No.739578

諦めない話

01_yumiyaさん

捏造。独自解釈。 ダルタン・ジャンヌ・砂縛組中心。新2章話。 公式で語られたら消します

2014-11-25 23:16:24 投稿 / 全19ページ    総閲覧数:1721   閲覧ユーザー数:1681

昼間、太陽が出ているときは干からびてしまいそうな暑さが襲い、

夜間、月が出ているときは凍え死にそうな寒さが襲う。

この西の大陸は、そんな厳しい環境の砂漠だった。

 

砂漠ではあるが、大勢が捕まっているのにかけて「砂縛」と表現することもあるらしい。

言い得て妙だ、とダルタンは壊れた遺跡の作り出す日陰から、遠くにそびえ立つ大きなピラミッドに目を向けた。

ピラミッド型の大きな監獄。

あそこに沢山の人間が閉じ込められている。

救出のために幾度も潜入しようとしたが、魔王軍の拠点でもあるせいか守りが堅く、失敗の連続だった。

 

近くにあるのにとても、遠い。

 

所持していた水をひとくち含み、ダルタンはふぅと軽くため息を漏らす。

助力を乞おうと他の大陸に出掛けたが、あちらはあちらでゴタゴタしていた。

南でも北でも東でもほぼ同時期に魔王に襲われたため、目の前のことに手一杯なのか連携が取りにくい。

たまたま手が空いた時、ダンテの暴走鎮火やクランの暴走鎮火に各大陸で協力したことはあったがそれはたまたま。

こちらの監獄は大きく、捕まっている人数も多い。

「監獄からの解放」を成し遂げるならば長期戦になるのは明らかだった。

それに取り組むのは、ここを居住区にしている自分たちがやるべきだろうとダルタンは思う。

 

「…早く」

 

捕まっている人たちに自由を。

そうは願うが、潜入した際高確率というか必ず、おネェ系の紫色の幻獣に発見され歪んだ愛情を向けられる身としては少しばかり二の足を踏む。

自分はそういう方面から好かれる星の元に生まれたのかなあとちょっと落ち込んだ。

再度ため息をついたダルタンにランチュラが声を掛ける。

 

「グダグタ言っててもしょうがないよ!早く…」

 

「ララ、…急いては駄目よ。慎重にいかなくては」

 

急かすランチュラを制すように、ジャンヌが「何度も失敗しているでしょう?」とストップをかける。

諌められ不満そうな表情を見せるランチュラだったが、事実であるがため口をつぐんだ。

幾度も潜入したせいか次第に監獄の警戒度が上がり、今では潜入すら難しくなってしまってる。

 

「わかってる。…わかってるけど!でも…」

 

ランチュラは声を絞り出すように発し目を伏せた。

彼女の気持ちも理解できる。

あの監獄には彼女を庇って捕まったタクスがいた。数度潜入して調べた結果、タクスは余興のためにコロシアムで無理矢理戦わされているらしい。

 

「…あの時、あたしがもっとちゃんと立ち回れていたら、ちゃんと戦えたら、タクスは助かったんだ」

 

あたしなんか庇って、身代わりになって、とランチュラは顔を伏せたまま声を震わせる。

そんなランチュラを落ち着かせるようにジャンヌは軽く抱きしめた。

ぽんぽんと背を叩き、柔らかく頭を撫で、優しい声色で「大丈夫」と音を奏でる。

 

「うん、早く助けよう。だから慎重にしないと」

 

だって、ララに何かあったら私たちがタクスに怒られちゃうとジャンヌはくすりと笑った。

「別にタックはあたしのことなんて」と小さく反論したランチュラに、「どうとも思っていない相手を身を呈して庇ったりしないと思うけど?」とジャンヌがからかうように反論し返す。

今頃タクスは自分のことよりも「ララは無事かな」と思ってるわよ、とジャンヌが言えば、声にならない声をあげながらランチュラは真っ赤になってジャンヌをぺしぺし叩いた。

 

「違…!タックは優しいからてか皆に優しいからあたしも庇っただけだし!あたしを特別どうとは想ってないだろうし!」

 

「はいはい」

 

真っ赤なまま噛み付くランチュラを微笑ましそうに見ながら、ジャンヌはランチュラの主張を軽く流す。

ジャンヌに軽く流され、ランチュラの矛先は傍観していたダルタンに向かった。

照れ隠しなのか、勢いそのままに大声をあげる。

 

「あーもー!早く行くよ!」

 

「えっ、待って待って、ほら」

 

今にも監獄に突撃しそうなランチュラに、ダルタンは慌てて図面を見せる。

数度の潜入によって作戦された、手作りの監獄の図面。外部からの調査であるがため、正確さには欠けるし内部の様子はわからない。

しかし、外観の様子や進入口くらいは記載出来ていた。

 

「ここはもう駄目なんだ、警戒度が高い。ここも、ここも。…ここも」

 

今まで潜入した入口は全て見張りが増え「潜入不可」の状態になっている。

このまま監獄に向かっても捕まりにいくだけだ。

 

「だから作戦会議してるんだろ?」

 

「う…」

 

監獄内で檻越しに再会でもやりたいのかい?と頭を掻きつつダルタンは問う。

ダルタンの問いにランチュラは力なく首を振り「そんなことしたらタックが庇ってくれたことがムダになっちゃう」と呟いた。

でしょ?と柔らかく笑い、ダルタンは「だからまずは新しく進入できる場所を見つけなくちゃ」と手作りの図面に目を落とした。

 

3人が座り込み、あれやそれやと話し合う。

話し合う内に、無理だもう穴掘って地下から進入してやろうかと話が飛躍し始めた頃、場違いな声が辺りに響いた。

 

「やっと見つけた」

 

全員が声のした方に顔を向ければ、そこにはロビンが立っていた。

 

 

「探しましたよ。ここ広い割に人が少ないから…」

 

「何かあったの?」

 

ダルタンが首を傾げながら問えば、ロビンは「いえ、人探し」と軽く笑う。

そのまま、3人の目の前に広げられている赤いばってんが大量に記された図面に目を落としながら「話し合い中に邪魔してすいません」と頭を下げた。

 

「煮詰まってたところだから大丈夫…。誰を探してるの?」

 

「『ハカセ』って人なんですが…」

 

ロビンの言った名前を聞いて、全員が首を傾げる。

それは役職名というか職業名ではないだろうかという疑問をぶつけると、ロビンは「そうとしか聞いてなくて」と頬を掻いた。

曰く、同じ北の大陸にいるロボ零式から話を聞いて探しに来たとのこと。

 

「…見事に愛憎交じり合わせながら、よくハカセの話をしてくれまして」

 

「…そんなタイプだっけ?」

 

苦笑しながら語るロビンにダルタンは首を捻る。

噂に聞いたところでは「全てをリセットする」という物騒な思考のロボットだったはずだ。

 

「ああ。…えーっとですね、あれは『世界の全てに嫉妬したから消そうとした』って感じでして」

 

「は?」

 

クスクス笑いながらロビンは零式の事情を話す。

家族だのコピーだの複製だの。

ココロを持ったロボの暴走と称すのが一番手っ取り早いかなあと、ロビンは空を見上げた。

 

自分はハカセが一番だから、ハカセにも自分を一番に想ってもらいたかったのに、ハカセが言葉足らずなのも相まって「一番じゃないかもしれない」と考えた。

周りのもの全てが無くなれば、必然的に自分はハカセの一番になる。

じゃあ消そう。

ていうかそもそもハカセが自分を一番に想ってくれたらよかった。

ハカセもなんかちょっと憎い。

もう全部消そう。

 

「…みたいな」

 

「思考が飛躍しすぎじゃないかなと思うけど、人間にもそう考える人いるから納得はした」

 

しかしまあ人間臭いロボットだなあとダルタンは呆れたように笑う。

身体は機械でできているが、自身で考え、自身で動き、ココロをもち、感情を出し、疑問を浮かべる。

おそらく人と変わらない。

 

「命令だけ聞くロボット、って感じはしないね。人みたいだ」

 

「そうですね。ボクの知っているロボは皆こんな感じで」

 

北だけではなく、南や東にいるロボも「機械というよりは生きている」と感じるらしい。

無機物に命を与えたハカセ。

ただ命を与えるだけではなく、人のように考え動く生き物を生み出した。

 

「…そんな人がこの砂漠にいるの?」

 

「や、それはわからないです。ただ…」

 

ダルタンの問いに首を振り、ロビンは続ける。

他のところを探しても、「ハカセ」は見つからない。探していないのはここ、砂漠だけ。

なぜなら機械としては砂漠昼の暑さは天敵、砂漠夜の寒さも天敵、昼夜の温度差も天敵、砂も天敵。

零式以下、全てのロボは動けなくなってしまう可能性があるから砂漠に立ち入れない。

だから代わりに自分が探しに来た、とロビンは言う。

 

「邪神殴りに行くときお世話になってますし」

 

お返しみたいなものだと柔らかく笑った。

確かにここいらではロボ系列を見かけなかったが、ロボたちにとって大陸そのものが危険地帯だったからなのかとダルタンは若干ショックを受ける。

戦いにおいては機械のほうが丈夫だが、生活という点からみると人間の方が遥かに逞しい。

砂漠を居住区にしている自分が言うのもなんだが、人が住めない土地はあるのだろうか。

どこであろうと順応してしまいそうだ。

それはおそらく、その場所が監獄であろうとも。

 

ダルタンはちらりとピラミッドに目を向けて、ふうと息を吐く。

そんなダルタンを見て不思議そうに首を傾げながらロビンは「皆さんの行動範囲内では見かけないっぽいですね」と呟いた。

もうちょっと奥を探してみようかなと伸びをして「お話中に失礼しました」と再度頭を下げる。

 

「あ、いや。…奥に行くなら魔王軍に気をつけて」

 

「人並みに走れますから大丈夫ですよ」

 

ダルタンの忠告にへらりと笑顔を返して、ロビンは「お邪魔しました」と3人に別れを告げた。

砂原を軽い足取りで駆けていくロビンを見送りながら、あれくらいの速さなら大丈夫だろうとダルタンは思う。

現にそこそこ足の速いランチュラやジャンヌは魔王軍の追跡から逃げ切っている。

逆を返せば比較的足の遅い自分が逃げ切れているのが不思議だけどと、ダルタンは小首を傾げた。

 

「…ねぇ。さっきの話…」

 

「ん?」

 

離れていく人影をぼんやり眺めていたダルタンは、ランチュラに服の裾を引かれる。

服の裾を引っ張ったまま、上目使いつつランチュラはポツリと言った。

『無機物に命を吹き込めるような人ならば、潜入不可能となった場所に入れるような道具も作れるのではないか』

と。

 

 

監獄解放作戦に煮詰まっていたダルタンたちは、駄目元で「ハカセ」を探すことにした。

現状を自分たちではどうすることも出来ない。藁にもすがる思いだった。

 

砂漠の奥の奥の奥。

砂は姿を潜め、岩のほうが目立ち始める場所。このあたりまで来たことは全くない。

ああ、この地にも砂がない場所があったんだなと3人は多少感慨深く眺める。

暑いことに変わりはないけれどと皆で笑い合っていたときに、耳慣れない音が響いた。

人工的な、このあたりではあまり聞かない機械音。

驚いてそちらに顔をむけると、筒を横にしたような形の小さな小さなロボットがトテトテと歩いていた。

珍しい場所で珍しいものを見たせいか3人が呆気にとられていると、そのロボットと目?が合う。

無機物と視線を交わしたことに対しダルタンたちも驚いたが、ロボットのほうがもっと驚いたらしくビクンと派手に跳ね上がり、慌てたように走り去った。

 

「え、あ、ちょっ!」

 

無機物にしか見えないモノが、あたかも人間のような反応をし動き回る。

これは話に聞いた「ロボ」と同じ。

きっと彼がハカセに関する手がかりになるのではないかと判断したダルタンたちは急いで小さなロボを追いかけた。

 

多少初動が遅れたとはいえ、相手は小さなロボ。すぐに追いついた。

追いついた先にはひとりの人間。

その人間の足元で、先ほどの小さなロボはぐるぐると何かを訴えるように走り回っていた。

ぐるぐる走り回る小さなロボに不思議そうな視線を送りながら、その人は声を放つ。

 

「…プロト、どうしたんじゃ?」

 

その声は機械に似た、不思議な音を奏でていた。

 

 

「…あの」とダルタンが恐る恐る声を掛けると、その人はダルタンたちに気付いたように顔を上げる。

三つ目のメガネを身につけ、機械のマスクで覆われた少し異様な容貌に戸惑いながらもダルタンは続けた。

 

「…貴方がハカセですか?」

 

「……人違いじゃよ。ワシは、そうじゃな…ドクトルという」

 

あっさり否定される。

違うのかとダルタンとジャンヌは素直に信じたが、ランチュラは懐疑の目を向けた。

そのままランチュラはポツリと言う。

 

「…ゼロシキの様子がおかしいらしいよ?」

 

「ん?ゼロに何かあったのかの?」

 

カマをかけてランチュラが零式の名前を出すと、ドクトルは零式の愛称とも呼べる名を返した。

その後ドクトルは「あ」と呟き顔を背ける。

ランチュラはますます懐疑の目を向け、ビシッとドクトルを指差した。

 

「あんたがハカセだろ!ゼロシキをそんな風に呼ぶのはハカセだけじゃん!?」

 

「…」

 

ぷいと顔を背けたままドクトルは返事をしない。

そんな態度に腹を立てたのか、ランチュラが思わず掴みかかろうとしたのをダルタンたちが慌てて止める。

ついでにプロトと呼ばれた小さなロボも、止めようとするかのようにランチュラの足元をくるくる回り始めた。

 

「あああああもう!あんたに頼みがあって探してたんだ、話だけでも聞いて貰うよ!」

 

ふたりと一体に止められたランチュラは、振り払うかのように大きな声を響かせる。

そんなランチュラを見て、ドクトルはやれやれといった風情で頷いた。

 

 

 

立ち話もなんだから、というドクトルの提案でダルタンたちはドクトルが住処としている小屋に案内される。

本人は小屋だといっていたが内部はどこぞの研究室のようで、小屋というよりもラボのような風貌だった。

よく観察していなかったが、外部にも排気口やらパイプがあったのだろう。

実験台や見たこともない実験具が散乱する室内を見て、ダルタンは部屋中に視線を巡らせながら戸惑ったように言う。

 

「…え?本当にハカセ?」

 

「あんたはもうちょっと人を疑うことを覚えたほうがいいよ…」

 

呆れたようにランチュラが言葉をぶつけた。素直すぎるのも考えものだ。

「そちらの兄さんはわかっとらんかったのか」と苦笑しながらドクトルはカチャカチャとフラスコやビーカーを取り出す。

客人用の道具なんぞ無くての、と困ったような声でフラスコで水を温め始めた。

何をしているのかと不思議そうな3人を尻目に、ドクトルはフラスコで沸かせた湯に茶葉を放り込み、色が付いたら漉しながらビーカーに注ぐ。

 

紅茶inビーカー(フラスコ産)という、人に出すのはどうなんだそれという物体が3人の目の前に差し出された。

 

未使用品じゃから大丈夫と笑うドクトルに「この人やっぱちょっとおかしい」という感想を持ちつつも、ダルタンは淹れてもらった紅茶を喉にひとくち流し込む。

味は普通の紅茶と変わらない。…かなり飲みにくいが。

 

「それで、話とは?」

 

ドクトルは3人と向かい合うように席につき、小首を傾げた。

行動や容貌が多少異様だが、口調や声色は柔和そのもの。

そんなドクトルが醸し出す雰囲気に気持ちが落ち着いたのか、ランチュラは真摯な視線を向けて口を開く。

自分たちのやっていることを説明した上で、現状を語った。

 

「…つまりピラミッドの監獄に潜入するための道具が欲しい」

 

「無理じゃな」

 

即答されランチュラは思わずガタンと椅子を鳴らして立ち上がる。

あまりの即答ぶりに「適当言ってんじゃないか」と思ったようだ。

慌ててジャンヌがランチュラを抑え、椅子に座らせた。宥めるように声を掛ける。

ランチュラの行動にも動じず落ち着いたままのドクトルに、ダルタンは理由を問いかけた。

 

「…監獄内部の状態がわからない以上、そういったものは作れん」

 

「そこまで難しく考えなくても」

 

ダルタンが困ったように言うと、ドクトルは頭を振って「適当に作成し、ワープ先が壁の中だったらどうするつもりじゃ?魔王軍のど真ん中だったら?」と静かな口調で返す。

危険に放り込む可能性が少しでもあるならばそんな道具は作成は出来ないと、ハッキリとした声を漏らした。

メガネの奥にある眼差しは厳しく、自身の考えを曲げる気はないと主張している。

 

これは説得するのは無理だとダルタンはへたりと机に突っ伏した。

希望の光が見えたのになと小さく呟き、「魔王がいなければ監獄なんか作られないのに」と愚痴る。

それならば大勢が捕まることもなく、他の大陸のように全員で魔王と戦えるのになたとため息混じりに現状を嘆いた。

大半の人間が捕まっている今の状態では魔王に対抗する戦力が足らない。つまり砂漠は、他の大陸のように魔王と直接対決するという段階にまでたどり着いていなかった。

 

再度ダルタンは重いため息を漏らす。

そんなダルタンをみて、ドクトルは「魔王がいなければ、か」と小さく呟いて席を立った。

ごちゃっとガラクタが積み上げられている場所をガサゴソと漁り、ひとつの箱を掘り当てた。

その箱をポンとダルタンたちの前に置く。

 

「?」

 

「無幻のチカラを使えれば、それも可能かもしれん…」

 

そう言ってドクトルは箱を開いた。中には30cmほどの銃が鎮座している。

ダルタンが腰に付けている銃と似たような形で、口径も同じように見えた。

ダルタン自身は銃をほとんど使わないが、常日頃から身につけてはいる。自身の持つ銃の別名が気に入っていたからだ。

「ピースメーカー」という別名を持つこの銃が。

その銃と似た銃が目の前に出され、気になる言葉を呟かれ、ダルタンは戸惑いながらもドクトルに問う。

 

「無幻のチカラとは、いったい…?」

 

「…お前さんは、そのチカラを正しく使えるのか?」

 

質問に質問で返されちゃったと多少呆れたものの、ダルタンはこくりと頷いた。

正義のために使うならば多分おそらく正しく使うことになるだろうと思いながら。

ドクトルはダルタンの真っ直ぐな視線を受けて、ふうと軽く息を吐き言葉を続ける。

 

「正しく扱えなければ、おそらくお前さんは時元の狭間に飛ばされてしまうぞ?」

 

「ジゲンのハザマ?」

 

聞きなれない単語に首を捻る。

しかしドクトルは詳しく説明せず、箱に入った銃をすっとダルタンに差し出した。

「正しく使える自信があるなら、それを撃ってごらん。望む世界へ行けるだろう。自信がないならやめておきなさい」と、優しく言葉を紡ぐ。

 

ダルタンは迷わず銃を手にとって、カチリと引き金を引いた。

現状を打破できる可能性があるならば、やってみるしかないだろう。そう思って。

自分がどうなろうとも構わない。自分がいなくなってもジャンヌやランチュラがいるし。

 

そう考えたダルタンが引き金を引き終えた瞬間、ピカッと足元に魔方陣が現れた。

「っうわ!?」と驚きの声を響かせたダルタンの身体が光に包まれていく。

転移先の景色だろうか、霧に包まれた沼地のような場所が見えた。

懐かしそうな表情で目を細めたドクトルは「お前さんは大丈夫だったみたいじゃの」と帽子を深く被り直す。

ドクトルは「たとえ結果がどうなろうとも、やりたいことをやっといで」そう言って手を振った。

その声で我に帰ったジャンヌたちがダルタンに駆け寄ろうとしたが、時既に遅く、ダルタンの姿は消えている。

カシャン、とダルタンが身に付けていた銃が落ちる音だけを残して。

 

「彼は…、ダルタンはどこなの!?」

 

「無幻の世界…」

 

突然のことに動揺しドクトルに詰め寄るジャンヌだったが、ドクトルは静かに静かに声を出す。

ジャンヌが理解出来たのは、ダルタンが魔方陣でどこかに転移したということだけ。

「私も、」とジャンヌはダルタンを追いかけようとしたが「やめときなされ」とドクトルが止める。

 

「あっちは瘴気と腐臭が支配する世界…戻ってこれるかもわからん」

 

「そんなところにダルタンひとりで!?」

 

無幻の世界を知っているかのようなドクトルをジャンヌはさらに問い詰めようと声を荒らげた。

が、「それに、行きたいと言われてもあの銃はあれが最後のひとつじゃ」とドクトルが畳み掛け、ジャンヌは完全に言葉を失う。

床に落ちたダルタンの銃を拾いながら蒼白となった顔を晒すジャンヌに、ドクトルが言った。

 

「…ピラミッド近くの地下の遺跡に行ってみるといい」

 

「な、」

 

チカラを得られるかは嬢ちゃん次第じゃがな、と小さく呟きドクトルはジャンヌに背を向けた。

もう語ることはないというように。

これ以上何を問うても無駄だと察したジャンヌは「お邪魔しました!」と荒い声のまま言い放ち、怒りのオーラを発しながら部屋から飛び出す。

ジャンヌの珍しく怒った姿に唖然としていたランチュラも慌てて追いかけた。

 

 

ランチュラは急いで外に出たものの、ジャンヌの姿が見当たらない。多少オロオロしながらも周囲を探す。

と、岩場の影で蹲っているジャンヌを発見した。

ほっとしながらもランチュラが声をかけるとジャンヌは「どうしよう」と震えるように呟く。

 

「…ダルタンが、いなくなっちゃった」

 

ただでさえ人手が足りていないのに、ここにきてダルタンの行方が分からなくなった。

…人手が足りなくなったというだけではないだろう。ジャンヌとダルタンは小さいころから共に戦ってきていたのだから。

そんな彼が突然目の前から消えたのだ、ショックはランチュラが想像している以上に大きいはずだ。

当然すぐにでも追いかけたいだろうが、そうすると監獄の解放に向けて動いている人間が一気にふたりもいなくなってしまうことになる。

それにプラスして、ダルタンを追いかける方法がない。

普段気丈なジャンヌであっても、流石に耐えきれなくなったようだ。

その気持ちはランチュラも痛いほどよくわかる。

タクスも同じようにしてランチュラの目の前からいなくなったのだから。

 

大きな目に涙を溜めているジャンヌの頭を撫でつつ、ランチュラは少し思案する。

ダルタンを追いかけるためのヒントはドクトルが言っていた。彼を信用できるかは置いといて、縋れる情報は入手している。

あとは…。

 

「ねぇジャンヌ。…あたしのウデを試させて頂戴?」

 

「…突然なに…?」

 

ランチュラの提案にゆっくりと顔を上げ見つめ返す。

ランチュラは微笑んでいた。

 

「ダルタンもジャンヌもいなくても、あたしだけで何とか…は無理かもしれないけどさ。現状キープするくらいなら出来るってことを確かめたい」

 

「どういう意味?」

 

小首を傾げるジャンヌに、ランチュラはにっこり笑ってこう言った。

 

『砂漠はあたしが守るから、その間にあんたはダルタン追いかけなさい!』

 

出来れば早めに帰ってきてくれると助かるんだけどね、と頬を掻きながらランチュラは再度笑う。

 

「あたしがあんたに勝てたなら、ここを任せるに十分でしょ?」

 

「でも、」

 

「まずはドクトルが言ってた『ピラミッド近くの地下の遺跡』に行ってみなよ。んで、デマだったら一緒にドクトル殴りに行こう」

 

「ララ…」

 

へらっと笑いながら拳を作るランチュラに苦笑しながら、ジャンヌはすっと立ち上がった。

励まそうとした結果が「砂漠は自分に任せてダルタン追いかけろ」だとはランチュラらしい。

「わかったわ」と優しく微笑みジャンヌは武器を構える。

 

「任せていいか確かめてあげる。…手加減しないわよ?」

 

「手加減なんかしたら引っ叩くよ!」

 

くすりと笑ってランチュラも武器を構えた。

 

 

「きゃあ!」

 

ジャンヌの身体が地につき小さな悲鳴を漏らしたことで戦いが終わる。

同時にランチュラも荒れた呼吸のまま膝をついた。

未だ整わない息を吐きつつ絶え絶えにランチュラは言う。

 

「ダルタンを追いかけたいがために手を抜くかと思ったけど、本気だったね…」

 

「そんな風に思ってたの?酷い」

 

くすっと笑いながらジャンヌは起き上がり苦言を言う。

本気できてくれた相手に手を抜くなんてそんな失礼なことしない、と少しスネたような声をぶつけた。

「ごめん」と笑うランチュラに「ありがとう」とジャンヌは返し、近付きぎゅっと抱きしめる。

 

「…ごめんなさい。これから大変だと思う。辛いと思う。急いで見付けて帰ってくる。だから…」

 

「言い出したのはあたしだし、気にしない!女に二言はないよ!」

 

ジャンヌの背を抱き返し、ポンポン叩いてランチュラは笑った。

同時に「ダルタンが帰ってきたらふたりで一発殴ろう。いきなりいなくなって心配かけさせた罰だーって」と若干物騒な提案をしてくる。

苦笑しながらもジャンヌは「いいわね、思いっきりやっちゃおう」と同意した。

 

 

砂縛が魔王軍に襲われ、大勢が捕まってしまったとき。

残された人間には絶望しかなかった。

対抗出来そうな強い人たちは軒並み捕らえられてしまったから、もうどうしようもないと。

そんな絶望の中にいた人たちに声をかけた人間がいた。

「僕といっしょに戦おうよ!」と。

真っ暗な絶望の中でそう声をかけてくれた彼は、輝いてみえた。

「自分たちだけでもきっと対抗出来る」と言った彼は自分たちに希望を教えてくれた。

 

それだけかと言われてしまうかもしれないが、

その時から彼は自分にとって英雄になった。

一緒に行動をしている内に、彼の明るさや一生懸命さに惹かれていった。

 

魔王に対抗しようと行動し、捕らえられた仲間を助けようと策を練り、共に戦う仲間に希望を与える。

彼に惹かれ、想いはますます強くなった。

彼は自分が憧れ、尊敬する英雄だと。

 

(今でもそう思っているけど、一回くらい殴ってもいいよね?)

 

小さく彼の名を呟き、ジャンヌは雲ひとつない空を見上げた。

彼の残した銃を撫で、今どこで何をしているか不明な彼のことを想いながら。

 

 

ランチュラと別れ、ジャンヌはドクトルの言っていた場所を探す。

ドクトルを完全に信用したわけではないが、ドクトルの出したアイテムでダルタンが目の前から消えたのも事実。

頼れる情報がそれしかないのだから信じるしかない。

 

とはいえピラミッド近くはやはり見張りが厳しく少し気を抜くとすぐに発見されてしまいそうだ。

魔王軍に見つかったら厄介なことになる。今ここで自分が囚われるわけにはいかないとジャンヌは慎重に動き回った。

しかし幾つかの遺跡を調べたが特に目立つものはない。

数個めの遺跡の中を調べながらジャンヌは困ったように呟く。

 

「地下って言われても地下に通じてる遺跡すらない…」

 

長い月日が経っており遺跡の大半が崩れたり埋まったりしているせいで、ジャンヌは地下への入り口を見つけられずにいた。

ここも外れかと残念そうにため息をつき、次の遺跡へ移動しようと踵を返す。

と、ピシッと足元から嫌な音が響いた。

 

「えっ」

 

その音に思わず足を止めてしまったジャンヌは、次の瞬間床が無くなる感覚に襲われる。

「ふわっ!?」と悲鳴を漏らしながら、ジャンヌはそのまま地下の奥深くまで落下していった。

 

 

自身が地面に叩きつけられる衝撃と、同時に落下した足場が降り注ぐ衝撃にダメージを受けながらも、ジャンヌはなんとか身体を動かす。

落下の衝撃であたりは砂煙が蔓延しており視界が悪い。

ふるふると頭を振り、砂埃を払うように自身の顔を撫でながらジャンヌは小さく小さく主張する。

 

「…私が乗ったから床が崩れたって…私そんなに重く…」

 

重くないもん、と一緒に崩れた床の破片を軽く叩く。

地下に降りれたのは良かったけどもっとこう他に行く方法あるでしょこれじゃまるで私が重くて崩れたみたいじゃないと行き場のない怒りを床の破片にぶつけた。

身につけてる鎧が重いの私太ってないものとぺしぺしぺしぺし破片を叩く。

地下に移動できたのは良いが行き方が微妙にお気に召さなかったらしい。

 

ひとしきり八つ当たった後、砂埃が落ち着いたのを確認したジャンヌは身体に付いた砂を払いながら立ち上がる。

払いながらも周囲をゆっくりと見渡して、自身の今いる場所を観察した。

壁の紋様は地上にあったものと同じ、柱のデザインも似ている。

地下に埋まっているからかあちらこちらが崩れてしまっているが、同じ遺跡の中で間違いないだろう。

ここが当たりかはわからないが探索してみようとジャンヌは遺跡の奥へ向かった。

 

しばらく遺跡内を歩いたジャンヌは多少立派な部屋に辿り着いた。容貌から神殿のような場所だったのではないかと予想する。

崩れたり薄れてはいるが、先ほどまでの部屋や通路よりも豪華だ。

そんな神殿でジャンヌは祭壇を発見する。

 

「なんの祭壇かしら…」

 

ピラミッド内や魔王軍の本拠地にならばあるだろうが、地上でこんな祭壇を見たことはない。

調べてみようとジャンヌはその祭壇に手を伸ばす。

ジャンヌが手を触れるか触れないかの瞬間、ピカッと祭壇が光を放ちほわんと大きなモノが姿を現した。

 

「やっと出れたヨォォォォ!!」

 

「!?」

 

満面の笑みを浮かべる、大きくて青色をした不思議なナニカ。エコーのかかったような声色だが人語を喋っている。

その青いナニカはまるで久々に身体を動かしたとでも言いたげに、腕をぐるぐる回したり身体を捻ったりと元気に動いていた。

 

「ちょっと前から水が汚くなったなあと思ったら、最近は水の気配がなくなっちゃったんだヨォ。消えちゃうかと思ったヨォォォォ!」

 

「誰…?」

 

ジャンヌの質問には答えず、青いナニカはブンブンと手を振って「キミが起こしてくれたんだネェ、水の気配がするヨォ」と嬉しそうに笑った。

最近水の気配がなくなっていたから自分が起きれたのが奇跡だと、ジャンヌの手を取りブンブン振る。

 

「起こしてくれたから今回は特別に、戦わないで力を貸してあげるヨォ」

 

「え?え?え? あの、あなたは誰?」

 

「アープだヨォ。それでキミの願い事はなぁに?」

 

「わ、私はジャンヌっていうの。 あなたは、ナニ?」

 

「魔神だヨォ」

 

にっこり笑いながらアープと名乗った青い魔神は、なんでも叶えるよ、とニコニコ笑顔を崩さない。

どうも願い事を言わない限り、この手を離す気はないらしい。

会話になっているようであまり会話になっておらず、困ったジャンヌは「願い事…」と小さく呟いた。

今思えば監獄の解放や魔王討伐など願い事はいろいろあったと気付けるのだが、突然説明もなしに「願い事を言え」と言われてしまったからか本当に個人的な願いを発してしまった。

 

『ダルタンのところへ行きたい』

 

と。

 

 

「わかったヨォォォォ!」

 

ジャンヌがその願いを発したが否や、アープはジャンヌから手を離し宙で手を払った。するとジャンヌの足元に魔方陣が現れる。

戸惑うジャンヌの無視してアープは笑いこう言った。

 

「契約成立だヨォ、願いを叶える代わりにキミの魂はもらうネェ」

 

「なっ」

 

アープの言葉に驚いてジャンヌは問い詰めようと口を開くが、足元の魔方陣がさらに光を強くし言葉を発する前にジャンヌの身体を攫う。

なにかが抜けたような感覚がジャンヌを襲い、思わず小さく悲鳴をあげたがそれが外に漏れる前に、ジャンヌはポンと音を立てて遺跡から姿を消した。

残されたアープはにこりと笑い、先ほど奪った魂を手のひらに乗せ眺める。

と、

その魂が勝手にふわりと動き、地面に着地し形を変えた。

上から下まで真っ白だが、ジャンヌと寸分違わない姿に。

真っ白なジャンヌと似たモノを見て、それが勝手に動き出したのを見てアープは残念そうに呟く。

 

「あー…ルールから外れてたしネェ。やっぱり失敗しちゃったカァ」

 

「…私は」

 

真っ白いジャンヌはポツリと漏らす。それを聞いてアープは「さっきの子はジャンヌって名乗ったネェ」と白いジャンヌに声をかけた。

「私は、かつてジャンヌと呼ばれし者…?」と小さく首を傾げながら白いジャンヌはふわりと浮かぶ。

 

「うーん…魂状態だから幽霊みたいなものだネェ…」

 

「…?」

 

まあいいやーとアープは笑い、これで話し相手ができたと嬉しそうに笑った。

しかし白いジャンヌはぷいとそっぽを向いて「何が許せないのかわからないけれど何かが許せない」と地の底から響くような声を放つ。

冷たいオーラを放ちながら白いジャンヌはすっと闇に溶けていった。壁をすり抜け外に行ってしまったようだ。

憎いナニカを探し、そのナニカに恨みをぶつけるために。

 

「ありゃ…」

 

ひとり残されたアープは寂しそうに俯いた。あの子から抜いた魂は「憎悪」あたりだったみたいだなあと少しイジける。

幽霊というかあれでは鬼だ。幽鬼とでもいうのだろうか。

 

「せっかく封印が解けたのに、またひとりになっちゃったヨォォ…」

 

アープは寂しそうに呟いて、涙を拭くように自身の顔を軽く擦る。

自分が眠ったのは大昔、おそらく今の時代に顔見知りはいない。

寂しいナァと大きな図体を縮こまらせアープはぐすぐすと涙を浮かべた。

 

「…んん?」

 

泣いていたアープの肌を空気が撫でる。先ほどジャンヌが落ちた穴から風が入り混んでいるようだ。

その風が持つ雰囲気をアープは知っていた。大きくて豪快でかなり自由な風。

その風は風を司る緑色の大魔神がもつ雰囲気とそっくりだった。

 

「ジンさまが、いる…のかナァ?」

 

首を傾かせアープは土が露出している壁に触れてみる。こちらの雰囲気にも覚えがあった。

若干鬱陶しいくらいの堅物な土。土の魔神の気質そっくりだ。

「グノームさまもいる?」とアープはさらに首を傾げる。

このふたりの気配を感じ取れるならば、きっと精霊の王も生きている。

そう考えたアープは地下からふわりと外へ向かった。

 

「…魔神たちを復活させないと」

 

そうすれば自分はひとりじゃなくなる。寂しくなくなる。

そう思って。

風を辿ればジンさまはすぐに見付かりそうだ、まずはそっちからとへらりと笑う。

そこらじゅうにある土を辿るほうが早そうだが「グノームさまあんま好きじゃない」という理由で後回しにすることにした。

 

魔神最後のひとり、イフリートは火を司る。

辿って探すのは大変そうだなあとアープは少し悩みながら、まずはジンさま探そうとワクワクしながら地上に飛び出した。

飛び出した先のカラッカラに乾いた大地を見て、

「水がホントに無いヨォ!?なんでェェェェ!?」

と悲痛な叫び声をあげた。

 

 

ところ変わって、アープに願いを叶えてもらいどこかに飛んだジャンヌはよくわからないところにいた。

じめっとして変な匂いが充満し、足場も悪い不快な場所。

「何ここ…」と自身のマントで鼻口を多いながら、ジャンヌは周辺を観察する。

今まで自分がいた砂漠とは180度違う地に戸惑いを隠せない。

 

「沼地、かしら?」

 

ダルタンのところへ行きたいと願ったが、飛ばされた場所はここ。

正しいのか正しくないのか判断が付かず、ジャンヌはその場に立ち尽くす。

ここがどこだかわからず、帰る方法すら見付からず、どうしたらいいのかわからない。

ランチュラが待っているのにと、ジャンヌは沼地の真ん中で途方に暮れていた。

突然飛ばされたからロクに道具を持っておらず、所持しているのは武器とドクトルのところからずっと持っていたダルタンの銃のみ。

サバイバルしようにも道具がなく、困っているジャンヌに遠くから声がかけられる。

 

「あなた、そんなトコにいると汚れちゃうよ!」

 

声のした方に顔を向けると、白い馬を連れた女の子がジャンヌに向かって手を振っていた。

キョトンとしているジャンヌにその子は「こっちおいでよ!」と手招きをしてくる。

少し戸惑ったものの、彼女に敵意がないことに気付いたジャンヌは転ばないように注意しながら彼女の方に歩みを進めた。

 

「もー、なんであんなトコにいたの?」

 

「えっと…」

 

呆れたように笑いながら女の子はジャンヌに白いレースで飾られた青いハンカチを渡す。顔に泥付いてるよと自身の頬を指差しながら使ってと促した。

ジャンヌは慌てて渡されたハンカチを使い、顔の汚れを擦り落とす。

 

「んー、服も汚れちゃってるね。私の家においでよ、シャワー使って!」

 

「え、あの。…いいの?」

 

困った時はお互いさまだよ、と優しく笑って女の子は行き先を指差しながら歩き始めた。ジャンヌも急いでその子についていく。

道すがら女の子は「私はダイヤって言うの」と名乗った。ジャンヌは自分の名を名乗り返す。

 

「ふーん、ジャンヌか。…このへんじゃ聞かない名前だね」

 

「えっと…、砂漠から来たの」

 

「……さばく?」

 

ダイヤは首を傾げ不可解そうな顔を作る。そんなトコあったかなと疑問符を飛ばした。

凄い遠くから来たんだねと笑い、ダイヤはあそこが街だよと前方を示す。

ダイヤが示した方向は、お祭りでもやっているのかと見紛うほど賑やかな街が広がっていた。

 

 

先にシャワー浴びていいよとダイヤに言われ、お言葉に甘えてジャンヌは浴室に入る。

シンプルだがそこかしこから女の子っぽさが滲み出る可愛らしい浴室。

スポンジがくまの形をしていた。

 

砂漠出身のジャンヌは水を大量に使う癖がない。湯を先に借りているのも相まって、必要最低限の入浴で済ませ早々にあがる。

「早いね!?」と驚かれながらもジャンヌはダイヤに礼を言い、近付いた。

 

「何をしているの?」

 

「ん?…お花の世話」

 

そう言ってダイヤは花瓶を見せる。花は咲いておらず、蕾のままだ。

「もう咲いてもいいハズなんだけど…」とダイヤは残念そうに花瓶を撫でた。何回か花を育てても咲くことがないらしい。

 

「水が悪いのかな…ここらの水は魔皇の影響でいろんなトコが汚染されちゃってるし」

 

「ふーん…」

 

自分たちが魔王の侵攻に苦戦しているように、ダイヤたちも苦戦しているようだ。

どこも大変なのねとジャンヌはダイヤの頭を撫でる。

突然撫でられ不思議そうな眼差しを向けたものの、ダイヤは「いつか咲いたところを見てみたいな」と呟いた。

 

「ちょっと見てみていい?」

 

「いいけど…」

 

心底寂しそうな表情をみせたダイヤのために、なんとか咲かせてあげられないかなと思案する。

ジャンヌは蕾の花を手に取り先ほど借りたハンカチに茎の先端を包んだ。

入浴する前に机の上に置いておいたダルタンの銃の横に置く。

あとは花瓶を洗って水を入れ替え、とジャンヌは花瓶を手に取った、ら。

 

「…さいた」

 

ダイヤがぽかんとした口調で机の上を見つめている。

ダイヤの声にキョトンとしながら、ジャンヌも机の上に視線を向ける。

先ほど包んだ蕾の花が綺麗に開き、白い百合の花が寝転がっていた。

 

「なにこれ凄い!なにしたの?」

 

「え?…え?」

 

なにをしたのかと問われても、なにもしていないとしか答えられない。

戸惑うジャンヌを尻目に、ダイヤはニコニコ笑い咲いたばかりの百合の花を手に取った。

 

「この花はね、花言葉が『純潔』っていうの。ダイヤモンドの石言葉と同じ」

 

だから咲いたところを見たかったの、と嬉しそうに見せてくる。

綺麗でしょう?と言いたそうに。

そんなダイヤを微笑ましく思って、ジャンヌも思わず笑顔になり「綺麗ね」と頭を撫でる。

嬉しそうに撫でられたダイヤは「そうだ、咲いたのをユーグやクリフに見せてくる!」と駆け出していった。

 

おそらくユーグやクリフとは彼女の仲間の名前だろう。

嵐のようにバタバタと走り去ったダイヤを苦笑しながら見送り、ジャンヌは机の上に目を戻した。

机の上には元の世界から持ってきていたダルタンの銃が鎮座している。

はずだったのだが。

それは名称を変え「無幻戦士の銃」となっていた。

ジャンヌが入浴している間にダイヤが入れ替えたとは考えにくい。「大切な人の物」だと伝えてあったから、あの子が勝手に触るとは思えない。

それに変化したのは名称だけ。外見はダルタンの銃そのままだ。

ジャンヌは銃を手に取りよくよく観察する。

 

「無幻戦士の銃…。じゃあここが無幻の世界…なの?」

 

ジャンヌは小さく呟いた。

そういえばドクトルも「瘴気と腐臭が支配する世界」だと言っていた。はじめに自分が居た沼地がそれに該当する。

もしも本当にここが無幻の世界ならば、ここに来れたチャンスを無駄には出来ない。

そう思い、ジャンヌは窓の外に目を向けた。

 

 

「!」

 

窓の外に、いた。

以前とは違いコートを身に付けているが、見慣れた姿がちらりと視認出来た。

自分が彼を見間違えるはずがない。

だって小さいころから一緒だったのだから。

 

「ダルタン!」

 

ジャンヌは声をあげ家から飛び出そうとしたが、思わず指に力が入り銃の引き金を引いてしまう。

その瞬間、ジャンヌの身体は光に包まれ足元に魔方陣が展開する。

「まって違う!まだ…!」ジャンヌがそう叫んだのも虚しく、ジャンヌの身体はその場から消えた。

ダルタンのときとは違い、パリッと時元にヒビをいれながら。

 

 

ダイヤが帰ってきた声が響く。ユーグとクリフを連れニコニコ笑顔で。

「ジャンヌー、ふたりに話したら会いたいって言うから連れてきた…ってあれ?」と、ダイヤの元気な声が戸惑った声に変わるのに時間はかからなかった。

ジャンヌがいないことに気付いたダイヤは首を傾げる。こんな短時間でどこに行ったのだろう、すれ違ったりもしてないしと自宅を探し回った。

 

「いないの?」

 

「うん。どこ行っちゃったんだろう?」

 

咲かない花を咲かせたなんてそんな人やはりいないんじゃないかと疑ったユーグをキッと睨み「いたよ!ほら」と床に落ちていた銃を拾う。

これ大事な人の物だって言ってたからこれを置いていくなんておかしいと、銃をユーグに突きつけた。

銃を突きつけられ「危ないでしょう!?」とビクンと反応したユーグにダイヤはむうと頬を膨らませる。

ふたりが攻防している間、クリフはマイペースにダイヤの持つ銃を観察した。

 

「…こんな銃、見たことない」

 

「クリフも疑うの?」

 

ダイヤの言葉に「違う違う」とクリフは慌てて否定し、こんなデザインでこんな仕組みの銃見たことがない、と訂正する。

その人どこから来たか聞いた?とクリフが問い、サバクだって言ってたとダイヤは答えた。

 

「サバク…」

 

悩んでしまったクリフに「なんでそんなこと気にするの?」とダイヤが問えば「得体の知れない銃を触るのは危ないかも」と眉を下げる。

ただでさえ銃は手入れをサボれば暴発する可能性があるのだ。仕組みがわからないならなおさら危ない。

 

「…研究所にいるんだし、フランケンなら何かわかるかも。持っていってみない?」

 

「…いいけど…」

 

ジャンヌが戻ってきたときに大事な物が無くなっていたら困るのではないかと心配するダイヤだったが、その人が帰ってきたときに説明すればいいと言いくるめられた。

 

「咲かない花を咲かせたんでしょ。その人は白百合の精霊だったのかもしれないし」

 

「そんなこと、…って否定出来ないのよね」

 

だってジャンヌは花が咲く前と後で雰囲気変わったもの、とダイヤは思い出すように言葉を紡ぐ。

すっと大人っぽくなったとダイヤは笑い、お姉ちゃんがいたらあんな感じかなあとジャンヌに撫でられた自身の頭を嬉しそうに触れた。

また会えたらいいなと弾んだ言葉と共に。

 

後日ジャンヌが残した銃は「よくわからないからハカセが帰ってきたら聞こう」という結論に至り、箱の中に仕舞われることになった。

 

 

時元に空いた穴に吸い込まれ、ジャンヌは時元の狭間に迷い込む。

真っ暗で、寂しくて、何もない場所。

こんな場所に長時間いたら、自分が自分であるかすら不安になってくる。

ここにいてはマズいと、ジャンヌは慌てて出口を探した。

少しばかり彷徨い歩き、ジャンヌは人影を発見する。何もない真っ暗な空間にポツリと佇む真っ黒な人影。

その人影を視認したジャンヌは、息を飲んで声をあげた。

 

「ダルタン…!?」

 

「…こんなところまで、何しに来た…」

 

気だるげに振り向き黒いダルタンは、暗い声でゆっくりと喋る。

自分の知っているダルタンとは口調も性格も何もかもが違う。戸惑いながらもジャンヌは「やっと逢えたのに」と声を返した。

正気に戻ってとジャンヌは続けたが、彼は自信はないが正気なつもりだと笑みを浮かべる。

 

彼の笑みを見て、ジャンヌは身体を震わせた。

得体の知れない恐怖に襲われ、思わずジャンヌは後ずさる。

そのときまたパリッと空間にヒビが入り、ジャンヌはその穴に落ちた。

穴の先にはさっきまでいたダイヤの部屋がちらりとうつる。

「っきゃ!」と小さく悲鳴をあげたがガクンと衝撃が走り、落ちかけた身体を引き止められた。

逞しい腕に支えられ、ジャンヌは時元の穴に落ちることを阻止される。

 

引き止められた振動で持っていた銃を落とした気がした。落とした音もした。

なのにジャンヌの手にはまだ、ダルタンの銃が握られている。

 

「え?」

 

「時元ってのは、時間と空間の両方が狂ってる場所だ」

 

あっちの次元では銃は落下し、こっちの次元では銃が落ちなかっただけのこと。

そう言って彼はジャンヌを引き上げた。

 

「ありがとう…」

 

ジャンヌが礼を言うと、彼はぷいとそっぽを向く。

周囲に視線を廻らせ、ある1点を見つけるとそこに向かって弾を撃ち込んだ。

彼の撃った弾が当たった箇所に穴が開き、時元の道が開かれる。

 

「…あんたが行くのはあっちだ」

 

「えっ」

 

「逢うべき相手を間違えるな」

 

そう言って彼はジャンヌを穴に向かって突き飛ばした。

元の場所で大人しく待ってろ、あっちのオレは多分すぐにそっちにいくから。と時元の狭間に言葉を乗せて。

 

「その銃はあんたが持ってろ。その方が嬉しい」

 

「ダル…!」

 

そう言って彼ははじめて優しい笑顔をみせた。

ジャンヌが彼の名を呼びきる前に時元の穴は閉じ塞がってしまう。

あとに残るは暗闇と時元の銃士。

自分の持つ魔銃をくるくる回して口元だけで笑う。

 

「そろそろ…時間だな…」

 

コートを翻し時元の銃士は、何もない空間をまた彷徨いはじめた。

「ダルタン」を探して。

 

 

ドクトルのところで銃を撃った結果、よくわからない場所に飛ばされたダルタンは数日調べた結果、ここは毒が蔓延する沼地だということを突き止めた。

同時に、自分がいた時代よりもかなり過去であることも。

ドクトルが「魔王がいなければ、か」と呟いた理由がようやく判明し、さすがにこれは反則気味じゃないかなと頭を掻いたものの、飛んだものは仕方がないとダルタンはやれるだけやってみようかと行動を開始する。

しかし、慣れぬ土地で身知らぬ人ばかりの生活は、ダルタンの性格を荒ませるには十分だった。

 

「っだあ!」

 

ズブズブと沈む沼地に足を取られ、行き場のない怒りを発するダルタンは人知れず荒い言葉を漏らす。

砂漠の方がまだマシだと沼地帯から脱出しながらひとり愚痴った。

ここに来てすぐ服が汚れ、みすぼらしくなってしまったので着替えてみたが、この時代では金も使えず人脈もないダルタンが入手出来たのはボロめのコートと帽子だけ。

無いよりマシだと着ているが、これが沼や木々によく引っかかる。

 

「畜生…」

 

顔についた泥を拭いながら、ダルタンは目指す神殿に目を向けた。

この時代、ダルタンの知っている魔王はまだ存在しておらず、この地は魔王の父親が支配しているらしい。

この時代に飛んだのはそういう理由からかと理解したダルタンは、魔王の父親である魔帝を倒そうと決めた。

自分ひとりでどうにか出来る可能性は低いが、堅固な監獄含め魔王に対抗するよりはまだ希望があると感じる。

倒せなくても構わない。一発殴ってなにかしら未来に影響が出ればこちらの勝ちだと考えて。

 

「と、思ったが。なんで魔帝はこんな沼地のど真ん中に神殿建てたんだ」

 

ここに来るまで数えきれないほど足を取られ、沼にハマり、木に引っかかり、足場の悪いところでアンデットに襲われ、ダルタンの機嫌の悪さは最高値にまで達していた。

よくよく考えれば、守りやすく攻められにくい土地に本拠地を建てるのは至極当然のことなのだが、そこまで頭が回らなくなっている。

「クソ面倒臭い」と無駄に殺意を上げつつダルタンはひとり黙々と目的地を目指した。

 

かなりの時間をかけて神殿にまで到着したダルタンは、これまでの道なりに積もり積もったイライラを神殿を守るため襲ってきた魔帝の部下たちにぶつける。

ハタからみたらオレが侵略者だなと微妙な気分になりながら、魔帝の元に歩みを進めた。

 

着いた先は壁も柱も豪華絢爛な神殿の中心地。

魔帝が玉座に座っており、楽しそうな笑みを浮かべている。

魔帝は「我は魔帝アブシール」と名乗り、玉座に座ったままパチパチと手を叩いた。

 

「侵入者が来たと聞いたが、ユーはひとりか」

 

「それがどうした」

 

「たったひとりでここまで来るとはエクセレント…。わざわざ死ににくる敬意を評するいうことだ」

 

そんな言葉がアブシールの喉から放たれた瞬間、ダルタンを金色の拳が襲う。

間一髪でギリギリ避けたが、ダルタンが避けたことでアブシールの拳は床に叩きつけられ新しくクレーターを生み出した。

威力おかしいだろと軽く引きつつも、ダルタンは銃をアブシールに向け「友よ、使わせてもらうぜ」と引き金を引く。

長い長い戦いが始まった。

 

 

戦いに終止符を撃ったのはダルタン。

痛む身体に鞭を打ち、ゆっくり静かに言葉を紡ぐ。

 

「キミは、もう、ここにはいられない!」

 

その言葉と共に放たれた弾丸はアブシールの胸に突き刺さり、最後のダメージを与えた。

 

「ノオオオオッ…! この身朽ちては、我がサンは…ッ」

 

断末魔の悲鳴を遺し、アブシールは床に倒れ込んだ。

神殿内に響くのは、死闘を制したダルタンの荒い呼吸だけ。

しかし呼吸を整える間も無く、ダルタンも床に倒れ込む。

 

「おわ…っ、た…」

 

息も絶え絶えにダルタンはひとこと呟いて、目を閉じた。

死闘というだけあってダルタンも身体の損傷が激しい。

血ってあったけーなと思いながら、ダルタンはけほっと咳き込んだ。

自身の身体から体温が失われていくのを感じ、動けなくなるのを実感する。

弱々しく息を吐きながら、静かに意識を手放した。

 

 

どのくらい経ったのか、次にダルタンの意識が戻ってきたのはざわざわとした周りの喧騒に気がついたからだ。

「うるせぇな」とダルタンはゆっくり目を開く。

そして気付いた。

先ほどまでいたアブシールの神殿と床が違う。というか、自分は自身の血の海に倒れ込んでいたはずだ。

血なんかない、床の状態も違う。

驚いてダルタンは慌てて身体を起こす。

 

「…身体が動く…?」

 

自分はアブシールとの戦いで満身創痍だったはずだ、多少休んだくらいで動けるまで回復するはずがない。

あり得ないことが立て続けに起こり、ダルタンは混乱しはじめる。

軽くパニック状態となったダルタンが周囲を見渡すと、ダルタンの前方にカッとスポットライトが当てられた。

照らされた場所に視線を送ると、台座が見える。いや、台座というよりも

 

「法廷、か?」

 

ならばここは裁判所。これだけ立派な裁判所など南の王国にしかない。

そして、ここが裁判所ならば、自分のいる位置はまるで…

 

「被告人じゃないか…」

 

ダルタンがそう呟けば、カッとダルタンにもスポットライトがあたる。

眩しさに目が眩んだが、同時に照らされた人影にダルタンは思わず「なんだアレ」と突っ込みをいれた。

水色の肌に緑色の髪を角のように固め、なんともいえない服に身を包み、巨大なヤットコをもった謎の人物。

そいつが腰をくねらせ、不自然に甲高い声で口を開いた。

 

「アタシは閻魔大王。地獄に行く前に、悪い子ちゃん達の悪事を裁いちゃうわよん」

 

「は、え?…え?」

 

閻魔だの地獄だの悪事だの、気になる単語は多々ある。が、ダルタンが真っ先に思ったことは「またこのタイプ!?」だった。

体格や声は男だが、口調は女性。かつ動きがなんともいえない。砂漠にいた時に死ぬほど追いかけられた紫色の幻獣を思い出した。

やはり自分はそういう方面と縁があるのだろうか。

若干凹んだダルタンの心境を知ってか知らずか、閻魔はダルタンに近寄ってニッコリと笑う。

 

「歴史変更は大罪よぅ?まあ現世の法だと裁けないのだけれど」

 

だからあたしがいるのよねぇと閻魔はうふふと笑い、ダルタンの額を思い切り弾いた。

「痛ッ」とダルタンが声をあげれば、心の底から楽しそうな表情で閻魔は続ける。

 

「誰かがね、白黒つけなくちゃならないの。…でも坊やならピンクでもいいわよ?」

 

うふーと微笑む閻魔だったが、目が笑っていないというか完全に獲物を狙うハンターの目をしていた。

命の危険というよりは身体の危険を感じとったダルタンは、後ずさりなかがら言葉を返す。

 

「…白でもなく黒でもない、その、」

 

「現世ではそうかもしれないわねぇ。…でもね、ここは違うの」

 

そう言って閻魔はにじりにじりとダルタンとの距離を詰める。

完全に押されているダルタンは距離を取ろうと後ろに下がった。

謎の攻防戦が繰り広げられたが、最終的にダルタンの背が壁にぶつかる。

逃げ場が無くなった。

冷や汗を流しながら顔を背け、ダルタンは必死に叫ぶ。

 

「なんなんだよもー!」

 

「いいオトコは間近で観察したいじゃない? …じゃなくて、」

 

閻魔はダルタンに超至近距離まで顔を近づけ、くんくんと匂いを嗅いだ。

ひいいいい、と閻魔の行為に若干涙目になりながらダルタンはカチンと固まる。

閻魔はひとしきり嗅いだあと首を傾げ、残念そうに肩を落とした。

 

「…アンタまだ寿命が尽きてないみたいね。現世に帰りなさい」

 

「うつしよ…?」

 

残念そうな表情はそのまま、閻魔はひょいひょい手を動かす。

「そう現世。元の場所元の時間、全てを戻した現世に帰してあげる」とつまらなそうな声色を向けた。

ピカッとダルタンの周囲が光り、帰還の魔法がダルタンを包む。

 

「待て!元ってどういうことだ、オレは…」

 

「元は元よぅ。歴史は変更を嫌うの、アンタは歴史を変えすぎた。だから戻すの」

 

まだ何か喋っていたが魔法が発動したからか、何も伝わらないままダルタンは法廷から消え去った。

残った閻魔はダルタンがいた場所を名残惜しそうに眺めながら「触っとけばよかったわね」と後悔の念を呟く。

 

「ちょこっと介入するくらいなら、歴史は自力で元に戻るか埋め合わせ出来るのだけれど。あのコは介入しすぎよねぇ…」

 

全く現世の人間というものは時にとんでもないことをすると呆れながら楽しそうに笑いながら、閻魔はくるりと正面に向き直り「これにて閉廷ー」と宣言した。

どうにも歴史介入の塵が積もってまるきり同じ歴史に戻りはしないようだが、主軸は戻した。あとは現世でどうにかしてくれるだろう。

自分の立場上、現世に介入はしない。

現世は現世に生きるものたちのもの、自分は終わったあとに裁くだけ。

 

「最近のコはいいカンジのコが多いのね。…今後あーいうコがたくさん来てくれたらアタシも楽しいのだけれど」

 

うふふと笑って閻魔は軽い足取りで仕事に戻る。

生前の罪を裁き死後の行き先を決める、獄王の仕事に。

 

閻魔のところから飛ばされたダルタンは真っ暗な場所にいた。

物もない、道もない、光もない、音もない。

そんな場所でダルタンはもうひとりの自分と出会った。

 

「なっ」

 

「よぉ、時元の重罪人」

 

髪の色や髪型、骨格や体格は自分と同じ。

違うところといえばあちらの顔には傷があり、服装が黒基調だということくらいか。

驚愕しているダルタンに、呆れたような目を向けて彼は吐き捨てるような口調で紡ぐ。

 

「お前、もうその銃使うな。時元が狂う」

 

「なに、」

 

「時元がほつれて乱れると面倒臭ぇんだよ。現にお前が迷い込んでんじゃねーか」

 

戸惑うダルタンを無視して、彼は淡々と自身の腰から銃を引き抜いた。

相手の動きに慌て戦闘態勢に入ろうとしたダルタンだったが、彼はダルタンを撃つのではなくダルタンの足元に弾丸を撃ち込んだ。

彼が撃った箇所からヒビが広がり、穴が生まれる。

足元に穴が出来たならば、落ちるのが道理。支えを失ったダルタンは態勢を崩しながら落下した。

 

「うっわ!?」

 

「時元が崩れすぎるとオレが表になるぞ?」

 

今まで通り生きていたいなら気をつけろと彼が薄く笑ったのが見える。

しかしダルタンが問う前に、穴は塞がりダルタンはどこかへと落ちていった。

 

 

「どうわぁ!?」

 

ガシャンと派手な音を立てダルタンはどこかに背中から着地した。

ガラクタに囲まれ埃を撒き散らしながらダルタンが身体を起こすと、目の前に広がっているのは見覚えのある部屋。

家主であるドクトルが固まりながらこちらに顔を向ける。

 

「…おかえり」

 

「今はいつだどこだ支配してるのは誰だ!?」

 

ガラガラ音を響かせながら、ガラクタを押し退けダルタンが矢継ぎ早に質問をぶつけた。

ドクトルは帽子のつばをイジりながら「今はお前さんが消えてから3ヶ月くらいか。場所は世界の西側にある砂漠。支配しているのはサッカーラという」と答える。

ドクトルの返答を聞き、ダルタンはダンと壁を叩いた。

 

自分は魔王の父親を倒し、魔王の発生を阻止出来たはずだ。

魔帝自身も最期に自分が倒されたら息子は産まれないと発言していた。

それなのに、ここは砂漠のままでサッカーラは存在しているという。

閻魔の言った通り、歴史が戻ってしまっている。

 

「クッソ、オレはなんのために…!」

 

何も変わらないまま元に戻った。3ヶ月あれば監獄解放の作戦を進められたかもしれない。

無駄な時間を過ごしてしまった。

 

「無駄、かはわからんよ」

 

「は?」

 

俯いていたダルタンにドクトルは静かな声で言う。

監獄に動きがあった、とドクトルは緩やかに語り出した。

「脱獄者が出た」と緩やかに。

ドクトルの言葉にキョトンとした表情で返し、ダルタンはぽつり言う。

 

「あそこから外に出たヤツが出たのか?」

 

「みたいじゃよ。詳しくは嬢ちゃんたちに聞くといい」

 

監獄内から自力で脱獄できるならば、なおさら自分のしていたことは無駄だったとダルタンは落ち込んだ。

が、ドクトルは「自力かはわからんよ」とプロトを撫でつつ自身の経験を話す。

 

曰く、ダルタンが飛んだ後に魔神の噂を思い出した、とのこと。

 

魔神?とダルタンは不可解そうな表情で返した。

魔人ならダルタンもランプやツボの存在を知ってはいるが、それがどうかしたのだろうか。

 

「魔神は代償と引き換えに願いを叶える」

 

「なんだそれ…」

 

そんな話は聞いたことがない。そうダルタンが言うとドクトルは、

「お前さんが過去に介入した結果、少し歴史がズレて魔神が復活する世界になった」

ではないかと予想を語る。

 

「その程度…」

 

「軽視できんよ。なんせ本当に大半の願いを叶えてしまうのじゃから」

 

そう言ってドクトルは「サッカーラがランプを狙っておる」と頭を掻いた。

願いを叶えるランプにサッカーラが願いを言ったならば、今よりさらに自分たちにとってよくないことが起こると予想は容易い。

なんせ退屈だからという自分勝手な理由でコロシアムを作成し、人々を捕まえ余興のために戦わせているのだから。

 

「今のうちに破壊してしまったほうが良いかもしれん」

 

「了解した、と言いたいが…」

 

自分はこちらに帰ってたばかりだ。情報収集を兼ねて話を聞きに行きたい。

その旨を話すとドクトルは、なんで自分に許可を取るのかと首を傾げた。

ランプを破壊するなり、監獄や魔王軍をどうにかするのはそちらに判断を任せるとのんびり放つ。

 

「ワシは戦闘にはとんと疎い。お前さんらの方が正しい判断をできるじゃろう… 」

 

「いやまあそうだけど」

 

自分の事情を知っている人間が傍にいたほうが気が楽なんだけどとダルタンが困ったような表情をむけると、ドクトルは笑い「お前さんには仲間がおるじゃろ」とダルタンの頭をポンポン撫でた。

とりあえず行ってみろと背中を押され、ダルタンはジャンヌたちの元へと向かった。

 

 

 

一方こちらはジャンヌたち。

少し前にジャンヌが大人っぽくなって帰ってきたことにランチュラは驚いたが、ダルタンを連れて来られなかったけど多分すぐ帰ってくると宣言したときはもっと驚いた。

何かあったのだろうかと心配になったものの、聞いてもはぐらかされてしまう。

「大丈夫」と本人は言うが、ときどき空を見上げてため息をついたり、腰につけているダルタンの銃を心配そうに撫でたり、銃を手に取り撃とうとしやっぱやめたり、と繰り返されれば気になるというもの。

今日こそは問い詰めてやろうと、ランチュラがジャンヌに声をかけた、

ら、

 

「…え?」

 

突然頭上からもナニカがふってきて、ランチュラは下敷きになった。

 

ランチュラに声を掛けられたジャンヌは、空に魔方陣が浮かぶのを視認した。

何事かと一瞬警戒態勢になるが、魔方陣からポテポテとナニカが落ちてくるとすぐに魔方陣は消える。

落ちてきたナニカのせいで周囲は砂埃に包まれた。

 

「痛ってー…。あの野郎、俺まで飛ばさなくていいっつったのに」

 

「…ロック!?」

 

空から落ちてきたのはロック。

ピラミッドの監獄で捕まっているはずのロックが目の前にいた。

ロックは落下したダメージを振り払うかのようにぷるぷると頭を振る。

ジャンヌが声を漏らしたため、ロックはジャンヌの方に顔を向けた。

 

「あれ、ジャンヌ? おかしいな、ランチュラのとこに飛ばしてくれって頼んだハズなのに」

 

「ララならあっちに…」

 

不思議そうな表情のロックに輪をかけてなにがなんだかわからないジャンヌは、とりあえずランチュラの位置を教えようと指差した。

ランチュラがいるはずの場所に視線を向けたジャンヌが凍る。

そんなジャンヌを不可解そうに眺めながら、ロックも指差された方向に顔を向けた。

 

「……ああうん、確かにランチュラのとこだな」

 

ロックは呆れたような声色を漏らす。

ロックと一緒に飛ばされたタクスが、ランチュラの上に覆いかぶさっていた。

 

「なにちょっと重い!」

 

「え?え?ごめん?」

 

バタバタ揉みくちゃになっているふたりに、ロックは「お前ら落ち着けー」と適当に声をかける。

「ロック!?」とランチュラがロックの存在に気付き、ようやく冷静に自分の上にいる人物を観察しはじめた。

自分に乗っかっているのがタクスだと気付いた瞬間、ランチュラは真っ赤になって叫ぶ。

 

「ッきゃあああああああ!?」

 

パァンと小気味いい音を響かせ、タクスの頬に真赤な紅葉が咲いた。

「照れ隠しにフツービンタするかねぇ…」と一部始終を眺めているロックがぽつりと呟く。

状況が理解出来ていないジャンヌは始終ぽかんとしていた。

 

 

ランチュラに引っ叩かれた頬を撫でながら、タクスは「元気そうでよかった」と笑いかける。

あわあわと焦りながらどうしたらいいのか混乱しているランチュラ。そんなふたりを放置して、ジャンヌはロックに「なにがあったのか」を問う。

 

「説明しにくいんだが、魔神に手助けしてもらった」

 

頭を掻きながら、ロックは一部始終を語り出した。

反抗的な態度を続けていたらオシオキ部屋と称して監獄の地下に落とされたこと。

その地下でジンと名乗る大魔神に出会ったこと。

 

「その大魔神が、なんつーかこう人の話を聞かないヤツで…」

 

目の前のロックに気付いたら突然

『力を貸してやらんでもないが、オマエにその資格があるかな?』

と言って襲ってきたとロックは愚痴る。

こっちは鎖ジャラジャラ、鉄球付けてたのにと、しんどかったと苦笑いを浮かべた。

なんとか勝ったら『面白い!』と豪快に笑って、ジンはロックの頭に手を乗せたらしい。

 

「気付いたら外にいた。…小っさくなってな」

 

「…ごめん、もう一回」

 

ロックが何を言っているのか理解できず、ジャンヌは再度説明を要求する。

「安心しろ俺もあんまよくわかってねぇ」と苦笑し、ロックはまた同じことを話す。

大魔神に勝ったら願いが叶い監獄から脱出できた、が、幼い頃と同じ体躯にまで縮んだらしい。

パニックに陥っていると『願いを叶えた代償に魂を貰っていくぞ』というジンの声が風に流れ、そのまま放置されたようだ。

 

「本当マジふざけんなと思ったわ」

 

別に助けてくれなんて、ちょっとは思ったけど、言ってねーしと当時を思い出したのか、イライラしながらロックは吐き捨てる。

代償に「成長した姿」を奪われた、ということだろうか。

その後縮んだロックは放置された夜の砂漠を全力疾走し、一気に安全圏まで移動。

体制を整えるため再度急成長してやったと語る。

「ジェイルから鍵預かってて助かった」と頭を掻いた。流石に鉄球付けたまま長時間は走れねぇしと笑う。

監獄の内部の構造も外部の構造も把握していたロックは自身の経験を生かして監獄に潜入し、まずは比較的浅いところにいたタクスを救出してきた、と

 

「…こんな感じだな」

 

「それでなんで空から降ってくるのよ…」

 

「今度は別の魔神に見つかった」

 

ジャンヌがキョトンとした表情をみせると、ロックは「俺なんか変なフェロモンでも出てんのか?」と遠い目をした。

今度の魔神はグノームと名乗り『キサマらの挑戦受けようぞ!』と嬉々として現れたらしい。

タクスも一緒にいたせいもあって、ジンのときよりも苦戦はせず勝利した、ら、

 

「また、願いを叶えようーって言われて…」

 

グノームにそう言われてロックは悩む。

仲間の救出も自力で出来る、というか自力でしたい。サッカーラをぶっ飛ばすのも、サッカーラの部下をぶっ飛ばすのも自力でやりたい。

特に叶えて貰いたい願いは無かった。

 

「だからタクスいるし…。タクスをランチュラのとこに連れてってやってくれ、って」

 

「…よかったの?」

 

「だってあいつ自分だって結構ギリギリの生活だったのに口癖みたいに『ララは元気かな』『ララの無事を確かめたいな』って言ってたんだぜ?」

 

なんつーか、直接惚気てくれたほうがまだマシだったわとロックは頭を抱える。

本気で爆発しろと思ったと死んだ目を見せた。

実際のところランチュラの存在のおかげでタクスは希望を捨てず監獄でも逞しく生き抜いていたため、それはロックの心の支えになってはいたのだが。

故に礼のようなつもりでグノームに願いを叶えてもらったが特に代償は要求されていないらしい。

なんでだろうなとロックは首を傾げた。

よくわからんという結論に達したのか、ロックは不意にタクスに目を向ける。

 

「そういやタクス、さっきの感想は?」

 

「ん?やわらかかったよ」

 

ランチュラと揉みくちゃになったときのことを聞いたロックに対し、あっさりと答えたタクスは、真っ赤になったランチュラに鉄拳制裁をもらった。

ロックはべっと舌を出す。

監獄で長期に渡って惚気られたことに対する、軽い仕返しだったようだ。

 

 

「本当にひとりで大丈夫?」

 

「大丈夫だって。てかひとりの方がやりやすいんだよ」

 

心配するジャンヌにロックはけろっと笑いながら返す。

もうひとり助けたいヤツがいるとロックは単独で監獄に潜入するつもりだ。

心配ではあるが、事実ロックは単独でタクスを救出している。なんとかする算段があるのだろう。

 

「私たちはしばらくここにいるから、何かあったら戻ってきてね」

 

「りょーかい」

 

ヒラヒラ手を振って、笑いながらロックは再度監獄へ向かった。

そんなロックを見て、タクスも嬉しそうに微笑む。

「監獄に居た時はずっとムスッとしてたから」そう語り、ロックが笑えるようになってくれて本当によかったと頬を掻いた。

そんなタクスを微笑ましそうに眺め、ランチュラは明るく声を出す。

 

「さて、あたしたちも出来ることをやろう!」

 

「ロックがジェイルを救出出来たら、戦力的に十分だ。作戦が立てやすくなる」

 

「それまでは拠点を整えておきましょう」

 

わやわやと3人で話し合う。

王国のように拠点となる城があるわけではなく、天使たちのように神殿があるわけでもない自分たちは拠点作成が第一歩。

砂漠という悪環境故に移動出来るタイプが楽なのだが、今までは男手が足らずマトモな拠点を作成出来なかった。

でも今なら、そう思うジャンヌは以前までの唯一の男手だったダルタンに想いをはせる。

少し寂しそうに笑うジャンヌが顔をあげると、そこに彼が立っていた。

無幻の世界に行ったとき、ちらと見かけた姿。時元の狭間に落ちたとき出会った彼とは別人のようだ。

そんな彼がジャンヌと目を合わせ口を開く。

 

「君は…」

 

 

ダルタンはジャンヌたちが現状仮に拠点としている場所に向かった。

長い間沼地で生活していたからか、砂漠の暑さは割と堪える。

こんなに暑かったんだなと今更ながらに実感していた。

 

「…っと、確かこの辺り…」

 

目的地に到着し、ダルタンは周囲を見渡す。

彼女はすぐに見つかった。

こういうとき遮蔽物のない砂漠は便利だ。

彼女だとすぐにわかった、けれど自分の知っている彼女よりも格段に大人っぽくなっている。

だからつい、こう言った。

 

「君は…」

 

ジャンヌだよね、という意味を込めて。

ジャンヌはダルタンの顔を見ると、抱えていた資材をガラガラと落とした。

その音に気付いたのか、ランチュラとタクスも顔を出し驚いた表情を晒す。

ダルタンはジャンヌの名を呼ぼうとしたが当のジャンヌに遮られた。

「ララ!」とジャンヌが声をかけ、「わかってる!」とランチュラが笑顔で返し、

ふたりが一気にダルタンとの距離を詰めたかと思ったら、

 

「心配したんだから!」「遅い!」

 

と叫んで思い切り殴りかかってくる。

予想外すぎて避けきれず、ダルタンはとても見事に吹っ飛ばされた。

女子ふたりの凶行に、事情を知らないタクスはポカンと呆気にとられたように口を開く。

暑さでバテていたのも相まって、ダルタンは思った以上にダメージをくらう。

 

「なに、…何で?」

 

「相談もなしにどっかいったから帰ってきたら一回殴ろうって。ねー」

 

「ねー」

 

にこっとふたりは笑顔を浮かべた。

笑顔でこれをやってのけ、あまり悪びれもしないジャンヌとランチュラに若干の恐怖を覚える男性ふたり。

多分今後も勝てないだろうなと、軽く背中を冷や汗が伝った。

固まっているダルタンに、ジャンヌは優しく声をかける。

 

「ダルタン」

 

「はい!?」

 

思わずピシッと背筋を伸ばし、ダルタンは裏返った声を放つ。

そんなダルタンをくすりと笑い、ジャンヌはダルタンに駆け寄った。

ふわりとダルタンの背に手を伸ばし、優しく抱きしめ

 

「やっと逢えた…、私の英雄に…」

 

そう声を紡いだ。

 

 

 

「おーい、ジェイル救出成功したぞー、…ってなんかデカいのが増えてんな」

 

「久しぶり」

 

「ロックおかえり、ジェイル大丈夫?」

 

拠点にロックが帰ってきた。

ジェイルを連れての堂々の帰還、ではあるのだが、ふたりとも微妙に薄汚れている。

タクスが二人に布を手渡し「何かあったの?」と問うと「いやちょっと」とふたりはイタズラっぽく顔を見合わせた。

 

「監獄にいるんだからさ、脱出ついでに、な」

 

「サッカーラを一発ぶん殴ってやろう、ってな」

 

ロックとジェイルがそう語るとメンバー全員がポカンと惚けた表情となった。

「もしかして」とタクスが代表して口を開くと「あっはっは」と一笑される。

ふたりが目を逸らしながら乾いた笑いを続けるのを、全員が静かに見つめた。

笑いが止まったふたりは声を揃えてこう言った。

 

「ボコボコにされてきました!」

 

「馬鹿アアァァァ!」

 

ランチュラがふたりに濡れタオルを投げつける。

今回は逃げ切れたから良いものの、また監獄に逆戻りする可能性もあった。

なんなのあんたら馬鹿なのとランチュラは怒鳴り散らす。

怒鳴られながらもロックとジェイルは再度笑い始めた。

 

「あー…道理で。魔王軍が活発に動いてんなと…」

 

ダルタンは拠点にしている遺跡の壁からピラミッド方面を覗き込み、ポツリと漏らす。

砂煙をあげて走り回るちび古神兵や、宙を飛び回るちび古神兵、恐竜戦士がわやわや動き回っているのが見えた。

主君が襲われたとなれば警備は今以上に強固なものになるだろう。

ダルタンの呟きにランチュラは「あんたらなんてことしてくれんの」と怒りそのままにふたりにビンタを繰り出した。

 

「大丈夫だって!大丈夫…、いってぇ!」

 

「まだ全員救出したわけじゃないんだよ!?」

 

まあまあとタクスがランチュラを宥め落ち着かせる。

その点なんだが、とマスクを身に付けているせいかダメージが少なかったジェイルは手を上げ発言する。

自分たちが暴れたせいか、監獄内に捕まってる奴らの士気が高まっている。今襲撃かければ内部からも連動できるかもしれない、と。

 

「倒せはしなかったが、多少はダメージ与えたからな」

 

「んで、俺が脱獄成功したのもあって反抗するヤツらが増えてる」

 

サッカーラにダメージを与えることはできるんだ、ここから脱出もできるんだ。そんな空気が監獄に蔓延し始めたという。

「今ならイケるんじゃねーかな」とジェイルはにこりと笑って拳を突き出す。

その笑顔を見て、全員が拳を突き出し笑った。

 

「よっしゃ!まずは捕まってるみんなを監獄から解放させるぞ!」

 

「了解!」

 

 

ダルタンが過去に飛び少しばかり未来を変えて繋がった今。仲間も増えて目標に近付いてきた。

あと少し、砂縛の解放まであと少し。

砂漠が砂縛と呼ばれなくなるまで、あと少し。

 

 

END

 

 

「よ…っと」

 

夜の砂漠でロックはひとり、偵察に走る。

どうにも魔王軍の恐竜戦士は夜にはきちんと寝るらしく、見張りは多少薄くなる。

ちび古神兵らは元気に走り回るため、楽かと問われれば「そうでもない」と答えるしかないのだが。

夜きちんと眠るってのは健康的だよなあと、あまり憎めない性格の恐竜戦士共を思い出しロックは呆れたように笑った。

 

「こっちは昼夜問わず動き回ってるっての、…に?」

 

月の灯に照らされ、何かがキラリと光ったように思えた。

何かあるのだろうかと進路を変えて、光った場所に走り寄る。

 

半分砂に埋まったランプが落ちていた。

 

珍しいもんが落ちてんなとロックはそれを拾いあげ、砂を払うためランプを撫でる。

…まあ大方の予想通り、ランプの魔神が現れた。

 

「ええ!?」

 

「ワハハハハハハハ!!我が名はイフリート!炎を司りし精霊の王である!」

 

大爆笑しながら真っ赤な魔神は名乗り上げ、我が禁断の封印を解きしはキサマか?とロックに対し威圧をかけてくる。

魔神との邂逅も3回目ともなるとこんな威圧は慣れたもの。しかし流石にツッコまずにはいられない。

 

「また?マジー!?」

 

やはり自分は魔神に好かれるフェロモンでも出てんじゃねーかとロックは自身を疑った。

「だあもう!やってやるよ、かかってきやがれ!!」そう叫んで、ロックは戦闘態勢に入る。

なんでこう巻き込まれんだと怒りを含ませながら。

 

 

「わーはっはっはっはっはー!よかろう!!」

 

ぜーはーと息を荒らげながらも、ロックはなんとかイフリートに勝利する。

勝てたはいいが散々燃やされた。身体のあちこちに火傷が出来ている。

「一番タチ悪ィ…」とロックは憎々しげに呟きを漏らした。

 

「古の契約に従い、お前に力を貸そう!ただし…」

 

「はいはい、魂と引き換えだろ?」

 

しかし今魂取られんのは困るんだよなとロックは腕を組み悩む。

監獄解放の作が波に乗っている今、ジンにされたように縮むのも、どこか欠損するのも拒否したい。

イフリートをちらりと見れば、ふよふよと大人しく待っている。律儀だなと思わず笑った。

そういえば他の魔神も願いを言うまで律儀に待っていたような気がする。

あれ?

 

「そういやグノームは願いを叶えたのに、何も要求しなかったな」

 

「グノームを知っているのか。あいつは妙に頑固なヤツだっただろう?」

 

いやそんな深く付き合ったわけじゃないからわかんねーけどと糸目になりながら、ロックはイフリートに魂を取るのになんか法則でもあるのかと問う。

イフリートは笑いながら「自分のための願いならば代償を。他人のための願いならば必要ない」とルールを話した。

ああなるほどとロックは今までのことを思い出し納得した。

 

「それ以外は特にない。どんな願いでも力を貸そう」

 

「じゃあさ、『お前らに自由を』とかっていう願いは可か?」

 

ロックがそう発言するとイフリートはキョトンとした表情となり、ロックの顔をマジマジと見た。

「なんだよ」とロックが若干引くとイフリートは大きな大きな声で笑う。

 

「ははははは!本当にキサマは面白いな!人間もまだまだ捨てたものではない!」

 

「だからなんだよ出来んのか出来ねーのか?」

 

ロックの質問にイフリートは可能だと笑い、大きな手でロックの頭をポンポン叩いた。

 

「我らを危険と判断し封印したのも人間。そして解放したのも人間か、そうか時代は変わったな!」

 

「え?」

 

「我らが力を貸した人間全てが幸福になったわけではない。幸福にならなかった人間はどう思う?」

 

「…」

 

「同時に我らの力で幸福となった人間がいる反面、幸福を逃す人間も、いる。そうなった人間はどう思う?」

 

答えは両方「我らを悪としてみる」だ。とイフリートは笑う。

我らの力で独裁者になった者がいるとする。そいつはいいが、周りの人間は「魔神がいなければよかった」と思うのだよと笑顔を崩さず語った。

 

「故に我らは封じられ、長い長い時を過ごした。それも今終わった」

 

感謝するとイフリートは言い、ロックの前に膝をつく。

 

「さあ行け、我らの力を欲しない人間よ。…故に我らはキサマに惹かれたのかもしれんな」

 

「おう!」

 

砂原を駆けていくロックをイフリートは見送った。

これもまた解放といえるだろう。

自由を求める人間のおかげで、魔神たちも自由を手に入れた。

 

 

END

 

 

イフリートが佇む静かな砂漠に、賑やかな音が鳴り響く。

スピーカーを背負いDJデッキを身につけた古神官が、先陣きって躍り出た。

 

「サッカーラ様の為に復活するのでーーーす!」

 

古神官の後からゆったりと、仰々しく姿を現した邪神が派手に笑いながら言葉を続ける。

 

「エクセレントッ!」

 

このふたりは、魔神の力の噂を聞きつけ外に出てきたのであろう。

しかしイフリートはもうすでに自由の身。今までだったら発せない台詞を彼らに向けた。

 

「我は誰にも従わぬッ!」

 

そうだ従わなくていい。契約にも、他人の願いにも。

解放され初めてこの言葉を喉から出せた。

それでも戦いたいというのならば、喜んでお相手しよう。

戦うこと自体は嫌いじゃない。

 

そんなイフリートの態度に、ホップは煽ろうとマイクをつまみ息を吸う。

しかしサッカーラはそれを制し、イフリートをじっくりと眺めた。

 

「ふーむ…。なるほど、ミーは一足遅かったということかな?」

 

「察しが早いな」

 

「新しいオモチャをゲット出来なかったのは残念だ」

 

そう言って笑った。

笑っている。

何故ならサッカーラは知っているからだ。これから今より楽しくなることを。

逃したオモチャが帰ってくることを。

 

それまで暇だからオモチャを入手しておこうかとイフリートの元を訪れただけの話。

入手出来ないのならば興味はない。

代わりに問う。

「自分のことを覚えているか?」

と。

 

イフリートは笑った。

「もちろんだとも」

と。

 

ランプだったとき魔王だったとき。

一度邂逅してはいる。

魔王に願いは無かった。

だから願った。

「あのボーイに闇を」

新しいオモチャを作ろうと思って。

イフリートは叶えた。

「魔銃」を与えた。

 

それに触れたダルタは、もうひとりの自分を生み出す。

魔神の力であったからか、本人も周囲もそれに気付かない。

 

「あれはイマイチだったな。ボーイはオモチャにならなかった」

 

「我は願いを叶えるだけ。それ以上のことはしない」

 

生まれた黒いダルタは自分のために生き、自分のために戦い、時元の狭間に落ちていった。

彼が勝ちにこだわっていたのは他人に自身を認めてもらいたかったからだろう。

存在が曖昧な自分は「勝たなくては意味がない」のだと。

他人に自分の存在を認識してもらいたかったのだと。

それをこちらに向けてくれれば面白かったものの、彼はサッカーラの元には来なかった。

故にサッカーラはダルタに興味を無くし、積極的に構わず放置する。

 

「ミーが遊べなければ意味はない」

 

「キサマは昔からいい性格をしている」

 

長い時を生きているふたりは多少通じ合うものがあるのだろう。

淡々と紡がれる言葉のラリーにホップは居心地の悪さを感じはじめた。やべぇ実況したい。

 

ホップが悶々とし始めたのに気付いたのか、サッカーラはイフリートに背を向ける。

「オモチャが来るのを待たなければ。バーイ」そう軽い口調で別れを告げた。

 

そうだ待っていよう。

待っていればオモチャが勝手に来るのだから。

 

 

 


 
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