No.693847

クコ(2014 C/D)

spn 2014 C/D
拍手駄文用。実はまだ入れ替えてないのですが投下。クコの花言葉を、最後のセリフにしております。
6/15 MP22 E19 お品書きアップ済み。新刊2014 C/D コピー2冊(無料配布含)

2014-06-14 13:04:02 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:989   閲覧ユーザー数:986

 思わず僕は、僕とリーダーに起きたことがあまりにカートゥーン臭くて笑いそうになった。

 だってさ、追い詰めたはずの低級悪魔によって、僕たちは電気の通らない小さな倉庫に閉じこめられたんだよ。せっぱ詰まった状況も相まって笑いがこみ上げても、しょうがないってやつさ。

 しかも真夜中という魔のゴールデンタイム。当に天使の羽を無くした僕にとっては、悪魔だけでなく、クリーチャーにだって襲われたらひとたまりもない。

 リーダーは狩りを家業にしていた、真正の人間。かつての相棒だった弟がいなくてもジョブチェンジはしていないから、どんな状況でも僕より生き残れる確率は高い。

 まあ、僕より先に死なせる気なんて無いんだけど。

 一寸先は闇を体言する真っ暗な倉庫で、必死にドアを開けようと頑張る音が、むなしく響く。

「くそっ」

 ガンッと足下の高さから聞こえたから、多分ドアを蹴ったのだ。

 僕は抑えていた衝動のまま、つい、溜め息混じりに笑ってしまう。

「なに笑ってやがる」

 怒りの矛先がドアから僕に変わってしまい、分が悪い僕は肩をいさめて謝った。

「すまない、極限状態における人間の本能てやつだよ。ほら、恐怖と笑いを司るそれぞれの神経が近いから、脳が勘違いしちゃうんだ」

「そんなことはどうでも良いから、ここから脱出する方法をお前も少しは考えろ」

 窮鼠猫を噛まれた僕たちが居る場所が、安全の保証はない。むしろ仲間を呼ばれたら袋小路のここは迎え撃つには致命的だ。

 しかし、再度言うが、ここは真っ暗なのだ。断言しても良いが、リーダーの位置も声や音がなければ分からない。傍観者でしかない神の仕業か、それとも世界に君臨する時を待ちわびている悪魔の策略か、手元に持っていたライトは倉庫の手前で落としてしまった。

 二人ともサブマシンガンとサバイバルナイフ、後は自動小銃一丁は持っているが、ここを切り抜けるには役に立ちそうにない。だって全てが見えないから。

「考えなくても分かり切っている」

 僕は悲観的な現実しかリーダーに報告できなかった。

「皮肉な言い方だろうけど見ての通り、視界不良でうかつな行動はできない。何が仕掛けられているかも分からないからね。安全な密室ならせめて悪魔が入ってこれない文様でも書きたいが、うん、暗闇だ。見えない以上は、武器も安易に使えない。灯り代わりに火を使って、万が一、二次災害を引き起こさないとも限らない。真っ暗闇であるだけで、全てのことが負のループだ」

「分かったよっ」

 求められたから述べたのに、リーダーは八方ふさがりの現実ごと僕の口上を吐き捨てる。

 連絡手段も持ち合わせていないのは、既にお互い知っている。

 今、できることは一つだけ。

 僕はおぼつかない足取りでリーダーの声がする方向へ少しずつ近寄った。記憶のままの距離で扉の前に着くと、一人分の距離を空けた左側にリーダーの気配がした。

 惜しいな、どうせ見えないのだから、うっかり抱きつけば良かった。

「なんだよ」

 リーダーの訝しい声に、僕の不埒な思考は、視覚を遮断すると見えてしまうのだろうか。

 そんな訳はないなと、音もなく笑みを作り、扉を背にする形で座り込んだ。

「一旦休まないか。今暴れても、体力を無駄に使うだけだ」

 返事は無い。

「僕は休むよ」

 短期間銃を抱えながら、座り心地のマシな場所を探す。

 しばらくして、本当に僕が何もしようとしない空気を悟り、リーダーがあからさまに舌打ちした。

「ちっ」

 そしてドカリとその場に座った。乱暴に尻を付けたせいでリーダーが持っている機関銃のガチャリとした音を立て、埃も舞った。

 後はただ、お互いの沈黙だけが倉庫内を埋めていく。

 僕が口を開ける数だけ彼が不機嫌になるのを、僕は骨身に染みるほど知っている。当然ながら、リーダーから話しかけられることはあり得ない。結果静寂となることで、外には誰もいないことを結果的に証明した。

 悪魔であれクリーチャーであれ、もしくは生きる為に罪を犯す人間であれ、誰かが外に居ればその気配ぐらいは僕たちは察知出来る。

 この時間に罪なき者がいれば、先ほどの者たちへ捧げられる供物行きは必至。僕たちにとっては救いの使者ではあるが、幸か不幸か、希望のみつかいは現れそうにない。

 二匹の羊は鳴きもせず、夜の静寂に身を潜め、数時間後に訪れる朝に光を求めるしかないようだ。

「……それすら見えないっていうのに、皮肉なもんだよ」

 思わず声にしてしまうが、隣のリーダーは無視を決め込むらしい。

 今や太陽は何者もを光かざさない。朝を告げるのは、分厚い雲のカーテン越しから光る明度程度。

 異常気象は、いつしか世界の終末と混同されて報道されるようになっただが、誰も異を唱えない。終末論者やマニアどもは、目前に迫る絶望に、かえって口を閉ざし、いつしかネットやテレビから姿を消した。

 みんな、どこかであり得ないと思っているから、悲嘆にくれることも出来る。日々の退屈には、想像の中の絶望なんて、甘いエッセンスにしかすぎない。

 空は恐ろしい。

 この世界は国境を引こうと、土地と海が区切られようと、空だけは繋がっている。その空が、非現実だった終末を事実として見せつけるのだ。

 そうして天がカーテンを引いた地上では、人間・悪魔・クリーチャー入り乱れてのバトルロワイヤル。

 ここにある闇と同じで、光なんてどこにも無い。僕以外の人間にとっては、だけど。

 しかし見事なまでの沈黙だ。地に足を着けてからお喋りになった僕としては、これはどうにも落ち着かない。

「なあ、リーダー腹減らないか」

 無視。

「何か食べ物を持ってたら分けて欲しいな。あ、でも水分がないと干からびるから、飲み物もあったらなお有り難い」

 やっぱり無視。

 視覚が全く役に立たない中でのスルースキルは、いつも以上にこたえる。 

「しょうがないな」

 僕はサブマシンガンを一旦体に預け、ズボンのポケットから、愛用している薬のケースを出した。カラカラと、中身がケースに当たる音が弾む。蓋を開けたところで、リーダーの不穏な空気を感じたが、気にせず中の物を、僕は躊躇いもなく数個口に入れた。

 見えないからいくつか分からないけど、口内の感触から多分3つかな。

「てめ、こんな時にまでヤクかよっ」

 横から非難が飛んできたのは、少し予想外だった。黙殺してきた行為を、こんな場所で咎められるとは。

 僕から話しかけても無視したっていうのに、君の話し相手は薬ってことか。ただ、彼は一つ大きな勘違いをしている。

「君の期待を裏切って申し訳ないが、これはいつもの興奮剤じゃないよ」

「なんだと」

 大なり小なり誤解されようと、僕が嘘をつくことで彼を裏切ったとしても、僕はとうの昔から諦観してきた。

 だけどどうしてだろうね、今の君には、嘘を付きたくないんだ。

「はい」

 ケースを投げ渡せないので、腕を伸ばしてリーダーの体に当てる。

「なんだ」

「僕がさっき食べたやつのケース。空になったから使い回してるんだ」

 つまりは、本来入っていた薬は飲み干したってことなんだけど。そのことには触れず、リーダーが受け取ったケースの中身を教えた。

「クコさ」

「は?」

「クコの実。チャイニーズタウンで売ってる粥の具で見たことないかい?って、そもそもリーダーは粥を食べたことないか」

 僕の嫌みに肯定も否定もしないけど、確かめるためにケースを開けた音は返ってきた。多分、これで容疑は晴れたただろう。

 楕円形の赤い実は、小さな薄紫色の花を咲かせた果実が熟したもの。河原でリサがしなやかで細長い茎に咲かせるクコを見つけ、キャンプ・チタクワに住んでいる女性たちで摘み取った。なんともほのぼのとした光景を、チタクワの我らがリーダーは見ていない。

 それを加工して食料貯蔵庫に保管しているのを、僕が職権乱用で多めに貰ったのだ。キスをくれる女性もいなく、薬もじり貧の時、口寂しいのを慰めるおやつみたいな扱いとして持っていた。

「これは酒に漬け込めばクコ酒になるし、生でもドライフルーツでもいけるんだ」

 漢方の扱いらしく、適量なら効能の見込めるこれも、僕にかかっては形無し。どうやらリーダーは、僕がおやつを常備しているのを知らなかったようだ。

 食べて良いよといったが、断りながら、開けていた蓋を閉じた。無言で突きだして返されたケースを受けとる。

 少し悪戯心が芽生えた僕は、ケースをポケットに戻すと、クコの実の効能を一つだけ伝える。

「で、精神が萎えているのを強壮する作用もあるんだってさ」

「じゃ、代替品ってことじゃねえかっ」

 お前どんだけヤバイんだっ、とまで言われた。

 簡単に言えば滋養強壮なのだが、どうやら彼の中では、僕と薬は相思相愛となっているようだ。むしろ、僕が薬のストーカーぐらいにまで思われているかもしれない。

 否定できない程にひどい様を見せてきたので、僕は苦笑するだけに留めた。

「過剰接種できるほどなんて無いから、生憎とリーダーが危惧することには使えないんだな、これ」

 自身へのフォローとしては、この程度で十分。

「こんなの口寂しさと空腹の気休めだよ。倉庫の在庫を無くす訳にはいかないから、僕の取り分は、ここにあるのだけでおしまい」

 話のタネは消えたので、倉庫内にはまた沈黙の主が降りた。主は通り過ぎることなく、随分と居座っていた。

 具体的な時間までは分からない。情報が遮断されている空間では体内時計が頼りだが、僕の物が正常かなんて保証はない。

 多少アバウトでも、リーダーの方が沈黙の主とは親しい。特に僕が天使ではなくなり、彼の声を天の使いが黙殺を通してからは。

 沈黙と相性の悪くなった僕は、目を開けても閉じても暗いなら、閉じていた方が楽だった。ドアにより深くもたれかけ、目を閉じた。仮眠を取るならリーダーに報告しなければならない。こんな危険地帯で二人で寝るのは、さすがに自殺行為。

 すべきことはあっても、やりたい訳ではなく、代わりにやりたいことも見つけたくない場合、寝るしかないと人間になってから知った。

「リーダー、僕は少し寝るから、リーダーが寝たくなったら起こしてくれ」

 一応サブマシンガンが暴発しないように、あちこち触りながら確かめてから、寝る姿勢を取る。

 やれやれと、小さな溜め息をついて一寸の間の後。

「おい」

「え、もうなの?」

 僕は思わず、上半身を大きく動かして起きあがった。眠たかったなら、もっと早く言って欲しいな。

 ところがリーダーは僕、の心境とは違う要望を求めた。

「さっき持ってたやつよこせ」

「ん?」

「なんとかの実」

「ああ、クコの実かい。なんとかていう方が、言葉が長いよ」

 ようやく起こされた意味が分かり、苦笑混じりにポケットからケースを取り出す。なんだかなんだと本当は食べたかったのか、素直じゃないなあ。お腹減ってるのかな。

「はい」

 先ほどど同じ方向へ腕を伸ばす。相手が受け取る間合いから、やっぱり少しだけ距離が近づいていたことを確信する。

「食べたければ全部食べて良いよ。もうほとんど無いけど」

「いや、良い」

 蓋を開ける時に動く中身の音は、僕が開けた時よりも軽い。恐らくは、あと5個もないだろう。リーダーが着ている服の擦れる音からして、彼は手のひらに実を落とさせ、それを食べた。いくつかは知らないが、全部食べてないのは確か。

「変わった味だな」

「僕は慣れたけど」

 リーダーは手元にある薬の蓋をキュッと閉め、あっさりと持ち主である僕に返してきた。

「ほら」

 噛みながら言っているので、少しもたついた声だった。

 僕が食べていない実が、再び悪戯心の種になる。

 暗闇の中伸ばした先にある彼の手を、僕は掴んでやった。

「おい、そっちじゃ」

「いや、こっちで合ってる」

 引っぱりながら、また少しだけ彼に近づいた。だけど、ここまで。半場強引に僕は手を繋げたまま、地に付けた。リーダーの手の中にあったケースが、床に3回ていど転がる。

「……何しやがる」

「だってこれだけ何も見えないんだよ、人肌恋しくなっても仕方ないじゃないか。こうしておけばお互いの距離感も分かるから、何かあった時も対応きくだろ」

 お互いの手に、まばたきほどの小さな風が撫でてきた。ドアの下、新聞紙1枚程度の隙間から招かれた外からの空気。ということは、数時間後にはここから朝を知らせてくれるはず。

「なんで男と手ぇ繋がなきゃならねえんだ」

 じゃり、とリーダーの手が地面を擦る音がした。けれど僕の手を振り払う気配はない。我慢?葛藤?なんでも良いよ。

「満更でもないくせに。僕が寝ようとしたのを起こしたのはそっちだ。沈黙より僕を選んだってことだろ」

「ちが」

「光栄だよ。この闇はきっと、僕にもたらした光だ」

 君にこうして一時でも触れる時間を与えてくれる、と本心から言えば、リーダーの息が詰まる空気が届いた。

 彼はまるで自分の存在を拒むように、息を潜めてしまった。残念なことに、君の手は僕に温もりを与えているっていうのにね。

 だから僕は、握っている彼の手を、中指だけで撫でてみる。ピクリと反応するから、内心ほくそ笑む。

「変な触り方するな。俺はてめえの取り巻きじゃねえ」

「変な触り方って思ってくれるんだ。もしかして、まだ脈は残ってるのかな、これは」

「……見えないことを有り難く思うんだな」

「全くその通りだ」

 不本意を体中から発する辺り、本当にこの手を離す気はないらしい。

 そうだね、ともすればここは、耳鳴りさえしそうなほどとても静かで不可視の世界だ。つまり君がどれだけ目を反らしたくても見据えてきた現実も、ここには無い。

 無いことが、怖いんだろう?

「これは例え話なんだけど」

 だから、僕が手を繋いでてあげるよ。

 だって僕が見ていたのは、いつも君だけだから。

「君がどれだけ目を塞ごうと、生憎と僕が見続けているんだよ」

 彼の手が、少し震えた。

 世界の終末なんてもの、誰も本当は見たくなどなかった。きっと誰もが目を背けても、誰も非難などしない。そうして誰もが目を背けた世界を、僕は堕ちた地面に足を着けて自分の影を付け、傍観者でいるんだ。

「むしろ好都合かもしれないな。君を含めて全人類が見てないということは、つまり僕が見ていることを誰も気づかないし、僕だけが見れている」

 君を独り占めしてる気分だ、と言えば、彼は軽くも重くもない、日々と変わらない呆れた声をくれた。

「さっきの実の食い過ぎだ」

 溜息の長さまでも一緒。僕は思わず吹き出した。そうして君は、僕とはベクトルの違う角度で薬のせいにする。

「君がそう言うなら、そうなんだろうな」

 とてもリーダーらしく、とてもディーンらしい、僕への諦め。

 僕は握っていたディーンの手を持ち上げ、その指にキスをした。

「止めろ」

「これぐらい構わないだろ。むしろこれしかしないよ」

 もう一度、今度はちゅっ、とわざと音を立てて口付ける。そして彼の手を下げ、再び足元という定位置に戻した。手の甲を2度、子供をあやすように優しく叩く。

「君の感じてる時やイク顔が見えないんじゃ、せっかくのセックスも楽しみ切れないし。となると、ここで何をしたところで溜まってる精液を吐き出すだけの事務作業に思えないか。そんなのただの自慰と一緒だよ」

「知るか」

「まあ、君が僕以外の誰かを思って抱かれたいなら、協力するのはやぶさかではないけど」

「……いい加減黙れ」

 おっと、声が2トーン下がった。

「好きな人と話していたいのは自然なことじゃないか」

 尻の座りが悪いなりに、言わずにはいられない。僕の苦笑いが見えなくても、きっと声の弱さで知られているだろう。

 なら、これも【言わずにはいられない】。

「でももし君が、昔の僕に恋してくれたままだとしたら、……僕は失恋確定だな」

 すまないなディーン、僕が君に恋してしまったばかりに、君は抱えなくて良い面倒とついでに、僕が背負うべき罰まで被ってる。

 この通り今の僕は罪の意識に苛まれていないし、先ほども伝えたまま、この状況は怪我の功名としか思っていない。

 ここに来て一番長く感じた彼のだんまりを、ドキドキとして僕は聞く。その間、君から出るであろう耳に痛い返答を予想していたら、舌うちしか合っていなかった。

「ちっ、恋だなんだと、良い年して気持ち悪く語るな」

 是非を示す前に、君にだけは言われたくないな、それ。

それなりに浮き世名を流してきた君だから、ものすごく説得力無いんだよ。しかもまたリサとの約束を破って、一夜の戯れに興じたのも知っている。

要は、僕から逃げた答えなのだ。他のことには目を背けないくせに。

 僕はドアに深くもたれかけた。

 明度が上がるだけの朝も、一日の長さを痛感する昼も、心ごと沈む夜も、この深淵よりも深い闇でさえも、君は僕の想いに寄り添ってくれないのか。

 ならば僕も、君のとって望ましい言い返しをするしかない。

「大の大人がこうして手しか繋げられないんだ、夢と期待なんていう、都合の良い幸福ぐらい浸ってもバチは当たらないさ」

 とびっきり明るく、とっても軽く、調子の良いハミングで。

「手を繋いで輪になって、みんなと愛にシンクロすればハッピーだろ」

 そして君は、握る手を跳ね除けて、僕を蔑むんだ。

「っ、この、ヒッピージャンキーがっ」

 リーダーの怒声の反響具合からして、この部屋はさほど広くないと見た。

 

 

 

 

 

 数時間後。新聞紙一枚分だけのドアの隙間から、外の世界の明度が変わったことに気づく。

「リーダー、朝だ」

 転がってしまった、クコの実入りのケースを見つけて拾う。

「ああ」

 結局あれから会話は無いまま、適当に仮眠の取り合いをして終わった。

 この空間も、朝になればもう少し明るくなると思っていたのに暗いまま。これにはさすがに僕も困惑の息をつく。

「でもこのドアの下の隙間だけだな、暗いのは。どれだけ密閉されているんだここは」

 一夜明けたリーダーの判断と行動は迅速だった。

「僅かでも明かりがあれば十分だ」

 彼はずっと離さなかったサブマシンガンの、安全装置を外した。

 それからものの十分もかからずに、ドアは開いた。呆気なさに僕はまた、ここへ閉じこめられた時と同じような笑みが出そうになる。

 ねえ、君。たった一筋の光が多大な暗闇から救う道しるべとなるなんて、今の僕には恐ろしいよ。

 外に出て背伸びを一つ、寝心地の決してよくない場所での仮眠は腰にくる。廃墟の中を追いかけ、森の入口まで走ったのは覚えている。

 悪魔は味方も呼ばず、まさかの逃走で幕を閉じた。後は置いてきた車や装備が、無事なことを願うのみ。

「あ、リーダー」  

 前を歩く彼に声をかける。森はすぐに終わり、幹線道路へと出たところで足が止まる。

「昨夜のことだけど」

 話の途中なのに、肩ごしに無言で睨まれた。しかし僕は、飲み込まずに吐き出す。

「あれは、あの場所だからあった事っていうのは分かってる」

 僕はあえて言うことで、あの夜が実際にあったことだと、彼に黙認させる方を選んだ。

 僕の可視化されている言葉を、不可視にされたしね。

 何より、天使カスティエルへの、僕の嫉妬だよ。

 ディーン、僕は全ての生ける者が目を背けるこの世界が嫌いじゃない。僕は死ぬまで、世界を見続ける唯一の存在となるだろう。

「だからさ」

 秘密は何もかも、あの空間に置いてきて良いよ。

 ケースに残る赤い実も、すぐに消える。

 だから、さ。

「お互いに忘れようじゃないか」

 

 

 

*****

 

クコの花言葉「お互いに忘れましょう」

 


 
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