No.694229

コードヒーローズ~魔法少女あきほ~

銀空さん

敵がどうして街を襲うのか
明樹保たちがどうすればいいのかわかる感じ

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2014-06-15 19:00:01 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:260   閲覧ユーザー数:251

コードヒーローズ魔法少女あきほ編

第七話「~暗 躍~ヴァルハザードと地球」

 

 

 

 

 

 茜色に染まる大都会東京。その高層ビルが立ち並ぶ中、一つだけ煙が巻き上がっていた。

「じゃあアネットのクソババァはしばらく動けないってことですか?」

「残念ながらな。その間はグラキースがエレメンタルコネクターたちの討伐にあたることになる」

 ざっくばらんな灰色の頭髪。タンクトップにところどころ破れているズボン。ブーツ。それらを身にまとった男がふんぞり返っている。彼は心底つまらなそうに息を吐き捨てた。オリバーは気にも留めず辺りを見渡す。そこかしこにロボットの様なモノが転がっていた。否、機械的な鎧をまとった人々が倒れているのだ。彼らは皆絶命している。

 2人のいる場所は瓦礫の山の中だ。煙が巻き上がっていることから崩れて間もないのがわかる。彼らは先ほどまでビルがあった場所に立っているのだ。周囲では騒ぐ人々もいるが、彼らはそれらを無視して話を続けた。

 騒ぎを聞きつけてか、警報が鳴り響く。警察やヒーローが来るのは時間の問題である。それを理解していても彼らはそこから動かない。

「遅いですね」

 オリバーは特に動揺することもなく、瞑目して仁王立ちし続ける。灰色の男も返答を促すこともせず、その場に転がっていた大きな瓦礫を椅子にして座り込む。

 不意にオリバーが口を開いた。

「鐵馬よ、もう一戦いけるか?」

 鐵馬と呼ばれた男は短く「ええ」と答える。

 

 

 

 近藤 鐵馬。彼はエデン、この地球の人間だ。こちらで行動を起こした時にエレメンタルコネクターとして覚醒した。が、敵対することはなくルワークの軍団に下った。

 鐵馬は深い溜息を吐く。

「そいつらってこちらに降らせるってのは?」

 そいつらとは、たぶん敵対しているエレメンタルコネクターのことだろう。

 人を待っている間、暇なのだろう。我としても好都合なので話に乗っておく。

「ありかもしれぬが、すでに敵対関係だ。なんらかの和睦条件が揃わない限り無理だろう。後は魔石を使って傀儡とするかだな」

 鐵馬は「傀儡かぁ……」と漏らす。はっきり言って同意見である。心も信念もない戦士は、戦士とはいえぬ。

「俺がぶっ潰してきましょうか?」

 首を振ってそれを却下した。

「お前には企業を潰すという重大な役目がある。元ヒーローのお前だからこそできる役割だ」

 この男は元々スターダムヒーローと呼ばれる戦士だった。それ故に、企業を潰すときには彼の持つ知識や経験は非常に役に立つ。潰すだけならなくとも問題はないが、最小限の損害で確実な勝利は何に代えても得がたい。つまり彼なくしてそれは成し得ないのである。

 魔物を使った物量にモノを言わせて戦うことも出来る。だが、結局こちらの戦力をいたずらに減らすだけだった。事実ここ最近は魔物も倒されてしまう事のほうが多い。

 徐々にだが、水面下で対策が練られているのだろう。

「面倒ですね。俺達が寄って集れば、あっという間に倒せるのに」

 この男の言うことも最もだ。戦力を集めて一気呵成に攻めれば、あのような小娘たちなど取るに足らない。

 だが、今の我々は戦力を分散せざる得ない状況にある。それは近々ヴァルハザードに攻めこむための戦力を集めるためだ。志郎が提案してきたのが、反ヒーロー連合と同盟を締結することであった。彼らの持つ、オートマティック……何と言ったかな? まあいい。とにかく絡繰だ。兵士の代わりとなる、心を持たぬ絡繰。それらを大量に扱う彼らの力が必要になったのだ。

 が、当初は協力関係を取り付けることが出来ず、ここ半年でようやく成功したところ。

 反ヒーロー連合も一枚岩ではなく。色々な軍団がいるようで、その中のプロフェッサーと呼ばれる男が、我々の力に興味を持ったのだ。

 おかげで他の反ヒーロー連合の軍団にも口添えをしてもらい、絡繰を少しばかり借りることが出来たところである。

「ここまではよかったが……」

「そうっすね」

 我らにとっても彼らにとっても、絡繰を生産する工場と、強化するための技術力が必要になってきた。ここ最近だが反ヒーロー連合の傀儡は撃破されるのが常だ。一種のショーとして利用されている状況だ。そこで統合軍の最新の技術と、傀儡の生産数を増やすための工場を手に入れることにしたのだ。しかし反ヒーロー連合の掲げている理念がそれを邪魔した。それのせいで大きく動く事はできずにいたのだ。そこに白羽の矢を立てられたのが我らである。汚い仕事はすべて我々が負うこととなったのだ。我らとしてもいずれは攻め入る予定であるエデンの戦力を削れる。そのことには万々歳なので、互いの利益が一致した形になっている。

「面倒な理念ですよね。真に正しい正義って」

 短く「ああ」とだけ答える。

 企業のヒーローたちは、主にファントムバグという敵と戦っているのだが、それを興行として見せているのだ。

 そんな企業に対して異議を申し立て、彼ら反ヒーロー連合は立った。故に彼らが表立って技術力や工場が欲しい。奪う。などの私利私欲な理由で戦闘するのは完全に御法度である。

 もちろんそんな綺麗事なんて掲げているのは一部ではある。一部ではあるが、わざわざ自ら敵に攻め入る理由を与えることもない。

「今更体面なんか気にしてどうなるというわけでもないってのに」

「実際に反ヒーロー連合にもかなりの外道もいるからな」

 それで今回の戦闘はその技術力欲しさに襲ったのである。

 立ち上る煙の向こうに人影が見えた。データを取りに来た人間かもしれないが、一応構える。視界の端で鐵馬もいつでも動けるようにしていた。

「君たちの力は凄いね」

 どうやら杞憂だったようだ。

 

 

 

 

 

 部屋を見渡した。そこには、桜川 明樹保。雨宮 水青。緋山 暁美。葉野 凪。神田 鳴子が真剣な面持ちで座っていた。

 一度深呼吸して、自身を落ち着かせる。

「改めて色々と説明させてもらうわね」

 現在地は明樹保の家、もっと詳しく言えば明樹保の部屋である。本日は日曜日で、彼女たちは学校が休みなのだ。その休日を利用してここに集まってもらっている。

 先日の戦闘で学校は2日ほど休校となった。

 無理もない。とにかく多くの人が犠牲になった上、敵を倒すためとはいえ、その場を大規模に焼き払ったのである。軽い災害としてニュースにもなったが、1日でその話題はされなくなった。別のニュースで塗りつぶされたのだ。企業の持つビルが襲われたらしい。鳴子の仕入れた情報だと、隠していた工場で生産されていた何かと技術も奪われたらしい。まあ、そんなこんなで私たちの話題はあっという間に潰された。

 どちらにせよ企業は、自分たち以外の話題が盛り上がるのはよしとしない。事件について話をしている明樹保と優大の会話で聞いたのだが、どの道もみ消されるのは確定だったようだ。

「ああ、頼むぜ。大まかにしか今まで聞いてなかったし」

「私達も引き返せないことをしたから」

「ちゃんと聞いて、知って、関わり抜きたいと思いました」

 暁美、凪、水青の言葉に、明樹保と鳴子も首肯する。

 倒すためとはいえ街を焼き払い、亡骸を損壊させた。それを言い訳できない罪を負わせてしまった。彼女たちはこの事件に深く関わってしまったのだ。関わらせてしまった。

 だからちゃんと説明せねばならない。

「まずは最初にお礼を言わせて。ここまでありがとう」

 猫の身でのお辞儀は上手く出来ているだろうか、とも一瞬思ったが今はいい。今は体裁よりも、中身だ。

「彼らのこと、私のこと、あなた達の使う魔法のことも知っている限り、全部教えるわ」

 全員の顔を、ひとりひとり確認していく。

「まずは私と彼らの関係性についてね。彼らと私はかつて仲間だったの」

 私の言葉に明樹保以外は目をむいた。

 驚くのも無理は無い。

「だから名前を知っていたんだね」

「ええ」

 明樹保は合点がいったらしく「なるほど」と言っていた。

「かつて、ヴァルハザードは1人の魔王によって支配されていたの。毎日のように力なき人々が犠牲になる暗黒の時代だったわ。けどそれに立ち上がったのが、ルワークと私。そして仲間たち。そしてその魔王を倒したの。その時の仲間が敵なの。だからある程度の能力は知っているわ」

「じゃ、じゃあ! かつての仲間と戦っているっていうのかよ?」

 暁美は立ち上がった。水青が彼女の手を引き座ることを促す。

「ええ。でも気にしないで。彼らの行いは許されるべきものではない。だから、私には迷いはないわ。話を戻すわね。魔王討伐の道中で、彼は禁忌の力を手に入れた。それがあなた達に魔法の力を授けたモノ、古代式魔石強制覚醒術。これは私たちの世界では忌み嫌われているわ。それはあなた達もすでに理解しているわね?」

 全員首肯する。

 正しく覚醒すれば絶大な力を。誤ってしまえば、多大な被害をもたらす。

「ええ、この力は頼もしいです。ですが……」

「とっても怖い力」

 水青と鳴子は表情を暗くする。

 この2人、特に鳴子は危険なところまで行ったから、より強い実感が持てているはずだ。

「忌み嫌われている理由は、魔物と呼ばれる存在になる危険性が高いから。正直この短期間で5人もエレメンタルコネクター……」

「魔法少女!」

 明樹保はいつもその名に全力で抗議する。

 内心「またか」とも思ったが、どっちでもいいので折れておく。

「はいはい魔法少女ね。とにかく、正しく覚醒する人が短期間でこんなにいるのは、奇跡よ」

「では、ルワークという方も?」

 水青の言葉に頷き、話しを続けた。

 魔王の討伐に関しては、魔王との決着よりも道中のほうが大変だった。魔王……彼との決着恐ろしいほど早くついてしまったのだ。

 追い詰められた魔王は、自身の支配している地域の人々を全て人質として、こちらに交渉を持ちかけてきたのだ。当時から「弱者は切り捨てるもの」という考え方を持っていたルワークは容赦がなく。彼は銀の太陽で魔王ごとすべてを焼き尽くしたのだ。

「そんなことを……」

「私達も同じことしたけどね」

 凪の言葉を暁美は否定しようと口を開いたが、何も言い返すことが出来ず黙り込んだ。

「そもそも私たちのあの攻撃で、焼いたのって街と死体だけだったのかしら?」

「凪ちゃん……」

 鳴子は凪の肩に手をおいて制止させようとする。その手を彼女は優しく握り返した。

「ううん鳴子。これははっきりさせなくちゃいけないことよ」

 そんな彼女の言葉に鳴子は、他のみんなも黙り込んだ。

「それは大丈夫よ。巨大な樹を顕現させた時点で、あちこちの結界が破壊されたの。火災旋風を行った時点での探査魔法の内部には生きている人間はあの時にはいなかった」

 彼女たちに無用な混乱は与えないために教えていなかったが、実は結構危ない場面はあった。でも漆黒の戦士がなんとかしてくれたから、結果オーライということで。だから彼女たちが焼いたのは街と亡骸のみ。それで「はい大丈夫」というわけではない。彼女たちは罪を背負っているのは変わらない事実。だからこの言葉も単なる気休めである。

「黄金の戦士と一緒に居た奴らも味方……なのか?」

「助けてくれたけどね」

 凪は暁美の疑問に答えて「でも、決めつけるのも危険ね」と続ける。

「私個人の話になりますが、彩音さんももしかしたら私の行動に気づいているのかもしれません」

 水青は苦笑いした。

「どちらにせよ白百合たちも私たちのことを知っているし。気づいている人は気づいているかもね」

 凪は軽い調子で「大にも協力させればいいのよ」と言った。

「あくまで仕方がなくっていうのが前提だから、積極的に教えるのは容認出来ないわ」

 その言葉を否定する。凪もそれ以上は何も言わなかった。

 協力者が増えるということは、それだけリスクも抱えることになる。今のこの形がベストだ。

 

 

 

 

 

「じゃあそのエイダって奴はかなり厄介ですね」

「あいつはかなり厄介だぜぇ~。今は猫の姿だからいいけど、本来の姿なら俺も敵に回したくねぇな」

 鐵馬の言葉にイクスが同意する。

 ほっそりとした体躯。紅い髪。切れ長の紅の瞳。病的なまでに白い肌。黒いファー付きの紅い上着。紅い革製のズボン。それらを身に着けている。

 イクスはこちらの衣服に興味を持ち、即座に自身の防護服を此方の服を模したのだ。お陰で派手である。

 鐵馬の運転するワゴンに乗って、次の場所に向かっている。道中、別の任についていたイクスを拾い、今は3人だ。

 窓の外の風景は先程の都会とは大きく様変わりし、木々が生い茂っている。今走っている道は山道。しかし山道の割に車道は広くとられ、綺麗に舗装されている。それだけこの先の施設が重要であると物語っていた。

「奴は、我らとは違う力を持っているからな」

「ずる賢さならアネットといい勝負するぜ。そういやオリバーの旦那! エイダが一度こっちに来てた時のエレメンタルコネクターってのは?」

 顔が強張るのを感じた。今は渋い顔をしているだろう。

「あれは志郎に投げた」

 適材適所。と言えば聞こえがいいが。行き詰まったのである。そこで志郎の情報収集力を頼ることにした。彼もかなり難儀しているらしく、その情報はまだつかめていない。

 我らよりもエレメンタルコネクターに熟知している点。そしてかつてエデンの地で戦ったことがあるなどを言っていた。それらを踏まえて、こちらにエレメンタルコネクターがいるというのは想定内だ。エイダが単身でこちらに来るまでは、主に勝てるほどではないと、高をくくっていた。しかし彼女が単体でこちらに乗り込んでくるということは、自信の表れでもある。

「どちらにせよ今は掟に縛られている。今はまだエイダは敵ではないがな」

「主が一番信頼を置いていたもんなぁ~。クリスが嫉妬するくらいに、な」

 意地悪そうに笑うイクス。そんな彼に鐵馬は問いかける。

「恋敵ってやつですか?」

「そうそう。クリスは女としてエイダに強く嫉妬しているよぉ」

 イクスは「でもエイダは別嬪さんだしなぁ」と小さく言った。

 実は個人的にそこも悩みの種である。エイダに対するクリスの嫉妬は尋常ではない。彼女がこちらにいると聞いたクリスは、気が気じゃない様子だ。暴走しなければよいのだが。

 しばし車内が沈黙する。

「しっかし反ヒーロー連合の連中はいいように俺たちを使ってくれるよね。むかつくぜ。力であいつらの軍団をこっちの配下とかに出来ないかねぇ~?」

 イクスが気分転換のためか話題を変えた。鐵馬も同じ事を思っていたらしく、同意している。

「旦那はどう思います?」

「手っ取り早くはあるが、敵が増える可能性もある。こちらに同調してくれる者ならば、問題なく戦力の増強が図れるのだがな」

 いずれにせよ。我らがこのエデンも、ヴァルハザードも手中に収めるとはいえ、今はまだその時期ではない。こちらとしてももう少し準備ができてから強引な手法に出たいものだ。

 そこら辺も志郎が動いてくれている。実際好感触を得ているらしく、そこら辺は泣きながらも色々と成果を自慢していたりした。兎にも角にもヴァルハザードの制圧が先だ。

『そちらの状況を報告せよ』

 先行している部隊に念話を送る。しばらく待つが反応がない。

「不味いな」

「おいおい冗談じゃねぇぞぉ」

 今我々は企業が秘匿している工場へと向かっている。

 本日は三面作戦を決行していた。イクスと魔物軍団。我と鐵馬。そしてもう一つの魔物軍団とそれを引き連れた魔導師、エレメンタルコネクターの軍団だ。

 最後の軍団から戦局が思わしくないという連絡を受け、我々はそこへ増援として向かっている。

 イクスの方は魔物を全損させながらなんとか目的を達成。我と鐵馬は余裕であるが、一番難しい企業を潰すことに成功した。

「すんなり事が進むとは思わなかったがな」

「だからキョウスイ達をヴァルファラから呼び戻そうって言ったんだ」

 イクスが文句を垂れていると、突如車が加速する。加速に伴い体が座席に押し付けられる。

「捕まってください。このまま一気に敷地内に突入します」

「あいよぉ~」

「承知」

 鉄の車はスピードを上げていく。遠くで煙が立ち上るのが見えた。時折光っていることからまだ戦闘しているモノがいるのだろう。

 視界に壁が見えてくる。否、城壁と言っても過言ではない。高い壁の中に城門を彷彿とさせる鋼鉄の扉があった。遠目から見ても分厚く。普通の力では壊せないだろうと用意に想像できる。

「確認するぞ。この施設にある研究成果を我らは奪取する」

「そいつ以外はぶっ壊していいんすよねぇ?」

「出来ればいくつかこちらの手中に納めても置きたいっすな。イクス」

 イクスは「あいよぉ」と言って右手にある真紅の魔石を閃かせた。

 真紅の光が瞬き、目の前の扉を爆発して崩れ去った。

「そうだ旦那? 弱い奴は全員ヤっちゃっていいかな?」

「そこは何も言われてない。が、施設への破壊は抑えろよ」

 こちらが敵とわかったらしく発泡してくる。オレンジの光弾が数多駆け抜けた。しかしワゴンは鋼色の輝きを放ち、光弾を弾いていく。

「行きます!」

 鐵馬は叫ぶ。

 鋼に輝く車がそのまま施設内に堂々と停車する。瞬く間に絡繰のような格好した戦士たちが陣形を整えた。オレンジの光弾が壁になる。否、そう錯覚させられた。それほど綺麗な射撃。

 イクスは面白くなさそうに鼻で息を吐く。

「油断するなよ。いくぞ」

 巨大な爆炎が山間から立ち上った。

 

 

 

 

 

 茜色に染まる空が西に消えていく。周囲を見渡せば山々が雄大にしてあり、暗くなった森からは存在しないはずの視線を感じるようになった。周囲に民家も建物もない。故に、夜空は天然のプラネタリウムになるはずだ。しかし、空には星々は瞬かない。数えるほどしか見えないのだ。

 煌々と輝く証明がある。それらは黒い影を浮かび上がらせていた。黒い巨大な影が無数に存在している。獣、昆虫、巨人、ゲル状のナニか。そして1人の男。それらを取り囲む存在がいる。一見ロボットに見間違いそうな、機械的な装備を纏った戦士だ。

 彼らは扇状に展開し、標的を取り囲む。蛍光色オレンジがラインを描く銃。フォトン・ライフルだ。それらは獰猛な銃口を黒い影の集団に向けた。

 赤い電灯が明滅し、警報をけたたましく鳴り響かせている。

 黒い影の集団と戦士たちは対峙している周囲は三階建てのビルを優に超える高さの壁。それらが四方を囲んでいた。そして戦士たちの背後には施設と、ビルが立ち並んでいる。黒い影の集団は施設を目指しているのは誰が見てもわかった。

 何の宣戦布告もなく、巨大な生物たちと男は動き出す。

 合図の掛け声も何もなかった。ただ一斉にオレンジの光弾が迫る黒い影に放たれていく。一瞬だけ黒い津波の勢いが削がれるが、すぐに元の勢いで流れだす。

 そこで初めて誰かが叫んだ。「集中砲火だ」と。

 まばらに迎撃していたオレンジの光弾は、一斉に黒い濁流の端へと集中する。そこから一斉に薙ぎ払うかのように反対側まで走り、往復する。それらを数十秒繰り返した頃には、巨大な黒い影は消えてなくなっていた。

 小豆色の男だけが、そこにポツリと取り残される。小豆色の男は、最初こそ動揺する素振りを見せたものの、すぐに戦意を取り戻すと、小豆色の光を閃かせる。小豆色の光が波となって走った。途端に戦士たちが一斉に吹き飛ばされる。戦士たちは地面や壁に大きな亀裂を作るように押し付けられた。亀裂は波紋のように広がっていく。小豆色の光の波がそのまま戦士たちを押しつぶし始めたのだ。苦悶の声が周囲から聞こえ始めたころ、1人の戦士がその波に逆らって立ち上がる。気合の雄叫びを上げた。

 戦士は他の戦士と違う特徴を持っている。腕が四本あるのだ。否、巨大な機械仕掛けの腕部が両肩から生えているのだ。人として最初からある本来の腕と、装備としてある腕。それらが力強く握りこぶしを作った。

 押さえつけられる力の中、戦士はゆっくりと進む。一歩一歩踏みしめるかのように、着実に小豆色の男へと進む。近づけさせまいと戦士に小豆色波がさらに押し寄せた。膝が折れそうになるが、踏みとどまる。瞬間青い光を纏う。先ほどとは違い走り始めた。

 戦士は直感したのだろう。「長期戦は不利になる」と、持てる力を振り絞り敵に当たらなければ負けると。

 バイザー越しに戦士の鋭い眼光が、小豆色に光る指輪を確認する。

「あれか!」

 戦士は叫び、一気に肉薄した。

「なっ?!」

 小豆色の男は呆気に取られる。機械で出来た巨大なサブアームが駆動音を唸らせた。オレンジ色の光が迸る。サブアームは吠える「今までのお礼だ」と言わんばかりに光を纏い。それを振りぬいた。

 戦士は舌打ちする。手応えが悪かったのだ。魔鎧の効果で攻撃が大部分が相殺された。それでも小豆色の男は拳を食らって一瞬だけ脳震盪を起こすが、すぐに再起。逃走を図る。自力では無理と判断しただろう。直後にオレンジの光弾が彼の近くを走った。

 小豆色の男が悲鳴を上げると、小豆色が抜けて金髪碧眼へと変わる。彼は苦痛に顔を歪ませて左腕を抑えていた。左肘から下が消えている。

 戦士の腕は4本ある。元来の腕にはフォトン・ライフルが握られていた。フォトン・ライフルの光弾が彼の左腕を撃ちぬいたのだ。

「やはりな……」

 戦士は短く低く言い捨て、侵入者の後頭部に銃口を押し当てる。間髪入れずに引き金を引き、敵を抹殺した。

 直後に紅い光が走り、爆音が響き渡る。

 分厚い鋼鉄の扉がひしゃげること無く粉々に四散した。オレンジの光弾が無数に走る。押さえつけられる力から開放された戦士たちは、新たな侵入者に対して迎撃行動を開始した。すぐに隊列を組み直す。4つの腕を持つ戦士も隊列に加わる。そして右腕を撫でるとフォトン・ライフルを構えた。

 戦士たちの前に3人の男が降り立つ。それと同時に戦士たちも攻撃を開始する。彼らは光弾の攻撃を掻い潜り、あっという間に距離を詰めた。その早さに誰もが「先ほどとは違う」と認識する。黒い戦士たちは散開。1人が近藤 鐵馬に肉薄される。鋼の鉄柱が顕現した。

 空気を切る音が聞こえる。誰もが掴まれた戦士を諦めた。しかし鉄柱は振りぬかれることはなかったのだ。

「ない?!」

 4本の腕を持つ戦士が、肉薄し振り抜こうとした腕を押さえつける。魔鎧の効果を持っているため、人より人智を超えた怪力を持ち合わせている。が、それでも振りぬく事はできない。

「鐵馬!」

「てつま? ……近藤鐵馬。アイアンタイガーか!?」

 イクスの叫びに4本の腕を持つ戦士は、思い当たるフシがあるのか驚く素振りを見せる。だがそれも束の間。鐵馬を掴み上げると、空中へ投げ捨てる。

「こいつもさっきの奴と同じでファントム・アーマーの類を持つぞ!」

 空いていた腕でフォトン・ライフルを連射。数発が当たるも魔鎧に弾かれる。当然魔鎧の知識を持ち合わせていない戦士たちはその名前を知らない。それでも自分たちの持つ装備に当てはめる。

 空中にいる鐵馬に一気に砲火が向けられる。鐵馬は身を翻すと鋼の壁を生み出し、自らを守る盾とした。そのまま鋼の重量を利用し、急降下。追撃しようとした戦士たちは深紅の光に飲まれる。

 轟音と地響き。紅い光が爆発した。

「させるかよぉ!」

 爆撃を受けた戦士たちは跡形もなく吹き飛ぶ。誰もがその光景に肝を冷やす。動きが鈍くなる。恐怖という呪縛がその場を支配し始めた。

 雄叫び。絶叫がその支配を打ち破る。4本の腕を持つ戦士だ。彼は叫ぶとそのままイクスへと突貫する。

「無駄ぁ!」

 紅い光が閃く。爆音。4本腕の戦士が消失する。イクスは勝利を確信して口を歪めた。

「イクス! 後ろだ!」

 オリバーが叫ぶ。イクスは振り返るよりも地面を転がった。イクスのいた場所は吹き飛び、舗装された地面がめくり上がっている。

「なっ?」

 4本腕の戦士が背後に回りこんでいたのだ。

「なんだ……と?!」

 イクスは即座に紅い光を走らせるが、4本の腕の戦士は瞬間移動するかのようにそれらを避けていく。否、避けるだけではない。イクスに迫っていく。

「このぉ!」

 紅い光。先程までとは比べることの出来ない強烈な紅い光だ。それが走ると同時に巨大な爆炎が煙を巻き上げた。

 イクスの背後で機械音が鳴る。それは彼にとって死神の鎌のように聞こえただろう。

 4本腕の戦士は爆破を逃れていた。機械の腕がオレンジに光り輝く。飛び退くイクス。それに合わせるように戦士も瞬間移動してイクスに肉薄。

 機械の腕が振りぬかれる。打撃音。それは金属を叩くような音。そう金属を叩いた音だ。鋼の壁。そして鐵馬がイクスと戦士の間に割って入たのだ。攻撃を受け止めるが、そのまま振りぬかれ2人して吹き飛ばされる。

「鐵馬、イクス! お主らは周りの戦士だ!」

 2人は鋼の壁を押しのけつつ「了解」の旨をそれぞれ言う。

 オリバーが4本腕の戦士に斬りかかった。戦士と同じく瞬間移動。戦士はそれをナイフで受け止める。火花が散り、金属と金属のぶつかり合いが奏でる剣戟音。

「お主も縮地の使い手か」

 オリバーは楽しそうに笑う。彼は純粋に戦闘を楽しみ始める。

「ほう。お宅もかい!」

 対して戦士も笑う。バイザーの奥で獰猛な獣のようにだ。

 瞬間移動しながら互いに間合いを詰めて攻撃する。背後の取り合い。剣戟と打撃。時に瓦礫の投擲。2人は己の役割を忘れて闘争に興じ始めた。

 鐵馬とイクスは言われたとおり、戦士たちを相手取り戦い始める。しかし思わしく進まない。4本腕の戦士の動きに全員に喝が入る。彼らには先ほどの恐怖への束縛はなかった。

 数の利点を生かし、2人に互角以上の戦いを進めていく。

 戦闘が硬直状態に陥る。互いに決め手を欠いて事態が動かなくなってしまった。

 戦士たちを統べる隊長の元に通信が入る。

『反ヒーロー連合接近中』

「なんですって?!」

『こちらからもヒーローを送った。到着は反ヒーロー連合の襲来とほぼ同時と思われる。彼らと合流後、施設を爆破して撤退せよ』

 隊長は無線で全ての戦士に告げる。「全員施設爆破まで生き残れ」と。

(何やら仕掛けてくるか? いや、動きが消極的になってきたか?)

 戦士たちの動きが変わったことにオリバーは鋭く感じ取っていた。

 4本腕の戦士はオリバーが敏感に感じ取っていたことを、察知する。4本の腕で拳打の猛攻。一気呵成に攻め立てた。

 オリバーは魔鎧の無い左腕以外で攻撃を受け止めていく。

(左腕で防御はしない。いや、出来ないのか? なら付け入る隙はある)

 外付けの機械の腕のみの拳打を行い。本来の腕でフォトン・ライフルを構え直す。

 戦士のヘッドアップディスプレイにフォトン・ライフルバーストモードと表示される。

 フォトン・ライフルの銃身が上下で割れる。まるで恐竜が牙を見せつけるように、口開くようにだ。今まで以上に強いオレンジの光が輝きを収束し始める。

 オリバーも察知し、距離を取ろうとするが、戦士は付かず離れずだ。

(先程より重い?!)

 オリバーの受ける一撃が重くなっていく。戦士の体から青い光が漏れ出す。スキルデータによる恩恵で特殊能力を持つ者がいる。4本腕の戦士もその特殊能力を持つ者なのだ。

 打撃音に重さが加わっていく。速さは衰えることはない。オリバーの表情は苦しくなる。右腕と両足、両刃の剣で攻撃を受けていくが、徐々に追い詰められていく。オレンジの光はさらに輝きを強くする。

「くっ!」

 戦士はフォトン・ライフルをバーストモードを至近距離で放った。オリバーは大きく吹き飛ばされる。が、魔鎧は健在。左腕にも傷ひとつついていない。

 距離が離れたことでオリバーは紺色の光を纏う。

「流星の輝きを受けるがいい」

「すまんな」

 戦士の詫びにオリバーは眉根を寄せた。戦士の背後。施設の億票でオレンジの光が閃く。

(しまった)

 戦士にも色々いることは考慮すべきだったとオリバーは悔いる。スナイパーそれがいつの間にかオリバーの左腕を狙っていたのだ。寸分違わずオレンジの光が、細く鋭く左腕を射抜――。

 紺色の光が迸る。

――かず空を切った。

 肉と骨が砕ける音。それはオリバーの左腕から鳴り響いた。彼は戦士の背後に転移して難を逃れたのだ。魔法の力で飛んだのか、魔鎧を纏えない左腕が力なく垂れ下がる。

「飛んだ?! 縮地の出来るタイミングじゃなかったはずだ!」

 4本腕の戦士は堪らず叫ぶ。

「星の力で飛ばなければ危険だった。やるな、戦士よ」

 紺色の光が両刃の剣に収束する。戦士は即座に理解し飛び退く。紺色の流星が地面を、戦士たちを薙ぎ払う。

「くっ!」

 流星が戦士たちを襲う。形勢は一気にオリバー達に傾く。そこにさらなる増援が来る。

 ドラム缶のような胴体に4本の足を持つロボが大量に雪崩れ込んで来た。

「オートマティックスレイブだ!! 反ヒーロー連合か?!」

「おい! あいつらは、死のテンペストだ」

 無数のオートマティックスレイブの奥に200人の戦士がいる。彼らは全員フード付きのマントを羽織っていた。左肩にあたる部分には赤い十字が印字された肩当てが装備されている。

 施設を守っていた戦士たちの戦意は大きく削られた。全員が逃げ腰になる。

(まずい!)

 4本腕の戦士は敗戦を悟る。

『施設の自爆装置作動。職員の避難誘導に徹してください』

 機械的な音声が戦士たちの耳に届く。

 オートマティックスレイブが一斉に攻撃してくる。赤いレーザー放たれる。戦士たちは飛び退き回避する。

『んな状況かよ!』

 戦士の誰かが言った。恐ろしい数のオートマティックスレイブの攻撃、鉄柱が降り注ぎ、紅い爆破。そして紺色の流星の猛攻が襲ってきているのだ。とても避難誘導して逃げられるような状況ではなかった。

 漆黒の風が吹き抜ける。

 オートマティックスレイブの残骸が宙を舞った。

「ブラックブロッサム! ホワイトアルテミス!」

 黒の戦士と白の戦士がその地に降り立つ。周囲にいる戦士たちの様にロボットのような外見だがロゴや、機能的ではない飾りがいくつか見られた。彼らはスターダムヒーローだ。

「ファントムバグじゃない……また良いように使いやがって……」

「愚痴らない。行くわよ」

「足を引っ張らないでくださいよ」

 ブラックブロッサムは言い終わる頃にはオートマティックスレイブの軍団の中で暴れていた。その背中にホワイトアルテミスは「勝手に突っ込むな!」と叫ぶ。

 神速無双。4本腕の戦士やオリバーの縮地を超える速さ。鎧袖一触のようにも見えるが、素早い拳と蹴りで薙ぎ払っていた。ある程度片付けると、ただ一直線で走る。それだけでも音速を超えて、衝撃波を生み出し吹き飛ばす。残った敵をホワイトアルテミスが的確に潰していく。2人のスターダムヒーローの登場にも関わらず死のテンペストと呼ばれる軍団はぴくりとも動かない。

「よろしいのですか?」

「大方自爆するだろう。無駄足だ。頃合いを見計らって下がるぞ」

 マントで見えない顔が嗤う。

 そんな様子に援軍を受けているオリバー達も浮足立つ。

(なぜ動かん?)

 オリバーの一瞬の脇見を見逃さなかった。4本腕の戦士は流星を掻い潜り、イクスに肉薄する。当然今まで意識していなかった相手の不意打ちに、イクスの対応は遅れる。それどころか、オレンジの光弾が一気にイクスに集中した。

「しまった?!」

 戦士の雄叫び。オレンジの光を纏う拳が振りぬかれる。それも一度ではない。二度、三度。四度目は鋼の壁に阻まれる。

 鐵馬だ。そのまま吹き飛ばす。今度は鋼の壁越しに爆撃をもらう。4本腕の戦士は構わずイクスと鐵馬を掴みかかる。

「行けぇ!」

 それがキッカケとなった。一気に戦士たちはその場を放棄して撤退する。

 ブラックブロッサムとホワイトアルテミスも、死のテンペストが来ないこと、そしてオートマティックスレイブがいないのを確認して、オリバーに襲いかかった。

 左腕が使えない状態を見るやいなや、ブラックブロッサムは執拗に左を攻撃しはじめる。

「ヒーローの名が泣くぞ」

「んなもん犬の餌にもなりませんよ」

 オリバーの挑発を涼しく受け流す。ホワイトアルテミスは背後を取り拳打を繰り出す。オリバーは飛び退いてやり過ごす。お返しと剣を振りぬくがブラックブロッサムに邪魔される。

「しっかりしてください」

「うっさい! ちゃんと援護してよ!」

「嫌です」

 ホワイトアルテミスとブラックブロッサムは口論しているようにも見える。しかし彼らは口論しながら連携を取り、オリバーを追い詰めていく。

 その背後では4本の腕の戦士がイクスに肉薄する。

(この距離なら爆破出来まい!)

 が、戦士の予想を裏切られる。深紅の閃きがイクスと戦士の間で瞬く。縮地で飛び退くがダメージを受ける。直後に鉄柱が振りぬかれた。機械の腕で受け止める。

(ダメージなしだと?!)

 イクスの様子はピンピンとしていた。まだ残っていたスナイパーがイクスに牽制射撃を行う。

 空いた腕で鐵馬にフォトン・ライフルの連射をお見舞いする。魔鎧に弾かれるが、彼はお構いなしとそのまま懐に潜り込もうとした。鋼の壁に阻まれる。

『避難誘導完了だ。撤退せよ。すぐに爆破するぞ』

 4本腕の戦士はタバコの箱くらいの大きさの黒い箱を取り出す。ボタンを押すと、そのままイクスに投擲。直後にオレンジ色の爆発が起こる。イクスは魔鎧で無傷だが、視界が塞がった。

 その場で戦闘していた戦士はスナイパーをしていた戦士と、4本の腕を持つ戦士。そしてブラックブロッサムとホワイトアルテミスだけである。4人は縮地でその場を一気に離れた。

「逃すかよ!」

 イクスは叫ぶ。彼らの背中に爆発をお見舞いする。しかし届かない。虚しさだけを残して爆煙が立ち上る。

「イクス。鐵馬下がるぞ」

「あ? なんで?」

 オリバーは顎で死のテンペストがいた門を指し示す。そこには誰一人していなかった。

「何かあると見ていいだろう。下がるぞ」

 イクスと鐵馬もその異常性を理解して黙って首肯する。

 オリバー達が撤退した直後に巨大な爆炎が山間から、天を穿いた。

 

 

 

 

 

「じゃああの人達はこっちでも何かしているってこと?」

「そうよ」

 エイダさんの言葉に目眩に似た感覚に襲われる。

「彼らが1人しかこちらに戦力を割かないのは、何か裏でやっているからよ。それはたぶん戦力の増強」

 エイダさんの話しを聞いているだけで、勝てる気がしない。銀の太陽を持つルワークって人。私を襲ったオリバーって人も敵の中で純粋な戦闘力では一番強いって言うし。それに付け加えて何か兵器を蓄えている可能性があるってこと。そんな人たちと私たちは戦っているんだ。

 明樹保は不安に押しつぶされそうになった。

「だけど、今は1人しか送ってこない。それがこれからも続くようなら、そこが狙い目ね」

「確かに。こちらの戦力を今はまだ過小評価してくださっているのが、唯一相手につけ入るところですね」

 水青ちゃんは顎に手を当てる。

 1対1で無理かもしれない。でも5体1なら勝てる可能性は高くなる。そのためにはもっと魔法をうまくなるしかない。だけど――。

「となると、あきの大砲がネックだな」

 暁美ちゃんの言うとおり、私の使い方が下手で一発で魔力を使いきってしまう。その分かなりの威力なんだけど。それだけ。使いドコロを間違えられない。この前の戦闘でも思ったけど、これさえ上手く使えれば、あんなに街を焼かなくても済んだはずだよ。

「明樹保の魔法の使い方はちょっと異質ね。こんなエレメンタルコネクターには会ったことがないわ」

「魔法少女!」

 でも本当にどうしてだろう。みんなは覚醒してすぐに扱えるようになってた。何か使い方が違うのかな?

「明樹保は魔力に関しては他の追随を許さないくらい多いし、回復量も1日で全快するくらいにはあるのよね」

「はい。その回復量ってなんですか?」

 鳴子は律儀に手を上げて質問する。

「魔力の量とは別に、魔力の回復量ってのがあるの。これも個人差があるわ」

 エイダさんの話によると、魔力も体力と同じで回復するのが人によって違うと教えてくれた。ちなみに一番回復量が少ないのが凪ちゃんらしい。それでも私たちは使い切っても1日で戦闘に戻れるという話。

「まあ、それでもあなた達の属性の引き、魔力の量、回復量は、エレメ……魔法少女として覚醒しているとはいえ、ちょっと別次元ね」

「属性で思い出したけど、明樹保の光ってあによ? どういう効果なの?」

「い、言われてみれば」

 凪ちゃんが疑問を持ってくれなければ気にしなかったかも。私の光ってなんだろう? あんまり気にしたことなかったけど。みんなは水、炎、風、雷で、それぞれ使い方も効果も想像できるけど、光? 闇を照らすとか?

「私もあんまりわからないわ」

「え?! エイダさんもわからないの?」

 どうしよう。一発しか使えない上に効果もわからないんじゃどうしようもないー。

「でも……。今までの戦闘から相手の負った傷でなんとなくわかってきたわ。明樹保あなたの力は相手の魔鎧を無視して、直接魔障を与える力なの」

「まがい? ましょう?」

 ピンと来ない言葉に首を傾げる。みんなも同じような顔をしていた。

「魔力の鎧、魔鎧。 魔法による障害、魔障。魔鎧を無視し、魔障を与える。それが明樹保の能力」

 私達が魔法少女に覚醒した時点で、魔力は体を保護するように体の表面を覆っているらしい。それを筋力や、鎧に変えたりして攻撃や防御に使っている。つまり、常に鎧みたいなのをまとっているような状態らしい。だから私達もその鎧が消えた状態で魔法の攻撃を受けると、魔障っていうのを負うことになる。炎だったら火傷とか。魔法の傷だとすぐに治らなかったりするらしい。

「故に普通の魔法の攻撃では、魔鎧によって魔障は防げているのよ。だけど……貴方の光はそれらを無視して直接相手の体に魔障を負わせるの。この魔障っていうのは主に魔鎧が纏えない状況になるのよ」

「つまり、魔力による恩恵を受けられなくなり、かつ魔法を使うリスクがでかくなると」

 水青ちゃんの言葉に満足したようにエイダさんは頷く。

「付け加えるとそれ以外にも体の動きが鈍くなるし力も入りづらくなるわ」

「結構えげつない能力だな」

 暁美ちゃんは「うへー」とか言いながら私を見た。

 そんな顔しなくたっていいじゃん。でも、かなり怖い能力だってわかった。

「明樹保の能力は私達にとっての切り札よ」

 

 

 

 

 

 灰色の光から電柱より太く長い鋼が顕現する。

「そらよっと」

 鐵馬はそれを軽々と片手で持ち上げた。白衣を着た男たちは、その光景を呆然と眺めている。

 彼は、他人が驚いたりすると鼻をこする癖があった。もちろん今回も彼なりに決まったらしく鼻をこすっている。

 油断ではないが気をつけてほしいものだ。魔鎧こそ消し飛びはしなかったが、負傷はしたのは事実だ。

 時に人は自分の理解の範疇を超えると思考が停止してしまうことがある。それが今この男たちを縛り付けているのだろう。そうでなくともイクスの爆破で、彼らの仲間は命を奪われている。理解が追いつくのは大分後だろう。

「楽にいかせてやるよ。オラァッ!」

 鋼の鉄柱を一息で振り回す。振りぬいた後に空気が切れる音。そして、しばらくして鈍い音が複数地面を鳴らした。呆然と眺めていた男たちは、先程まで立っていた場所から消えている。

「味気ないなぁ。イタタ」

「ファントムバグと反ヒーロー連合くらいですよ。彼らが襲撃されることを想定しているの」

 イクスは暴れ足りないらしく、地面を蹴って不満を顕にする。

 今現在は別の施設を襲撃している。先ほどの工場奪還失敗の後、すぐに別施設の攻撃を指示されたのだ。保志 志郎も推しているため、疲弊している状況で攻め入っているわけだが、思った以上に楽だった。圧勝である。

 先ほどの4本腕の戦士はなかなかだった。ヒーローでもあのような男がいたことは、我としては嬉しい。なまっちょろいやつばかりだったからな。

 その男のせいで、鐵馬は顔面を負傷している。イクスは右脇腹をやられたみたいだ。両者とも手当を受けるべきだが、きっと手当を受けないだろう。まあ、我も左腕を負傷しているわけだが。さすがにこれは治療しないと不味い。筋もやってしまっているかもしれない。攻撃を避けるためとはいえ、エレメント体になれないまま星の転移は無茶が過ぎた。

 内心、漆黒の戦士と戦うことが遠のいたのが、悔やまれる。

「障害はこれで全て排除完了だな」

「俺はつまらんぞ。もっと出てこい」

「俺はこれ以上簡便ですよ」

 イクスの不満に鐵馬はため息混じりに返した。

 とは言え、我も鐵馬とは同意見だ。先ほどのような奴がまだいないとは限らない。倒せないことはないが、肝が冷える。この敷地にある研究成果とやらを回収して、さっさと撤収したいものだ。長居すれば先ほどのように応援が駆けつけてくるかもしれない。一個人としてはそいつらと真っ向から戦いたくはあるが、大事の前の小事。余計な戦闘は避けたいのが本音だ。

「急ぎ研究成果を確保するぞ」

「ですね」

「あいよっと」

 オリバーたちは施設の内部に入っていく。

 道中警備を行う自動絡繰や罠などいくつかをイクスに対処させていく。これは彼の不満を解消させるためだが、それでも彼は不満を残したままだった。

 いくらか地下に進むと。蛇腹状の扉がピッタリと食いついていて、びくともしない。鐵馬に任せることにした。イクスの爆破では大きく損傷させてしまう危険性があるための人選であるが、彼はそれにも不満をこぼす。

 程なくして分厚い鉄板の扉は打ち砕かれた。扉の向こうは更に地下へと下る道。3人はその坂道を下っていく。

「そういや旦那の魔障の具合はどうです?」

 鐵馬の問いに桜色のエレメンタルコネクターに負わされた傷を見やる。というか今はそれ以上に酷いことになっているがな。

 厄介なことに長引いていた。魔鎧を纏えない状況にある。その上今の負傷を抜いても未だに力が入りづらくある。

「思った以上に治りが悪い。いや、あのエレメンタルコネクターの能力は、少し異質だな」

「へぇ~。そいつは面白そうだ。話には聞いていたがどんな奴だ?」

 イクスはこの話に興味を持ったらしく、不満はどこかへと消えたらしい。彼の機嫌を持ち直しておいたほうが、今後の作戦にも響かないので、なんとかしたいところであるが――

「実はよくわからん」

「なんだよそれ」

 なんだも何もない。我は漆黒の戦士についてはいくらか話せても、あのエレメンタルコネクターたちに関しては全くといっていいほど知らない。調べてすらもいない上に、漆黒の戦士の存在を知ってからは興味すらなくしかけている。

 イクスは不機嫌な表情になる。

 彼は少々気難しいところがあった。そういうのが戦闘に影響が出てしまうので、気をつけてはいたのだが、悪い方に転がった。機嫌がいいと戦闘では冴え渡る。反面、機嫌が悪くなると非常に弱くなる質だ。人には行動を起こすときに、律動というモノがあるのだが、イクスはそれが機嫌によって左右される。故に今のままでは律動が悪い方へと転がってしまう可能性があった。次の戦闘に悪影響が出るやもしれん。それは避けたい。

 頭を捻りなんとか思い出そうとする。そもそも一度ぐらいしか遭遇したことがない。時々アネットの報告で聞くぐらいだ。

「そういえばあの娘の一発屋体質は直ってないらしい」

「へぇ~。面白いなそれは」

 食いついたのはいいが、さてどう転がしたものか。下手を打てば取り返しがつかないかもしれない。ここは慎重に言葉を選んでいこう。

 言葉探しは徒労に終わる。

「そういやこの石の属性ってのは、旦那もイクスも知っているんです?」

 鐵馬は己の魔石を手の上で転がしながら疑問を口にした。

「知ってたら苦労しねぇよ」

「我らが知っているのは、エイダの経験と、かつての記述を元にした程度の知識だ。昔話だからあてにならないのだ」

 それ故に魔石の属性と能力は、蓋を開けてみないとわからないのが実情だ。

「光と闇が高位の能力ってのは昔の人の言い伝えってことか」

 イクスは楽しそうに「そう」と言いながら、鼻歌を奏でる。

 どうやら不満を忘れてくれたようだ。話を属性の方へと集中させていく。

「ヴァルハザードに残っている者で、属性が武器という奴もいる。一概に四大属性とかのように決まっているわけではない。昔の人はこれを心が写したモノだと考えていたらしい」

 話をしていた間に最深部に到達したらしい。扉を打ち破り中に入る。部屋に電気は来ているらしく、青い光が床から差し込み、部屋を薄く照らしていた。目の前にガラスの筒が数十個並べられている。

「おしゃべりはここまでだ。研究成果をいただくぞ」

 2人は返事をして作業に取り掛かっていく。

 

 

 

 

 

 ふと疑問を抱いた。今ままでの話題に関係のないことかもしれないから、言うか言うまいか少し迷う。

「うーん」

「どうしたの明樹保?」

 考え込んでいたらエイダさんに気づかれた。隠してもしょうがないし、正直に聞こう。

「全然関係ないけど、ヴァルハザードってどんなところなのかなって」

 エイダさんは少し考える様子になった。その後部屋の中をせわしなく見渡している。

 何か探しているのかな?

 エイダさんは独力で探すのを諦めて、私に聞く。

「世界地図あったでしょ。今出せるかしら?」

 全員の頭に疑問符がついた。私はみんなの顔を伺いながら、エイダさんに聞いてみる。

「えっと、こっちの世界のでいいの?」

「ええ。それでいいわ」

 わけがわからないけど、とりあえず机の上に地図を広げた。

「これでいいかな?」

 エイダさんは短く「ええ」とだけ答えた。

 私も含めてみんなは興味津々にその光景を眺める。エイダさんはわざとらしく咳払いした。

「この地図を裏返したモノ。それがヴァルハザード」

 私も含めて全員が驚きに声をあげる。凪ちゃんがすぐに地図を裏返す。裏側は白地なので何にも写っていない。うっすらと裏紙越しに世界地図が浮かぶ。

 これがヴァルハザードなんだ。

「私たちの生活は、貴方たちの思うファンタジーな世界、そのままよ。色々な種族がいて、機械も電気もない。今は、先に話しをした魔王がいなくなったおかげで、あちこちで絶えず争いが起きているわね」

 最後に小さく「平和になったようでなってない」と付け加えていた。

 その姿がどこか寂しそうに見える。世界を救うために立ち上がっても救った先の世界がそれじゃ辛いよね。

 私達が裏返しの地図に見入っていると、エイダさんは何かを思い出したようで、喋りだした。

「言い忘れていたけど。この国、日本に該当する土地はないわ」

 ヴァルハザードには裏返しの日本がないらしい。その場所には海が広がるだけ。さらにエイダさんはヴァルハザードの一部の人々は別の異世界とも繋がりを持っていて、そちらの世界は日本のない世界だと教えてくれた。

「つまりヴァルハザードが裏返しの世界地図。もう一つの世界がこちらの世界地図とほぼ同じ。ですが、どちらも共通して日本という国が該当する土地がない」

 水青ちゃんのまとめにエイダさんは満足そうに首肯する。

「だから一部の此方側を知っている人々からは、この国の土地は神聖な存在だと思い込んでいるわ」

 そうなんだ。あれ? だとしたら――

「どうやってこっちに来れるの?」

 私の質問にエイダさんは少し考え込んだ。話しちゃいけない部分を聞いたのかもしれない。

「ダメなら――」

「いえ……これはルワークたちが、この土地にいる理由にも繋がるから説明させて」

 エイダさんは意を決した顔をした。それから私達ひとりひとりの顔を見ていく。

「かつてヴァルハザードには全知全能の神がいたの。神はいつしかヴァルハザードに愛想を尽かして、消えたと言われている。その神が残していったのが魔法の鏡」

「魔法の鏡? それで行き来しているんだ」

 エイダさんは黙って頷く。

「その鏡は私たちのヴァルハザードとヴァルファラ、そしてここエデン……地球を繋げているモノだった。ただ、エデンの行き来はつい最近できるようになったの」

 エイダさんは天井を仰ぎ見る。そこにない光景が見えているようだった。

「エデンは当初渡ることが出来なかったの。鏡に入ってすぐに世界を超えるわけではなく、狭間の回廊と呼ばれる道を越えなくちゃいけない。ヴァルハザードとヴァルファラはその回廊の道は険しくなく。すぐに行き来できたわ」

「つまりこの地球に来るには、ヴァルファラより回廊の道が険しいってこと?」

 凪ちゃんの言葉にエイダさんは短く「そう」とだけ答えた。

「下手すると狭間の回廊から帰ってこれなくなる。ここに来ようと多くの人が挑み、全員が帰らぬ人となったわ。誰もがエデンには行けないと諦めた時に、私はとある事件に巻き込まれたの。それで、ふとしたキッカケでこっちに来れた。それがここ命ヶ原につながっていたの」

 エイダは一度話を切って明樹保たちを見渡す。全員がこの土地の重要性を理解し、重い表情に変わっていた。

「つまりここが、この命ヶ原がヴァルハザードへの最前線なの」

 

 

 

 

 

「どっちにしろそのエレメンタルコネクター共は抹殺しなくちゃいけないんだろぉ~」

「こちらに降る意志がないのならば、な」

 イクスは大げさな身振り手振りで「そんなのいらないいらない」と楽しそうに言った。

 今は帰路についている。新しく用意された車に乗り込み、アジトへと戻っている最中である。

 こちらに組みしない6人のエレメンタルコネクターを抹殺。それこそが今の至上命題。

 イクスは車窓越しに映る街並みをつまらなそうに眺める。

 外はすでに暗くなっていた。文明が進んでいるこのエデンでは闇夜を照らすのは電気。空の景観など無視した電柱に電線。最初見た時は正気かと疑ったものだ。

 しかしこの進んだ文明のお陰で我々は自動絡繰に、銃火器などの強力な武器を得ている。これならば我々はヴァルハザードを手中に収めることが出来よう。

「エデンにしかないこの国。ここにいる奴らは平和ボケしているよなぁ~。なあ鐵馬」

「遠回しに俺を馬鹿にしてます?」

 イクスは機嫌が持ち直したらしく終始楽しそうにしている。これで度が過ぎると変な行動に出るので、やはり注意が必要だ。

 今度は馬鹿にされた鐵馬の表情が歪む。

 鐵馬も一度火がつくと危険だからな。同士討ちなんてのはゴメンだ。止めて角が立つよりは話題を変えたほうがいい。

「鐵馬。グラキースとはどうなんだ? 昨晩は随分とお楽しみのようだったしな」

「うぇ! ああっ?!」

 鐵馬は激しく動揺する。それは自身が運転している車のハンドル操作を大きく誤り、危うく街路樹に激突しそうになった。

「っぶねぇえな!」

「すいません。旦那も変な話題を振らないでくださいよ!!」

「ふふふ。色恋ごとで動揺するなど、まだまだ甘いな」

 鐵馬とグラキースは恋仲にある。昨晩は結構お楽しみだったようだしな。個人的には応援はしておるぞ。

「な、なんでそれを!」

「ばっか! 前見ろ! 前ぇ!!! それと行為に及ぶ際はもちっと声を小さくしろ!」

 顔を真っ赤にした鐵馬は、運転するどころではないらしく、かなり動揺していた。イクスは文句言いつつも意地悪そうに笑っている。

 イクスの指摘に鐵馬は「聞いてたんですかー!」と、大声を上げる。

「聞こえたんだよぉ。っていうか隠せていると思っていたのか……」

「我が確認した限りではすでに行為は二十――「だあああああああああああああああああああッッッ!!!」」

 鐵馬は我の言葉を遮るように大声でそれを誤魔化そうとする。しかし、無駄なのだ。何故ならば念話で会話することが可能なのだからな。

『こっちのほうでも言うのやめてください!』

『耳まで真っ赤になってるぅ』

『フハハハハ! 夜のほうも精進するんだぞ』

 鐵馬は車の外にいる人にも聞こえるほど大きな声で、絶叫した。

 

 

 

 

 

 西日が赤く染まる頃に、明樹保以外の面々は帰っていた。各々に改めて関わり抜くかどうか問いかけをして、後日回答を聞くことにした。暁美や鳴子はその場で答えようとしたが、それは却下した。一度頭を冷やして考えぬいた上で関わり抜いて欲しい。罪を背負ったからといって、変な責任を背負って欲しくない。むしろいつでも引き返してもいいくらいだ。

 リビングのソファーで私は横になりながらテレビを見ている。

 普段の姿を知っている者ならば驚くだろう。まあ今は猫の身だし、そこは気にしていない。

「えーっと、お皿はどれがいいかな?」

「でかいの」

 キッチンからは料理をする優大と、それを手伝う明樹保の会話が聞こえてくる。そちらにも意識を傾けつつ、今目の前のニュースに注視した。

 理由は簡単。情報収集である。最近起きている事柄で、こちらに影響がありそうな事案の確認だ。なければないでそれに越したことはない。

 鼻孔に腹の虫を刺激する香りが漂う。

「エイダはテレビが好きだな」

 そんな言葉をかけながら私の頭を撫でてくる。力は強いが不快感はない。むしろ暖かさを感じた。

「大ちゃん! エイダさ……に変なことしないでよ」

 優大は「はいはい」と陽気に答えながら配膳していく。

 明樹保は私をかばおうとして、時々ぎこちなくなる。それを見逃す彼ではないと思うけど、深く追求をしてこない。明樹保の両親もそうだった。

 昼ごろ凪の言っていた提案は個人的に承服してもいいと思う。実際変な掟に縛られて行動が制限されて、取り返しの付かないことが起きるよりかは遥かにそのほうがいい。

 だけど私はそれをすることをためらっている。

「大ちゃんどれくらい?」

「ちょっと多めで」

 両親が帰ってこれない時は、明樹保と優大が一緒に晩御飯を食べるというのが決まりらしい。こうしたやり取りを見ている方が馴染み深い。

 テレビ画面から優大に視線を移した。

 まだ明樹保たちにも教えていないことがある。それは私の独断でのことなのだが。早乙女 優大と須藤 直は類稀なる魔力の持ち主である。特に優大のほうは明樹保に迫る素質だ。

 仮に彼らに協力を取り付けたとしよう。両方共快く協力してくれるに違いない。特に優大は前線で戦おうとするだろう。直もバックアップに回ろうとするはずだ。そんな2人を守りながら戦えるとは思えないし。魔石によって魔物になってしまった場合が最悪だ。明樹保たちは彼らを殺せるだろうか? いいや出来ない。

 教えるだけでもいいかとも考えたが、明樹保、暁美、鳴子の性格を考えるとそれは逆効果である。白百合だけでも過敏になっているのだ。私のことですらぎこちなくなっているし、今以上になるのは目に見えている。

 だから黙っているのだ。

 我ながら独善的だと自嘲する。

「いただきまーす」

「はい。いただきます」

 よく見ると机の下に私用のご飯がある。しかも人間と同じ食べ物だ。ここに居着く時は猫缶を覚悟したが、今のところそれはない。

(やはりバレているのかしら?)

 考え込んでみるが、空腹に負けたため素直に食べることにした。

 

 

 

 

 

 直は誰が見てもわかるほど不機嫌そうな態度だった。隣にいる烈はそれとなく察して黙っているが、居心地は悪そうである。時折「今日は天気がいいな」とか当たり障りの無い会話を試みては、会話が途切れるの繰り返し。

 昨日の夜から不機嫌だった。それは昨晩久々に帰ってきた直の父と喧嘩したからである。

 キッカケはほんの些細なこと。食器を洗わずに置いておいたことに怒られたのである。もちろんそのまま置いておくつもりなんてなかった。自分の中でどの時間にやるか決めていた。だからそのままにしていたのだけど、直の父はそれを怠慢だと思い込んだ。

 そこからは2人して罵詈雑言の応酬だ。

(普段仕事でいないくせに、ああいう時だけ偉そうに……。お母さんの墓参りにすら来なかったじゃないか。挙句「お前は俺の娘だろ! 娘なら父親の言うことぐらい聞け」とか。横暴にもほどがある)

「おっはよー……う?」

「……おはよう」

 昨夜のことを思い返していた直は、明樹保の声すら煩わしく感じて、つい睨みつけてしまう。

「おはよう。なんだご機嫌斜めみたいだね。おやっさんと喧嘩したのか?」

 直は誰が見てもわかるくらい不貞腐れていた。優大の言葉にすら睨みで返してしまう。そんな様子に彼は溜息を吐いて肩をすくめた。当然今の直はそれすら癪に触る。

「な、なによ! 何も知りもしないくせに」

「何も知らないよ。だけど、きっちり喧嘩するなり、和解するなり早めにしておいたほうがいいよ」

 そんな2人のやり取りに、明樹保と烈はただ見守ることしか出来なかった。

「そんなに簡単じゃないよ! 親がいる苦労も知らないくせに!」

「親と喧嘩なんかしたことなんか一度もないから、そういうのわからないよ。でも――」

 優大は直の言葉に怒ることも悲しむこともなく、淡々と続けた。

「――人としてさ。そういうぶつかり合いとかはいいと思うよ。けど、親子なんだったら……仲が悪いより、仲が良いほうがいいんじゃない」

「ずるいよ」

 直は弱々しくつぶやくことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 ゆう君に言われた言葉が頭から離れず、午前の授業は集中することが出来なかった。

「ふんだ!」

 とにかく食べて忘れることにした。お弁当と購買部で臨時購入したパンの山。みんなには止められたけど、今なら食べられる。

 黙々とパンの山を崩しながら、弁当の中身を頬張るり込んでいく。

 ゆう君はおじいさんと一緒に住んでいるけど喧嘩したこととかないのかな?

 ふと疑問に思ったので、明樹保に聞くことにした。

「ねえ明樹保。ゆう君っておじいさんと喧嘩したこととかないのかな?」

「喧嘩っていうか一方的な暴力……とかなら」

 喉に流し込もうとしたパンがつっかえた。

 咳き込むのを押さえ込みながら、牛乳で流しこんでいく。

「な、なんだって?!」

 まだ再起不能な私の代わりに緋山さんが叫んだ。葉野さんも「意外ね」といつもと変わらない淡々とした様子だ。

 どっちが加害者で被害者だ?

「えっと、大ちゃんのおじいちゃんって、女の人にすぐ手を出すところがあってね」

 明樹保は困ったように「それでよく…ね」とお茶を濁した。後は予想がつく。つまりおじいさんのセクハラ行為を防ぐために、制裁を加えているのか。

「大ちゃんの家に行くとね。いつも1人なんだ。おじいちゃんも大ちゃんのお父さんとお母さんが亡くなった時に、おかしくなっちゃってね。それ以来ずっと研究に没頭しちゃったんだ」

 明樹保は私が知りたいことを察してか。思い出すかのように語りだす。どこか寂しそうな表情で優しく話していく。

「早乙女くんのお兄さんは?」

 神田さんの問いに明樹保は静かに首を横に振った。

「しばらくは一緒だったけど、すぐにヒーロー特区内にある学校に転入が決まっちゃったから……大ちゃんもヒーローの卵育成プロジェクトとか色々あってね」

「ああ……ヒーローの卵育成プロジェクトっすか。早乙女は色々と大人のジジョウってやつで引っ張り回されてましたね」

 意外な人物が口を開いた。斉藤君だ。彼はつまらなさそうにパンをかじっている。そんな言葉に明樹保は困ったように笑いながら続けた。

「大ちゃんのお父さんとお母さんが亡くなってから、しばらくしてやめちゃったんだ」

 ゆう君はあれで頑固なので、一度決めたことはとことん貫く。きっとやめるときも相当なことをやらかしたに違いない。

「はぁ~。ますますゆう君に言われた言葉で凹む」

「朝からすっごい不機嫌だったけど、どうかしたの?」

 葉野さんは不思議そうにこちらを眺めてくる。

 こうして改めて思い返すと恥ずかしいことだなと実感した。親子の喧嘩で他人に不快感を与えていたなんて、なんて様だ。

 自分を戒める意味で説明することにした。

 雨宮さんと緋山さんが羨ましがっていたのに驚いた。聞けば2人共父親に不満をぶつけられない環境だそうな。神田さんは明樹保と同じくご両親が帰ってくることが少ないけど、そこをとやかく言わないらしい。

「私は母親が家にいるからね。父親はあちこち飛び回っているけど」

 葉野さんのお父さんは大学の教授らしく、あちこち飛び回っては忘れた頃に帰ってくるそうな。そこに不満はないらしい。

「あまり知りませんでしたわ」

 白河さんの言葉は最もだ。あんまりそこら辺は話したことが無かった気がする。

「でも須藤は偉いよね」

「え?」

 緋山さんの不意打ちのような言葉につい聞き返してしまった。

「だってお母さんがいなくて、お姉さんもヒーローやってて、お父さんは刑事。家のことを1人でやりくりしているのはすごい偉いなって」

 他のみんなも同意の声を上げる。なんだかそれがくすぐったくて気持ちがいい。

「ありがとう」

 私は頑張っているんだ。それをわかってくれる人達がこんなに側にいたなんて。

「俺や佐藤はそれでひねくれちゃった人間だから、須藤がすごく眩しいぜ」

「ああ、色々と見習わないとな」

「「ということで中間テスト対策の勉強会をお願いします」」

 2人は勢いよく土下座した。勢いがありすぎて、地面に額をぶつけた音も響く。

「えー、見返り求めちゃう?」

 斎藤くんと佐藤くんは「この通り」と一字一句ハモって頼み込んでくる。

 皆を見渡すと同じように苦笑していた。

 こんな内容でもみんなでなら笑っていける。最近こういうのを忘れてた気がする。すごく久しぶりに笑えた。

「じゃあ勉強会をや――生徒会長!?」

 明樹保の言葉に直は振り返ると、入り口に複数の生徒が立っていた。一気に屋上はただならぬ雰囲気になる。左に腕章があり、そこには生徒会と記されていた。

 光沢を帯びた長い黒髪。きつい印象を受ける鋭い黒い瞳。端正な顔立ち。モデルのようなスタイルの良さ。星村 紫織生徒会長。その人が今目の前にいて、こちらを睨みつけてくる。

 その姿を見た瞬間。ゆうくんの言葉を思い出した。

「貴方達不良に最後通告をしに来ました」

 凛とした抑揚のある声がその場を支配する。

「他の生徒から苦情が数件ありました。生徒会として悪影響が出ると判断したので、今すぐここから出て行きなさい」

「なっ! いきなりすぎるだろあんた!」

 すかさず緋山さんが抗議に立ち上がるが、それを睨みで制された。

「何度か通告したはずですが?」

 星村生徒会長は涼しい顔を崩さず続ける。

「貴方がいるせいで、ここに不良が集まっているのが現状です」

「そんな……」

 明樹保は小さく声を漏らす。

 さっきまでの楽しい雰囲気を一気に破壊してくれたこの人に、怒りを覚える。私達が何をしたっていうんだ。

 何か言ってやろうかと言葉を探していたところ。斎藤君と佐藤君が立ち上がった。

 もしかして喧嘩か? とも思ったが雰囲気が違う。

「すんません俺たち出て行きます」

「ご迷惑おかけしました」

「なっ! お前ら」

「わかればよろしい。緋山暁美。貴方も出て行きなさい」

 緋山さんは苦虫を潰したような顔になる。

 このままじゃ不味い。このままじゃいけない。でも何をどうすればいいのだろう?

「ま、待ってください」

 明樹保が立ち上がり生徒会長と対峙した。

「貴方には関係のない話ですよ」

「関係なくなんかないです」

 明樹保はまっすぐと凛とした言葉で立ち向かっていく。

「私は暁美ちゃんたちの友達です。だから関係なくなんか無いです」

「友だちは選びなさい。こんな不良――」

「私の友達を悪く言わないでください。私達は悪影響を受けてません。ここから出て行くことを同じ生徒である生徒会長が強いることは出来ないんじゃないですか? そもそも他の場所に行っても同じことの繰り返しになるんじゃないですか?」

 生徒会長の涼しい顔が崩れていく。他の生徒会役員が明樹保を強く睨みつけた。それでも彼女は怖じけることもなく真正面から向かっていく。

「貴方……他人に悪い印象をもたせるほうが悪い場合もあることを覚えておきなさい。こちらの通告を撤回することはありません」

 生徒会長一呼吸入れて口を開く。

「ここより――」

「待て待て待て待てぇい!!! その言葉!!! このジョン・鈴木が参上だぁああああああああああ!!!!」

 叫び声が遮る。

 金髪に紅い瞳。どうみても外国人にしか見えない男子生徒が、大声を上げながら飛び出してきた。

「鈴木くん」

「このジョン・鈴木が来たからには生徒会長!!! お前の好きにはさせんぞ!」

「あ、貴方!?」

 鈴木君は高らかに宣言して生徒会長にまっすぐと指をさす。

 生徒会長は明らかに動揺した。それもそのはず、次期生徒会役員に決まったも同然の男。その彼が今立ちふさがっているのだから。

「何を考えているんですか!」

「ふっふっふーん。よくぞ聞いた! 答えてやろう!!! お袋の幸せを考えているぜ!!!」

 鈴木くんは言動さえちゃんとしていればかっこいいんだけどな……。小学生の頃からゆう君と交友関係を持っている。彼の発言の突拍子のなさは学校でもかなり有名だ。

「何をふざけているんですか?」

「ん~? 何を考えているのかと聞いたのはそっちだろうが! この頭でっかちがァ!!!」

 まさかの展開。現生徒会と次期生徒会が言い合いになる事態なんて誰が予想するか。

 周りにいる関係のない生徒も含め、全員が呆気にとられている。かくいう私も、だ。

「大体星村生徒会長は頭の脳みそはダイヤモンド並の堅さ何じゃぁあないかぁ~? いいか? ここで不良とこいつらを切り捨てて迫害してみろ。せっかくここまで明るくなったこいつらがまた荒みストリート逆戻りで世紀末クライマックスで面倒なことになるんだぞ? そんな問題を俺たち次期生徒会に残して自分はトンズラこくつもりか!!! ふざけるんじゃぁあないよッッッ!!!! そんな面倒なことを押し付けられたら俺がさらに学校でやるべきことが増えてお袋に恩返しできないじゃぁあないか!!!!」

 まくし立てるとはまさにこの事だな。生徒会長もさすが押されている。

「だからといって! 今ある苦情を見過ごすことなどできません!」

「なんだとぅううお!!! やはり貴様には一度タイマンを張らしてもらう必要があるようじゃあないかッッッ!!!!」

 生徒会長と鈴木くんの言い合いに、みんなが気を取られていたからだろうか。いつの間にか来ていたゆう君に誰ひとり気づかなかった。

「もういいよジョン。ありがとう」

「大ちゃん!」

 優大を確認すると鈴木君は黙って下がった。

「早乙女君。貴方、こちらの通告を彼女たちに伝えませんでしたね?」

 ゆう君は爽やかに清々しいまでに「はい」と答えた。

「貴方――」

「紫織先輩の言い分は飲みましょう」

 え? ここまで来て引き下がるの?

 みんな同じ様子で動揺している。

「ただし、向こうの屋上を使わせてもらいますよ」

 ゆう君は自身の背後にある校舎を背中越しに指さした。

「え? いえ、あそこは使用禁止です」

「先生たちの許可はすでに得ました。管理してくれる教師もとっ捕まえたんで、後は貴方次第です。ここにいる生徒たちを怯えさせるというなら、僕らに向こうの屋上を使わせてください」

 私たちのいる校舎の向かい側にある校舎にも当然屋上はある。だけど、そこは立入禁止な上に長いこと使われてないので物凄く汚いことになっている。そこを使うとゆう君は言っているのだ。

「そんなこと――」

「わっからねぇ奴だなぁおい!! 使わせてくれたら問題児を全部向こうに集めておけるぜって言ってんだよドアホがッ!」

 星村生徒会長は表情を大きく歪ませ、下唇を噛み締めた。そこへ追い立てるようにゆう君は言葉を紡いでいく。

「ちなみに、次期生徒会候補の俺達全員で決めたことです。弓弦達にも確認取ってもらっても構いませんよ?」

 ゆう君は勝利を確信したらしく、生徒会長に背を向けて両手を広げる。

「俺達は自主的に向こうの屋上に行くんです。そしてこの屋上からは不良と呼ばれる生徒が消えます。しかも管理してくれる教師もいるんです。苦情を出した生徒も納得してくれるでしょう。どうです?」

 ゆう君はとびきり意地の悪い笑みを浮かべた。敵にしたくないな。

 

 

 

 

 

「と、いうことで! 屋上をお掃除するよ」

 大ちゃんの掛け声に「おー」と数人が答えた。

 あの後生徒会長は渋々だけど、許可を出してくれたのだ。

 もちろん問題があれば即刻許可取り消しである。

「こういうことを考えていたなら、もう少し早く教えて欲しかったよ。中間テストが近いのにー」

「悪いね。敵ではないけど、敵を欺くにはまずは味方からってね。おかげで紫織さんの裏をかく形がとれたし」

 大ちゃんは「いい方向に転がっていっているしね」と優しく微笑んだ。

 そして今現在。放課後に全員で集まって掃除することに。

 まずは使えるようにしないとね。今のままじゃ座ることすら出来ない。それほど埃とか色々とすごいことになっていた。

「で、だ。なんでこんなに人数いるんだおい!」

 暁美ちゃんは頭を抱えて屋上にいる全員を眺めた。

 大ちゃんの呼びかけで多くの生徒がここに集まっていた。ラグビー部やサッカー部なんて全員参加である。

 各々掃除道具や工具を持ち込んで色々と準備していた。

 工具って掃除に必要だったけ?

「ゆう君って人望あるなぁ」

 直ちゃんは今朝の不機嫌が嘘みたいに清々しくなっている。

「おっす優大。俺達は資材運べばいいのか?」

「頼みます先輩。あ、後くれぐれも怪我しないようにお願いしますね。資材は有沢先生が順次運んでくれる手はずなんで」

 ラグビー部の部長は「あいよ」と短く答えて、サッカー部の面々と一緒に屋上から出て行った。

「資材とはなんでしょう?」

 水青ちゃんはモップをかけながら当然の疑問を口にする。

 私も今何気ない会話で流しそうになったけど、資材って何? 一体何が始まるっていうの?

「軽い工事かな?」

 大ちゃんは言いながら下を指さす。

 ちょうど軽トラックが駐車場に停まる。運転席から有沢先生が降りて、軽トラックの荷物を下ろしていく。角材がたくさんある。それらをラグビー部とサッカー部、その他運動部員が協力して運び出していく。

「大、あんた何言ってるの。いや言っていることはわかっているけど」

 凪ちゃんの言葉に鳴子ちゃんも頷く。私も釣られて頷いた。

「ふふん! 俺が説明してやろう! ありがたく拝聴するがいい。雨風凌げるスーパーなラウンジをこれから作るんだぜ」

「なんでお前が偉そうに答えるんだよ」

 鈴木君は楽しそうに掃除しながら続けた。

「どうせここに隔離されるんだったら、居心地がいい場所にしようぜってことだ」

 大ちゃんの説明だと、資材に関しては近くにある廃棄物を収集しているところから許可を得ているとのこと。さらに学校側には資源有効利用を学ぶという建前ですでに申請済み。工作部はすでに焚きつけているので、工事に関しては大丈夫とのこと。電気の配線もパソコン部に詳しいのがいたので引っ張ってきた。女子も利用しやすいように園芸部と手芸部、美術部を呼び、内装は任せている。

「後はそれを上手くまとめればいいって感じかな。とりあえず目算だと明日の放課後にはできると思う」

「わけがわからないよ!」

 普段叫ぶことのない鳴子ちゃんが、あまりの出来事に叫んでいる。

「とりあえず、だ。各々得意分野で力を発揮してくれ。責任は俺が持つ」

 大ちゃんはここにいる全員に聞こえるように言った。そこからはあっという間に作業が進んでいく。

 大ちゃんは現場を指揮していき、問題が出てくる度に教師や現生徒会を調整し対処していく。掃除は鈴木君が監督。支離滅裂なこと言いながらも徹底的こだわりで、瞬く間に綺麗にしていく。鳴子ちゃんはパソコン部の人と協力して配線作業を行なっていた。凪ちゃんはどうも見ただけで寸分のずれとかがわかるらしく。資材を組んでいく工作部をアシスト。水青ちゃんと白百合さんは、内装組を手伝っていった。暁美ちゃん、斎藤君。佐藤君はラグビー部のみんなと、資材運び、水汲みなど、肉体労働系を積極的に請け負ってくれた。大ちゃんの指示らしく、なんでもそういう姿を生徒たちに見せていけば、少しずつでも見方が変わっていくんじゃないかとのこと。

 なんかこうしてみんなで1つのことするのって楽しいな。

「文化祭の予行演習ってことで」

 直ちゃんは意地悪そうに笑いながら言った。そんな笑顔につられて笑う。

 こんな楽しい日常の裏であの人達は笑顔を奪っていっているんだ。やっぱり許せない。だから、こういうことが普通にできるようにするために守るんだ。みんなの笑顔を。

 

 

 

 

 

 日が暮れてきたのと、作業が一段落してみんな帰ることに。続きはまた明日。

 で、みんなと一緒に飛び出したのはいいけど、教科書を忘れてしまい。1人教室に戻ってきたところである。

「こういうのなくしたいな」

 もちろん独り言。

「何しているの桜川さん。早く帰りましょう」

 声に驚き慌てて振り返る。

「保奈美先生!」

 そこには栗色の長い髪。優しい眼差し。おっとりとした口調。桜木 保奈美先生が立っていた。

 自然と笑顔になる。最近は失恋したらしく、元気がない。ちょうど影にあたる暗がりに立っているのでなおさらそう感じた。目の前にして、1年の時のようなみんなを明るくするような元気がない。どこか表情が暗い。

「先生……大丈夫?」

「え?」

「元気がなさそうだったので」

 先生はこらえきれずに、笑顔を崩した。

「ごめんね。こんなんじゃ教師失格だよね。ありがとう桜川さん」

 1年の時に「同じ桜という字が苗字に入りますし、仲良くしましょう。そして満開の笑顔をクラスに咲かせようね」そんな言葉を思い出した。

「先生も人だってわかってます。だから、無理しないでください。満開の笑顔を咲かせられる日を待ってます」

「あ……! ありがとう」

 寂しそうに保奈美先生は微笑んだ。

「それじゃあ、さようなら」

「はいさようなら。また明日ね」

 教科書をしまい終えたので、私は教室を出た。振り返ると保奈美先生が笑顔でこちらに手を振っていた。

 

 

 

 

 

~次回に続く~

 


 
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