No.771844

『舞い踊る季節の中で』 第168話

うたまるさん

『真・恋姫無双』明命√の二次創作のSSです。

 長かった戦、今その決着がつこうとする。
 あなたは歴史の目撃者になれるだろうか?
 それとも命を砕けし戦士達の語り部となるのか?

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2015-04-17 20:24:59 投稿 / 全13ページ    総閲覧数:4119   閲覧ユーザー数:3378

真・恋姫無双 二次創作小説 明命√

『 舞い踊る季節の中で 』 -群雄割編-

   第百陸拾捌(168)話 ~ 紅く染まりし空へと舞し羽は、天稟の黄昏 ~

 

 

(はじめに)

 キャラ崩壊、セリフ間違い、設定の違い、誤字脱字があると思いますが温かい目で読んで下さると助かります。

 この話の一刀はチート性能です。オリキャラがあります。どうぞよろしくお願いします。

 

 

【北郷一刀】

  姓:北郷

  名:一刀

  字:なし

 真名:なし(敢えて言うなら"一刀")

 

 武器:鉄扇("虚空"、"無風"と文字が描かれている) & 普通の扇

   :鋼線(特殊繊維製)と対刃手袋(現在予備の糸を僅かに残して破損)

 

 習 :家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、

   :意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(本人は無自覚)

 得 :気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)

   :食医、初級医術

 技 :神の手のマッサージ(若い女性は危険)

   :メイクアップアーティスト並みの化粧技術

 術 :(今後順次公開)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三代(張郃(ちょうこう))視点:

 

 

 

「城壁へ更なる圧力を。

 五拾から七拾番隊は加勢に向かうように」

「それだけじゃ足りないわ!

 敵の攻撃部隊を、もっと此方に引き寄せなさいっ!

 本陣の前に突っ立ってる部隊を行かせなさい。なんとしても敵を城壁から引き離すのよっ!」

「しかし、それでは此方にも被害がっ」

「煩いわね。そんな事は分かっているわよ。

 本陣を餌に、相手の攻め気を引き出させる位の危険をする価値が今この機会にはあるのよ。いいから行きなさいっ!」

 

 沮授と荀諶の指示が次々と忙しなく飛び交う中、かつて無い強引な指示に伝令兵が戸惑いまたは悲鳴を上げるも、二人の圧力にすぐさま己がやるべき事を思い出し掛けて行く。

 さっきまで前線で偽曹操…じゃなくて曹洪達の部隊とやり合っていたものの、兵に一息を尽かせるために前線を他の部隊と交代して自分達の部隊を後退させ、こうして本陣にまで顔を出したのは別にのんびり休憩に戻ってきたわけではなく、一度戦場全体の戦況を掴むため。

 そんな悠長な事が出来るのも圧倒的な軍勢を誇る袁紹軍ならではあるけど、軍が大きすぎて全体の戦況が見渡しにくいと言う問題もあるからなのよね。

 一介の将ならともかく、文醜と顔良のような側近の将とまではいかなくても、一応は袁紹様直属の将である私と高覧には、それぐらいの特権がある。

 もっとも、今の荀諶達の言葉を聞く限り、すぐにでも戦場へと戻った方が良さそうね。

 

「高覧、予備の盾と交換したら出撃(でる)わよ」

「待ってよ。ついでに肩当ても交換しておきたい。

 うぅ…おろしたての新品だったのに…。あの娘(曹洪)嫌いだよぉ」

 

 涙目に高覧がぶちぶちと文句を言っているけど、可哀相だけどしょうがない。だって、あんな反則的な得物とまともに得物を合わせたりしら、此方の得物が破壊されるだけだもの。

 曹洪とまともに得物を付き合わせられるのは、文醜や顔良みたいな超重量級の得物を持つ人間か、高覧みたいに超重量級の鎧で受け止めるしかない。

 幸いな事に、武の腕は夏侯惇姉妹ほど人間離れしていつわけでもなく、私と同じ程度。おまけにあの得物はよほど"氣"を消耗するのか、脅威と言える切れ味を見せるのは、ごく短時間でしかなく。犠牲を覚悟で数で押しつづければ討てない相手じゃない。

 

出撃(でる)なら、こっちにまっすぐ突っ込んでくると予想できる猪達の出鼻を、少しでも緩めてほしいんだけど」

「………分かったわ。その代わり本陣(ここ)の部隊を五千ほど連れてくわよ」

「自由になさい」

「ふぇっ!」

 

 荀諶の無茶な指示……、いいえ、お願いに一瞬息が詰まるものの覚悟を決める。

 あの化け物的な強さを誇る夏侯惇と、一瞬とは言え文醜達の援護も無しに渡り合えと言うんだから、息の一つでも詰まっても仕方ないじゃない。

 まぁ、高覧が何か悲鳴じみた事を言っているけど、この際この娘の言う事は無視する。

 補給拠点であった街と補給路を断たれた今、目の前の砦を数日中に落とさない限り此方にも後がないのが現状。だから、無茶だろうが無謀だろうが勝つためにはやらないわけには行かない。

 荀諶だって糧食が焼き払われた責任を感じているからこそ、よりいっそう必死に指揮を飛ばしているわけだし、こうしてお願いに来たりしているわけだもの。

 なら、勝つために必死に考えた我等が軍師達に応えるのが将兵の役目。

 そしてそれが私達の夢を叶える道標になると私は信じている。

 

「それと出撃(でる)なら、もう少しだけ待って、うまくいけば一度後退してくる文醜達と挟み撃ちに出来るはずだから」

「一応は生き残れる算段はあるって訳ね」

「当たり前よっ! 私を誰だと思っているのよっ。

 私はね、誰一人だって無駄死になんてさせるきなんて、これっぽっちも無いんですからね!」

 

 叫んでから、気恥ずかしくなったのか、ふんっ!なんて捨て台詞を残して沮授の処まで小さく駆けて行く荀諶の姿に、無意識に力みすぎていた力が身体から抜けて行くのが分かる。

 ……誰一人か、嬉しい言葉だと感じる。

 荀諶の螺旋のように捻くれまくった性格はさておき、こんなに近くにそう心から言える人間が、あの老人達のせいで腐った袁家の中にいた事が素直に嬉しく思える。

 

 

 

 ……本当に結といい、荀諶といい、素直じゃないんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まだ陣形に厚みがあるとは言え、着実に此方の兵達を打ち崩しながら近づいてきている夏侯惇達の牙門旗の遙か向こうに、文醜と顔良の牙門旗が転進している事を伝令兵からではなく、直接自分の目で確認してから急造の部隊に指示を出す。

 私と高覧が率いる昔からの部隊は前線近くに待機させたまま。 でも其方には既に伝令と飛ばしているので、此方が動き出すと同時に此方に合流するために動いてくれるはず。

 他にも、いかにも慌てて止めようと部隊を動かしています。と見えるように敵部隊の攻め気を誘うように荀諶と沮授が兵を動かしてくれている

 ……もっとも、確認は取ってないけどね。でも、本気で本陣に敵部隊を突っ込ませる気が無い以上、そう動かすはず。なら態々無駄な確認をして、二人の指揮の邪魔をするまでもない事。

 今は私達の軍の軍師であるあの二人の才覚を……ううん、心のあり方を信用するだけ。

 

「槍と盾を前に!

「進めっ!」

 

どぉーーーーーーんっ!!

 

 戦場の喧噪を吹き飛ばしそうなほどに大気を振るわせながら、響き渡ったのは袁家の誇る巨大な銅鑼ではなく。曹操軍と対峙した時より何度か聞いた音。

 しかも今までにないと言える程に特大と言える程の音の正体は……。

 

「東より楽と程の牙門旗が現れたとの事。その数約六千」

「西からも五千を超える新たな敵影を発見。李と于の牙門旗が掲げられています」

 

 曹操軍の将である楽進の放つ"氣"弾。

 しかも今までは単発でしかなかったのに、今までは敢えてそう見せていただけでしかない事を証明するかのように、連続で聞こえてくる爆発音と吹き上がる爆煙。……そして将兵達の怒声と悲鳴。

 

 

 

 

 

 

凪(楽進)視点:

 

 

 

はぁ…。

はぁ…・。

 

 息が上がりそうになるのを、気合いでもって抑つける。

 不用意に呼吸を乱せば、せっかく練った"氣"が乱れるばかりか次弾に備えての"氣"が練れなくなるし、それ以上に身体が疲労を思い起こしてしまう。

 

「はぁぁぁっ!」

 

 右の掌に練った"氣"弾を同じく"氣"を纏わせた足で思いっきり蹴り出す。

 次弾に備えて掌に再び"氣"を練りながら、放った"氣"弾が狙いが反れながらも敵の陣形の真ん中に突き刺さると共に激しい閃光と共に爆発し。それ以上にもうもうと土煙を空へと舞い上げる。

 

「もう二〜三発、南側にほしいですね」

 

 後ろからまるで花壇に咲く花を摘むような軽い口調で聞こえる軽やかな声に、声に出すことなく首を小さく縦に振る事で応える。

 要望を言いながらも、既に部下達は私を置いて敵陣に突撃を掛けている以上、最初からそれは作戦の中に含まれていた事だと理解はしている。

 ただ、要望という形で敢えて口に出す事で、無謀とも言える"氣"弾の連弾に疲労が襲いかかる私への心遣いであり、私を鼓舞するための言葉。言い換えれば、後数発で目論見を成せると、今が踏ん張り時なのだと。

 だから私は風様のその言葉に応える。

 

「でぇぇぇーーーーーーいっ!」

 

 指示通り、……と言うには狙いは僅かに反れてはいるものの、この場合それはたいした問題ではない。

 続けて更に三発の特大の"氣"弾でもって袁紹軍の目を奪う策の止めとなした。

 ……いや、なったはずだ。

 

どざっ

「はぁ…、はぁ…、はぁ……」

 

 呼吸の乱れと共に、疲労が私の身体に重く襲いかかる。

 片膝を地面に付けながらも、頭を戦場へと向ける。 …が、連続して特大の"氣"弾を放つという自殺行為なみの無茶をしたせいか視界が霞む。いや、世界が揺れる。

 それでも目を凝らす。其処には私と風様を信じて突っ込んでいった部下達がいるだけではない。

 仲間であり友である沙和や真桜達が、………なによりその遙か先には春蘭様達がずっと戦い我等の到着を待っていたはず。

 

『ふん、あんまり遅いと活躍の場を私が全部貰っていくぞ。

 せいぜい、戦が終わらぬうちに戻ってくるのだな』

 

 脳裏に出立前の春蘭様の言葉が浮かぶ。

 ……でも、これで間に合わなかったなとかは言われなくて済みそうですね。

 

「うわっ!」

「なっ!」

「なんで落とし穴が!」

 

 霞む視界の向こう。…いいえ、爆発によって舞い上がった土煙の向こうで、敵兵達の悲鳴が次々と上がってゆくのが聞こえてくる。

 

「どうやら真桜ちゃん達が昨夜の内に仕掛けておいた罠が発動したようですね」

「まったく、質の悪い事を考える奴がいるもんだぜ」

「ふふふっ、本当にそうですねぇ」

 

 風様とその頭に乗る宝譿と呼ばれる人形との会話らしきものが聞こえる。

 おそらくは疲労で視界と意識が朦朧としている私の目に変わって、状況を教えてくれるつもりなのでしょう。

 実を言うと、袁紹軍の補給基地と輜重隊をほぼ同時に叩くという桂花様の計略を無事に成功を収め。急いで華琳様達と合流をすべく官途の地に着いたのは昨夜の事。

 それを合流することなく、今の今までこうして身を伏せて潜んでいたのは、風様のお考えがあっての事。

 

『戦には、目に見える以上に風が変わるものなんです。

 その風を大きくするためには、ただ合流すれば良いというわけではないんです』

 

 そうして夜の帳を隠れ蓑に真桜の部隊が横に一直線の落とし穴を幾つも掘り、大勢の人間が乗っても簡単に崩れたりしないように板で蓋をし、土を厚く被せて偽装を施したわけだけど。

 

「凪ちゃんの部隊による奇襲と爆発に加えて目隠し。

 "氣"弾による爆発が収まるのを合図に、真桜ちゃんのところの工兵が落とし穴の蓋を抑えていた柱を一気に打ち崩す事で混乱を招き。更に別の方角から沙和ちゃんが率いる部隊による強襲」

 

 一の力を五にも十にもしてみせるのが軍師と呼ばれる者達の力。

 ただ、力の限り暴れていては、より巨大な力に立ち向かうどころか、いたずらに仲間を失って行く事を、私達三人は黄巾の乱の時に痛いほど学んだ。

 だから歯を食いしばり、風様の言葉に従ったのだ。

 六の州を治め、巨大な軍勢を誇る袁紹軍に打ち勝つためには必要な事だと。

 ……だが、不安になる。

 いくら風様の言葉通り策が成ろうとも、我等が三人が率いる兵はたかだか一万。

 何十万もの兵を率いる袁紹軍に、いくら不意を突き混乱させたところで成果は知れているのではないか? そんな不吉な考えが脳裏を横切る。

 だけどさすがは風様、私の不安すらもお見通しなのか。

 

「敵は凪ちゃん達の活躍によって、目を奪われ。足を奪われ。思考を奪われました。

 と言っても、その数は袁紹軍全体から見れば、ごく僅かなものなのかもしれません。

 ですが、どのような大きな山火事も、最初は小さな火種にすぎない事が多いとされています。

 そして我等が軍には、その小さな火種を大きくする名人さんがいますからねぇ」

「普段は、騒動ばかり起こしているがな」

「これこれ宝譿、そのような事を言うものではないですよ。

 確かに、その誰かさんは平時はそう言う事が目立つかも知れませんが、それは常人では計りきれない力をもてあましている証の一つ。そのもてあますほどの力も振るう場と機会さえ与えてやれば、その誰かさんは期待をそうそうに裏切ったりはしないと風は信じているのです」

 

 ははははっ。

 我ながら自分が情けなくなる。

 自分で言っていたではないか、風様達軍師の力を信じるからこそ、提案される策に力の限り振るう事が出来るのだと。

 そして風様達軍師の方々も同じ事。 私の、……いいや。春蘭様(・・・)達の力を信じているからこそ、あらん限りの采配を振るう事が出来るのだと。

 持つ力の量と質だけではなく、気質や弱ささえも全てを把握してなお、その弱ささえも策に組み入れる事が出来るのだと。

 ……それは、その弱さも力なのだと信じておられるのかもしれない。

 こんな嬉しい事はない。

 沙和や真桜のように、本当の意味で強くはない私を……。

 腕力が強いだけで、本当の意味で弱い私を……。

 信じる足る力なのだと言ってくださっている。

 ならば、私のやるべき事は決まっている。

 いや、最初から決まっている。

 ……ただ、風様の言葉に、それを思い出したに過ぎない。

 

「兵を二百ほど置いてゆきます」

「もう行くのか? せっかちな奴だぜ」

「もう少し休んで行かれても罰は当たらないと思うのですが……、言っても無駄でしたね」

「ええ、彼処ではまだ仲間と部下達が戦っていますから」

 

 まだ疲労による目眩がするが、これくらいならば問題ない。

 呼吸も、走りながら整えれるだろう。

 

ずきんっ!

 

 無理をさせすぎたのか"氣"脈が火傷のように、ずきずきと熱く痛む。

 流石にこれでは"氣"弾は放てしないだろうが、"氣"が枯渇したわけでもないし。痛みさえ無視すれば、まだ"氣"を練って通す事ぐらいは出来る。

 体調は最悪だが、満身創痍というわけではない。この程度なら十分に戦えるし、これ以上此処で休んでいる理由は私には思いつかない。

 行くんだ。あの地に。

 例え私の力はたいした事がなくとも…。

 それが必要だと私は知っている。

 例えどんな些細な力であろうとも…。

 その一つ一つの小さな力こそが、勝利をつかみ取るために必要な事を。

 此の凄惨な世の中を変えて行くのに必要な力なのだと。

 

「風様、また生きて会いましょう」

「風は御武運を、とは言いませんよ」

「言わないのか?」

「ええ宝譿。風はただ『お帰りなさい』と言ってあげるだけなのです」

 

 足が自然と前に進む。

 風様の言葉に背中が押された。

 死んでも勝つなどと言う気も失せた。

 私は、また間違えるところだった。

 誰もそんな事を望んでいない道を選ぼうとしていた。

 確かにその通りだ。死ぬ気"で戦ったところで、その手に掴める事など知れている。

 そんな低い志で掴める事など、誰も望んでいない。

 だから、生きて勝ち帰った後、風様に伝えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ただいま帰りました』と……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

麗羽(袁紹)視点:

 

 

 

 

 

 

 

「まだ押し返せませんの?

 なんとかなさい!」

 

 私の言葉とは裏腹に、華琳さん達の策で一時的に戦場に混乱が生じたものの、荀諶さん達の活躍のおかげで、あの直進するしか脳のない夏侯惇さんや、華琳さんの従姉妹達の無茶苦茶な進撃も、無事に押し返す事が出来そうなのは誰の目にも明らか。

 他にも魏の三羽鴉と呼ばれる人達の活躍も在ったよう、圧倒的な数の前には無駄だったようですわね。

 ……もっとも、そのために払った代価は、華琳さん達の払った代価の数十倍では効かないでしょうけどね。

 

「右翼に敵の攻撃を集中させて、左翼を押し出しなさい」

「七十〜九十の部隊を最前列へ。代わりに百から百二十番台を後退()げるように。

 疲労で攻撃に集中できていないように見えます」

 

 戦況は優勢。

 輜重隊を焼き討ちした忌々しい別働隊が加わったところで、今日の内に砦を落とせる機会を一つ失っただけに過ぎない。

 先程同様に、誰の目にもそれは明らか。

 ………凡人の目には、と但し書きが付くでしょうけどね。

 

「西側の城壁の崩壊部分から完全に切り離されました」

「いいから押し続けなさい。無駄でも圧力かけ続ける事に意味があるのよ。

 沮授、東側はどうなってるの?」

「荀諶が西側に敵を引き寄せてくていたおかげで、防壁に取り付いた部隊による工作は進んでいるようですが」

「……まだ時間が掛かるというわけね」

「はい」

 

 ならば、なぜ荀諶さん達はひっきりなしに指示を出しているのか。

 それは調練不足を補うために【無策の計】が信条の私の軍において、不慣れな策を推し進めるため。

 何故? そんなの決まっていますわ。

 静かに大きく深く息を吸い、頭の中を何度も考えを巡らすも、それは嘲笑うかのように徒労に終える。

 ……答えは既に出ていますわ。

 

「文醜さん達を呼び戻しなさい」

「なっ!」

 

 さすがは荀諶さん。

 その一言と青ざめた顔から、私の考えている事を見抜かれたようですわね。

 一瞬とは言え、私の言葉に固まる荀諶さんの背中の向こうで、伝令兵はその言葉の意味を理解する事も出来ず、ただ命令に忠実に戦場を駆けて行くのが見える。

 一部を除き、そのほとんどが素人同然の軍隊の中で、どの部隊であろうとも例外なく訓練されていたのが伝令兵だけと言うのは、こう言う時には皮肉な話ですわね。

 

「まだ時間はあります」

「ええ、ですが、残された糧食で兵達を賄う事が出来るのは何日かしら?」

「そ、それは……」

「一月は持たせれます」

 

 言葉に詰まる荀諶さんの代わりに、沮授さんが答えるも、それは正論でしかない。

 しかも華琳さん達のような正当な訓練を受けた軍隊での話。まだまだ机上でしか考えが及ばないのは経験のなさが出ていると言ったところかしら。

 この経験のなさも、あの忌々しい老人達のせいと言い捨てるのは簡単ですが、私が態々それを言う事でもないですし、今それを言っても仕方在りません事ですわ。

 ……なら、私らしく正直にいくことにしますか。

 

「お腹いっぱいになれない兵達が、どれだけ留まってくれるかしら?」

 

 殆ど兵達は、徴兵と言う事もありますが、飢えから逃れるためになっているにすぎない人達。

 それもこれも、あの老人達の私利私欲に塗れた政策のおかげで、餓えざるえなかっただけ。袁家を恨みこそすれ、忠誠心など最初から持ち合わせておりませんわ。

 むろんそう言った人達ばかりではないと知ってはいますけど、大多数である事に違いはないですわ。

 

「七日分…いいえ、八日分はあります」

 

 荀諶さんの言葉に、でしょうね。と呆れ混じりに納得してみせる。

 ですが、新たに手配した輜重隊が来るのは最低でも十日以上は掛かると報告したのは荀諶さん自身。おそらくは半月は掛かると私は見ていますわ。

 なら、私の言いたいことは十分に分かっているはずです。

 お腹いっぱいになれない兵達が留まってくれるとしたなら、それは安全だと保証されている場所でのみ。

 つまり、今華琳さん達が立てこもっている砦を落とし、その中でならと言うことになりますわ。

 そして、いくら安全であろうとも、まったく食べるものがなければ、指揮の低い兵達が残るとは思えません。最悪、残っている僅かな糧食を奪って脱走する事も十二分に考えられること。

 

「つまりあと三日か四日であの砦を落とせと」

「ええ、そう言う事ですわ」

 

 さすがは沮授さん。幼くして私にもそしてあの人達に利用する価値があると認めさせるほどの才覚の持ち主ですわ。経験の無さを知力でもって正論以外の答えに辿り着こうとしています。そして今しがた自分の発した言葉の意味さえも、既に答えが出ているはずですわ。

 そして、だからこそ悲しい子。

 まだまだ色々と教えてさし上げられなかったことが、本当に残念で仕方ありませんわ。

 

「そんなの無理に決まっているわ。

 どう見てもその倍はかかるものっ!」

 

 ええ。私もそう考えたからこそ私は文醜さん達を呼び戻すことを決めたのです。

 これがあの人達が生きていたならば、あの人達のせいにも出来たでしょうけど、あの人達の業に相応しい最期の舞台を用意した時点で、全ては私の責任ですわ。

 この現状があの人達が残した罪業が起因だとしても、その責は袁家の長である私が受け止めなければならない。

 

「あと五日あれば、勝機が目に見えてくるはず。

 さすれば勝ちを前にして、みすみす敗者側になろうとする馬鹿な兵もそうそうはでないはず。……たぶんだけど」

 

 たしかに荀諶さんの言うとおりかも知れない。

 ……でも荀諶さん自身も気がついているはず。あの勝ち気な華琳さんが、守りに回ってはジリ貧になるしかない状況下で次の手を打ってこないわけがない事を。

 そして、無茶とも言える策であろうとも、華琳さんの将兵はそれを成してみせるだけの力をもっている。

 地道な鍛錬と調練によって育んだ力。 それは長い時間と多くの経費をかけて始めて成し得れること。

 それが私と華琳さんとの一番の差なのかも知れませんわね。

 

「雄々しく華麗な勝利こそ私の求めるもの。

 それ以外の勝利など、私は興味がありませんわ」

 

 最早、勝負は見えたも同然。これ以上は、無駄に命を落とさせるだけのこと。

 そんな泥沼な戦、私の美学に反しますわ。

 

「姫」

「麗羽様」

「「袁紹様」」

 

 ちょうど良いところに待ち人が来たようですわね。

 そして皆さん、何となく状況を察しておられるようですわ。

 ……もっとも、文醜さんだけは、良いところを邪魔されたと言わんばかりに、少しだけむくれているあたり、呼び戻された意味をまだ理解されていないようですわね。 ……まぁ、それも文醜さんの良いところであり可愛いところですから、この際構いませんわ。

 

「猪々子さん、斗詩さん、案内を頼めるかしら」

「……姫?」

「……本気なんですね?」

「……ええ」

 

 いくら私でも、嘘や冗談でこんな事を言える訳がありません。

 そして、こんな事を頼めるのも、あなた達二人にしかいませんわ。

 何故なら、私が言いたいこと、そして成したいことを、斗詩さんは勿論のこと猪々子さんもすぐに理解してくれるばかりか、これ以上何も言わなくても私の考えと決意を理解してくれる二人ですもの。

 

「まぁ、あたいは何処までも姫についていくって決めてるから、姫がそう決めたならあたいは従うぜ」

「此処まで一緒に来たんです。最期までおつきあいさせてください」

「礼は言いませんわよ」

 

 そんな言葉の足りない私の強がりに、二人は苦笑を浮かべるどころか、心からの笑みを返してくれる。

 ……信頼と絆という笑みを。

 そんな言葉、今更不要だと。

 

「張郃さん、後の事は全て貴女に任せますわ。

 降伏するも撤退するも好きになさい」

 

 きっと、張郃さんなら巧く被害を抑えるように収めてくれるはず。

 貴女は自分を過小評価されていますが、将という意味では、文醜さん達より高みに上れる資質をお持ちですわ。もっともっと自信を持ちなさい。そして自覚なさい。自分の本当の力を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、そろそろ行きますわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

張郃(三代)視点:

 

 

 

「では、そろそろ行きますわよ」

 

 麗羽様のそんな御言葉など無くとも、きっと文醜と顔良は麗羽様の後ろへと黙って付き従っていただろう。

 そう自然と思わせるほどに、行こうとする三人の姿は当たり前の光景。

 それは………主従としての当たり前の信頼なのか。

 それとも……共に苦楽を共にしてきた家族だからなのか。

 もしくは……全く別の理由なのかも知れない。

 でも、確実に言えること。

 ……それは、其処には私も比奈もいないと言うこと。

 麗羽様の隣には、私はおろか比奈でさえも立たせてもらえない。

 その現実が嫌なる程分かる光景。

 ……でも、そんなことは昔から知っていたし理解していた。

 例え真名を許され、真名で呼び合うこともある間柄になってからも、あの二人がいる以上そんな事はないのだと。

 それが悲しいと思わなかったと言えば嘘になる。

 ただ同時にあの二人には叶わないとも納得していた。

 武力では猪々子に届かず。

 知力でも斗詩見たいに役に立たず。

 勇猛さにいたっては二人の足下でさえ届かない。

 でも、そんなことなど関係なしに、私達では猪々子にも斗詩にも敵わないことをとっくに知っていた。

 

 

 

 だから……。

 

 

 

 

 

 

 

「このまま、行かせるわけにはいきません」

 

 

 決断は一瞬だった。決めると同時に行動に移す。

 だから、斗詩はおろか猪々子にさえ得物を構えること事を許さずに、剣を突きつけることが出来たのだろう。

 あれだけ敵わないと理解している二人を、あっさりと出し抜くことに始めて成功できた事に驚きもする。

 

「なんのつもりです?」

 

 ……でも、さすがは麗羽様ですね。一瞬、驚いた顔はしたものの、それだけ。

 眉をひそめ、己が首筋に突きつけられた剣に視線を向けるどころか、剣のことなど気にせずに堂々と此方へと振り向く。

 それは袁家を纏めるために身につけた麗羽様の剛胆さなのか。

 それともまだ(・・)傷つけないと言う自信の表れなのか。

 判断はつかないものの、話だけは聞いてあげますわ。と言う麗羽様の意思の表れだと言うことだけは分かる。

 

「三代さん。私が嫌いなもの知っていますわよね?」

「美しく、そして華麗でないもの、ですか」

「ええ、分かってらっしゃるではないですか」

 

 分かっています。

 このまま曹操軍との決戦を進めて行けば、勝つ可能性がないわけではないものの、大敗する可能性のほうが大きいと言う事。

 それは麗羽様の信条たる雄々しく、勇ましく、華麗に進軍ですわと、大きく掛け離れたもの。

 それは華麗とは正反対のどろどろの消耗戦でしかなく。悪戯に戦死者を増やすだけの行為。

 先人達の戦争の中には、勝つことにより得られる実りなど関係なく、双方の王の意地と誇りだけで長い年月の間死山血河を築き続け。挙げ句の果てに国力を失い、国を衰弱させ崩壊させた王は数知れない。

 麗羽様はそんな無意味で、虚構な戦争を何より嫌われる。

 だからこそ、何時も万の自信を持って声高に笑われた。

 

『雄々しく、勇ましく、華麗に進軍ですわよ。 ほ~~ほっほっほっほっ』

 

 そして、麗羽様にとって、本来の袁家を取り戻し、民と共に平穏を楽しむのが麗羽様の戦いであるように、私は私の戦いがある。

 

「麗羽様が向かう先は反対側へと、向かって頂きます」

 

 手が震えそうになる。

 己が全てを賭けて仕えた主に剣を向けるなどという恐ろしい行為に、心が押し潰されそうになる。

 それでも、私は事を成し遂げねばならない。

 

「私に醜く生き恥を晒せとも言うのですか?」

「ええ、麗羽様にはなんとしても生き残って貰わねばなりません。

 少なくともあの者達全ての首が落とされるその日まで」

 

 私の言葉の意味に、麗羽様がゆっくりと目を瞑り考えを巡らす。

 あの者達。……袁家の老人達の生き残り達。

 拠点に居を構え、政の中心にいた老人達は、確かに私と高覧の手で粛正を掛けた。

 ……でも、袁家が治める広大な土地では、今回の粛正の手から逃れた老人達が多いのもまた事実。

 あくまで今回の粛正が成功したのは、中原の覇者たる曹操との戦いが数ヶ月以内に無事に終えれる目論見があってこそ。

 公孫賛や劉備の治めていた北方の地どころか中原の土地をも新たに手に入れた麗羽様の力でもって、本格的な大粛正が行われる。と内外に思わせれたからです。

 ですが、麗羽様が曹操との戦を此処までだと判断されたのなら……。

 

「華琳さんは、そんな甘い方ではありませんです事よ。

 小生意気にも、公明正大を謳っておられますからね。

 ……まったく、そんなものなど幻想でしかないというのに」

「ですが口実と考える時間を与えるのは事実。

 麗羽様があの老人達を甘く考えているとは思いません。

 ですが、何百年も袁家を……いいえ、あの土地全ての民を欺し続けてきたあの老人達の力を決して甘く見ることなど、私には到底出来ない」

 

 あの狡猾な老人達の一族はどんな卑劣な手段を用いようとも、自分達の財と権力を保持しようとするはず。

 たしかに麗羽様が言うように曹操は詰めの甘い人間ではないでしょう。

 ですが曹操が決戦にこだわる理由は麗羽様と同じ。

 その土地を治める一族達を力尽くで黙らせ、自分が新しい土地の主だとその土地全ての民に知らしめる事で、流す血の量を抑えるため。

 全ての責任をその一族達に着せることで、大人しく従うならばそれ以上害は与えないと言う宣言。 その後は政治的な話になってしまい、どうしても時間が掛かったり見逃さし得ない者も出てきてしまう。

 だけど麗羽様達が生きて逃れることが出来たのならば、曹操は戦争を終わらせる生け贄としてあの老人達に押しつけることが出来るし、全ての責任を罪科を追及する口実も生まれる。

 

「貴女の気持ちは分かりました。

 ですが私には私の成したことに対する責任があるのもまた事実です」

 

 喉に冷たい感触があたっていることにも拘わらず。

 指一つ分刃を食い込ませるだけで、その命がないにも拘わらず。

 三公を排した名家の当主に相応しい毅然とした姿で、裏切者である私に応えてくれる。 ……その言葉は聞けないと。

 

「わ、私も麗羽様には、生き残ってほしいです」

 

 高覧……比奈が、その言葉と共に私の横に立つ。

 捻くれた私と違って、心からの素直な言葉で。

 ……ううん、きっと此処にいる多くの者達が麗羽様に死んでほしいなどと思ってはいない。

 私の言葉に賛同する者。 比奈の思いに頷く者。 思いは人それぞれ違うだろうし、麗羽様の生死さえも駆け引きとする者達だって当然いる。

 ……それでも、麗羽様に今は生きて貰いたいと考えていることには違いない事に、私は力が湧く。

 

「何を言われようとも私は・」

「あの麗羽様」

「なんですの。今は斗詩さんの出る幕ではない事くらい解っているはずですわよね」

 

 でも、そんな力など関係がなかった。

 私と比奈がどう願い、どう思おうと、それ以上に麗羽様を按じている二人が、この機会を前に動かないわけがなかった。

 

「命を賭けている臣下の想いを汲んであげるのも、良き当主の証だと思うんですが」

「あたいも最期まで姫に付き合う気持ちに代わりはないけど、此処で終わるのも姫らしくない気がするんだよなぁ。

 それに、このまま曹操の野郎に頸を差し出すってのも癪ってのもあるけど、一泡吹かしたいしさ」

「……か、華琳さんに一泡?」

「おうよっ。姫を捕まえようと曹操の追撃隊から見事に逃げ切って見せたり、返り討ちしたりとか面白そうだしさ」

「それにしたって、もう少し何か目的が欲しい気も……、そうだ。そう言えば文ちゃんこの間、面白そうな話拾ってこなかったっけ?」

「えーと? ああ、始皇帝のお宝が埋まっているって言う何とかとか言う山の話のことか?」

「岱輿山、文ちゃんそう言ってたよ」

「そうそう、その何とか山」

「……岱輿山って言えば五大霊山として有名な仙境だよ」

「え? 仙境って三つじゃなかったっけ?」

「岱輿と員喬は流れて消えたと伝説にあるから、そう言う曰く付きの話が生まれるんじゃないかな。ってあの時も説明したのに。

 とにかく、麗羽様に相応しい神秘に満ちたお宝があるかもって言う話」

「そうそう、時間が出来て暇になったら姫のために探しに行ってみたいって言ったっけ」

「もう、本当は自分が楽しみたいだけでしょ」

「なはは、でもあたいも楽しめて、姫のためにもなってと言うなら問題ないじゃん。むろん斗詩もついてくれるって言うのが前提条件だけどな」

「いくら私が言っても最期には無理矢理付き合わせる癖に」

 

 一見、何時も通りのばかばかしいとさえ言える言葉と話。

 でも、その馬鹿馬鹿しい言葉の裏にある想いは、何処までも深い。

 だからこそ麗羽様も無視するわけにはいかなくなる。

 此処まで一緒に歩んできた者達の言葉だから……。

 死地へと共に歩もうとした者の想いだから……。

 

「そうですわね。華琳さんに一泡吹かすのも面白そうですし。

 暇潰しに猪々子さんのお話に乗ってみるのも一興かも知れませんわね。

 なにより、雄々しく勇ましく華麗に前進する方が私に相応しいというものですわ」

 

 だから私は剣を麗羽様の頸下から退く。

 決めたのならば、もう一瞬であろうとも時間が惜しい。

 斗詩も猪々子もそれを解っているからこそ、すぐに地を蹴り駆け出す。

 私に掛けられた言葉も言い終えれないうちに、麗羽様の気が変わらないうちに手を取って、問答無用で先程向かおうとしたのとは反対側へと。

 あの曹操軍が、私や比奈達を始めとする主要な将がこうして此処に集められて、手薄になった戦況を見逃すはずがない。

 だからすぐに来るはず。

 数で劣る曹操軍が巨大な龍ではなくなり、ただの大蛇へと成り下がった袁家を打ち崩すために取る手段は一つ。頭である麗羽様を捕らえること。

 

「荀諶、沮授、悪いけど最期まで付き合って貰うわ……って」

「各隊に連絡、陣形を方形陣に」

「敵の陣形に迅速に対応できるように、部隊と部隊の間にわざと間隔を開けさせなさい。目的は時間稼ぎなんだから無理しなくても良いわよっていうのも伝えなさい。

 言っておくけど、大将が逃げ出したなんて情けない噂、とっとと広まるんだから半日も保たせられないわよ」

 

 ……言うまでもなかったわね。

 彼女達だって同じ、あの老人達のことを良くは思っていなかったし、麗羽様には生き残ってほしいとも思っている。

 少なくとも、軍師たる彼女達にとって、そうすることがあの土地に住む者達にとって有益なことなのだと判断しただけのこと。

 理由としてはそれで十分。そしてそれ以上があるのならば、それはそれで嬉しいだけこと。

 

「三代、出撃()るよっ!」

「うん」

 

 だから、親友の言葉がそれ以上に嬉しかった。

 私達が今まで掛かって歩んできた道を…。

 多くの将兵と民草の命を犠牲に成してきたことを……。

 もう一人の親友が望みながら叶えることなく、私の手で逝ってしまった夢を……。

 無駄にしないために、戦うことが出来ることが。

 

「言っておくけど私は死ぬ気なんて欠片もないからね」

「ええ〜〜〜〜っ!?

 てっきり死んでも守り通すとか言うと思ったから、そうさせないようにとついてきたのに」

 

 比奈の呑気な言葉と口調に思わず足を滑らかしそうになる。

 でも同時に先程ほど発した自分の言葉に苦笑が浮かぶ。

 最初は比奈が危惧したとおり、命を捨てる覚悟をしていたもの。

 それにみんなを巻き込もうともしていた。

 だけど、今はそんな気などさらさら無い。

 あの時確かに私の耳に届いた麗羽様の言葉。

 

『これが最後の命令です。

 なにがあっても死んではなりませんことよ』

 

 本当に敵わない。

 最初から全部お見通し。

 もし彼処で麗羽様がそれでも抵抗するならば、力尽くで事をなすつもりだった。

 それが猪々子と斗詩の逆鱗に触れることになると解っていようと。どう足掻こうがあの二人には敵わないと知ってはいても、きっと私はそれでも動いていた。

 

 

 

「おーっほっほっほっほっほっ、雄々しく勇ましく華麗に前進ですわ」

 

 

 

 其処へ聞き慣れた声が背中の遙か先から聞こえてくる。

 何時もと同じ将兵を安心させ奮起させる言葉。

 ……でも、ほんの少しだけ違った。

 進軍ではなく前進、それが麗羽様のお心なのだとすぐ理解できる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

稟(郭嘉)視点:

 

 

 

 風が変わった。

 虎豹騎の一角が崩れたことで、流れが袁紹側に確かに傾き、あの剛胆な春蘭様でさえその顔色を変え、傾いた流れを取り戻そうと無茶というか無謀をどれだけ繰り返しただろうか。春蘭様達の奮起も、そして私の付け焼き刃な策も徒労に終えようとしていた処に、凪達が戻ってきてくれた事で戦の風向きが変わった。

 凪や真桜や沙和が率いる部隊の参戦と戦術。……全く風には困ったものです。おそらく昨夜の内に此の地に着いていたのでしょうに、今の今まで此方に連絡もせずに参戦する機会を伺っていたのですからね。

 ……もっとも、おそらく凪あたりに無茶な強行軍を強いられていた兵達を休ませるためというのが主な理由でしょうね。

 無理にでも休ませねば凪達将はともかく兵達がすぐに使い物にならなくなると判断し、もっともらしい理由で凪達を説得したのでしょう。

 そして渋ったであろう凪達を説得させた以上の戦果を風は成してみせた。

 風の恐ろしいところ、それは私に匹敵する知力でも掴み所のない性格でもなく、それは物事を流れを見る目。

 さすがは、力ある道化の家の出というだけの事はあります。

 世俗に関わらない。それが道化の掟。

 風は掟を破るために、道化の力を封じ、世俗のために使わない事を己が真名に誓ったと、かつて放浪の旅を共にしていた時に言っていた事を思い出す。

 ……もっとも、あの不思議人形を見る限り、何処までその言葉が本当なのか疑いたくなる時がありますが。

 

「春蘭様」

「わかっているっ!」

 

 凪達の活躍のおかげで、流れを取り戻すところまでは逝かなくとも、膠着状態にまで保ち返すことは出来た。

 一見すれば、その状態であっても我等の方が不利に見える此の戦況。

 ですが、その事で戦全体の流れは確実に此方側へと流れが変わった。

 私と風同様に魏ではまだ新参者扱いの凪達の存在から目を逸らすため、華琳様の血筋である香憐様達を敢えて前面に押し出す事で、補給拠点や輜重隊への強襲を成功させた事による成果がやっと出てきた。

 運だけの馬鹿だと噂されるも、かつては華琳様と同じ私塾に通い。その私塾で常に首位であり続けた袁紹。 華琳様がおっしゃるとおり、ただの馬鹿では無かったと言うことなのだろう。

 凪達が戻った今、手元に残った糧食がつきる前に我々を落とす事が不可能なのだと悟ったのでしょうね。

 先程から見てみれば、攻撃の手が緩んだ前線には、誰一人将らしき人物がいない。

 そして、その部隊を指揮していたのは、袁家においても有力な将達。それが同時に前線から姿を消す。その意味することはただ一つ。

 袁紹が呼び戻したのだ。今は撤退し、再び力を貯めるために。

 

「退き際が()り時と言います」

「ああ、私もそう思う。季衣っ、まだいけるなっ」

「はぁはぁ……。はい、もちろんです!」

「香憐と華憐は敵に我等の道を空けさせろ」

「わ、わかったわ」

「ふぇ? 男の人はもう嫌です」

「我慢するの。今、我慢して頑張れば、あんたの嫌いな男に囲まれている状況から解放されるかもって春蘭は言っているのよ」

 

 苦手な男性に囲まれて、いい加減に精神的にまいってきている華憐を香憐が元気づけるのが後ろ耳に聞こえる。

 人に自分達が突っ込む道を空けさせろと命じておきながら、その返事も聞くまでもなく自ら先頭になって敵陣へと突っ込んで行くその後ろ姿は、何度見ても呆れさせるも力強い光景。

 春蘭様と季衣が敵陣の一角を崩し、香憐達の部隊がそれを広げ、そのすぐ後を春蘭様達の部隊が後押しするように突っ込んで行く。後何枚もある敵陣型を打ち破るための力を少しでも温存するために。

 

 

 

 

 

 

「くっ!」

 

 ぎぎぎっ!

 

 幾つもの陣形を払いのけ、兵の消耗も体力も限界近くに達しようとした時、突如として馬上で行われたのは何時かのような光景。

 敵将である高覧の人並み外れた膂力によって、己を一筋の鎗と化した攻撃に、春蘭様は歯を食い縛り耐える。

 ただ違うのは、一筋の鎗と化したのが文醜ではなく張郃であること。

 だが、その攻撃は敵ながら浅はかすぎる。

 いくら一度は通用したからと言って、春蘭様を相手に同じ戦で同じ技が通用すると考えるのは迂闊と言えよう。

 現に春蘭様は反応して見せた。弓矢と同じ速度で迫る張郃の剣を確かに受け止めながら、その大剣の切っ先を張郃の肩へと……食い込んでいない!?

 張郃と高覧が仕掛けてきた一手、それは諸刃の剣。その速度と威力が増せばますほど、一歩間違えればその矛先は自らへと襲いかかるはず。

 

ぎちんっ!

「ぷはぁ〜〜っ!

 硬氣孔か。これほどの使い手を見たのは、流石の私も初めてだ」

 

 高覧と張郃の奇襲に何とか耐えきり、甲高い音共に剣ごと張郃をはじき返した春蘭様は、馬上で踏ん張るために体内に溜めていた息を、一気に吐き出すなやいなや敵にむけて賞賛する言葉を投げかける。

 例え格下であろうと、自分より優れたところを見出せば賞賛してみせる事の出来る素直さは、春蘭様を優れた武人として以上に私が一目置いているところ。

 もっとも……。

 

「面白い。貴様と硬氣孔と私の剣、どちらが上か試させて貰おう」

 

 それが敵方であった場合、直ぐさま己を更なる高みへと上らせる機会と手段へと変わってしまうのは、武人としての性なのでしょう。

 魏、最強の剣たる春蘭様の剣の冴えと、その春蘭様の一撃すらも防ぎきった張郃の硬氣孔と言う名の盾。

 確かに後世に謳われる名勝負になりえる一戦でしょう。……ですが。

 

「春蘭様、お待ちを」

「稟、邪魔をするなっ。すぐに終わらせる」

「いえ、それ以上に大切なことです。私の考えが正しければ華琳様のためになること」

 

 やはり私の言葉では止めきれない春蘭様に対して、私は切り札である華琳様の名前を春蘭様の鼻先へと突き出す。

 あまりこう言う虎の威を借りる行為は好きではないのですが、それこそ私の誇りなど気にすべき時ではない時。

 

「其方も、私の話など興味はないでしょうが、我等をこの場に留めるには、私の話を聞くのも悪い話ではないですよ」

 

 ……やはりか。

 張郃はともかく、深い兜の奥に隠れる高覧の表情が一瞬だけ強張ったのを私は見逃さなかった。おそらく兜で表情が読み取りにくいという心の隙を私の言葉がついたと言ったところでしょう。

 

「春蘭様、どうやらこの戦場にもう袁紹はいないようです」

「なっ! ならば後を・」

 

ぎんっ!

じゃりっ!

 

 私の言葉を証明するかのように、春蘭様の言葉が言い終えるよりも先に張郃の剣と高覧の鎗が春蘭様へと襲いかかる。

 

「お前の相手はボクだっ!」

がいんっ!

 

 春蘭様が望むのは張郃との勝負。その勝負を邪魔させまいと妹分である季衣の巨大鉄球岩打武反魔(いわだむはんま)が重厚な鎧で身を守る高覧を襲う。

 四人の将に呼応するように、幾千、幾万もの兵士が前へと踏みださんとする。

 駄目だ。今このままにぶつかり合えば、負けることはなくとも被害が大きすぎる。

 止めねばならない。無意味な戦を程むなしく悲しいものはない事を、私は放浪の旅の中で嫌と言うほど見てきた。

 それを止めたいと、想いを同じとする三人で大陸を渡り歩いてきたのは何のため。

 全てはこう言う悲しい戦を止めるため。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「双方とも鉾を収め、私の話を聞きなさいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ、……はぁ」

 

 剣戟と怒声が響き渡る戦場の中で、私の声が響き渡る。

 思いもしないほど出すことの出来た声の大きさに、我ながら驚愕するも今はそれどころではない。

 喉が潰れそうなほどの痛みと引き替えに得れた時間は、おそらく僅か一瞬。

 今、こうして息を整えている今も、凍り付いた時間が急速に溶け出してきているはず。

 

「張郃、高覧、話を聞きなさい。

 袁紹のいぼぉっ、ごほっ、ごほっ! げほっ!げほっ!」

 

 だけど、無理を押して出した声は其処で限界だった。

 喉の痛みと呼吸の乱れによってむせる私の言葉に、願い通り攻撃の手を止めたものの。

 

「ねぇ、春蘭様、袁紹って疣だらけなんですか?」

「ああ良く覚えていないが、確か顔中疣だらけの」

「違うっ! 適当なことを言うなっ!

 袁紹様には疣などと言う醜いものは何処にもないっ!」

「三代、……多分、あの人、袁紹様の命と言いたかったんだと思う」

 

 聞こえてくる好き勝手な言葉に、嬉しさなど湧くわけが無く。必死に、咽せる喉を押さえようと呼吸を整える。

 それと高覧、私が言いたかったことを少しでも理解してくれた貴女の言葉には、一応は感謝します。

 おかげで、私が話すことが出来るようになるまで待ってくれる気になったようですから。

 

「ボク、稟様が鼻から意外で血を吹いているところ始めて見た」

「うむ、私もだ」

 

 あと其処の二人、人が苦しんでいるのに、抱く感想がそれだけですか!?

 いえ、普段吹いている鼻血の量に比べたら、おそらく無茶な大声に喉が少し裂けた程度の僅かな血では、もう動じるに価しないと言う事なのでしょうか?

 とにかく動機や過程はどうあれ、此の状況は願ったりの事。

 ええ、私の無様な姿など、その代価と思えば………くっ。

 

「まずは、待って頂いたことを感謝します」

 

 まだ喉が痛むものの、それでも何とか話せれるまでになった私は謝意を示してみせる。

 相手は敵であろうとも、今の袁紹軍を纏める将。それ相応の敬意を払うのは当然のこと。

 

「最初に一つ、再確認させてください。

 袁紹は、貴女達やほとんどの将兵を置いて、此の地を去った。違いますか?」

「曹操なんて小娘の相手をするのに飽きたって事でしょ」

「貴様、華琳様を馬鹿にするきか」

「春蘭様、今は抑えてください」

 

 春蘭様を宥めながら、張郃の言葉の意味に、私の読みが間違っていなかったことが確認が取れた。

 ならば、最早これ以上の戦いは無意味。

 いや、彼女達にとって意味はある。

 でけどその意味も、戦うことが目的ではないはず。

 ならば、この先は私の戦い。

 剣や鉾ではなく、言葉でもって戦う私の戦場。

 

「春蘭様、袁紹が此の地を去ったのは、再び力を溜めるためではなく、別の目的のため。そしてその目的は華琳様と敵対するためではありません」

「なぜそう言いきれる?」

「彼女達が此の地に残っているからです。

 内外に敵の多い袁紹が、彼女達のような信頼ある将を、この程度の危機で使い捨ての駒にするわけがありません。

 もしも華琳様と再び相まみえる気があるのならば、春蘭様に遙かに届かないとは言え、その力を認めるほどの者を、あの用心深い袁紹がを此の地に置いて行く訳がないと考えられませんか?」

「なるほど確かにそれは正論だろう。だがそれが何だというのだ」

 

 春蘭様が私の言葉に疑問を覚えるのも無理はない。

 だが私にとって、いいえ、おそらく華琳様にとって、その意味するところは大きいはず。

 

「張郃、高覧、貴女達に提案があります。

 もしも此方の条件を吞むのならば、私は袁紹を見逃しても構わないと考えています」

「なっ、馬鹿なことを言うなっ!

 袁紹を捕まえずして、この戦を終わらせることなど・」

「できます。戦の責任を袁紹ではなく、何代にもわたって袁家を実質的に仕切ってきた連中達に取らせれば、戦に巻き込んだ将兵と民は納得するでしょう。

 袁家の実情は公然の秘密でしたからね」

 

 おそらく袁紹がこの状況下で姿を消したのも、それが目的の一つのはず。

 袁家の老人という愚物を華琳様が放っておくとも思えませんが、袁紹にこの戦の全ての責任を取らせては、彼等を処分するにしても時間と口実が必要となってしまう。

 王である袁紹自身が敵前逃亡という不名誉な泥を敢えて被ることによって、この戦の後に起こるであろう問題を解決する術を我等に残した。

 彼女風に言うのならば……。

 

『華麗に美しく消え去るのみですわ。 おーっほっほっほっほっほっ』

 

 と言ったところでしょうね。脳裏に浮かんだ袁紹らしい言葉に、我ながら目眩を覚えるも、華琳様にも否定はされない自信はあります。

 そして自ら泥を啜る事で、命を賭してきた己が将兵と民に応えてみせる袁紹の考えと在り方に、敵ながら見事と賞賛の言葉を心の中で送る事を惜しみはしません。

 さすがは、華琳様が馬鹿にしながらも、何処かで認めていただけのことはあります。

 

「私が出す条件は簡単なこと、大人しく我等が王である曹孟徳様に降りなさい。さすれば、袁紹に追撃隊はおろか手配する事もしないことを約束します。むろん、そうなれば、これ以上の無益な殺し合いをする意味もなくなります」

 

 そんな袁紹が自らの直属にするほどの者達を、我等が陣営に新たな仲間と招き新たな力とする事に。なにより、その事で多くの命を落とす者が減るのならば、交渉する価値はあります。

 例え、その事で華琳様の逆鱗に触れようともです。……もっとも、華琳様ならば敵の王を逃がすという前代未聞な約定交わしたなど知れたとしても、それ相応の処罰はあっても、この事で心からお怒りすることはないという自信はありますけどね。

 

「武人としての意地と誇りもありましょう。ですが、貴女方は三公を拝した気高き袁家の将。

 その気高き袁家の将の誇りを本当に考えるのならば、王の自由と命に加え、更に数十万を遙かに超える貴公等の仲間の命。考えるまでも無きことだと私は思います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく


 
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