No.764555

レッテルアクター

さん

落選したので供養

2015-03-15 12:16:27 投稿 / 全14ページ    総閲覧数:484   閲覧ユーザー数:482

   01

 

 心に穴が空いた。

 愚か者は、失ってから大切な物の大きさに気付くという。

 俺は愚か者そのものだった。

 そこに埋まっていたのは、かけがえのない少女だった。

 この穴はもう二度と塞がらない。

 確かな痛みが胸を締め付ける。

 どうして助けられなかったのだろう。

 どうして何もしてやれなかったのだろう。

「後悔先に立たず」

 なんて言葉があるが、もし今誰かにその言葉を掛けられても、

「だからどうした!?」

 と、突き返すだろう、みっともなく。

 後悔は後悔だ。

 起きた後で悔やむ物だ。

 今更どうしようもない。

 もう二度とあの笑顔を見る事は出来ない。

 失敗を繰り返さない様にして、人々は生きている。

 ならば起きてしまった過ちはどうしているのだろう。

「起きてしまった事は仕方がない」

 と、割り切る事は出来ない。

 俺にとって、彼女がどれだけ大切な存在だったのか、今更気付いてしまったのだから。

 そして失ってしまった。

 自己嫌悪に陥り、自己愛を失い、自暴自棄になった。

 生活がどうでもよくなり、誰に声をかけられても、見向きもせず、泣き叫んでばかりいた。

 そんな俺を、家族は見放した。

 元はといえば、お前のせいだというのに。

 お前が彼女を追いやったんだろう。

 ソイツを恨みたい気持ち以上に、ソイツと同じ名を背負って生きていく事が嫌になった。

 だから俺は名を捨てた。

 家を捨てた。

 しかし、血を捨てる事は不可能だった。

 一生纏わり付くのだろう。

  どこに逃げたって。

 彼女との思い出が呪いに変わりそうだった。

 そして俺は空っぽになった。

 自己防衛のために。

 自分自身も、大切な物も、生きる意味も捨てて、何も残らないようにして。

 人生をリセットしたかった。

 そんな事は出来やしないと、わかりきっているのに。

 俺は愚かだった。

 彼女に許しを乞う事も、自分を責める事も、血を恨む事も忘れ。

 空っぽのまま生きる事に、何の意味もないというのに。

 

 

   02

 

 「ねえ、ツギハギモンスターって知ってる?」

 晴天の霹靂、なんて呼ぶには些か大袈裟だとは思うが、突然ではあった。

 二時間目と三時間目の間の休み時間、教室を移動する必要がなかったため、自分の席で暇を持て余していた俺に、ショートヘアーの似合う爽やかな女子生徒が、突然話しかけてきた。

「悪い、君の名前覚えてないんだけど、まず名乗ってくれないかな」

 話しかけられた相手に見覚えはあったが、名前は覚えていなかった。

 我ながら失礼な言い方をしたかもしれないが、

 話しかけられた緊張が妙な形で出たのだ、多少は許して欲しい。

「ご、ゴメンね、突然。去年違うクラスだったもんね。小早川希望(こばやかわのぞみ)だよ。希望って書いてのぞみ」

 端的に言えば、俺に友達はいない。

 高二の五月で、これは結構ヤバイかもしれない。

 クラスでは勿論浮いている。

 いや、沈んでいる?

 自分から積極的に友達を作ろうともせず、部活動にも所属しておらず、人付き合いというものから避ける様に暮らしてきた。

 クラスメイトの名前も顔も覚える気がなかった。

 だから希望さん、君は全然悪くない。

 目の前の死んだ魚の目をした男が一方的に悪い。

 口には出さないけど。

「悪いけど、知らない」

 返事をした後で、気付く。

 これではどっちに対する回答なのかわからない。

 一つ目の質問に答えたつもりだったが、わざわざ名乗ってくれた事に対してだったら、相当冷たいヤツに見える。

「そ、そっかー」

 小早川は残念そうに呟いた。

 どちらだと思ったのだろうか?

 制服のポケットからキーホルダーが出ているのに気付いた。

 俺は座っていて、彼女は立っているから、自然な目線の高さだ。

「それ」

 一瞬戸惑った小早川だが、俺がキーホルダーを見ている事に気付き、ポケットから取り出した。

「あ、うん好きなんだー」

 キーホルダーは家の物らしきの鍵に付いていた。

 十年ほど前、教育番組でやっていたアニメのキャラクターだったはずだ。

 キグルミを着た主人公が、困っている人々を助けるというヒーロー物。

 何故正体を隠して、キグルミで活動しているのか、作品内では語られていたはずだが、今となっては覚えていない。

「ツギハギモンスターっていうのも、アニメのキャラクターか何か?」

 幼い頃はアニメやヒーロー物も見ていたのだが、成長するにつれ興味が薄れ、最近では何が流行っているのかも知らない。

 友達のいない暗いヤツは、アニメが好きだと思われたのかもしれないが、生憎俺は同類ではない。

 「ううん、そういうのとは違うんだ。あ、ゴメンね。授業始まるから戻るね、変なこと訊いてゴメンね!」

 勘違いだったらしい。

 ポケットにキーホルダーを戻した彼女は、

小走りで自分の席に戻っていった。

 なんだか不思議な子だった。

「ん?」

 彼女が立っていた辺りに、何か落ちている事に気付いた。 

 拾ってみると布だった。

 眼鏡クリーナー?

 いや、かけてなかったな。

 じゃあ携帯クリーナーか?

 にしては、繋ぎ目がボロボロで、服の一部をちぎったみたいに見える。

 なんだろう? 正直ゴミに見えるのだが、彼女に必要な物だったら、無断で捨てるのも悪い。

 今は授業が始まりそうなので、後で返そう。

 それと、気になる事がある。

 気は進まないが、後でアイツに会いに行こう。

 

 

   03

 

「お困りの様ですが、何か私(わたくし)が力になれる事は御座(ござ)いませんか?」

 七ツ洞学園には、四泉市に住む名家の子息令嬢が多く通っている。

 特別優れた授業を受けられるわけではないが、ここ一帯で設備の整った高校となると、七ツ洞学園ぐらいしかない。

 名家が集まっている町とはいえ、所詮は田舎だ。

 より良い施設に通いたければ、都会に出る他ない。

 そんな訳で、廊下を歩けば育ちの良い顔とすれ違う事は、日常茶飯事なのだが、名門階級の中でも特に異例の家系の令嬢が、現在この高校に通っている。

 人呼んで聖人君子。

 神子戸天(みことたすく)は、四泉市で実質トップに立つ神子戸家の長女で、次期当主になる事が決定している。

 だが、彼女を彼女たらしめる要因は、彼女自身にあった。

 容姿端麗、成績優秀、欠点などない様に見える完璧さ。

 されどそれ以上に、聖人君子と呼ばれる由縁は、異常な慈愛の持ち主だという点にあった。

 その奉仕精神は、自己犠牲と呼ぶに相応しいほどの物だった。

 聞く所によると、詐欺師を説得して出頭させたとか、彼女のおかげで地域の年間犯罪件数が一桁になったとか、資金不足に困る養育施設に多額の寄付をしたとか、ホームレスに家を建ててあげた上に仕事を与えたとか。 

 例え作り話だったとしても、信じてしまいそうな程の人格を、彼女は持ち合わせていた。

 現に今、俺が声をかけられているコレ。

 次の授業で使う教材を、運ぶ役目を担当していたのだが、教材が重くて難儀していたところ、声をかけられた。

 以前見かけた事はあったが、間近で見ると、美人なんて物じゃない。

 女神、なんて呼ばれているのを聞いたことがあるが、それが大袈裟な表現ではない様に思える。

 長く艶やかな黒髪、純白な柔肌、細く女性らしい四肢。

 その上この菩薩スマイルだ。

 並大抵の男なら、いとも容易く惚れてしまうだろう。

 だが、神子戸天(みことたすく)に男は寄り付かない、寄り付けない。

「失礼します」

 後ろに控えていた、ポニーテールで、凛とした女子生徒が、俺に歩み寄る。

 神子戸天(みことたすく)には有能な右腕がいた。

 護守騎隷(ごのかみきれい)、護衛のスペシャリストを養成する護守家で、現在最強と謳われる、弱冠十七歳。

 彼女は神子戸家に雇われており、本来の仕事は天の護衛なのだが、護衛よりも天の奉仕活動に力添えをする事が多い。

 というよりも、伝説に昇華されてしまいそうなほど、聖人君子の名が広まっているのは、騎隷の功績だと言える。

 聖人君子に近付こうとする輩は、従者によって追い返されていた。

 当然、危険人物が主に近付かない様にするためだ。

 護守は、俺の手から教材を受け取った。

 男子生徒が持つのに苦労する重量を易々と。

 呆気にとられる俺に、聖人君子は菩薩の様に微笑みかけるのだった。

 三蔵法師と孫悟空かよ。

「ご立派ですね」

 思わず悪態を突いてしまった。

 完璧な人間は気に入らない。

 従者が睨んできた。

 女子高生の放つ殺気じゃない……。

 しかし、従者とは裏腹に聖人君子は微笑んで、

「いいえ、私(わたくし)は褒められた人間では御座(ござ)いません。いつだって自身の未熟さを噛み締め、もっと人の役に立てないか、と歯痒く感じている次第で御座(ござ)います」

 と、皮肉を言った事に恥を覚える程、徳に満ちたお言葉を返された。

 この時俺は押し黙ってしまった。

 正直に言おう、惚れてしまった。

 こんな人間には会った事がない。

 彼女はきっと、俺がどんなに矮小な人間であろうと、受け入れてくれる。

 真っ盛りの中学生は、女子に優しくされた瞬間に、好きになってしまいがちだが。

 こんなの中学生じゃなくとも好きになってしまう。

 これ程完璧で、且つ嫌味のない女性は金輪際いないだろう。

 教室まで教材を運んで貰い、教室に帰ろうとした聖人君子に手を伸ばした。

 こんなチャンスは二度とないだろうと考えたからだ。

 具体的な案はなかった、恋愛に疎い俺が、どうこうしたところで、きっと上手くはいかないだろう。

 そんな俺でも、今後会うキッカケに、連絡先を聞くぐらいなら出来ると思った。

 だが、それは叶わなかった。

 声をかける事すら出来なかった。

 従者に手首を掴まれた。

 彼女の目には敵意が宿っていた。

「お嬢に害を加える可能性のある者は、指一本触れさせません」

 女子高生が男子高校生に言う様な台詞ではないと感じた。

 聖人君子だって浮世離れしてはいたが、彼女は彼女で歳不相応だった。

 幾つもの死線を潜ってきたかの様な貫禄。

 この四泉市は、多少は特殊な街とはいえ、流石に命を狙う云々等は聞いたことがない。

 だが護守騎隷(ごのかみきれい)は、暗殺者が神子戸天(みことたすく)の前に現れる前提で行動していた。

 遠い世界だ、と感じた。

 同じ学校に通っていながら、住む世界が違った。

 俺の手を放し、踵を返した護守は、神子戸の後を追い、自分の教室に戻っていった。

 多くの生徒はこの時点で、聖人君子への恋心を諦めるのだろう。

 美しい容姿の彼女は、多くの男子を魅了してきたのだろう。

 つい先程俺がされた様に、親切をされた時に惚れた者も多いのだろう。

 だが、この余りにも硬すぎるガードを前にしたら、諦めた方が賢い。

 決して手の届かない所にいる相手にする恋というのは、アイドルに対するそれに近いかも知れない。

 それでも俺は、彼女を慕い続けようと思う。

 彼女は、あの子に似ているから。

 

 

   04

 

 俺は部活に所属していない。

 中学では天文学部に所属していたが、七ツ洞学園にはなかったからだ。

 創部という手も、なくはないのだが。

 星なんて、部活じゃなくても見れる。

 というか星が見えるのは夜なんだから、帰宅してからの方が見える。

 ちょうど今が見え始める時間帯だ。

 まあ、中学の時は、学校に残って流星群を見る、というイベントも体験したのだが。

 今では部活に所属する事そのものが面倒くさい。

 必然的に人付き合いに繋がるからだ。

 それに一人暮らしの身では、家事を自分でこなさなければならないので、放課後は洗濯や掃除に時間を費やしている。

 そして今は食材の買い出しの帰りだ。

 道は七ツ洞学園の通学路だが、俺は裏路地を通っている。

 ワイワイ帰宅する生徒の近くを、あまり通りたくなかった。

 しかし裏路地は人気が少なく、街灯も怪しく光って不気味で、極端だった。

 こんな夜道で、ひったくりでも現れたら物騒だな、と考えていた時だった。

 俺の前に現れたのは、チープな化け物だった。 

 ソイツは、チグハグな体をしていた。

 顔の右半分は紫、左半分はオレンジ。

 瞳は深い闇の様で、口は歪に笑っている。

 体の不自然な所に繋ぎ目があり、キメラを彷彿とさせた。

 概ね人の形でありながらも、尾が付いていたり、耳の位置であったり、頭髪が無い事等、人間とは異なる点も見受けられる。

 暗闇に浮かぶ幾何学模様(きかがくもよう)に、現実感を喪失する。

 明らかに、自然界に生息する生き物ではない。

 悪夢でも見ているのかと、我を疑ったが、意識は確かだ。

 まるで映画やゲームに登場するクリーチャーだ。

 殆どの場合、ソイツらは人間を襲う。

 買い物袋しか所持品の無い俺は、襲われでもしたら、抗う術がない。

 叫んで助けを呼ぶか?

 呼んだところで、ここは住宅地だ、抵抗出来る者など、そうそういないだろう。

 自分の身を守るために避難するだけだ。

 そう、逃げれば良いのに。

 どうしてそうしない?

 どこからともなく現れて、助けてくれるヒーローを待つのか?

 それこそ馬鹿馬鹿しい。

 化け物以上に非現実的だ。

 世界には、理不尽と不条理が溢れている。

 物語は感動的な展開を迎えず、悲劇のまま幕を閉じて、人々の心に傷を残す。

 俺は抵抗する事もなく、立ち尽くしていた。

 殺してくれとでも言わんばかりに、自暴自棄に。

 しかし、化物は俺を傷付ける事もなく、その体躯からは想像も付かぬ速度で逃げ出した。

 今の出来事が現実だとしても、人に話せば作り話だと笑われてしまいそうだ。

 化け物は何の為に俺の前に現れたのだろうか。

 何か悪い事が起きそうな、言い知れぬ不安だけが、夜道に残った。

 

 

   05

 

 化け物が逃げ去った後は、何も起こらなかった。

 俺は通報も逃亡もせず、真っ直ぐに帰宅した。

 警察に連絡したところで、妄言だと思われる。

 それに俺は被害を被っていない。

 そのまま帰ったって問題はないだろう。

 住宅街の隅の方にある、飾り気のない、少し古めの小さなアパート。

 一階の奥、表札のない103号室の鍵を開ける。

 当然、出迎える者もいない。

 室内は整理整頓されているが、掃除が行き届いているのでなく、単に物が少ない。

 唯一、趣味といえる望遠鏡も、押入れの中で埃を被っている。

 生活感がない、と言えば聞こえは良いのかもしれないが、人間性が見えないというのは、気持ち悪くも見えるかもしれない。

 思い出を捨て、執念を捨て、好みを捨て、人付き合いを捨て、名前を捨てた今、空っぽのこの部屋こそが俺自身だった。

 日々がつまらないのなら、俺自身がつまらないのと同意義だ。

 携帯電話のバイブ音が鳴った。

 友達がいないので殆ど使っていないソレに、連絡してくるのなんて殆どいないのだが。

 確認してみると、母親からのメールだった。

 こうして一人暮らしを出来ているのも、唯一の味方である母親のおかげだ。

 メールの内容は、俺を心配する言葉と、仕送りに関する物だった。

 母親に迷惑はかけたくない、高校を卒業したら、就職するつもりだ。

 大学なんてどうせ、モラトリアムの延長を求め、遊びたいヤツが通う場所だ。

 退屈な日々を送る俺が、通う意味はない。

 大金が必要だしな。

 家にお金はあるとはいえ、母親に甘えていては、逃げてきた意味がない。

 とにかく俺は、アイツのおかげで生きてると思いたくないだけだった。

 そうやって逃げて来て、退屈な、無意味な日々を送っていたのなら、どちらにしろ笑いものなのかもしれなかった。

 そんな俺の日常にも、些細な変化があった。

 変わり者のクラスメイト、手の届かない想い人、そしてチープな化け物。

 穴を埋めるには至らなくとも、少しは退屈しのぎになるかもしれない。

 

 

   06

 

 聖人君子、そしてチープな化け物と出会った事で忘れていたが、俺は昨日人に会おうとしていた。

 出来れば会いたくないヤツなのだが、知り合いが極端に少ない俺が、話を聞ける数少ない相手なのだ。

 ソイツは昼休みでもないのに食堂にいる。

 渡り廊下を通り、扉を開くと、案の定目立つ生徒がいた。

 ソイツはテーブルの一角を占拠し、タブレットでニュースを読みながら、五段パンケーキを食べていた。

 設置されたテレビにも目を配っている。

 早弁しに来ている他の生徒も、ソイツには近寄らない様にしている。

 けれど従業員とは顔馴染みなのか、エプロンを着けたおばちゃんと談笑していた。

 何故こんなヤツと幼馴染みなのか……。

 嫌々ながら、俺はその銀の長髪の生徒に話しかける。

「おい、さや、聞きたい事があるんだが」

「何々? さやちゃんに質問? 良いよー、何でも訊いてー。今日のさやちゃんのお昼ご飯かな? それとも今朝の占いの結果かな? パンツの色は恥ずかしいから訊かないでっ! でも後でこっそりなら……」

「うぜえ……」

 話しかけた瞬間から、テンションが高過ぎたので、思わず邪険に切り返してしまった。 

 コイツが学校内の事情に詳しくなければ、話しかけるどころか、顔も見たくなかったのだが。

 虫も殺せないみたいな純粋な笑顔しやがって。

 パンツには毛ほども興味がないし、占いの結果はもっとどうでもいい。

「というかパンケーキって食堂のメニューにあったか?」

 最近の食堂はお洒落になったのかと錯覚したが、そんなわけはない。

 さっきおばちゃんと仲良くしていたから、特注したのだろうか?

「パンがなければパンケーキを食べれば良いじゃない」

「何言ってるんだ?」

「あの有名な台詞を言ったのは、実はマリーアントワネットではないらしいよ」

「お、おう……」

 質問に対する返答になってないし、会話が成立してない。

「俺のクラスに小早川希望(こばやかわのぞみ)って女子なんだが」

「えー、知らないよそんな子なんか。さやちゃんの前で女の子の話なんかしないでー」

「会話をしろ」

「あはは、冗談だよ」

 テレビの電源を消し、タブレットをしまう。

 俺は向かいの席に座る。

「希望さんね、のぞみさん。こないだ陸上部を辞めたんだよねー」

「部活を辞めた? 怪我か? って、さっき見たときは健康そうだったな」

「理由はわからないよ。周りも知らないみたい。知りたければ本人に聞けば良いんじゃないかな。希望さんがどうかしたの?」

「いや、さっき話しかけられたんだが」

「うっそ! 友達のいない、暗い男子生徒に話しかける女子生徒なんかいる!?」

「黙れ」

 否定出来ないのが尚更気に障る。

「”ツギハギモンスターって知ってる?”って言われたんだ」

「ツギハギモンスター?」

「アニメかゲームのキャラか?」

「違うよ、最近流行りの噂」

「噂……?」

 都市伝説というヤツだろうか、胡散臭いな。

「なんでも、見た者を不幸にする化け物らしいよ。継ぎ接ぎだらけの体で、毎回見る度に色が違うみたい。四泉市内で目撃されてるんだけど、特にここの生徒が多数被害に遭ってるみたいだよ」

「……被害?」

「見た者を不幸にするって言ったでしょ? ツギハギモンスターを見た後に、怪我をしたとか、忘れ物をしたとか、告白に失敗したとか、被害報告を聞くよ」

 引っかかる事もあるが、まず最初に思い出しても良さそうな事に気付いた。

「昨日見たのはソイツか……」

「えっ!? 見たの? どうだった?」

 食い付きが良いな、まあ俺から情報が聞けるなら、引き出しておきたいのか。

「昨日の、六時前後、スーパーに買い物に行った帰りだな。日が暮れていたからハッキリと姿は見えなかったが、お前の情報と一致する、継ぎ接ぎだらけの体だった。襲われたりはしなかった、すぐに逃げたからな」

 俺ではなく、ツギハギモンスターが、だが。

「大きさは?」

「え? お前よりは背が高かったと思うが」

「それじゃ参考になんないでしょ」

 さやの身長は小学生並みだ。

「……俺と同じか、やや低いって感じだ」

「ふーん、なるほどね」

「どうした? 探偵ごっこでもするか? それとも珍獣ハンターか?」

「それはさやちゃんの仕事じゃないけどねー」

 なら誰が? と聞き返そうかとも思ったが、そういうのは警察の仕事か。

 ふと、壁掛け時計を見ると、次の授業まで時間がなかった。

「そろそろ教室戻るわ、お前もそれ片しちゃえよ」

 と、パンケーキを指そうとしたが、既に皿は空だった。

 いつの間に……。

「じゃあ最後に一つ、何か不幸な目に遭った?」

「他人に不幸を押し付けられる感性は持ち合わせていない」

 

 

   07

 

「ねえ、聞いた? C組の絢香、見たらしいよ」

「見たって何を?」

 ツギハギモンスター。

 女子生徒は話し相手を怖がらせたいのか、凄みを含めて言う。

「ああ、例の噂ね。あんた好きよね、そういうの」

「何よ、信じてないの? 目撃者結構いるんだよ。被害も出てるし」

「被害?」

「鳥のフンが鞄にかかったとか、部活で怪我したとか、告白したらフラレたとか、公園のトイレが使えなくて大変だったとか」

「それがツギハギモンスターの仕業だっていうの?」

 話し相手の女子生徒は、嬉々として話す女子生徒に対し、苦笑い。

 古今東西、悪い噂は広まりやすい。

 朝会が行われる体育館へと向かう途中、

近くを歩いていた女子生徒の話しに耳を傾ける。

 なるほど、これくらい流行しているならさやに聞くまでもなかったか?いや、おそらく数日前より悪化している。

 所謂一人歩きしている状態なのかもしれない。

「ね、ねえ、ちょっと良いかな」

 体育館に入り、クラス毎に列を作り、もうすぐ朝会が始まるというのに、俺に話しかける声があった。

 このクラスで俺に話しかける生徒なんて、唯一人。

 小早川希望(こばやかわのぞみ)だった。

「今、ちょっと良いかな」

 朝会が始まりそうだから、良くはないのだが、よほど急ぎなのだろうか?

 心なしか顔色も悪そうに見える。

 「大丈夫か?」と訊こうとした俺は、別の患部に気が付いた。

「手、どうしたんだ?」

 彼女の指先には包帯が巻かれていた。

 自分で巻いたのか、少し不格好だった。

「え、えっと、こ、これは料理のときに……、あ、朝会始まっちゃうよね、また後で!」

 自分から話しかけておいて、逃げる様に列に戻って行った。

 昨日と今ので、彼女の印象が不思議ちゃんになりつつあるが、本来彼女はあんなに挙動不審に喋る子ではないはずだ。

 それとも俺相手だから話しづらいのだろうか。

 確かに俺は孤独なうえ不愛想だから、話しかけるのに勇気は要るかもしれない。

 ところで何の用だったのだろう。

 昨日も用事らしい話ではなかったが。

 さやに彼女について聞いても、特に俺との接点はなさそうだったが。

 司会役の教員の声で、朝会が始まる。

 まあ、用事があるならそのうち向こうから話しかけてくるだろう。

「……あ」

 こないだ彼女が落とした布を返し忘れた。

 それにしても、このボロ布、

見覚えがある気がするのだが、どこで見たんだったか。

 

 

   08

 

 どうしてこうも、校長の話は退屈なのだろうか。

 退屈どころか、睡眠導入効果さえあるのかと疑ってしまう。

 あちこちから欠伸が聞こえる。

 一方的に興味のない話しをされ、しかも説教臭いのが理由だろう。

 中には、生徒に興味を持ってもらう工夫をしている者もいるだろうが。 

 日夜見ている物が違うと、感性も違ってくるのだろう。

 話しを終え、舞台から校長が降壇する。

 代わりに生徒会長が登壇する。

 誰にも気付かれない様に、顔を歪める俺。

「我々生徒会は、ツギハギモンスターを捕獲するために動きます」

 長身で黒髪短髪、いかにも優等生風な男子生徒が、マイク越しに言った言葉は、大勢を前にするには相応しくなかった。

 騒めく体育館。

 失笑する教師達。

「幼稚な噂程度なら放っておいても良かったのですが、本校の生徒にも被害者が出ています」

 冗談を言っていると思った者もいる中、ソイツは至って真剣だ。

「ツギハギモンスターは、都市伝説ではありません。何者かが何かしらの悪意を持って行動しています。それを放っておけば、秩序は乱れるばかりです」

 壇上で演説するソイツが、俺は嫌いだった。

「割れ窓理論というものがあります。些細な事件でも、放っておけば更に問題を引き起こします。警察はこの程度の被害では動きません。だから我々が動くのです」

 コイツが生徒会長に選ばれた時の挨拶で、こんな事を言っていた。

「向上心のないヤツは馬鹿だ」

 有名な小説の台詞だ。

 確かにその心意気は立派なのかもしれない。

 向上心を失った人間は、自然と腐っていくのかもしれない。

 しかし、小説内でもそうだった様に、いつかその言葉は発言者の首を締める。

 正論は正しい言葉だが、正論を言った人間が正しいとは限らない。

 誰もが正しく生きられる訳ではない。

 例え先人に道を示されていても、自分の足で確かめて、時には間違って、苦しみながら正しい道を見つけるのが人間だ。

 それを忘れたヤツの言葉は、上辺だけに聞こえる。

「何か情報を掴んでいる生徒は、生徒会までお知らせ下さい」

 そう締めて生徒会長は降壇した。

 体育館は未だにざわめいていた。

 教師達は苦い顔をしている。

 学園内にも不穏な空気が蔓延(はびこ)ってきた。

 ツギハギモンスターの噂は数日前より悪化しているが、本当に被害者がでているのだろうか?

 実際に目撃した俺は、何の被害も受けていない。

 そもそもツギハギモンスターとは、一体何なのか。

 

 

   09

 

 体育館から教室に戻る際、聖人君子とその従者を見かけた。

 生徒と話していた様だが、残念そうな顔をすると頭を下げた。

 頭を下げられた生徒は、申し訳なさそうにしながらも、自分の教室に戻るため歩き去って行った。

 聞き込みでもしていたのだろうか。

 彼女が俺に気付く。

 自然と胸が高鳴るが、表情には出ない様に気を引き締める。

「こんにちは、お久しぶりですね」

「ど、どうも」

 顔を覚えていてくれたのだろうか、素直に嬉しい。

「あの、貴方はツギハギモンスターについて何かご存知ですか?」

 またそれか、と言いたくなったが、生徒会が動いているのだ、この人が動かない訳がなかった。

「あの、聖人君子……、じゃなくて神子戸さんも、ツギハギモンスターを捕らえて、警察に……?」

「いいえ、そのような事は致しません。おそらくその方も、何か都合があってこんな事をしているのでしょう。ですから私は直接会ってお話を伺いたいのです、何故このような事をするのかと。そして何か私(わたくし)に力になれる事はないかと」

 眩しいお方だ。

 生徒会長とは比べ物にならない素晴らしい精神だ。

 しかし生徒会長と同じ様に、ツギハギモンスターを人為的な事件と見做している様だった。

「そうですか、申し訳ないですけど、手がかりになりそうな事は知りません。あの、くれぐれも気を付けて下さい。あまり危険な事に首を突っ込まない様に」

「ありがとうございます。けれど私には騎隷がついておりますので」

 存知(ぞんじ)てます。

 でも俺は、隣にいるその人が好きじゃないから言ってるんです。

「ところで、失礼なのですが、私貴方のお名前を存知(ぞんじ)ておりませんでした。

お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「匿名希望です」 

 

 

   10

 

 ホームルーム終了後、希望に落し物を返そうとしたのだが、声をかける前に教室を出て行ってしまった。

 急用があったのだろうか。

 明日で良いか、俺も帰ろう。

 心なしか今日の放課後は人が少ない気がするな。

 部活動は通常通りあるのに。

 まあ、気のせいかもしれない。

 別に普段から観察しているわけではないしな。

「おーい」

 階段を降りる俺を引き止める声があった。

 可愛らしいその声は、俺にだけは憎たらしく聞こえた。

 聞こえなかったフリをして足を進める。

「待ってって言ってるでしょー! あいた!」

 パタパタと走り寄って来たソイツは、勢い余って俺にぶつかった。

「何の用だ人畜有害」

 振り返り、小柄なソイツの顔を見下す。

 視線の先では幼馴染みが首を傾げていた。

「無害の間違いじゃない?」

「ただの言葉遊びだ」

「ふーん?」

 一呼吸置いて、悪戯に笑う。

「知ってる? 生徒会と聖人君子が、ツギハギモンスターを捕まえようとしてるんだって」

「知ってる」

 踵(きびす)を返し下駄箱に向かう。

「ちょ、ちょっと」

 服を摘まれる。

「なんだよ? 帰りたいんだが」    

「いいの? 助けなくて」

「は?」

 思わず振り返り、顔を見つめる。

 冗談を言っている訳ではない様だ。

「意味がわからないんだが」

 都市伝説の化け物を助けるってのは、どういう意味だ。

 しかもなんで俺が。

 助ける義理なんてないし、第一何を助けろというのだ。

「また見殺しにするの?」

「〜っ!!」 

 いつもと変わらないはずのさやの目が、鋭く、冷たく、残酷に見えた。

 思い出したくない顔を思い出す、だからコイツには会いたくなかったというのに。

 逃げる事を許さないと暗に言っている。

 今も、そうなのか?

「気付いてないの? ツギハギモンスターは都市伝説なんかじゃなくて――」

 

 

   11

 

 どうしてこうなったんだ。

 汗で、服が肌に張り付き、気持ち悪い。

 普段運動しないため、急激に運動に体が付いていけてない。

 息が切れ、体力は限界に近い。

 吐き気すら覚える。

 されど立ち止まれない。

 怒声が背中に刺さる。

 俺は、ツギハギモンスターの手を引き、裏路地を走っていた。

 更に具体的に説明すると、逃げていた、生徒会と護守騎隷(ごのかみきれい)から。

 ――数十分前、人畜有害なる幼馴染みを振り払い、帰路を歩いていた俺は。

 ツギハギモンスターと再び遭遇した。

 だが今回はまだ陽が落ちておらず、あろう事か、生徒会と護守騎隷(ごのかみきれい)に追われていた。

 本格始動した彼らに、早くも発見されてしまったのだ。

 何故ツギハギモンスターは、彼らに捕獲されるリスクを負ってまで、この時間に出現したのだろう。

 疑問が浮上した束の間、目があった、暗闇の様な目と。

 顔を見ても、感情は読み取れない。

 歪な口から、言葉は聞こえない。

 けれど、明らかに化け物は助けを求めていた。

「いいの? 助けなくて」

 先程の言葉が、脳裏を掠める。

 なんで俺が?

 俺は無関係で、ツギハギモンスターとかいう、馬鹿らしい都市伝説の化け物が、どうなろうと知ったこっちゃなくって、巻き込まれるのなんて御免で、百害あって一利もなくて。

 そんな事を理性的に考えていたのに。

 俺の手は、化け物の手を掴んでいた。

 化け物の手は、暖かかった。

 

 

   12

 

 人気のない公園には、妙な物々しさがある。

 子供の無邪気さを、闇で覆い尽くしてしまう様な、言い知れぬ残酷さが、そこにはある。 

 七ツ洞学園の近所の公園、時刻は黄昏を過ぎ、子供の姿はない。

 ここにいるのは、ぐっしょりと汗をかき、ぜえぜえ言ってる男子高校生。

 そして継ぎ接ぎの化け物。

 おまわりさんが通りかかったら、確実に職質されてしまう。

 近隣住民に見つかっても、通報されてしまう。

 正義感に溢れた生徒会役員と、聖人君子の忠実なる下僕から逃げた結果、ここに行き着いた。

 いや、来るべくして来た事を、俺は既に知っている。

 この化け物の正体を、俺は既に知っている。

 化けの皮を剥がす事が、俺に与えられた役目なのだろうか?

 そんな結末に行き着くのか?

 違う、そんなに仰々しい話ではない。

「もう、こんな事終わりにしようぜ、ツギハギモンスター、いや……」

 俺はただ、クラスメイトの、少し変わった女の子の名前を呼んだ。

「小早川希望(こばやかわのぞみ)」

 着ぐるみの手が、自らの頭部に伸び、覆面を脱がす。

 正体を暴かれ希望の顔には、諦めと疲労が滲んでいた。

「あの、ごめんなさい……。こんな事になるなんて、思わなくて」

 逃げる際、顔は見られていないはずだ。

 もし見られていたら、俺がツギハギモンスターを匿った事が知られたら、結構面倒くさい事になる。

 警察に引き渡される事も、充分あり得るし、停学も想定の範囲内だ。

 そのリスクを負いながら、都市伝説の化け物に手を差し伸べたのは、例の戯言を間に受けたからじゃあない。

 化け物だったら、助けない。

 人を不幸にする化け物なんて、捕まってしまえば良いと思う。

 だが俺は、ツギハギモンスターの正体が、希望だという事を知っていた。

 さやの戯言に影響されたから助けた訳ではない。

 さやに教えられる前から、ツギハギモンスターの正体が着ぐるみだと気付いていた。

「これ、落し物だ。その着ぐるみの一部だろ?」

 制服のポケットから布を取り出す。

 希望は布に目をやるが、受け取りはしない。

 今や不要なのかもしれないが、俺も要らないのだが。

 改めて着ぐるみを見る。

 それは見れば見るほど、不細工な造りだった。

 キメラの肌に見えたのは、縫い合わされていた異なる色の布だった。

 前に見た時と、あちこち色や縫い目の位置が違う。

 きっと造りが甘く、着る度に崩れていたのを、何度も直していたのだろう。

 見る度毎回色が違うというのは、補修する度に違う色の布を使っていたためだろう。

 不器用なりに頑張ったんだと察せられる。

 手の怪我はその時に出来たのだろう。

 今も、走ったせいか、縫い目が解けそうになっている。

「部活を辞めたのも、着ぐるみを着るためだったんだろ。部活を辞めれば時間が出来るし、帰宅する生徒に目撃されるのも、一足早く帰っていればタイミングが合う」

 わざわざ部活を辞めてまで、こんな事をする理由までは解らなかったが、後で他の疑問と纏めて訊くとしよう。

「着ぐるみを着て、あんなに早く走るのも、元陸上部の君なら可能だろ?」

 逃げている時、俺が足手纏いになるくらいだった。

 運動部でもなければ、体を鍛える機会なんてないからな。

 現代っ子ってヤツだ。

 希望と同年代だが。

「俺の推理はこんなとこだ。今度は俺に教えてくれ、なんでこんな事したんだ?

なんで助けを求めたのが俺だったんだ?」

 推理、なんて言葉を使ってしまったが、俺は自分で証拠を集めたわけではない。

 成り行きでヒントを渡され、巻き込まれただけだ。

 彼女は俺にSOSを出していた。

 なんなら学校で俺に自白するつもりだったのかもしれない。

 しかし、何故俺に?

 話したのはこの間が最初だというのに。

「あの、ごめんなさい。本当は、こんなつもりじゃなかったの」

 再び頭を下げる希望。

 俺は無言で、言葉の続きを促す。

「本当はこんな事がしたかったんじゃないの。私ね、去年エミちゃんと同じクラスだったの」

「!!」

 その名が、希望の口から出るとは思わず、動揺を隠しきれなかった。

 脳裏に、あの笑顔が蘇る。

 呪いの様に。

「私ね、去年までひとりぼっちだったんだ。人付き合いが苦手で、クラスで孤立して。でも、エミちゃんの笑顔に助けられて。エミちゃんは、私にとってヒーローだった……」

 その笑顔を、俺はよく知っていいる。

 嫌になるくらい。

 嫌なのは自分自身だが。

「エミちゃんがいなくなっちゃって、私はとてもショックだったけど、でも、いつまでも俯いてはいられないから、今度は私がヒーローになろう、エミちゃんの代わりになろうって、思って」

 苦しそうに言葉を紡ぐ希望。

 誰にも言えずにいた事を、今吐き出そうとしている。

「本当は人助けがしたかったんだ。困ってる人を助けたかったんだ。勇気のない子を力付けたかったんだ。着ぐるみのヒーローになろうとしたんだ」

 しかし、現状は、まるで逆で。

「誰が言いだしたのかはわからないけど、私がしようとした事は逆効果になって。見た者を不幸にする化け物なんて言われちゃった。仕方ないよね、私裁縫苦手で、こんな歪になっちゃって、化け物に見えるよね……」

 着ている継ぎ接ぎを見て、自虐気味に笑う。

「悪戯に見えても仕方ないって思う。やり方を間違えちゃったって気付いた。

でも私わかんなかったんだ。あの子みたいな人の助け方。

ねえ、私どうすれば良かったんだと思う?」 

 子供地味た悪戯に見えた着ぐるみも、彼女からしてみたら、悩んで必死になった結果だったのだろう。

「ゴメンね、話した事もなかったのに、こんな役目押し付けて、勝手に頼っちゃって、巻き込んじゃって。誰かに終わらせて欲しかったんだ、私の間違いを。助けてって、素直に言えなかったから」

 人に見付かる時間帯に行動したのは、捕まりたかったからではなく、助けて欲しかったから。

 されど、化け物を助ける者などいない。

 化け物はいつだって、人間の敵で、人間を害する存在で、

人間に倒される宿命だ。

「噂ってのは、誰かの不幸を願う物の方が広まりやすいものだ。そしてその責任を正体不明の誰かに押し付けられるなら、その方が気が楽なんだろう。噂に関しては気にしなくて良い、君は悪くない」

 気休めになるかはわからないが、不要な罪悪感を拭ってやる事ぐらいはしたかった。

 噂を広めた者に利用された形になるのだから、そこは彼女の罪ではない、冤罪とまでは言えないが。

 とはいえ、結果的に彼女は決して褒められはしない行為を犯した。

 この事が露呈すれば、警察や教師に咎められる事は、間違いない。

「誰かの真似なんかする必要なんかない、人間は自分にしかなれない。そもそもアイツは誰かを救おうなんて考えてなかった。俺達が勝手に救われてた、それだけの事だろ」

 こういう時、気の利いた言葉が言えないのは、普段から喋る事になれてないからかもしれない。

 自分では励ましてるつもりだったが、突き放した様にも聞こえてしまったかもしれない。

「とりあえず、着替えてきたら? そこのトイレでしょ?」

 園内片隅の公衆トイレを指差す。

「そうだけど、なんでわかったの?」

 怪訝な顔をする希望。

 照れ隠しの様に話題を逸らしたが、あらぬ疑いをかけられてしまった。

 覗いた訳じゃない。

 ツギハギモンスターの被害のひとつに、ここのトイレが使えなくなっていた、というものがあった。

 七ツ洞学園の通学路からも近いここで、ツギハギモンスターが着替えていると俺は推測した。

 ここに逃げてきたのも、着替えるためだと結論付けるのも、容易な発想だ。

「じゃあ、着替えてくるね」

 小走りでトイレに向かう希望。

 トイレに入り、姿が見えなくなったところで、俺は踵を返し公園から出ようとした。

「それがお前の選択か」

 

 

   13

 

「ちっ」

 声で言葉の主を特定した俺は、姿を確認する前に舌打ち。

 公園の出口で待ち伏せしていたのは、生徒会長だった。

 生徒会役員は巻いたと思っていたのだが。

「なんでここが分かった?」

「俺だけヤツを追わず、怪しい場所に目星を付けていただけだ」

 俺達は互いに目を合わせない。

「捕まえる気か?」

「今回は見逃してやろう。他の役員にも、見付けられなかったと報告しておこう。だが見逃す事が優しさだと、俺は思っていない」

 一々気に障る事を言うヤツだ。

「一度レールを踏み外したヤツは、もう道には戻れないとでも言うのか?」

「それは極論だ。規則を破った者に、それなりの措置を施すのは、常識だろ?」

 それが気に食わねえんだよ。

 どうせ素行不良のレッテルを貼られる羽目になるんだろ。

「正論が正しいのは誰だって知ってる、その通りに生きれないから誰もが苦悩するんだろ」

 俺の言葉を、鼻で笑う生徒会長。

「お前には説得力がない」

「生憎お互い様だ」

 皮肉の笑みを浮かべる俺達。

 水掛け論だとは気付いている。

「日色笑花(ひいろえみか)を忘れるな」

「そっくりそのまま返すぞ」

 ついに顔を合わせる事なく、生徒会長は立ち去った。

 口を出たその言葉は、言われるまでもなく、自分の首を絞めていた。

 

 

   14

 

「おはよう」

 何事もなかったかの様に、希望が声をかけてきた。

 いや、それで良いのか。

 腫れ物が取れた様な、爽やかな笑顔だ。

「待ってくれてるかと思ってたのに」

 あの後、希望が着替え終わるのを待たずに帰った。

 なんで一緒に帰る事になってるんだ。

「冷たいなあ、色々話したかったのに」 

 俺は特に用事なかったからな。

「夜道は危ない人がいるから、女の子を一人にしちゃいけないんだよ」

 君が言うな。

 ツギハギモンスターの噂は、生徒会の力を借りずとも、徐々に収束していくだろう。

 見た者を不幸にする化け物が現れなくなったって、悪い事はなくならないが、そんなの自然の事だ。

 嫌な事の責任を擦り付ける捌け口なんか、なくたって良い。

「部活、なんで辞めたんだ?」

 そんな事を言われるとは予想外だった様で、キョトンとする希望。

「怪我したわけじゃないんだろ?」

「えっと、他にやりたい事が出来たから?」

「着ぐるみで夜道を徘徊するとか?」

「……」

 指摘されるとわかっていたのか、気まずそうに黙ってしまう。

「なんでわざわざあんな着ぐるみなんか着たんだ? 人助けがしたいなら、あんな物着なくたって良いだろ」

「コレだよ」

 前にも見たキーホルダーだ。

 アニメの真似事だったのだろうか?

「このアニメの主人公はね、学校じゃダメダメの子だったんだ。でも着ぐるみを着ると、人が変わったみたいに、勇気が出て、なんだって出来ちゃう、そういうヒーローだったんだ」

「勇気、ねえ」

「誰だって、本当の自分を知られるのは怖いでしょう?」

「……そうだな」

 案外、人は弱い。

 それを誰もが自覚していて、他人に知られない様に、必死で隠して生きている。

 素顔のまま英雄に祭り上げられると、以降もその人物は英雄としか認識されず、特別な人間としてのレッテルを貼られる。

 聖人君子の様に。

 人を助ける事もそうだが、そんな生き方は、中々出来るものではない。

 レッテルを貼られ、わかりやすいキャラクターを演じる様な生き方は、苦痛だろう。

「だから君も名前を隠すの?」

 その質問に答えられないのは、俺が弱いからだろうか。

 立ち向かえないからだろうか。

「ねえ、好きな人いる」

「は?」

 どうしてそうなる。

「私君に気があるかも」

 勘弁してくれ。

 ここは俺の理想が高い事を教えてやって、諦めてもらおう。

「俺は聖人君子こと、神子戸天(みことたすく)が好きだ」

「高嶺の花だねー」

「……」

 逆効果だった。

「じゃ、ホームルーム始まるからまた後で」

 希望は小走りで自分の席に戻っていった。

 代わり映えもしない俺の日常は、少し変わったクラスメイトの、ヒーローに憧れる少女によって変えられた。

 厄介事に巻き込まれるなんて御免だが、化け物に襲われるのに比べれば、悪くない。

 


 
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