No.763483

紫閃の軌跡

kelvinさん

第70話 動く者、悩む者

2015-03-10 14:08:30 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2667   閲覧ユーザー数:2401

~大陸横断鉄道 帝都行き列車内~

 

特別実習の前日、アスベルとルドガーは学院が終わるとそのまま帝都行きの列車に乗り込んだ。というのも、そうしなければ彼らを呼び出した人物の約束の時間に間に合わないからだ。それを解っていてそうしている可能性が高いのは否定できないが。

 

「……しかし、俺達だけ班の中に組み込まなかったのは……大方“あの野郎”絡みかな?」

「可能性は高いだろう。先月のノルド高原での一件は、“楔”を打ち込むようなものだからな。」

 

“革新派”と“貴族派”の対立。それが内戦寸前の状態に陥っていることを意味する。先月のノルド高原での一件がそれにあたる。元を返せば“革新派”筆頭のかの人物が蒔いた種の尻拭いをすることにはアスベルもルドガーも納得いかない話だが。

 

「ルドガーがこちら側にいることを考慮すると、連中も本格的に動く可能性は高い。……俺としては、敵対しないことがありがたいが。」

「それはこっちの台詞なんだがな……お前と対立したら、あの二人まで付いてくる。」

「精神攻撃は基本だからな……」

「そもそも、一番の恩人に刃は向けられねぇよ。(あんなこと平然とやる胆力は俺にはねぇよ……)」

 

転生前のルドガーとシルフィアは許婚のような関係だった。だが、それを望まないことだと知った転生前のアスベルが二人の実家に単身で乗り込んで、それを破棄させたことがある。それを目の当たりにしたものも、言伝に聞いた側も……彼を怒らせてはならないという認識で一致していた。

 

「……連中がこちらの実力を把握している以上、“派手な誘導”はしてくるだろう。ま、園遊会にはシオンが参加すると言ってるから、少しは安心だが。」

「テロリストの命が危険だよな、それ。」

「否定はしない。」

 

今でも時折遊撃士として活動しているシオン(シュトレオン・フォン・アウスレーゼ)……カシウス仕込みの実力者を相手にする側は堪ったものではない。クローゼ(クローディア王太女)やユリア准佐、ヴィクター(+カシウス)という陣容相手に博打を打つ方が危険極まりない。宝くじの一等を当てるぐらいの成功確率の策に信頼できる要素がない。万が一『結社』が助太刀に入った場合は全力も辞さない覚悟だ。

 

「……ところで、『蒼の深淵』はどうするつもりだ?」

「実習中はオペラハウス周辺に近づかない覚悟。幸いにも目視でしか認識できないからな。」

「そっか。で、先輩とは?」

「階段は昇りました。」

「お、おう。」

 

まんざらじゃない表情を見る限り、あの三人に相当苦労していたのが見て取れただけに、それが少しでも報われたルドガーの事には頷くことしかできなかったアスベルであった。

 

 

~ヘイムダル駅前~

 

二人が駅に到着すると、その姿を見たひとりの男性が姿を見せる。屈強な容姿にサングラスとスーツ姿の人間。どう見ても要人警護の人間にしか見えないことに苦笑しつつ、アスベルとルドガーは挨拶の言葉を交わし始めた。

 

「二人とも、よく来てくれた。」

「相変わらずだな。アンタも。」

「お久しぶりです、ミュラーさん。」

「ああ。二人の活躍はあのお調子者からいろいろ聞いている。」

「……あの野郎には届いてねぇよな?」

「その辺はしっかり配慮しているから、安心するといい。その辺りの律義さを別の方向にも使ってほしいものだが。」

「ははは……」

「さて、ここで立ち話も無粋だからな。そろそろ移動しよう。」

 

ミュラー……ミュラー・ヴァンダール少佐。アルノール家を守護するヴァンダール家の長男であり、セリカの兄。“神速”と謳われる第七機甲師団の若きエースと謳われ、“放蕩皇子”が認める親友でもある。彼の招きで用意されていたリムジンに乗り込み、そのリムジンはバルフレイム宮に向けて走り出した。その道中で、ミュラーは二人に説明を始める。

 

「さて、詳しい話はアイツがするから省くが……3日間の実習期間、二人に対しては特に課題を設けないと思ってくれ。」

「……『遊軍』、ということか?」

「その認識で構わない。他の班の面々を手伝うことも許可するとのことだ。」

「………」

 

あのⅦ組の中では突出した実力を持っているアスベルとルドガー。それを班の枠組みから外し、ある程度の裁量を与える理由……考えられるとすれば、

 

「“三大国”―――リベールに対する理事長の配慮、ということでしょうかね。常任理事にシオン―――シュトレオン王子がいますから。」

「先月の事は叔父上から聞いていてな。あの後、慰問と言うことであのお調子者に同行した際に事のあらましは聞いた。流石はカシウス殿やエステル君の縁者と言うべきか。」

「別に父さんと妹は関係ないのですがね……」

 

4月の侯爵の娘(ラウラ)の誘拐未遂、5月のアスベル軟禁と国境線接近、6月のノルド高原での一件……これだけやらかしている以上、リベール国内でもエレボニア帝国に対する感情は良いものと言えないだろう。それを改善するために王族の三人(クローディア王太女、シュトレオン王子、デュナン公爵)を招くことになっているのだから。

 

「そういや、リベールの方々はもう来てるのか?」

「ああ、今日の午後にファルブラント級一番艦『アルセイユ』でな。出迎えで実物を見た時は、冷や汗ものだったが。流石は“白隼の国”というべきものだろう。」

「それはそうでしょうね。」

 

リベール王国軍の主力巡洋艦であったアルセイユ級は全艦退役扱いとなり、現在は内装を一新させてファルブラント級のための練習巡洋艦として運用されている。ただ、武装も更新されているのでそのまま軍備投入できるようにはなっている。次世代型巡洋戦艦『ファルブラント級』は現在欠番の七番艦を除く10隻がすでに投入されている。巡洋艦ではなく巡洋“戦艦”としているのは、この先に起こるであろう戦いによる戦火を危惧してのものとも言える。

 

そういった軍事的な動きに対して帝国と共和国は、表向き特に反応を示していないが……裏向きではリベール国内に侵入するスパイの数が伸びており、それを裏取引で引き渡す回数が多くなったほどだ。その辺りは幾重もの罠を仕掛けているが、それでも安心はできないとカシウス中将がぼやくほどだ。

 

「……まぁ、かの人物にはもう少し慎みを持ってほしいのが本音ですがね。」

「………」

「お前が言うとかなり重みを感じるな。」

 

別に、そこまで含みを持たせたわけではないのだが……

 

 

~バルフレイム宮 皇族・執務室~

 

そんな重苦しい会話をしつつ……リムジンは皇族の居城であるバルフレイム宮に到着した。ミュラーに案内された先は皇族の執務室。その奥にある執務の机では、見覚えのある一人の青年が書類と睨めっこしていたのだが…ミュラーらの姿を見ると、その表情を一変させて笑顔で出迎えた。

 

「おや、ミュラー君。……と、アスベル君にルドガー君じゃないか!久しぶりだねぇ。」

「呼び出した本人が凄く笑顔なのには、何故か腹が立つ。」

「まったく、皇族という自覚を……もう少しは慎みを持て。」

「言って直るんなら、苦労はしませんよ。」

「サラッと酷くないかなぁ、君達は。」

 

この国では不敬罪なるものがあるのだが、彼はそんな事を気にせずに話せる相手……そして、アスベルとルドガーをⅦ組に転入させた張本人。オリヴァルト・ライゼ・アルノール……“放蕩皇子”と呼ばれ、社交界ではルーファス・アルバレアと話題を二分するほどの人物。とりあえず挨拶を済ませて、互いにソファーに座る。

 

「さて、ミュラー君から話は聞いていると思うが……君たちには基本的に課題を設けない。その代りなんだが、こちらからの質問に答えてほしい。」

「答えられる範囲であれば、だが。」

「無論それで構わないよ。君達にも立場というものがあるからね。」

 

……まぁ、大方の予想はつくけれど。そう思いつつ、オリヴァルト皇子からの問いに耳を傾ける。

 

「僕のやってることは君たちも知ってはいるだろうが……君達から見て、“鉄血宰相”の印象とノルド高原での一件……それをどう見るかを聞きたい。」

 

確かにかの御仁は読めない部分があるのは事実……それでも、根本的な部分は変わらないと思いつつ、先に口を開いたのはルドガーであった。

 

「俺から見れば“鉄血宰相”は“野心家”。どこかしら“白面”に近いと考えてる。現に、彼がやって来たことからしても、それが当てはまる。領土拡張政策なんて、言い換えれば不満を外に無理矢理向けさせてるようなもんだろ。」

「手厳しいね。」

「だが、事実だ。で、先月の事は話を聞いただけだが……“怪盗紳士”がこの国にいるということは、『結社』の関与は可能性大だろ。」

「あの好敵手がね……」

「噂ではなかったのか。」

「厳密に言えば、4月の段階でケルディックにいたけど。」

 

古代遺物の類は表向きかなり厳重に管理されている。しかもかなりの代物を所持していたとなると、そのバックにいるのはかなりの強大な勢力。その可能性の一つに『結社』が絡んでいる可能性は高い。……まぁ、厳密には『確実』なのだが。それを聞きつつ、アスベルが口を開いた。

 

「ハッキリ言う。“鉄血宰相”ギリアス・オズボーンは明確に西ゼムリアの覇者……ひいてはゼムリア大陸の覇者を目指している。そのためならば、どんな犠牲も厭わない。単純な力押しだけでなく、味方をも騙す奇策を用いる厄介な“敵”と言う他ない。」

「……これはまた、率直な意見だな。」

「領土の拡張、ひいては侵略を明確にしている以上は否定できないこと。それと、自らをも策の一部として組み込める冷酷さも持っている。普通なら躊躇う戦略を平然とこなすのがかの人物であり、“子供達”でもある。」

 

常識と言う杓子定規に当てはめても、この先は対処できない。“至宝”という前例がある以上はどんなことが起きても不思議ではないという前提に立った戦略・戦術が求められる。かの人物の狙いが貴族派の勢いを“完全に”ではなく“ある程度”削ぐという前提ならば、その先のクロスベルの流れも彼に近いであろう人物の確証も得られる。

 

「で、先月の一件から考えられることだが……オリビエ、彼等が表立って動くには一つ足りないものがある。」

「……“大義名分”かな?」

「正確に言えば、その正当性の保障。“革新派”ひいては“鉄血宰相”には皇帝陛下がバックにいる。つまりは、皇族の力を得ている形になる。だが、あの集団には正当性がない。このまままともに戦っても“逆賊”扱いされるのが筋だ。」

 

この国では、皇族の力は絶大。彼等の信任を得ることは“正当性”の保障にもなる。彼等としては、それを手に入れようと動く可能性が高い。誰か一人でも連れ去ることが出来れば、皇族の威光をバックに活動できるほか、“革新派”に対しての人質と言うカードを手にすることも出来る。

 

「では、彼等はその正当性を得るために……まさか、誘拐か拉致!?」

「普通なら無理だが、今度の夏至祭……初日に仕掛けてくる可能性はあるだろう。」

「なら、今すぐにでも取りやめてもらうよう……」

「それは厳しいだろうね、親友。相手はいわばテロリスト……要求を聞いたところで、彼等は目的を達するまで退くつもりなどないだろう。」

「よく解ってるな。」

「ま、僕もリベールの事変に関わったから、その辺りの知識も心得ているつもりさ。その最たるもののような『結社』という存在もいるからね。」

 

そう、それが正直厄介なのだ。目的を達するためならば手段を選ばないのがテロリストのやり方。

 

「……で、そこまで言及したということは、何か対抗策はあるのかな?」

「対抗策というものでもないが……シュトレオン王子にエリゼを護衛として参加させている。実力としては皆伝の手前ぐらいかな。カシウス中将のお墨付きもあるし。あと、シェラさんもシュトレオンの護衛として同行します。」

「ほう……フフ、成程。その顔ぶれだとテロリストが哀れに見えるね。」

「フッ、どうせならお前の護衛にでも付けておくよう頼むか?」

「やめてください、しんでしまいます。」

(躊躇いもなく頭下げたよ……)

 

提案した自分でもやり過ぎとは思うが、敵がどれだけの陣容を割くか解らない以上、これが及第点だ。とはいっても、不安要素はまだあるので他にも援軍は頼んでいるのだが。それに関しては敵を騙す意味でも黙っておくことにした。

 

「ところで、シュトレオン王子たちはもう着いてるんだよな?」

「来賓室にね。王子は今頃アルフィンと戯れている頃だと思うよ。」

「楽しそうだな……」

「僕にとっては大歓迎さ。ちょっと寂しいのは否定しないけどね。」

「王子にとっては気苦労の種だろうが。」

 

こちらの詳しいことに関しては言及しなかったものの、恐らくはこちらが『遊軍』として機能するように配慮した可能性が高い。相手がどう出てくるのかもわからない以上はその方が都合もいい。だが、それでいて懸念もある。

 

「それと、もう一点。このことは帝国政府側に伝えないでくれ。下手に警戒されると向こうがなりふり構わない手に出るから。」

「ああ、心得た。僕の信頼できる人にしか話さないから、安心してくれ。」

 

……宿泊はバルフレイム宮の客室となり、二人は部屋で一段落した。

 

「けど、こっちで暴れたら“あの人物”は確実に目を付けてくるだろうな。……『結社』が出てこなければ御の字だが。」

「そうなったら、適当に誤魔化すしかないだろう。……法術の類が聞くかどうか疑わしいが。」

 

さて、想定されるルートはある程度割り出しが済んでいる。最低限とは言いつつ、帝都でもそれなりに依頼はこなしていたので、地下の構造もそれなりに把握はしている。だが、それを鉄道憲兵隊には伝えていない。一応関係者であるリノア・リーヴェルトには伝えているが、

 

『私より長く生きてるんだから、それぐらいは想定してるでしょ。』

 

との弁だった。要約すると『敵に塩を送る義理はない』というような感じだった。その頃、オリヴァルト皇子とミュラーは考え込んでいた。

 

「……彼等は、強いな。それでいて申し訳なく思う。」

「本当に、だね。……親友、リューノレンス侯爵閣下に取り次いでほしい。」

「……まさか。」

「彼等に背負わすのは、僕の流儀に反するのさ。それに……」

 

その続きの言葉を聞いたのは、そこにいる人間のみであった。

 


 
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