No.747372

鬼の人と血と月と 第12話 「鍛錬」

絶過現希さん

鬼の人と血と月と 第12話 です。

2014-12-31 20:15:06 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:363   閲覧ユーザー数:363

第12話 鍛練

 

 

 

 

 

「これより、霧海 対 北空の戦いを始める!!」

鬼焚部2年顧問の水内は、体育館の柔道場で気の張った声を上げた

水内の声に合わせ、統司と恵はそれぞれ竹刀を構える

相対する二人の瞳には強い意志が秘められていた

どうしてこんな状況になったのだろうか…

 

…前回の活動の翌日

鬼焚部全員に話があると、なにやら妙な雰囲気を醸し出す水内からの伝言があり、統司達は放課後になったと同時に部室へ向かう所だった

「やぁ統司君、一緒に帰らないかい?」

飄々とした穏やかな声が、統司の背後から聞こえる

統司が振り向くと、そこには微笑する鬼匣が立っていた

その様子はまるで何事も無かったと思わせる雰囲気を漂わせていた

「うん?どうしたんだい統司君、体調でも優れないのかい?」

相変らずマイペースな調子の鬼匣に、統司の傍にいた蒼依が食ってかかる

「…っ!テメェ、一体何のつもりだ」

怒りを露わにする蒼依に対して、やはり鬼匣は変わらぬ調子で返す

「…あれ?僕何かしたっけ?身に覚えが無いのだけれど、とりあえず謝るよ」

蒼依は鬼匣に掴み掛ろうとするが、鬼匣は一歩下がり 蒼依の手を回避する

不意に 急に人の気配が消え 辺りが不穏な空気に変わる、同時に鬼匣の表情が不気味な笑みへと変わる

「おっと やめときなよ、ここはまだ学校だ、忠告を忘れたわけじゃないよね?」

釣り上がった瞳で、怪しげに微笑しつつ鬼匣はそう言った

「冗談はさておき、今後の僕らの予定を話に来たんだ

「3週間後の上限の月、まぁ年明けの3日程前かな、僕達との決着はその日だ」

鬼匣は統司達にそう告げると、辺りの雰囲気は元の騒がしい空気へと戻り、当の鬼匣は穏やかな表情に戻っていた

「…これで話は終わりだよ、じゃあ一緒に帰れるかい?」

切り替わりの早い鬼匣に、統司は真面目に言い返す

「……悪い、今日はこれから部に行かなきゃいけない、一緒に帰れない」

淡々と告げる統司に、鬼匣は残念そうな反応をとる

「そうなのか、それは残念、それじゃあまた今度ね」

鬼匣はそう言うと、くるりと背を向けて去って行った…

その背を見つめる複雑な表情の統司と、それに反して鬼匣は不敵に不気味な笑みをしていたのだった…

 

「鬼焚部で試合を行う事にする!」

部室に鬼焚部の面々を集め、最後に現れた水内は突然そう言い放った

無論一同は驚き、蒼依に至っては聞き返したのである

「は?えっと…もう一度言ってくんないっすか?先生」

蒼依の言葉使いに水内は額に筋を浮かべるが、堪えてもう一度言い返す

「だから“試合”や、お前ら同士で戦うんや」

水内の突然の発案に、魁魅は疑問を投げかける

「…何故、こんな時期に行うのですか?」

魁魅の質問に水内はさらっと言い返す

「時期も何も、何や魔鬼とかいうのがいつ襲うかも分からんちゅうのに、最近お前らどっかが弛(たる)んでるように思えてな?そこでお互い拳をぶつけて競い合えば、気が引き締まると思ったんや、そもそもこの試合も部の伝統だったんやけどここ数年やっとらんかった訳やし、いい機会やと思ってな?」

説明している最中、水内は事あるごとに“特に蒼依”と突っ掛かっていた

「…分かりました、ありがとうございます」

『…それで、試合はいつ行うのですか?』

詩月が口を開き、水内へ質問する

「せやな、試合は再来週、終業式の後の日曜日、場所は体育館の柔道場や」

『…あまり時間が無いですね』

「そうか?2週間もあれば予定を空けるにゃ十分やろ、それに冬休みになれば学校の事も気にせんでええやろ?まぁそれでも再来週まで鍛えるなり、身体を慣らすなり好きにしいや、それじゃ話は終わりや、気ぃつけて帰りぃ」

水内は用件を言い終えると部室から去って行った…

話が終わり詩月達は席を立つが、統司はそれを引き留める

「すいません、ちょっと皆に話があるのですが…」

そう告げた後、統司は先程の鬼匣との一件を伝えた

「三週間後か…、あまり時間が無いな、試合の翌週となるのか」

腕を組み 考える詩月に、月雨は心配そうに口を開く

「どうする?先生に言って試合を年明けに伸ばしてもらう?」

しかし詩月は考えた後、首を横に振り口を開く

「…いや、このままでいい、流石に試合でそこまで怪我や疲労が募ることは無い筈だ、それに相手は人である以上、意識のある者と戦う経験は必要だ」

そして詩月は部員の皆へと姿勢を変えて向き合う

「…部長命令だ、これから試合の前日までの2週間、それぞれに鍛練をする事、我々は魔鬼に勝たねばならない、だがその時間は差程無い、この2週間で出来得る限り 万全に戦える様に仕上げて来る事、分かったな!」

詩月の命令に、鬼焚部の皆はそれぞれに声を上げる、その声は決して大きなものではないが、個々の意思を確認するには十分であった

都合良くもうすぐ授業期間も終え、集中して取り組む時間も出来る

こうして統司達はそれぞれに訓練を始めたのだった……

 

…翌朝 早朝、陽が昇るか否かのまだ薄暗い頃、空気も冷え切っている中

統司はアラームによって寝ぼけ眼で目を覚ます

そして昨日の部室での事を思い出し、意を決して布団を跳ね飛ばした

空気は冷え切っており統司は身を縮めるが、次第にストレッチを始める

数分身体を伸ばし室温に慣れた頃、寝巻から着替えて ジャージ姿に変わる

静かに玄関の扉を開くと、凍てついた空気が統司の身を包む

統司は深呼吸し背伸びをする、そして再び深呼吸をすると、目的も無く走り出した

…いや目的ならある、寧ろ“走る事”こそが 統司の目的なのだ

鍛練と言っても2週間で何をすればいいか分からない、とりあえず気休めにしろ、基礎体力を上げようと早朝ランニングをする事にしたのである

統司は走るうちに段々と気温に慣れ 寝ぼけた目も覚めてゆく、少しずつ息も荒くなり身体が熱くなってゆく

そして段々と辺りは明るくなってゆき、統司は腕時計をちらりと見て 走る方向を変える

統司は陽が見えると、走る速度を上げて自宅へと向かい 到着すると息を荒げていた

そして息を整えていると、北空家から扉を開く音が聞こえる

「…あれ?統司君おはよう、ずいぶんと早いね?…って私もそうなんだけど」

既に制服に着替え、細長い布袋を肩に背負った恵は 統司に話しかける

「…おはよう恵、もう学校に行くのか、…その背中のは何だ?」

統司は細長い布袋、竹刀袋に目をやり、恵に話しかける

「ああコレ?…ちょっと久しぶりに剣道部に通おうかなってね?…統司君は朝早くから走ってたみたいだね」

統司はジャージの袖で汗をふき、「ああ」と返事をする

恵は統司の様子を見て、頬に指を当てて少し考えると呟くように口を開く

「…私も朝にランニング始めようかなぁ?」

『別に合わせなくても良いぞ?』

統司は恵の考えを読むように言う、しかし恵はやんわりと否定した

「ううん、剣道でも体力は必要だし、剣道は準備や片づけに時間がかかっちゃうから、朝練するならランニングの方が良いと思ったの」

『…そうか、なるほどな』

一旦会話が途切れ、恵は先に口を開く

「それじゃあ、今日 私は先に学校に行くね、また教室でね!」

恵はそう言い 一足先に学校へと向かう

統司は恵に手を振り返して家へと戻った…

リビングには既に 統貴も癒唯も起床しており、ゆったりテレビを眺めていた

「あら、おはよう統司、今日は朝からどうしたの?」

少々驚いた様子で癒唯は質問する

「おはよう、ちょっとランニングを始めたんだ」

あっさりと答える統司に、統貴は意外そうな様子で問いかけた

「統司が進んで運動を始めるなんて、一体どういう風の吹き回しかな?」

不意に癒唯の表情は曇り、朝から不安な様子で癒唯は言う

「…もしかして、あの部活の事で何かあったの?」

しかし統司は何食わぬ顔で癒唯に返答する

「ん~、確かに部活絡みではあるけど、そんな心配する事でも無いよ、怪我をしないように鍛え始めただけ、身体を鍛えるんだったら健康的だし問題無いでしょ?」

統司の言葉に癒唯は安堵し、穏やかな表情へと変わる

「…そう、なら良いのよ?でも体調には気を付けて、最近学校でも風邪とかインフルエンザとか流行ってるんだから」

『ああ、まぁ気を付けるよ』

統司は軽く返答をし、あっさりした言葉に癒唯はちょっと悪い顔をする

「…それじゃあシャワーでも一緒に浴びる?」

癒唯の冗談らしい言葉に、統司は呆れた様子で言い返す

「や、ちょっと朝からそう言うボケは勘弁して下さい…」

 

…放課後、体育館 剣道場

多くの竹刀のぶつかりあう音と気迫の声が屋内に響いている

剣道場に向かっていた恵は、入口に立つ一人の女生徒の姿を見かけると、元気な表情で挨拶をする

「葛葉(くずのは)先輩!お久しぶりです!」

竹刀に体重を掛け 前にもたれかかり眺めていた、葛葉と呼ばれた女生徒は振り向く

「おー!そう言う恵も、剣道部で見るのは久しぶりじゃんか~!」

男っぽく砕けた口調の葛葉は、剣道部の元部長であり、実の所 恵を剣道へと誘った“師匠”とも呼べる存在の少女だった

「葛葉先輩はどうしてここに?」

恵の質問に少々気だるそうな口調で葛葉は答える

「ん~、やることも無いし、気晴らしに来てるだけ~」

葛葉と恵は話を続ける

「…最近さぁ私の親友…“由利”と“芙弓”ってんだけどさぁ、最近遊べなくて暇なんだよねぇ…、3人トリオって言われてただけにどうも収まりが悪くてさ…」

そう言いながら葛葉は、体重を掛けていた竹刀をひょいと持ち上げる

「私は“これ”のおかげで都会の方に進む事になった訳だけど、あの二人は今でも進路がどうなってるか聞いてなくてさぁ、何か スゲェ疎外感…」

不機嫌そうな葛葉に恵は提案を持ちかける

「先輩、折角ですから練習していきませんか?試合しましょうよ!」

恵の言葉に簡単に乗り、葛葉は元気な表情で口を開く

「おう、稽古を付けてしんぜよう」

二人は防具を付けて、軽く身体馴らしに練習を1セット行う

そして二人はお互いに向かい合い、試合を始める

鬼焚部へと転部した元エース候補に、元部長の試合に、他の剣道部員は静かに見物人と化していた

気迫をぶつけ合い、隙を見ては一本を取ろうとする、しかし流石の葛葉は隙が無かった

試合開始から5分後、勝負は葛葉の一本が決まる

お互いに試合を終え、面を外して話し合う

「流石ですね葛葉先輩、稽古ありがとうございます」

『いやいや、私も暇だったし良い練習だったよ、少なくとも今の部長位には楽しかった』

葛葉そう言った後、少し表情を曇らせて話しだす

「…それにしても、恵 剣道部から転部してからちょっと動きにキレが無くなったかな?相変らず戦ってる最中はボーっとしたままだし」

『そう…ですか』

恵は師匠の言葉に気落ちするが、葛葉はすぐにフォローする

「まぁでもまた稽古してやるよ、今日はもう帰るが、来週また試合しようか」

葛葉の言葉に恵は元気よく「ハイ!」と声を上げ、挨拶を返した

その後、恵は下校時刻まで剣道部で練習し帰宅する

帰路の途中 恵は夜道を歩いていると、カメラを首から下げた女性とすれ違う

…翌日、早朝から統司と恵はジャージ姿で走り込んでいた

昨日の統司は適当な道を選んでは走っていたが、今日は恵に合わせ同じルートを走っていた…

やがて家に付くと二人は一旦別れ、準備をして学校へ向かう

そしてその日の放課後、神魅総合病院

鬼焚部の面々は、前回の活動の時に負傷した「陽村緋乃女」の病室へと向かう

この間 水内に集合を掛けられたあの日の夕方に、目が覚めたと学校に連絡が来たようだ

あれほどの怪我を負っていたが、命に別状無く面会も大丈夫と判断されていた

それほどまでに鬼人は丈夫なのか、はたまたあの時篠森が行った“応急処置”が強力だったのか…

病室への廊下に差し掛かると、陽村の病室から 咲森 が姿を現した

「あれ?咲森先生、陽村先輩に何か用があったんですか?」

疑問を投げかける統司に、咲森は返答する

「ええ、ちょっとね?…統司君はこれから皆でお見舞いってとこかしら?」

『はい、ちょっと聞きたい事があるので、それも兼ねて』

統司の言葉を聞いて、咲森は穏やかに忠告する

「そう、でも病院ではくれぐれも静かにね、大勢での面会だから特にね?」

統司にそう告げると、咲森は去って行った…

病室を確認し陽村の表札があることを見ると、月雨が軽くノックし 中から返事を聞くと静かに扉を開く

窓際のベッドに、入院着姿で長髪を解き、外を眺めている陽村がいた

まさにそれは黄昏ている状態であり、以前の様な強い覇気は無く なんだか泡のように淡く儚く見えた

病室の構造は相部屋であったが、他に入院している者はいなかったため、病室内に散らばって陽村に向かう

「怪我の具合はどうだ、…色々聞きたい事があるんだが、しばらく話をしても構わないか?」

詩月の問いかけに、陽村は 窓から前へと顔を向け、ゆっくりと口を開く

「嗚呼構わない、寧ろ私も話しておきたかった所だ」

その声色はいつもと同じ棘のある調子であったが、どこか弱々しく感じた

「さて、私はまず何から言えば良い?」

『…そうだな、ではあいつら“魔鬼”とは一体何者なんだ?どの様にして意図的に暴走させたり、暴走した者を操っているのだ?』

「ふむ…分かった、だが私は見ての通り反逆された身だ、全てを知っている訳ではないが、知っている事は話そう」

陽村はそう返答するが、おもむろに蒼依が申し訳なさそうに口を挟む

「そんな大事な事、俺達にバラしちゃっていいんですかね?後であいつ等にばれて襲われたりとか無いッスよね?」

しかし陽村は あっさりと蒼依の言葉を否定する

「心配無用、あの一件を見た様に奴らの中心は鬼匣だ、用済みとなった私を排除しようとした、…奴らはもう私に対して何の興味もない筈だ」

陽村はそう言い返し、蒼依は「そっすか…」と呟いて軽く頭を下げる

そして陽村は語り出す、魔鬼の知る限りの情報を

「まず魔鬼が何者なのかだ、魔鬼とは我々鬼人と違い、妖怪として純度の高い鬼だ、起源は恐らく外来種の鬼だろう、…奴らの習性は、夜にしか動けない“夜の住人”であるといった所だ、故にその気配や力は夜にしか使えず、昼間は完全に人に擬態しているのだ」

陽村は強い眼差し、棘のある口調で情報を流してゆく

「そして魔鬼は生まれながらに特殊な力がある、それは“魔力を操る術を知る”のだ、…唐突に魔力とは言ったが、例えば暴走した者が時折行う“鬼火”あれも魔力を操る術の一つだ」

その事実を聞いて統司は篠森に視線を向ける、篠森も元々ナイトメーカーの一員であり、暴走していないにも拘らず鬼火を意図的に操っていた、篠森も鬼匣によって魔力を操る術を知ったのだろうか

「そして魔鬼は 我々鬼人に反して“新月”の夜にその力を最も増す、逆に満月では魔鬼の血は眠り、魔力を操る事は出来ない、日中においても月に関係なく使えぬようだがな」

『では、満月か日中に時に先手を打った方が得策か?』

陽村の言葉を聞いて魁魅は口を開くが、その意見は ばっさり切り捨てられる

「やめておけ、奴らが何故こんな行動しているか考えたのか?」

陽村の棘のある言葉に「それは…」と魁魅は口を噤む

「話を続けよう…、そして彼等はどのようにして意図的に暴走させているかだ、…方法は単純、暴走を起こすには“魔鬼の血を鬼人に飲ませる”事だ、…恐らく魔鬼の血と 異なる種族である鬼人の血がお互いに反発し、結果暴走が起きるのだろう、そして暴走した者は魔力で操っている、意思の無い状態ならば操るのは容易いからな、……魔鬼に関してはこんな所だろうか」

続け様に、詩月は陽村に問いかける

「では奴ら…ナイトメーカーの事を話してくれ、彼らの目的は何だ、……何故、巫鬼であるお前が、彼らに組したのだ?」

詩月の質問を聞いて、陽村の表情は曇ったが、陽村は口を閉ざしはしなかった

「…そうだな、正直これが私の知らない点だ、何を目的としているのかは分からない、何か恨み事がある様にも思えないが、それにしては一人一人事情が違うのでな、…先程何故こんな行動しているかとは言ったが、私にもわからぬのだ、…まるで奴は遊びでやっているようにも思えるよ」

『遊び感覚で人を巻き込むとか、…アイツ本当タチ悪いぜ!』

蒼依は拳を強く握りながら呟く

「…私にも奴の真意は分からない、……では、私が何故ナイトメーカー等に入ったかだな、それに関してはもう一つ話を交えつつ答えるとしようか」

陽村は深呼吸し、何か意を決した様子で語り始める

「君達と初めて相対した日の事、私が言った事を覚えているか?…私は“外れ者”だと、実はこの神魅町に魔鬼は二人しか存在しないのだ、…それは鬼匣と…私だ」

その言葉に月雨は驚いて声を上げる

「ええっ!確か陽村ちゃんって巫鬼じゃなかった!?」

陽村は既に己を晒す覚悟が出来ているのか、淡々と話し続ける

「ああ、確かに巫鬼の血は流れている、…だがそれだけではない、私には魔鬼の血も流れている、言わば混血なのだ、…人と鬼と巫と魔の な、だから私は外れ者なのだ、そしてだからこそ私と同類である鬼匣に付いたのだ」

…だが、魔鬼が二人だけとなるとある疑問が浮かび上がる

「では、ナイトメーカーはどうして集まり、力を持っているのですか?」

統司は陽村に質問投げかける

「そうだ、それは…」

『…それは私が答えます、陽村先輩は休んでいて下さい』

言葉を遮るように、篠森が口を開く

「…そうか、では任せた」

陽村はそう言って、起こした体を再びベッドに寝かせた

「…では答えましょう、まずなぜ彼らが集まっているかは、先ほど陽村先輩が言ったように、一人一人事情があるようです、何か恨み事を抱えている者、悩みを抱えていた時に誘われて 流れで入った者、そして“私”の様な暇潰し感覚でいる者、そんなところでしょうか」

篠森は間を置かず、話を続ける

「…そして、彼らがどうやって力を手に入れたのか、…それは、魔鬼の血を取り込む、…飲み込むことです」

その言葉に、一同は強く疑問を抱いた

「ちょっと待て、先程と話が噛み合わないぞ、一体どういうことだ」

魁魅の質問に、篠森はさらりと言い返した

「…それが、魔鬼の血の性質のようで、“力”を強く求める者には暴走が起こらないようです、言わば意志の力とでも言うべきでしょうか、…そして魔鬼の血を持つ者は魔力に準ずる能力を操ることができます、それが彼らの力の正体です」

篠森の話に、詩月は頷きながら呟く

「…なるほどな、それで鬼火と同じ炎を使えるわけか」

しかし詩月は疑問を口にする

「…だが、魔鬼の血を口にするとなると、彼らもまた混血となるのではないのか?」

しかし詩月の質問を、篠森はあっさりと言い返す

「…いえ、その心配はありません、魔鬼と巫鬼は根本の存在が違います、飲み込むといっても一時的に体内に血が存在するだけで、いずれ魔鬼の血は消失するはずです、…寧ろ私たち巫鬼の血の方が 異質な存在なだけです」

そして間髪入れずに、陽村は口を開く

「言っておくが、私は血を飲んだわけではない、元よりこの身に魔鬼の血は流れている、…私から聞くべきことはそれだけか?」

少しだけ沈黙が訪れるが、統司が疑問を口走る

「…どうして、陽村先輩は、鬼匣に“手を貸した”んですか…?」

陽村はその言葉に反応したが、黙ったままであった…

やがて詩月は静かに「ありがとう」と礼を言い、皆は静かに病院を後にした

…その夜、陽村緋乃女の病室

欠けた月明かりを眺める陽村の背後、禍々しい黒い人影の様なものが忍び寄る

「面会時間は過ぎているのだが、来るなら昼間に来てほしいものだ」

人影に顔を向けることもなく、陽村は棘のある声で言い放つ

「まあまあ そんなこと言わずにさ、それに昼間は“皆”が来てたわけだし」

鬼匣はなぜか鬼焚部が来ていたことを知っていた、しかしどこかで見ていたわけではない、…彼には“分かっていた”のである

「…それで、ここに来たのは 突き落としたにも関わらず、未だに生き延びている私に止めでも刺しに来たのか」

陽村はギラリと鬼匣を睨みつけ、強い気迫で言う

「そんな怖い顔しないでよ、…それで、陽村さんと篠森ちゃんは、僕たちの正体を話したんだよね?」

陽村は鬼匣の問いかけに口を噤もうとも思ったが、やはり口を開いた

「…嗚呼、私が知っている事は洗いざらい話した、…それで、口止めをするにはもう遅いが、それでも止めを刺す気か」

しかし鬼匣は軽い調子で返答する

「いやいや、僕はそんな事しないよ、だって僕らは姉弟も同然なんだからね、…うん、話したなら良いんだ、実に重畳だよ」

最後の言葉に疑問を抱いたが、ともかく陽村は言い返した

「…それが私を突き落とした男の吐くセリフか、…それに私はこんな弟持ったこと無いのだがな」

しかし、陽村の言葉を 鬼匣は怪しげな眼で否定した

「ううん、それこそ否定させてもらうよ、…君には流れている筈だ、この僕と同じ魔鬼の血が…」

その言葉を聞いて、陽村は自身の胸に手を当て、自らの鼓動を感じ取る

「…それに、怪我したおかげで、僕のことを彼らに話してくれたじゃないか、用事はそれが聞きたかっただけさ」

鬼匣の考えを陽村は勘繰り、呟く

「…全ては手のひらの上の事、計算づくで全てが分かっているのか?」

しかし鬼匣はへらへらと笑い、己のペースを崩さない

「僕にだって分からないことはあるさ、…たとえば“結果”とかね、結果は過去に存在するもの、未来の事象はあくまで確率でしかないんだよ」

鬼匣は立ち去ろうと背を向ける

「…まあ今日の本当の用事は、君の様子を見に来たんだ、…その様子だと大丈夫そうだね」

鬼匣は「じゃあね」と言って、病室を去って行った

…たった一人の病室、月明かりの下で陽村はため息をつく

おもむろに手を伸ばし 手の平を宙に返すと、何かを呟き その手から青い炎が現れ、静かに揺らめく

身体はまだ満足に動かせないが、力を使うことに問題はないようだ

己に宿る魔鬼の血、陽村はそれと向き合う様に炎を眺めていた…

 

…日付は変わり 夕方、授業を終えた魁魅は足早に帰宅していた

統司たちとは差を感じる広い自室、魁魅はブレザーを脱ぎ軽装に着替える

そしてどこかへと向かう魁魅、長い間 屋内を歩いている様子から、魁魅宅の敷地は巨大なのだろうか

やがてどこかの一室に入ると、そこは大きなジムとなっていた

そこにはトレーナーと思わしき筋骨隆々の男性が立っており、魁魅はその男に挨拶をする

「先生、またしばらく稽古をお願いします」

魁魅がそう言うと二人は、ジムの中にあるリング上へと上がり、キックボクシングを始めた…

一方、蒼依はどこか人気のない林に立ち、ひたすらに金属バットを振っていた

時折木を殴っては、金属バットから伝わる衝撃に手を痺れさせていた

「ったく、…いきなり鍛錬しろったってなぁ…、2週間じゃ筋トレもロクにこうかねぇだろうし、正直 俺も今何やってるんだかなぁ…」

愚痴のように独り言を呟く蒼依、しかしこれといって思いつく方法もないので、ひたすらに素振りを続けていた…

…日も完全に落ちた頃

剣道部から帰る途中、恵は商店街のあるスポーツショップに入って行った

スポーツショップとは言うが、揃えているのは運動部が使う道具ばかりである

恵は店の奥に行き、角にある木刀を眺めていた

今鬼焚部の活動で使っている木刀は、それなりに長く使っているため、耐久力が落ちており、もしかしたらすぐ折れてしまうかもしれない

また性能的にも自分の技量にあった物を選ぼうと思い、ここに来たのである

やがて何本かの木刀を簡単に構え、一つの木刀を決める

白樫の120cmと長い木刀であり、恵は購入して竹刀袋にしまうと自宅へと帰って行った…

…日付は変わり、昼間

学校は授業中であったが、詩月は休んでいた

詩月は洞窟の様な暗闇の中、階段を一段一段降りてゆく、その詩月の出で立ちは修行僧の様であった

やがて階段を降り切ると、奥から光が漏れ出ており、そこへと向かっていった

向かった先には祭壇があり、数名の年取った男女と長老の姿があった

「……時間だ、鬼央よ、これより儀式の仕上げに取り掛かる」

長老の言葉に鬼央は静かに頷き、祭壇の前に座り込む

誰も知らぬ間、詩月邸地下祭壇にて 怪しげな儀式は執り行われた…

…夕方、少し疲労が残っていた恵は 早めに剣道部の活動を終え、帰宅している最中であった

その途中、カメラを首から下げた女性と再びすれ違う

恵は何となくその女性を目で追っていると、突然声をかけられる

「やぁ!君、ちょっといいかい?」

元気な声で彼女は恵に声を掛ける

「え?一体なんでしょうか?」

恵は彼女に聞き返すと、彼女はこう言った

「…もしかして君、鬼焚部に入ってる子?」

恵はその言葉に驚くと同時に、警戒して少し間を空ける

「え!? …貴女一体何者なんですか…?」

恵の返答に彼女は名を名乗った

「やっぱりね!…アタシの名前は“魅里(みさと) 葉月(はづき)”、こう見えて元鬼焚部なのよ♪」

彼女の容姿は、短めの茶髪に バンダナで前髪を押さえ額を露にし、冬にも関わらず軽いカジュアルな服装で、スタイルの良い体系が一目で分かった

「まあ自己紹介するにしても、落ち着いたところにしましょうか、…あ、時間は大丈夫?」

『あ、ええ、大丈夫です』

「そう、じゃあ行きましょうか!」

魅里はそう言い、少々強引な流れで 近くの喫茶店へと連れて行った

「…まぁアタシは見ての通り、今はカメラマンやってるの、世界を旅するカメラマンってね!」

『世界…ですか?』

「そう、この間は縁あって戦場にも言ったんだけど、…嗚呼いつもはもっと別の雰囲気の写真を撮ってるんだけどね…」

そう話していると、魅里ははっと我に返る

「って、アタシはそんな話をしたいんじゃなかった!自己紹介はこんなところ、アタシがしたい話は、…北空さんって言ったかしら?アナタもしかして悩んでるんじゃないかって、特に戦い絡みの…ね?」

魅里の言葉に 恵は顔を曇らせ、胸の内を明かす

「…実は、もうすぐ鬼焚部で試合があって、…最近 私 皆の力になれなくて、少し前は迷惑かけたりして、…足手まといにならない為に、強くならなくちゃって……」

恵の言葉をきいた魅里は、フッと笑って口を開く

「やっぱりね、アタシも部にいた時に似たような状況があってね、だから北空さんの力になったげる、今日はもう時間が遅いけど、明日から稽古つけてあげましょう!」

魅里の言葉に「でも…」と恵は口ごもる

「アハハ!いいの いいの!アタシがやりたいだけなんだから !」

魅里がそう告げると、恵は「お願いします」と深く頭を下げた

その後、二人は携帯のアドレスを交換すると 喫茶店を去った

歩道を歩いている魅里はふとどこかに電話をかける

「…あ、もしもしツッキー?おひさー、元気ー!久しぶりに帰ってきたんだけどさ、そっちに向かっていい?…また、君はそんなキツイこと言ってー、うん、ありがとね月(つき)芽(め)、そんじゃまた後でー!」

そして通話を終えると、首にかけたカメラの画面を見る

喫茶店でいつの間にか撮った恵の写真が画面に写っており、それをみて魅里はニッと穏やかな笑顔を浮かべていた…

…翌朝、統司と恵は並んで走りこんでいた

前回より、少しペースを上げて長めの距離を走る

やがて家の近くに辿り着くと、少しずつ速度を緩め立ち止り、荒くなった息を整える

「…やっぱり、日頃から運動している奴に付いてくのはキツイな」

少し荒い息のまま、統司は恵にそう言った

「ううん、私も体力はそんなにないよ、…統司君って本当に運動してないの?あのペースをずっと続けられるし、追い抜かれそうって思っちゃった」

恵は笑顔で統司に言い返し、二人は話を続ける

「それにしても恵は凄いよ、こんな走りこんで更に放課後は部活だろ?俺にはそんなに体力残ってないって」

しかし、その統司の言葉を聞いて、恵の表情は途端に曇っていった

「…全然凄くないよ、私なんて普通だよ」

統司は恵の様子に少し疑問を抱いたが、変わらず話し始める

「…いや恵は凄いよ、鬼焚部の活動は人の命が掛かっているっていうのに、責任に負けずに続けているじゃん、…やっぱり鬼焚部の人間は皆 強いんだな、…蒼依はともかくとして」

統司の言葉を聞いて、恵はより表情を曇らせた

恵のその様子を見て、統司は「踏み込みすぎた」と心の中で呟き、同時に「しまった」と思っていた

そして静かに恵は口を開いた

「……強くなんか、無いよ、……私は強くない、私は皆に迷惑かけないように、精一杯やってるだけ、辛いと思っても頑張って表に出さないようにしてるだけだよ、……強いのは私より統司君の方だよ、その鬼焚部に転校してすぐ入部して、すぐ順応できてさ…」

本音を語る 恵の声とその瞳には、うっすら涙が浮かんでいた

感情的になってはいるが、恐らく涙を流さないように堪えているのだろう

「君がここに来て部に入ったのは巫鬼の血の所為かも知れない、確かに私にもその力が流れてるみたい、…だけど私はまだその事に実感がないし、鬼焚部の重い責任は、ずっとここで育ってきて知っていたから、だから今までずっと続けてるの、他の人を守るため、私なんかを皆が頼ってくれるならって、だから続けられているだけ…」

恵は俯いた顔を上げ、真剣な眼差しで統司を見つめて語り続ける

「私には君が凄いと思うし、羨ましいとも思う、だって部活の責任を負っているのに、こんな事になってもいつも変わらない様子で、皆と笑っていられて、悩んでもすぐに立ち直れて、…どうしてそんなに平気でいられるの?」

再び 恵は顔を俯き、静かに口を開く

「…それに、本当の事言うと 君の事がちょっと怖いよ、まだ本音を言ってくれないし、どこか隠しているところがあるし、…ねぇ教えてよ、君が何を思っているか、私たちをもっと信じてよ……」

恵の本心を聞いてなお、統司は口を噤み、バツの悪そうな顔をして考えていた

統司の表情を見て、恵はハッと我にかえり、口ごもる

「……ごめん、…じゃあまた学校でね…」

そう呟いて、恵は背を向けて家へ帰りだす

「待ってくれ、恵…!」

その背を統司は、口に出して引きとめた

「…お互い色々勘違いしてたみたいだ、…俺は別に何でも平気な訳じゃない、俺だってここに来る前はただの人間だったんだ、悩む事も考えることもずっとしてるさ、表に出さないでいるのは、向こう…都会で生活して染み付いた方法だから、今まで他人に本気で心配される事なんて無かった、都会ではそんな表向きの関係だったから表に出さないようにしてきたんだ」

統司の言葉には少しずつ熱がこもってゆく、そして次第に本心を口にする

「…本音を言うと鬼焚部に入ったのも“楽しそう”だったから、向こうには無い出来事に少し興奮してたんだ、…でも実際に粛清を見て 少し考えは変わった、それに今は巫鬼の血が流れてるって事もある、だからこれからも皆と一緒に続けていたいんだ、…確かにまだ遊び感覚で楽しんでいる点も否定できないけど、…今は皆を守るために戦っていたいんだ!」

統司の本心に恵は振り返る、恵の表情は驚き混じりの複雑な表情であった

「……恵にあんなに言わせておいて、俺が何も言わないのは流石にタチが悪いって思ってさ、……俺もそろそろ、本当に変わるべきなんだろうな」

統司は真剣な眼差しで言っていたが、やはり本心を語るのに慣れていない所為か、気恥ずかしくて視線をそらしていた

そして恵は統司の言葉、思いを受け止め、表情を綻ばせる

何よりそれは、統司が恵のことを信じてくれた証拠だと感じたからであった

「……うん…ありがとう!それとごめんね!恥ずかしい所見せちゃって、…でも私 統司君のこと聞けてとても嬉しい!」

恵は満面の笑みで統司にそう言った、その表情を見て統司の鼓動は高鳴る

「…あー!あー!…また後で学校でな!!」

統司は瞬間的に先程の言葉を思い返し、恥ずかしくなり大声で誤魔化した

「うん!私、統司君のためにも頑張って強くなるね!!…それじゃあまた後で!」

笑顔で手を振り走り帰る恵に、統司は軽く手を挙げて挨拶を返す

「……変わるべき…か」

複雑な表情で、自身の言葉を繰り返し口にして、統司は深く考えていた…

…夕方、神魅総合病院、陽村の病室

病室に入ってきたのは、篠森の姿であった

「珍しいな、君が見舞いに来るとは」

穏やかな表情でそう口にする陽村に構わず、篠森は側の椅子に腰かける

「…生徒会長の様子を見に来る位、いけませんか」

その口調は普段の淡々としたものだった

「どうやら鬼焚部の皆はそれぞれ鍛錬をしているようだが、君はしなくて構わないのか?」

その言葉に、やはり淡々と篠森は言い返す

「…私がそんな柄に見えますか?…それに私には物理的な鍛錬は必要ない、無意味になるので」

篠森の返答に、陽村は「そうだろうな」と肯定する

「それで、私に何の用事だ?」

『…ですから貴女の見舞いです、身体の調子はいかがですか?』

「嗚呼、すこぶる順調に治っていっているよ、君のおかげだな」

『…いえ、私は応急処置をしただけです、その回復力は貴女本来のものです』

彼女たちなりの他愛もない会話、静かな言葉が互いを渡り合う

「…それで、貴女が彼らの仲間に入ったのは、理由は一体何ですか?」

突然に篠森は話を切り出す

その言葉を聞いて、陽村は儚い笑みを浮かべ、窓の方を向いて答えた

「そうだな…、こんな血筋の存在だ、幼い頃より他人から無意識に避けられ、今まで孤独の身であった、…言うなれば同じ境遇の仲間が欲しかったのだろうか、…全く 人として当然な理由だよ」

その口調はとても穏やかで、それは陽村の本心であった

「そういう君は 鬼焚部に入ったのは“楽しいから”だったかな?」

陽村の問いかけに、篠森も微笑して答える

「…そうね、…私に似合わぬ正義感をかざすとしたら、今までに培ってきたこの力で、悪しき運命を打ち砕くため…とでも言っておきましょうか」

その篠森の言葉に陽村はフッと微笑し、穏やかな表情へと変わる

「…そうか、全く君らしいな、……なぁ、私は一体何なのだろうな?」

陽村は不意に顔を曇らせる、その表情は今まで誰も見たことのないものである

しかし篠森は冷たい表情のまま言い放つ

「…私からすれば、それは貴女自身が見つけるべき事、…今の貴女の状況ならば、正しい道を見つけられる筈」

その言葉を聞いて、陽村は普段の表情へ戻る

「…すまない、下らない事を聞いた」

陽村がそう言った後、篠森は静かに立ち上がり背を向ける

「…そうね、もし見つからないのであれば、今までの生徒会長の時の様に導いてゆく立場をお勧めするわ、存外 貴女の表の一面には相応しいわ」

別れ際に篠森はそう言い、「ごきげんよう」と病室を去っていった

黄昏の空、篠森は一人思考を巡らせながら歩いてゆく

「…不穏の可能性、過去の者の被害の意思、……そんな事は何も関係ない、私は私の意思で生きて、その意志を他者にも貫く、ただそれだけ、その為の人生、…その為にも、彼の行動は実に不愉快、他者の運命を弄ぶなど、見逃すわけにはいかない…」

その強い篠森の意思は、彼女の心、力をより強固なものとしていった…

…一方、詩月邸にて、儀式はすでに終え 普段と変わりなく過ごす詩月の姿があった

外見には何ら変わりはないが、月の影響にかかわらず鬼の気配が増して見える

「…ふにゃー、疲れたよー」

ぐったり、よろよろと現れた月雨は、詩月の側で力なく横たわった

月雨の髪に触れるとまだかなり湿っており、ついさっきまで鍛錬に励んでいたことが分かる

月雨は戦いに出ないようにしていたが、彼女になりに強くなろうとしているのだろう

とりあえず詩月は、やれやれといった様子でタオルを取りに行き、月雨の髪を拭く

「…えへぇ、ありがとう鬼央―…」

疲れた様子で月雨は礼を言い、ゴロゴロと喉を鳴らす

やがて髪は乾き、詩月は月雨に話しだす

「…月雨よ、止めろとは言わないが、お前は別に鍛錬する必要はないのではないか?」

詩月は少々意地の悪い事を分かったことで言う、しかし月雨は身の丈に合わず考え込んでしまい、必要以上に心配してしまう節があるのだ

そして月雨は詩月の言葉を受け止め、胸の内を話す

「…うん、分かってる、…全く 意地悪な事言うなぁ鬼央は、…でも私も強くなりたいんだ、…いや、強くならなくちゃ!」

月雨は曇った表情でガッツポーズをとり、空元気を見せる

「…私は皆と違って鬼の力は不安定だし、お母さんとかお姉ちゃんと違って巫女としても大したこと無いよ、…でもやっぱりこのままって訳にもいかないじゃない、もう少し経ったら卒業して、それからここから出るわけだし、残る皆に心配かけちゃいけないよ、…先輩だもんね」

月雨は空元気で言うが、その瞳は泣きそうであった

その様子に詩月は月雨の頭を撫でる

「…そうか、悪かったな、…だがあまり無理はするなよ?」

しかし月雨はニマッと笑い、頭に置かれた詩月の手を払いのけて立ち上がる

「…それに!いつかは誰かさんに頼られて欲しいからねっ!」

満面の笑みの月雨に、詩月はほっとした表情になった…

…日付は変わり放課後、恵は魅里の連絡を受けて人気の少ない通りにいた

そこでは魅里が待っており、さっそく恵は稽古を始めた

「それじゃ、とりあえず恵ちゃんの木刀で素振りをしてみてよ、出来れば活動中のつもりでね」

『あ、はい、分かりました』

二つ返事で恵は木刀を取り出し、剣道の型で木刀を振るってゆく

…強くなる、その一心で木刀を両手で振りかざす

ほんの2,3分振り回していると、突然目の前に閃光が走る

何事かと思うと、それは魅里が目の前でカメラのフラッシュを焚いたからであった

「…それじゃあ早速、まず一つ恵ちゃんの欠点、…それは集中しすぎることね」

恵は目をパチパチさせながら「ふぇ?」と聞き返す

「…ほら その反応、もしかして天然さん?…恵ちゃんは集中しすぎてどこか気が緩んじゃうんだと思う、その証拠に私が目の前に立った事に気づいてなかった?」

自分の気付かぬ事を言われて、少々恵はぽかんとしていた

「…そうなんですか?」

その言葉を聞いて魅里はニヤッと不愉快に笑う

「いやぁそれにしても、戦ってる時の恵ちゃんって面白い表情してるんだね、アハハハハ!」

魅里は笑いながら、恵の目の前にカメラを掲げた

恵は魅里の反応にとても恥ずかしくなり、思わず魅里のカメラに手を伸ばした

…フッと、恵の視界が回る

恵は瞬きすると、黄昏色の空を眺めており、仰向けになっていた

カメラに向かって伸ばしていた左手は、魅里によって掴まれている

「いやぁ、ゴメンね?ちょっと直に教えようと思ってさ、…私は世界中回ってる事もあって いくらか護身術を覚えててね、稽古のついでに恵ちゃんにこの技を教えてあげるよ」

魅里は寝ころんだ恵を置きあがらせると、「怪我とか無い?汚しちゃってごめんね?」と軽く謝っていた

恵は立ち上がると、頭を下げ「よろしくお願いします」と言って、再び二人は稽古を始めた…

…一方、統司は詩月邸に呼び出されていた

大きな屋敷に一人で来るのは心苦しく、玄関前で少々気圧されていたが、結局はいつも通り平然とした様子で上がった

詩月の部屋に辿り着くと、当たり前の様に月雨もそこにいるのである

「やあやあ、待ちかねたよ統司君!」

『来たか、では向かうとしよう』

全く状況を飲み込ない統司は、誘導されつつ二人に付いてゆくのであった

「…霧海はしっかり鍛錬出来ているか?」

詩月の質問に、少し曇った表情で否定する

「…いえ、自分なりになんとかやっていますけど、これといって目立った成果は無いです」

その返答に、なぜか詩月は少し顔を緩めていた

「そうか丁度いい、霧海に良い方法があってな」

詩月の返答に統司は疑問を浮かべた

向かった先は詩月邸の裏側にある森林であった

詩月と月雨は何食わぬ顔で先に進んでいるが、実に30分程歩いただろうか、

激しく打ち付ける水の音、そして不思議に響き渡る心地よい反響音が聞こえてきた

そして辿り着いたそこは、見覚えのある場所であった

「ここって合宿の時の!」

そこは8月の合宿時、新月にも関わらず現れた更生者と戦った場所である

「おお、統司君ここに来てたんだ!これは何とも奇遇だね!」

月雨の言葉使いが何だか間違っている気もするが、月雨はさっさと中心に走っていってしまった

そして月雨は統司を呼び、滝に向かい「ラー…」と穏やかな声を出す

月雨の言葉は辺りから反射し、心地よい音色に変わっている

「ねぇねぇ統司君、ちょっと声出してみて!合宿の時の女の子みたいな高い声で!」

わざわざそう言われると恥ずかしく感じるが、月雨にならって声を出す

…少し間を置いて反響してきた音色は、自身を包み込むような別の音に変わっており、とても不思議な感覚に包まれる

「おお、すごいすごい!…それじゃあ今度はいつも通りの声でやってみて!」

『あ、はい、分かりました』

月雨の指示通り、少々乱暴に地の声を大きく発声する

…やがて反響してきた音は、強風の如く衝撃波が、強い音波が反射してきたのだった

思わぬ結果に、統司は全身に音波を受け止め、ビリビリとした感覚が伝わる

「…なるほどな、…霧海、これからこれがお前の修行とする」

思わぬ詩月の言葉に統司は「え?」と聞き返す

「だからー、統司君はさっきの高い声の時みたいに、普段の時の声を綺麗な音に変えるのが、君の修行ってこと」

言い返したのは、笑顔でそう解説する月雨であった

「…分かりました、ありがとうございます!」

一方的な流れで、まだ状況を把握しきれていないものの、統司は詩月達に礼を言う

「これからは気兼ねなく、家の敷地を横切って構わない、それでは頑張れよ」

『じゃねー!統司君がんばれー!』

詩月と月雨はそう言って、一足先に戻っていった…

その道中、月雨は何やら上機嫌であった

「いやー、これは次の正月が楽しみだなー!」

この鍛錬の仕方は、実は月雨の発案であり、何やら異なる意図を考えている様子である

「まて月雨よ、勝手に考えるのはいいが、ちゃんと霧海の意思を考えてやれよ?そもそも霧海は大丈夫なのか?」

詩月は月雨の思惑を分かっているようで、月雨にそう忠告するが

「はいはい、分かってるって、その前に戦い…でしょ?」

と聞く耳を持たず、的外れの心配をしていた…

…日付は変わり、再び夕暮れ時

「あー、今日は俺が飯当番だっけか…」

そう口にするは蒼依の姿である、ふと思い出して蒼依は近場のスーパーに寄る

しばらくしてスーパーから出て、まっすぐ帰路に付く

…その途中、不意に横から女の声が聞こえた

少し後戻り、声の方向へ戻ってゆく

「止めて下さい!」

路地裏で声を上げている制服姿の女子と、掴みかかり言い寄っている暴漢の姿があった

「オイ、テメェは一体何をやってやがるんだぁ?」

蒼依は少しだけ気迫を込めて、男に対して声を上げる

その蒼依の声に、女子と男は気づいて振り返り、女子は蒼依に助けを求めた

だが男は乱暴に女子を突き飛ばし、蒼依に向かい合って懐からカッターナイフを取り出して構える

「…オゥ?何だよ、あの子嫌がってたじゃん、お前の方がどう見たって悪いだろうが…」

蒼依がそう煽っているのは、女子から意識を向けるとか、そういった理由で無かった

…内心、姉の状況と重ねて見えたのだろうか、故に自然と声に出していたのだ

そして男は声を上げて飛びかかり、カッターナイフを振りかざす

蒼依は辛うじて避けるが、スーパーの袋が引っ掛かりその中身が転がってゆく

男はそのまま逃げ去ろうとする、蒼依も転がる袋の中身に気を留めず、暴漢を追いかけた

「待ちやがれ!!テメェ!!」

蒼依は一心不乱で追っていたが、その時 蒼依の瞳は赤みを帯び、身体にフッと力が増していたのである

蒼依と男との距離は少しずつ近づいていたが、不意に人がいる大通りに出る

そこには男の目前に一人の女性が歩いていた

男は逃げ続けようと、周りを気に留めず走りぬけようとした所だった

…男はカメラを提げた女性に投げ飛ばされ、技を組まれて無力化されていた

やがて警察が男を連れていくと、その女性…魅里は蒼依に近づいた

「お疲れさん少年!…うん、いやぁ人助けは実に結構、だけど危険な事はアタシ達大人の役目、だから無茶はしない!」

一方的にそう言って、魅里はその場を立ち去って行った

やがて路地裏から袋を抱えた少女は姿を見せ、助けてくれた蒼依に感謝を言うが、当の蒼依は少し照れながらも、

「いや、俺はただ通りかかっただけ」「礼ならさっきの女の人に言って」

と珍しく紳士的な様子で応対していたのだった

再び気を取り直して帰る蒼依は、ふと追っていた時のことを思い返し、複雑な表情をする

確かに求めていたような力ではあるが、同時に自身が暴走してしまった時の様な嫌な感覚を感じていた

それは自身に流れる鬼の血が、沸々と変化してゆく感覚

自身の感情に従って行動した事が、この力を呼び起こしたのか

何時になく真面目に考えていた蒼依だが、ふと自分の普段の調子を思い出し、

“ガラじゃない”と考えることを止めるのであった…

…魁魅は、一人詩月邸に向かっていた

それは魁魅自身、長老である詩月鬼流の行動にいささか納得出来ない点があったからである

「長老様、いらっしゃいますでしょうか」

一室に上がる魁魅はそう言って、長老に話しかけた

「…月芽か、…久しぶりによく来た、それで何か私に用か?」

魁魅は静かに正座し、長老に尋ねる

「本日伺ったのは、いくつか聞きたい点があるからです、なぜ暴走した藤森を見逃したのですか、奴ら魔鬼の事を私達に任せる理由は、…お答えください、長老様は何を考えていらっしゃるのでしょうか」

しかし長老は、その質問に答えなかった

「…それを聞いて、お前はどうするつもりなんだ…?」

長老の返答に、魁魅は答えられず口を噤む

「……申し訳ありません、どうやら私が間違っていたようです」

そう言い魁魅は頭を下げるが、長老は口を開く

「気にせんでよい、…私が奴らをお前たちに任せたのは、お前たち自身が神魅町の行く末を決めるべきたと思ったからだ…、未来を決めるのは、私達老い耄れではない、純粋に悩み行動を決められる若者の役目だ」

長老は一度間を空け、話を続けた

「…そして月芽よ、お前の役目は、いずれ人々を過ちへと導かないようにする規律だ、それは私達に聞くものではない、己自身の心で見つけるものだ、…だが、少なくとも私を“長老様”と呼んでいる様では、その答えは見つからぬがな」

長老はそう語ると、立ち上がりゆっくりと姿を消していった

その背に魁魅は「ありがとうございました」と頭を下げる

やがて魁魅も詩月邸を後にし、自宅へと向かう

煙に巻かれた感は否めないが、長老にも思惑がある事を知れただけで十分な答えだと納得していた

そしてここしばらくの出来事を思い返し、自身の懐の狭さを痛感し、歯痒く感じていた

「…強くならねば、立派な人として、…規律であるためにも」

生真面目にそう魁魅は考えながら、家へと向かっていった…

…同時刻、場所は変わり商店街のスポーツショップ、そこに統司はいた

以前木刀が折れてしまい、ロクに武器がない事を思い出した統司は、新しい木刀を買いにやってきたのである

統司は店員に木刀があるかを聞き、店員の案内で木刀が置かれた場所へ向かう

そして木刀を抜いては片手で軽く振ってみる

何本かの木刀を試してみて、やがて一つの木刀を決める

赤樫の80cmと木刀であり、以前使っていたものとは少し短いものであった

統司は意を決して購入すると、すぐに自宅へは帰らず、学校の方へ一旦しまいに行く…

 

…各々に鍛錬を続けてゆくが、2週間という猶予はあまりに短い時間であった

時は過ぎ 鬼焚部の試合の日へと変わる

鬼焚部の面々は柔道場に集まり、各々適当に身体を慣らしていた

「さて、皆集まったようやな、それじゃこれから試合に関して説明をするさかい、ちゃんと聞きや」

ふらっと姿を見せた水内は、部員が集まっているのを確認して説明を始めた

「今回の試合はリーグ形式の総当たり戦や、月雨を除いた6人で合計15試合行う、試合のルールとしては、床或いは壁に 手・膝・背中・頭がついた時点で負けとし、そして武器を使う霧海・北空・蒼依は武器を落とす・奪われた瞬間負けとみなす、まぁのしても構わんが、あんまり怪我はさせるなよ?」

試合のルールを聞いて、面々は声を漏らす

「…まじかよ、なんか厳しくねぇ?」

『水内先生、流石にこれは制限が厳しいのでは?』

蒼依の言葉に同調して、魁魅も意見を出すが、水内は聞く耳を持たない

「まぁ所詮試合や、制限を付けるのは当たり前や、それにこのルールも昔っからのもんや、…まぁゲーム感覚で気楽にやりぃ」

そして水内は説明を続ける

「…それで、不要な怪我を起こさない為に、試合用にお前らの武器を決めさせて貰った」

水内の言葉で、普段姿を見せない鬼焚部の顧問二人、文由教諭と金林教諭が現れ、部員一人一人に武器を渡す

統司と恵は竹刀、そして蒼依は重しを付けたプラスチック性のバット

詩月と魁魅はボクシンググローブとクッション性のプロテクター

そして何も使わない篠森は、何故かリストバンドを渡されていた

「え、何これ、俺だけおもちゃかよ、ダセェしスゲェ使いづらいんだけど」

蒼依は文句をぶつぶつ言っているが、水内はこれまた聞く耳持たずといった様子である

「…早速試合を始めるとするが、まず第一試合は詩月と魁魅にやってもらおうか、それじゃやる気になったらスタンバってくれ、…と言っても後がつかえてるから手短にな?」

水内の言葉を聞いて、二人はすぐに中央に立つ

「なんや気ぃ入っとるなぁ…やっぱ二人とも最初にしたのは正解やな」

水内はそう言っていたが、すぐに気を引き締めて開始の合図をする

「それではこれより、詩月 対 魁魅の戦いを始める!! ……いざ、始め!!」

水内の掛け声とともに、魁魅は素早く身を屈め、スッと素早く懐へ飛び込む

しかしすぐに魁魅は立ち止り横へ反れる

魁魅の立っていた場所へコンマ数秒後、詩月の足が飛び込んできた

慣れた様子で詩月の背を取った魁魅は、その背に拳を繰り出すが、その拳は詩月の手によって弾き流される

魁魅は一度後ろにステップして間合いを取る

「どうした、それでは俺にダメージを与えられないぞ?」

微笑して挑発する詩月に対して、魁魅も微笑して言い返す

「先輩に無駄口叩けるほど、俺にそんな余裕はないですよ…っ!」

返答を終えると同時に再び魁魅は飛び込む

…そこからは似たような状況の繰り返し、レベルの高い攻防の繰り返しであり、見ている方が付いて行けていなかった

「…何アレ、本当に同じ学校人間の動きかよ」

『…ちょっとあれは流石に何も言えないわ』

蒼依と統司は率直な意見をこぼす

…5分経ち、結局勝ったのは詩月であった

魁魅の放った拳を抜け、詩月は魁魅の顎に手を掛け、赤子を捻るように魁魅の後頭部を床に叩きつけた

その振動は伝わると同時に、振動音もかなりの音を立てて響いていた

驚いた事にそんな一撃であったにも拘らず、魁魅はスッと起き上がった事もあり、「あいつらバケモンか?」と蒼依は口走っていた…

水内も少々唖然としていたものの、すぐに進行を進める

「えっと…、次の試合は霧海と北空やね、それじゃ二人とも準備しいや」

水内の指示に、二人は立ち上がる

「霧海に北空も、二人とも頑張れよ?」

『おう、行ってくる』

「うん、蒼依君ありがとう」

向かおうとした矢先、統司は蒼依に引き留められる

「…霧海、なんか雰囲気変わった?」

『…いや、特に変わった事はなかった気がするけど』

「そっか…ハハ、なんかお前に勝てる気しねぇや、お前と喋っていると妙に気が緩むんだよな…」

蒼依と統司が話していると「無駄話なら後にしい!」と水内は叱りつけ、統司はさっさと中央に向かった

「ゴメン待たせた、蒼依の話は確かに無駄話だった」

『ううん、私も気を落ち着けてたから、…統司君、手加減無しでお願いね?』

「良いのか…?じゃあとことん攻撃するけど良いんだな?」

『うん、お願い、…じゃあ始めよっか?』

会話を終えると、恵は水内に合図を送り、水内は開始の合図を始める

「これより、霧海 対 北空の戦いを始める!!」

二人は向かい合い、統司は片手、恵は両手で竹刀を構える

「いざ…始め!!」

水内の声は柔道場に響くが、二人は無暗に動かなかった

統司は少しずつ横にずれるが、恵は目を閉じ深く呼吸をする

やがて、意を決して統司は飛び込み、右手の竹刀を横に払う

…しかし統司の竹刀は上に弾かれる、統司が飛び込む際の足音に恵は目を開け、統司の攻撃を見切り受け流していた

そして間髪いれず、恵は統司の胴を目がけ竹刀を横に振るった

しかし寸での所で統司は後ろに跳びはね、恵の竹刀は空を切る

「危ね、試合でも剣道部の胴は食らいたくないな…」

片手と両手では掛けられる力が違う、増しては日頃から振り慣れている竹刀では相当な力が入るだろう

この試合、かなり分が悪いとはいえ、仕掛けなければ勝機は無いだろう

統司は恵の後ろに走って回り込み、攻撃を仕掛けるが

「はぁあああああっ!!」

恵は統司に向かい合うこと無く、強い気迫込めて脇の下から竹刀で突きを繰り出した

恵の突きは完全に入る事はなかったが、竹刀の先端が統司の脇を突き、統司は痛手を負う

恵は突きを終えると同時に、くるりと半周して向かい合った状態で構えなおす

統司は痛みよりも衝撃の方が強く感じていたが、感覚をこらえて再び突っ込む

…パァンと、竹刀が激しくぶつかる音が響く

統司の竹刀手から離れ、床へと転がる

「そこまで!! 勝者、北空恵!!」

水内の声が響き渡り、二人の勝負は終わる

「っつぅぅぅ…!」

統司は竹刀を持っていた右手を押さえ、痛みに耐えていた

「ゴメン統司君!…大丈夫?手に当てちゃってた?」

『…いや、大丈夫!ちょっと竹刀の振動が手に来たのと、手から離れた時に持ち手の所が手首に当たっただけ…!』

しかし恵は変わらず統司の心配を続け、手首をアイシングしていた

「…それじゃ、次は蒼依と篠森の番や、…話す暇は無しやからの?」

水内に釘を刺された蒼依は、そそくさと準備を始める

一方の篠森はすでに中央に立っていたのであった

「…私は本気を出すつもりはありませんが、蒼依先輩、どうぞ存分に本気を出して下さい」

篠森の挑発に、蒼依は軽い調子で受け止めていた

「お?言ったな?それじゃあ今までの分をやり返すついでに、先輩としての威厳を見せてやるとするか」

…威厳は試合の一つや二つでどうにかなるものではないんだがと、統司だけでなく詩月や魁魅も内心呟いていた

「これより、蒼依 対 篠森の戦いを始める!!  ……いざ、始め!!」

水内の開始の合図とともに、早速篠森の鬼火が蒼依を包み込み焼かれる

「熱!熱ぃ!」

さっそく蒼依は気の抜ける様子を見せるが、すぐに鬼火を払う

「へへ、やるじゃん、…だったら次は俺の番だ!」

そう言い蒼依は篠森の突っ込んでゆく

その間も篠森は、言葉を呟いては鬼火を蒼依に向かって放っていた

しかし、鬼火は蒼依の振ったバットや蒼依の拳で打ち消されていた

「もらったぁっ!」

蒼依はバットを横に振るうが、手ごたえは無くそこに篠森の姿は無かった

「…どうしましたか?私はここですよ?」

篠森は蒼依の背後に立っていた、どうやら鬼火とともに別の術を使っていたようだ

しかし蒼依はニッと笑い、攻撃の手を緩めなかった

「まだまだぁ!」

向き直しバットを振りかざすも、再びバットに手ごたえは無く

また移動したのかと思ったが、今度はしゃがんで回避しただけであった

篠森は術を使うこと無く、体重の掛かった蒼依の軸足をすくう様に蹴りつける

…そして蒼依は無残にも勢いよく転倒した

「そこまで!!」

水内は試合終了を宣言するが、顔に手を当てて呆れ返っていた

…試合はその後も続き、15回の試合は無事に終える

結果と言えば、案の定 詩月の圧勝であった

2位は、3勝した恵と魁魅であり

4位に、2勝した統司と篠森であった

…結局、蒼依は一勝も出来なかったようで、来たる決戦の時が心配である

 

…そして一週間後、無情にも短い時は過ぎてゆく

ナイトメーカーの中心、鬼匣によって予告された決着の日を迎える

彼は飄々とした様子で、一方的に事を起こし、そして予告も一方的に言ったものである、そんな彼の目的は分からずじまいである

そして彼との勝負に負けてしまった時に、どうなるかも彼は明示しなかった

だが負けるわけにはいかない、意図的に鬼人を暴走させて被害を増やしているのは、間違いなく彼の仕業なのだ

これ以上悲劇を増やさぬために、皆を守り抜くために、統司達はナイトメーカーと決着をつけに行く

 

 

第12話  終

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択