No.720108

真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第四十八話

ムカミさん

第四十八話の投稿です。


対袁紹軍、その2、です。

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2014-09-21 12:04:15 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:6712   閲覧ユーザー数:5022

 

「北郷様!呂布様!ご無事で!」

 

「挨拶はいい!足を止めるな!敵から目を切るな!恐らくすぐにこの部隊は退くだろう。

 

 敵が退き始めたら敵前衛までの距離四分の一まで追撃!その後すぐに転進、両翼射撃部隊に合流!

 

 死にたくなくば気を抜くな!行くぞ!」

 

『はっ!!』

 

文醜、顔良両名の眼前より退いてきた一刀は即座に部隊の兵達に指示を飛ばす。

 

恋にもアイコンタクトで作戦遂行に問題無いかを確認。

 

軽く頷くのを見るや、一刀も恋と共に先頭で部隊を引っ張り始めた。

 

一刀の予想通り、戻って5分と経たぬ内に文醜隊は退き始める。

 

その時点で一刀と恋がそれぞれ引いてきた部隊で再び分かれ、撤退する文醜隊を左右から挟む。

 

その後は追撃もそこそこに、分かれたまま更に開くように部隊を流し、両翼の部隊へと無事に合流を果たした。

 

直ぐ様近接武器から十文字に持ち替え、再び長距離射撃へと移行。

 

初撃からしての奇策連発によって袁紹軍の指揮系統は未だ混乱の最中にあるようだ。

 

並み居る敵兵達が足並み揃えて前進を仕掛けて来ることもなく、散発的に少数が出てこようとするのみという状況。

 

まるでもぐら叩きのように飛び出す少数を集中射撃して引っ込ませ、出てくる敵兵がいなければ満遍なく矢の雨を降らす。

 

袁紹軍は出るに出られず、負傷兵ばかりが増していく。

 

(ここまでは順調だ。敵軍全体の攪乱はまず成功と言っていいだろう。

 

 だが、ここからはまた別種の戦い……奇策、奸策を上手く機能させられるか?)

 

一刀の懸念、それはつい先程敵陣の奥へと下がっていった顔良にあった。

 

普段は袁紹軍の2大戦力として前線に出張ることも多い顔良。

 

しかし、その実、彼女はほぼ一人であの巨大な袁紹軍を動かしているところがある。

 

元々彼女にその能力があったというよりは袁紹が悉く軍師の言う事を聞き入れず、結果として皆離れていってしまったが故であるが。

 

そうとは言え、数々の実戦にて鍛えられた顔良の能力は侮れない。

 

何より、今この時はその顔良は前線から下がり、その知に全てを注いでいるのである。

 

軽く十倍を越す兵数の差、これを顔良の思うがまま自在に操られては非常に厄介だと言えよう。

 

つまり、ここからの一刀達の策は敵軍の動きに合わせて柔軟に形を変えていかなければならない。

 

(頼んだぞ、詠!)

 

内心で遠く離れた頼れる軍師にエール。

 

軍という大きな集団を相手取るにも扱うにも、部隊程度の規模しか扱わない一刀には手に余る仕事。

 

ここからは本職たる詠の手腕に掛かっているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………なんか癪だわ」

 

「え、詠ちゃん?」

 

詠の口からポツリと漏らされた不穏な一言に、月は不安そうに聞き返す。

 

それがトリガーとなったか、詠は突然爆発を起こした。

 

「何なのよ、あいつ!あいつの立てたここまでの策、完っ璧じゃない!!

 

 顔良まで合流してきてたみたいだけど、全く意に介して無いみたいだし。散々心配してたボクが馬鹿みたいじゃない!?」

 

「へぅぅ……で、でも、一刀さん達が無事なんだから、それは良いことじゃない?ね?」

 

「確かにそれはそうだけど、そういうことじゃないのよ、月!そりゃあボクは軍師だからある意味心配するのは仕事だけどね?それでも……

 

 って、ほらそこ!右翼への弾幕薄くなってるわよ!ちゃんとしなさい!!

 

 で、何だっけ?ああ、そうだ。そもそもあいつが、まるで策が失敗し易いかのように話すのが悪いのよ!!

 

 だから月や恋や一刀がもしも孤立してしまった時の対応策を何十個も考えて検討してたって言うのに……

 

 今度は左翼から吶喊!矢を集中して潰しなさい!」

 

愚痴を言いつつも戦場全体を視野に入れ、本隊として残った部隊に的確な指示を飛ばす。

 

月もまた兵達に混じって矢を射掛けつつ、詠の言葉に宿る暖かみを見つけて微笑んだ。

 

「きっと、一刀さんは詠ちゃんのそういう所を信じてくれたんだと思うよ?

 

 自分の策が崩れたとしても詠ちゃんならあらゆる面から立て直しを図ってくれるはずだって、厳しくともきっと全力で取り組んでくれるだろうって、一刀さんも言ってたから。

 

 詠ちゃんは優しいもんね」

 

「……別にそんなんじゃないわよ。さっきも言ったでしょ?軍師としての当然の仕事よ、仕事」

 

まるで当たり前のことしかしていないだろう、と言った口調。

 

しかし、明らかに先程までの険が薄れている。

 

しかも詠の横顔をよく見ると、首や耳が仄かに赤く染まっていた。

 

(素直に喜んでいいのに。でも、そんなちょっと意地っ張りなところもかわいいんだよね、詠ちゃん)

 

大好きな親友の可愛らしい一面に月は一人胸を暖める。

 

隣でそんなことが行われているとは露知らず、詠は自らの両掌で頬を張って気合を入れ直す。

 

「ダメね、今は集中しないと……

 

 顔良が後ろに下がるのを確認したわ。ここからはボクの腕の見せ所。

 

 あいつの用意した策の種もあることだし、こんなところでしくじってなんていられないわね」

 

声に出すことで意図的に軍師モードのスイッチに完全に切り替えた。

 

まず考えるは顔良がどう出るか。

 

今以て翻弄され続けていること、既に負傷者を多数出していることが袁紹軍にとってのディスアドバンテージ。

 

対して向こうのアドバンテージはと言うと、比べるまでも無い程上回っている兵数。

 

顔良がそもそも軍師では無いことを考えると、戦のセオリーを大きく違えてくることは無いだろう。

 

となれば、取ってくるであろう戦術は波状攻撃。

 

恐らくは首脳陣が何らかの手段で兵を宥め、盾を前面に押し出しての強行突破が予想される。

 

ならば、それをどう阻止するか。或いは逆に利用出来るか。

 

(…………利用は厳しいでしょうね。余りにも数が多すぎる。

 

 何より、折角の敵が混乱しているのに、それを治める時間わざわざ作ってやるのも勿体無いものね。

 

 いいわ、ここは徹底的に攻め立てましょうか)

 

詠の中で一つの方針が決定する。

 

次いで考えるは、具体的にどう行動すべきか。

 

取れる策に照らし合わせて一刀や華琳、桂花から聞いた袁紹、顔良、文醜の特徴なり性格なりを考慮する。

 

現状の攪乱をそのまま続けることも一つの手ではある。

 

しかし、これはいずれ顔良によって対応される可能性が高いだろう。

 

挑発で文醜の釣り出しも考えたが、側に顔良がいる今、成功は望み薄か。

 

であれば、袁紹の無駄に高いプライドを煽ることで敵軍全体に無謀な動きをさせられないか。

 

が、これもまた顔良によって諫められ、実現以前に潰されるように思われる。

 

と、ここで詠はあることに気づいた。

 

(あれ?もしかして、対象を顔良1人に絞って押さえ込めば、後は相当楽なんじゃないかしら?)

 

そう、詠が没にした案、そのほとんどにおいて理由に顔良が絡んできているのである。

 

詠の考えでは袁紹軍を軍たらしめているのは顔良という存在。

 

彼女があの無数の兵達に秩序を与え、ただの集団を一つの軍隊へと昇華しているのだと結論付けた。

 

袁紹軍にとっては残念なことに、この推測は半分以上当たっていると言えた。

 

それはつまり顔良こそが袁紹軍の最大の力にして最大の弱点ということ。

 

(そうと分かれば話は別ね。定石から外れた奇策を以て顔良の思考を乱す!)

 

行動が決まれば策も自然と決まってくる。

 

ここは出し惜しみは必要無い、と判断。

 

一刀の準備をありがたく利用することにした。

 

「工兵!”筒”はいくつ扱えるの?」

 

「はっ!こちらまで持ち込んだ4本、全て使用出来ます!」

 

「だったらすぐに準備!1本は上空へ!残り3本は敵の視線が逸れた瞬間に左右両翼と本隊辺りへ叩き込みなさい!

 

 それから、伝令!北郷隊と呂布隊に”筒”を使用すると伝えなさい!」

 

『はっ!!』

 

詠の指示を受けて4人の工兵と2人の伝令が即座に動き出す。

 

伝令が左右に分かれて走っていく一方で、工兵は敵から見えないよう、地面に4本の筒をセット。

 

内3本は斜め向きに設置され、その軌道上にはきっちりと袁紹軍の左翼、右翼、そして本隊が存在している。

 

しっかりと固定したことを確認すると今度は火薬を投入。

 

この火薬の扱い、そして適切な投入量が保たれているかは工兵の腕に掛かっている。

 

その点、真桜の部下から配されたこの4人は十分な技量の持ち主だった。

 

一切の迷い無く一連の作業をこなし、最後に4本の筒それぞれに慎重に玉をセットする。

 

最後に導火線を伸ばし、全ての設置が完了した。

 

工兵を代表して一人が尚も立て続けに指示を続けている詠の下へ。

 

「設置完了しました。いつでも発射出来ます」

 

「早いわね、ありがとう。

 

 伝令!もう一度よ。伝令兵が伝え次第、直に使用する。策による号砲ににつき一切を意識するな!」

 

『はっ!』

 

仕上げの連絡を前方にて奮戦する2部隊に通達。

 

これで一刀が詠に預けた奇策の準備が整った。

 

後はこれが確かな効果を発揮することを祈るばかり。

 

(上手くいけば万々歳だけど……失敗の場合の善後策も考えておかないといけないわね。なんだか大丈夫な気がするけど……)

 

思わずそう思ってしまってから、フルフルと頭を振る。

 

一刀には度肝を抜かされてばかり、それ故かその口から提案される奇策に対して妙な信頼を持ってしまっていることに気付いたからだ。

 

軍師としてこの考えはどうなんだろう、と軽く自問自答してしまう詠がいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「負傷した兵は下がってください!開いた穴はすぐに後続部隊が埋めて前線が薄くならないように!

 

 それから盾装備を早く整えてください!最前面で盾を並べれば概ねの被害は防げるはずです!」

 

袁紹軍本陣では顔良が戦列を立て直すべく必死になって指示を飛ばし続けていた。

 

一瞬たりとも思考を止めることが許されないのみならず、必要な指示もまた少ないものでは無い。

 

矢継ぎ早に飛ばされている指示は、しかしいずれも後手に回っているもの。

 

これはまずい状況だ、と顔良は内心で歯噛みする。

 

どうにかして対応しなければ、下手をすればこのままズルズルと押し負けてしまうかも知れない。

 

自ら限界以上だと知覚できるほどに頭をフル回転させる顔良。

 

その後ろにはそんな背を見つめる2対の目があった。

 

「全く!飛び出していったと思ったらな~にをすぐに帰ってきて……って、どうかしたんですの、猪々子さん?」

 

「…………」

 

「猪々子さん?」

 

「はっ?!あ、すいません、姫。何ですか?」

 

「……斗詩さんがどうかしたんですの?」

 

袁紹から見れば勇んで飛び出し、ノコノコと帰って来た2人。

 

当然いつもの如く嫌味がその口から飛び出したのだが、今日はそれを聞く部下の様子がおかしいことに気づく。

 

袁紹が話していることにも気づかない様子でジッと顔良を見つめる文醜に何度か声を掛けたところでようやく文醜の耳に届いた。

 

明らかに顔良の何かしらを気にしている様子。しかし、その内容までは分からない。

 

必然、袁紹の口から出てくる言葉はその内容を問うものだった。

 

問われた文醜はどう答えたものか、と暫し俯く。

 

答えるか否かに窮しているわけではなく、感じていることを上手く言葉に出来ないようであった。

 

それでも幾度か口を開閉させた後、どうにか言葉に表すことに成功する。

 

「その……あたいは斗詩みたいに賢くも無いから、斗詩が何を考えてるのかって詳しいところは分かんないです。

 

 けど、どうしても気になるところがあって……

 

 さっき、前線で、北郷、でしたっけ?あれと一騎討ちしてきたんです。

 

 あいつ、予想よりも遥かに強くて、斗詩が来なければ……いや、斗詩が来ても、向こうにも呂布が来てたから……

 

 今あたい達がこうしてここに居れるのは、何故かあいつが退いていったからなんです。けど……」

 

そこでもう一度深く呼吸。

 

そして胸に溜まったもやを吐き尽くすべく勢いを付けて続く言葉を言い放った。

 

「なんか斗詩のやつ、あいつに会ったことがあるみたいなんです。

 

 返事がどうとかも言ってたし、何か言われてるんじゃないかって思ってまして。また後で会うみたいなことも言ってました。

 

 でも、斗詩からそんな話は聞いたことが無くって。今までこんな隠し事はされたこと無かったのに」

 

親友を疑ってしまっている自分がいる。

 

それを告白することには、戦場に出る時とはまた異なる覚悟が必要だった。

 

ただ、場合によっては様々なものを失ってしまいかねないことであって当然のことではあるが、こと軍事に関してはそこでの配慮は時に大きな穴となりかねない。

 

1人で考え込んだところで思考が泥沼に嵌ってしまえばそこからの脱出は容易ではない。

 

せめてもう1人を巻き込むことで軍にとって最良の、引いては今後にとって重要な判断を行わねばならないのである。

 

つまり、普通に考えれば、この文醜の行動は正解だと言えるのだが……

 

「……?…………はっ!?」

 

袁紹は何故そんなことを、とでも言いたげに首を傾げる。

 

そのまま少し考えた後、何かに気付いたようにバッと勢いよく顔良へと顔を向けた。

 

「ちょっと、斗詩さん!一体どういうことですの!?」

 

「少し待ってください、麗羽様!今は手が離せません!」

 

依然続く軍全体への指示の合間に短く返答する。

 

その一方、顔良は内心で溜息をも吐いていた。

 

(私なりに精一杯頑張ってるよぅ……いつものこととは言え、あんまり急かさないで欲しいなぁ……)

 

毎度毎度、戦況が停滞気味になる度に袁紹にせっつかれて来た顔良は、この時の袁紹の呼びかけもまた同じような内容だと誤解していた。

 

結果的にこの誤解によって、袁紹軍に仕掛けられていた毒牙がより深く喰い込むこととなってしまった。

 

「待てませんわっ!!斗詩さん!!貴女、この私に仕えておきながらあんな珍妙な輩に懐柔されかかってるらしいと聞きましたわっ!!

 

 どういうことか今すぐ説明してくださいまし!!」

 

「は、はいぃ!?」

 

袁紹の中では一体どういった過程を経たのか、疑惑を通り越して半ば確定となった反逆に怒りのままをぶつけ出す。

 

当然身に覚えの無い顔良は何故そのような言い掛かりを付けられているのか、と思案する。

 

その思索は袁紹の隣でどこかバツの悪そうな顔をしている文醜を見つけた時に結論を得た。

 

「誤解です、麗羽様!確かに北郷さんからの接触はありました。それを報告していなかったことは謝罪します!

 

 ですが、向こうの要望等、全て断っています。私が仕える主は麗羽様だと言ってやっています!」

 

まずは袁紹の怒りを鎮めるのが急務。

 

そう即断し、一時軍への支持を取り止めて全霊で無罪を訴え掛ける。

 

「ならばなぜ!!後で会うなどという言葉が出てくるんですの?!」

 

「そ、それも文ちゃんの勘違い……いえ、北郷さんにとっては恐らく決定事項なんだと思います。

 

 実は以前の接触の折、私は一つの予言、そう北郷さんが言っていたのですが、それを聞いているんです。それで……」

 

「予言?一体どんなものなんですの?大体、それが何故斗詩さんと会う理由になると?」

 

袁紹は話の中で出てきた予想外の単語に妙に引かれる。

 

その内容を問うも、顔良は初め、内容が内容だから、と話すことを躊躇っていた。

 

しかし、再三に渡る袁紹の要請に遂に折れざるを得なくなり、仕方無く一つだけ注意事項を挟んでから予言の内容を語り始める。

 

「これはあくまで北郷さんの予言です。なのでその内容を聞いても怒らないでください。

 

 ……以前、北郷さんは言ってました。我々はこの戦に敗れる、と。

 

 麗羽様や文ちゃんの思考、傾向は読みやすく、私の策も看破するに大した苦労は無いそうです。私の軍師としての腕はせいぜい良くて二流ですから当然かも知れませんが。

 

 そして……戦の最終局面、決して機を逃さず、私達3人を捕縛する。

 

 北郷さんの話を要約するとこんな感じです。最後のところは宣言とも取れますが、まるで……」

 

本当の予言のようだった、と続けようとした言葉を飲み下す。

 

どうしてもそれを認めたくは無かった。

 

本人は気付いていないのか、毅然とした態度で臨んだつもりであっても、その実顔良は一刀の雰囲気に呑まれ、圧倒されていた。

 

飲み込んだ一言を口に出せば、それは自ずからそれを認めることになる。

 

それだけは顔良の内なる矜持が許さず、口を閉ざさせたのだった。

 

「つまり、斗詩さんはそのような戯言を信じたと?全く!ですからあなたは駄目なんですのよ?

 

 私は三公を輩出した名門袁家の当主ですわ!その私が負けるはずなどありえませんでしょう?」

 

下がりかけた顔良の視線はこの袁紹の言葉によって引き上げられる。

 

袁紹の自信は傍から見れば確かに根拠の無い自信ではある。

 

しかし、小揺るぐことも無く言い放たれるその言葉を聞いて、不思議と顔良は元気づけられたのだ。

 

「さぁ、斗詩さん!指揮の方が大きく中断しておりますが、疑いが晴れたところで、改めて言いますわ!

 

 ちゃっちゃとこの戦況を覆し、あの不遜なお猿さんに目にものを見せてあげなさい!」

 

「は、はい!」

 

大きな中断は詰まるところ袁紹の早とちりによる大騒ぎが原因なのだが、悪びれる様子もなく顔良を急かす。

 

思わず直立して返事をしつつ、顔良は心中で苦笑を漏らしていた。

 

(麗羽様はいつも変わらないなぁ。文ちゃんも、呂布さんにあれだけやられたのに、もう前以上の心を持ってる……

 

 私も2人から教えてもらうことがまだまだあるんだ。だからこそ、こんなところで負けられない!)

 

グッと拳を胸の前で握って気合いを入れる。

 

そして、軍の指揮を、当面の対応とここからの巻き返しの策を何かしら絞り出そうと思考に沈みかけたその時。

 

遥か前方で爆音が轟いた。

 

ただそれだけであれば、戦の只中という事もあってそこまで気にはしなかったかも知れない。

 

しかし、轟いた爆音の場所が問題だった。

 

音の発生場所、それは前方の董卓軍、その遥か上空、何も存在しないはずの空中だったのだ。

 

近くに砦でもあるならともかく、ここは周囲に何もない平原。

 

そのような場所で上空から爆音が轟くとすれば、雷くらいしか思い至るものが無い。だと言うのに……

 

首を、目線を上げて見たその先に、雷が発生しうる重々しい黒雲は欠片も存在しない。

 

余りに奇妙な現象に首を傾げつつも、思い切ってこれを無視し、現状の対処に移ろうとしたその直後だった。

 

今度は地上の、しかも袁紹軍のど真ん中3箇所。

 

先程よりも小さいながら、確かな爆音が再び轟き、兵達は忽ち深いパニック状態に陥ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後方上空で1発。

 

少々間を空けて遥か前方で同時に3発。

 

続けざまに発生した4つの轟音が齎した効果は一目瞭然であった。

 

 

事前の伝令によって心の準備を整えていた自軍の兵は轟音にもほとんど動じてはいなかった。

 

しかし、対する袁紹軍の兵はとなると話は別。

 

突如空から降り注いだ轟音に、前面に出ていた兵達が明らかに浮き足立つ。

 

敵軍の、それも想定していないような場所から正体不明の攻撃が為されたかも知れないのだ、当然の反応とも言える。

 

それでも大きく戦線が崩れなかった点は評価できるかもしれない。

 

が、直後に自分達の後方で轟いた3発にまでは耐えることが出来なかった。

 

音の大きさ自体は先のもの程では無い。しかし、それが与えた被害は余りに凄まじいものだった。

 

最初の1発は、後々連絡用に用いられる予定の星を持たぬ花火。一刀が真桜に依頼し、作らせたものそのまま。

 

ところが、袁紹軍の奥へと撃ち込んだ花火は全くの別物。

 

見た目はほぼ変わらぬものの、中に詰められているものが異なっている。

 

玉内部に詰められる火薬の量を減らし、空いた空間に鉄片等を仕込む。

 

この鉄片が火薬の炸裂によって周囲に飛散し、敵に襲い掛かる。

 

つまり、震天雷を花火の構造を利用して再現したのである。

 

残す火薬の量を調節することで殺傷度合いまで変えられる、中々使い勝手が良さそうなものなのだ。

 

”良い”ではなく”良さそう”とするのは当初の想定よりも使い勝手が悪かったからなのだが。

 

ともかく、その”攻撃花火”が後ろ3つの音の正体である。

 

予期せぬ爆音の後、後方待機していた兵達の悲鳴、苦鳴が聞こえてきたとあれば、碌に兵としての訓練も為されていない兵達が恐怖に押しつぶされても何もおかしくは無い。

 

最早統率の欠片も見られないほどに乱れた袁紹軍の奥、中央付近において首脳陣までもが混乱に陥っている様子が敵兵の間から垣間見えた。

 

ここで強く叩けばより一層の効果が得られるかも知れない。

 

そう考え、吶喊すべきか逡巡しかけたその時、まるでその思考を読んでいたかのようなタイミングで本隊から伝令が飛んできた。

 

「北郷様!賈駆様より伝令です!『左翼の呂布様と共に吶喊せよ、但し四半刻以内には必ず戻れ』とのことです!」

 

「了解!聞いたか?近接班、もう一度吶喊の用意だ!

 

 いいか?恐れるな!己が武を、耐えし鍛錬を思い起こせ!力は付けている!自信を持て!

 

 さりとて油断はするな!慢心を持つな!それらは死に直結する毒だと知れ!

 

 今、敵軍は戦闘開始以来最大の混乱の最中にいる!落ち着いて対処すればお前達がやられることはないはずだ!

 

 事前に通達してある例のあれも出来る限り狙え!行くぞ!」

 

『応っ!!』

 

重なった声が空気を震わせ、自軍の鼓舞と敵軍への威嚇となる。

 

ほぼ時を同じくして左翼からも鬨の声が上がる。

 

そしてどちらからともなく、一切の迷いなく吶喊を開始。

 

左右から挟み込むようにして痛撃を与えるべく突進して行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「れ、麗羽様!もっと下がっていてください!

 

 伝令!右翼、左翼、共にまずは兵の皆さんを落ち着けさせてください!

 

 文醜隊は右翼、顔良隊は左翼へ!前線の兵と交代し、後方が落ち着くまで耐えてください!出来ますか!?」

 

「はっ!お任せを!」

 

「あたいもやってやるぜ!これ以上あいつの好き勝手になんてさせねぇ!」

 

「お願いします!救護班!状況を!」

 

「はっ!先程の音はやはり敵の攻撃でしょう、転がってきた玉が破裂するところを見た者がおりました!

 

 その玉より飛び出てきた鉄片によって負傷者多数!運悪く玉近辺にいた兵が各所で4、5人死亡しています!」

 

「分かりました!引き続き負傷兵の救護を!」

 

董卓軍からの攻撃の直後は、確かに袁紹軍はてんやわんやな状況に陥りかけた。

 

しかし、直前の一騒動が思わぬ効果を齎していた。

 

入れ直した気合で顔良はいち早くパニックから脱し、状況への対処を開始。

 

未だ後手に回っていることに違いは無いものの、この復帰の早さは董卓軍にとっては想定外のものだったろう。

 

とは言え、勿論そのようなことは顔良には知る由もない。

 

「顔良様!敵両翼よりそれぞれ一部隊が吶喊してきます!」

 

「文醜隊、顔良隊の一部を当てて下さい!前線の兵の中に比較的落ち着いている者がいればその人達も加えて!」

 

「はっ!」

 

刻々と変化する戦況に次々と入ってくる報告。

 

それらを即断即決で澱みなく回していく。

 

先程知覚した限界以上の、更にその上をいく全力思考。

 

脳がオーバーヒートしそうな程ではあったが、その甲斐あって徐々に袁紹軍は安定を取り戻していく。

 

統率も戻り始め、無策ならぬ突撃と数の威力を以て董卓軍の矢の嵐を潜り抜ける一団も出始める。

 

それらの部隊は弓らしき兵器から戟や槍といった近接武器に持ち替えた敵前衛に食い止められるものの、弾幕が減ったことでより多くの兵が敵への接触を果たせるようになっていく。

 

そして奇妙な爆発攻撃からおよそ四半刻に及ぼうかとした頃、遂に水際で食い止めていた両翼に張り付いていた敵部隊が撤退していった。

 

顔良はそこに反撃の機を見出す。

 

すかさず声を張り上げて一転攻勢に出るべく指示を出した。

 

「今が好機です!両翼共に3部隊!加えて文醜隊、顔良隊!吶喊して敵軍に穴を空けます!」

 

これで戦況をひっくり返すことが出来る。

 

そう半ば確信して一歩を踏み出しかけた顔良は、しかし次に届いた報告に思わず立ち尽くしてしまうこととなった。

 

「が、顔良様!その人数を吶喊に回すことは危険かと!本隊の守りがあまりに薄くなります!」

 

「どういうことですか!?まだ我らが軍の被害はそこまで……」

 

反論しかけた顔良の言葉が途中で途切れる。

 

この時、顔良は死傷者の数をそのまま通常の戦に当て嵌めて戦闘不能の兵の数を計算していた。

 

しかし、此度の戦で受けた被害はあまりに異質なものだった。

 

死傷者全体の数自体は厳しい戦の時と同じかそれより少し多い程度である。

 

が、その内訳が異常なのだ。

 

死者は死傷者全体の2割にも満たない。つまりほとんどが負傷者。

 

その負傷者を更に見ていくと、多くの兵が腰より下、下半身に矢傷や武器を受けて移動がままならない状況。

 

敵軍への吶喊の最中など、特殊な状況に無ければ、通常、1人の負傷兵には1人から2人、兵が救護に付く。

 

負傷者が多ければ多いほど、参戦出来る兵の数は減っていく。

 

それが積み重なり、今袁紹軍は”動ける”兵は多けれど”戦える”兵が非常に少ない状態へと陥ってしまっていたのだった。

 

(そんな!?こんなことが……いや、違う!

 

 これはきっとあの人の策……!改めて考えて見れば、あの人や呂布さんが出張ってきているのに死者があまりにも少なすぎる……!

 

 けれど……こんな状況はあまりにも想定外に過ぎる。どうすれば……)

 

通常起こりえないような異常な状況。

 

当然、これを想定した定石の策など存在しない。

 

果たして顔良はどうすれば良いかに迷い、途方に暮れてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よし!上手くいったみたいね!」

 

「へぅ……ちょっと危なかったね、詠ちゃん」

 

「そうね。もし顔良が何も気にせず吶喊させてきていたら大混戦になっていたかも知れなかったわ……」

 

内心ヒヤリとした場面があったものの、上手く策が嵌ってホッと溜め息を吐く。

 

詠は両翼に張り付けた2部隊とは別に、残りの兵から小部隊を作って色々と仕掛けていた。

 

小部隊に近接攻撃を仕掛けさせ、一当て離脱、出ると見せかけて他部隊と合わせて斉射等々。

 

しかし、時を追うにつれ敵軍の動きが良くなって行き、効果が薄れ始めていた。

 

開戦時よりずっと注ぎ込み続けていた毒、敵兵の下半身を狙った意図的な負傷者作りが功を為すかどうか。

 

そこに不安が広がっていたが為に、これが成功したという事実は詠に大きな安堵を齎したのだ。

 

「さて、と。そろそろかしらね?」

 

「え?何、どうしたの、詠ちゃん?」

 

「決定打のことよ」

 

「け、決定打?」

 

「そ。っと、噂をすれば……」

 

ふと一瞬だけ後方へと視線を流した詠が呟いた直後、伝令が走り込んでくる。

 

「賈駆様!報告です!後方に大きく広がる砂塵を確認!援軍が直に到着します!」

 

「分かったわ、ありがとう。一刀と恋に伝令を。2人を一度集めるわ」

 

「はっ!」

 

詠の発した決定打、それはつまり桂花達と話し合って定めた援軍のことであった。

 

口元に笑みを湛え、詠は強い言葉を発する。

 

「さぁ、一気に決めるわよ!月の復活記念、どでかい勝利で飾りましょう!」

 

「う、うん!頑張ろう!」

 

 

 

前線に攻撃を受けながらも、董卓軍は大きく崩れず。

 

与えたダメージは非常に大きい。

 

予定以上の戦果を持って堂々と援軍を待つ一同。

 

 

 

決着の時は近い。

 


 
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