No.718810

Just Walk In The ----- ep.1「Mist・五里霧中」5

投稿115作品目になりました。
オリジナルの異能SF第1章、その5になります。

前回の大まかなあらすじ
・神出鬼没のパフォーマー、ウォー○ーさん

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2014-09-18 08:46:28 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:3423   閲覧ユーザー数:3078

 

いつからだろうか、この”匂い”を不快に思わなくなったのは。消毒液。滅菌用のアルコール。丁寧に清掃されているお陰で無臭のようでもあるけれど、それでも仄かに鼻の奥を擽る様な、確かな”匂い”。記憶を掘り返してみても明確な時期が全く思い当たらない。とはいえ、これは例えば、幼い頃は食べられなかった苦味や酸味、食感なんかが苦手だった食べ物が、成長するに連れていつの間にか食べられるようになっていた、みたいなものだろうから、考えても無駄な気もするのだけれど。

 

「ちょっとビックリしましたよ、戦国君に病院に案内してくれ、なんて言われた時は」

「済みません、マリアさん。あんまり覚えていないんですけど、小さい頃は身体が余り強くなかったらしくて。一応、定期的に検査してもらっているんです」

 

幼少期の子供ほど感覚が鋭敏で、多少の刺激でも直ぐに”脅威”と判断し、自然と嫌うようになるらしい。好き嫌いが激しくなったり、ちょっとした事で泣き出してしまう原因はここにあるのだとか。そのせいもあるのかな、今でも僕はこの”匂い”が余り好きじゃあない。……まぁ、そもそもこの匂いが好きな人はそうそういないとは思うけれど。

 

「今は大丈夫なんですか? 定期検診が必要ということは、少なからず再発の危険性もある、という事、ですよね」

「ん~、でも子供の頃から大きな病気して倒れた、みたいな事は1度も無いんですよね。少なくとも、僕が覚えている限りは」

 

そう、自分では健康体としか思えなかったからこそ、こうして通院しなければならない理由が解らなくて、子供の頃は何度も嫌がった覚えがある。今となっては両親の心配も理解できるので、ついでに悪いところがあるなら見てもらえる上、両親への報告も兼ねて1ヶ月に1度くらいのペースで診てもらっている。既に習慣のようになっているで、当初はあった面倒臭さも今では大分薄れている。

 

「まぁ、引き継ぎの確認もそうなんですが、担当医の先生に挨拶もしておきたいので、早い内に顔を出しておきたかったので」

「そうですか。まぁ、知っておいて損はないですし、何が起こるか解りませんからね」

 

という訳で案内されたのが、智並駅の直ぐ傍にある総合病院である。収容人数も多く駐車場も広い上、交通の便も良いため、連日多くの住人がこの病院を利用している。吹き抜けの天窓から降り注ぐ陽光は滅入りがちな雰囲気を払拭するような爽快感と同時に清潔感を降り注がせているような印象を受けた。古くから多くの”負”を寄せ集めてしまう筈のこの場所は、しかし今この時の僕にはとても優しくて、暖かくて、安らかな場所に思えてならなかった。”病は気から”。ふいにそんな言葉が、頭を過ぎった気がした。

 

「しかし、随分と早かったですね。診察室に入ってから、ものの10分くらいしか経っていませんよ?」

「あぁ、えっと、今回はアポ無しで突然でしたし、軽い質疑応答だけ済ませて、検診はまた日を改めて次回、だそうです」

 

兎角、こちらでの担当医の先生の挨拶を終え、来院する日取りを決めて診察カードを発行した頃には夕刻。空は青から茜へ、その色を徐々に変えつつあった。

 

「そもそも、診察時間ギリギリでしたしね。顔合わせが出来ただけでも儲け、ですよ」

「それもそうかもしれませんね。――あれ?」

「ん? どうかしたんですか?」

 

と、診察を終えてそんな話をしていた最中だった。マリアさんが何かに気づいたように院内のロビー、行き交う人たちの方を振り向いて、首を傾げた。

 

「いえ、その、見間違いでないのなら、多分ジョージさんがいたような気がして。アロハシャツが見えた気がしたんです。ほんのチラッと」

「え、病院に、ですか? でも、今朝はピンピンしてましたし、実は何か持病があったりとか?」

「いいえ。そのような事は、少なくとも私は聞いた事はありませんね。私の気のせい、でしょうか?」

「あ~、まぁ、普段着がアロハシャツっていうのも珍しいですけど、他に全くいないという訳でもありませんしね」

 

それに、パッと見が鮮やかなだけのシャツという可能性も0ではない。……あれ、それって最早アロハシャツ? そもそもシャツとアロハシャツの明確な境界線って何なんだろうか? 柄? 生地? それとも生産地?

 

「まぁ、ご本人に訊けばいい事ですね。遅くなる前にそろそろ帰りましょうか。ジョージさんが夕食の支度を始めているかもしれませんし」

「そうですね。そうしましょうか」

 

そう同意すると愚考を断ち切るように頭を振って、僕たちはロビーを抜け病院を後にした。

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

智並市立総合病院は屋上、大量に干された真っ白なシーツが微風に棚引くその場所は、落下者防止の為の高いフェンスで四方を囲まれている。こういう場所にはどうしたって”負”が溜まる。それは時として人を狂わせ、道を踏み外させる。健常な思考であれば到底思いつきもしない愚策を、さも当然のように選ばせてしまう。年間、病院では多くの患者が亡くなってしまうが、その全てが病死や衰弱、という訳ではない。

 

「――フゥ~ッ」

 

そんな、蓄積した黒雲のようなそれを紫煙に乗せて吐き出す男が一人、屋上の隅、フェンスにもたれ掛かりながら、いた。年頃は壮年、草臥れた白衣の下は真黒なスーツを着ている。ネクタイはしておらず、Yシャツの襟元はかなり余裕を持たせている。燻らせている煙草はロングピース。ペースはかなり、早い。

 

「…………」

 

携帯灰皿に吸殻を放り込むと直ぐ様、懐から純銀製のガスライターと、葡萄と黒百合が刻まれたシガーケースを取り出す。どちらも随分と使い込まれている愛用品のようだ。ケースから次の1本を取り出し、火を点け一気に吸い込む。吐き出す紫煙は、実に濃い。だのに、視線はずっと眼下、偶に数人が出入りする病院の玄関口をぼぅっと見下ろし続けていた。

と、

 

「ん……?」

 

その玄関口、特徴的な二人組が、その男の目に入った。端正な顔立ちをした栗色の長髪の随分と見目麗しい青年と、春先だというのに目深にニット帽を被ったパーカーの少年。前者には――いや、二人共、顔に見覚えがあった。前者は多少の顔見知りだ。確か、鞠原晶。彼らの間では”マリア”だとかいう愛称で呼ばれていた筈だ。

そして、

 

「戦部、国士、ね」

 

懐から取り出すクリップボードは、つい先ほど自分が作ったばかりのカルテだ。取り敢えず最低限の問診だけを済ませ、また日を改めて診察を行う予定となった、担当患者。

そのカルテと、一緒に綴じられている顔写真を見下ろして、その銀縁の眼鏡越しの視線を、微かに細めた。

それは”救わなければ”みたいな義務的使命感に衝き動かされてだとか、そんな前向きなものでは決してなく、どちからと言えば、どこか『懐旧』だとか、ともすれば『悔悟』のような、何かしらの”負”を含有しているように見えた。煙草のペースが早い、その一因なのかもしれない。

と、その時だった。

 

「よぅ」

 

いつの間にか開け放たれていた屋上の入口、そこに顔見知りが一人、立っていた。それこそ、嫌になるほどよく見知った顔が、一人。名前を、峠崎丈二。

 

「カルテ、返しに来たぜ、先生」

「……なら、俺の机にでも置いておけ」

「おいおい、個人情報だろうが。そんな杜撰に扱うんじゃねぇよ」

 

否が応にでも目に付く派手なアロハシャツ。恵まれた体格の威圧感を更に増幅させるサングラス。いつだろうか、こうなったのは。この”少年”が、”鎧”を纏い始めたのは。

 

「取り敢えず、医局のアンタのスペースに返しておくぞ」

「あぁ。……連れの女は?」

「あの子なら、ナースステーションのソファで仮眠しているよ。何度も夢に潜ってもらったからな」

「……収穫は?」

「まぁな。ある程度の目星はついた」

 

返す言葉は最低限。それは単なる怠惰からなのか、それとも意図的なものなのか。既に視線も手元のカルテに戻し、考える振り。既に丈二の事も、国士の事も、この男の思考からは弾き出されていた。それくらい、この男にとって今、何が起こっているのか、という事は、この上ない”無関心”でしかなかった。

それが証拠に、

 

「じゃあな、”小笠原”先生」

「…………」

 

丈二が、彼にしては珍しく何処か皮肉めいた強調にも全く興味が無い、と言わんばかりに、この男は平静と沈黙を保っていた。丈二が閉じる扉の音にも、背を向けたままで。

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

『次――丁目、――』

 

途切れ途切れのノイズ混じりに聞こえるそれは、真っ暗に締め切られた室内に不気味な程に大きく響いていた。他に全く音を発する要素がないからだ。人が住んでいれば必ず生まれる生活音、換気扇や給湯器の駆動音や、衣服の衣擦れまでもが聞こえない。あまりにも静謐なその部屋に存在するのは、いやに改造が施された大型のデスクトップパソコンと、その真正面に居座る人影。

 

「次は、必ず」

 

それは掠れるように微かな、しかし確かな害意を含んだ呟き。バックスクリーンの仄かな光に照らし出される輪郭は確かに男性のもの。どちらかと言えば痩せ型。しかしその瞼は閉じられたまま、ひたすらに聴覚を研ぎ澄ませているような、鬼気迫るものを感じた。それはともすれば”狂気”と言い換えても、全く差支えのないような。

ゆっくりと立ち上がる人影。上背は平均より少し高いくらいだろうか。体格も決して悪くはない。特徴的なのと言えば、その右手に大きな杖を携えているように見えた事だろう。そして、踏みしめる場所を確認するように、床をコツコツと叩きながら玄関へと歩き出して。

 

「次こそは、必ず」

 

提げたものの感触を確かめるように左手を強く握り締めて、量の瞼をうっすらと開いた。

 

 

 

――――暗闇の中、真紅に煌く瞳を覗かせながら。

 

 

 

(続)

 

後書きです、ハイ。

大変にお待たせいたしました。実に1年と2ヶ月振り、”Just”の更新再開です。

これで一応、1章に関わる主な人物は全員登場させられました。これからはいよいよ、皆様に推測して頂くシーンになります。徐々に今回の事件のヒントを散りばめていきますので、どうか戦国君と一緒に犯人の手口や真意を突き止めてみて下さい。

こういった作品を執筆するのは何分私も初めてでして、上手く皆様を楽しませられるかどうか解りませんが、宜しければ今後も長くお付き合いして頂けたらと思います。

では、次の更新でお会いしましょう。

でわでわノシ

 

 

 

 

…………無事に内定頂けましたので、スマブラの入荷待ちですかね?(。-∀-)


 
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