No.748853

主従が別れて降りるとき ~戦国恋姫 成長物語~

皆様あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。いつも拙作をお読みくださり本当にありがとうございます。

この度、お気に入りユーザー様限定で昨年のお正月(2014.1)に書いたものの完全版といった感じで戦国恋姫のSSを書いてみましたのでupすることにしました。

注意点がいくつかあります。

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2015-01-04 19:30:46 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2096   閲覧ユーザー数:1850

序話 “声”

 

 

 

 

「助けて」

 

章人の耳にふと聞こえた。

 

本当に“ふと”だった。周りからはのらりくらり底の見えない人物だと思われている――確かにそれは正しい―― 章人だが、ぼーっとしているときなどない。大抵は同時に2つ以上のことに考えを巡らせ、また人間観察とでもいえるものに神経を使っている人物である。ふと聞こえるなどというのはありえない話だった。ましてや今は学期最後のホームルームの最中であるにも関わらず、他の学生や担任に聞こえた様子はなかった。そのことについて考え、ひとつ手を打つと、ちょうどホームルームは終わり、学生にとって待望の長期休暇へと突入した。とはいえ章人にとっては学校がある日のほうが暇なので、必ずしも“待望”ではなかったが。

 

「何、笑ってるんですか?」

 

微細な表情の変化に気づいた幼なじみの悠季がそう聞いた。

 

「何か、面白いことが起こりそうな気がしてね。こういう予感は当たるものだ」

 

「はあ……」

 

章人が笑う理由。それは、ホームルーム中、密かに千砂へ送ったメール『何か変わったことはなかったかい?』に返信があり、それが『不思議な声を聞きました』だったからである。自分だけではないという事実と、千砂もまた即答で“声”と答えたことに対する喜びであった。2人とも、そういう勘を大切にする人物でもあった。

 

章人はひとり考えを巡らせた。なぜ自分と千砂の2人にだけ聞こえたのか、という謎をはっきりさせておきたかったからに他ならない。それに対する答えは一つしかなかった。めちゃくちゃに陳列さた資料館である。

 

 

私財を投じ、絶大な評判を誇る美術館兼資料館を建てた章人である。展示されているものが贋物がどうかも、陳列のやり方も、何もかも把握していた。それと照らし合わせても、この資料館は異常だった。章人ならば数千万出してでも買いたいと思うような、中国を代表する陶磁器である景徳鎮や隋代以前の本物の陶器がある一方で、明らかに贋物とわかるフランスやドイツの陶磁器であるセーヴルやマイセンも展示されていた。木の葉を隠すなら森に隠せ、という言葉がある。この学院で繋がりそうなところはそこだけなのだった。

 

資料館には、鏡を凝視している少年が居た。一応高等部の制服を着ているものの、その少年のことは見た覚えがなかった。章人は全生徒の顔と名前が一致するほどの記憶力を持っていたが、それにも関わらず見覚えがないということは、つまりその人物が極めて怪しいということである。それに加え、天性の嗅覚を持っている章人は、本当にその少年が“人”なのかを疑ってもいた。あとは、この人物がいつ事を起こすか、それだけであった。推測したのは、この資料館の閉館後。それはちょうど千砂のアルバイトが終わる頃だった。

 

 

那岐沢千砂。章人の忠臣にして“影”と称される人物である。名大生であるが、フランチェスカで学生と関わるため学食である黎明館のチーフウェイトレスを務めていた。以心伝心。言葉にせずとも何もかも通じ合っている、章人が全幅の信頼を置く2人のうちの1人である。自分はちょっとした準備を済ませることにして、千砂に任せることにした。

 

「本当に、早坂様の言はよく当たりますね……」

 

章人の推測通り、少年と対峙してしまった千砂は思わずため息をついていた。尋常ならざる洞察力を持つ章人の力を改めて感じていた。

 

「誰だ貴様は?」

 

少年はそう言い、顔を青ざめさせた。よくよく見てみれば仙界で最高峰の実力を持つ者たちと変わらない雰囲気を纏い、ましてや自分が言った言葉が最大の失言であることに気づいたのだ。学院において千砂を知らない者は文字通り誰もいない。特に、生徒からは教師以上に信頼されていた。

 

「貴方が誰なのか、知る必要ができました」

 

千砂は微笑んだ。

 

「知る必要は、無い!」

 

少年は顔を蛇に変え、千砂の顔面を狙う蹴りをくり出した。並みの人物ならばそれで終わっていただろう。しかし、合気道三段の腕前を持ち、これまで数多の修羅場を潜り抜けてきた千砂である。この程度でやられはしなかった。ましてや自分の役目も心得ていた。章人が来るまで引きのばす、ただそれだけだからである。

 

 

この立ち合いを、頭を抱えながら見ている2人が居た。伏羲とスサノオである。現行犯という介入の好機が千砂によって邪魔されたことに加え、時を止めるといった仙術も使えなかったからである。理由は単純で、神仙級の人物である千砂がこの場にいるから。

 

 

千砂と少年の戦いの場。そこへ、怒れる章人(バケモノ)が現われる。

 

「何をしている」

 

周囲の温度が氷点下になったかのような、冷たい声が響いた。

 

「早坂様!」

 

「死ね」

 

無慈悲な蹴りは不意を突かれた少年を一撃で倒した。そして、少年が隠し持っていた鏡を手に入れた章人たちであった。

 

「鏡……?」

 

「古来より呪術の象徴的な存在だ。何かあるのだろう。だが、まずはこの蛇少年だ。どうしたものか」

 

「待ってくれ」

 

伏羲とスサノオが介入するためには、姿と正体を明らかにする以外にはもはや残されていなかった。

 

「彼らは……?」

 

「少し下がれ。左のチビカスはともかく、右は危険だ」

 

「そうですね……」

 

そのやりとりを聞いていた伏羲とスサノオは唖然としていた。実力差を瞬時に見抜かれたからである。そして、仙界でも最上位に君臨できそうな、これほどの人物がなぜ2人も固まっているのかと思ったのであった。

 

 

「で、君たちは誰かな? 目的はコイツの回収のようだけれど」

 

「儂の名は……。すなぬ。ここでは言えぬ。我々の世界へ来て貰おう」

 

「よ、よろしいのですか!?」

 

伏羲の言葉に一番驚いたのは他でもない、スサノオであった。ここまで関わってしまったということは、つまり仙界へ連れて行き、2択を与え、どちらかを選ばせることしかない。こうなってしまった以上、そうするしかないと伏羲は考えていた。

 

「致し方あるまい」

 

そして伏羲の仙術で4人と気絶した蛇顔の少年は仙界へ移動した。章人と千砂は、自分たちが思っていた、面白いことが起こりそうな予感がしたということが正しそうだと思いながら、素直に従ったのだった。

 

「伏羲、貴様がついていながら何をやっている!?」

 

「す、すまぬ……」

 

戻った瞬間に女媧は伏羲を怒鳴りつけた。何があっても問題など起こらぬようにと仙界における“絶対者”の一人である伏羲を出したにも関わらずこの大失態である。当然のことであった。

 

 

「これはこれは、ずいぶんなビッグネームのご登場ですね」

 

「全くだ。驚いたよ」

 

芝居がかった口調で会話する2人。言葉とは裏腹に、全く驚いていない様子だった。

 

「儂の名を聞いて、何とも思わぬのか?」

 

「何を思う必要があるのかな?」

 

これまで、自分の名を聞いて驚かない者などいなかったため、伏羲はその態度に衝撃を隠せなかった。それに章人が常の口調で返したとき、突如

 

天が割れた。

 

「何をしているのです!」

 

現われたのは、天照大神。仙界最高神の一角で、ここにいるスサノオの姉である。仙界では、怒らせると手に負えない神としても有名だった。

 

「姉様!?」

 

「なぜお主が!?」

 

「弟を“チビカス”呼ばわりされて黙っている姉がどこにいますか。貴方、私と手合わせしなさい。その余裕、消してみせましょう」

 

「あらあら。“口は災いの元”ですね」

 

常と何一つ変わらない口調でそうからかった千砂であった。どう処理するか見物だと思っていたのである。

 

「まったくだ」

 

その場にいた大半が頭を抱えかけ、元始天尊に至っては倒れそうになった。天照大神は仙界最高神の一角である。万一のことがあれば仙界の均衡が崩れる可能性すらあった。まして、天照大神は単騎での戦闘能力はそこまで高くないのである。誰もが断れと心の中で祈った。

 

「断る。女、子供をただ殴る趣味はない。それに、無手でやるのは……。いずれにせよ好かん」

 

「今さら紳士ぶって何を言うのです。立ちなさい。誰か武器を貸してやるのです」

 

「そうは言うが……。ここに居る者の武器など、持った瞬間にこの男は死ぬぞ」

 

 

伏羲は困り果てた口調でそう言った。ここには、スサノオと気絶している蛇顔の少年を除けば仙界でも最上位に位置する者しかいないのである。その人物たちの武器など、大半の仙人でさえ制御するのも困難な代物である。人間が持つなど不可能だった。

 

 

「待て、貸してやる」

 

聞仲は愛用の宝具である禁鞭を章人の元へ投げた。聞仲は、これほどの強さと存在感を放つ人間に興味が湧いたのである。自分自身も修行の果てにこの最上位に上り詰めたため、この2人がこの先どうなるのか、とても興味深かったのもあり、武器を貸したのだった。

 

「聞仲!?」

 

しかし、そのことに気づいていない者たちは、誰よりも自分の宝具を愛し、常に一心同体で戦ってきた聞仲が、貸したことに唖然としていた。

 

「持ちなさい」

 

「こうなったのも儂の責任。儂がやるわ」

 

「伏羲? わかりました。これなら文句ありませんね?」

 

「ある。そこの水着娘。名乗れ」

 

「妲己……よ」

 

「千砂くんとチビカスを守ってくれ。あと、そこの女もな。恐らく……。加減できん」

 

章人は、全力をもって当たらなければ、死ぬと確信していた。しかし、抑えこめる自信もあった。だが、抑えこむ前に千砂たちを殺してしまう可能性があることにも気づいていた。それだけは避けなければいけなかった。自分に戦いを挑んだ人物を“そこの女”呼ばわりするのだから恐るべき図太さである。言われた天照大神は敵から心配された羞恥で何も言い返すことができなかった。

 

 

「は~い」

 

あの妲己が素直に命令を聞いたことに皆は驚いていた。気ままな風のように動き、特別な集まりのときに女媧が出向いてようやく出てくる妲己である。人間の命令など聞くタマではない。

 

そして……。握り、一振り、二振り。

 

 

 

「何という覇気だ……」

 

「殺しなさい! 危険です!」

 

「できるならやっとるわ!」

 

女媧の唖然とした声。天照大神の金切り声。伏羲の叫ぶ声。それらが交錯したあと。

 

「気位の高い武器だ。だが、手に馴染む。これほどのものは久々だな。まずはそこのクズからか」

 

そう言い、蛇少年へ向けて一閃。しかし……。

 

「逃げられたのう」

 

大笑いする伏羲であった。蛇少年を逃がさないようにするための仙術によるバリアとも、壁とでも言えるものももちろん施されていたのだが、章人の力は全てを破壊していた。

 

「のようだな。さて、始めるか?」

 

「いや、もういい。儂は恐ろしい。お主は本当に人間か?」

 

「恐らくそうだろう」

 

戦いの終わりを認識したためか、聞仲が武器を預かるため、また、守るように章人の下へ来た。

 

「礼を言う。名は?」

 

「聞仲」

 

「それで……?」

 

そう章人は聞いた。

 

「それで……? とは?」

 

章人が疑問に思っていることは一つしかなかったのだが、伏羲はそれが何なのかを理解していなかった。

 

「どうやったら我々は元の世界に戻れるのかね?」

 

「我々に殺されるか、この鏡の中にある“外史”へ行くか……だ」

 

「外史?」

 

「日本。戦国時代の英雄豪傑が皆、女となった世界……ですね」

 

天照大神が簡潔に答えた。

 

「何も無く殺されるなど御免被るわ。しかしふざけた世界もあるものだ。手を出し放題じゃないか」

 

「欠片も興味など無いくせに“手を出す”などとよく仰いますね」

 

「夢があっていいじゃないか。それで、その外史で何をすればいいのだ? 時の流れはどうなっているのかな? ここへ来たときから時は動いているのか? 止まっているのか? 帰ったときには80年経っていました……では御免だよ。さすがに殺されるしかない」

 

章人にとってみれば、自分の中でたった一人、尊敬している師のことを考えれば「手を出す」などということには欠片も興味がなかったのだが、それでも冗談で言ったのだった。もちろん千砂は、それが冗談であることがわかっていたがためにそんなふうに返したのである。

 

 

「時は止まっているとも言えるし、動いているとも言える。お前の元の世界に戻ったときにおいては、止まっている。しかし、お前の居る“今”は動いている。

 

もう一つの質問だが……。我々にもよく分からぬ」

 

「ほう」

 

「化生のものが跋扈しているようだ。その連中を倒す……ことなのやもしれぬが……」

 

「異分子が多すぎてな、処理できておらぬのだ。まあ良い。儂が同行しよう。そうすれば身の安全も……」

 

 

女媧と伏羲はそう答えた。あまりにも敵が多く、また敵の目的も不明であったため、外史で何をすれば元の世界に戻れるのか、それすらよくわかっていないのであった。

 

 

「断る」

 

「何?」

 

「強い者がおってはつまらぬわ。仙人といえば、姿を消し、念話ができるものと思っていたが……。そういうことができるものはおらぬのか?」

 

そんな人物もたった一人だけ、居た。しかし、その人物は一切の物事に興味がなく、ただ眠り続けているだけなのであった。目覚めることはなく、ただただ眠るのがその人物である。名は太上老君という。

 

「構わないよ。私ならば良いのかい?」

 

「老君!?」

 

「老君が目覚めた!?」

 

それは天照大神や女媧をしてなお、天地がひっくり返るほどの驚きであった。いかなる物事にも興味を示さないのが太上老君である。それが、目覚め、同行を願い出るなどというのは「あり得ない」ことなのだった。

 

「ああ。“姿を消し、念話をする”というのは大変なのか?」

 

「“永遠に”となるとこの男しかできぬ」

 

伏羲はそう説明した。最上級の仙人をしてなお、永遠に姿を消し、念話という、口を介さず脳内で会話するということを常に行うのは非常に難しいことなのだった。

 

 

「やれやれ……。ところで、千砂くんはどうすると良い? 連れて行かねばならんかね?」

 

「ここに置いていっても構わぬ。連れて行きたくないのか?」

 

「彼女が居てはつまらぬからな。折衝、交渉。武以外は私以上の能力を持つ。かといって敵対すれば永遠に終わらぬ」

 

「それはそれでよろしいのでは? とはいえ、彼らと話をするのは楽しそうですけれども」

 

「そうねん」

 

そう章人は聞いた。千砂は自分よりも「誰かを補佐する」能力に関しては圧倒的に上であることを理解していた。果たして敵対したときに天下統一なりなんなりでまとめることは可能なのか、そんな思いがあった。妲己が言った瞬間、女媧は冷や汗をかいた。千砂と妲己、実は同種ではないか……そう直感してもいた。

 

「そうか。で、外史に行く前になんだが……。私の世界から武器を取ることはできるか?」

 

「できる。どこにある?」

 

「東京。早坂記念美術館5階。最奥の部屋だ」

 

「これか?」

 

「む……?」

 

章人は太上老君が差し出したその刀を折った。と、光の玉が現われ、太上老君の下へ戻ってきた。

 

「こんなものではない。似ているが違う」

 

「なぜわかった?」

 

「自分の武器が分からん間抜けが居ると思うか?」

 

大上老君は言われた武器とほぼ同じものを出し、そしてそこに“外史の鍵”を埋め込むことで、精巧な贋物を作って章人を試したのだった。

 

 

「これだな?」

 

「そうだ。“鬼切り地蔵 宗近” 早坂家伝来、鬼殺しの刀だよ」

 

「鬼?」

 

「かつての化生の総称だと思えば良い」

 

それでか……と太上老君は思った。この刀からは仙界の武器と同じような“波動”ともいえるようなものが感じられた。先祖伝来、早坂家の代名詞と言ってもいい秘宝である。

 

「“封”を解くことがなければいいですね」

 

「そうだね。平和に終わりたいよ」

 

「?」

 

千砂と章人のやりとりは、この場に居る人物でも透視ができる一部にしか理解出来ていなかった。この刀にはある家紋が掘られているのだが、それを見せないために白き絹で覆われているのである。

 

「さて、どこへ行く? 最初に降りる場所だけは、今此処で決めることができるぞ」

 

話は全て終わった……と言わんばかりに女媧がそう告げた。

 

「決める必要など無い。降りたところへ行く。それが良いのだ」

 

「ならばここから飛べ。できるものならな」

 

そこは切り立った崖のような所であった。章人の力を試すためにそんな場所を用意したのである。

 

「やれやれ……。千砂くんの安全確保、及び食糧等の用意は頼むよ。行こうか、太上老君」

 

「ああ」

 

「信長の所に落ちないことを祈って Good Luck!」

 

「今、何と言ったのです?」

 

「幸運を祈る……と」

 

「何? アイツ信長嫌いなの?」

 

「部下に寝首をかかれるなど、主君として最低の最期だ……と。人心の掌握は基本ですから、理解できなくはないですが……」

 

章人と太上老君が去った後、天照大神と妲己が千砂にそれぞれ聞き、千砂はそう答えた。

 

 

「行きましたね。さて妲己さん。我々も向かいましょうか」

 

「あらぁ? いいの?」

 

最高に底意地の悪い笑みを浮かべつつ、妲己は聞いた。千砂がこの仙界でのんびりしているはずはないと思っていたので、想定通りではあったが、実際に聞くと本当に楽しそうなことが起こりそうな気がしていたのである。

 

妲己が今、一番欲することはなんといっても、暇つぶしである。仙界に娯楽はそこまで多くもなく、囚人殺しにも飽きていたため、何か楽しいことが起こりそうなら、それに乗るのもありだろうと思っていたのだった。まして千砂の頭脳はこの仙界にいる者と比べても遜色ないどころか上ではないか、とすら思っていた。それほどの人物が動こうとしているのだ、楽しくないはずがない。

 

 

「ええ。私は“影”などと言われていますが、独断行動や命令違反も許されているので問題ありません」

 

「へえ……。どうして許されているのかしらぁ?」

 

「正しいことが多いからです。過去、彼が下した命令は偶然にもすべて正しかったですが、すべてBestとまではいきませんでした。BestにならないものはBetterの命令を私か斎藤さんが修正することで、結果的にすべてBestになりました」

 

「大した自信だな」

 

 

つい、挑発的な口調になりながら女媧はそう呟いた。すべて正しい命令、それもすべてが最善になるなどというのは考えにくいことだったのである。

 

「別に、自信など……ありますが。ただ、過去はそうだったというだけです。将来もそうだとは限りません」

 

「いいわね。そういう考え方、本当、最高。で、ドコ行くの?」

 

「その前に、私も物をとってよろしいですか?」

 

「いいわよ。何?」

 

「本です。『人間の条件』ハンナ=アーレント。『現代政治の思想と行動』丸山真男

 

ある意味、私の原点はそこですから。これからいくところでは貴重品になるでしょうから、妲己さんが管理してください」

 

「どこにあるの?」

 

「愛知。名古屋城の近くにある超高層マンション。その25階。早坂様の部屋ですが、そこの最奥。私の書斎にある机の上です」

 

「これね?」

 

「ええ」

 

「で、お前は……いや、那岐沢千砂と言ったな。君は何処へ行く?」

 

「私が行く場所はただ一つ。甲斐。武田信玄。いや、“晴信”ですか、のところです。参りましょう」

 

 

女媧でさえ、“お前”呼ばわりをためらう何かが千砂にはあった。それに対する答えは一つ。戦国最強と言われる武田の地へ降り立つことを迷わず選んだ千砂であった。

 

 

出会って以来、常に一歩後ろ、あるいは一歩前に居た“影”千砂。あり得ない話ではあるが、章人が「死ね」といえば千砂はためらいなく死ぬだろうし、逆もまた然りである。そういう、愛だの恋だのを超越した信頼関係の2人。これまで対立することはあれど“敵対”することはなかった。しかし、この世界ではあえて“敵”になることを決めた千砂であった。

 

 

 

 

 

後書き

 

さすがにこれだけで終わりたくはないので、正月は終わってしまいますが、あと何話か載せる予定です。荀攸の真名を考えるのに悪戦苦闘する毎日です。“桂”がつく何か。“桂馬”しか出てこなくて本当に困っています・・・・。


 
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