No.729641

眠るあなたの横顔を

くれはさん

睦月結婚もの第6話。また番外編。
弥生と卯月が鎮守府に来て、しばらく経った――そんな、ある夜の話。

2014-10-12 22:20:42 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:922   閲覧ユーザー数:895

「――んー……っ!今日もうーちゃん、一日頑張ったぴょん!」

 

 

……今日の出撃を終えて。

工廠に艤装を預け、私と卯月は鎮守府の廊下を二人で歩いていた。

 

私のすぐ横を歩きながら、大きく腕を上に上げて伸びをする妹に……、

私は少しだけ頬を緩ませながら、声を掛ける。そうだね――と。

 

 

「……お疲れ様、卯月。疲れてるなら、お風呂行く?」

「もっちろん!弥生も一緒ぉ?」

 

 

赤い髪を楽しげに揺らしながら、少しだけ微笑みを見せて。卯月は、私に聞いてくる。

……もう、私がどう答えるか分かってて、聞いてくるんだから。賢いというか――可愛いというか。

 

「うん。……卯月の髪、洗ってあげようか」

「わぁい!弥生、大好きっぴょん――!」

 

 

 

 

ここは、リンガ泊地、鎮守府。

海より来る異形の存在、『深海棲艦』に対抗するべく作られた前線基地。

 

昼間は天高くに輝いていた太陽は、山の稜線に沈み

――やがて、夜がやってくる場所。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――私、弥生と……そして、妹の卯月。

私たち二人がこのリンガ泊地の鎮守府に着いてから、数か月が経った。

 

 

着任してすぐのころに、私は卯月と睦月達に迷惑をかけて。

それから立ち直って、少しでも強くなりたいと思いながら……頑張って。

 

 

 

そして、今は――

 

 

 

「…………ふぅ」

「いい気持ちぴょん……♪」

 

 

少しだけ熱めのお風呂に、卯月と二人で浸かりながら。今日の戦いの疲れを癒していた。

 

長い髪を、お湯に浸からないように上げて。

お湯の中の身体と、露出した肩、首の温度差に――少しだけ寒さを感じて。ちょっと、身体を沈める。

……うん、あったかい。

 

 

 

 

……このお風呂に浸かるようになって、もう何度目かな、と。そう思うくらいには、長い時間が過ぎた。

それだけ、私達は何度も訓練を重ねて、戦って――何とか、睦月達主力の皆についていけるくらいにはなれた。

 

でも、と。そう、頭の中で言葉を作りながら……お風呂の水面に両手を浮かべて。

手のひらをじっと見つめて……思う。うん、まだまだ……だよね。

並ぶにはまだ遠いから、もっと頑張らないと。

 

……と、そんな風に思っていると、

 

 

「わぷ……っ!?」

 

俯きながら、水面の手のひらを見つめていた顔に。真横から、温かい水の塊が飛んできた。

 

……少し濡れた顔を、水が飛んできたほうに向けると。

そこには、組んだ手をこちらに向ける卯月の姿があった。

 

「むずかしー顔はダメぴょん。ほぅら、笑ってわらってぇー……えいえいっ!」

「ちょ、卯月、水鉄砲止め……っ」

 

卯月の手が小刻みに動いて、今度は真横じゃなく正面から水の塊を受ける。

やめて、と私が言っても、卯月はやめてくれない。何度も水の塊が、私の顔を濡らす。

…………だったら。

 

「ぅびゃあ!?」

 

水面まで持ち上げていた右手を背中の方に軽く引いて、卯月の方へ払う。

払った腕は水面を凪いで、卯月の肩くらいまで届く小ぶりな波を作った。

 

「……お返し」

 

やめて、って言ってもやめてくれなかったんだから。これくらいはするよ?

……これでお相子でいいよね、と。そう思ったけれど、

 

「弥生ずるいぴょん!うーちゃんは水鉄砲なのに、波は卑怯だぴょん!

 ……だったらこっちも、波作っちゃう、ぴょんっ!撃てぇ、うてぇー!」

「きゃ……!もう、やったね卯月――!」

 

 

 

ばしゃんばしゃんと、水を凪ぐ音、波が水面にぶつかる音がお風呂場に響く。

波の掛け合いはどんどんヒートアップしていって。大きく動いて、髪を束ねたタオルが頭の上で解けそうになる。

それを抑えながら、今度はもっと大きい波を作ろう、と――

 

 

 

 

 

「――あれ、二人ともお風呂?」

 

 

……からり、とお風呂場の戸が開いて。

少し灰色がかった紫の長い髪を、ふわり、と揺らしながら――由良さんが現れた。

 

 

「二人で楽しそうなところ、ごめんね。ちょっとお邪魔していいかな」

 

 

……そう言いながら、由良さんは。

ん、とか、ふぅ、とか……お風呂場に小さく、細い声を響かせながら。身体をお湯で流し始める。

 

 

締まったお腹、すらりと伸びた背中、細い腕に、掛けたお湯が走り。

その後に、肌の表面に僅かに残った滴が、つぅ――と。背中を滑り落ちて、お尻まで落ちる。

つやつやした、綺麗な肌も相俟って…………すごく、色っぽい。

 

 

「ん……」

 

 

……はっ、と。由良さんの口から洩れる声で、自分が見入ってしまっていた事に気付いて。

そう言えば、さっきまで何をしていたっけ――と。周りを見回したら。

私の横で、同じ様に……動きを止めている卯月がいた。

 

ぼうっとしていた卯月と、視線が合い――私と卯月は、互いに頷き合って。

くい、と、二人で由良さんのポーズを真似る。……けれど、卯月のどこにも全然色っぽさはなかった。

そして恐らくは、卯月の見る先……卯月と似た体形の、私も。

 

 

「い、色っぽく……ない……」

「だ、大丈夫ぴょん!弥生とうーちゃん二人で力を合わせれば、匹敵できるくらい色っぽく――」

 

 

 

 

 

「お邪魔するネー!」

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

威勢のいい声と笑顔と共に――

体系は由良さんほどスレンダーではないけれど、大きな胸を持つ金剛さんが入ってきて。

…………ぺたぺたと、自分の胸を触り。……私と卯月は、何も言えなくなった。

 

 

 

「What?弥生と卯月は何で俯いてるのネー?」

「……なんで、かな?私も良く分からないなあ」

 

 

***

***

 

「――アハハ、そんなの気にすることないネー!」

「弥生ちゃんも卯月ちゃんも、可愛いわよ?落ち込むほどじゃ、ないと思うけど」

 

――金剛さんと由良さんが来て、湯船には4人が入り。

そこで私達は、先程の表情の理由を聞かれ、答えた――のだけど。……笑われてしまった。

 

金剛さんと由良さんは、私達の隣に座って。

その分、先程よりもずっと近くで、彼女達の身体を見る。

 

「……」

 

……やっぱり、綺麗。バランスのいい身体は勿論――肌も。

さっきは遠目だったから、綺麗な肌――としか思わなかったけど、近くで見ると、また違う。

肌のお手入れもしっかりされていて、羨ましいと思えるほど……綺麗。

この肌も、彼女達の身体を引き立てていると思う。

 

……ふぅ、と。羨ましいと思う気持ちを溜め息にして吐き出してから、

 

「やっぱり、――すごいと、思います」

 

そう言いながら手を伸ばし、恐る恐る由良さんの腕に触れる。

――手が吸い付くような、っていうのは、本当にこういうことを言うのかな。

 

 

 

 

 

 

 

……と、由良さんの肌に触れていて。

ふと、先日の大きな戦闘の――その中であった事を思い出して。

 

「……そうだ、肌、って言えば。

 ――あの、金剛さん。榛名さん、結構大きい怪我、してたみたいでしたけど……大丈夫でしたか?

 怪我は勿論……傷とか、残ってないですか?」

 

おずおずとしながら、私は。――先日大きな怪我を負ったばかりの、金剛さんの妹の事を聞いてみた。

 

「ああ、No Problemネー。ちょっとした怪我はあったけど、今はもう綺麗に治ってマース。

 ……これも、榛名を助けてくれた響のおかげネー。

 最近榛名が響にお熱で、妹に恋人が出来たみたいで姉としてはちょっとさびしいけどネー……」

 

本当に、榛名の姉としては感謝してもし足りないネー……と、金剛さんは続けて呟く。

その顔に心配そうな部分は少しも見えなくて――本当に、大丈夫なんだと思った。

 

 

 

 

 

 

――榛名さんと、響さん。今私達が話に上げたのは、先日のMI作戦で大怪我を負った二人の事。

 

少し前に決行された、AL/MI作戦。

主力を2つに分けて、それぞれの海域に赴き……最終目標であるMI島の制圧を行う、そんな作戦。

その作戦自体は――成功した。

 

 

……だけど。

主力が出払ってしまっていた私達の鎮守府に、深海棲艦は最後の力で攻撃を仕掛けてきた。

その敵戦力の中には、『姫』と呼ばれる――戦艦級よりもはるかに強力な敵も、いた。

 

鎮守府を守る戦力として、残っていた響さん、暁さん、電さん、榛名さん、祥鳳さん――

彼女達は、私達が戻ってくるまで……『姫』達と戦い、鎮守府を守ってくれていた。

 

その、守りの戦いの中で。戦艦の『姫』と榛名さんが戦い。

危なくなったところを響さんが飛び込み、助けた――私は、そんなふうに聞いている。

大怪我どころか――生きて帰る事すら危うい、そんなぎりぎりの戦いだったという。

 

 

 

 

 

「……響さんは、やっぱり凄いです。この鎮守府の先輩、という意味でもそうですけど――

 『姫』相手にも臆さないで立ち向かえるなんて。私には、難しいかも」

 

……だけど。

それは――いつか私が望んだ、睦月を、如月を、卯月を……大切な人を守れる、憧れの姿。

なれるなら、そうなりたいと。そう、思っている姿。

 

 

 

 

 

 

……と、そんな風に考えていると。

不意に、腕をつつかれているような感じがした。感触があった方の腕を見てみると――

 

「――卯月?」

「…………」

 

卯月が、不機嫌そうに膨れていた。……どう、したんだろう。

 

「Ah...、心配しないでいいデース、卯月。

 弥生、響みたいになりたい、って思ってるかもデスけど、それは難しいと思うヨー?

 あれはワタシも真似できないデスから」

「……そう、なんですか?」

 

ふぅ、と横で由良さんが溜め息を吐いて、

 

「あれは、響ちゃんと……出来ても、榛名ちゃんくらいじゃない、かな?」

「響みたいに、臆さず焦らず、捨て身で突撃するのは……さすがのワタシも無理ネー。

 響が出来るのは、……ウーン、ワタシ達の『前』の人生で色々あったからだと思うヨー?」

 

……『前』の人生。

つまりは、『私達』が、御魂として艦に宿っていた時の……一生。

 

私も、響さんについての話を聞く事があった。……彼女の、辛い過去を。

今はもうあまり気にしていないよ、と言っていたけど――彼女はその時、何を思っていた、のかな。

 

 

 

 

やっぱり、私みたいに……誰かを助けたいと、そう思っていたのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、この話はここまでデース!さっきから卯月もむくれてるし、ネ?

 ええと――この前は何の話をしてたデース?」

「はいはい、りょーかい。金剛ちゃんの言うとおりにしましょう?……ええと、お肌の話、だったっけ」

「そうそう、その話ネー!弥生がワタシと由良の肌を綺麗って言って……

 Hmm、何だか自分で言うと照れるネー…………って、Um?どうして弥生達がそれを聞くんデース?」

 

……え?と、私は、疑問の表情を浮かべる。

だって、私は金剛さんと由良さんの肌が綺麗だ、って話していたのに……?

 

「……??卯月、わかる?」

「……うーちゃんも、わからないぴょん??」

 

横に顔を向けて、卯月にも確認してみる。けれど、やっぱりわからない。

金剛さんの言葉に、そう言えばそうね、という表情を由良さんもしているけれど……どうしてだろう?

 

 

「……?弥生達が分からないはず、ないと思うけどネー?

 だって、ワタシ達の肌がキレイっていうなら――――それは、如月のおかげヨー?」

「そうそう、この高速修復剤とか。如月ちゃん特製の、凄い乳液でね。

 治療に使ってるうちに、お肌の調子も整えてくれるものなのよ?」

 

そう、言いながら。金剛さんは、お風呂に持ち込んだ桶の中から、高速修復剤を取り出す。

金剛さんが手にしているのは、乳液タイプ――私と卯月がここに来た時に、如月が使ったのと同じもの。

 

 

見覚えのあるボトルに、……あれ、如月のお手製だったんだ、と妙な感嘆をする。

というか、高速修復剤、だよね?美容効果もあるって、如月すごい事してない……?

 

「あれを作ってたのが如月って、それは衝撃の事実ぴょん……」

 

そう答えた卯月に、Hmm、と金剛さんは唸って、

 

「……弥生達は本当に知らないみたいネー?」

「はい。私達、飲料の方の高速修復剤を使ってたので……………………あ」

 

……一つ、思い当たる事があった。

 

「ね、卯月。そういえば……私達がここに来たとき、如月がこれ、もってきてくれた……よね?」

 

私のその言葉に、卯月はおお!と頷いて、

 

「言われてみれば、そんなこともあったぴょん!

 ……あの時に如月にヒドい目に合わされて、うーちゃん達は飲料にしたんだぴょん」

「……ひどい、目?」

 

由良さんが不思議そうな顔をする。……うん、あんまり思い出したくはないんだけど。

私もだいぶ、辱められた――って、そう思ったから。

 

「私と卯月、ここに来た時に……如月に、高速修復剤の使い方を教わったんです。…………じっくりと」

 

 

 

 

――だぁめ♪……だって、弥生ちゃんは高速修復剤の使い方、知らないでしょう?

  お姉ちゃんが、じぃっくり教えてあげる♪さ、お風呂から出て?

 

 

 

「身体をいっぱい触られて……本当に酷い目にあったぴょん……」

 

……私と卯月は、少し遠い目になる。

如月は、本当に遠慮なく触って。高速修復剤を塗る為に、どこにでも手を伸ばしてきた。

治療行為、または姉妹のスキンシップ、と言い換えても……それでもちょっと、過剰だったと思う。

言い方は悪いけど――姉の玩具にされている、みたい、な?

 

 

 

……と、そんな風に思っていたのだけど。

 

「ぷぷ……っ、違うネー、弥生。

 それは多分、妹にお姉ちゃんとして、精一杯、出来る事をしたんだと思うヨー?」

「私も同感、かな。如月ちゃん、来たばっかりの弥生ちゃんと卯月ちゃんの事、心配だったんだと思うな?

 ……だから、傷がないかな、身体は大丈夫かな、って。そんな風に思ってたのかも」

「…………そう、なんでしょうか」

 

分からない。……本当に、金剛さんと由良さんの言うとおり、なんだろうか。

何度か如月と一緒にお風呂に入ることもあったけれど――、

私と卯月が飲料の高速修復剤ばかり使っているのを見ても、如月は何も言わなかった。

……もしそうなら、そうだって言ってくれればよかったのに、と思う。

 

――そんな風に、考え込んでいたら。

金剛さんが、私に声を掛けてきた。

 

 

 

「さて、弥生、卯月。ここに、そんな姉の愛がたっぷり詰まった高速修復剤があるヨー。

 ……ワタシ達みたいにうるおいのあるお肌になれるけど、どうするネー?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「や……優しくしてほしい、ぴょん……。弥生……」

「う、うん……気を付けて、する……。……痛かったら、言ってね?それじゃ――」

 

「……ん、ひゃ、……ふ、んん…………、っ!?」

「あ、痛かった……!?ごめんね、卯月」

「ん、大丈夫……ちょっと、冷たかっただけだから……。弥生の手、気持ちいい……ぴょん……♪」

 

「……ね、卯月。私、すごくどきどきしてる。……なんで、かな?」

「うーちゃんも、すごく……どきどきしてる、かも……。弥生、今度は弥生のばん……?」

「うん、いいよ。……お願いするね、卯月。…………ん、っ」

 

 

 

 

 

 

 

「やー、弥生と卯月は中いいネー。…………でもちょっと焚き付け方を間違えた気もするネー」

「さっき、弥生ちゃん達に私達が色っぽい、って言われたけど。

 ……うん、今の弥生ちゃんと卯月ちゃんも、かなり色っぽいよ、ね?高速修復剤塗ってるだけなのに」

 

 

***

***

 

 

「それじゃ、弥生も卯月も。湯冷めしないようにするのヨー?」

「じゃあ、ね?」

 

 

 

――少しだけ長めのお風呂を終えて。

私と卯月は、金剛さんたちに見送られながら、お風呂場を後にした。

…………さっきまでの自分たちの事を、ちょっと恥ずかしいと思いながら。

 

「……私達、ものすごく恥ずかしい事をしてた気がする……」

「き、気のせい……ぴょん、多分……」

 

ぺたぺた、と。私に並んで横を歩く卯月の顔は、赤い。――そして多分、私も。

正直なところ、今すぐ顔を手で覆って走り出してしまいたい……けど。

 

……うう、如月の事をスキンシップ過剰って言えない……っ。

さっきの私達も、ちょっと行き過ぎたところ、あったよね……。

 

 

 

「――もう、もっと睦月ちゃんに押し押しで行ってもいいのよ?」

「いや、分かってるんだけどね……でも、そうし辛い所もあるのよ……。

 押しで行って、抑えられなくなって……それでもし、睦月に嫌われたらどうしよう、って――」

 

 

 

 

……なんて、思っていたら。

噂をすれば影、というのか――如月と、そして司令官が。廊下の向こうを歩いていた。

如月も司令官も、片手に荷物……資料を抱えながら、何かを話しているみたいだった。……執務の話、かな?

 

「……??弥生ー、何してるぴょん?うーちゃん達お部屋に着いたぴょん」

「あ、ごめんね卯月。ちょっと気になる事があって。……じゃあ、入ろっか?」

「おっけーぴょん♪」

 

 

 

 

 

 

 

――その後、ご飯を食べて、また部屋に戻って、少し二人で話をして。

そうしている内に、夜は更けて――

 

 

 

 

 

 

 

「――それじゃ、お休みなさい。卯月」

「うんっ。弥生、お休みぴょん――――」

 

 

 

私達は、ベッドに入った。

 

 

***

***

 

 

……もそり、と布団を動かす。

 

 

おやすみの挨拶をしてから、時間が経って。

隣のベッドから、すぅ――すぅ、と静かな寝息が聞こえる。

 

 

「…………」

 

 

 

 

――響さんは、やっぱり凄いです。この鎮守府の先輩、という意味でもそうですけど――

 『姫』相手にも臆さないで立ち向かえるなんて。私には、難しいかも。

 

 

 

……寝れない。

その言葉が不安で。また、自分を置いて――どこかに行っちゃうんじゃないか、って。

最近は、不安じゃなかったけれど……今日は、あんなふうに言うのを聞いたから。

 

 

「…………っ」

 

 

思い出したら、また少し不安になって。

起き上がって、掛けてた布団を除けて……床に足を下ろして。

ゆっくり、隣のベッドへ歩いていく。

 

 

「ちょっとだけ、――ぴょん」

 

 

ちょっとだけ。……ほんの、ちょっとだけ。

こんな不安が、ただの思い過ごしだって。そう思えるまで、だから……。

 

 

「……ん」

「ちょっとだけ、お邪魔する、ぴょん」

 

 

そう言ってから、隣の――弥生の寝るベッドに、こっそり入り込む。

そうして入り込んで、身体を寄せて。弥生がちゃんとそこにいる、って安心する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……不安がなくなるまで、だから。

安心できたら、自分のベッドに戻るから。

 

 

だから、ちょっとだけ――いっしょに寝ても、いいぴょん?

 

 

***

***

 

 

「――ん、っ」

 

……不意に、目が覚める。

なんで、かな。暑くて寝辛くて、それで目を覚ました――様な、気がする。

何か、温かいものがくっついてるみたいな――

 

「……って――そっか、また来ちゃったんだ、卯月。」

 

温かさを感じる方――真横を見れば、そこには。

恐らくは自分のベッドを抜け出して、私のに潜り込んできた……寝間着姿の、卯月がいた。

卯月は抱きつくような格好で、私にくっついて――静かに眠っていた。

 

……以前にも、こういう事は何回かあった。

卯月が自分のベッドを抜け出して、私のベッドに潜り込んで……そのまま寝ている、っていう事が。

普段は、そんなことはないんだけど――

 

「ごめんね、卯月。……また、不安にさせちゃったね」

 

――卯月は、不安になった時。私の所に潜り込んでくる。

それは、私が怪我をしたり、――今日みたいに、危なっかしい事を言ったり。

 

 

 

 

『――響さんは、やっぱり凄いです。この鎮守府の先輩、という意味でもそうですけど――

 『姫』相手にも臆さないで立ち向かえるなんて。私には、難しいかも』

 

 

 

……卯月は。

私に、危ない目に合ってほしくない。そういう危ない事を考えてほしくない。

今度は、いなくなってほしくないって――そう、思っているから。

 

だから、私が難しい顔をしていたら……そういう事を考えていると思って。

卯月は私を笑わせようとする。考える事を止めさせれば、そういう事は起こらない、って思っているから。

 

 

……そんな風に考えていただろう、卯月の髪を撫でながら。

ぽそりと、呟く様に。

 

 

 

「ん、大丈夫……。弥生は、ここにいるよ。……うん、いる」

 

 

 

そんな卯月は、可愛くて。思われていることは、愛おしい。

……けれど、卯月を不安にさせている私は、情けないと思う。

その為に卯月は、私を笑わせようとしていて――だけど、卯月自身は笑えていないんだから。

 

 

 

 

 

 

 

だからどうか、卯月には。――私のためじゃなくて、自分のために笑ってほしい、って。

 

そう思いながら、私は。もう一度、目を閉じた――

 

 

***

***

 

 

――カーテンから差し込む眩しい光で、目を覚まして。

もう一度眠る前と同じく、寄り添いながら眠る卯月の横顔を、じっと眺める。

 

 

「全く、もう。お寝坊さんで、甘えん坊さんなんだから」

 

 

……結局、卯月はあの後ずっと眠ったままみたいで。ベッドには、戻った後はなかった。

それだけ、私といるのが安心できるのかな――なんて、冗談めかしながら考える。

 

 

 

……予定してた起床時間までは、まだ少し時間がある。

だからそれまで、卯月をゆっくり、寝かせてあげよう。

 

少しでも幸せな気分で――笑顔で、起きられるように、って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眠る卯月の横顔を――

少し口元をゆるめて、見つめながら。目が覚めたらどんな言葉を掛けようか、なんて考えていた。


 
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