No.724155

『舞い踊る季節の中で』 第147話

うたまるさん

『真・恋姫無双』明命√の二次創作のSSです。

二度目の邂逅。蓮華はあらためて知る。呂布の恐ろしさを。
だがそれは蓮華が成長した証。蓮華は王として試練を乗り越えられる事が出来るのか。

続きを表示

2014-09-29 20:00:01 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:3710   閲覧ユーザー数:2866

真・恋姫無双 二次創作小説 明命√

『 舞い踊る季節の中で 』 -群雄割編-

   第百肆拾漆話 ~ 蓮の囁きし音に耳を傾けん ~

 

 

(はじめに)

 キャラ崩壊や、セリフ間違いや、設定の違い、誤字脱字があると思いますが、温かい目で読んで下さると助かります。

 この話の一刀はチート性能です。 オリキャラがあります。 どうぞよろしくお願いします。

 

北郷一刀:

     姓 :北郷    名 :一刀   字 :なし    真名:なし(敢えて言うなら"一刀")

     武器:鉄扇(二つの鉄扇には、それぞれ"虚空"、"無風"と書かれている) & 普通の扇

       :鋼線(特殊繊維製)と対刃手袋(ただし曹魏との防衛戦で予備の糸を僅かに残して破損)

   習得技術:家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(本人は無自覚)

        気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)、食医、初級医術

        神の手のマッサージ(若い女性は危険です)、メイクアップアーティスト並みの化粧技術、

        

  (今後順次公開)

        

【最近の悩み】(蜀編)

 

 現代に比べて、娯楽が少ないというか、ほとんどないと言っていい程のこの世界において、女の娘の可愛い姿を想像するというのは、数少ない娯楽と言えると思う。

 別にいやらしい服を着せるとか、そういう相手に失礼なのを抜いたとしても、そういった想像が嫌いな人間は男女問わずにそういないと思うわけだ。

 結局、何が言いたいかというと、似合いそうな服はないかと聞かれて、記憶にあるいくつかのデザインを提供しても問題はないはずという事だ。

 実際、新しいデザインというのは物珍しいとか斬新とかいう以前に、縫製技術の発達や生地の発展など様々な経済効果などの恩恵をもたらしてくれる。もっとも、それがものになるかとか儲かるかとかいうのは、それぞれの問題なわけで…。可能性としては十二分にある……はず。

 ………というわけで。

 

「あんたは、なんでこういう余分な事をするのっ!」

 

 とまぁ、何故か勢いよく部屋に怒鳴り込んできた詠に、困惑しているわけだ。

 なぜこの一言で、どのことか分かったのかと問われれば、至極簡単なことで、怒鳴り込んできた詠の姿を見れば一目瞭然。

 

「俺が事の発端だというなら、文句は最後まで聞くけど」

「なによっ。ボクの怒りはちょっとやそっとじゃ収まらないからね」

「えーと、なんで、詠がその服を着てるの?」

「いっ、いっ、言えるわけないでしょっ! それぐらい察しなさいっていうの!」

 

 と、なぜか無理難題を言われた挙句に逆切れされてしまう。

 問題の原因らしい詠が着ている服は、先日馬岱に個人的に頼まれて提供した幾つかの服のデザインの一つで、そのなかに一つだけ遊び心も兼ねて某有名な軽食店の衣装だったりするわけで。例に洩れずそういう衣装でも有名な店というとデザインが特徴的なものが多い。とくにこの衣装で一番目特徴的なものを挙げるならば、頭とお尻のあたりについた耳と尻尾の形を模したアクセサリー。しかも狐の。

 つまり今の詠はキツネっ娘の姿をしており、とてもかわいらしい姿。だからこうして怒っていても、なんというか…その怒った表情とキツネっ娘の姿があいまって、ますます可愛く映ってしまう。なんというか、表情豊かなキツネっ娘というのはこういうのかもしれないと。

 おまけに本来は他人の物なのか、背丈はともかく、ごく一部。……まぁ明命や翡翠にない部分と言ったら、二人に怒られるので言わないが、その部分の寸法が小さいらしく。たぶん着た時は何とかなってたんだと思うんだけど、この部屋まで駆けてくるまでに生地と糸が耐え切れなくなってきたのか、詠の物が収まりきれずにギリギリまで持ち上がってきたため強調されて。なんというか谷間が谷間をさらに作ったというか、うん、正直に言って眼福♪ といっても丸見えと言う訳では無く、例えるなら【可愛い】じゃなくて【ちょっぴしエロ可愛い♪】。ちなみに、この【ちょっぴし】と言うところが重要。大事な事なのでもう一度言いたい。って、いかんこんなことを考えてたら。

 

「そういえば、アンタなんか顔が赤いけど。まさか病気とか言わないわよね。

 ちょっとやめてよね。この国にいるうちに病気になんてことになったらボク達のせいになりかねないんだから」

「い、いや、大丈夫。そういう訳じゃないから…」

 

 うん、とにかく詠にどう言えばいいんだ?

 1:谷間が凄いことになってるよ。

 間違いなく変態呼ばわりされた挙句に、詠の場合拳が飛んでくるに決まっている。

 2:胸が強調されてセクシーだね。

 どこのスケベ親父のセリフだ。おまけに意味が通じるかともかく、通じてたとしたら1と結果が変わらないので却下。

 3:とりあえず最後まで気が付かない振りする。

 これが一番まともそうで、波風を立たせずにすむ気がするけど、今の状況下で誤魔化しきる自信ははっきりいってない。そもそも、後で詠自身が気が付いた日には、知っていて黙っていたと更に文句を言われるに決まっている。

 4:じゃあ2に近いけど、とにかく褒めて褒めて褒めちぎって、この場を誤魔化してお帰り願う。

 詠の今の可愛いところを十は軽く言えるけど、結局は3と変わらないな。

 

 ………しかたない。

 本人が気が付かないままというのも、可哀そうだし。そういう詠を放っておくのも俺自身がなんとなく面白くない。だって今の状態を放っておくと言う事は、他の人達の目にも映ると言う訳で……。

 

「詠」

「医者なら此方持ちで呼んであげるわよ。この国にいる間はこちらの責任だもの」

「そうじゃなくて、詠が何に怒っているかは知らない。でもこれだけは言わせてくれ」

「な、なによ」

「その服の詠、すごく似合っている。うん可愛い」

「えっ、ちょっ、な、なによ、いきなり」

「そりゃあ普段の詠も魅力的だよ。 でも普段見えない魅力が引き出されているんだ。何というか詠の野性的の魅力と、どんなに隠そうとしても隠せない詠自身が持つ知的な魅力。一見相反するようだけど、それが見事に融合して、詠の魅力を全て引き出そうとしているんだ。

 いやっ、足りない! その服では詠の魅力を100%引き出す事なんてできやしないっ!それでも、今まで隠れていた詠の魅力を引き出せていることには違いない」

「なっ、なっなっなっ、何を訳の分からないことを。いっ、いっ、言わなくていいから、

 これ以上言われたら、頭の中がおかしくなるというか、…って、ボク、何を言ってるのよ。いい、勘違いしないでっ、ボクはそういうつもりじゃって、…違う、違うっ。そう言う事じゃなくて。と、とにかくそれ以上言ったら承知しないというか。ボクが何をするか分からないというか…」

 

 自分でも調子に乗りすぎかなぁと思いつつも、とりあえず病気云々と言う勘違いを誤魔化せた手ごたえに満足しつつ。

 

「何を言うんだっ。せっかく詠がこんなに魅力的だというのに、それを言うなだなんて言うのは、はっきり言って犯罪だ。世界の損失だっ」

「あっ、ぅぁっ…ぁっ…、ぅ…、ア、アンタ…よ、よくも、そんな出鱈目を・」

「なんで出鱈目を言う必要があるんだ。詠が可愛いのも、その服によって、詠の魅力的なの頃が引き出されているのもすべて本当の事だ。

 詠っ。俺が嘘を言っているように見えるか? 俺の目を見てくれっ!

 嘘を言っていると思ったなら、思いっきりぶん殴ってくれていい。だから、俺の言う事を信じてくれ」

「わ、わかった。分かったから、それ以上顔を近づけないで。そ、その本当に、それ以上は勘弁して。お願いだから。 本当にこれ以上迫られたら、ボク…」

 

 別に嘘は言ってない。多少大げさに言ってはいると思わなくないけど、すべて本当の事。詠が魅力的な女の娘だというのは、誰もが認める事実だし。月だけでなく、みんなに聞いて回っても、きっと肯くに決まっている。

 俺はみんなの代表して、心の思うままを口にしているだけだ。

 だから……。

 

「ああ、分かった詠が其処まで言うなら、これ以上は言わない。

 でも、これだけは聞いてくれ。

 詠、俺の言葉を信じられないならしかたない。なら詠の目でもう一度だけでいいから確認してほしい。詠が今どんなに魅力的な服を着ているか。そしてどんなに詠が可愛い女の娘で、なにより綺麗なのかを」

 

 俺はそういって、詠の何故か小さく震えている肩を、そっとやさしく手を添えながら部屋の隅の姿見のあるところへと誘導する。

 まだこの国には入っていないらくしく、銅鏡だから反射率や色味が悪いとはいえ、流石は城にあるだけあって、曇り一つなく磨かれており、たしかにそこには顔を少し赤くしながらも、俯きながらも鏡を恐る恐る覗き込むキツネっ娘姿の詠が映し出されている。

 可愛らしいフリルで飾られていようと、その存在を主張するキツネの耳のカチューシャ。

 スカートの淵から、見え隠れすることでチラリズムを刺激するふさふさの尻尾。

 首元の魅力を隠すようでいて、そのじつ首の細さと肌の美しさを強調するチョーカー。

 そして………、

 俺が言いたい事に気が付いたのか、詠の瞳は大きく見開き。ただでさえ薄っすらと赤く染めていた顔が、凄い勢いで耳どころか首元まで真っ赤に染まって行く。

 

「ぁっ…ぁっ……」

 

 ……うん、わかってる。どうやったって運命から逃れられないと言う事は。

 だけど運命には逆らえないと分かっていても、全力で立ち向かう事が必要だと思うんだ。

 少なくとも俺は戦った。全身全霊を持って、如何に詠を傷つけずに伝えるかと言う運命と。

 

げしっ!

「ぐぁっ!」

「この馬鹿っ!助平っ! エロの御使いっ! 早く言いなさいよっ!このど変態っ!」

バタンっ

 

 ……と、嵐のような時間は来た時と同様に、突然と去っていく。俺の背中に小さな靴跡と背中の痛みを残して。

 うん、いいんだ。俺の言いたい事は十分に伝わった……はず。少なくとも詠が気が付かずに恥を掻く事を思えば俺の背中の痛みぐらい安いものだ。

 

「あたたたたたっ。

 それにしても、しっかりと体重の乗った一撃だったなぁ。……って、あの明命。いきなり箒なんて持ち出してどうしたの? と言うか、あの箒は上に持ち上げて構えるものじゃ」

「知りませんっ!」

 

ばしーーーーーんっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次項より、本編

 

 

蓮華(孫権)視点:

 

 

 祭の手前、虚勢を張って見せたものの、恐怖が無いと言えば嘘になる。

 脳裏に浮かぶのは虎牢関呂布を前にした時の己が不甲斐なさと肌で感じた呂布の強さ。

 そして呂布が率いる兵は、悔しいが我等が率いる兵よりも強く勇敢だと言う事実。

 むろんそれは平均的な一般兵での話だと判ってはいても、此処にいるのは僅か五百の程度の兵。幾ら精鋭だとは言っても、とても五千の兵に太刀打ちできる数ではないわ。もし呂布がその気ならば、一瞬で飲み込まれてしまう戦力差。

 此れを怖くないと言う人間がいるならば、それはただの馬鹿か壊れた人間よ。

 ましてや私の死が私一人の死では無く。王として、国として多くの人間を路頭に迷わす事になってしまうと考えれば、余計に死ねないと感じてしまう。此処でこうして立っている事が、我等孫呉に寄り添ってくれる者達への裏切りであり、彼等を軽く見る事だと囁く臆病な私がいる。

 

「恐い?」

「ええ。でも大丈夫よ。貴方が傍にいるもの」

 

 一刀の心配げな声に、でも私を信じてくれている瞳に、素直に心のままを口にする。

 以前の私なら間違いなく一刀の言葉に反発し、更に自分を追い詰めて視野を狭めていたでしょうね。

 でも今は違う。こうして一刀が傍にいると言う事もあるけど、此処に一刀の部隊がいる事が、この策は危険ではあってもまだ安全だと信じらる。 そうでなければ一刀が兵を五百も此処に置いたりしないわ。

 一刀なりに、この策に呂布が乗ってくると確信があるからこそ、私の無理を受け入れたのだと分かるもの。

 それにね。理由を一刀は話してくれないけど、この戦が一刀の戦だと言うのなら、それは私も同じ事。此れは私の戦でもあるのよ。

 

「一刀こそ大丈夫なの?」

「ん~、まあね。

 さっき皆に嫌と言うほど勇気を貰ったしね」

「ふふ、そうね」

 

 前回の蜂起による鎮圧など、勝つと分かりきったほどの戦力でもって、あらゆる手段でもってあらかじめ準備をしてきたもの。

 戦である以上、安全など何処にもないけど、それでも孫呉の新たな王として戦ったと言う実感はなかった。

 あたりまえよ。あの戦で私が戦ったのは、私が不甲斐なかったばかりに兵を起こす事を選択してしまった哀れな者達というより、私を王とする者達との戦いだったもの。

 こうして呂布と逢い見えるのは、あの時の雪辱を晴らすため。虎牢関で呂布の圧倒的な強さに気圧された私を、あの時一刀は護ってくれた。けど、もうそんな甘えは見せられない。

 王として、そして一刀の盟友として、此れからも一刀の隣に立ちたいのなら、あの圧倒的な強さに気圧されず、冷静に立ち向かって見せねば、私が私を許す事なんてできない。

 だから、この戦は孫呉の戦であると同時に私の戦でもあるの。 私が孫呉の王としてあるために、どうしても乗り越えなければいけない戦いなの。

 

 くぅ~。

「う゛っ……」

 

 なのに緊張とも高揚とも言えない空気が場を満ちる中で響き渡る。 この空気の中で緊張感も欠片もなく鳴ってみせるのは……私のお腹の音。

 うぅ、うぅ~っ!は、恥ずかしい。 まだ距離があるとはいえ、敵が目の前にいるにも拘らず、恥ずかしさに顔を真っ赤に染める私を、一刀は礼儀正しく聞こえない振りをしてくれてはいるけど。目元と口元に笑みを浮かべている辺り優しくないわよ。其処は隠し通しなさいっての。

 まったく、こんな時に鳴るだなんて、姉様やシャオに聞かれなくて良かったわ。きっと二人ともお腹を抱えて笑うに決まっているもの。

 

『さすがの私も、十倍の敵を前にしてお腹を鳴らすなんて余裕はないわね。 蓮華。貴女、とうとう私を越えたわ。 ぷっ、だめっ、げ、限界よ。あははははっはっ』

 

 そんな形でお姉様を超えたいなど思った事は一度たりとも無いわ。

 

『ぷっ、あははっはっ、お姉ちゃん、さすがにそれは無いって言うか。女としてそれはあり得な過ぎ。シャオだったら絶対に死んでもそんな真似なんてできない。 あはははははっ、だ、だめ、お腹がよじれそう』

 

 えー、えー、私が女らしくない事なんて、シャオに言われなくても十分に自覚しているわ。

 私だって時々思うもの、こんな可愛らしくない女を受け入れてくれる男性なんていやしないとね。

 孫家の姫君だ。呉の王だ。そんな事に関係なく私を受け入れてくれそうなのは、隣に立つ………。

 

ぶんぶん。

 

 頭の中を過ぎった考えを、おもいっきり頭を振って追い払う。

 駄目、姉様との約束。それに今はそんな事を考えている時ではないわ。

 幸いそんな私の奇妙な行動も、一刀には【かれ~】とか言う天の世界の食べ物の香りを振り払うように行動に思ったらしく、『事が上手く運べばもうすぐだから』だなんて言ってくる。しかもこれでもかと言うほど良い笑顔で。

 ………うん、安心したわ。愛も変わらずの一刀の鈍感ぶりに一気に目が覚めたわ。

 まったく知ってはいるけど、これでは翡翠にしろ、明命にしろ苦労が絶えないわけよね。

 でも悪い事ばかりではないわ。おかげで入り過ぎていた肩の力が抜けたもの。

 そしてその空気は周りの兵達にも伝わって行ったわ。たいしたことじゃないかもしれないけど、戦場に置いてはとても大切な事。たったこれだけの事でも死ぬ者が減るもの。 ……その原因が私のお腹の音と言うのは忘れたい事実ではあるけどね。

 

「どうやら、このまま突っ込んでくる気はないみたいね」

「ああ、でもこれで一つ証明出来たさ。

 話が出来ない相手では無いって事がね」

 

 騎馬の足を緩め始める敵軍の姿に、大きく息を吐いたのは私だけでは無く、おそらく一刀以外のこの場の人間すべてだろう。背中から伝わる空気が私にそれを教えてくれる。そして同時に息を抜きすぎていない心強さも私に教えてくれる。流石は姉様が一刀のために集めた精鋭だけはあるわね。

 ううん違う。それもあるでしょうけど、此処にこうして彼等があるのは、一刀が信頼しているから。そして彼等はその信頼に応えようとしてくれるからよ。それを見誤ってはいけないわ。姉様なら、きっとそう言うはず。

 

「ん……来た」

「ようこそ。たいしたおもてなしは出来ないけど、御飯だけは十分に用意してあるよ」

 

 馬から降りる事もせず交わされたのは矛でも剣でもなく、戦場と言う場にはあまりにも相応しくない呑気な言葉。

 でもそれは呂布と一刀に限った話。私も、そして兵達もとてもそんな気持ちにはなれない。呂布はただ其処に居るだけだと言うのに、伝わってくる彼女の強さはまさに人外の強さ。此れで戦う気になったらどれほどの物かなど考えたくもない。

 そして逆に呂布の配下達も同様なのだろう。相手は十分の一程の兵力とはいえ、遥か後ろには我等が本陣が待機しており。しかも己が主の言うがままついてきたとはいえ、此れが罠でない訳ないと疑心暗鬼に捉われるのも当然の事。

 ……なるほど、此れでは兵力差など無意味ね。一見、此方が圧倒的に不利で、あちらからしたら有利に見えても、一方的な兵力差が逆に疑心暗鬼を生ませる事で状況を五分にしている。

 こんな戦い方もあるとはね。これはこの場に居なければ学ぶ事の出来ない戦い方だわ。 一刀は一体こんな戦い方を何処で学んだのかしら。そんなのは天の世界に決まっていると判りきってはいても、天の世界ではただの庶民だったと言う一刀に、こんな知識を学ぶ理由など何処にもないはず。

 

「いったい何のつもりなのです」

「そんな事も分からないのか」

 

 馬から降りた呂布達を案内しようとする一刀に、睨みつけるように憎々しげに言葉を発したのは、まだ童女と言えるほどの小娘である陳宮の態度に、私もつい語気を荒げてしまう。

 会食など所詮は口実にすぎない以上、我等が出す要求など決まっている。

 そして貴様等の目論見がどんなものなのかも、此方は先刻承知。その上での場なのだ。

 陳宮の言葉が当然の言葉なら、私の言葉もまた当然の返答。

 もはや戦いはとっくに始まっているのだ。槍を振るわなくともな。 ならば、此方から下手に出てやる必要などない。場の主導権を渡す訳にはいかないのだ。

 だと言うのに一刀は、そんな事などお構いなしに椀に飯を盛り、其処へ【かれ~】とか言うとろみのある汁を注いだ椀を持ったまま地面へと腰を下ろす。そして美味しそうな香りを漂わせながら、木の匙で美味しそうに口に運び。一口二口ゆっくりと咀嚼した後。

 

「悪いけど自分で勝手によそってくれ」

「ん……分かった」

「恋殿っ」「一刀っ」

 

 周りの気も知らずに勝手に話を進める二人に、私だけでは無く陳宮も声を荒げてしまう。

 陳宮は毒でも持っていないかを。 そして私は食事の前にすべき話があるべきだと。

 

「飯に誘っておいて、飯も出さずに話は無いだろ?

 そもそも話をするだなんて、向こうには言ってないんだ。

 と言う訳で蓮華も食べなよ。話をするとしたらそれからだし、向こうが話をする気が無いと言ったら、それだけの話。今日の所はこのまま黙って帰ってもらうだけの事さ」

 

 私の言葉に、まるで子供を諭すかのように言うのは、まぁこの際仕方ないとして、私の分を勝手によそって、それを突き出したまま言うのは止めて欲しい。これではまるで私が食事に丸め込まれた子供みたいじゃない。

 なんにしろ、一刀の突拍子もない行動も分からない訳では無いわ。

 地に腰をしっかりと降ろして見せるのは、敵意の無い表しで、この場では争いは無しだと言う事。

 食事に誘っておいて名目上は客扱いになる呂布達より先に食事に口を付けるのは、一見失礼に見えるかもしれないが、それは食事の中に薬を盛っていない事を示し、同時に自分達で椀によそえと言うのも、後から薬を盛られる危険性が無いと安心させるため。

 そして一刀だけでは無く、呂布まで率先してご飯を食べ始めたなら、周りがそれに従わない訳にもいかず。此方の兵も、そしてまた呂布達の兵達もそれぞれ椀に食事を盛り始めて行く。

 そんな異常とも言える光景を余所目に、私も一刀にならって兵達に安心させるかのように腰に深く腰を下ろし、一刀がよそってくれた食事を口に…。

 

「………お、美味しい。それに思ったより辛くないのね。あれだけ香辛料を入れてたから、もっと辛い物だとばかり思っていたわ」

 

 口中に広がる味と香りと共に、おもわず口にしてしまった言葉。

 【かれ~】とか言う天の世界の料理は、見た目の想像通り濃厚な味わいではあるけど、思った以上に刺激がある訳ではなく、むしろなめらかな味わい。その濃厚な味も米の淡白な味わいが和らげ。米に染み込んだ濃厚な味が逆に食欲を余計に刺激する。

 正直、こう言う御飯に何かをかけて食べると言う下品な食事は好きになれないけど、粥の一種と思えば受け入れれなくはないわ。

 

「そう言うのが多いのは確かだけど、今回は使った材料や調理法が胃や体に優しい食材ばかりだったからだよ。

 このカレーと言う食べ物はね。使う材料や調理方法次第で千差万別に味も性質も変わる食べ物なんだ」

 

 私の言葉に、一刀が私の疑問に答えてくれる。

 香辛料の多くは漢方薬で、今回は滋養や体力を回復させるもの以上に、長期間の籠城戦で弱り始めている胃腸の働きを助けるための物を多く使用したと。袁術の始めた養蜂で取れた蜂蜜や荘園で取れた果物などもたっぷりと使ってあると。

 そしてそれを証明するかのように、呂布は匙を一生懸命動かす。

 そんな呂布に、一刀はもう少しゆっくり食べると良いよ。誰も取ったりしないし邪魔はさせないからさ。と言って食事に一生懸命な呂布を落ち着かせようとしている。

 結局、それでも呂布の匙を動かす速さは僅かに遅くなっただけなので…。

 

「よく噛んで食べた方が、少しの量でお腹が膨れるようになるし、身体に栄養もいきわたるよ」

「………ん」

 

 一刀の再びかけた言葉に、呂布の匙の動きはやっと人並みの速さになるものの、その時は既に遅く呂布の椀はすっかりと無くなってしまった。まぁあの勢いで食事をしてたらそれは当然と言えば当然だろうな。

 そして、椀の中が無くなってしまった呂布は、何処か物悲しげな表情、……と言っても限りなく無表情に近い瞳で一刀の顔を睨み続け。

 

「…………」

「…え~と、おかわりしても良いからね」

「………ん」

 

 根負けをしたと言う訳では無いでしょうけど、一刀がそう言うなり呂布は椀に飯と【かれ~】を盛り付け食事を再開し始める。周りを見れば、呂布の他の将兵達も疑心暗鬼に捉われながらも、思い思いに食事をしている。

 やはり明命の集めてきた情報通り、配られていた食事の量が明らかに少なかったのだろう。

 呂布ではないが、必死に食事を口に放り込んでいるのが分かる。少なくともこうして我等が互いに食事をしている間は、安心して食べられると信じて。

 そんな中、身体の小ささがそのまま食事の量に比例しているのか、逸早く食事を終えた陳宮が口を開く。

 

「お前達は一体何を考えてるですか? 我等があのままお前等を蹴散らすとは考えないのですか?

 今からでも、それが可能な事くらい分からぬ程、阿呆とは思えぬのです」

「貴様、食事を馳走になっていて第一声が其れか。天下に名高いとされていようとも、飛将軍、呂奉先の配下は、よほど礼儀知らずと見えるな」

 

 一刀に放った言葉に一刀では無く私が思わず噛みつく。

 別に私とて礼の言葉を期待している訳では無い。それでも言い方と言うものがあるはず。

 舌戦でならともかく、こういう会食と言う形を取った以上、それ相応の礼節がある。

 だけどそんな私と陳宮に、一刀と呂布は嗜めてくる。

 

「あちらの言い分は当然のこと。これくらいで目くじら立ててたら疲れるだけだよ(相手に乗せられない。彼女はああやって此方の情報を引き出そうとしているんだからさ)」

「……御飯をもらったら、まずはお礼。 当たり前」

 

 一刀は師としての教えを…。

 呂布は人としての教えを…。

 だからこそ、意外に思えてしまった。

 目の前の人物が、あの傲岸不遜と言われている呂布なのかと。

 何事も力で押し通してきた野蛮人なのかと。

 隙だらけに飯を口に運び続けていてすら、確かに感じる圧倒的な強さが、そんな彼女の噂を後押ししていたのだと気が付く。

 一刀は虎牢関の時のあの僅かな邂逅で彼女の本質を見抜いたからこそ、今回のような無謀とも言える策を打ち立てたのだと。

 ならば、私も知ろう。呂布だけでは無く、呂布の懐刀たる陳宮の器をもな。

 

「そうだね。まずは其方の質問に答えようか。

 あっ、呂布さんはそのまま食べてていいよ。たいした話じゃないしね」

「ん………恋」

「えー…と、……それってもしかして真名だよね?」

こくん

「恋殿っ!」

「……恋でいい。……皆にご飯くれた」

「だ、駄目ですぞ、そのような事で恋殿の大事な真名を、こんなわけも分からない輩に預けるなどもってのほかですぞ。そもそも、こうしてご飯を我等に与えたのも、こ奴等に罠か下心があるに決まっているのです」

「ふるふる……違う。罠じゃない。 ……んー…………か・ず・と?」

 

 まるで童女のような、途切れ途切れの反応を示す呂布に『ああ、北郷一刀だ。よく覚えてくれてたね。嬉しいよ』と一刀は温かく笑いながら優しく話の続きを促す。

 

「……一刀は、恋達のお腹を満たせたかっただけ。恋、分かる。

 何か考えてるのはあっちの人」

 

 そう言って最後に視線を向けたのは……、よりにもよって私だ。

 思わず『当然だ』と言いたくなるのをぐっと堪える。大切なのは判りきっていた此方の思惑よりも、呂布が思った以上に周りを観ており。そして人を見る目があると言う事だ。それが分かっただけでも此処は良しとするべきよ。

 

「まぁ、真名で呼ぶかどうかはおいて置いて、もう食べるのはいいの?」

「………もっと食べて良い? 恋、たくさん食べたい」

「あはははっ。ああ、幾らでもおかわりしていいよ」

 

 呂布の言葉に一刀は破顔しながら、近くの兵に【かれ~】と飯の入った鍋を、鍋ごと呂布の近くに持ってくるように命じると、呂布が子供のように黙々と食べる事に一生懸命な姿を温かい目で見守ってから陳宮へと話を戻す。

 

「簡単な事だよ。誇り高い君達の部隊が、そんな騙し討ちをするとは思えなかったからね」

「騙し討ちも立派な戦術ですぞ」

「だろうね。でも君達はしない。 少なくとも話し合いを望んでいる相手に対してはね」

「我等とて、そう言う輩に騙し討ちの一つや二つはしてきてますぞ。 ふっ、見誤ったですね」

「それは相手が罠を仕掛けていた時か、交渉が決裂したにも拘らず、迂闊な交渉を仕掛けてきた時だろ。

 しかも直前に堂々と宣言して。違うかい?」

「くっ」

「………不意打ちは卑怯者がする事。 恋達はしない」

「れ、恋殿ぉぉぉぉっーーー」

 

 そんなやり取りが幾つか繰り返される。

 だから、理解できてしまった。この不思議な主従関係で結ばれている二人を。

 呂布に全幅の信頼をしながらも、口下手な呂布に変わり交渉ごとや策を全て担う陳宮。

 そして、そんな陳宮を信じながらも、自分の譲れない事だけには口を出す呂布。

 互いにそうする事で支え合い、補い合っている不思議な関係と見えなくはないけど、どうも陳宮が空回りばかりしているように見えるのは私の気のせいかしら?

 もっとも一刀の口が上手いと言うのもあるんでしょうけれど、一刀も一刀よね。よくもこんな短期間であそこまで相手の本質を掴めるものだわ。一刀が私に判るように見せてくれていなければ、私も此処まで相手の事が理解できたか怪しいものだと分かるもの。

 そう言えば以前に翡翠が言ってたわ。茶館をやっていた時、一刀は客の良い所を見抜いて褒めるのが異常に巧かったとか。

 一刀曰く…。

 

『人の悪い所を見つけるより、良い所を見つける方が楽しいから、かな』

 

 と言う事らしいのだけど。その話を聞いた時は女を誑かすための特技にしか聞こえなかったけど。こうしてこう言う場で見てみると、まともな特技にしか見えなから不思議よね。更に言うなら、此れを見ても、こう言う所を普段見たら間違いなく前者にしか見えないから余計に不思議だわ。でも、其処は一刀の普段の行いのせいと言う事にでもしておくわ。

 

「ん………ごちそうさま」

「どういたしまして。お腹は膨れた?」

「こくん。……ありがとう」

 

 都合、四十七杯目にしてやっと食べ終えたのか、呂布は陳宮を嗜めたように、礼儀正しく礼の言葉を告げてくる。それにしても、よくあれだけの量が入ってゆくわね。 しかも全部山盛りだったわよ。こう『盛り』が三つくらい付くほどの。

 もぐもぐと食べている微笑ましい光景に目がいってて気が付かなかったけど、あれってどう考えても呂布の身体より多い量じゃないかしら?

 

「ちなみに蓮華は?」

「う、うるさい」

 

 其処へ、一刀が小声で私が食べた量をからかってくる。

 えーえー、どうせ三杯もおかわりしたわよ。しょうがないじゃない。珍しかったと言うのもあるし、何より美味しかったんですもの。そう言う一刀だっておかわりしていたじゃない。……一杯だけだけど。

 我ながら女としてどうかとは思うもけど、お腹が空くものはしょうがないじゃない。だいたいあんな良い香りを、ずーーっと嗅がされたままお預けされていたんだから、多少いつもより食が進んだ所でそれは仕方ないことよ。それに食べた分は消化すればいいだけの事。これから激しい戦になるんだから全然問題にならないわ。

 我ながら少し食べすぎたかなと、気になるお腹に手を当てた時、それは起こった。

 

しゅっ!

どすんっ!!

 

 まさに一閃!

 けっして油断していた訳じゃない。

 何時でも動けるよう身体の重心には気を付けていた。

 その上で呂布はおろか、周りにも気を配っていた。

 なのに動けなかった。……あまりにも速すぎて。

 反応すらできなかった。……あまりにも鋭すぎて。

 空気どころか、空間さえも切り裂くのではと感じた呂布の一撃を。

 呂布が天下無双と呼ばれる理由を、私はそのたった一振りで理解してしまった。

 思春も、霞も、そしてお姉様ですら届かない頂きに立つ者の力を。

 

「………不意打ちは卑怯者がする事。 恋、そう言った」

「くっ」

 

 余程の手練れの者だったはずの不意打ちの一撃を、呂布は脇に置いていた己が愛槍【方天画戟】が潜んでいた刺客の持つ剣をいとも簡単に叩き斬った。しかも一度も刺客に目をやる事も無く。

 襲い掛かってきた勢いからして、おそらく生きて帰る事すら考えず私の頚を獲ろうとしたのだろう。本来であれば剣を叩き斬られたくらいで収まるはずもない刺客の動きは、呂布の放つ殺気によって止められていた。

 例え、今の一撃で呂布の持つ方天画戟が地面深くに突き刺さっていようとも、指一本でも動かせば一瞬で五体を引き裂かれると理解したのだろう。 動けば目的を果たす事も出来ず犬死になるだけだと。己が姿を視界に治める事すらしない呂布を相手に……。文字通りたった一振り、それだけで呂布は刺客の得物を心ごと粉砕してみせた。

 そしてそんな驚愕すべき出来事も、呂布にとってはたいした事が無いのか、何処か眠たげな表情のままでいる事に、私は背筋が一層冷たくなる。

 

「ふん、どうしてもついてくると言うから、良からぬ事を考えていると思ったのですが、案の定なのです。

 大人しく見張りだけに徹していれば良いものを、命を粗末にしたですね」

 

 軽蔑しきった眼差しを刺客に向ける陳宮の姿に、やはりなと納得する。

 そもそも、こんな罠丸出しと思える会食に、幾ら協力者ではあっても呂布達だけで寄越すはずはない。

 呂布達を見張る者を紛れ込ませるのは当然の事。そして隙があるならば、此方の頚を狙ってくるのはあの自己顕示欲が強い癖に臆病な領主からしたら十分にあり得る事。

 おかげで、一刀の狙いも理解できたわ。

 一刀は最初から此処まで読んでいたのだと。

 その上で、私が一刀と共にこの策に自ら参加すると言い出す事も。

 最初から一刀は餌にしていたのよ。自分を含めて王である私をもね。

 色々と文句は言いたいけど、今はそんな事を言っている場合じゃないわ。

 一刀の狙いが分かった以上、私は私の役目を果たすだけ。

 地面に深く腰掛けた姿勢のまま、孫呉の王の証である南海覇王を鞘ごと地面に突き刺して見せてから、刺客に向けて言い放つ。

 

「これで決まりだな。最後の交渉の機会を自ら潰したのだ。文句は言わせん。帰って皆に(・・)伝えるがいい。

 明後日までに領主とその一族全てを生かしたまま我等に差し出せ。さすれば他の者達の命は孫呉の王の名のもとに保証しよう。

 ただし、それすらも拒むのならば、明後日の陽が傾きかけたのを合図に街へ火を放つ。誰一人とて生かしはせん」

 

 我ながら、冷酷な言葉だと思う。

 だが、もしここで妥協すれば、第三第四の反乱が起きてしまう。より多くの無辜の民に犠牲が出てしまう。自分の甘さでそんな事をさせる訳にはいかない。

 それに彼等には十分に選択肢を与えてある。とても残酷な選択ではあるけど、街の民全体が我等に刃向っていない以上。最悪な選択は十分に回避出来るはず。

 そんな最悪な選択をせずに済む事を祈りながらも、私は用の済んだ刺客から一刀に視線を向ける。

 あとは一刀、彼方の仕事よ。何を気にしているのかは知らないけど貴方の好きになさい。貴方はそれだけの事を私達にしてきてくれたのだから。

 

「聞いてのとおり、もはやこの戦は決したと言っていい。

 君達は領主に付き合う義理は無いだろうから、もしも大人しく立ち去ると言うのなら手出しはしない。

 ……と言いたいところだけど。君達は君達の目的があってあの領主に力を貸していた筈。

 だから聞かせてくれ。呂布、君は何を望む?」

「……家族、守る。……恋の家族……たくさん……いる。 だから守る」

「そうか、だから何者にも冒されない自分の国を欲したわけか。

 陳宮、君の狙いは俺達に自分達の力を見せつけ、適当な土地を要求するつもりだったんだろ? 独立勢力としてね」

「恋殿の力は恋殿の物。他の誰のモノでもないのです」

「……なるほど、君はそうして呂布を守りたかったわけか」

「な、なにを訳の分からぬ事を言ってるのですっ!」

「独り言さ。 なら結論から言おう。領主の一件を見てのとおり、俺達はそんな脅しには屈しない。

 だけど君達を倒すのには骨が折れるのも事実だし失うのは惜しい。だから三つ目の選択として、一つ賭けをしよう。断るのなら選択は二つ戻るだけの事。悪いけどこれは俺だけでは無く、江東を統べし孫呉の王の決断だ。変えられない」

 

 一刀は最後の言葉を切っ掛けに、場の空気が変わる。

 さっきまでは何時もの一刀だったのに、今は違う。

 吹き上がる様な覇気が在るのでもなく。

 闘気に満ち溢れているのでもなく。

 只々、其処にあるだけだというのに圧倒的な存在感を一刀から感じる。

 こう言うのを、空気が濃いと言えば良いのかしら?

 とにかく魂の根幹から来る震えに私は全精力を持って抗う。

 周りの兵も、強気な陳宮ですらも一刀から目を離せずにいる。

 そして刺客を止めた時ですら、何処か眠たげな表情だった呂布は…。

 

「……条件…なに?」

 

 何処か嬉しそうな顔していた。

 まるで探していた何かを見つけたような顔を。

 

「簡単さ、同じ兵力で持って戦うだけ。君達が勝てば南にある土地をあげる。攻めこんできたり、民を苦しめたりしないと約束するなら、俺と彼女が生きている間は手出しはしないと約束しよう」

「恋殿、待つのです。そんな美味い話がある訳ないのです。此れには裏があるとみるべきです」

「…ん?」

「大方、南の越族との紛争地帯でも押し付けるつもりなのです」

「流石はよく読んでいるね。でも其方にとっても決して悪い話じゃないと思うよ」

 

 一刀が前もって私達に相談していたあの土地は、紛争地帯と言えば聞こえは悪いが、両者にとってそれだけの旨味のある土地であるからこそ争いが生まれるだけの事。だからと言ってそう言う旨味のある土地を手に入れても、孫呉と越族両方から責め立てられたら堪らない。でも我等孫呉との同盟が結ばれているのならば、気を付けるのは越族だけで済む。 どちらにしろ何処かに国を建てれば、周りの国に気を配らなければならないのは必至である以上、此方の提案は背中を気にしなくても良いだけに、呂布達にとって十分に旨味のある話。

 むろん、そうなったら私達にもそれなりに旨味はある。越族との間に緩衝地帯を作る事で、孫呉の力を集結させる事が出来る。呂布達にしたって約定を破って、わざわざ安全な背中を危険に晒したくはない筈。越族と手を組んでくる可能性が無い訳では無いが、その時はなんの遠慮なく越族諸共討ちに行く口実ができるだけこと。

 だが幾ら越族からの脅威がなくなるとはいえ、あの土地をみすみす失うわけにはいかないのも事実。その為に多くの先人達が血を流し、そして今もなお戦い続けている同胞がいるからだ。

 

「俺達が勝ったら、君達は俺達に降る事。それが条件だ」

「恋殿の力が目的ですか」

君達の(・・・)だよ」

 

 だから勝てばいいだけの事と一刀は皆の前で言ったわ。今は力強い味方が欲しいとき、其処に呂布程の力が手に入るなら悪い賭けではないはずだと。

 袁紹軍相手ならば、三万の黄巾党をたった一人で壊滅させたと言う呂布の力が…。

 曹操軍相手ならば、飛将軍まで彼女を引き上げた陳宮と、武威五将と呼ばれる将兵の力が…。

 それほどの力を本当の意味で味方につけたいのならば、こちらもそれ相応の事を承服すべきだとね。

 こうして呂布の武の片鱗を目の前で見せられた今なら、一刀がそう言った意味も分かるわ。

 だって、先程の食事をしながらの一撃ですら、全身の肌が泡立つほどの一振りだと言うのに。そこからさらに上があり、それと真面に戦うだなんて悪夢以外の何ものでもないわ。

 もしも呂布が本気で戦ったのならば、おそらく霞や思春ですら数合しか持たない。元気だったころの姉様どころか、血に高ぶった状態の姉様でも呂布には正面からは勝てないと断言できるわ。

 でも同時に、それはその呂布を討伐や捕獲するだけなら手段は幾らでもある。と言った一刀の話を否定する事にもなる。

 

「天下の飛将軍・呂奉先に正面から挑むとは余程命知らずか、自分の実力も弁えない愚か者ですね」

「……耳が痛いな。でも、此方には頼りになる大勢の仲間がいるからね。何とかなると信じている」

「それは此方もなのですぞ。条件が同じなら此方に負けは無いのです」

 

 だけど呂布の化物じみた強さが夢や幻では無いのと同様に、一刀が成し遂げようとしている事もまた現実。

 一刀は呂布と徹底的に戦うつもり。 流した血を一滴でも無駄にしないために……。

 彼女達の武人としての魂と誇りを利用すつもり。 この戦いで泣かせてしまう民よりも、更に多くの民を泣かせないために…。

 一刀を天の御遣いへと縛るのは、多くの英霊達の嘆きと民の流す涙なら。

 呂布達を縛るのは、約定では無く彼女達の誇りと魂となろう。

 ならば私は、民と一刀が求めるような王となろう。

 

「その言葉。賭けに承諾したと受け取らせてもらう。

 まさか天下無双と謳われる呂奉先が、今更言葉を違えるとは言わぬであろう?」

「…………ん」

 

 小さく、だけど確かに頷いてみせる呂布。

 だが、特筆すべきことはそんな事ではない。相手が此方の賭けに乗ってくる事は当然の事。そのための条件だ。

 肝心なこと。それは其処で呂布は私に視線を向けたという事。

 何処かの誰かでは無く、戦うべき相手として…。

 呂布は、自分達の夢のために乗り越えるべき敵として…。

 此処にきて呂布は始めて意識を私へと向ける。飛将軍・呂奉先の名に相応しい闘気と共に…。

 

 

 

雪蓮(孫策)視点:

 

 

「すー……、はー……」

 

 眼を閉じ、深く浅い呼吸に意識を向ける。

 "氣"の巡りと共に血の巡りを感じるかのように。

 錯覚を当り前の物として、自分の中と外とを循環させる。

 すでに無意識に出来る事を、意識して見せる事で更に自分を高めることになる。

 基本となる技は、成長と共に意味が変わろうとも、結局はそれが一番大切なものになり得るもの。

 少なくとも、まだ身に付けて間もない私が、疎かに出来るものではないのも事実。 それが限りなく自己流に近い代物と言えどもね。

 

「………雪蓮様、呂布達は何事も無く街へと戻った模様です」

「そう、予定通りと言う訳ね」

 

 思春の言葉に、私は瞼を開ける事も無く短くそう答える。

 無駄な体力は使えない。必要なその時まで貯え続けなければいけない。

 反対する冥琳達に無理を言って出てきた以上、足手まといになるわけにはいかないのだから。

 どう言うつもりかは知らないけど、一刀はこの戦いを自分の戦いだと言った時から、私はどんな反対を受けようとも参戦すると決めていた。

 そして一歩も引かない私に冥琳達が出した条件の一つは、少しでもふらつくようなら問答無用に下がらせると言う事。むろん、指示に従う事は絶対条件として含まれている。

 脳裏に真っ先に浮かぶのは、一刀の悲しい笑顔。

 そして、流している事にすら気が付かない血の涙を流した一刀。

 他にも賊共に皆殺しされた村で涙交じりに吐いて苦しむ姿や、汜水関で疲弊し昏睡し続ける姿など様々。

 我ながら、一刀には無茶ばかりさせてきたのだと反省はする。

 だけど、それが間違っていたとは思わない。だって、そのおかげで多くの兵が死なずに済んだんですもの。そして更に多くの民が悲しまずに済んだんですもの。

 死んで逝った者達のために、そして生き残った者達のためにも、間違ってもあれが誤りだと認めるわけにはいかないのよ。

 

「……北郷より言付けがあります」

 

 私も、そして孫呉も、一刀には大きな借りがある。

 天の知識にでは無く、一刀自身にとてつもない大きな借りが。

 その借りを少しでも返す事が出来る機会が来たと言うのに、身体が動かないと言うつまらない理由で逃す訳にはいかない。

 幸いな事に、一刀の立てた策は一日で終わる予定。

 それで叶わなければ、明後日到着する予定の増援でもってこの反乱は終わらせるだけの事。一刀への借りを返す事も出来ないままにね。

 でもそれは私達にとって敗北も同義。例え反乱を鎮圧すると言う国としての責務を果たせたとしても。

 

「……そ、その………、す、すまない。残らなかった。

 まさか用意した四万人分を全て食べ尽くされるとは予想外だった。と……い、以上です」

「く、くくくく。あはははっ」

 

 一刀の言付け内容と言うのもあるけど、それ以上に思春の言い難そうな言葉に吹き出してしまう。

 だ、駄目、目を瞑っていたから、余計に変な風に想像してしまったわ。

 きっと一刀の事だから、思春になるべく自分を真似て言う様にと命じたんでしょうね。

 今回の戦いにおいて、一刀は蓮華と同等の権利を与えられている。場合によっては蓮華を超える権限をね。

 なのに一刀がしたのは軍師としての行動と、幾つかの条件を付けを命じただけ。それですら軍師として必要な事だと言えば済む程度のものよ。

 それなのに、こんな悪戯にその権限を使うだなんて、一刀も以外に正確が悪いわね。 人の事は言えないと思いつつも、この際そんな事実は棚の奥深くにでもしまっておくことにするわ。

 でも、おかげでらしくも無く固まっていた思考と身体を解す事が出来た。

 流石にこれを狙っていたとは思わないけど、流石は一刀と感心もさせられる。いつもいつも此方の想像の斜め上を歩いてくれるわ。いい意味でも悪い意味でもね。

 

「それは残念ね。でも、大きな収穫でもあるわ。

 噂はともかく、霞の言うとおり呂布は話せない相手では無く、仁義に取った行動をすると言う事。

 一刀が皆を説得するのに使ってみせた話(・・・・・・・)にも真実味が帯びてきたわね。

 でも、同時に一刀の読みが絶対でないと言う事もね。………思春、分かっているわね」

「……むろんです」

 

 呂布がもしも一刀の読みを上回るほどの相手で、一刀の命が危ないようならば、無理にでも一刀を連れて後曲へと下がらせる。 そのためならば一刀の部隊を全滅させても構わない。もともとそのための部隊ですもの、可哀相だけどその本来の使命を果たしてもらうだけの事。副隊長である今の朱然なら、その辺りは安心して任せられる。…けど問題は一刀自身なのよね。

 話してはくれなかったけど、一刀は呂布が近くに居ると知ってからと言うもの、どう言う訳か呂布に拘っている。

 あれだけの武の腕をもちながらも自分は武人では無いと言っている一刀が、今更、呂布の持つ天下無双と言う言葉に目が眩むわけがない。

 なら女としての呂布に目が眩んだ? 確かにそれはあり得るかもしれないけど、その為に一刀が此処までするとは流石に思えないわね。と言うかそんな理由なら、指一本だって貸してあげない。むしろ敵として呂布側に回ってやるわ。

 ……と、冗談はさておいて。そう言う意味では呂布ではなく陳宮と言う事もあり得るわね。翡翠や明命を見る限りそちらの方が可能性としてはあり得るし。虎牢関で真面に顔を合わせたのはその二人ぐらいらしいから、それ以外は考えにくいし………。むろんこれも冗談よ。ええ、冗談よ。冗談に決まってるじゃない。と言うか、もしそうだったら冗談じゃないと言うだけのこと。その時は二人に代わって少~~しだけキツイお灸を据えてあげるだけのことよ。

 

「それと自分の役割を忘れちゃ駄目よ」

「……もとより」

 

 頭の中に湧いた嫌な考えと、胸に湧くもやもやを振り払うかのように、意識を切り替える。

 今回一刀は、武人・甘興覇としての役割を思春に願った。将ではなく武人としてね。

 それは今回の策に参加する将兵全員に言える事でもあるんだけど……。

 

 我が武の全てを持って、相手を叩き伏せて見せましょう。

 

 瞼を開いた私の瞳に、思春の力強い瞳が確かにそう語っていた。

 ふふっ、思春。随分と嬉しそうじゃない。でも、それは私も同じよ。

 今回の一刀の願い。武人としても叶えてあげましょう。

 あの時一刀はこう言ったんですもの。

 

 

 

『見せてあげなよ。呉の武人の力を。

 身体にではなく、心を打ち据える真の武をね』

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
34
4

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択