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IS<インフィニット・ストラトス> ~あの鳥のように…~第五十八話

最後に更新したのが一年前…だと?
更新が遅れて申し訳ありません。就職やら環境の変化も理由にありますが、一番の原因はモチベーションの低下で此処まで遅れてしまいました。
久しぶり過ぎてキャラ同士の呼び方や口癖などを忘れてしまったり、作品の質を低下させてしまったりで大変だ…。
今後も更新は遅れてしまうでしょうが、完結目指して頑張っていきたいと思います。

2015-01-25 16:43:32 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2388   閲覧ユーザー数:2280

 

 

「「「「「「「あっ…」」」」」」」

 

ミコトの部屋へ向かう途中、廊下でばったり皆と鉢合わせになり声が重なる。皆それぞれ驚いた表情を見せたが―――。

 

「「「「「「「…ぷっ、あははは!」」」」」」」

 

皆揃って同時に噴き出してしまい、廊下には皆の笑い声が響いた。

なんだ、みんな考えている事は同じじゃないか。言葉にするまでも無い。みんなの自信に満ちた顔を見れば分かる。みんな向かっている先が何処かなんてそんなの決まってる。そんなみんなを見て俺は何だかとても嬉しくなって、にかりと笑って大きく声を上げた。

 

「よし、行くか!」

「ああ!」

「そうね!」

「ですわね!」

「うん!」

「ミコトちゃんの所に、ね?」

「うん…行こう!」

 

俺の言葉に皆は互いに頷き合い、同じ場所へ向かって走り出した。同じ想いを胸に秘め、それぞれの手にはあのネックレスが握り締めて…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第58話「居場所《友達》」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――Side 織斑一夏

 

 

「お、織斑君!?それに皆もどうしたの!?それにお嬢様まで!?」

「すみません!急に押しかけるようなことして悪いんですけど部屋の中に入れて下さい!」

 

大勢で突然押しかけて来た俺達に、普段は冷静に振る舞っている虚先輩も驚いてその表情を崩すが、すぐに冷静を取り戻して押し寄せる俺達を止めに立ちはだかる。

 

「ちょ、ちょっと待って!中にはミコトちゃんが居るんだから静かに……って!ああ、もうっ!」

 

しかしそんなものでは俺達は止まらない。虚先輩の制止を振り切ってドアは勢い良く開かれた。

 

「ミコト!」

 

ミコトの名を呼びながらなだれ込む様にして部屋の中へと入った俺達。それを出迎えてくれたのは名前を呼ばれたミコトではなく、ベッドの傍に置かれた椅子に腰を掛けていたラウラとのほほんさんの二人だった。

 

「おりむー!」

「おっと…」

 

部屋に入ってきた俺達を見たのほほんさんは椅子から腰を上げ、すごい勢いでこちらに駆け寄って来ると、よほど嬉しかったのかその勢いに任せて俺に飛びついて来てそれを俺は咄嗟に抱きとめる。

すると、その時になって離れていた時は気付かなかったのほほんさんの目が赤く腫らしていることに気づく。

 

そうか…。のほほんさんがずっとミコトの傍に居てくれたのは知っていたけど、のほほんさんにも辛い想いをさせてしまっていたんだな。こんなに目を赤く腫らして…。

 

心細かっただろうに、この小さな体でじっと耐えて…。ごめんな?ありがとうな?もう一人で背負わせないから…。

 

「遅いぞ、馬鹿者」

「悪い。遅れた」

 

のほほんさんの後からラウラも歩み寄って来ると、そうラウラは俺を叱って来たがその声は何処か嬉しそうに俺には聞こえた。かと言って遅れてきたのは事実なので素直に頭を下げて謝っておこう。のほほんさんも泣かせちゃったしな。

 

「ふっ、まあいい。情けない面で此処にやって来たならぶん殴ってやったところだが…。その必要はなさそうだな」

 

そんな物騒なことを言いながらも、俺達の表情を見回して満足そうに笑みを浮かべるラウラ。ラウラが見た全員の表情はどれも自信に満ちた表情で迷いなど微塵も感じさせなかった。

 

「あはは、それは怖いな」

 

恐らく冗談じゃなく本気なんだろうけど…。流石、千冬姉の教え子なだけはある。情けない顔でこの部屋に来ようものなら、きっとキツイ気合入魂を顔面に一発貰ったに違いない。と、そんな冗談を言い合っていた俺とラウラだったが、そこにセシリア達が割って入られ話は中断されてしまう。

 

「お二人とも、お話はそこまでに。今はそれよりも…」

「うむ、ミコトの事が先決だ。そういうのはミコトを立ち直らせてからにすれば良い。勿論、ミコトと一緒にな?」

 

セシリアと箒の言葉に後ろに居た鈴たちも同意するように頷く。

 

「……ああ、そうだな!」

 

ミコトを救うために。皆で笑い合うあの日々を取り戻すために。そのために俺達はここに来たんだ。

俺は右手に握っていたネックレスに視線を落とすと、祈る様にネックレスを額に当てて数秒程目を閉じ。そして、再び目を開いてからミコトが横たわるベッドへと歩き出した。その後にラウラ達も続く。

 

「……ミコト」

 

ミコトの横までやって来た俺は、椅子に座るのではなく床に膝をついてミコトの視線の高さまで姿勢を落としミコトの手を握る。

すごく冷たい。いつかミコトの手を握った時のあの温かさが嘘の様に。それはミコトの命の灯が消えようとしていると言うこと。ミコトが生きることを放棄しようとしていると言うこと…。

させたくない。そんなことは絶対にさせない。そう願った俺は手に感じる滓かな生の温もりを、手から零さぬように両手で包み込むとゆっくりと静かに彼女に語りかけた。

 

「ごめんな。遅くなった。本当は真っ先に気づいてやらないといけなかったのにな…。友達だのなんだの偉そうなこと言っておいて大事な事を分かってなかったよ」

 

自分の愚かさが恥ずかしくてミコトから目を逸らしたくなる。けれど目を逸らしはしない。もう逃げないと決めたから。真正面から自分の気持ちをミコトに伝えるんだ。

 

「……千冬姉から聞いたよ。ミコトのお母さんのこと…。ごめんな。俺さ、両親の顔すら覚えてないから、親を失ったミコトの気持ちを本当の意味で理解してあげることは多分できない」

 

親を失うどころか、そもそも居ないものだった俺にはミコトの気持ちを理解してあげることは無理だ。どんな言葉を並べたところで薄っぺらいものでしかない。そんな言葉が相手に届く訳が無い。

それに、俺が伝えたいのは慰めの言葉じゃない。ミコトに必要なのはそんなものじゃない。ミコトが求めているものはそんなものじゃない。

 

「でもなミコト。そんな俺でもこれだけは言える。してやれる」

 

俺はミコトに碌な事をしてやれない。俺は弱いから守ってやることも出来ない。だけど、『友達』としてならこれだけはしてやれる。いや、これは俺達にしか出来ない事だ。

だから俺は自信を持って、胸を張って、手を握る力を強くして、ミコトの目を見て、はっきりとした声でそれを言葉にした。俺達の想いを言葉にした。

 

「俺は、俺達は何処にも行かない。ずっと一緒だ!」

「…………ッ」

 

虚空を眺めていたミコトの瞳が揺れる。生気を宿さなかった瞳に初めて、ほんの…本当にほんの僅かな、間近でなければ見逃してしまうほどに僅かな感情が暗い瞳の奥底で動いたのを俺は確かに見た。それは感情と呼ぶにはあまりにも希薄なものだけれど、それでも何も反応を示さなかったミコトからすればそれは大きな変化であることは違いない。それを見て俺はやはりそうなのかとミコトが何を求めているものを確信して言葉を続けた。

 

「ミコト。お前あの夜に言ってたよな?もう帰る場所が無いって」

 

ミコトはよく「帰ったらクリスに自慢する」と話していた。それは、母親がミコトの帰る場所であり拠り所であったと言うこと。その愛していた母親の死。それは何よりも悲しいことだ。帰れば愛する母が待っていてくれる。そう思っていたミコトにとってあまりにも残酷な世界。きっとミコトはいま身も心も孤独に陥っている。

なら教えてやろう。そんな事は無いと、お前は一人ぼっちなんかじゃないと…。

 

「そんなことない。だって……だって、帰る場所なら此処にあるだろ!」

 

あの夜、ミコトに貰ったネックレスをミコトの眼前にぶら下げて俺はミコトの耳に届くようにと大きく声を張り上げてそう言った。

 

「ひとりぼっちだって言うんなら俺達がいっしょに居てやるよ!帰る場所が無いって言うなら俺達がその居場所になってやるよ!……『友達』なんだから!」

「と…も……だち…」

 

『友達』その言葉を聞いてミコトの口からもその言葉が零れる。他の音にかき消されてしまいそうな程に弱々しい声。だけどそれは一日ぶりに聞くミコトの声だ。たった一日だけなのに、それなのに随分と久々に聞いたようにも思えてしまう。元々口数は少ない方なのにな。どれだけ依存してたんだよ、俺は…。

 

「……この学園に入学したとき、私はクラスメイトは勿論この学園の生徒と仲良くはなれないと思っていた」

 

後ろで俺の話に耳を傾けていた箒が俺の横に並び腰を落とし、ミコトの手を握っていた俺の手に自分の手を重ねて、俺と入れ替わる様に自分の想いをミコトへ向けて語り始めた。

 

「何故ならこの学園の生徒は姉さんの作ったISに憧れてここに入学してきて、この学園の生徒は誰もが私を『篠ノ乃束』の妹としてしか見ないから…。それが何よりも嫌だった」

 

箒の顔が苦痛に歪む。箒が束さんの妹だとクラスの皆に知られた時、皆は箒を『篠ノ之束の妹』としてしか見ていなかった。誰も『篠ノ乃箒』個人として見てはくれなかった。だけど、そのクラスの中で一人だけそうじゃなかった人間がいた。

 

「だがミコト、お前だけは違った。お前は私を最初から『篠ノ之箒』として見てくれた。こんな不器用な私の『友達』になってくれた」

 

「箒は箒」箒が篠ノ乃 束の妹だと知り、クラスメイト達が好奇心などで騒ぐ出す中でミコトが呟いた言葉。ミコトと初めて会話したあの入学した日の屋上でも、ミコトは篠ノ乃の名を聞いても何ら反応を変えなかった。まっすぐ箒を箒として見ていた。

 

「重要人物保護プログラムによる幾度となる転校で、人への関心も薄れていって人と関わろうとしなかった私が、今こうしてこの学園の生徒と接してられているのも、全部ミコトのおかげだ。お前が私を見てくれたから、友達になってくれたから、今の私はここに居る。お前は私にとって最高の友達だ。だから…」

 

箒は俺と同じようにあのネックレスをミコトに見せる。

 

「恩を返させてくれ。こんな不器用な私だがこれだけは出来ると思う。ずっと一緒だ。お前を孤独になんてさせはしないさ」

 

頬をほんのりと赤く染めて箒は微笑みそう告げた。この笑顔は光を反射して輝くネックレスの様に眩しく、傷ついたミコトを優しく照らす。

 

「ぅ……ぁ…」

 

深い闇に沈んでいたミコトの心を、俺と箒が手を伸ばして引き上げていく。ミコトの心に纏わりつく深い闇はとても力が強く、一人や二人ではとても引き上げられない。そして、そこにもう一人手が加わる。

 

「わたくしがミコトさんに出会ったのもお二人と同じ日でしたわね。今思えばなんと傲慢な振る舞いをしていたのでしょう」

 

「ミコトが居なければ自分が主席だったのに」そんな言いがかりも同然な台詞が、セシリアのミコトに対して向けた初めての言葉だった。色々と酷い事も言われた事もあったが、言われた本人はそれを気にした様子もなく…というより、悪口を言われていた自覚すらもなかったのかもしれない。ただ自然体で嫌な顔一つせずに高飛車なセシリアと接していた。だからこそだろう。クラス代表を決める決闘の前まではよく皮肉やら何やら言っていたセシリアも、決闘の後は態度が柔らかくなったのは。嫌味をいくら言っても暖簾に腕押しなミコトでは毒気を抜かれてしまうのも仕方がない。

 

そんな嘗ての自分の行いを恥じらいながら苦笑を浮かべていたセシリアだったが、その表情は急に沈んだものへと変わる。

 

「……3年前、わたくしも両親を事故で亡くしました」

 

当然のセシリアの告白にラウラや先輩を除いた全員は息を呑む。もう半年以上はセシリアと一緒に居るのにそんな事実は今日初めて聞かされたからだ。

 

「両親が遺した遺産は膨大で生活に困る様な事はありませんでしたわ。ですが、その膨大な遺産がゆえにわたくしの周りには金の亡者も群がりました」

 

その時の事を思い出したのか、それとも現在もそうなのか、セシリアは忌々しそうに表情を歪めて唇を噛む。

 

「両親の遺した遺産を誰にも渡すつもりは無い。わたくしは二人が遺したものを守るために必死になってありとあらゆることを勉強しましたわ。それ相応に成績は残せましたし、IS適性が高かったおかげでイギリス代表候補生として選ばれました」

 

セシリアが代表候補生になるまでにそんなことがあったのか…。

 

俺達は口を挟む事無くセシリアの話に耳を傾け続ける。セシリアが話しかけているのはミコトであって俺達ではないからだ。

 

「自分で言うのもなんですが、まさにエリートコースと言っても良い人生を歩んできたと思います。だからでしょうか。自分は他者よりも優れているのだと、他の人達は自分より劣っているのだと、そんな考え方をするようになったのは……。最初はそこまで酷いものではありませんでしたのよ?力を見せ付ける様に振る舞うことで群がる亡者達を威嚇するのが目的でしたから。ですが、次第にそれが当たり前のようになって、今申しましたように間違った考え方をする人間なってしまったのでしょう。そもそも血縁である親戚全てが敵でしたから、碌に人なんて信用出来ませんでした。身近の人間で唯一信頼できたのは幼馴染のチェルシーだけでしたし、此処に来る前の学校の友人もコネクションを広げる程度の関係でした」

「………」

 

人一倍プライドの高い奴だと思っていたけど、両親の遺産を一人で守るためにはそうならざるを得なかったのか。そりゃ血縁者がみんな敵ならそうなってしまうのも仕方がないのかもしれない。千冬姉も束さんと知り合うまでは人を寄せ付けない雰囲気をずっと放ってた状態だった。きっと、あの頃の千冬姉は俺を守るのに必死で他人なんて信用する心の余裕が無かったんだろうな…。

 

「ですが、それもIS学園に来て……いいえ、ミコトさん。貴女に出会って貴女の生き方を見て思い出しましたわ。虚勢で塗り固めた自分ではなく、ありのままの自分を」

 

自身の胸に手を当てて、誇らしそうに、嬉しそうに、セシリアは語る。

 

「あのままミコトさんに出会わなければ、わたくしはきっと最低な人間に成り下がっていた事でしょう。そして、そんな人間の未来は破滅しかありません。人は一人では生きていけないのですから」

 

他人を信じられない人間に誰もついてこない。力で無理やり従わせたとしてもその関係には互いの信頼は無く、いつか必ず裏切られて自滅する。後から付け加えられたセシリアの言葉はまだ社会に出ていない子供の俺にも理解出来た。

 

「ミコトさんの様な友達に巡り合えたから今のわたくしがあります。それだけではありません。ミコトさんには沢山のものを貰いましたわ。とても返しきれないほど沢山です」

 

ミコトがくれた沢山のもの。目には見えないそれを愛おしそうに抱くようにセシリアは自身の胸を抱きしめる。その表情はとても幸せそうなものだった。

 

「貴女の手を握ったときの温もりは例え手が離れていても簡単に思い出せます。貴女が時々見せる笑顔は目蓋の裏に焼き付いています。耳を澄ませば貴女の声が…。わたくしの日常には貴女が必ず居て、その日々はとても幸せなものでした。ずっとずっとこの日々が続いたら良いのにと願う程に。ですが……」

 

ですが、と言葉を続けてセシリアは手を伸ばしミコトの頬に触れると、優しく頬を撫でて微笑んだ。その仕草はまるで泣く子供をあやす母親の様だった。

 

「それには貴女が居ないといけないんです。食事の時にいつも口の周りを汚してわたくしに拭いて欲しいと甘えて来る貴女が。いつも斜め上の行動をしてわたくし達を驚かせる貴女が。わたくしが哀しんでいる時には傍に居てくれる優しい貴女が。誰よりも空が大好きで自由に空を楽しそうに飛び回る貴女が。誰よりの純粋で無垢な貴女が」

 

セシリアの口から語られる一つ一つが俺達にとっての掛け替えの無い日常で、ミコトと過ごして得た俺達にとって大切な思い出≪宝物≫だ。

 

「帰ってきてくださいなミコトさん。貴女の帰る場所は此処にありますわ。これまでも、これからも、ずっと…」

「………ず…っと…?」

「ええ、ずっとですわ」

 

聞き返してくるミコトにそれを証明するかのようにセシリアはネックレスを見せる。俺の花を咲かせていない茎だけのネックレスにまた一つ美しい花が咲いた。そして、それはまだ止まることはなく――――。

 

「ったく!アンタ達は難しく考えすぎなのよ!話が長いっての!」

 

―――続けて新たな花が咲いた。

 

「キャッ!?ちょっと鈴さん!?いま大切な話をしているのが分かりませんの!?」

 

セシリアを押し退けて強引に割り込んでくる鈴に、セシリアは先程までの慈母の様な笑顔を投げ捨ててキッと鈴を睨み付けて叱りつける。しかし睨まれている鈴本人はそんなこと気にもしないでふんっと鼻息を吹かして得意げに笑みを浮かべていた。

 

「だってアンタ達ってば話が長いんだもん。そんなに長々と理由を話す必要なんてないでしょ?助けたいから助けるそれでいいでしょうが!」

 

何と言うゴーイングマイウェイ。鈴の背後から「ババーン!」って効果音が聴こえてきそうな勢いである。そして、我が道を行く鈴はとんでもない行動に出る。なんと、衰弱しているミコトの頬を引っ張りやがったのだ。

 

「だいたいね、アンタの方から友達になりたいって言って来たんでしょ!?何がひとりぼっちよ!アタシを忘れるなんて失礼しちゃうわねほんと!」

「ぁ、ぅ……」

「きゃあああ!?な、なんばしよっとですの貴女はっ!?」

 

鈴の信じられない行動にムンクの叫びよろしくな悲鳴をあげるセシリア。しかし何故に博多弁?いやいやそれよりもなんて事してくれるんだこいつは!?

 

「お、おい鈴!?」

「うっさい!アンタ達は黙ってなさい!今アタシがこいつに話してんのっ!」

 

流石にまずいと思い慌てて止めに入ろうとした俺だったが、鈴はキッと睨みつけられて物言わせぬその気迫にたじろいでしまう。

 

「いい!?アタシはアンタの友達なの!だから助けてって言われれば助けるし!助けたいと思ったら助ける!寂しいって言うなら傍に居てあげるわよ!なにひとりぼっちだなんて勘違いしてるのよバカ!」

「ぅ…」

 

鈴に頬を引っ張りながら叱られて、ミコトは小さく呻き声を上げている。今まで肩を強く揺すったりしても反応が無かったのが呻き声とはいえ反応が返ってきたのは進歩と言えなくもない…のか?いや、やっぱりやり過ぎな気がする。鈴もそれは分かってるはずだ。なら何か目的があるのか…。どちらにせよ邪魔をするなと言われている以上、俺達ははらはらしながら事の成り行きを見守るしかなかった。

 

「それにね!アタシはまだアンタに借りを返してないの!アンタには助けられてばっかりなの!いつも!いっつも!たまには助けさせなさいよ!アタシ達は友達なんでしょ!?それともアンタがくれたこれは嘘だったのっ!?」

「ぁ……」

 

怒鳴りながら鈴がミコトの眼前に突き出したのはやはりあのネックレスだ。

次々と揃っていく花にミコトの瞳にも光が灯り始める。それはまるで欠けていた心の欠片が戻っていくかのようだった。

 

「嘘じゃないってんならさっさと起きなさい!いつまでも寝てるんじゃないわよ!」

 

傲慢で我儘な物言いだが、その瞳には涙が滲んでいた。自分の弱い部分を見せまいと強気に振る舞っても感情を押し殺すことは出来ない。そういうのが苦手な奴だから鈴のやつは。

その鈴の肩にそっと手が置かれた。鈴はそれに振り向くと柔らかな微笑みを浮かべたシャルロットがいた。

 

「シャルロット…」

「………」

 

鈴の呟きにシャルロットは特別何かを言う訳でも無く、ただ黙って頷いて鈴のネックレスを持っていない手を取り、ミコトの手に重ねられていた俺達の手の上へと添えられ、そしてシャルロット自身もその上に自分の手を重ねて、その笑顔をミコトへと向けた。

 

「ミコト覚えてる?僕が女の子だってばれたあの夜の事。あの時、ミコトは僕を助けてくれたよね。性別のことはすぐにばれちゃったけど…」

 

あはは…。とシャルロットは苦笑を零す。ああ、そういえばそんなこともあったな。あの後大変だったっけ…。

 

「今ここに僕が居られるのはミコトや一夏がここに居ていいよって言ってくれたからだよ?二人が手を差し伸べてくれたから、僕は此処に居て良いんだって思えた。最初から諦めていて流されるだけだった僕が抗おうって思えたんだ」

 

あの日の事があったから僕は歩き出せた。シャルロットはそう語る。けれど、感謝しているにもかかわらずその表情は反して申し訳なさそうな暗いものだった。

 

「……本当、僕ってば助けてもらってばかりだよね。自分一人で歩こうとしないで誰かに手を引いてもらわないと歩けないんだから…」

 

あの時のシャルロットは自分の意思を持って生きようとしていなかった。親の決めた事だから仕方がないと、ただ状況に流されるだけ流されて、いずれ必ず訪れる結末を諦めて待っているだけだった。親に逆らおうなんて考えもしていなかった。俺とミコトが引き止めなければ今ここにシャルロットは居なかっただろう。

 

「この部屋に来るまでだってそう。今まであった日常が壊れるんじゃないかって怯えて動けなかった。また誰かに助けてほしいって縋ってた。ごめんね。甘えてばかりだったよね?助けてほしいのはミコトの方なのにね…」

 

只々自分の弱さが情けなくてシャルロットは顔を俯かせる。けれど直ぐに「でも!」と声を張り上げて、うつむいていた顔を凄い勢いで持ち上げた。

 

「でも!でもね!もう助けられてばかりなのはお終い!今度からは僕がミコトを助ける番!」

 

シャルロットはミコトを見つめる。確固とした強い意志が籠った瞳で…。

 

「ミコトはあの時言ってくれたよね。さよならしたくないって。僕もだよ。ずっとミコトと居たいよ。これからもずっと。だから…」

 

シャルロットがあのネックレスを取り出す。ミコトの前に並ぶ花達にまた一つ花が加わった。

 

「戻ってきて、ミコト」

「ぁ…ぁ…」

 

『戻って』来て、自分たちがいるこの場所に…。シャルロットの眩しい笑顔はまるで太陽の様に温かく、凍てついた心を優しく溶かしていく。その温もりにミコトの瞳から一滴の涙が頬を伝った。

そして、その頬に伝う涙を雪の様に白く透き通った指先が掬う。その指の主はラウラだ。

 

「ミコト」

 

透き通るような落ち着いた声でラウラはミコトの名前を呼ぶ。

 

「ら…ぅ…」

「うん、私だ。ラウラだ。漸く名前を呼んでくれたな」

 

消えてしまいそうな程にか細い声ではあったが、自分の名前を呼んで貰えたことにラウラは顔を綻ばせて、その真紅の瞳は僅かに潤んでいた。

 

「そう、私はラウラ。ラウラ・ボーデヴィッヒ。そのことを教えてくれたのはミコトだったな」

 

恐らく≪Berserker system≫による暴走事件の後にあった事の話だろう。あの後にラウラのミコトに対する態度が急激に変化のはあの事件の後からだ。保健室でミコトと何か話をしたらしいが詳しくは知らない。ただこれだけは言える。ラウラもまたミコトの言葉に救われたのだと。

 

「教官に憧れて、その尊敬のあまりあの人の様になりたいのではなく、あの人になりたいと言う間違った考えをお前は正してくれた。お前を殺そうとしていた私をお前は恨もうともしないで」

 

聞いていてミコトがどれだけ異常なのかが良く分かる。命を狙ってきた相手を許すどころか救ってみせるのだから。優しいと言う言葉だけで済ませられるものじゃない。だけどそれも「ミコトだから」と言われてしまうとやはり納得できてしまえて俺は小さく苦笑を零すのだった。ホント、毒されてるよなぁ…。

 

「私はお前に救われた。この恩を返したい。だが私は戦うことしか知らない人間だ。だから私は戦うことでその恩を返そうとした。ミコトを守ることが私に出来る事だと思ったから。しかし……」

 

ラウラは表情に影を落とし、ミシリと音が聞こえてくるほどに強く自身の拳を握り締める。

 

「結果はこれだ。私はお前を守れなかった。ハッ、何が誉れ高きドイツ軍人だ。何が『シュヴァルツェ・ハーゼ』隊長だ。偉そうなことを言っておいて友達一人守れやしない」

 

ラウラは左目の眼帯に触れながら自嘲するように薄ら笑う。

 

「結局、私は何も出来なかった。何もしてやれなかった。何の価値も無い人間だ」

「……ぃぁ……ぅ…」

 

ラウラから吐き出される自虐的な言葉。その言葉を聞いてミコトは何かを呟く。とても弱々しく聞き取れるものじゃなかったが、俺にはミコトが何を言おうとしたのかが理解出来た。「違う」ミコトはそう言おうとしたんだ。ラウラは無価値な人間なんかじゃないと否定しようとしたんだ。ラウラを見つめるその瞳はまだ虚ろなままでも、心はまだ傷ついていても、そう言わずにはいられなかったんだ。『友達』だから…。

 

「ミコト…」

「ぃぁ…う…」

「……あの時と、同じだな」

 

ミコトの反応に最初はラウラも驚いた表情を見せたが、「あぁ…」と詠嘆の声をもらしたのちそれは笑顔へと変わった。

 

「本当に、お前と言う奴はいつでも私を助けてくれるのだな。自分がどんなに傷ついていても…」

 

スッとミコトの頭に手を置くと、優しく愛おしそうに白い髪を撫でる。

 

「そうだ。そうだな。私はこんな事を言う為にここに来たんじゃない。お前に助けてもらいに来たんじゃないんだ。助けてもらってばかりだった私が、今度はお前を助けるためにここに来たんだ」

 

重なり合う俺達の手にラウラの手も添えられる。もう片方の手には当然あのネックレスが握られていた。

そして、ネックレスが放つ光にも劣らない力強い意志を瞳の奥に輝かせ、笑みを浮かべてラウラは声を張り上げ高らかに宣言する。

 

「私は今一度此処に誓う!ミコトを、そしてミコトの居場所を守り抜くと!」

「わた…し…ぃば…しょ…?」

 

虚ろな瞳でラウラを見つめ、ミコトはラウラの言った言葉に首を傾げる。

 

「皆が言っていただろう?お前の居場所は此処にある」

「…こ…こ……」

 

ミコトは視線を落とす。そこには自身の手に重ねられた複数の手、眼前には複数のネックレスが輝いていた。

 

「……お前の母の死んでしまった。無念だがその事実は変わらない。もう会えない。しかし母の死に哀しむな等と言わない。存分に泣けばいい。それだけ母を愛していたということなのだから。けれど忘れないでくれ」

「………?」

「お前は一人じゃないと言うことを」

 

ミコトは一人じゃない。何度も繰り返し言われた続けた言葉。ミコトが恐れる孤独を取り除く言葉。そして、俺達の絆を示す言葉。

 

「わ…わた…し…ひとり…じゃない…?」

「うん。みこちーは一人じゃないよー」

 

迷い子の様なミコトの心細い声に応えたのはのほほんさんだった。

のほほんさんは背後からぎゅっと自分が傍に居ることを肌で分からせるようにミコトを抱きしめて、耳元で優しく囁く。

 

「ほん…ね…?」

「そーだよー。本音だよー。やっと返事をしてくれたねー」

 

自分の顔を見て自分の名前を呼んでくれた。その事に喜び、にぱ~っといつものあの笑顔を浮かべた。

 

「……わた…し…」

「ううん、いいんだよー何も言わなくてー。辛かったよねー?哀しかったよねー?怖かったよねー?大丈夫、大丈夫だよー」

 

ミコトを抱き締めたまま、のほほんさんは「大丈夫、大丈夫」と何度も繰り返す。ミコトを安心させるように、何度も、何度も…。

 

「大丈夫だから。みこちーは大丈夫だからねー。私がいるよー。おりむー達もいるんだよー」

「みんな……いる…」

「そうだよーいるよー。みこちーはねー、最初からひとりぼっちなんかじゃないんだよー」

「………!」

 

その時、ミコトの表情が滓かな変化を見せた。

優しく言い聞かされるその言葉に、自身を包む暖かな温もりに、そしてのほほんさんの首に掛けられていたネックレスが、無機質で絶望に染まっていたあの表情に感情の光が灯らせる。そう、安堵と言う感情を…。

それは絶望の淵から生まれた希望と言う名の光だ。その光はまだ小さく吹けば消えてしまいそうな程に弱々しいけれど、ミコトの絶望に沈んだ心に希望が生まれたのは確かだ。それがどれだけ大きな進歩なのか分からない人間なんて居ないだろう。生きる希望を失くしていたミコトに生きようとする意志が芽生えたと言うことなのだから。そして、それを為したのはやはり『これ』の存在が大きいのかもしれない。

 

「えへへー、これ分かるよねー?」

「………」

 

首に掛けてあったネックレスの事を聞かれてミコトの頭が微かに縦に揺れる。

 

「そうだよねー。だってーこれはみこちーがくれたものだもーん」

 

柔らかく笑うのほほんさんは、ネックレスを首から外し、ミコトの顔の前にそれをぶら下げる。

左右に揺れるネックレスに釣られてミコトの瞳もそれを追い左へ右へと揺れる。傍から見ているとペットが食べ物を必死に目で追っているそれなのだが、ネックレスを見る行き場を失くした子供の縋る様な瞳とその姿はとても痛々しいもので、とても心が和むような光景ではなかった。けれど、のほほんさんはその様子を気にすることも無くいつものやんわりとした声でミコトに語り掛ける。

 

「これがー。みこちーが欲しがってたものなんじゃないかなー?」

 

目の前でゆらゆらと揺れるネックレス。のほほんさんはそれがミコトの求めるものだと言う。

 

「求める必要なんてないよ?最初からあるんだよ?みこちーの居場所は無くなってなんかないんだよ?だから…」

 

皆の重ねられた手にのほほんさんの手が加わる。そして…。

 

「『ただいま』しようよ…ね?」

「…た……だ…?」

 

いつも見せていた温かく柔らかなあの笑顔で言った。『ただいま』しようと…。

 

「皆、待ってるよ?」

「みん…な…」

 

そう言ってくるりと後ろを振り返り

 

「ね、そーだよねー?かんちゃん」

「…っ!」

 

名を呼ばれ皆の後ろで隠れていた人影がびくりと揺れる。

 

「ミ、ミコト…」

「かんざし…」

 

俺達の後ろで隠れる様に様子を窺っていた簪がひょこりと顔を出し、小さな声でミコトの名を呼ぶと不安げにミコトの傍に歩み寄ってくる。

 

「えっと…その……!」

 

きっと簪も俺と他の皆と同じ様に葛藤や色々な事に悩んだりしたに違いない。その悩んだ末に答えを出してこの部屋にやって来たんだと思う。

けれどいざミコトの前に立ったのは良いものの、何を言えばいいのか、どう接すればいいのか分からず。口の中でもごもごと何かを伝えようとはするものの、それも言葉として口から出る事は無かった。

勇気を振り絞ろうとプルプルと震えるその手には、あのネックレスがとても大事そうに握られている。けれど、やっぱり怖くて、何も言えなくて…。

 

「っ…ごめんなさいっ…私、こういう時なんて言えばいいのか分からなくて、私…っ!」

 

くしゃりと表情が歪み潤んだ瞳から涙が零れ落ちそうになる…その時だ。

簪の背中に手がそっと添えられる。それはまるで簪を勇気づけようと背中を押してあげているみたいで、その感触にはっと簪は振り返ると…。そこには彼女の姉。更織楯無が優しく微笑んで立って居た。

 

「お姉ちゃん…」

「うん」

 

楯無先輩は頷くと簪の隣に並んでミコトの前に立つ。

 

「こんばんわ、ミコトちゃん。ごめんねーお待たせしちゃって」

「たっちゃ…」

「うん……本当、随分と待たせちゃったね。私達姉妹はミコトちゃんにすっごく助けてもらってばかりなのに。本当にごめんなさい」

 

微笑みを浮かべてミコトに話しかける楯無先輩。彼女の首にはあのネックレスが掛けられており、それは持ち主の笑顔に負けぬほどに輝きを放っていた。

けどその笑顔はいつもの気丈に振る舞い皆に憧れている生徒会長更織楯無のものじゃない。鉄壁の仮面をはぎ取り自ら素の自分を曝け出し、その笑顔からは更織先輩が普段決して見せることの無い彼女の弱い部分も垣間見えていた。それはきっと自分を偽らずにミコトと話したいと言う楯無先輩の心の表れなんだと俺は思う。

 

「姉妹の問題は姉妹で解決しなくちゃいけないものなのに、私はミコトちゃんに甘えてた。ミコトちゃんに頼らなければ今こうして簪ちゃんと並んで立っている事は無かったと思う」

「………」

 

楯無先輩の言葉に簪も黙って頷く。ミコトが居たからこそ今の自分たちがある。口で語らずともじっとミコトを見つめる目がそれを物語っていた。

 

「皆に慕われる無敵の生徒会長なんて大層な呼び名で呼ばれておいて、血の繋がった妹にすら満足に接する事が出来ないなんて……とんだ道化よね。私」

「そ、それは違う!」

 

自嘲する楯無先輩の手を掴み、簪は必死の声を上げて彼女が言った発言を否定する。

 

「お姉ちゃんだけが悪いんじゃない…。私だって意地を張ってお姉ちゃんに対抗意識を燃やして碌にお姉ちゃんと話そうともしなかった。そんなこと無意味なのに、ミコトに教えて貰うまでそんな事すら気づけなかった…」

「簪ちゃん……そうね、そうよね。私達姉妹どっちも間違ってて、だからこそ私達姉妹はずっと分かり合えずにいた」

 

らしくも無く声を張り上げ自分を必死に擁護してくれる妹。そんな妹に驚く楯無先輩であったが、その必死な表情を見てクスリと笑みを零すと自分の発言を訂正しミコトへと向き直る。

 

「…それを救ってくれたのがミコトちゃん、貴女なの。貴女が私達姉妹を仲直りさせてくれた。貴女が間違いを正してくれた」

「だから今度は私たちの番。今度は私達がミコトを助けてあげる番。教えてあげる番」

 

二人の姉妹の手が…そして声が重なる。

 

「貴女は一人なんかじゃない。貴女は全てを失ってなんていない。だから…」

「私は此処にいるよ?だから…」

 

「「帰って来て!」」

 

「………!?」

 

二人の姉妹の呼び掛ける声。ミコトの閉ざしていた心の壁は既に罅割れ、その声は確かにミコトに届いたのだ。

その声を聞いた瞬間、まるで強い衝撃を受けたかの様にミコトの身体が大きく揺れる。そこへ間入れず一人の従者が音も無く歩み寄り、スッと姉妹に続いて手の上に重ねられる。それはまるで主を助力するかのように…。

 

「うつほ…?」

「お嬢様達と妹がお世話になったこの御恩。私は決して忘れはしません。微力ではありますが私が貴女の心の安らげる場所になれると言うのなら……いいえ、貴女の居場所になりたいの。ミコトちゃん」

 

多くは語らない。虚先輩は従者であり陰で支える人間だ、主より目立つ行動はしない。

けれど想いを伝えるのに多くは必要ない。一言でも良い。その想いが本物なら必ず相手には伝わるから。それに、言葉なんてそもそも不要なんだ。優しく微笑んでいる虚先輩の首元で輝くネックレスさえあれば…。それが、ミコトの何よりも求めていた物だから…。

 

「……ぁ…」

 

一つ、また一つ…。

 

「ぁあ……」

 

一つとして花が咲いていなかった茎から…。

 

「ぅ…ぁあ…」

 

美しい花が咲いて行く…。

 

「ぁ…あぁ…っ」

 

皆の想いや願いが花となって…。

 

そして、ついに…。

 

あの誕生日の夜。バラバラになって枯れてしまった花が…。

 

もう一度集まって美しく光り輝いて満開の花を咲かせたのだ。

 

「うぁ…ああっ」

 

美しく咲き誇る絆の花。その美しさと、眩しいほどの希望に…。

 

その輝きに、壊れた心が、失われた感情が…。

 

「…ああああああっ!」

 

ぽろぽろと瞳から零れ落ちる涙と嗚咽となって、まるでそれは崩壊したダムの様に…。今まで溜め込んでいた物を全て出し切る様に…。

 

「うあああああっ!ああああああああああっ!」

「……やっと泣いてくれたな」

 

幼い少女の泣き声がこの部屋に響き、感情をむき出しに涙を流す少女に不謹慎と思われるかもしれないが、その泣き顔を見て俺は嬉しく思えてしまった。

皮肉なことにミコトが此処まで感情を露わするのを俺達が見たのは今日が初めてだ。出来る事ならそれが笑顔ならどれだけ良かったことだろう。けどそれはもう良い。この状況に至ってはもうそれは些細な問題でしかない。

 

「良いんだミコト。それで良いんだ」

 

泣き叫ぶミコトに俺はやさしく語り掛ける。

そうだ。泣きたかった泣けばいい。人はだからこそ泣けるのだから…。

 

「悲しかったら泣けばいい。寂しいなら寂しいって言えばいい。俺達が受け止めてやるから。俺達が居るから」

「っ!うわあああああっ!」

 

俺の言葉にミコトは俺の胸へと飛び込んでくると、ぎゅっと俺の服を掴んでわんわんと泣きじゃくる。

そんな胸の中で泣きじゃくる少女が愛しくて堪らなくて。涙や鼻水なんて構わず力一杯に、だけどこの小さな少女が壊れてしまわない様に慎重に抱き締める。そしてそれは俺だけじゃない。この場に居た他の皆もミコトを囲むようにして抱き締め始めたのだ。

 

「ああ…ぁ…」

 

温かい。ちょっと息苦しいけれど皆の優しさはとても温かくて、その温もりに包まれて大きく響いていたミコトの泣き声がだんだんと小さくなって行く…。

そして安心したのだろう。完全に泣き止むとミコトは赤く腫れ上がった目で自身を抱き締めてくれる人達を見渡す。皆微笑んでミコトを見ていた。

 

「みん、な…?」

 

「何だ?ミコト」

「はい。ミコトさん」

「なーによ寝坊助」

「呼んだ?ミコト」

「ああ、私は此処にいるぞミコト」

「なぁに~?みこちー?」

「うん、呼んだ?」

「何かな?ミコトちゃん」

「お呼びですか?ミコトちゃん」

 

「ぁ……」

 

ミコトの声に即座に皆の声が返ってくる。

それを聞いてミコトの強張っていた表情が和らぐ。自分は一人ぼっちなんかじゃない。それが偽りじゃないと理解出来たから…。

 

「おかえり。ミコト」

 

俺は抱き締めたまま耳元で優しくそう囁いた。それを聞いたミコトはビクンと小さく身体を震わせて俺を見上げてくると…。

 

「ただ…い…ま…」

 

「……ただいま!」

 

また涙を流して「ただいま」と、笑顔で俺達に言ってくれた。

それを見て俺達は涙を流してミコトを抱き締める。ミコトの笑顔が帰ってきた。たった一日。たった一日だけなのにミコトの笑顔を見たのが随分と久しぶりに思えた…。

 

 

 

 

 

 


 
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