No.778053

鳳雛伝(序章⑨)

英雄譚ちょこっとだけやりました。ゲームって終わるのが寂しくていつもまったりやるんですよねー。
雛里ちゃんかわいいよ!マジ天使!

鳳雛伝本編の前の話はこれで終わりです。続きはよければ本編を読んでください…なーんて、もはや何年も前の漫画なんでむしろ恥ずかしいつД`)・゚・。・゚

2015-05-18 04:37:12 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2621   閲覧ユーザー数:2272

長江は自然の要害…その意味が示す通り、これまで長江を守り抜けば中原諸国の侵略を阻止できたという歴史がある。

 

春秋時代の頃より今日まで、楚や呉の長江の東南岸の国々は水軍の強化に努めてきた。

 

孫一族もまた曹操の侵攻を長江で防ぐ為水軍の育成に力を注いでいた。

 

その第一線たる水軍基地が、ここ鄱陽湖にあった。

 

 

 

 

 

湖を見下ろす丘陵の上にある邸宅から、その人物は門外まで魯粛とその賓客を出迎えた。

 

「遠いところをよく参られた。我が名は周瑜、字は公琴。お二人を歓迎しよう」

 

周瑜と聞いて一刀と士元は驚かずにはいられなかった。

 

なるほど気品と威厳を感じる一方で、一見怪しほどに若い青年とまだあどけなさすら伺える少女の来訪に怪訝な表情一つせず、尊敬の念すら感じられる丁寧な拱手礼をもって周瑜は迎えた。

 

一刀と士元は周瑜の邸宅に招かれ、すぐに酒宴が開かれた。

 

と、食台に並んだ料理を見て一刀は思わず目を丸くした。

 

鶏の(あつもの)、恂菜の炒めもの、果物は干し棗が二つ、宴というにはあまりにも質素な料理であった。

 

周瑜は一刀の様子に気づいて「こんなものしか出せなくてすまない」と言って、「ここは言わば孫呉の最前線。兵糧には限りがあり、いつ戦となるかわからない。これで我慢してくれ」と申し訳なさそうに言った。

 

「いいえ、温かい食事を頂けるだけでこんなに嬉しいことはないです。ありがとうございます」

 

周瑜は、本当のところ酒宴の為の料理を用意することは出来ないわけではなかった。

 

天の御遣い等と言うからどんな詭弁家かと思って試していたのだが、育ちの違いと言うものはどうしても往々にして滲み出るもので、周瑜は一刀の裏表のない様子に、なるほど確かに今まで会ってきたどの人物とも異なる雰囲気があると、この時既に感じはじめていた。

 

一方で孫呉に周瑜ありとうたわれた大軍師の名を意識してどのように接するか思いあぐねていた一刀だったが、周瑜の人となりをこの料理から感じとれ、気楽さを覚えていた。

 

士元もまた、将軍などに参列されたらとびくびくしていたが、宴席には周瑜と魯粛だけであったので、そこまで居苦しさはないようだった。

 

「とは言え酒だけはある。さあ、まずは一献」

 

「乾杯」

 

そうして宴がはじまった矢先に…

 

「おうおう、やっておるな?」

 

づかづかと入ってきた珍客は、その手にいくつもの酒壺を揺らしながら一刀と士元の間に座した。

 

「やれやれ、流石は黄蓋殿。酒の匂いを嗅ぎ付けてやってまいられたか」

 

周瑜の言に「あなたが黄蓋さんですか」と一刀が思わず尋ねると、黄蓋は「わしのことを知っておるのか?」と意外そうに聞き返した。

 

一刀は「え、と…名前だけですが」と応えると黄蓋は気を良くしたのかハハハと笑って「わしも有名になったものだのう!」と一刀に酒を注いだ。

 

一刀が飲むとそれはとても強い酒で、思わず「うっ」と咳き込んでしまいたくなるが、黄蓋が期待の眼差しで見つめていたので、ぐいっとそれを飲み干すのだった。

 

それを満足げに見ていた黄蓋に、周瑜が「すまないな、この方はこういう方なのだ」とため息をつく。

 

黄蓋は今度は向き直って士元を見ると、反射的に帽子で顔を隠した士元だったが、何の気なしといった感じでその帽子を取り上げてしまった。

 

士元は「あわわあわわー!」とあわてふためくのを見て、黄蓋は子供のように無邪気に笑い、つられて一刀が、周瑜や魯粛までも笑い出した。

 

士元はそのような無邪気ないじられ方に慣れていなかったが、恥ずかしそうにうつむきながらも嫌な気持ちではなかった。

 

 

 

 

 

一刀と士元は呉を目指してきたが、江東にこだわっているわけではないと聞き、周瑜はこの鄱陽湖の湖畔の家を二人に貸し与えた。

 

そこからは周瑜の水軍基地がよく見えて、朝から日暮れまで調練の声や造船所の音が聞こえた。

 

一刀と士元はその後も、周瑜や魯粛、黄蓋などと会っては交流を深めていた。

 

周瑜は客という立場に遠慮する一刀に対し、ならばと言って一刀から「天の国」の話を聞くという条件をつけた。

 

「天の国」の話は正直眉唾に思っていた周瑜が、少なくとも本当に同じ世界の人間ではないと認識するには充分で、興味津々と言った感じであった。

 

更に最近は、「かーずと!」と、頭の両脇に結わえた髪を揺らしながら、一刀に飛びつく少女も増えた。

 

孫権の妹、孫尚香である。

 

兵を鼓舞して士気を高める為、孫尚香は黄蓋について鄱陽湖に来たのだが、どう見ても遊びに来ているようにしか見えなかった。

 

天の御遣いが居ると聞き、はじめ孫尚香は物珍しさから好奇心で一刀に近づいたのだが、すぐにその人となりが気に入ったようで、専ら毎日のように一刀に会いに来ていた。

 

孫尚香に一刀をとられたようになって少々心穏やかでない士元だったが、しかしそんな士元も毎日のように湖畔に立ち、水軍の調練を見るという楽しみが出来ていた。

 

周瑜が士元に水軍の調練を惜しげもなく見せてくれたのである。

 

その規模は壮大で、操船の巧みさ、統制の利いた動きはまさに高水準にあった。

 

聞くと見るのとではやはり大違いで、水上の陣形や、操船術、水上戦の訓練を間近で見たことで、本で見るより如何に大変かということを本質的に捉えることが出来る。

 

士元は音に聞こえた長江水軍に飽かず見とれて、打ち奮える何かを感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

午後の調練中、江東から使者がやってきた。

 

珍しく調練に出ていた黄蓋も手を休め孫尚香なども呼ばれ、一時空気が変わった。

 

士元や一刀がいるにも関わらず、周瑜は使者に書状の内容は見るまでもないとした上で、それを音読させた。

 

その内容は、周瑜、黄蓋、魯粛、孫尚香も含め主な文官武将に急ぎ江東に戻るようにとのことだった。

 

相わかったと使者を下がらせ、「聞いてのとおりだ」と向き直った周瑜が皆を見渡して言った。

 

「明日の朝江東へ戻る!各自訓練をやめ、出立の準備をしろ!」

 

文官武将たちが各々せわしなく動き出すのを見届けてから、周瑜は最後に士元と一刀に目を向ける。

 

「さて、北郷殿。そして士元殿。我々は江東に戻らねばならなくなった」

 

理由は書かれていなくても、曹操のことであることは明白であった。

 

「お二人はどうする?望むなら湖畔の邸宅はそのまま使ってもらって構わない。だが、もし我らと共に江東へ来てくれるというのなら、是非我が主に会ってもらいたいと思っている」

 

一刀は士元を見ると、士元はきゅっと一刀の服の裾を握りしめて俯いた。

 

「少し、時間を貰ってもいいですか?」

 

「わかった。明日の朝までに決めてくれるか」

 

「はい」

 

 

 

 

 

一刀と士元は帰り道、あまり会話がなかった。

 

湖畔の邸宅に戻ると、見張りの兵が一礼することに慣れず、ついつい一刀は「どうも」と会釈して門をくぐっていた。

 

一人の女中が出迎えて、二人はすぐに夕飯にありつくことが出来た。

 

見張りの兵や女中達を宛てがわれることに一刀達は遠慮したのだが、周瑜が「天の御遣い」の噂が広がっているため危険だと言うので言葉に甘えていた。

 

食事中、一刀は目に見えて元気のない士元にとうとう声を掛けた。

 

「雛里は、どうしたい?」

 

「あわわ…」

 

雛里は小さくビクついて、結局何も答えなかった。

 

 

 

 

 

夜、一刀は一人周瑜邸に向かった。

 

するとその途中、湖畔に従者も連れずに周瑜が一人、湖を見つめていた。

 

「来るのではないかと思っていたよ」

 

 

 

 

 

周瑜と一刀は二人で湖畔を見つめていた。

 

二人はしばらく沈黙していたが、風がわずかに頬をなでると、揺れる周瑜の髪に一刀は少し見惚れた。

 

その視線に気づいているのかいないのか、周瑜は湖面を見つめながら切り出した。

 

「まだ迷っているのだろう?」

 

一刀は周瑜の視線を追うように湖面に目を向けた。

 

「雛里はどうしても優しすぎるところがあって……やっぱり軍師向きじゃないんだと思うんです」

 

「優しい…か」

 

周瑜は呟くように言った。

 

「私がこの数日間で感じたのとは全く逆だな」

 

「え?」

 

一刀は意外な周瑜の言葉に興味深く「それは…どういうことですか?」と問いただした。

 

「士元殿の才覚は計り知れないよ。恐らく、彼女が本気で指揮をとれば高名な軍師に名を連ねるだろう。正直なところ、敵にしたくはない」

 

最後の言葉に一刀はわずかに不安を感じた。

 

周瑜が軍師として士元の才能に気づいているなら、二つのことを考えるだろう。

 

すなわち、内に取り込むか、それが叶わないのであれば果たして生かしておくだろうか。

 

「はじめて水軍の調練を士元殿に見せた時のことだが…」

 

……

 

『我らが孫呉は、今存亡の危機にいる』

 

調練の最中、周瑜は呟くように言った。

 

『荊州をとった曹操はその勢いで一気に呉に攻めこんで来るだろう』

 

周瑜は士元をまっすぐ見て言った。

 

『我らは如何にしてこの危機を乗り切るべきか、あなたのお考えをお聞かせ願えないだろうか?』

 

士元はあわわと帽子のツバで顔を隠したものの、『…呉に…足りないものを補う…こと、だと思います…』と蚊の鳴くような声で言った。

 

『呉は長江に守られ、水軍に長けて…います。おそらく、兵糧も十分だと…思います』

 

『うむ。では、何が足りないと思われるのか聞かせてくれ』

 

『あわわ…それは…』

 

……

 

「なんと言ったか分かるか?」

 

「…いいえ」

 

周瑜は静かに溜息を一つついて、「『数』…と言ったのだよ」と、一刀に向き直って言った。

 

それは驚くほどに平凡な答えで、一瞬一刀にはその言葉の意味をつかめなかった。

 

「わからないか、兵法の基本中の基本の話だ。孫呉の兵が曹操の軍に劣っているのは数…」

 

それだけで周瑜は、士元が鳳雛と呼ばれ噂に違わず奇才の持ち主であることに気づいていた。

 

「その言葉の裏には、子供が覚えたての兵法を自慢気に語るようなものではない、重みと深みを持っていた。孫呉の兵力はいくら集めたところでたかが知れている。ないものはどうしようもない」

 

周瑜が回りくどく話すものだから、つられて回りくどく考えてしまっていた一刀も、ただ単純なことにようやく気づいた。

 

「孫呉の兵数…は、曹操と敵対する兵数と同じではない、ってことですか」

 

「…!ほう…なかなかどうして…」

 

皆まで言う前に察した一刀の様子に、周瑜は素直に驚いた。

 

一刀もまた僅かの間だが水鏡に習った身だ。

 

水鏡塾は女学院なので一刀は正式には塾生ではないが、一緒に居るうちに読み書きや兵法のいろはは覚える機会は多かったのだ。

 

だがそれだけに、一刀にも士元が言った言葉の意味がわかった。

 

孫呉の兵で足りないならば孫呉以外の兵を集めればいい、ただそれだけのことだが、この状況で周瑜が検討していたある策の一端に触れた言葉であった。

 

無論、士元がその策に思い至っていなければ言えない台詞だったのだ。

 

「そんな単純明快なことを、当たり前に答えた。ただ臆病な、一人の少女がな」

 

周瑜の言葉に一刀は少し胸が痛くなって、否定したくなった。

 

「…でも、雛里は人の命を預かる軍師という立場に戸惑いを持ってる。多かれ少なかれ、敵味方で死人を出す責任の重さを受け止められないんだと思う…」

 

「私はそれを優しさとは言わない。それは単なる甘さだよ」

 

一刀も理解はできるが割り切れない感情を、周瑜は一言で割り切った。

 

「私は、士元殿が最初からそうであったとは思えないな」

 

周瑜が一刀をじっと見つめた。

 

「さっきの話もそうだが、彼女の根底には、大義の為に非情にならなければならないという軍師としての資質が感じられる」

 

士元が軍師としての資質に長けていることは言われるまでもないが、非情さを士元が持ち合わせているという周瑜の言には、正直なところ一刀は懸念を感じた。

 

「水鏡塾の噂は私も耳にしている。呉にも何人もの人材を輩出しているからな。その中でも格別名の通った諸葛亮や徐庶、そして鳳士元の存在は気になっていた。ところが会ってみれば、いつも何かに怯えていて、まるでただの少女だ…」

 

一刀は何かを言おうとして、しかし、周瑜は一刀をきつい表情で見つめていたので、思わず声がつまった。

 

「それは、お前のせいではないのか?天の御遣い殿」

 

「え…?」

 

「お前が居た天の国とやらはさぞ平和だったのだろう。しかし、この乱世に生まれ育ち文道を歩む者が、そのような考えを持つとはとても思えない」

 

「………」

 

「お前がもしも現れなければ、もしも鳳士元に会っていなければ、彼女は迷わず、あるいは迷ったとしてもいずれどこかに仕官し、文官…いや、軍師として頭角を表していたのではないかな」

 

周瑜の言葉はいちいち一刀の胸を突き、くやしかったが返す言葉が見つからなかった。

 

今まで一刀は士元の意思を尊重しようとして、導こうなどとはしなかった。

 

士元はむしろ一刀についていたいと思っていた。

 

ならば、一刀の考えや気持ちに同調したり、影響されたりするのは当然かもしれない。

 

思えば会って間もない頃、士元は孔明と乱世をどう鎮めるかと熱く語り合っていた。

 

西蜀の地に旅に出たのもそう、あの頃はまだ士元は自分の意思や目標を確かに持っていた。

 

一体いつからあのように未来を曇らせ、怯えるようになったのだろうか。

 

「俺のせいだ…」

 

臆病だったのは自分だったと一刀は気づいたのだった。

 

 

 

 

 

一刀と別れ、周瑜は屋敷に戻って少しすると、使いの者に呼ばせてた魯粛がちょうどやってきたところだった。

 

魯粛は嫌な予感がしていたが案の定、周瑜の頼みを嫌な顔で復唱した。

 

「…夏口…ですか?」

 

「うむ、頼まれてくれるか?」

 

「ぶっちゃけ嫌だなぁ…なんて…」

 

しかし魯粛の皮肉や嫌みもむなしく、無視を決め込んで周瑜は続ける。

 

「既に舟は準備させておいた」

 

「で、でも、蓮華様に呼ばれてますしぃ…」

 

「それは心配しなくてもいい。お前がこれをやってくれなければ恐らく話は進まんしな」

 

「…江夏に落ち延びた劉備さんに会うんですよね…」

 

「ほう、察しがいいな。ならば目的は分かっているのか?」

 

「劉備さんに同盟を持ち掛ける為じゃないですか?」

 

周瑜は感心した。

 

孫呉の重臣の中でも魯粛は一際周瑜が目をかけていて、性格に難があるがそれを除けばその知謀は周瑜に次ぐ逸材と言っていい。

 

だが、「上出来だ、と言いたいところだが、お前は相変わらず爪が甘い」と周瑜はわざとため息を混ぜて言った。

 

「同盟を持ち掛けるのではない。向こうに持ち掛けさせるのだよ」

 

「はぁ…別にどっちでも一緒じゃないですかぁ?」

 

「常に相手より優位に立つのは交渉の基本だ。覚えておけ」

 

「はーい」

 

ふてくされたように魯粛は言う。

 

「劉備に実際に会ったときの交渉は、恐らく劉備より諸葛亮との対話となるだろう。曹軍の兵力、兵馬の数について問いながらそれとなく話していれば向こうから切り出してくるだろうよ」

 

「うう…出来るかなぁ……」

 

交渉の相手は諸葛亮、常に数で圧倒している曹操軍を何度も追い返したというその采配ぶりから、既に遠く江東にまでその名が轟いていた。

 

魯粛も文官として孫家に仕えて長いが、未だに周瑜にあしらわれてしまう。

 

だから魯粛は細々と地味に仕事をこなしていようとしているのだが、周瑜はことあるごとに魯粛を起用していた。

 

魯粛の潜在的な才覚を思ってのことだが、魯粛は魯粛で単にいじられているようで周瑜が苦手だった。

 

魯粛がしぶしぶ承諾して、「ついでに」と何か言われる前にさっさとその場を去るのもそんな理由であった。

 

 

 

 

 

朝、船の出立の準備に騒ぎ立つ水軍基地で、周瑜と黄蓋が話していると、一刀と士元が現れた。

 

その姿は明らかに旅支度がされていた。

 

「どうやら、気持ちの整理は出来たようだな」

 

「正直、俺も雛里もまだどうしたいのか決まってません。でも…」

 

士元がきゅっと一刀の手を握る手に力を込めて、珍しくその先を制した。

 

「でも…今何をするべきかは…決めたんでしゅ!」

 

最後に噛んでしまってしまらなかったが、笑いがその場を和ませた。

 

その日の朝、魯粛を除く周瑜、黄蓋、孫尚香といった呉の主要文官武将と兵たち、そして一刀と士元は、水軍の大船団でもって東へと出航した。

 

 

(鳳雛伝前編に続く…)


 
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