No.776884

ちょっとだけ予告編!第1回  「転落」

Studio OSさん

けだるいゴールデンウィークの午前。公園で、事は起こった。

2015-05-12 19:49:59 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:319   閲覧ユーザー数:319

 西暦2013年5月4日土曜日

 わたしは「今日」という日を放棄した。

 

 空は無意味に青く晴れ渡り、太陽はその光を垂れ流している。

 そんな正午に近い午前、まだペンキのにおいのする新しいブランコに、わたしは

 ふぬけて揺れていた。

 「明日」いう日は「今日」の連続であると気がついた時点で、わたしの中で

 わたしの人生は完結してしまった。

 

 親の反対を押し切って、まだ空き地の目立つ新興住宅地に建てられたアパートに

一室を借り、大学へ通い始めてはや1年。新しい友人たちとの遊びもすっかり

飽きてしまった。いや、飽きてしまったと言うより馬鹿馬鹿しくなったのである。

 田舎で「ふつーに学校を出、ふつーに勤めて、ふつーに農家の次男坊と結婚し、

ふつーに奥さんをやる」。そんな人生がイヤでこちらへ出てきたのに。

 「その日その場が楽しければよし。学校出たらてきとーにOLやって、

てきとーにイイ男見つけて結婚し、てきとーに奥さんやってテニスやろー」ときた。

 場所が変わっても、人間の人生観、そんなに変わらないのだ。

 

 きしまないブランコ。

 ゆるゆると風を切る。

 公園の向こう端にはどこかの男の人が双眼鏡を据えて、鳥を観察してる。

 この住宅地は田園と接しており、まだ森がたくさん残っている。鳥たちも多いので、

朝は結構にぎやか。

 ちょっと興味をひかれたけど、わずかに残っていたわたしの少女のような好奇心を

うざったい気分がたちまち覆い隠してしまった。すでにわたしは19歳の老婆

なのである。

 

 「あー。人生めんどくさい~」

 

 そうつぶやきながら、空を見上げてブランコをゆする。

 と。

 

 ゴン!

 

 真昼に星が瞬いた。

 「・・・んおおおおおおおおお~」

 後頭部の痛みに、手を滑らせてブランコから転落したという事に気がつく。

 一人ジャーマンスープレックスホールド状態。

 駆け寄る足音がしたので、レフェリーがカウントを取りに来たのかと思ったら、

さっき鳥を見ていた男の人だった。

 

 「だ、大丈夫?」

 

 「は、はぃぃ~」

 上がり調子の変なアクセントで返事をすると、ブランコにつかまって、

 よろよろと立ち上がるわたし。

 

 「ホントに大丈夫?すごい音がしたよ」

 「だ、大丈夫ですぅ」

 

 でも、ちょっと脳しんとう気味。ついてないよ、今日は。もう帰って寝ちゃえ。

 プロレスの夢見みるかも。ふう。

 

 「ど、どこ行くの?」

 

 「い、家に帰ります…」

 

 「帰るって、何か用があったんじゃないの?」

 

 「用、って?」

 

 「えっ?だって、君がここに来いって...」

 

 「は?」

 

 しげしげと相手を見る。背の高い若い男の人。リムレスの眼鏡をかけてる。

特に“美形”でもないけどちょっとイイ感じ、かな?

 

 「あの、どちら様でしたっけ?」

 

 ぽりぽり。

 

 ぽかんとする青年。

 「ホントに大丈夫?ボクのこと、わからないんですか?」

 

 ははーん。新しい手口のナンパかぁ。

 

 「すみません。失礼します~」

 

 「ちょ、ちょっと!」

 

 とってつけたような笑顔で会釈すると、急いで公園の外へ駆け出すわたし。

 ところが。

 

 「な、なにここ?!」

 

 周りの変容に気がついて、わたしは呆然として立ち止まる。

 

 空き地だらけだったはずの住宅地にびっしりと家が建ち並んでいる。

 ゴールデンウィークを利用して庭の手入れをするおじさん。

 犬と遊んでいる子供。

 

 ちがう。

 ここは、“ここ”じゃない!

 

 辺りを見回しながら金魚のように口をパクパクさせてるわたしに

 彼が追いついた。

 

 「ごめんね。確かにしばらく君に会えなかったのは謝ります。

  怒るのも仕方がないよね。訳があったんですが、

  また、今度にするね…」

 

 彼は悲しそうに微笑むと、どこかへ行こうとする。

 

 ちょっとの間があって、わたしは我に返った。

 事態の深刻さに胸がドキドキして、ふるえてきた。

 そして、この”見知らぬ場所”でわたしのことを知ってる唯一の人が

 去ろうとしている。

 わたしは火がついたように駆け出した。

 

 「あー!ごめんなさい、ごめんなさい!待って~!」

 

 わたしは走り出すと彼の袖をつかまえた。

 

 「なんだかわかんないけど、ごめんなさい!でも、ホントなんです!

  あなたが誰かもわからないし、ここだってわたしが知ってるところと

  なんだか違うんです!」

 

 彼は立ち止まった。

 

 「お願いです!わたしをおいてかないで…」

 

 心細くなって、恐くなって、涙がこぼれてくる。

 

 「本当に?」

 

 わたしがうなずくと、青年は真顔になって少し考えると言った。

 

 「じゃあ、質問。君の住所・氏名・年齢を答えて。

  ゆっくりとね。」

 

 「住所は川品町緑ヶ森5丁目6-20幸福荘3号。

  名前は野坂絵美。19歳。」

 

 「まじめに答えてる?」

 

 コクコク

 

 「ふざけてない?」

 

 コクコクコク

 

 彼の顔色が変わった。

 

 「いいですか?落ち着いて聞いて。今君の言ったことに

  間違いが二つ。一つは住所。君は今、緑ヶ森じゃなくて

  桜橋に住んでる。君が言ったのは前の住所。そして年齢。

  君は今24歳だよ」

 

 「24歳って…今年は2013年だから、わたし今年取って20歳です。」

 

 「…今年は2018年。今日は2018年5月4日金曜日。」

 

 「う、うっそー?!!!」

 

              次回「記憶喪失」につづく

 


 
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