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真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第五十六話

ムカミさん

第五十六話の投稿です。


斗詩の戦闘スタイルは一体どうなるのでしょうか。

2014-12-07 11:49:54 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:5835   閲覧ユーザー数:4429

 

小宴会の翌日昼前、調練場にその姿はあった。

 

一刀と斗詩を中心に、季衣、流琉、凪、梅、猪々子の被特訓組、更に本日の彼女らの教官役で恋と菖蒲、加えて一刀に呼ばれた真桜の計8人。

 

この日の鍛錬はまず斗詩の今後の戦闘スタイルに言及するところから始まった。

 

「さて、斗詩。まず結論から言おう。君は武器を変えるべきだ」

 

「武器を、ですか?」

 

「え~っ!?何でだよ、アニキ!」

 

「斗詩自身は気づいてるんじゃないか?今の大槌では武器を使いこなすどころかむしろ振り回され気味であることに。

 

 それに斗詩の性格を考えれば、もっと小回りの利く武器の方が性に合ってるはずだ。ってことで、真桜」

 

「はいな。一刀はんに依頼されたもん、ちゃんと持ってきてまっせ」

 

言葉と共に真桜は大量の剣が入った木箱を示す。

 

それは前日に話していた真桜の試作品たちであった。

 

「ありがとう、真桜。まあ、見ての通りだ。斗詩には今後は剣を使ってもらったほうがいいと考えている。

 

 剣ならば小回りも利くし、小手先の技術も生かしやすい武器だからな。

 

 今日は色々種類を用意してある。長さ、重さ、持ち手の太さ、それらを吟味して一番しっくりくるものを基に斗詩の武器を作ればいい」

 

「私にしっくりくる剣……分かりました。真桜さん、ありがたく試させてもらいます」

 

真桜に向かって頭を下げてから、斗詩は箱の剣に手を伸ばす。

 

そしてその中の一本を手に取るや、感嘆の声を上げた。

 

「わっ!わわっ!?か、軽い……です、すごく……信じられないくらい……」

 

試しに横薙ぎ、縦切りと素振りを行うと、あの大槌では得られない速度を出すことが出来ていた。

 

「凄い……凄いです、これ!こんなに軽いのに脆そうには見えな―――って、どうかしたんですか、一刀さん?」

 

「……あ~、なんだ、その……いきなり片手持ちなんだな、と思ってな」

 

真桜の試作品は春蘭の七星餓狼の製作や一刀の虎鉄の複製挑戦の過程で生まれたもの。

 

なるべく軽く作ってあるとは言え、いずれもそれなりの長さと重さはあるものだった。

 

そこで一刀の想定としてはまず扱いやすい両手持ちで慣らし、そこからスタイルが合うようであれば片手にすれば良い、といった感じであった。

 

だが、今、斗詩は片手で素振りを行った。慣れぬ者のようにその剣筋がブレることも無く。

 

剣は見た目よりも重い。片手持ちともなれば尚更のこと。だからこそ慣れぬ者は片手で剣を振ろうとするとバランスが取れなくなってしまう。はずなのだが。

 

「合っていないながらも大槌を使い続けた成果、といったところなのかな」

 

「え?あの、どういうことですか、一刀さん?」

 

「斗詩は大槌を使い続けてきたことで、斗詩の筋力が剣での戦闘に必要なそれより随分と高くなっているんだと思う。

 

 何にしても、まずは試してみよう。菖蒲さん、恋。そっちはお願い。それじゃあ、斗詩。どの剣でもいい、打ってこい!」

 

「は、はいっ!」

 

考察を中断し、一刀も鍛錬用の剣を取るとこの日の鍛錬の開始を告げる。

 

その言葉通り、斗詩は手にしたばかりの剣を持って一刀に打ち込んだ。

 

二度、三度と小気味の良い金属音を打ち鳴らされる。

 

仕合ではなく試し斬りの延長のようなものなだけあり、一刀もいつもの受け流しでは無く斗詩の斬撃を真正面から受け止める。

 

「よし、今度は両手で握ってやってみろ!ただ漫然と打つんじゃないぞ!」

 

「はいっ!」

 

暫く片手で打ち合ったところで次の指示が飛ぶ。

 

斗詩が指示通りに剣を持ち替えて更に打ち合うこと数度、ここで一旦の間が置かれる。

 

「どうだ、斗詩?基本としては後にした両手持ちだ。だが、片手持ちで戦う者もいる。利点はそれぞれ異なる。

 

 今後の斗詩の型の原点になるものだが、どちらの方がいい?」

 

問われ、斗詩は先程を思い出しつつ考え込む。

 

今までは大槌の重量に任せた一撃の重さを重視した型だった。

 

剣を用いれば一撃一撃は確かに軽くなるだろう。だが、様々な状況への対応力は段違いとなる。

 

そこでどう動きたいか。一撃の重さをどれだけ確保しておきたいか。その辺りの個々人の理想次第で剣での型は異なってくる。

 

一刀にも指摘された通り、斗詩は自分自身でも小回りの利く武器の方が性に合っていると感じていた。

 

ならば、その”小回り”を最大限に活かしたい。そう考え始めると、どうしても聞きたいことが出来てきたようで。

 

「あの、一刀さん。私の片手の斬撃は軽いでしょうか?」

 

気が付けばそう問うていた。

 

「何と比較してなのかが気になるが……以前の大槌や両手持ちに比べれば当然軽いな。

 

 だが、斗詩の片手でのそれは目立ったブレも無いし、その重さも片手として考えた場合十分過ぎるだろう。

 

 そう聞いてくるってことは片手持ちでいくか?」

 

「はい。その方が動きに幅が出来るかと思いまして」

 

「確かに片手が自由だと動きの幅は広げられるな。将相手だと盾の携帯はまず意味が無いだろうからいらないとして。

 

 例えば片手に何も持たずに半身のように構えて相手にとっての有効範囲を狭めれば、立ち回り次第では相手の動きを誘導しやすくなったりもするだろうな。

 

 ……或いは奇をてらった型も面白いかも知れないが」

 

「奇をてらった型、ですか?」

 

一刀のふとした呟きに斗詩が食いつく。

 

一刀としてはほんの思いつき程度だったので言うべきかを悩んだが、一方的に選択肢を消すだけなのもどうかと考え、結局その思いつきを話してみることにした。

 

「魏だと沙和が使い手になるんだが、双剣、いや、二刀流の方がどっちかと言えば正しいか、そんな選択もあるな、と思ったんだ。

 

 だがそれには色々と難点も多いからな」

 

「例えばどのようなですか?」

 

「そうだな。例えば利き腕は問題なくとも、もう片方の手での剣の扱いが上手く出来ないだとか、そもそも両手に別々の動きをさせることが難しかったり。

 

 何より、二刀流での戦い方を俺は何も知らない。本当に何も教えられないんだ。だから、斗詩が適性があるのかも俺には判断が付かない」

 

「そうなんですか……」

 

一刀の列挙した点を斗詩も吟味してみる。

 

どれも言ってみれば斗詩自身の頑張り次第では克服出来そうだと感じていた。

 

そもそも斗詩の武器、金光鉄槌での戦闘法も彼女が一から考えて鍛錬し、身につけたものなのだ。

 

今回は一刀お墨付きのアドバンテージもあることだし、全くの零からというわけではない。

 

そこまで考えて、ふと気づく。随分と二刀流を前向きに考えていることに。

 

何故だろうと自身の心に問うてみると、案外簡単に答えは見つかった。

 

誰かの追従では無い、己独自の型を見つけ、完成させたい。それがきっと麗羽や猪々子のように斗詩も確固たる自信を持つことに繋がるはず。

 

そんな思いがあった。それに気づけば自然と斗詩の覚悟も決まっていた。

 

「一刀さん。私、二刀流でいきたいと思います」

 

「ふむ……そうか。斗詩がそう決めたのならそれで構わないよ。

 

 そうなれば二本をどう組み合わせるか、ということになるが……

 

 真桜、沙和に二刀のコツみたいなものを聞いたことはないか?」

 

「コツね~……なんか一度だけ聞いたことあったんやけど、なんて言っとったかなぁ……?」

 

話を振られた真桜はどうにか思い出そうと首を捻る。

 

暫くそうしてうんうんと唸っていたがやがて思い出したようで、バッと勢いよく顔を上げた。

 

「せや!律動的に動き続ける、みたいなこと言っとったわ!」

 

「律動的……確かリズミカル、だったか。

 

 要するに自分の流れを作り、それを崩さないように、って感じか。攻撃が防がれても気にするな、となるのかな?」

 

「せやね。凪みたいな攻撃力もウチみたいな特殊な構造の武器も無いから手数で攻める、言うとったわ」

 

真桜の追加情報に一刀も納得を示す。

 

その上で何かしら手を加えるべきか、或いはそのまま斗詩の指導役に沙和を呼ぶべきか。

 

ただ、沙和に指導を頼むにしても問題がある。

 

何せ彼女には三姉妹との橋渡しの仕事がある関係上、頻繁に許昌を離れることになるからだ。

 

何にしても斗詩がどういった方向性を望むのか、そこで全て決まるのだが。

 

結局のところ、話に斗詩を絡めなければ、この場は何も進まないのだから、一刀は斗詩に話を振っていく。

 

「斗詩としてはどうだ?真桜が話してくれたように沙和のような型も選択肢の一つだろう。

 

 この場合は二刀とも同じ形状の剣になるな」

 

「えっと、この場合、ということは一刀さんとしては他の選択肢もある、と?」

 

「あぁ。さっきも言った剣の組み合わせの話に戻る形だが、右と左とで剣の形状を変えるのもありだと思っている。

 

 その場合、そもそもの型や立ち回りが大分特殊にはなってきそうだが。

 

 どうするにしても、斗詩に合った型を見つけ、それに合わせた剣の組み合わせにするのが先決だな」

 

ここまでの色々な意見を聞いて斗詩は考え込む。

 

これから習得しようとしている型は今までとは方向性が全く異なるもの。けれども、斗詩の性に合った型となる。

 

ならば、徹底的に斗詩の本質に合わせた型を作ってもいいのではないか。それを実現するにはどうするのが最も効率的なのか。

 

斗詩が出した結論は、知識豊富な一刀に情報を公開し、それらしい型を発案してもらう、といったものだった。

 

「あの、一刀さん。私は文ちゃんみたいに強力な一撃で一息に勝負を決めにかかることは不得手です。きっと私の性に合う型に変えてもそこは変わらないと思います。

 

 ですが、耐えることは得意です。いえ、得意というよりも耐性があるとでも言うのかも知れませんが。

 

 個人的には持久戦に持ち込んで強みを活かしたい、と思うのですが、そういった型には出来るものでしょうか?」

 

「耐久を高く、か。そうだなぁ……」

 

斗詩の要望を盛り込むとなれば、確かに沙和の型は合わないだろうと考えられる。

 

将相手に持久戦に持ち込むには武器の耐久度が高いことが必須である。が、これは真桜の作製する武器を用いればまず問題は無いだろう。

 

とは言え、ただ単に耐久値を上げたところで今度は決め手に欠ける。

 

いくら持久戦に持ち込めたとて、決め手の無い型では最終的に押し負けることが目に見えている。

 

ならばちまちました攻撃が馬鹿に出来ないようなものにすれば……

 

「そうだ、あの剣が作れるのなら……斗詩、君に一つ確認しておきたい。

 

 君は戦闘の結果として人を傷つけるだけじゃない、痛めつけてしまう覚悟は持っているか?」

 

これまたふとした思いつきでありながら、攻撃力を補う意味においては十分な効果を期待出来るはず。

 

しかし、これに伴う事象を時に非情なものともなるだろうことを一刀は一応の知識として知っていた。

 

だからこそ、斗詩にこの確認を行う。

 

一刀の真剣な目に見つめられて、斗詩はグッと息を飲む。

 

「これでも、私も一端の将です。今までも私の判断で冗談では済まない状態に陥ってしまった人たちもいました。

 

 ですが、だからと言って立ち止まるようなことは、私はしません。既に私は道の上を歩き始めてしまっているんです。

 

 今更立ち止まるなんて、それこそ今まで傷つけてきた人たちに対してさえも無責任なんだと思いますから」

 

斗詩の眼には確固たる意志が見えた。

 

彼女はこれまでずっと袁紹軍のブレーンを担ってきた。

 

それはつまり、あの大軍の命運をずっとその手に握ってきたということ。

 

それ故に、他人への影響が悲惨な結果になることへの覚悟も既に備わっていたようだった。

 

「よし、分かった。ありがとう、斗詩。さて、真桜、ちょっと聞きたいんだが」

 

「ほいほい。なんかええ剣の案あるん?」

 

「ああ。だが、実際に作れるかどうかが分からない。ちょっと特殊な形状のものだ」

 

「なんや、俄然興味出てきたわ~!それ、どんなんなん?」

 

「その剣の詳しい形状だが――――」

 

手持ちに紙が無いため、砂地に即席の絵を描きながら一刀が説明する。

 

望ましい長さ、目安の重さ、そして肝心要の形状についてなど。

 

説明ごとに相槌を打つ真桜を見れば、感触は良好な様子。

 

「ざっとはこんな感じか。出来そうなら後で俺が知っている限りを纏めた図面を持っていくが、どうだ?」

 

「聞く限りやといけそうやで!ウチらの技術力が試されるんやろ?むしろ腕が鳴るってもんやで!」

 

新たなものを作り出すことに興奮を覚える。その辺り、真桜は生粋の研究者・発明者気質であった。

 

そして、彼女がこれだけ言うのであれば、きっと問題は無いだろう。

 

そう思えるだけの実績も既に彼女は積み重ねていた。

 

「ついでにこの剣が作れるのであれば、対になる剣は耐久性を重視したものにして欲しい。

 

 その上で2本の剣の均衡が崩れすぎないようにしてもらいたい、出来るか?」

 

「任せとき!ウチらも伊達に発明ばっかしてへんってとこ見せたるわ!」

 

「それじゃあ、後で図面を持っていくよ。ありがとうな、真桜。

 

 さて、それじゃあ斗詩は取り敢えず基礎から行こうか。まずは左右どちらでも同じように剣を扱えるようになることが先決だ。

 

 差し当たって、利き腕じゃない方を利き腕同様に扱えるようにしていこう。

 

 それと同時に、両手持ちでの戦い方も一通り出来るようになってもらう。戦場では何が起こるか分かったものでは無いからな。

 

 中々厳しい予定となりそうだが、気合入れていくぞ!」

 

「はいっ!」

 

承諾の意を兼ねた威勢のよい返事が斗詩から返る。

 

そして、そこからは一刀の宣言通り、基礎鍛錬の地獄メニューとなっていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はここまでだな。斗詩ももう少し基礎体力を鍛えた方がいいかもしれないな」

 

「は、はいっ……あ、ありが、とう、ござい、ました……っ!」

 

言い切って斗詩はバタリと大の字に倒れた。起き上がるよりも呼吸が優先。そんな様子である。

 

ちなみに真桜は基礎鍛錬が始まってすぐに研究所へと戻っていった。

 

早速耐久値の高い剣の作製の方に取り掛かるとのことで、十分以上の気合に頼もしさを感じるほどだったそうな。

 

この日のメニューを息も絶え絶えにやっとの思いでこなした斗詩は、荒い呼吸も直せぬまま他の者達に目を向ける。

 

現在向こうでは菖蒲が季衣と流琉を同時に相手取り、恋が猪々子の相手をしていた。凪と梅は休憩時間のようだ。

 

「お疲れ、凪、梅。猪々子はどんな感じだった?」

 

「一刀様!お疲れ様です!そうですね……私には相性が良さそうな相手に思えました」

 

「一刀殿、お疲れ様です。猪々子さんは麗羽さんの下で将を張っていただけあって、確かにお強いです。

 

 なのですが、どうにも堪え性がないようでして……特に恋殿と仕合をされている時は、焦れて特攻して敗北、といった流れがほとんどでした」

 

「それを直せ、って言い聞かせたと思ってたんだけどなぁ。でも、確かに今のままなら梅にとってはやりやすいだろうね。

 

 無謀な暴走・特攻は悪手も悪手、どうしても直せないようなら……少しキツくいくしかないのかなぁ」

 

一刀は決して口調を荒らげたわけでは無い。至って平穏な声音、普段通りの表情で言葉を発している。

 

にも関わらず、凪と梅は体がブルッと震えるのを抑えられなかった。

 

『あっ……』

 

その上、たった今目の前ではまたもや猪々子が恋に同じパターンでやられたとあれば、最早そちらに目を向けられない。

 

「文ちゃん……私もずっと言ってたのに……」

 

いつの間にか息を整えて隣に立っていた斗詩が呟く。

 

その声音には親友を憂う気持ちが多分に滲み出していた。

 

「あと1、2回位の鍛錬の間は様子を見てみよう。勿論、もう一度言い聞かせはするが。

 

 それで改善が見られないようなら……」

 

途切れた言葉のその先を、両隣の2人は聞きたくないと感じた。

 

季衣曰く、一刀の基礎鍛錬や精神修養のメニューは時折地獄の如き辛さを見せる。

 

一刀自身はそれを将としては当然こなすべきだと考えているが、土台がまだ築ききれていない者にとってはなんとも苦しいものだった。

 

今回の猪々子の課題はまさにそこにドンピシャな内容。

 

参入以来ずっと一刀に稽古を付けて貰ってきた季衣や凪たちがキツいと言うそれよりも、さらに厳しい鍛錬ともなると……

 

そんな想像が頭を過ぎると、背筋に冷たいものが走るのだった。

 

 

 

恋と猪々子は決着が付いてすぐ、鍛錬を終えて側まで来ていた一刀と斗詩に2人して気づいた。

 

「お疲れ、恋。複数人相手にすまないな、助かったよ」

 

「……ん、大丈夫」

 

戦闘時以外の恋はどこか無垢な小動物地味た可愛さがある。

 

それ故に一刀は自然とこういった場面で恋の頭を撫でるようになっていた。

 

恋もまんざらでも無い、どころか気持ちよさそうに目を瞑り、より一層動物感が出ている。

 

なお、他の者は恋の武にどうしても委縮してしまうため、これが出来るのは一刀と膝枕時の月くらいである。

 

その体勢のまま、一刀は猪々子に視線を向け、苦言を呈した。

 

「それから、猪々子。既に言っていたはずなんだが、もっと堪え性を鍛えろ。

 

 聞いたら何度も同じ形で恋にしてやられたらしいじゃないか。あまりに改善が見られなければ将としての資質が問われかねないぞ」

 

「うっ……アニキの仰るとおりです、すんません……」

 

「一応言っておくが、何も意味もなく苛めているわけでは無いぞ。

 

 猪々子は春蘭や菖蒲さんと同じ、明らかな一撃型だからな。ただ、その型の中でも2人とはまた違った方向性になると見ている。

 

 一撃型は大きく分けて2通り、強力な技や圧倒的な力で強引に戦いの流れを持っていくか、或いは相手が隙を見せるまで耐え、隙を逃さず必殺の一撃を見舞うか、だ。

 

 春蘭や菖蒲さんは前者を実践できる武人だが、猪々子は少々厳しいだろう。

 

 勿論、今後の猪々子の鍛錬次第では前者の様式でいけるようになるかも知れないが、少なくとも後者の戦いが出来ないことには今は何も始まらない。

 

 性格・性質の矯正は中々難しいものがあるが、後々に必ず役に立つ。だから頑張ってくれ」

 

「う、うす!」

 

一刀の言いたいことを猪々子がきちんと理解してくれたのかどうか、返事から全てを察することはさすがに出来ない。

 

今後の鍛錬に期待だな、と考えつつ、視線は既に残る一組に向けられていた。

 

どうやらそちらももうすぐ決着が付きそうである。

 

 

 

季衣と流琉の連携の取り方もよくなってきてはいるが、まだまだ発展途上。

 

特に片方が崩れた時のリカバリーがまだ上手く出来ないようで。

 

「はあっ!!」

 

「わっ!?」

 

「季衣!」

 

季衣の攻撃に合わせた菖蒲の横薙ぎ一閃、季衣は武器ごと弾かれて体勢を崩してしまう。

 

それに焦った流琉が季衣の立て直しの時間を作ろうとして無茶な攻撃に移る。無茶な行動には当然隙が出来る。その隙を逃すほど菖蒲も甘くは無かった。

 

「これでっ!終わりですね」

 

「あぅ……参りました」

 

「うぅ~っ!もうちょっとでいけると思ったのになぁ」

 

「確かに今回は少し危ないところがありました。私もあまりうかうかとしていられませんね。

 

 それと、季衣ちゃんも流琉ちゃんも武器が特殊ですから、それを十分に活かした連携をもっと頑張ってみるのがいいかも知れません」

 

「うん!ボク頑張るよ!」

 

「だったら季衣ももうちょっと私にも合わせてよぉ~」

 

今し方の仕合の簡単な反省をしていると、少し離れた所から手を打つ音が聞こえてきた。

 

そちらへと3人が目をやれば、既に鍛錬を終えた5人が歩み寄ってくるのが目に入る。

 

「季衣、流琉、随分と連携が様になってきているじゃないか。その調子で頑張ればすぐに指折りの戦力になれるぞ。

 

 ただ、流琉、最後のあれはいけないな。あそこは突っ込むのではなく、構えたまま気迫を強くするんだ。季衣に追い打ちを掛ければ後ろから襲うぞ、ってな。

 

 無理を押すのは切羽詰まってどうしようもなくなった時だけだ」

 

「は、はいっ!ありがとうございます、兄様!」

 

「へへ~、褒められちゃった!あ、そうだ。ねぇねぇ、兄ちゃん、そう言えばさ。

 

 兄ちゃんにはこう、ドカーン!って感じの必殺技って無いの?菖蒲ちゃんはすごいのがあるじゃん!ほら、あのクルッてするやつ!」

 

それは季衣の唐突な思いつきからの言葉だったのだろうが、その場の幾人もが同様に気になったようだった。

 

特に流琉や凪、梅に猪々子辺りは興味津々といった様子で一刀を見つめていることが見ずとも分かったほどだ。

 

「必殺技、必殺技ねぇ……一応、北郷家に伝わる奥義があるにはあるんだが、初代様以外誰も会得出来なかったものらしいしなぁ。

 

 あぁ、そう言えば北郷流にはヒケンがあったか。でもあれはなぁ……」

 

「秘剣!?何それ、凄そう!!」

 

「一刀様の秘剣……想像もつかないです!」

 

「奥義よりも凄そうなのですが、兄様は会得されてるんですか?」

 

「そりゃ、使えるには使えるけど……あ~、そういうことか。

 

 北郷流のそれは正直に言って将の矜持も何もあったものじゃ無いような技だ。仕合は言わずもがな、戦場ですら中途半端な気持ちならば使うな、というくらいのな。

 

 何が何でも生き残ろうとする者のみが使う、いや、使ってしまう技だ。皆が見るような価値なんて無い技だよ」

 

怪訝な表情から一転、自身の中で何かに納得し、季衣たちを諭す一刀。

 

だが、それで彼女たちの好奇心を抑えることなど到底出来なかった。

 

「え~っ!いいじゃん!見せてよ、兄ちゃん!」

 

「わ、私も是非見てみたいです、一刀殿!」

 

「凪までもか……」

 

直接的に声に出しているのは季衣や流琉、凪、梅辺りだが、その他の面々もどうやら同じ気持ちの様子だった。

 

結局、そもそもからして言い方の悪かった自分が原因か、と諦め、自分の考え方を伝える機会としてでも使うか、と技を見せることに決めた。

 

ただ、念押しだけは行う。

 

「そこまで言うならば見せはするが、一応言っておくぞ。

 

 過去、我らが北郷流を修めた先達たちのほとんどはこの技を決して使わなかった。”使えない”、じゃない。”使わない”、だ。

 

 そんな技だ、皆が思っているようなものではないぞ。それでもいいのか?」

 

一刀は台詞と共に皆を見回す。

 

誰の顔にも一様に、何故そんなことを、といった疑問の色が浮かんでいるものの、依然として好奇心の方が勝っている顔つきだった。

 

仕方が無い、と一つ溜息を吐き、一刀も覚悟を決める。

 

「戦闘の流れの中で使う技だから、誰かと手合わせしながらの方がいいな。誰か相手をしてくれ」

 

「……恋がいく」

 

「恋か。了解。通じるか分からないけどな」

 

仕合を行うために皆から距離を取る2人の背を眺めながら、ふと菖蒲が疑問を漏らす。

 

「そう言えば、一刀さんは恋さんに押さえ込まれているのでは?」

 

先日の鍛錬ではこの2人の直接の仕合は無かった。

 

つまり、菖蒲の認識は一刀達が対麗羽に向けて砦へと向かう前の段階のものであり、一月以上の誤差があるものだった。

 

この疑問に答えたのは当然と言えば当然だが、その間ずっと2人の側にいた梅である。

 

「えっと、確かにまだ一刀様は恋様を破ったことはありません。ですが、もう何度ももう少しといった所まで持ち込まれるようになられていました。

 

 恋様も、もういつ負けてもおかしくないと思われているような節があります」

 

「一刀さん、更にお強くなられてるのですね。私もいつか、一刀さんの高みに追いつきたいものです……」

 

「私には高すぎるようにしか思えないですよ……あはは」

 

しみじみと呟く菖蒲。その隣では梅が苦笑を漏らしていた。

 

そうこうしている内に一刀と恋が戦闘態勢に入る。

 

「審判は無しでいい。恋、どちらかが降参するか、或いは急所に向けて刃を突き立てた方の勝ちだ」

 

「……ん」

 

「よし。それじゃあ、始めようか……」

 

言葉と共に一刀が刀を構え、恋もほとんど同時に戟を構え、仕合が始まった。

 

立ち上がりは実に静かなもの。

 

どちらもカウンターは得意な部類であり、そして互いにそれは熟知している。

 

不用意な攻めなど一瞬の決着に繋がるのでどちらも取るはずが無く、いつも互いが互いを探ることから2人の仕合は始まっていた。

 

「疾っ!!」

 

少しの間見合った後、この日先に動いたのは一刀だった。

 

ヒットアンドアウェイで恋の隙を作り出そうとするも、あまり体重を乗せられない一刀の攻撃は軽く、恋は容易く捌ききる。

 

このままではまたもやジリ貧になると判断し、一刀が下がろうとしたその刹那。

 

「ふっ!」

 

「つぉっ!?」

 

まるで狙い澄ましたかのように恋が踏み込んできた。

 

こうも完璧に切り替えのタイミングを狙われては、さしもの一刀も焦りを生じさせる。それが僅かな遅れに繋がり、今度は一刀が防戦一方の展開に。

 

どんな場面で一刀の秘剣が飛び出すやら、と見守る一同の前で、一刀はいつもの通り一合一合丁寧に受け流していく。

 

それが十数回にも上る頃、恋の横薙ぎに対してまたも一刀の反応が遅れる場面が訪れた。

 

「くっ!?」

 

恋の一撃をまともに刀で受けてしまった一刀の体が泳ぐ。受け手側の足も僅かに浮き気味になるほどに。

 

恋が相手ともなれば致命的な隙。それを感じ取り、皆が思う。ここで来るか、それとも出ずに終わってしまうのか。

 

ところが、予想に反して恋は一歩だけ踏み込もうとした後、全力のバックステップで距離を取る行動に出た。

 

「うわ……マジか。今のでも通じないのか、恋には」

 

聞こえてきた台詞に一刀の方に目を向ければ、とうに体勢を立て直している、どころか、反撃の構えをすら取っていた。

 

「……変な感じがした。から、逃げた」

 

「本当に引っ掛かってくれないよな、恋は。さて……仕切り直しといこうか」

 

ちょっとした会話を挟んで再び仕合再開。

 

その後は特に特異な場面も無く、一進一退の攻防を繰り広げていた。

 

やがてさらに30合も重ねた頃、一刀の息が乱れ始める。

 

基礎体力の差はこの際置いておくとしても、天賦の戦闘本能に従って気ままに戟を振るう恋とは異なり、一刀は攻撃にも防御にも細心の注意を払っている。

 

その為どうしても恋よりも一刀の方が消耗が激しくなってしまうのであった。

 

こうなってしまえば最早先の展開は決まったも同然。

 

「……んっ!」

 

「うっ……!」

 

予想に違わず、今度こそ恋の横薙ぎが一刀を捉え、防御ごと一刀を後方へと押し飛ばした。

 

防御が間に合わずダメージが貫通したのか、一刀はその場に片膝を付いてしまう。

 

ここが勝機と見た恋が躊躇無く踏み込んでくる。振り下ろされる戟の軌道は一刀の首筋に正確に吸い込まれていく。

 

決着か。誰もがそう思った。それは当事者たる恋でさえも同じだった。

 

ところが。

 

キン、と甲高い金属音が突如響き。

 

気がつけば一刀が恋の斜め後ろから刀を突き付けていた。

 

「北郷流”卑剣”の壱、『裏斬』……つまらない終わり方で悪いな」

 

静かに一刀の声が流れる。

 

まさに一瞬、刹那の出来事だった。

 

いろいろな意味であまりに予想外な展開に、誰もが口を開くこと無く、静寂の帳が落ちる。

 

皆が呆然としている中、最初に聞こえたのは非難の色が多分に混ざった恋の声だった。

 

「……一刀、ずるい」

 

「ああ、そうだな。だから言ったろ?見る価値なんて無い、って」

 

「……初めて、負けた」

 

「ん~……いや、これは無効仕合ってことにしておこう。俺も恋にはちゃんとした技をもって勝ちたいからな」

 

「……ん」

 

人の言葉はそれがどんな内容であれ凍った時間を砕くものとなる。

 

離れて見ていた皆も恋と一刀の会話に触発されてざわめき始めた。

 

その中から菖蒲が進み出てきて一刀に問う。

 

「あの、一刀さん。今のは一体?」

 

「あれが北郷流の卑剣だよ。戦場でもどこでも、生き残らねば何も残らない。そんな考えの下に編み出された剣。

 

 卑剣の型は全てがこんな騙くらかしなんだ。そんなだから、先達のほとんどは使わなかった。この技は剣の道に非ず、ってね。

 

 俺自身もずっとそう思ってたよ。この大陸に来るまでは……」

 

「それはつまり……」

 

「うん、そう。本当に為すべきこと、成し遂げたいことがあるならば、その道中で死んでしまうことは許されない。

 

 だったらどんな手を使ってでも生き残る努力をすべきだ。武芸者はその矜持に殉じるべきだ、って主張も理解出来る。

 

 だから、この辺りのことはもう個々人がこれらについてどう考え、どんな心持ちでいるかってことになるね」

 

滔々と語る一刀に卑屈さは見えない。

 

貶されることも承知の上で、その覚悟を既に固めているからだろう。

 

現に漂う雰囲気は微妙なものになっている。

 

それを気にしていないのは一刀と恋くらいだろうか。

 

「あ、あの……恋様はどう思っておられるのですか?」

 

恋の様子が気になった梅がおずおずと尋ねる。

 

恋は少し首を捻ってからこう答えた。

 

「……生きることは、大切。でも、大丈夫。一刀も、それから月も、危なくなったら恋が守る」

 

「ん?恋は何とも思ってないのか?」

 

「……ん」

 

コクンと首肯。その様子は本当に何とも思ってないことを暗に示していた。

 

そしてさらに、横から思わぬ台詞が滑り込んでくる。

 

「ボクは分かるけどなぁ。ボクの村の人たちは戦えない人が多かったから、夜盗に襲われそうになった時は食糧渡して見逃してもらおうって本気で話し合ってたよ。

 

 結局兄ちゃんたちが助けに来てくれたから大丈夫だったんだけど、皆そうやって何やってでも生きたいんだよね、兄ちゃん」

 

「私も、元々料理人で武人として育ったわけではないからでしょうけれど、兄様の言うこと、分かります。

 

 ですが、今は華琳様から将の位を頂いているので……どちらが正しいのか、私には分かりません」

 

登用の背景を思えば、季衣と流琉は確かにそうであっても何ら不思議では無かった。

 

それでもやはり、流琉のように迷うところもあるのだろう。

 

一刀は柔らかく笑むと2人に語りかけた。

 

「今すぐに結論を出す必要なんて無いよ。それに、きっとこの問題にたった一つの正解なんて無いんだ。

 

 じっくりと時間を掛けて、自分なりの答えを見つけるといい」

 

「……はい、分かりました、兄様」

 

流琉以外にも、特に凪や梅は真面目が故に大いに悩むことになるだろう。

 

だが、それでいいのだと思う。平時にこういったことで十分に悩んで芯を決めておけば、咄嗟の対応にブレる心配が薄くなる。

 

思惑が下手に外れれば悲惨になりかねないが、そこは皆の強さを信じることにした。

 

「さあ、今日はこれで終わりにしよう!つまらないものを見せてしまったお詫びの代わりに、今日の飯は俺が奢ろう」

 

パンパンと手を叩きつつ一刀が声を上げる。

 

あからさまな話題転換だが、この微妙な空気を皆も続けたくなかったのだろう、一刀の提案に次々に乗ってきてくれた。

 

初めの内こそそれぞれ無理にテンションを上げているようであったが、徐々に自然なものへと移っていく。

 

そして、街の飯店に着く頃にはこの日立ち上がった問題は取り敢えず心の隅に置いておく態勢が皆整っていたのだった。

 

 

 

 

 

半分勢いでやってしまったことだったが、一刀に後悔は無い。

 

それが良い方向へと繋がることを望み、信じているのだった。

 


 
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