 この戦いが終われば彼の子を宿したい。

 

 その為にここまで自分を追い詰めてこられた。

 

 だからなんとしても風が吹いて欲しかった。

 

(信じているわ……一刀)

 

 そして祭を追いかける船団を率いる雪蓮。

 

(母様の夢……私と一刀の夢の為に必ず勝つ)

 

 曹操を殺すのではなく対話の席につかせることが目的。

 

 そこから初めて自分達が望む平和に向けての話が出来る。

 

(一刀、私はあなたの為に戦うわ)

 

 二人で交わした旅の約束。

 

 今の雪蓮の中にはそれが大きく広がっていた。

 

(だから信じているわ)

 

 その後ろに蓮華、思春、明命、恋が立っていた。

 

 恋を除く三人はまだ事態を飲み込んでいなかったが、雪蓮達が何かをしようとしていることだけは理解できた。

 

(一刀……)

 

(北郷……)

 

(一刀様……)

 

 雪蓮と冥琳の酷い仕打ちにも耐えた一刀の姿。

 

 そして彼から告げられた真実。

 

 すべては一刀と冥琳が立てた作戦。

 

 全ての罪を二人が背負うことに蓮華達は大きなショックを受けた。

 

(あの二人だけに背負わせない)

 

 自分達は大切な仲間なのだから。

 

 その思いを胸に三人は雪蓮の後姿を見守っていた。

 静かに祈りと続ける一刀達。

 

 風は止まり静寂が訪れる。

 

 それでもただ祈り続ける三人。

 

 風が止んだことは雪蓮達も気づいた。

 

 水の音と船の音しか聞こえない。

 

 まるで世界から切り離されたかのような感覚を覚える雪蓮達。

 

 ただ一人、冥琳だけは気づいた。

 

(……くる)

 

 初めはゆっくりと肌を通り過ぎるだけだった。

 

 やがて旗が西北に向かって揺らぎ始める。

 

「今だ、銅鑼を高々に鳴らせ!」

 

 冥琳の指令を聞いた呉兵達は一斉に銅鑼を鳴らす。

 

 それが合図だった。

 

「きたか!皆の者、これより我らの勝利のために突撃をかける!」

 

「「「「「オーーーーーッ!」」」」」

 

 祭は部下に速度上げるように指令した。

 

 その様子を見ていた雪蓮も高々に声を上げた。

 

「裏切り者を許すな!追撃せよ!」

 

「火を掲げよ!」

 

 一斉に松明に火をつけた。

 

 幾千の軍船の明かりは長江を照らしていく。

 

 その様子に気づいた一刀達は祭壇の上から見守っていた。

 

「諸葛亮さん、龐統さん、うまくいったよ」

 

「「は、はい」」

 

 呉軍の水軍がまっすぐ曹魏軍の並べられた軍船に向かってすすむ。

 

 その先頭には今だ火をともしていない船団、祭の部隊がすすんでいるのを確認した一刀はこの場を二人に任せて祭壇を駆け下りていく。

 

 一刀の心配事である祭の命を救うために丘を駆け下りていく。

 

「冥琳!」

 

 海岸にいた冥琳は一刀のほうを振り向いた。

 

「準備は?」

 

「見てのとおり出来ているわ」

 

 祭の命を救うために一刀があらかじめ冥琳に用意してもらっていた船。

 

 呉の精鋭百ほどだが一刀には十分だった。

 

「あと、これを」

 

 冥琳が兵士にあるものを持ってこさせた。

 

 それは十文字の旗。

 

「ありがとう、冥琳」

 

 一刀はようやく冥琳を抱きしめることが出来た。

 

 兵達が見ている中で冥琳も自然と抱きしめ返した。

 

 そして離れ、力強くこういった。

 

「北郷一刀、我が呉に勝利をお頼み申す」

 

「わかった」

 

 一刀は冥琳から離れ船に乗っていく。

 

 船上には十文字の旗を靡かせて。

 その頃、祭は目の前に写る曹魏軍の水軍に驚いていた。

 

 水上要塞から出てきており、圧倒的な数を並べていた。

 

 だが船同士を固定しているが見えた途端、不敵な笑みを浮かべた。

 

「一刀の策が成功しておるな」

 

 曹操が手にしていた船酔いをなくす方法、船同士を鎖で固定し板をで道を作らせたのは一刀がそれとなく明命に書簡を持たせて、自然な形で曹操に渡るようにしていた。

 

「さすがは天の御遣い。これで我らの勝利は確定した」

 

 東南の風が「黄」の旗を揺らす。

 

 あとは出来るだけ接近をして火攻めをする。

 

 これも当初の予定通りだった。

 

「一刀……儂は今日ほど戦を望んだことはないぞ」

 

 そしてそれは孫呉のためでありながらも自分を心配してくれる一人の男のためにでもあった。

 

 老臣の自分を抱いてくれた慶び。

 

 背中に刻まれた傷。

 

 その全てが祭の力の源になっていた。

 

「お主の子を宿すまでは死ねぬな」

 

 自分の中に注がれた彼の命。

 

 一人の女性としてこれほどまで男というものを欲したことがなかっただけに祭は嬉しくあった。

 

「黄蓋将軍!まもなくです」

 

「うむ」

 

 祭は船首に立って大きく息を吸い込んでこう叫んだ。

 

「曹操殿!これが投降の印じゃ!受け取ってもらおう!」

 

 それを合図に船に火をつける。

 

 油をまいているために火は瞬く間に船を燃やしていく。

 

「突撃!」

 

 曹魏軍の水軍は成す術もなく火達磨になった祭の船団にぶつかった。

 

 それと同時に雪蓮達の船団が猛スピードで迫り、動揺する曹魏軍に向かって大量の火矢が注がれていった。

 

 こうして最終決戦である赤壁の戦いが始まった。

(座談)

 

水無月:最終決戦開始です~。

 

穏  :天下分け目の戦いですね~。

 

亞莎 :東南の風と火攻め、それに祭様の偽りの投降ですね。

 

水無月:近代兵器のない時代、風がどれほど戦いに影響を与えたかがわかる一戦ですね。

 

穏  :夜の長江を紅く染めるというわけですね~。

 

水無月:さてさて次回は赤壁編第五話になりますね。いよいよ前半戦残り二回です。

 

亞莎 :二回でまとめられるのですか?

 

穏  :そうですよ~。せめて三回と言っておいたほうがいいと思いますよ~。

 

水無月:じゃあ三回!

 

亞莎 :(大丈夫でしょうか……?)

 

 


 
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