No.720143

魔法科高校の劣等生 実家に戻ろうかな

たつまゆの第一話
お兄さまと真由美さんの恋愛模様

2014-09-21 13:59:40 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:20662   閲覧ユーザー数:20508

魔法科高校の劣等生 実家に戻ろうかな

 

 

「なんか……随分と酷い顔をしているわね。ハァ」

 七草真由美は新しい居住先と決めた司波家のバスルームでシャワーを浴びながら憔悴した表情を浮かべていた。

 笑顔を作ろうとしても上手くいかない。顔のパーツのどこかがいびつに歪んでしまう。笑顔が魅力と評判の彼女が笑顔を上手く浮かべられない事態に陥っている。

「達也くんと恋人同士になるのは私には無理な話なのかしらねぇ……」

 悩みの内容が口から漏れ出る。それとともにまた表情がくすんでしまったのが自分でもわかる。

 

 年下の物静かで感情の希薄なデキるブラコン男に恋をしてしまった。

 それは真由美にとって良いことであり悪いことでもあった。

 真由美は漠然と、自分が十師族の一員であることからいずれ政略結婚させられるものと考えていた。

 だから敢えて恋愛というものをする気にはならなかった。付き合ってもどうせ別れることになる。そう思って恋愛を謳歌する同世代の少年少女たちを1歩2歩引いた視線で見ていた。高校2年を修了するまでそう生きてきた。彼女は朗らかな笑顔とは裏腹に内心で冷めていた。

 そんな彼女の前に新入生として同じ学校に入学してきた達也が現れた。

達也は彼女にとって生まれて初めて心を激しく揺り動かされた男となった。

 達也の一挙手一投足を見ていると心が弾んだ。2歳年下のはずなのに、2人の兄よりも大人びて見えた。達也が喋ると胸の奥が熱くなる。

 これが恋だと気付くのにそう時間は掛からなかった。恋から目を背けていただけで、真由美は決して恋ができない少女ではなかったのだから。

 また、達也の魔法師としての力は新入生の中で傑出していた。類稀なる強い魔法力を持っていることも真由美にとっては都合が良かった。

 七草の家は強い魔法師を欲している。それは言い直せば、達也が相手であれば、一曲もふた曲もある父親でさえ結婚を認めてくれる可能性が高いことを意味していた。

 親が決めた相手ではなく、自分が決めた相手と結婚できる。真由美は自分の初恋に俄然やる気になった。

 生徒会長という地位を利用して達也の側に近寄りつつ、更に親密になるための作戦を実行に移した。それが、なし崩し的に達也の家に住み込んでしまうことだった。

 九校戦が終わったのを契機に真由美は計画を実行に移した。深雪のアドバイスに乗るという体裁を整えながら達也の部屋になし崩し的に住み着き始めた。

 この計画を実行するにあたり当然のことながら家族には激しく反対された。特に3歳年下の双子の妹である香澄と泉美には達也に騙されているという言葉まで投げ付けられた。

 そんな家族の反対を押し切り、また納得させるために真由美は短期間で達也と恋仲になってみせることを宣言して出てきた。

 それからしばらくの時が過ぎ……真由美はいまだ達也の恋人になれないでいた。

 

 毎日家族の誰かしらからのメールが届く。真由美には腹違いの兄も2人いる。5人兄妹の3番目であり、姉でもあり妹でもあるポジションだった。魔法の才能の面では一族の中でもずば抜けており、また人望も厚い。連絡が途切れるはずもなかった。

 そしてその連絡とは、様々な話題が添えられていようと、結局のところは達也との進展具合を確認するものだった。

 家族から毎日寄せられる連絡に真由美は辟易していた。何しろ報告するような“戦果”は何も挙げていない。

 戦果のない毎日が続くと、家族からの連絡自体が鬱陶しくなってくる。そして、プレッシャーへと変わる。家族からの連絡が真由美の心苦しさを増幅させる。

 達也と同じ部屋に住んでいるという事実にも関わらず、一切手を出されもしなければ、恋人にもなれない。ただ、同じ部屋で住んでいる状態が延々と続いている。

自分の目論見の甘さと達也の清廉潔白とは別次元の何かに真由美の精神は摩耗していた。

「やっぱり、達也くんにとっては深雪ちゃん以外はどうでもいいのかしらね」

 桶に湯を汲んで頭から被りながら最初から何となくわかっていたことを口にしてみる。気分がより一層落ち込む。心臓が苦しくなる。

「………………実家に、戻ろうかしら」

 最近、時々考えるようになったことを口にしてみる。

 実家に戻るとは真由美にとって敗北を認めることに他ならない。

 初恋への敗北であり、大口を叩いてみせた自分への敗北でもある。

 けれど、このまま司波家にいる方が真由美にとっては精神的にキツいことだと思うようになってきた。

 何より、一向に振り向いてくれない達也と四六時中顔を合わせるのは恋する乙女には辛いことだった。脈がないことを確認させられてしまう毎日の連続なのだから。

「なんて、落ち込んでいても仕方ないわね。出ましょう」

 大きくため息を吐き出した後に表情を引き締める。この家にいる限り、司波兄妹には明るい小悪魔なお姉さんとして通そうと心に決めている。

 それを違えるつもりはなかった。笑顔は作れなくても真面目顔は作れる。生徒会長として鍛えた表情コントロールを最大限に発揮して凛々しい表情に戻すと浴室を勢いよく出た。

 

「「…………あっ」」

 脱衣所には私服姿の達也がいた。手には着替えを持っている。風呂に入りに来たらしい。

 真由美がいつもより長湯していたために脱衣所でかち合ってしまった。それは真由美にも理解できた。

 問題は彼女の今の姿だった。

 バスタオルさえ巻いていない一糸まとわぬ姿。

 達也からは真由美の全てが見えてしまっているに違いなかった。

 現実はアニメとは違い、不自然な湯気や光で身体を隠してはくれない。

「あっ、あっ……」

 真由美は咄嗟に反応ができない。硬直したまま全身が熱く赤く染まっていくのみ。

 達也を誘惑するために下着姿を披露したことは度々あった。けれど、完全な裸は一度もなかった。それを今、達也に見られてしまっている。真由美が全く想定していなかったこのシチュエーションで。

 真由美の頭は軽いパニック状態に陥ってしまっていた。

 大声を上げるべき? それとも、浴室の中へと再度撤退するべき?

 何をすべきか頭が混乱してよくわからない。

 ただただ泣き出してしまいたい。

 そうしている間にも時間だけが過ぎていく。

 その間も達也は全く真由美から目を逸らそうとしない。欠片も表情を変えないで真由美を見続けている。

 達也が何を考えているのか全くわからないのが真由美の混乱に拍車を掛ける要因になっていた。

 達也が何かしらのアクションを取ってくれれば自分もそれに対応すればいい。

 そんなことを考えつつも、頭はそれ以上働かず、体は石化したかのように動かない。

 真由美の瞼に涙が次々と浮かんでいく。

 そして、2人が遭遇してタップリ30秒は経過したころ。

「…………失礼」

 達也はそれだけ述べると静かに脱衣所から出て行った。

 最後まで顔色一つ変えることなく。一切取り乱すこともなく。

「な、何なのよ……もぉ~~~~っ!」

 真由美はその場に尻もちをついた。足に力が入らず立ち上がれなかった。

 恥ずかしさで死んでしまいたいほどだった。

 

 真由美はその夜、達也の部屋ではなくリビングのソファーで就寝した。

 

 

 

 

 翌朝、真由美が目を覚ましたのは7時近くなってからのことだった。

 司波家の朝は早い。達也が朝から修練に励んだり、もう1人の居候であり達也の義妹を自称する十文字克人(全裸)と深雪がどちらが朝食を作るかで早起きして争ったりしている。

 達也が早く起きるので真由美も毎日早起きしていた。けれど、昨夜寝たのは達也の部屋ではなくリビング。更に夜更けまで考え事をしていたので寝不足となり起きられなかった。

 制服に着替えてキッチンへと向かう。入る前から深雪と十文字が言い争う喧騒が聞こえてきた。

 真由美は小さくため息を吐いてから中へと入っていった。

「おはよう」

 特に誰を見るでもなく清涼な声で朝の挨拶を響かせる。

 そのまま自分の席へと座る。

 テーブルの向かいには丁度達也が座っている。

 真由美は達也と目が合うや僅かに目線を逸らした。今でも気まずかった。

「「むむっ!!」」

 言い争いを続けていたはずの深雪と十文字(全裸)の声が揃った。そして足音を揃えて真由美へと近付いて来た。

「お兄さまとわたしの平穏を乱す史上最悪のテロリスト……一体、何を企んでいるのですかっ!?」

「七草ははかりごとが得意だからな。何を企んでいる?」

 2人は険しい表情で詰め寄ってくる。

「別に何も企んでないわよ」

 真由美はやる気なく答える。一晩悶々と考えていたので寝不足ですっかり活力がなくなってしまっている。

「嘘ですっ!」

「嘘だな」

 達也の妹と自称妹は息を合わせて真由美への追及を止めない。

「悪女な七草先輩のことです。どうせわたしたちには思いも付かない悪辣な手口でお兄さまを誘惑しようと企んでいるに違いありません! 目を合さなかったのはそのための布石です」

「随分酷い女と思われてるのね、わたしは」

 深雪が自分をどう思っているのか垣間見えて余計虚しくなってくる。

「七草……自首するのなら早い方がいいぞ」

「24時間わいせつ物陳列罪の十文字くんに自首を勧められるなんて私も末期ね」

 十文字(全裸)の優しさに本気で頭が狂いそうになる。

「……………………ほんと、帰ろうかな」

 真由美は誰にも聞こえないように俯いて微かに呟いた。

「………………もしかして、風邪ですか? 病気なんですか?」

 深雪の声色が変わった。急に真由美を心配する声になった。心配そうな表情が真由美を覗き込んでくる。

「病気なら病気って言ってください。いくらわたしでも具合が悪い時まで争ったりしませんよ」

「フン。病に掛かるとは軟弱だな。俺はこの鍛え上げた筋肉のおかげで18年間、病気に掛かったことなぞ1度もないぞ」

 真由美は十文字(全裸)を無視して深雪を見た。今にも泣き出しそうな顔になっている。

「深雪ちゃんは優しいのね」

 真由美は少しだけ心が安らぐのを感じた。そして深雪は達也絡みでなければ心根の優しい素直な少女であることを思い出していた。

「べっ、別に優しいとかそんなんじゃありません。わたしは、病人に鞭打つような信条は持っていないだけです」

「別に私は病人じゃないわよ」

 深雪の表情が心配と怪訝さが半分半分のものに変わる。

「じゃあ、何なんです? いつもは起きてくるなりお兄さまに抱きついていやらしいアピールをしてくるのに今日は目も合わせないなんて……」

「そういう日もあるわよ」

 真由美は静かに返答した。深雪は顔を真っ青にして達也へと抱きつく。

「お兄さま、やっぱり今朝の七草先輩は変です。病院での精密検査の手配をお願いします」

「私ってそんなに変?」

「その私って言い方自体がおかしいです。普段なら自分のことをお姉さんって言って、殊更に年上であることをアピールするのに」

 真由美に言われて気付く。自分のテンションを上げるための口調をまるで使っていないことに。

「そうだったわね」

 指摘の妥当性は認めるもののテンションを上げ直す気にはなれない。真由美の心は沈んでいる。

「お兄さま。七草先輩は絶対変です。病気でないならマインドコントロールを受けているのかもしれません」

 深雪は真由美を見ながら当惑しきっている。瞼には涙が浮かんでいる。

「俺と一緒に乾布摩擦をすれば悪い菌などたちどころに吹き飛ぶぞ」

 脳筋の言葉は無視する。

 達也に少しだけ目を向ける。いつものポーカーフェイスで真由美を黙って見ている。

 昨日までの真由美であれば、あの無表情に見える顔に色々な意味を読み取ろうとしていた。けれど、今は表情の裏を読み取る気になれない。達也が何を考えていてもあまり気にならなくなってしまっている。

「冷めちゃったの……かな……」

 昨夜の出来事が決め手になって達也への想いに諦めがついた。諦めがついたら達也と一緒にいても気分がまるで乗ってこない。言い直せば、恋が冷めてしまった。今はそんな状態にいるのではないかと真由美は自分を分析していた。

「冷めた…………ご、ご飯にしましょう。せっかく作った朝食が冷めちゃ嫌ですもんね~」

 深雪は普段は出さない陽気な声を演出しようとした。けれど、途中で何かに勘付いたらしい。真由美を見ながら微かに身体を震わしている。唇の色も良くない。深雪の方が病人のようだった。

「うむ。筋肉の維持増強のためにタンパク質を摂取するぞっ!」

 脳筋はいつでも周りの空気を筋肉でぶち壊してくれる。真由美は十文字の行動に少しだけ感謝した。

 

 

 

「実は……実家に戻ろうかなって思うのよ」

 昼休み、教室を離れ生徒会室へと退避してきた真由美は、同じく退避してきた渡辺摩利に昼食を取りながら自分の迷いを述べていた。

「振られたのか?」

 摩利は深刻ぶらずに麻奈実に質問を返す。極めてストレートに。

「振られる以前の問題。いつまで経っても全然相手にされないのよ」

 真由美は首を横に振ってみせた。

「相手にされてないのはいつものことじゃないか」

 年上の彼氏持ちの友人の助言は辛辣だった。

「家族からは進展はあったのかだの帰って来いだのうるさいし」

「それもいつものことだろ」

 摩利が目を細めた。

「なにかあったんでしょ?」

 真由美は一瞬迷ったが、同性の親友ということもあり昨夜の出来事を話すことにした。

「お風呂場でたまたま遭遇して裸を見られちゃったの」

「ToLOVEるに見舞われたわけね。で?」

 摩利はさすがに鋭かった。単に裸を見られたことが問題でないことに気付いている。

「達也くん……全く反応を示してくれなかったわ。顔を赤らめるでも背けるでもなく。いつも通りのポーカーフェイスに終始されたわ」

「それはさすがにキツイわね」

 摩利の額に汗が滲んでいた。

「何をしても何が起きても無駄なんだって思ったら……もうどうでも良くなってきちゃって。それで、達也くんのことは諦めて実家に戻ろうかなって……」

 今の真由美は夢破れて実家に帰る若者の心境そのものだった。空虚だった。

「ちゃんと告白して振られたわけじゃないんだし。まだ諦めなくていいんじゃないか? ほらっ、達也くんって男女の色恋沙汰には鈍そうな感じだし」

 摩利もここに来て麻奈実のフォローに回り出した。真由美の落ち込み方が深刻なもので慰めないと危険域に達してしまうことにようやく気が付いたようだった。

「私が何をしても深雪ちゃんには敵わないもの」

 真由美の声はすっかり意気消沈してしまっている。

「いや、それはあくまでも妹に対する感情でしょ。恋人にしたい女の子に対してはまた別の反応が……」

「一緒に住んでいるのにその反応を何も引き出せないのよ」

 摩利は墓穴を掘る形となった。それでも必死に立て直しに掛かる。

「しかし真由美がそんな調子では生徒会業務に差し障りが出る。もっとピリッとしてくれ」

「今の生徒会長はあーちゃんよ。私はただのご意見番よ。もう生徒会の部外者よ」

「部外者なら平然と生徒会室の鍵を持ち歩くなっての」

 職権乱用。その言葉が摩利の喉元まで出掛かって引っ込んでいった。よくよく考えれば摩利も真由美と同じような立場なのだから。

「それじゃあ真由美は達也くんを諦めるってことでいいわけ?」

 真由美は目を閉じるだけでハイともイイエとも答えなかった。

「真由美が狙わなくなったら、他の子たちが達也くんを狙ってどんどん押し寄せてくると思うよ。それでいいの?」

 真由美は何も答えない。

「真由美の態度も随分硬直しちゃってる」

 摩利は天上を見上げながら大きく息を吐き出した。

「達也くんも馬鹿だなあ。こんないい子を逃したら、悪い女に引っ掛かる未来しか待ってないってのに」

 それから2人は無言のまま昼食を取り終えた。

 真由美は生徒会室を出て行くまで一言も喋らなかった。

 摩利は真由美の背中を見送りながら大きくため息を吐いて壁に寄り掛かった。

「達也くん。君はこの事態をどう収めるつもりなんだ?」

 摩利はほとんど動じない達也のポーカーフェイスをこの時ばかりは恨めしく感じていた。

 

 

 

 

 放課後になった。

 真由美はますます虚無感に囚われていた。午後の授業で何をしていたのかまるで覚えていない。

「やっぱり、実家に戻ろうかな……」

 達也の側にいてもこの空虚な心は改善されないかもしれない。距離を置いた方がいい。

 そんな心の声が1秒ごとに強まってくる。

 一旦環境を変えないことには心の立て直しが図れない。そんなことを強く考えてしまうほどに追い詰められていた。

「あの……七草先輩」

 気が付くと目の前に深雪がいた。ここは3年A組の教室。理由の如何に関わらず、下級生が上級生の教室に入るのには精神的なプレッシャーを受ける。深雪も上級生の教室を訪れることは滅多にない。にも関わらず真由美の目の前にいた。

「どうしたの?」

 生徒会長当時の柔和な表情を思い浮かべながら必死に表情を作って深雪に意図を尋ねる。

「えっと……」

 深雪は天井を見上げた。真由美も見上げる。特に何もない。

「はいっ。そうです。今夜のお夕飯のおかずをどうしようかなと思いまして。ここまで聞きに参りました」

「いつもは私に夕飯の内容を尋ねたことなんてないわよね。どうして今日だけ?」

 深雪は目に見えて焦っている。

彼女が何故ここまで来たのか?

 その理由について真由美はもう察している。けれどそれを素直に口に出したりはしない。

「ほっ、ほらっ。今日は七草先輩具合悪そうですし、こんな日ぐらいは先輩の好きなものを選んでも良いですよって思っただけですよ」

 深雪は動揺している。真由美はそんな深雪の顔を見つめ込んだ。学校一の美少女と呼ばれる彼女の美貌は掛け値なしに美しい。

 こんなにも美しく健気な少女を守ると決めたのなら。他の女が眼中に入らなくなっても仕方ない。達也はある意味で当たり前なのかもしれない。

「それで、先輩。今夜は何が食べたいですか? わたしと十文字変態で何でも作っちゃいますよ」

 意気込みを語ってみせる深雪。

「私のことはいいから。深雪ちゃんの好きなものを作ればいいと思うわよ」

 真由美の答えを聞いて深雪の表情が目に見えて曇った。

「今夜……わたしが作った夕飯を真由美先輩はちゃんと食べてくださいますよね?」

 深雪の声は震えていた。

「わたしが悪いのなら謝ります。万が一お兄さまが悪いのならわたしが代わりに謝ります。だから、だから……」

 深雪は今にも泣き出しそうだった。

 そんな彼女の頭を真由美は無言でそっと撫でた。

 真由美には深雪に何と声を掛ければいいのかわからなかった。

 深雪が望む答えが何なのかは十分に理解していた。けれど、それを口にすることはできなかった。無責任だと思ったから。

「………………失礼します」

 深雪は教室を駆け去っていった。その瞳から綺麗な雫が落ちていったのを真由美は見ていた。

 

「あんまり後輩少女を虐めるなよ」

 摩利が真由美の席へとやってきて先ほどのやり取りの感想を加えた。

「うむ。今のはお兄ちゃんの妹に対していささか酷な応答だったぞ」

 十文字(全裸)もやって来て摩利と同じ見方を示す。

「…………私は彼女に達也くんと深雪ちゃんの平穏を乱すテロリストって認識されているのだから。これでいいのよ」

 真由美は2人からも目を背けた。

「真由美は本当にテロリストになるつもりなの? あの子、精神ボロボロよ」

「一流の魔法師たる者、常に己の精神を律し、他者を不要に傷付けないようにせねばならぬぞ」

「私、今日はもう行くわね」

 鞄を手に取って立ち上がる。

 学園の三巨頭と呼ばれる他の2人のお説教を聞きたい気分じゃなかった。

 そして──

「私はどこに帰ればいいのかしらね?」

 真由美の気持ちはいまだ漂流していてただ独りになりたかった。

 

 

 

 

「生徒会長を辞めちゃうと校内で自分の居場所さえみつけられないのね」

 真由美は放課後を過ごす場所をなかなか決められず途方に暮れていた。

 教室にも居られず、かといって生徒会室に行けるわけでもない。生徒会室以外に自分の居場所があったわけでもないことに今になって気が付く。

 それでまた寂しい気持ちを抱えながら人のいない廊下をこっそりと歩いて行た。人に見つかりたくはなかった。

 真由美は気が付けば資料検索ルームの前まで来ていた。資料検索用の小さな個室がいくつも立ち並んでいる。

 立ち止まって携帯を開いてみる。妹2人の連名でメールが来ていた。内容は家に早く帰って来て欲しいというものだった。

 目を閉じながら携帯の電源を切る。これ以上見ていると誘惑されてしまいそうだった。

 今まで鬱陶しいだけだった家族からの帰宅の催促。それが今では錦の御旗のように大義名分を与えてくれている。家族が乞うので実家に帰るのだと。

「……映画でも見て気分転換しましょう」

 真由美はプライベート空間が維持されるここで時間を潰すことにした。

 

「真由美っ!」

 部屋の中に入ろうとすると自分の名を呼ぶ強く鋭い声が聞こえた。

「…………達也くん」

 振り返ると昨今の悩みの元凶とも言える少年が駆け寄ってきた。達也にしては珍しく息を切らし汗を掻いている。達也がそんな風になる理由は1つしか思い浮かばなかった。

「深雪ちゃんならここにはいないと思うわよ」

 妹のことに決まっていた。達也は深雪を探しているのだと思った。

「違います」

 達也の声はいつもより大きい。

「じゃあ、何?」

 真由美は自分の心が驚くほど冷めていることに気付いた。達也に期待しても無駄。なら、熱くならなければいい。脳はそう命令を下している。

「貴方のことで話があるんです」

 瞬間的に深雪、摩利、十文字の顔が浮かんだ。真由美の異変に気付いている誰かが達也に知らせたに違いないと思った。

「…………思ったより早くその時が来ちゃったわね」

 達也と話してしまえば実家に帰ることを決断という事態になってしまうかもしれない。まだ何も決めたくなかったので達也とは話したくなかった。けれど、達也は目の前に現れてしまった。そして、話があるのだと言う。もはや逃げられない状況がここに揃っている。

「こんなところで立ち話してちゃ他の人の邪魔だし中に入ろっか?」

 これからする話は誰にも聞かれたくない。廊下で話したくはなかった。

「はい」

 達也が同意したことで真由美は室内へと入っていった。

 

 

 

 資料検索ルームは縦長い構造となっている。大きなモニターと端末が最奥に設置されており、その前に椅子とテーブルが置かれている。奥行きが3mほどに対して横幅は1mと少ししかない。椅子には無理をすれば2人並んで座れるが基本的には1人で利用する空間となっている。入口付近の天井には監視カメラが設置されており、室内の言動は管理会社により記録・保存されている。

 

 真由美は達也と並んで椅子に座った。小柄な真由美とはいえ、達也と身を寄せ合わないといられない。元生徒会長としてルームの設計上のミスを感じずにはいられない。

 そして──

「もっと前に達也くんとここに来たかったな」

 達也と身を寄せ合っているのに嬉しさよりも戸惑いと息苦しさを感じている自分に気が付いてしまった。

 すっかり気持ちが拒絶に傾いてしまっている。そんなことを考えてしまう自分が嫌だった。

「それで、話って何?」

 モニターをつけていないので薄暗い部屋の中、真由美は静かに話を切り出した。

「その……」

 達也は一瞬言い淀んでから本題を切り出した。

「真由美は、うちを出て行くつもりなのですか?」

「随分と直球な質問ね。あんまりガッツクと女の子に嫌われるわよ」

 逃げられない。真由美は冗談めかした口調ながらも堅く目を瞑った。

「すいません。必要外のことを口にするコミュニケーションは苦手なもので」

 達也の口調には若干の焦りが含まれている。珍しいことだった。けれど、そんな達也の違いが昨日までのように興味を駆り立てることもない。

「それで?」

「真由美は、その、本当に七草の実家に戻られるのですか?」

 ズバズバと言い難いことを聞いてくる。達也の人間の不器用さに苦笑するしかない。

「……………………さあ?」

 答えをはぐらかす。深雪に聞かれた時と同様に答えを出さない。より正確には出せない。

けれどその返答は、質問する側にとってはハッキリと否定してくれないこと自体が大きな問題だった。

「…………深雪には、貴方が必要なんです」

 達也の声にはいつも以上に力が篭められていた。対して真由美の返答は抑揚に欠けている声だった。

「そうかしら? 私は深雪ちゃんに、達也くんとの平穏を乱す史上最悪なテロリストってよく言われてるわよ。いない方がいいんじゃないの?」

 達也は首を横に激しく振ってみせた。その動作もまた普段の達也にはないものだった。

「俺には深雪を良き妹に指導することしかできません」

「それでいいんじゃないの? 深雪ちゃん、とてもいい子に育ってるわよ」

 真由美から見て深雪は優等生という称号がこの学校で最も似合う生徒だと思っている。達也関連ではおかしくなる時もあるけれど、慎み深く誰にでも気配りが行き届く。成績は座学実技ともに学年トップで品行方正。そして万人が認める美少女でスタイルも良い。これ以上何を望むのかとさえ思う。

 けれど、達也はそんな最高の妹にまだ物足りなさを感じているらしかった。

「俺には深雪に泣いたり怒ったり笑ったりと感情豊かな15歳の少女らしさを教えることができません。俺自身、そういう感情が欠落していますので」

 真由美は目を開いた。達也の感情が欠落しているという部分に一言挟みたかった。けれど、何も言わなかった。

「真由美が司波家にやってきてから深雪は毎日をとても楽しそうに暮らしてるんです。あんなに生き生きした深雪を見るのは初めてのことなんです」

 真由美は達也を見ながら黙っている。

「その深雪がさっき俺のところにやって来て大声で泣いたんです。真由美が司波家を出て行ってしまうと」

 達也の話を聞いて真由美の胸は痛んだ。喉が締め付けられ心臓を握られているよう。

「だから深雪のためにもお願いします。司波家を出て行かないでくださいっ!」

 達也は大声を出しながら頭を深く下げた。

 そんな達也の真摯な姿を見て真由美は──

「私は、深雪ちゃんのために司波家にいるわけじゃないのよ」

 気分がより辛くなってしまっていた。

 

 

 

 

「私は深雪ちゃんのお世話係になるために司波家にいるんじゃないのよ」

 真由美は悔しさと悲しさを声にして出した。

 達也の気持ちはいつでも深雪を向いている。それを確認してしまったようで深雪の落ち込みに拍車が掛かる。

 深雪に必要だから自分の存在に価値を見出される。そうやって司波家に乗り込んだのは真由美。けれど、その現状にもう心が満足できない。惨めさを覚えてしまう。

「俺は……そんなつもりじゃ……」

 達也の声は落ち込んでいる。けれど、真由美の達也への不満はもう限界に達していた。

「司波家にはまだ十文字くんがいるでしょ。深雪ちゃんの情操教育にまだ足りないんなら他の女の子に住んでもらえばいいんじゃないの? 達也くんのお願いなら聞いてくれる子はきっと多いわよ」

 嫌味が口から零れ出る。そんな自分が嫌で、そんな自分を引き出す達也も嫌だった。

「そういうことを言っているのではありません」

「じゃあ、どういうことなの?」

 真由美のくすんだ瞳が達也を正面から捉える。達也は普段通りのポーカーフェイスに見える。けれど、普段より僅かに緊張しているようにも見えた。瞳が頻繁に動いている。

「深雪ちゃんのためという以外に私が司波家にいる理由ってあるの?」

 この質問を最後に真由美は司波家を出ていこうと心に決めていた。

 長い沈黙。そして──

「………………俺が貴方に、真由美にいて欲しいからです」

 達也の返答は、もう決めたはずの真由美の心を揺さぶるものだった。

 

「達也くんが、私にいて欲しい?」

 達也の返答は心躍るものだった。けれど、それを素直に信じることもまたできなかった。

「正直、信じられないわ」

 司波家に強引に移り住んでからしばらくの時が経っている。しかし、達也に色目を使われたことはない。深雪のように大事にされていると思えたこともない。一言で言えば相手にされていない。それが原因で司波家を出て行こうとしているのだから、達也の話をすぐに真に受けられるはずもなかった。

「昨夜のお風呂場で遭遇しちゃった時だって無反応だったし。あれはさすがにショックだったわ」

 達也に女としてまるで意識されてない。それを認識してしまう決定的な事件だった。

「無反応だったのではありません」

「顔色一つ変えなかったじゃないの」

 大声が出てしまう。麻奈実は達也の表情と行動をずっと見ていたからわかる。達也は真由美の裸を見たことに何ら表情を変えなかった。

「それは俺が兵器として適合するために緊急時でも一切表情を乱さないように人体改造を施されているからです」

「どうだか?」

 真由美は達也の出生の秘密に関してよくは知らない。

 魔法師の身体に人為的に危険な改造を施して強大な力を得ようとする。そんな非人道的な実験が一部で行われていることは真由美も知っている。けれど、達也もそうであるのか現状確かめる術はない。

「俺は真由美の裸に、その美しさに目を奪われていた。だから、目を背けられなかった」

「随分恥ずかしいことを正直に告白するのね」

 昨夜のことを思い出してみる。確かに達也は真由美から一切目を離さなかった。多分30秒以上真由美の裸をずっと見続けていたことになる。

 それが目を奪われていたからなのかは真由美には判断できない。達也が表情を変えられないのならそういうこともあるのかもしれない。けれど、確証はない。

「仮に、達也くんが私の裸に目を奪われていたとして……それが私が司波家を出て行かないこととどう関連があるの?」

 達也の言うことが本当だとしても、それは年頃の少年が女性の裸に興味を示したというごく自然な現象でしかない。それでは、実家に帰る方に傾いてしまっている真由美を引き戻す力にはなれない。

「達也くんは私のことをどう思っているの?」

 ストレートに尋ねてみることにした。達也の直球グセが伝染ったのかもしれなかった。

「達也くんにとって私は一体何なの?」

 婉曲を知らない物言いは達也と同じだった。けれども、中途半端にはぐらかされるのはもっと嫌だった。 何だかよくわからない状態に置いておかれるのはもう耐えられなかった。

「俺にとって真由美は……」

 頭1つ分背の高い達也がごく至近距離から見下ろしてくる。

 表情はいつものポーカーフェイスなので何を考えているのかはよく読み取れない。

 そして達也は深雪の質問に答えた。

「俺にとって真由美は掛け買いのない大切な女性です」

 達也は真由美を正面から抱きしめた。

「…………これは摩利ちゃん辺りからの入れ知恵?」

 達也に強く抱きしめられながら真由美の口から出たのは皮肉。抱きしめられてもなお達也を信じきることができない。

「誰でもない俺の意志です」

 達也はより一層強く真由美を抱きしめる。達也の体温のぬくもりを全身に感じる。

「達也くんは…………私のこと好き?」

 直球しか投げられなくなった真由美は最も大事な質問を何の緩衝も置かずに聞いてみた。

「…………………はい」

 小さかったが、しっかりと聞き取れる声が返ってきた。

「…………………そうなんだ」

 頑なだった心が溶けていくのをハッキリと感じ取る。心が、体が温まっていく。

「キスしてくれたら。信じてあげてもいいかもね」

 両腕を達也の首の後ろに回す。我ながら大胆過ぎる行動を取っている。

「なら、信じてもらいますよ」

 達也の整った顔が段々と近付いてくる。真由美は初めてのことで勝手がわからなかったが、とりあえず漫画やドラマに従って目を閉じてみた。

 2人の唇が重なる。

 唇と唇が接触した瞬間、真由美の全身に緊張が走った。

 体を硬くしながらキスを受け入れる。

 初めての体験に年上の余裕を見せるどころではなかった。

 緊張し過ぎてキスの雰囲気を楽しむ余裕が出ない。

 けれど、達也とキスしているという事実は真由美の心を熱くさせた。

 幸せを感じる。先ほどまでの自分では考えられないほどに幸福感が体中を蔓延している。

 

そうこうしている内に達也の唇が離れていった。

 名残惜しいようなホッとしたような複雑な気持ちが胸の中を渦巻く。

「達也くんに初めての唇を奪われちゃった」

 以前のような明るいノリで声を出せた。

「はい。奪わせていただきました」

 達也の表情は変わらない。けれど、よく見るとほんの少し笑っているのがわかった。

 そして達也をよく観察していると背後の監視カメラの存在に気付いてしまった。

「あははは。私たちのキスシーン、カメラに撮られちゃったわね」

 少し、いや、かなりマズい気がした。学校側にバレてはどんな処分を受けるかわからない。自分はともかく不当な処遇にいる達也にこれ以上マイナス評価が加わるのは避けたい。

「大丈夫ですよ。カメラには細工を施して別の映像を録画するようにしておきましたから」

「そうなんだ。さすがね」

 達也の用意周到さに恐れ入る。真由美をこのルーム前で発見した時から既に対策を講じていたのかも知れなかった。

 そんな達也に尊敬の念と安堵感を覚える。

「じゃあ、達也くんがこれからお姉さんにもっと凄いことをしても記録には残らないってことよね?」

 小悪魔チックに微笑んでみせる。真由美、完全復活。

「この姿勢でそういうことを言うのは危険なのではないかと思いますよ」

「ふぇっ?」

 達也に言われてふと思い出す。今、達也と抱き合っている体勢でいることを。達也の首に腕を回して積極的に抱きついていることを。

「俺に露出性癖はありません。ですが、今は監視カメラも機能していません」

「えっ?」

 達也の顔が再び迫ってきた。キスを終えて少し冷静になると、抱き合った姿勢でいることが急に恥ずかしく感じてきた。

 さっきは勢いでキスしたものの、改めてこのシチュエーションとなると恥ずかしさが愛しさに勝ってしまう。

「真由美の据え膳なら……遠慮なくごちそうになります」

 達也が真由美の腰に回した手をいやらしい手付きで動かす。更に顔が近付いてくる。

「ええっ? えええぇ~~っ!?」

 達也の手の動きはキスだけに留まらずその先も求めていることを暗示していた。

「やっぱり駄目ぇえええぇっ! まだ心の準備がぁああああぁっ!!」

 パシンっという平手打ちの決まった大きな音が狭い室内に響き渡った。

 

 

 

「達也くんって感情が欠落しているとか自分で言っておきながら結構なケダモノさんだったのね。お姉さんは身の危険を感じちゃったわ」

 真由美はツンツンとした態度で怒ってみせながら髪と服装を整え直す。

「すいません。ですが、真由美の誘惑に乗らないのも失礼だと思いまして」

 達也の左頬には真っ赤なヒトデ模様が出来上がっている。

「女の子はもっとムードを大切にして欲しいものなの。さすがにここで……初め……」

 恥ずかしくて言えない。

「では今夜俺のベッドで。雰囲気満点な演出をお約束しますよ」

 達也は達也で何か吹っ切ってしまっている。遠慮というものがまるでない。直球なのは元からだが。

「今夜からしばらく深雪ちゃんの部屋で寝ます」

 真由美は恥ずかしくなって達也から目を背けた。

「女の子には心の準備が必要なの!」

 根が純情な真由美はいくら小悪魔を気取ってもそれを貫き通すことはできなかった。怒った声で今日すぐには達也の願望に応えられないことを伝える。

「つまり真由美は今日も司波家に泊まってくれるわけですね?」

 達也の問いにハッとする。

「そうよ。だって今のお姉さんのお家はあの司波家なんだから」

 元気よく返事をすることができた。

 このルームに入る前に抱えていた不安がなくなっている。それに気付いてホッとした。

「さて、これから深雪ちゃんを探して謝らないと駄目ね。義妹に心配掛けるなんて駄目なお姉さんだわ」

 達也の手を取って足取り軽く室外へと出て行く。

「深雪ちゃんにお義姉ちゃんって呼んでもらえるように今から特訓しておかなくちゃ」

「それは深雪が怒るのでは?」

「いいのよ。お姉さんも深雪ちゃんとのやり取りを楽しみにしているのだから」

 達也の手をグイグイと引っ張って駆け出していく。

「達也くんと深雪ちゃんからの愛情は確かに受け取ったから。今度は私の方が2人にいっぱいの愛情を示す番よね」

 真由美の心はいつになく軽い。楽しくて嬉しくて心が浮き上がる。

「それにしても達也くんが私のこと好きだったなんて。お姉さん、全然気付かなかったわよ」

 顔がニヤけてしまう。

「それは真由美が鈍いだけかと」

 達也の冷静な声での反論にちょっとムッとする。

「一緒に寝ているのに手を出さないどころか表情一つ変えてくれないのだもの。気付けるわけないでしょ」

「好きでない女性と床を共にするほど俺は軽薄でも女たらしでもありません。真由美だから一緒に住んでいるんです」

「……そういうことは口でちゃんと言ってくれないとわからないわよ」

 真由美の顔が赤く染まる。

 喋る時はいつでもストレートなくせに、恋愛事に関しては必要最低限度の情報さえ知らせてくれない。そのせいで自分は長い間思い悩むことになった。

 そんな達也に呆れてしまう。けれど、そんな不器用なのが達也という少年なのだと思い直す。

「これからは私への好意の言葉はどんどん素直に口にすること。いいわね?」

「わかりました」

 達也は返事しながら立ち止まる。

「どうしたの?」

「俺はまだ真由美の気持ちをハッキリと聞いたことがないと思いまして」

「………………そう言えば、そうかもしれないわね」

 真由美の達也への態度はあからさまなもの。けれど、相手が達也であるならハッキリ口にしない限りどれだけ伝わっているのかまた怪しいものだった。

 そして、達也に好意は素直に口に出すようお願いした手前もある。真由美だけ言わないという選択肢はなかった。

 達也と正面から向かい合う。両手を重ねて達也の両手を握る。そして、彼女は自分の想いの丈をようやく素直に打ち明けることができた。

 

「私は達也くんのことが大好きよ」

 

 それは、真由美と達也、そして深雪の新しい関係が始まる一言になったのだった。

 

 

 了

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 資料検索ルームの監視カメラの管理を任されている管理会社のモニタールームでは……。

「フロントダブルバイセップスッ! サイドチェストッ! リアダブルバイセップスッ! サイドトライセップッ! アドミナブルアンドサイッ! モーストマスキュラーッ!!」

 やたら老け顔の男子高校生が全裸でマッスルポージングを取り続ける映像が全てのモニターに映ってしまう機能障害に見舞われていた。

 運営会社は関連映像を全て念入りに処分し『本日の業務に何ら異常なし』と業務日誌に書き添えたのだった。

 

 

 

 

 


 
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