No.693586

しまのりんち5話

初音軍さん

普段と状況が違ったらどう行動するだろう。
迷惑かもしれないから距離を取るか、
それを感じながらも近づくか。
病気になれば寂しくもなれば辛さを強く感じる。
少なくとも平常の状態に保つことは難しい。

続きを表示

2014-06-13 13:18:47 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:896   閲覧ユーザー数:892

 

 

 その日は普段と違って頭がぼやっとして、集中して講義を受けることができず

隣にいた子たちからも早く帰ったほうがいいと心配される始末。

一区切りついた後、私は他の講義を休んで帰ることにした…。

 

【志摩子】

 

「ただいま~…あれ、乃梨子帰ってきてる?」

 

 少し大きめの声で聞くが返事は無い。でも玄関に置いてある靴は朝乃梨子が

履いていったのは覚えているから間違いない。

 玄関を上がって奥へ向かっていくが乃梨子の姿はない。

寝室へと足を進めると、ベッドの前で俯いたような感じで乃梨子が座っていた。

なにやらバッグに何か詰めているような。

 

「乃梨子?」

 

 私の言葉に大きく反応した乃梨子は慌てて立ち上がり私の横を通り過ぎようと

したのを私は腕を掴んで止めた。

 

「どうしたの?」

「実家に帰らせていただきます」

「どうしたの急に…私何か乃梨子に悪いことしたかしら?」

 

 いつもより元気のない声でそんな言葉を聞いた私は引き寄せて顔を覗き込んだ。

俯いていた乃梨子は切なそうで苦しそうで顔が赤くなっている。

 

「ちょっと顔を上げて」

「ん…」

 

 私の言葉に上目遣いに潤んだ瞳を見たらドキッと胸の中が高鳴った。

しかしその後すぐに様子が違う乃梨子を見て私は自分のと乃梨子の額を合わせた。

 

「熱い…乃梨子、熱があるのね」

「う、うん…志摩子さんにうつしたくなくて…」

 

 それでいきなりの実家発言だったのね…。

歩くのもギリギリなのに無理しちゃって。

乃梨子の人を思いやるところは好きだけど無理もしてしまうから心配になる。

 

 愛しい彼女の頭を軽く撫でてから、徐々に力が抜けていくのを感じて

私はベッドの上に運んでいった。完全に力が入らなくなってからでは

私一人だと不安だったけれど、乃梨子が素直に戻ってくれて助かった。

 

 そういえば乃梨子が熱を出すことは滅多になかったな。

それもここまで弱る姿を見ることはなかった。

 

 少しの間顔を火照らしている乃梨子を見ていて思った。

薬とか飲み物とか用意したいけれど今この場を離れにくい。

 

 携帯を取り出してお姉さまに連絡を取った。

薬と栄養のつきそうなものを頼むと積極的に受けてくれた。

 

 その後、私は私でおかゆを作ろうと立ち上がろうとした時。

乃梨子の手が私の手を掴んで離さなかった。ぼーっとした表情のまま

うなされるまではないけれど寂しそうに私の名前を呟いていた。

 

「しまこ…さん…」

「乃梨子…」

 

 苦しそうにしているのにちょっとアレかもしれないけれど

必死に私を求めている乃梨子の姿を見ていたらたまらなくなっていた。

 

「しまこさぁん…」

「乃梨子、大丈夫よ」

 

 しばらくお互いの名前を呼び合ってから、何かを求めようとする乃梨子を見て

私は思わず目の前にある柔らかそうな唇に自分のを重ね合わせた。

 

 熱をもった唇がいつもとちょっとちがっていてドキドキする。

でも苦しそうにしている乃梨子をしばらく見てると罪悪感の方が強くなり

掴んでいた手も離れたことだし、おかゆを作ることにした。

 

 それにしても風邪を引くと可愛さが増すというのは本当だったようだ。

情報源は令様や祐巳さんだったりするのだけど。

 

 胸のドキドキが収まるまで時間がかかって、おかゆが作り終わるまでの間

ずっと乃梨子のことを意識して、あの色っぽい表情が脳から消えることはなかった。

 

 

「どう、乃梨子ちゃんの様子」

「ゆっくり休めば大丈夫だと思います」

 

「それはよかった」

 

 一息吐いたところでインターホンの音が鳴って玄関からドアを開けると

お姉さまが頼んでいたものを買ってきてくれた。

 せっかくだからお茶でも出していきたかったけれど、うつすと申し訳ないし。

お姉さま自身も用事があるとかで玄関先でいくつか話をしたら帰っていった。

 

 その話が本当かはわからないけれど、乃梨子のためにこうして時間を割いてくれて。

乃梨子を本当に可愛く思ってくれてるのだろう。本当に…優しい人。

 

 昔は精神面でよく支えてくれて当時は今の乃梨子に対する気持ちに近いものがあった

けれど今では家族と同じくらいの距離にいて心地良い。

 

 私が本当に困った時、背中を押して欲しい時にはいつも傍にいてくれた。

言葉は遠回しでも気持ちで通じ合っていた。まるで姉妹のように。

 

 乃梨子とは逆の感覚。逆だからこそ、私は乃梨子のことを理解しようとして

その気持ちや執着が好きに繋がったのかもしれない。

それはもちろん両想いあってのことだけれど。

 

 袋の中に入っていた冷えピタを乃梨子の額に貼って寝ている乃梨子の汗で濡れた

髪の毛を宝物に触れるよう優しく撫で、愛でていた。

 

「私に遠慮しないで、私の知らない貴女をもっと見せて…」

「ん…志摩子さん…」

 

「私は傍にいるわ…」

 

 起きてるのか寝言なのかわからない乃梨子のうなされたような声に混じった言葉に

私は答えて乃梨子の手を握った。しっかりと…強く…。早く元気になってって想いながら。

 

 

 どれくらい乃梨子を見ていたのかわからなくなった辺りで乃梨子が起きたのを

確認すると作っていたおかゆを温めて乃梨子に渡した。

 

「んー、志摩子さんの作ったおかゆ美味しい~!」

「ふふ、よかったわ」

 

「あ、でもごめんね。一人で治そうと思ってたのに。思い切り甘えちゃって」

「いいのよ。乃梨子は普段しっかりしすぎるくらいなんだからたまには甘えなさい」

 

「うん…」

「本当はあーんとかさせたかったくらいよ」

 

「え~、それは嬉しいけど恥ずかしいよ」

 

 笑いながら少し赤らんでる乃梨子が愛おしい、ゆっくりと器から口に運ぶ動きも

私にジッと見られて少し食べにくそうにしているところもみんな可愛い。

それから薬とか色々をお姉さまに買ってきてもらったと嬉しそうに伝えた時に

ちょっと嫉妬混じりの複雑な表情をするのも全部…全部愛しかった。

 

「たまには私にも頼ってよね」

「乃梨子には十分頼ってると思うけれど」

 

「そうかなぁ…、何でも自分でこなしちゃうから志摩子さん」

 

 むくれる乃梨子、私はベッドの上の空いてるスペースに座って乃梨子との距離を

縮める。顔と顔の距離がとても近い、いますぐにでも触れてしまいそう。

 

「風邪うつっちゃうよ、志摩子さん」

「じゃあ風邪うつったら乃梨子に看病してもらおうかしら…」

 

「…ほんと志摩子さんて時々子悪魔だよね」

 

 笑いながらそう言う乃梨子が続けて声を落としてボソッというのを

私は聞き逃さなかった。

 

「そういうところも好きなんだけど」

 

 と言っていた。顔が緩んでしまいそうなのを抑え乃梨子の頬にキスをした。

顔が熱くなって本当にうつるかもしれないと思っていたけれど

普段からしっかり管理できているからその後、乃梨子に看病してもらう状況は

来なかった。

 

 でもちょっとは乃梨子に看病してもらいたかった気持ちはあったけれど

苦しいことよりも愛しいことがあったほうが良いから滅多に来ないその日に

乃梨子のお世話になってもらおうと思った。

 

「どうしたの、志摩子さん?」

 

 あれから全快した乃梨子と二人で借りたDVDを背の低いソファで重なるようにして

見ながら、あの日のことを思い出したのを伝えてから一つ乃梨子に質問をした。

 

「私がもし乃梨子と同じように実家に帰りますなんて言ったらどうする?」

「死んじゃう」

 

 笑顔で言い放った乃梨子に私も頷いた。私も同じ気持ちだったのよって。

重い意味ではないその言葉には愛情が篭っていてしっかりと相手の気持ちを

確かめることができた。

 

 なんでもないこの大切な一日を、私たちはゆっくり味わうように一緒に

噛みしめあうのだった。

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
2
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択