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真恋姫無双幻夢伝 第九章3話『皇帝』

曹操討伐命令。朝廷の裏切りに、アキラはどうするのか!?

2015-04-26 17:10:01 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1963   閲覧ユーザー数:1820

   真恋姫無双 幻夢伝 第九章 3話 『皇帝』

 

 

 曹操討伐命令。これが偽勅でないことは、閉ざされた洛陽の宮城の門が教えてくれた。加担した近衛兵は宮城内に籠り、皇帝の傍に仕えていた魏寄りの臣下は、命からがら逃げてきた。

 皇帝の臣下たちは、各所へ密勅を送った。蜀や呉、そして南蛮などの異民族、さらには華琳と仲が悪そうな魏の臣下など、一見すると節操がないほどに大量に送っている。華琳が入手した密勅には、激烈に華琳のことを罵り、憎み、呪う言葉が並べられている。彼らは本気であった。

 町の人々は何も言わない。何も語りたがらない。ただ、この先にある“災い”に戦々恐々としているだけだ。

 許昌にいる華琳は、密勅を机に放りだすと、ふうとため息をついた。

 

「さて、困ったものね」

「華琳さま!そんなのんびりとしたことを言っている場合ではありません!一刻も早く討伐を!」

 

 春蘭が、ドンと机を叩く。この事態を受けて、化け物に偵察に向かっていたアキラたちの軍勢は、国内に引き返していた。

 桂花が、青筋を立てて怒る春蘭に、反論した。

 

「あんた、討伐って言うけれど、どうやってしろっていうのよ!?相手は皇帝陛下なのよ!」

「じゃあ、このまま手をこまねいていろって言うのか!」

「まずは事の真偽を調査して……特に、皇帝陛下ご自身が関わっているか、確認しないと」

「それでは遅い!すでに地方ではこの勅命に呼応した動きがある!」

 

 普段は桂花に言い負かされてしまう春蘭も、この日ばかりは一歩も引かない。むしろ桂花の方がたじたじとなっていた。

 春蘭と桂花が言い争う間に、秋蘭が忠告した。

 

「華琳様、今回ばかりは姉者の言う通りです。まずは宮城の門をこじ開けないと」

「秋蘭。分かっているでしょう?私がどれほど気を使って、朝廷との関係を保ってきたと思っているのよ」

 

 華琳はまたため息をつく。

 アキラによって十常侍が抹殺された後、華琳は正史の曹操とは異なり、慎重に朝廷工作を行った。花びらを一枚一枚引き抜くように、魏に反発する朝廷の臣下を取り除き、その代わりにこちらの息がかかった者を送り込む。先日、魏王に就任した際も、朝廷から提案させることに成功した。彼女は決して自身の権力欲を見せなかった。

 今回の一件は、こうした華琳の努力を泡に帰すものだ。秋蘭も、彼女が抱く虚しさを感じとっている。

 しかし春蘭は、ここまで事態が進んだら強硬に行動するべきだ、と主張する。

 

「宮城を包囲しましょう!やつらに謝らせるのです!」

「待ちなさい!そんなこと、許さないわよ!」

「しかし!」

 

 彼女たちが激しく議論する執務室に、風が入ってきた。珍しく小走りだった。

 

「たいへんです」

「どうしたの?」

 

 華琳は、これほど目を大きく見開いた風を見たことがなかった。春蘭たちも口を閉じて、風の方を振り向いた。

 彼女たちは、春蘭以上に強硬な男の存在に、気が付かなかった。

 風は大きな声で言った。

 

「お兄さんが宮城に攻め込みました!」

「なんですって?!」

 

 華琳たちは息を飲んだ。そんなことが“この国”で起こるはずがない。

 風は、驚きを隠せない様子で、状況を説明する。

 

「華雄さんや霞さんを連れて、宮城の門を打ち破ろうとしています。突破は、時間の問題です」

「すぐに止めないと!馬を用意して!」

 

 春蘭たちも慌てて動き出す。華琳も走り出そうとした。

 その時、稟が彼女たちの前に現れた。

 

「華琳さま、お二人がお見えです」

 

 華琳は足を止める。そして冷静さを取り戻すと、稟に言った。

 

「分かったわ。すぐに会いましょう。通して」

 

 

 

 

 

 

 ドンッッ!と町中に響き渡る大きな音を鳴らして、洛陽の宮城の門が壊れた。アキラたちの軍勢が中になだれ込む。

 

「不届きものがっ!……うぐっ!」

 

 アキラに襲いかかってきた近衛兵を、華雄が斬り捨てる。アキラはその死体を白い目で見ると、指示を飛ばした。

 

「抵抗する者に容赦はするな!高位高官の者でも斬れ!霞、お前は暴れすぎるなよ」

「ええ~、なんでウチだけ釘さすんや!」

 

 不満で口をとがらせる霞の足元には、すでに2人の死体が転がっていた。アキラは苦笑いを浮かべ、こう言い加える。

 

「あまりやりすぎるな。鎧に血が付くだろ」

「それがなんであかんの?」

「決まっているだろ」

 

 アキラはにやりと笑った。

 

「これから皇帝陛下とご対面だからだよ」

 

 百戦錬磨の汝南軍に勝てるはずもなく、近衛兵は敗走した。アキラは皇帝が住む宮廷を包囲させると、自身は華雄と霞を連れて中へと入って行った。

 青ざめた皇帝の臣下がアキラの姿を見て右往左往としている。その中で骨のある者は、震える声でアキラを叱責した。

 

「ぶ、ぶれいもの!宮中で武器を用いるとは…」

「黙れ!!」

 

 華雄が一喝する。その臣下は口をつぐんで俯き、他の者たちはアキラたちから遠ざかった。

 アキラは、彼らを気にすることもなく、カツカツと進んでいく。この先の階段の上に、皇帝がいるはずだ。

 この数百年、何人たりとも上ることを許されなかった階段を上る。そして頂上に辿りつくと、御簾を大きく引き裂いた。その中に、誰も間近で見たことがない、皇帝の姿があった。

 皇帝は震える体を小さくしていた。か細い声でアキラに言う。

 

「さ、さがれ……余をだれだと思っている…」

「皇帝、だろ。違うか?」

 

と答えたアキラは、彼の首筋に剣をつきつけた。皇帝が一層おびえ、臣下たちが大きく動揺する。

 アキラは、皇帝に問いただす。

 

「今回の一件、お前の命令で間違いないな?」

「ち、ちがう…!」

「残念だが、すでに宦官を買収している。証拠はそろっているのだ」

 

 アキラは剣を振り上げた。皇帝の元に走ろうとした臣下を、華雄と霞が睨み止めた。

 ついには失禁した皇帝に、アキラは冷たい視線を送る。

 

「…俺たちを苦しめた漢の皇帝とは、この程度だったのか………さらばだ」

「待ちなさい」

 

と、入り口の方から声が聞こえた。アキラが剣を下げて振り向くと、華琳がそこにいた。

 

「おお、魏王!よく来た!さあ、あの悪しき者から皇帝をお救いしろ!」

 

と、皇帝の臣下たちが命ずる。自分たちが今まで殺そうとしてきた者に、平然と救いを求めるこいつらに、華雄は反吐が出そうになる。

 華琳は何も言わず、ただ睨み返す。その彼女の後ろから、あの2人の姿が見えた。アキラが口にもらす。

 

「蓮華に、劉備か」

 

 その言葉に、皇帝の顔色がパッと明るくなった。

 

「は、はやく、はやく、この者たちと曹操を殺すのだ!皇帝の命令ぞ!」

 

 2人はつかつかと進み出る。華琳や華雄たちの隣を抜けて、皇帝の前に辿りついた。

 

「なにをしている、はやく…」

「皇帝陛下」

 

 蓮華の低い声が響く。その迫力に、アキラでさえ息を飲んだ。

 蓮華は言う。

 

「ただ今をもって、孫権はすべての官位を返上いたします」

「……は?」

「聞こえませんでしたか。私はもう、貴様の臣下ではないと言っているのだ!」

 

 皇帝の顔が再び青白くなる。彼は椅子から転げ落ちると、四つん這いの状態で、階段下の桃香に頼み込んだ。

 

「りゅ、りゅうび!お主なら余を助けてくれるよな?余は天の御遣いに協力しようと言っているのだぞ!」

 

 桃香は背筋を伸ばして、皇帝を見つめた。あれほど尊敬していた皇帝が、醜い姿でこちらを見ている。彼女の目に悲しみの感情が浮かんだ。

 

「皇帝陛下、私はあなたを助けません」

「な、なんと……」

 

 桃香は、皇帝に淡々と語った。この時、彼女は“漢を再興する”夢を、捨てた。

 

「あれはご主人様、北郷一刀の姿をした、ただの幻影です。北郷一刀は人を苦しめ、殺すような人ではありません。私は、私たちは、あの幻影を認めません!曹操さんに従います!」

「あ…あ……」

 

 言葉なく、後ろに下がろうとした皇帝を、アキラがその腹を踏みつけて止めた。

 

「ふぐっ!」

「アキラ、ダメよ。“病人”にそんなことをしたら」

 

 華琳が、蓮華と桃香の肩をポンッと軽く叩いて、前に出てくる。入り口から春蘭と秋蘭の姿が見えた。

 華琳は2人に命ずる。

 

「皇帝陛下はご乱心あそばされた!いにしえの伊尹の例に従い、皇帝陛下を幽閉申し上げます」

「はっ!」

 

 伊尹とは湯王に仕え、殷王朝誕生に寄与した名臣である。彼は湯王の孫の太甲が暴虐なふるまいをしたため、彼を幽閉して悔い改めさせた後に、再び王に迎えた逸話が存在する。

 もっとも、華琳は幽閉を解く気はなかったが。

 

「立ち上がられよ」

「い、いやじゃ!いやじゃ!」

 

 皇帝の泣き声が聞こえる中、アキラは階段を下りて彼女たちの元に向かった。目じりをつり上げた華琳が、彼を出迎える。

 彼女は、彼の胸を指でこづくと、こう叱りつけた。

 

「二度とこういうことは止めてちょうだい。あなた、本当に殺そうとしたわよね?」

「分かった。次からは“相談してから”やることにする」

「そういう意味じゃないでしょ!あのねぇ!」

 

 アキラは怒る華琳を放っておき、蓮華と桃香の元に向かった。

 

「ありがとう。2人のおかげで助かった」

「アキラ。呉はあなたの化け物退治に全面的に協力するわ。助けが欲しかったら、いつでも言ってね」

「蜀も協力します」

 

 桃香もそう伝えた。アキラは、思わずこんなことを聞いてしまった。

 

「俺のことが憎くないのか?」

 

 桃香は黙り込む。そして彼を静かに見つめると、こう言った。

 

「正直、あなたは嫌いです。あなたが憎い」

 

 でも、と桃香は続けて言った。

 

「ご主人様はいつも、みんなのことを考えていました。私たちはご主人様の遺志を受け継ぎたい。あなたを助けたいからではありません。ご主人様のためだからです」

「……すまないな。変なことを聞いてしまった」

「………」

 

 突然、「隊長!」とアキラを呼ぶ声が聞こえてきた。凪がアキラたちの元に駆けこんでくる。

 彼女の顔は満面の喜びにあふれていた。

 

「やりました!銀の剣の作成に成功しました!」

「本当か!」

「はい!これから量産します!」

 

 アキラは拳で手を打ち鳴らした。目の前に一筋の光が見える。

 

「華琳、反撃するぞ!準備しておいてくれ!」

「分かったわ!」

「蓮華と劉備も、遠征軍の編成を進めてくれ。頼む」

「分かっている。すぐにやるわ」

「はい!」

 

 アキラは歩き出す。もうここには用がない。アキラは皇帝がいた椅子に振り返ると、こう言い残した。

 

「天下は天下のためにある。お前のものではない。今度こそ、さようならだ。俺の敵だった者よ」

 

 

 

 

 


 
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