No.753570

『舞い踊る季節の中で』 第166話

うたまるさん

『真・恋姫無双』明命√の二次創作のSSです。

 真の袁家としての力を取り戻した麗羽の圧倒的な力の前には、華琳達は必死に時間を稼ぎながら抵抗するも砦を墜とされながらも敗走するしかない。 ただ、その時が来るのを信じて。
 そして、今日もまた首都である許昌までの最期の砦である官途を何とか守りきったものの、既に誰の目にも限界が見え始めている。

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2015-01-25 08:52:02 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:5805   閲覧ユーザー数:3685

真・恋姫無双 二次創作小説 明命√

『 舞い踊る季節の中で 』 -群雄割編-

   第百陸拾陸話 ~ 大空に舞いし羽が赤く陰る刻 ~

 

 

(はじめに)

 キャラ崩壊、セリフ間違い、設定の違い、誤字脱字があると思いますが温かい目で読んで下さると助かります。

 この話の一刀はチート性能です。オリキャラがあります。どうぞよろしくお願いします。

 

 

【北郷一刀】

  姓:北郷

  名:一刀

  字:なし

 真名:なし(敢えて言うなら"一刀")

 

 武器:鉄扇("虚空"、"無風"と文字が描かれている) & 普通の扇

   :鋼線(特殊繊維製)と対刃手袋(現在予備の糸を僅かに残して破損)

 

 習 :家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、

   :意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(本人は無自覚)

 得 :気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)

   :食医、初級医術

 技 :神の手のマッサージ(若い女性は危険)

   :メイクアップアーティスト並みの化粧技術

 術 :(今後順次公開)

 

 

 

 

【最近の悩み】

 

 夏、それは解放の象徴。

 夏、それは魅惑が踊る季節。

 と、良くある宣伝文句のような言葉が、何故か俺の脳裏を横切る。

 この世界に来て何度目かはともかく、俺にとって悩ましい季節がやってきたわけで、しかも何故か年々俺を悩ませる事が増えてきていたりする。

 ……と、真面目そうに悩んでは見せたものの、実際はそう問題になるほど大げさな話ではない。

 早い話が夏は暑い、暑いから薄着になるのは必然なわけでして。

 その真理とも言える事実は男と女で変わるわけもなく。

 まぁ無邪気で、そう言う意味では無関心なところのある明命はともかくとして。淑女たらんとする翡翠もやはり夏の暑さの前には、この真理に逆らえれないのか。

 

「はい、此方は終わりですから今度は反対を向いてください」

 

 夕暮れ時の涼やかな風が吹く縁側で、翡翠の言われるままに反対側に姿勢を移す。

 俗に言う膝枕。しかも好きな娘に耳掃除をしてもらうと言う、男なら一度は夢見る事ではあるけど。俺の場合は、情けない姿を翡翠に晒す度にお世話になって来たおかげで、気恥ずかしいと思いながらも翡翠の膝枕にさして抵抗はない。 少なくとも、幼少期に酷い目にあった妹や、色々と不器用なところがまだまだ目立つ美羽にやってもらう事を思えば抵抗の『て』の字も湧かない。

 問題があるとしたら、明命の時もそうだけど彼女もまた普段に比べ薄着だと言う事。

 かといって他の面々に比べたら露出の少ない服を好む翡翠だから、当然それ相応に安心できる服装。 だがら別に生足の太ももに直接と頭を置いていると言うわけではないので、そこを勘違いしないでほしい。

 逆に生足の多い明命や七乃の時にしたって、座布団を膝に掛けてしてもらっているので、条件はそう変わらない。

 ただ問題なのは、翡翠は普段なら長いスカートの下に太ももの上まであるニーソックスみたいな物か、ズボンを履いているわけだけど、この暑い季節だけはスカートの下は生足なわけで。

 俺としては普段は隠されている物が、スカートの大きなスリットからチラチラと眩しい白い肌が覗くとドキリとするわけで……。

 特に、こうやって膝枕をされていると、その距離も近く。眩しいばかりの翡翠の生足が、薄い布越しに頭のすぐ下にあるかと思うと。 しかも翡翠の甘酸っぱい体臭と香の良い匂いまでもが俺の鼻孔を襲って……いかん、鼻血が出そうだ。

 そこ、そんなものは見慣れているだろと思っているだろうが、それは大きな勘違いと言うものだ。

 好きな娘の生足で、それが普段隠されているからこそ、この光景と感触に希少価値があるんだ。当社比800%増しで。

 だいたい翡翠とはそう言う行為は、いつも夜で明かりがあっても行灯か月光りくらい、しかも恥ずかしがって、月光すら遮られるんだぞ。

 これで興奮するなと言う方が無理というものだろうが。

 くっ、今は耐えるんだ。

 このまま横ではなく下を向いて、色々な悪戯をしたくなる誘惑に耐えるんだ。

 嬉しそうに鼻歌を刻みながら、耳掃除をしてくれている翡翠の邪魔をするのは、彼女の想いを裏切る事になるんだぞ。

 彼女との大切な一時を大切にしたいと思うなら、今は獣のごとき欲求に耐えるんだ。

 

 

 

 ……そう言うわけで、相変わらず色々といっぱい、いっぱいなんですよ。

 だから翡翠、そう言う無防備な優しさが眩しい季節だという事も、少しは分かってください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三代(張郃(ちょうこう))視点:

 

 

 重い鎧……と言っても身軽さを重視する私は、一般兵に比べたらよっぽど軽く、ましてや歩く城壁のごとき高覧の鎧に比べたら、重さなんて無きに等しい鎧を脱ぎ捨て、その下にある身を覆う服までもを脱いでゆく。

 そこの君、装備の重さが胸の大きさに比例しているだなんて思ったら大間違いだからね。

 と、独り言は置いておいて、まだ火照っている肌を濡れた手巾で汗と砂埃りを拭き上げて行く気持ちよさに、思わず声が毀れ出てしまう。

 

「はぁ……。何とか今日も生き残れた」

「そうだよね。明日も何とか一緒に生き残ろう」

 

 狭い天幕の中を、同じく高覧が鋼の塊のごとく鎧を地面に鈍い音をたてながら、私と同じく、戦で火照った肌を手巾で拭き上げて行く。

 ……くっ、なんであんな重い鎧を着ていて、潰れないんだ? そう思いつつも高覧の言葉に気持ちが少し楽になる。

 相変わらず戦は熾烈で、今日も何百もの兵達が息絶え。その十倍以上もの兵達が負傷し、多くの者達がその残りの生涯において大きな足枷を背負う事になったわ。

 その人達が弱かっただけとか、運が無かっただけと言う気はない。だってそんなもの等、関係なしに人は死んで行くと言う事を、私達は散々見てきたもの。

 ……ただ、高覧の言うとおり、今日という日を生き残れた事を感謝するだけ。

 

ぴと

「ひゃっ」

「もう、いきなり変な声出さないでよ、驚くじゃない」

「お、驚くのは私の方よ。背中を拭いてくれるなら一声掛けてからにして頂戴」

 

 いきなり背中に当たった冷たい感触に、思わず悲鳴を上げてしまった事を誤魔化すかのように高覧に苦情を述べながら、高覧がしやすいように長い髪を前の方へと掻き寄せる。

 

「でもこうして碌に風呂も入れないって言うのに、三代の肌って綺麗だよね」

「……高覧、まだ軍事作戦中よ」

 

 真名を呼んでくる高覧に、気が抜けるから真名を呼ぶのを止めてと文句を言うも。

 

「うぐぅ、今日は終わりだよ。

 少なくてもこの天幕の中でくらい良いじゃない」

 

 そう言って、この場で真名を呼ぶ事を止める気がない相棒の様子に、溜め息が出てしまう。

 この娘としては、張り詰めた緊張を解せる時は解すべきだと言いたいのだと思うけど。あいにくと、私は高覧ほど器用な性格はしていない。

 ……してはいないんだけど。うん、今日も私の負け。 高覧の駄目? と言わんばかりの泣きそうな表情に、私は今日も心の中で降参の手を上げる。

 

「分かったわよ比奈。でもこの天幕の中でだけよ」

「にへへ、だから三代って好き」

「はぁ……、私も甘いなぁ」

 

 我ながら、自分の甘さに溜め息が出る。

 そんな私を余所に比奈は、

 

「髪も艶々で良いなぁ。しかも張りもあるし。

 私なんて枝毛まみれになっちゃたんだよ。羨ましいよ」

 

 人の髪を羨やんでくれるのは良いけど。そのぶん、他では比奈に負けているのよね。

 特に胸の脂肪の塊とか、胸についた筋肉の瘤とか。…・腰やお尻だって……うぅ、悔しくないもん。

 

「ほら、今度は比奈の番。

 こっちに背中向けて。ついでにその枝毛とやらも少し何とかしてあげるから」

「わ〜い♪」

 

 昔から仕事以外では、少しも落ち着きの無い娘だったけど。結構こう言う無邪気な性格には助けられてきたのも事実なのよね。

 それに、こうして僅かな間だけとは言え、自分達が女である事を思い出させてくれる。

 もしも武家の家に生まれていなければ、きっと今頃は其処等の街娘のように、今日と言う日を全力で楽しんでいたのかも知れない。不器用な私はともかくとして、比奈はそう言う生活のしていた方がよっぽどお似合いだと思えるもの。

 

「少し髪を切るわよ」

「うぐぅ……、切らずに何とかならない?」

「こんな戦地では何ともならないわよ。それにこういうのは早く対処した方が酷くならずに済むのよ。

 少しだけだから安心して」

「ん、三代を信じる。可愛くしてよね」

「枝毛まみれの今よりは、マシにはしてあげるわよ」

 

 もっとも、さっきも言ったように、髪と肌の頑丈さ以外では比奈に負けているのは事実。

 羨ましいと思える体格や、私からみても可愛い性格とかじゃないわよ。

 武人としては、比奈の方がよほど私より向いているって言う意味でのこと。

 生まれ持った身体能力も、身につけた武術の腕も、比奈の方が何枚も上手。

 普段はワタワタとしている癖に、いざって時は肝が据わっているし。可愛い性格とは裏腹に精神的にも頑丈で、猪々子と私に頑丈な鎧を着ている事に理由に盾にされても、次の日には許してくれる寛容さも持っている。

 私が比奈に対抗できる物なんて馬鹿の一つ覚えの硬氣功ぐらいと、引っ込み思案な比奈より武人向きの性格と言うだけ、それも言い方を変えれば女らしくない雑な性格ってだけの事。

 

「ほら、これくらいなら良いでしょ。

 あとは香油を塗っておけばと言いたいけど、そんな上等な物があるとしたら麗羽様の天幕くらいなものね」

「あっ、それならこれ試してみようか」

 

 そう言って、なにやら自分の荷物をごそごそとかき混ぜ始めたと思ったら、出してきたのは小さな素焼きの壺。

 

「香油じゃないけど、油には違いないし。

 色々と使えるから持ってきてたのを忘れていたの」

 

 比奈から手渡された壺の封を開け瑠と…・確かに油ね。うん、まぁ嫌な匂いはしないし確かに香油の代わりになるかも知れないけど。

 

「椿の種から取れる油なんだよ。

 料理にも使えるのはもちろんだけど、薬草と混ぜれば血止めにもなるし、鎧や皮の手入れにも使えるもの」

「まぁ、わたしの髪じゃないから良いけど、本当にこれ大丈夫なの?」

「うぐぅ、きっと大丈夫だよぉ。髪の手入れにも最適な油の一つだって言ってたもん」

「誰がよ」

「これにだよ」

 

 そう言って、比奈は先程の壺に一緒に荷物から出したのだろう薄い書物を、私に突き出してくる。

 ……え〜と、袁々? 変わった見出しの書物ね。今は比奈の髪の手入れの最中だし、手に油が付いているからと断ると、比奈は丁寧にどんな事が書かれているかを、私に話して聞かせてくれる。

 どうやら、最近定期的に出されるようになった書物みたいで、髪の手入れだったり、肌の手入れだったり、流行の装飾だったり、美味しいお菓子の作り方だったりと、女性にとって嬉しい色々な情報が少しずつ掲載されているみたい。

 この椿の油もそんな情報の一つ。身近な物から作れる上に、色々と使用用途がある物として載っていたのだと。

 それを本当に楽しそうに話す比奈の姿に、きっと自分の知った事を私と共有するのが楽しいのだろうと思う。

 ……そういえば、結(麴義(きくぎ))も昔は、こうして色々と話して聞かせてくれたわね。いつだったか、『だから、なんで聞かせてくれるの?』と聞いたら、面白そうな事を共有できるから楽しいんじゃないと教えてくれたもの。

 

「……三代?」

 

 きっと知らずに泣き出しそうな顔をしていたのかもしれない。

 心配そうに私の顔を伺う比奈に、なんでもないと。もう少しだから前を向いていて頂戴と告げて、滲む視界の原因をそっと拭き取る。

 彼女の事を想って涙を流すなど出来ない。

 そんな資格なんて私にはないもの。

 親友であった結を、この手に掛けた私に許される事ではないのだから。

 

「はい終わり、とっとと着替えましょ。

 幾ら夏だからと言っても、いつまでもこんな下着姿でいたら風邪を引いちゃうわ」

「うぐぅ……もう少し乾いてからにしようよ」

「文句言わないの。下着を替えれるだけ私達はまだマシよ。

 官途さえ墜とせば、服を洗うぐらいの休息は取れるわ」

 

 本音を言えば、私だって服は毎日変えたいわ。

 でも此処は戦地、いつ襲撃があるか分かったものじゃないもの。

 いくら今回の戦では、野営のために後陣した後に襲撃を受けた事はないと言っても、夜襲が無いと決めてかかるわけには行かない。

 そうでなくても、今、もしも火急の伝令兵が飛び込んできて、しかもそれが男だったら、こんなあられもない姿を見られる事になるのよ。そんなの顔から火が出るじゃないの。

 その時は潰すにしろ出来る事なら、そんな事態は極力避けたいと思うじゃない。

 え? なにを潰すかって? もちろん決まっているけど、それは言わぬが華と言う事で。

 

「うっ…」

 

 そう思いつつも、手にした自分の服は短時間とはいえ干してあっただけ多少マシになってはいるものの、まだ汗でしっかりと濡れている。 しかも此処数日分の汗もそのままのため、正直、匂いの方も思わず顔をしかめてしまう。

 

「でしょ?」

 

 軽装鎧の私でさえ、こんな状態なのだから、歩く鎧と言われるほど重装備の比奈の服はもっと酷い事になっているかも知れないと思うと、流石に比奈が可愛そうかなと思えてくる。

 

「しかたないわね。着替えちゃいましょ」

「やったー」

 

 決めるが早いが、さっそく着替えの服を取り出し袖を通してゆく。

 ああ、やっぱり洗ってある服は心地良いわね。

 でも、あまり感傷に浸ってのんびりしているわけにもいかないのよね。

 

「とっとと洗っちゃいましょ」

「うぐぅ…もう少し休んでからにしない」?

「だーめ、これ以上は甘やかさない」

 

 渋る比奈の手を無理矢理引っ張って天幕をでる。

 着替えたのなら早く洗って干さないと。

 むろん、このまま荷物の中に仕舞いたくないというのもあるんだけど、洗った以上は乾かさないといけないもの。 この季節なら二刻もしないうちに乾いてくれるはずだし。

 もし荀諶の忠告が正しいのなら、今まで敢えて曹操が夜襲を掛けてこなかったのは策の可能性が高いとの事。官途まで自分達を追い詰めさせることで、私達に勝利目前という最大の油断を誘うため。

 荀諶は自分の姉は、そう言う嫌らしくて陰湿な手を平気で使ってくると各将に忠告していた。 出来る事なら全員鎧を着て寝てほしいとさえね。

 なんにしろ夜襲を掛けるなら深夜か明け方近くだし、そこまで周到に仕掛けているのならば嫌がらせ程度の夜襲で済むはずがないでしょうね。

 流石に超重量級の鎧を持つ比奈に、鎧を着て眠れと言うのは無理にしろ。 いつでも出撃できる状態で床につくべきなのは確かか。

 

「あら、貴女達も洗い物?」

「まあね」

 

 将校用の水桶場には、先客の顔良が私と比奈……高覧の顔を見るなり声を掛けてくる。顔良も私達と同じく服を洗いに来ていたらしく、ちょうど手にしているのは下着……うぅっ、あらためてみると大きな胸当てよね。

 だから高覧、なんでそこで私を顔良と挟むように座るの? しかも下着から洗い出すわけ? 色々と恵まれた二人に挟まれて座ると、私が凄く小さく見えるから止めてほしいんだけど。かといって態々位置を変えるのは、それはそれで自分から負けを認めるようで嫌だからしたくない。

 ……とりあえず私は服から洗う事にする。 むろん理由は服の方が下着より大物で手間が掛かるからだからね。そこ、勘違いしないように。

 

「そういえば荀諶ちゃんが、後陣の補給拠点の場所を変えるって」

「もう数日で官途を落とせるというこの時期に?」

「この時期だからでしょ。高覧、夕刻の会議でなにを聞いてたの」

「うぐぅ、ちゃんと聞いていたよ。でもお金の無駄遣いな気がして」

 

 高覧の言わんとする事は分かる。

 糧食を保管しておく拠点を動かせば、それだけ拠点を張るための資材を消耗するし。何十万人もの将兵を養う量となれば、それだけ余計に経費を使う事になる。

 でも、だからって、無警戒でいて良いというわけでもないわ。

 現に、今までだって敵に悟られないように何度も変えてきているし、補給路も異常と言えるほど経路を複雑に変えてきている。

 将たる自覚の薄い発言をする高覧を窘めようとする私を、顔良が苦笑を浮かべながら止めるかのように。

 

「実は沮授君の進言なのよ。荀諶ちゃんは、どちらかというと高覧と同じ意見だったみたいなんだけど」

 

 言葉を紡ぐにつれ、顔良は港湾へと浮かべていた苦笑を温かい目で見守るような笑みに変えてゆく。……なる程ね。

 荀諶は沮授に甘いからね。理由は今更言うまでもないけど、きっとあの娘の事だから素直になれずにブチブチと文句を言いながら、仕方ないわねと言った感じだったのでしょうね。

 

「ねぇねぇ、荀諶ちゃんどんな感じに・いたぁぁぁっ! 痛いよ張郃〜〜っ!」

 

 だから聞くなって言うのよ!

 なんで顔良が言葉を濁すようにして言ったと思うのよっ!

 何処であのひねくれ者が聞き耳たててるか分からないからでしょうが!

 あの猫耳のかぶり物のは伊達じゃないのよと言う噂があるくらいなんだからね。

 もしも、そんな事を噂していると知られたら、あの性格が三回転半した荀諶が、ますます意固地になって沮授に素直になれなくなるからでしょうが!

 興味があるのは分かるけど、荀諶を応援してあげたいと思うなら、そのあたりを少しは気遣ってあげなさいってのよ!

 大きなお尻を私に思いっきり抓られながら涙目に許しを訴える高覧に、しょうがないから指を離してあげる。まったく、泣く娘には敵わないなんて昔の人は巧い事を言ったものよね。

 でも、今夜はそのあたりの事をみっちりと諫めてあげないとね。親友として、そのあたりは直してほしいと思うもの。

 

「さっき伝令が走ったから明日には連絡が行くとしても、予定外の命令だから準備に一日、次の場所に行くのに更に一日、そこで陣を張り終えるのにまる一日掛かるでしょう。

 もしかすると此方が官途を墜とす方が早いかも知れないから、荀諶ちゃんが渋るのも分かるのよね」

 

 高覧の事はなかったかのように話を続けてくれる顔良は、どちらかと言うと荀諶よりなのも分かる。袁紹様と文醜と動く事の多いというか、むしろ手綱役でもある顔良はお財布を任されている事もあり、どうしても経費に目が行ってしまうのだろうし、荀諶も軍師ではあるものの、どちらかというと内政の方が得意な人間。生粋の軍師である沮授の進言を、お財布を預かる者として渋るのは至極当然の事なのだろう。

 

「でも、そう言う問題ではないでしょ」

 

 そう、何十万という将兵の命が掛かっている以上、糧食を燃やされるという事態だけはなんとしても避けなければならない。

 そして顔良は自分の洗濯物は洗い終えたのか、次に出した洗濯物は下着の大きさからしておそらく文醜のもの。 よし、今のうちに私の下着も洗っておこうと。少なくとも文醜には余裕で勝っているもんね。

 

「ええ、だから、荀諶ちゃんも沮授君の進言を受け入れたのよ。

 弟分の意見を、姉貴分として受け入れるという形でだけど。くすっ」

 

 うん、何となくそれは想像できた。

 でも荀諶、それって確かに沮授に良いところを見せれたかも知れないけど。それは沮授にとって頼りになる上役や姉貴分として信頼を得ているってだけで、あの鈍感でお子様な沮授が、ますますそう言う目で見る事から遠のいているって事に気がつきなさいっての。

 ……本当に、何処まで不器用な娘なのかしら。

 それでも想う相手がいるだけ、想う相手がいない私よりよっぽどマシよね。

 

「おーい、斗詩」

「遅いよ文ちゃん」

「わりぃ、わりぃ、ちょっと姫に付き合っててさ」

「知ってる。またあの人達が麗羽様の処に胡麻擂りりに来てたんでしょ」

「そうなんだよなぁ。あれだけ姫を飾り物扱いしておいて。いざ、あの爺じい達が姫に粛正されたと知ったとたん、掌返すように毎日媚び売りに来てさ。

 それなのに姫も姫だよな。

 

『ほ〜ほっほっほっほっ!

 あなた達の事情があっての事でしょうから、この私めに忠誠を誓うのならば不問にしてもよろしくてよ』

 

 だなんて、あっさりと許すだなんて」

「仕方ないよ。そこが麗羽様の良いところなんだし」

「そうなんだけどさぁ。なんか癪に障るというかさ」

 

 顔を見せるなり愚痴を零す文醜が言っているのは、袁家の老人と呼ばれる権力者の子飼いの将達の事。

 先月、袁紹様の密命を受けた私と高覧の手によって、袁家は数百年ぶりに本来の主へとその力を戻す事が出来た。

 そうなると当然ながら袁家の老人に寄生していた虫達は、新たな宿主を探す必要が出てくるわけだけど、かといって今ある地位を捨てて一から新たな宿主に取り入るような努力が出来る人間ならば、最初から袁家の老人に寄生しているわけもなく。身近で取り入りやすそうな性格に見える(・・・)袁紹様を新たな宿主として取り入ろうとするのは、彼等からしたらごく自然な事。

 そして袁紹様は、先程文醜と顔良が話していたように、自分を傀儡の王にしていた袁家の老人側にいた事を不問にしてもよいと宣言された。………そう、寄生虫達が予想していたとおりの言葉でもって。

 

「姫様、本当にお許しになられるのかなぁ?」

「するでしょうね」

「しますね」

「姫、嘘とか嫌いだから、きっと許すぜ」

 

 高覧の言葉に、私だけでなく顔良と文醜も袁紹様の言葉を肯定する。

 袁家の老人達の子飼い許したあげくに、今のままの地位を約束したのでは、袁家を老人達から解放した意味が無くなってしまうと心配するのは分かる。

 私も高覧も、袁家の老人達に恨みはあるし、何より民に平穏な暮らしを取り戻させたいからこそ、今までどんな苦労や、私や高覧が血族や親友の血に塗れてまで此処まで歩んでこれた。

 ……でも、私も、そして顔良達も、そんな心配は欠片もしていない。

 彼等が幾らこの戦で必死に手柄を立て、もしくは己が忠誠心を見せつけるように奮闘しようとも、結果は変わらない。

 それは袁紹様が嘘を付くのでも、約定を守らないのでもなく。

 

「麗羽様は寛容だけど、自分の顔に泥を塗られるのが何よりお嫌いですから」

「だよなぁ。そうなった時の姫はあたいと斗詩でも手がつけられないからなぁ」

 

 袁家の老人の子飼いになるような連中が、いくら掌を返そうが、その本質はそう簡単に変えれるものではない。すぐに己が快楽や虚栄心を満たすために、その醜悪な本性をさらけ出すに決まっている。

 ……それが、麗羽様の顔に泥を塗る事になると言う事すら考えずに。

 

「心配しなくてもすぐに分かるわよ。

 とにかく、今はこの戦に勝つ事だけを考えればいいのよ」

「張郃がそう言うなら、そうする」

 

 胸につかえていた心配事が取れたのか、高覧はとびきりの笑顔を見せてくれる。

 私の言葉を信じて。

 ……うん、正直照れくさい。

 でも悪い気分じゃないわ。

 そこ、別に変な意味じゃないんだからね。

 ごく普通に、親友が私の言葉を素直に信じて、安心してくれた事が嬉しいと言うだけの事だからね。

 それに、こうなった高覧は強い。

 余計な心配事もなく、今をおもいっきり駆けて行くべきだと肝を据えた時の高覧は、今や袁家最強の武人………多分。

 武人としては精神状態に大きく左右されるのが、最強と言い張れない主な理由なのよね。

 オタオタしている時に高覧は其処等の将なみ。それこそ袁紹様がくださった鎧がなければとっくに命を落としていてもおかしくなかったほどに。

 もっとも、だからこそ袁家の老人達に目をつけられずに済んだのだけどね。

 そして、その代わりに目をつけられ犠牲になったのが……。

 

「……ねぇ、あれ何かな?」

「え?」

 

 後で思い返してみれば、この時の私は高覧の言葉に凍り付いたのだと思う。

 高覧の向ける視線の方向。

 地平の彼方に沈み行く陽の光に、赤く真っ赤に映る空。

 ただ、それが東の空で、赤く映った空へと黒い煙が上っていなければ夕暮れ時には珍しくもない光景に見えたかも知れない。

 それは、先程話していた補給拠点がある方向。

 なにより………。

 

「大変です。たった今、輜重隊が」

「そんなもん、あの空を見りゃわかるっ!」

「違いますっ。補給拠点へ向かっていたはずの幾つもの輜重隊の生き残りから、襲撃を受けたと」

「ちょっとまって、幾つもの!?」

「はい。少なくとも十三を超える部隊が、なんの偶然なのか。たった今、同時に報告が」

「そんな都合の良い、偶然があるわけ無いだろうがっ!」

「と、とにかく至急本陣の方へおこしください」

 

 走ってきたにも拘わらず、顔を真っ青にしている伝令兵の信じがたい報告が聞こえて来なければ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

あとがき みたいなもの

 

 こんにちは、そしてお久しぶり、筆者こと【うたまる】です。

 第166話 ~ 大空に舞いし羽が赤く陰る刻 ~を此処にお送りしました。

 

 冒頭のリア充は放っておいて、今回は此処まで快進撃を続けてきた麗羽達に、不穏な影を落とすお話として、前回までの桂花の苦労がやっと報われた瞬間を原作とは少し違う風に描いてみました。

 え?そのあたりの話がないと? だってしょせんは地味な情報戦ですから、桂花のお仕事は相手の補給拠点と補給路の割り出し、そしてそれを何時どういったタイミングで確実に襲うかを指示するだけですもん。前回そこまでの苦労を描いた以上、これ以上地味地味な場面より絶好調からどん底に叩き落とされる場面を書いた方が面白いじゃないですかぁ。

 ……と言いつつも、こっちの視点も、戦争というより日常に限りなく近い場面になってしまいましたけどね。

 ただ、派手な戦だけではなく、その中にも確かにある生活を書いてみたかったというのもあったからかな。

 ちなみに、今回視点になった張郃と高覧ですが、まだまだ出番はありますよ〜。

 

 

 

 では、頑張って書きますので、どうか最期までお付き合いの程、お願いいたします。


 
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