No.725306

文章訓練226

H@さん

普段考えていることやふと思いついたことを簡潔にまとめて速書する訓練をしています。><
文章練習です。

2014-10-01 07:18:25 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:194   閲覧ユーザー数:194

ある場所に行ってどんなに尽くしても、最終的に男性は、昔よりはよくなってきたけれど接客業の窓口が女性より狭く、将来的に運営費の足しになるかどうかの重大問題である多額の裏収入の見込みがないので本命から落とされやすい、奥さんがいた場合、そうとう収入が良くないとまともな交際は無理なのでやはり振り落とされてしまう、そういう状態なので、悔しさが募って、今まで尽くした分を取り戻すために常にある場所には、そこへ行って尽くしたメンバー全員の意見をもとに最もみんなで回してみたいと思う女性を行かせたがっているように感じます。

 

また、最初は頑張ったけどダンダンと上記に書いたような実情が見えてくると、自分の趣味や夢を捨てないとならないことや、捨てたところで、女性でもっと稼げるタイプが現れるとすぐ交代させられるので、頭に来て開き直ってしまって、あくまで最終的にある場所には、上記に書いたとおり、そこへ行った大勢の意見を酌んで接客で働くことになったら遊んでみたいなと思う女性を行かせたがっていると思います。

 

なので、誰かがそこへ行くと最初は、ちょっと不愉快そうな顔をしただけでいつもと変わらぬ態度で売り上げに協力する態度を通って来ているお手伝いのみんながすると思いますが、そのままずぅっとそこへ通っていると、ある日突然まったく非協力的になり、売り上げもガタンと落ちます。そして売り上げの急落と損失の型に身売り同然の内容の接客に行くようにオーナーから強制されるようになるでしょう。必ずそうなると思います。やはりお手伝いの人等からの新顔虐めとお客さんもいつか自分がもっと親しくなりたいと思っていたからそういう意味での嫉妬もあると思います。たとえ以前の交際者が舞い戻ったとしても、今更という顔をされるだけで、お手伝いの集団は、既にオーナーを私物化して自己本位な独占欲を抱いているので前の知り合いに悪いとかそういうモラルや良心はとっくにどこかに吹き飛んでいる状態だと言えるでしょう。同時に、実は最初からそのつもりだったとも言えます。以前の交際者を含めてそこへいかせる女性は、のっけからいづれは接客に陥れる気なのです。そして、回したい人物をそこへ行かせたがっている奴らとある場所の客はグルっていると思います。お客も自営業をしていて自分の店の品の利益に対する客への見返りのためだったりある意味気に入らない態度の人を最初から酷い目に遭わせるために行けと言っている、悪いけれどそういうことが大いに考えられます。

 

そういうわけなので、ある場所へしきりに行った方がよいと言われているからといってうかつに喜ぶわけにもいかないと感じますね。何故なら、行けと言っている人らは決して心からそこへ行った方が良いと言っている人物の将来の幸せのことなどちっとも考えていないことは明白だからです。

 

さらにどんなに稼げるタイプがそこへ行ったとしても、お金はあればあるだけ良いと行ったタイプがある場所のオーナーです。もちろん、そのオーナーは、ワンマンで利己的なタイプなので、その人について行くと殆ど毎日のように働かされます。そして、働いている時間中にオーナーは他の人とランデブーしたり、好き勝手にやっていたりで、まるで選ばれてそこへ行ったものだけが働き蜂のように扱われ、あからさまに踏み台にされてしまいます。結局、ある場所に行っても自分はさながら奴隷同然だけどオーナーには好き放題に振舞われるという実に恐ろしい悲劇が起こり、毎日がひたすら自己犠牲の日々が待っているだけなのです。

 

最近よく天災事故がありますが、あれはもちろん権力者達の権威を知らしめるための威嚇もあると思うけど、ある場所のオーナーさん自身が結構魅力的なタイプで、どこかの大手企業の高額商品の代用品になっていると思われるので、常に男がそばにはべっている状態だと商品を買い取る予定の取引先の優良顧客が嫉妬してしまい、購入予定のものまで破棄されてしまい全てが白紙に戻って大変不利益な状態になるので邪魔だからというのも絶対にあると思います。

 

それほど大手の一部はエゴがすごいようなので、だからこそ喜びの会のメンバーに選ばれると―経営者の僕の貢ぎ役などがそうでしょう―同性愛者になってしまう人がとても多い、つまり一種の犠牲だと思います。異性と付き合うと嫉妬されてしまって高い値段で売りつけることが難しくなるからだと思います。

 

また、昨日、商品の名前やデザイン、絵柄、画像に表現されているものがその商品を高額に買い取った取引先に差し向ける喜びの会のメンバーのタイプを表現しているものだということに気づきました。新商品が発表されたり販売されるまでにネームやデザイン、画像などのイメージにピッタリの喜びの会のメンバーがそろっていないと不吉が起きます。一部の大手は、合図やリアクション、あるいは反応だけで、喜びの会のメンバー作りを当然のように社員にやらせたがっているように感じられます。そのことに気づけなくて気づいていたとしてもまさか死刑はないだろうと思って、自分が喜びの会のメンバーを気に入ってしまうと、お客さんにまともに提供せず、コッソリ実質は自分たちだけで付き合ってしまうことが多いから、怒りを食らうというのは絶対にあると思いますね。そのことは今までの経過を辿ってみると確実に当たっているような気がしてなりません。


 
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