No.729945

仲人ならお胡夷におまかせください!

らつきさん

左→←陽+お胡夷な
左衛門が陽炎を好きっぽいからお胡夷が(物理的)に二人をくっつけさせる話です

2014-10-13 23:55:43 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:906   閲覧ユーザー数:905

 

 

 

 

「兄さまは愛情表現が下手過ぎるのです」

 

お胡夷は厚めの唇を尖らせ、一人納得したように何度も頷く。

だが、それを聞く者の姿は周囲にはなく、風と共に消えていった。

 

 

秋めく季節を露出した肌身に感じ、お胡夷は忍びの里の娘らしい身軽さで、森の木々に乗り移りながら進む。

世が世なら五輪だって夢ではない身体捌きはさながら森の精である。

 

その可憐なる妖精は只今、見たとおりに少々スピードを飛ばしている。

 

 

――というのも、すべての発端は煮え切らない兄への、妹の過保護すぎる思いからだった。

 

 

 

「……あやつらめ、おふざけが過ぎるぞ」

 

「もはやおふざけならぬ、悪ふざけでしょう……」

 

 

左衛門、陽炎の珍しい組み合わせが走り去っていった者達の後ろ姿を目で追いながらにして言う。

その二人の間……、左衛門の左手と陽炎の右手には甲賀者ならおなじみの将監の吐いたであろう粘着質な痰がベッタリと付着し、雁字搦めとなってしまっている。

 

 

何故、こんなことになってしまったのか?ただの嫌がらせか? とも思わせるこの仕打ちであるが、重要参考人であるお胡夷にはちゃんとした理由があった。

それはズバリ、簡潔に言うと兄、左衛門と陽炎を手っ取り早くくっ付けてやろう!といった魂胆からである。

 

 

というのも、お胡夷の兄、左衛門はお胡夷の目から見て明らかにアレなのだ。

アレだと言うのは拗らせているというか、自分の気持ちに素直になれないなんていう、大人でクールな兄からは想像も出来ぬアレなのだ。

お胡夷も始めはそんなまさかとは思っていたのだが、自然と兄の姿を目で追っている内に確信したのだ。

 

 というのも、兄を目で追うお胡夷、目で追われる兄左衛門が目で追う彼女、もとい、その視線に気付いているのに気付かぬ素振りの陽炎という、

これなんて片思いなんて状態なのである。

 

陽炎ほどの絶世の美人を視界に入れれば否が応にも目が奪われるのは男として正常、それほど深く考えずとも良いとも思うかもしれないが、

陽炎を見つめる兄の目が、細い目から見える瞳孔の開き具合が、兄の熱心さを思い知らせる。

 

そんな兄を肉親として捨て置けるわけがなく、

想いを成し遂げ幸せになってもらいたいという結論に行きつくのは普通な訳であって……。

 

とにかく、お胡夷は兄の幸せを願い、文字通りに二人をくっつけたのであるが、

まさかこんなにうまくいくとは思わなかった。

 

弦之介の名前を出せば割と簡単に騙される陽炎と、

超絶凄腕ガンマン将監の見事な狙い撃ちにあってこその成功だと、冷静に分析してみる。

将監も強面な見た目に似合わずノリの良い男だ。頼りになる。

 

 

だがしかし、妹に出来るのはせいぜいここまで。

あとは、兄が上手い事、陽炎を口説き落とせばミッションコンプリート。

お膳立てを無駄にせぬ働きを兄には期待するしかない。

 

 

 

・・・…ただ、こんな勝手な事をしたからには、後々落ちるであろう兄の雷が怖い。

きっとこっぴどく怒られる、いや、勢い任せに怒るタイプなら分かり易くてむしろ良かった。

こういう場合、一番怖くて面倒なのは表には出さずに静かに起こるタイプだ。

そして兄は完全にそのタイプ。

だから逃げる、ほとぼりが冷めるまで。

 

 

お胡夷は周囲でも一際高い大木に飛び移り、後ろを振り向く。

自分が渡って来た木々の枝がしならせた名残りで風もないのに揺れ、色付いた葉っぱが落ちていく。

 

(……ここまで来れば大丈夫か)

 

額に滲んだ汗を手首に巻いたさらしで拭う。

あの兄とはいえ、あまり体術が得意とは言えない陽炎が引っ付いているのだ。追い付く訳がない。

 

お胡夷は安心したように深く息を吸うと、そのまま木の幹に身体を預けるように座り込み、指を丸めて望遠鏡のように覗き込む。

こうすれば裸眼よりも遠くを見ることが出来るとはいえ、ここは緑深い森の中である。

二人のいるであろう方向の途中を草木が邪魔をする。

 

くっつけ作戦の発案者が、その工程、そして結果を見れないなんて、なんて世の中不条理なのだろう。

自分も刑部のようなステルス機能があれば見放題……、いや、あの兄であれば姿は見えぬとも一瞬で見破りそうな気がする……、そこが我が兄ながら惚れる魅力の一つなのだけれども今回ばかりは解せぬ!

 

「もう少し近付いてみようかな……」

 

 

ぐぬぬ……、と悔しさに眉を顰め呟く。

だが、次の瞬間にその必要が無いことに気付かされた。

 

 

「近付くとは何処にじゃ?」

 

あるはずのない声がすぐ側、……自分の下から聞こえる。

冷や汗と共に地面を見ると、そこには陽炎を姫抱っこで抱える左衛門がいた。

弦之介以外の男に担がれるなど、陽炎のプライドが許さないだろうと思っていた考えが甘かった。

 

「どうした、近付くのだろう。……降りて来い」

 

 

穏やかに左衛門は言うが、その身に纏うオーラはなんとも禍々しい。

お胡夷は正直にその言葉に従う。やはり、兄にはかなわない。

音もなく今まで腰かけていた木の傍に着地をする。それを見て左衛門も抱えた陽炎を下ろした。

 

 

「……早うせねば、弦之介さまに誤解される」

 

そうやって溜息交じりに言う陽炎は不機嫌を隠そうともしない。

そして、その溜息に比例するように不穏な空気が辺りに立ち込める。

……これは作戦が裏目に出たというべきなのだろうか?

 

 

「ほれ、陽炎も困っておるだろう。それに気持ちが悪い」

 

左衛門はくっついた方の手を前に出す。

メイドイン将監の鳥もちが二つの手を覆い隠さんとばかりに纏わりついて、ちょっとやそっとじゃ剥がれそうにない。しかも、吐きたてほやほやであるから変にぬめっていて余計生々しい。

 

何故、決行する前に気付かなかったのだろうか。

普通に考えればおっさんの吐いた痰にまみれながら良い雰囲気になる方が無理があるということに!

 

 

「……申し訳ありませぬ!」

 

お胡夷は居た堪れなくなり、全力で頭を下げた。

その際にポニーテールが盛大に揺れ、将監の痰に巻き込まれたかも? と不安になったが、これが気にしていられる余裕があるわけがない。

 

空前のやっちまった感に思わず肩が震える。

 

生まれてこのかた見たことのない兄の堪忍袋の緒がとうとう切れてしまうのかと身構える。

 

これから自分は怒声を浴びるのか、はたまた折檻を加えられるのか、もはや兄妹の縁を切られるのか……、いろいろな状況を頭に巡らせる。

 

左衛門が自分に向けて一歩足を踏み込んだだけでさえ、これから起こる恐怖に声が漏れる。

 

けれども、兄の反応は予想に反し、

 

「惜しかったなお胡夷」

 

 

と言い、肩を優しく叩いただけであった。

 

「兄さま……!」

 

目尻の方に涙が溜まっていく。大人げないのは分かっているが、本当に怖かったのだ。

 

「次はもっと雰囲気の出るやり方にしてくれ」

 

「はい! 次こそ必ずや成功させてみせます!」

 

 

不仲とは程遠い、如月の兄妹愛に陰りなど有り得ない話なのである。

だが、それに付き合わされる身の方も考えて欲しいと陽炎は思う。

けれど、それも意外に嫌ではない不思議である。

 

これも、お胡夷の天真爛漫さからなのか、左衛門の人となりからだろうか、兄妹というものに対しての興味という名の観察からなのか……。

 

その特異体質から女系家族の陽炎にとって、血が繋がっているとはいえ男女がこうして何事もなく接することが出来る兄妹という存在は、自分とはまるで違う生き物のように感じるときがある。

常に欲望に満ちた視線を浴びる身。

普通の人間の言う普通とは違う価値観を持つのは致し方ない。

けれども、だからこそ余計にこの二人のような、男女の関係よりも強く、なんの駆け引きや後ろめたさのない、平等な関係が羨ましくて、憧れる。

自分にも、殺めてしまうことを恐れず人を愛することを出来る日が来るのだろうか。

来るとすればそれはいつなのだろうか。

 

 

「陽炎どのも大変申し訳ありませんでした、この落とし前は必ずや果たします」

 

先程までべそをかいていたお胡夷も立ち直ったらしい、普段通りだ。

だが、それだけで許すほど陽炎もお人よしではない。

どうしても納得ならない案件があるのだ。

 

陽炎は出来る限り腕を伸ばし左衛門と距離を取るとお胡夷を側に呼びつけた。

そして耳元に手を添え、

 

「また呼び出すのならば、もう少し上手く嘘をつきなさい。でないと二度目は無いから」

 

と、囁いた。

それに眼を輝かせて頷くお胡夷にはズルいとさえ感じる。

如月兄妹は揃いも揃って厄介だ。

 

「気が済んだら将監に剥離するように頼みに行くぞ」

 

会話が済んだ頃合いを見計らったのか、気を利かせ出来る限りのそっぽを向く左衛門が言った。

それにお胡夷は汚名挽回とばかりに、

「では、すぐに将監どのを呼んで参りますゆえ、お待ちください!」

 

と、勢いよく木の幹へと飛び上がり、来た道を颯爽と戻っていった。

 

 

「……あいつはたまに調子が良くて困る」

 

左衛門はみるみるうちに小さくなっていく背中を見送りながら言った。

その顔はどうみても嬉しそうだ。

 

「顏と言葉が一致しておりませんよ」

 

「気のせいじゃ」

 

左衛門は細い目を更に細める。

目の前に絶世の美女がいるというのに、ちょっと妬けてしまう。

 

「良い妹をお持ちで羨ましい限りですわ」

 

「羨ましければ妹にしてやっても良いぞ」

 

「それでは左衛門どのが寂しい思いをするのでは?」

 

「わしら二人の妹ならば寂しくなかろう?」

 

「……なっ!?」

 

陽炎の唇はわななくばかりで、これ以上の言葉を紡ぐことはなかった。

絶句とでもいうのだろうか、左衛門は完全に油断している時にこんな事を言う。

油断も隙もない。

弦之介が相手ではないとはいえ、見知った者に好意を伝えられるのは胸が苦しくなる。

 

「べっ、別にそんなつもりでは……、そのっ…左衛門どの……」

 

自分でも驚くくらいに身体が熱を帯びてくるのが分かる。

もしかすると息も毒に変わりつつあるかもしれない。

少しでも距離を取らねば左衛門の身が危ういのに、二人の腕の分だけしか離れられないし、離れようとする素振りを見せれば意識をしているのに気付かれてしまう。

けれども、このままでは左衛門を殺めてしまうかもしれないのだ、恥を忍ぶほかない……。

 

「左衛門どの……っ!」

 

「兄さまー! 将監どのを連れて参りました!」

 

陽炎の声と重なりあうように、例の如く真上からお胡夷が降ってきて、将監の後に続いて落ちてきた。

さっきまでの昂りはなんだったのか? 二人と共に空から降ってきた葉っぱのように、一気に急降下していく。

しかし、これはある意味命拾いした。

 

「あれ? もしかしてお邪魔でしたか?」

 

場の空気になにかを察したのかお胡夷はすまなそうな顔をする。

 

「……や、ご苦労だった」

 

あからさまに間があった。あと少し遅ければ、左衛門の計画通りに陥れられる所だった。

遠回しに人の口から好意を聞き出そうなんて卑怯極まりない。

そんな事を考えながら左衛門の顔を見ていると目が合った。何となく気まずいが、ここで怯めば思う壺だ。

 

陽炎はキッと睨むと、ふいっと顏を背ける。

 

・・・…この忌々しい束縛から解放されたら、

「このままでは二度目はないぞ」と、お胡夷にけしかけ兄の教育を任せてみよう。

そして、大変な女に惚れてしまったことに後悔すれば良い。

 

「将監どの、早うこれを剥がしてくださいませ」

 

陽炎は再び不機嫌を演じながら言った。

だが、将監の口からは信じられない言葉が飛び出した。

 

 

「剥がす方法なんぞ、わしは知らん」

 

 

この後、どうなったか。

それはまた別のお話。

 

 

 

 

 
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