No.687615

ALO~妖精郷の黄昏~ 第22話 ルーリッドの生活

本郷 刃さん

第22話です。
アンダーワールドのルーリッドの村での風景です。
展開はそこそこ早くしていきますのでよろしく。
どうぞ・・・。

2014-05-18 14:32:27 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:9124   閲覧ユーザー数:8327

 

 

第22話 ルーリッドの生活

 

 

 

 

 

 

 

ユージオSide

 

普通なら、見知らぬ人にいきなり出くわしたら警戒するものだと思う。

特に、田舎も田舎である僕の住む村の近くに、僕と大して変わらない年齢くらいの男の子が現れて、

しかも真っ黒な衣装に体を包んで剣まで背負っているときた。

警戒しない方が可笑しい…そう、普通なら。

だけど、僕が彼に感じたのは尊敬の念と、懐かしいという気分だった。

 

名前を教え合ってから、僕たちはお互いの境遇を話した。

彼、剣士でありながら旅をしているというキリトは、この世界を知るために旅をしているって言った。

自分が知らない事を人に聞いて知るだけじゃなくて、自分の目で知る為に旅をしているって。

剣士としての腕を磨いているのは、自分の身と大切な人を守れる力を欲しかったからとも聞いた。

凄いと思った…僕と同じ年齢で、天職を授かった年にそれを終わらせて、

しかもずっと旅を続けていて、好きになった女の人とは婚約までしているなんて。

規格外だとしか思えないけど、何故だか納得できてしまった。

 

今度は僕の話になった。

ルーリッドの村のこと、幼馴染のアリスのこと、

彼女が連れ去られてしまったこと、いつかアリスを探しに央都へ行きたいってことも。

自然と口から出てきて、キリトはそれを何故か寂しそうに、

だけど真剣に最後まで聞いてくれて、それが嬉しかったりした。

 

そのあとは美味しくもないパンを、食事の用意が出来なかったキリトと分けて食べて、

彼がそのお礼にって僕の天職を手伝ってくれた。それを見てとにかく驚いた。

『竜骨の斧』を軽々と片手で持ち上げて、そのあと両手で持ってから切り目に向けて斧を叩き付けると、

一気に切り目が奥まで刻まれていた。

たった一撃、だけどその一撃は僕が6年も掛けて刻んだものを一瞬で上回ったから。

僕のいままでの苦労って一体…。

 

そんな時に彼から言葉を掛けられた、アリスを探したいかって。

戸惑いながら答えるとハッキリと応えるようにまた聞かれて、だけど今度はハッキリと答えた。

すると今度は提案を持ちかけられた…キリトを村に宿泊できるように取り計らう代わりに、

僕の天職の手伝いと、キリトが使っている流派の剣術を教えてくれるというものだった。

僕にとっては願ったり叶ったりのもので、

キリトから剣術を学べれば剣士になって『ザッカリアの街』の衛兵隊に志願できるかもしれない。

 

そうすれば、央都に上がって『整合騎士』になることも夢じゃない。

そうなれば、アリスにも会えるかもしれない。

キリトは目で問いかけてる、どうするのか?って…。

それにアリスのことが好きなのかとも聞かれた。

勿論、嫌いじゃないし、好きなのは間違いない。

ただ、女の子としてアリスが好きなのか、友達としてのアリスが好きなのかが分からない。

でも、やっぱり彼女が好きで、僕はどうしてもアリスを探し出したい。

そう言うと、キリトはそれなりに満足そうに了解してくれた。

 

明日から剣術を教えてもらえることになった。天職を熟しながら教えてくれるらしい。

ギガスシダーの樹を切り進めて下手に早く切り倒してしまったら、

キリトが怪しまれてしまうかもしれないからということみたいだ。

僕以上に気を遣っている彼はなんだか大人っぽくみえた。

そして、僕たちはルーリッドの村へと向かった。

 

 

森の出口にある物置小屋に斧を置いた時、僕はその中にある細長い革製の袋を目の端に見た。

あの中に入っている物を思い出して、同時にキリトが持っていた黒い剣も思い出す。

それに興味が湧いたからかな。

 

「キリトのその黒い剣、見せてもらってもいいかい?」

「あぁ、構わないぞ」

 

彼は快く背中にある剣を抜き放って僕に見せてくれた。

黒一色の剣、だけど力強さを感じるそれにはなんだか凄みも感じた。

まるで歴戦の戦士の武器みたいで、同時にこれは『神器』の1つなんじゃないかとも思えてきた。

 

「持ってみるか? 俺にはもう軽くなってきたが、アスナは相当重いと言っていたけど」

「えっと、それじゃあ少しだけ……うわぁっ!?」

 

ガシャァンッ、そう大きな音を立てて剣を落としてしまった。

僕が持っている包みの中身、アレも重かったけれどキリトの剣はそれ以上に重かった。

それを、あんな風に軽々と片手で…。

 

「ご、ごめん、キリト! 大切な剣を…」

「いや、大丈夫だ。それよりも怪我はないか?」

 

剣を大切そうに持ち直しながらも、僕のことも気遣ってくれた。

剣はあとで手入れをするというから、本当に大丈夫らしい。

何時かは僕もキリトのように剣を軽々と振れるようになるのかな?

そう考えながら、僕はキリトを連れて小さな丘の上にある村へと案内した。

 

ユージオSide Out

 

 

 

 

キリトSide

 

「おつかれさま、ジンク」

「ユージオか、おつかれさま。ところで、そいつは誰だ?」

 

ユージオに案内されて村へと入った俺は門の隣にある衛士の詰所へと入った。

そこに居たのはユージオと同じ年のジンクだった。

ユージオが俺のことを説明すると胡散臭がられたが、

『エリュシデータ』を渡してみるとあまりの重さにユージオ同様に驚いた様子を見せ、

しかし俺が軽々と片手で持ち上げて背中の鞘に納めたことで今度は驚きと尊敬の念を送られた。

 

詰所を後にしてから教会へと向かう途中では、少なからずいた村人達から話しを聞かれ、

ユージオが説明し、俺が剣を用いて剣士である証明をするなど、大分手間が掛かった。

そんなこともあり、教会へと辿り着いたのは陽が沈みかけてからだった。

教会に住む修道女のシスター・アザリヤにユージオと共に説明をした。

泊まる場所がないので、教会の仕事を手伝う代わりに泊めてもらえないか、と。

剣士ということもあるので難しいかもしれないと思った俺の心とは裏腹に、シスターはこう言った。

 

「構いませんよ。確かに貴方は剣士かもしれませんが、貴方の眼を見れば悪い人ではないということくらい分かります」

 

今度はこちらが驚かされたというべきか。けれど、逆にその言葉で安心できた。

やはり世界は世界、変わらないこともある、そういうことだな。

明朝に会うことをユージオと約束してから彼と別れ、俺は教会へと招き入れられた。

 

教会に住む最年長の少女セルカと彼女を含む6人の子供を紹介されてから食事を取ることになった。

しかし、問題はその後…子供たちから質問攻めにあうことになった。

まぁ適当にこんな魔物や獣と戦い、こんな場所があった、ということを話して躱してみせた。

その後、男の子3人と共に風呂に入り、簡単な掃除などを手伝ってから俺は解放されることとなった。

 

「これ、枕と毛布です。寒かったら奥の戸棚にも入ってますから使ってください。

 朝のお祈りが6時、食事が7時ですので出来るだけ起きておいてくださいね。

 あ、あと、消灯したら外出は禁止なので気を付けてください。他に聞いておきたいことはありますか?」

「いや、十分だよ。ありがとう、セルカ」

「いえ。それじゃあお休みなさい」

「ああ、おやすみ」

 

パタンと扉を閉じて自分の部屋へ戻っていったセルカ、彼女はアリスの妹のはずだ。

当時の彼女はもっと小さかったが、俺が関われなかったこの世界の数年間で随分と成長していた。

まぁ、それはユージオとジンクも同じなのだが…。だがセルカは、やはりアリスに似てきたと思う。

俺の部屋にと宛がわれたのは教会2階の空き部屋、貸してもらった服に着替えてからベッドに腰掛け、

今日のことを思い返す。

 

 

『フラクトライト』、その精神原型と名称されている『ソウルアーキタイプ』から生まれ継いできたこの世界の住人たち。

今日1日、彼らを見て俺が思ったのは3つ。

 

1つ目は純粋に“喜び”。

研究者としての一面がある俺個人の、そして共にこの計画に携わってきた菊岡や凜子さんやタケル、

他の研究者たちなど彼らの苦労や夢が報われたと、そう思った。

真に生きているともいわれるこの世界の住人たちを見れば、それが実感できる。

 

2つ目は“困惑”。

これは普通に生ける者としての考え。果たして、あまりにも厳しい法に縛られる彼らに、

そしてその厳しい法が当然だと思っている彼らは本当に自由だと言えるのか。

しかしそれは俺には言えないことだと思った。

俺たちの生きる現実世界こそ、もしかしたら“外側から誰かが見ている箱庭”なのかもしれないのだから。

ま、これも『悪魔の証明』でしかないが…。

 

そして3つ目、これは“恐怖”である。

これは武を学び、生ける1人の人間として感じたこと。

このVR世界の研究者である以上、必ずぶつかるであろう考えの極致。

世界と生命の創造、果たしてそれを人の身で成し得てしまって大丈夫なのか。

勿論、既に凜子さんやタケルと話し合い、意見を交わし合ったことでもある。

それでも、俺には結局なにが正しいのかは分からない。

しかし、2人の人間が破滅したことは間違いない。茅場晶彦は世界の創造後、自身の死を以て旅立ちと償いとした。

須郷伸之はこの極致に至らず、悪魔の実験を行い、自らを破滅へと導いた。

俺という人間の夢もまた、破滅へと続いているのかもしれない。

 

それらの考えが頭の中を駆け巡るも、いま考えてもどうしようもないと割り切ることにした。

どうせ、そんなことは“神のみぞ知る”だからな。

 

「明日から、頑張ろう…」

 

そう呟き、ウインドウを使いランプの光を消してから眠りについた…。

 

 

 

 

翌朝、時間を告げる鐘の音を聞き、眼を覚ました。

昨日着用していたALOの防具、それをコートだけ着ずに着用して、剣を持ってから外へ出た。

井戸から水を汲み、顔を洗う。

それから型を取り、剣を振るう……幾時が朝の鍛練を続けていると人の気配を感じ、

裏口が開いてシスター・アザリヤとセルカが姿を現した。

 

「おはようございます。シスター・アザリヤ、セルカ」

「おはようございます、キリトさん。朝早くからご熱心ですね」

「おはようございます。それにしても、ホントに剣士なんですね…」

 

挨拶を交わし、セルカの言葉に苦笑する。

その反応を見たセルカは俺が気分を害したと思ったようで慌てて謝ってきたが、気にしていないことを伝える。

確かに、ユージオと対して変わらない俺が本当に剣士なのかとは気になるだろう。

実際に戦っているのを見たわけでもないし。

 

そうして現実世界でも日課である鍛練を終えてから、1階の礼拝堂へ向かい、

朝の6時になったところでみんなと共に礼拝をおこなった。

厳かな礼拝のあとはシスターや子供たちとの賑やかな朝食となり、

それが終わると俺は洗い物を洗う手伝いと重たい荷物を運ぶ手伝いをした。

残りの仕事はここに住む孤児の子供たちの仕事なので彼らに任せ、

セルカもシスターと共に神聖術の勉強ということで書斎に篭ってしまった。

というわけで、俺はユージオと会うために教会前の中央広場で彼を待つことにした。

 

 

そして朝8時を告げる鐘が鳴ったと同時に亜麻色の髪を目立たせてユージオがやってきた。

 

「おはよう、ユージオ」

「おはよう、キリト」

 

言葉短かに挨拶を交わしてから、俺たちはギガスシダーのもとへ向かう。

途中、彼から旅のことを色々と聞かれたので、まぁ事実も織り交ぜながら適当に答えた。

物置小屋から『竜骨の斧』を取りだし、ギガスシダーへ斬り込む仕事を始める。

ユージオ1000回、俺1000回、それを午前午後の500回ずつにわけての作業。

ユージオの1000回は微々たる結果なのだが俺の1000回は凄まじく、相当な深さを斬り進めた。

 

「それにしても、本当にいいのかなぁ? 手伝ってもらっちゃって…」

「いいんだよ、別に。禁忌目録に書かれているわけじゃないし、掟で定められているわけでもない。

 なら何も問題はないということだ」

 

堂々と言い切る俺に引き攣った笑いをしているユージオだが、

世の中ギリギリで済ませなければ旅は出来ないというと納得してくれた。

朝の500回分をそれぞれ終えてから、昼飯となったのでユージオが俺の分のパンも用意してくれたのでそれを貰い受けた。

 

すると、ユージオはアリスの話を始めた。

アリスが作るパイ、こちらではまだ聞いていないアリスとセルカの関係、セルカが頑張り過ぎているわけ、

3年前に起きた流行り病で死んだ人たちとその人たちの子供たち、獣の群れが人を襲い、

ゴブリンの集団が現れているということなど、現在のルーリッドについてのことを知ることができた。

あらためて、こちらの世界の俺が消えてからもそれなりの出来事が起こっていたんだな…。

 

「そういえば聞きたいと思っていたことがあるんだが、この村には竜骨の斧以上の斧はないのか?」

「生憎、この竜骨の斧以上の斧はこの村にはないよ………ただ、剣ならあるよ」

「剣? どんな?」

「この村にある神器『時告げの鐘』と同じで、多分その剣も神器だと思うんだ。

 ちょっと持ってくるから、キリトは先に午後の分を始めてくれないか?」

 

ユージオの言葉を承諾し、俺は午後の分の500回を叩き始めた。

しばらく竜骨の斧を振り、ギガスシダーを切る作業を行っていると、

多量の汗を流したユージオが細長い革製の袋を引き摺りながら戻ってきた。

あまりにも疲労困憊な様子だったので、シラル水を渡した。

 

「これがその剣か…開けてもいいか?」

「か、構わない、よ…キリトなら、大丈夫なはず…だけど、一応……気を付けて…」

 

なんでも竜骨の斧を収納しているあの物置小屋に置いているらしく、あそこから持ってきたという。

途切れ途切れに話す彼にお疲れ様と声を掛け、帰りは俺が持っていくことを告げると心底ホッとした様子をみせた。

封をしてある紐を解き、中から1本の剣が姿を現した。

 

現れたのは長剣で、その姿は美しいものである。

柄は精緻な細工が施された白銀製、握りは綺麗に白い革が巻かれており、ナックルガードは植物の葉と蔓の意匠で、

握りの上部と白革の鞘には煌く青玉で薔薇の花の象眼が施されている。

 

かなりの年代物、それでいて名剣と呼べる代物である。

そしてこの剣は、この世界での俺の記憶にもある剣で、果ての山脈で眠っていた剣のはずだ。

銘についての心当たりはあるが俺自身はここの村は初めてということなので、一応聞いておいた方がいいかもしれない。

 

「この剣の銘は分かるか?」

「本当の銘かは分からないけど、このルーリッドに伝わるおとぎ話では『青薔薇の剣』って呼ばれているよ」

 

やはり俺の推測に間違いはない。

 

『ベルクーリと北の白い竜』。

300年前、この土地に村を開拓した初代の入植者の中に居た剣士ベルクーリ。

彼の冒険譚の1つで、果ての山脈を探検しに出かけたベルクーリが洞窟の奥深くにある、

人界の守護者である白竜の巣に迷い込んでしまう。

昼寝をしていた白竜に見つからないように巣から帰ろうとしたところ、宝の山の中にある1振りの剣を見つけ、

欲が出た彼はそれを拾い上げて持ち帰ろうとする。

しかし、いざ剣を持ち上げてみると、たちまち足元から青い薔薇が生え、ベルクーリの足に巻きつき、彼を転ばせた。

その音に気付いた白竜は目を覚ましたものの彼を許し、ベルクーリは村に帰る事ができたというおとぎ話だ。

 

そのおとぎ話に出てきたのがおそらくこの剣。

俺は青薔薇の剣を振るう……重さはエリュシデータ以下、

けれど性能はほぼ変わらないか、あるいはそれ以上かもしれない。

どちらにしてもかなりの業物か…。

俺はともかくユージオにとってはかなりの重量。

それが何故ここにあるのかを聞いてみると、なんでも一昨年の夏から安息日ごとに少しずつ、

森の中に隠しながら運んだらしく、3ヶ月も掛かったとのこと。

ユージオ本人は何故そんなことをしたのかは自分でも解らないということだが、

俺はアリスへの想いから来ているものだと理解できた。

 

「それにしても、ホントに凄い剣だな。人の手で造られたものじゃない…」

「キリトもそう思う? やっぱり、神器ってことだよね…」

「同感だな。ところでユージオ」

「なんだい?」

「ギガスシダー相手に試し切りしてみてもいいか?」

「……え゛?」

 

呆然とするユージオをスルーして剣を構え、切れ目のないところへ向けて振り抜いた。

すると、強烈な音と共にギガスシダーにかなり深く、それでいて綺麗な切れ目が出来てしまった。

 

「うはぁ~…」

「うそ~…」

 

俺自身そこそこ驚きながら、ユージオに至っては昨日以上の驚き様である。

 

「ま、問題無いだろ。禁忌目録に指定されてるわけでも、掟にあるわけでもない。

 斧以外で切ってはならないという決まりがないなら、今後のユージオの目標はこの剣でギガスシダーを切ることだな」

「いやっ、無理無理無理っ!?」

「できる。というよりも、この剣を振れるくらいにはなってもらわないと、剣術も碌に教えられないし、

 ましてやアリスを探しに行くのも不可能だ」

「っ……分かった…」

 

そう言い放つとユージオは悔しそうな表情をしたが、すぐに真剣なものへと変える。

 

「それじゃ、今日の分の天職をこなしてから稽古といきますか」

「うん!」

 

俺たちは残っている今日の分の仕事を終わらせてから、ユージオの修行を始めた。

 

 

この世界で力を上げたいのであれば、それは魔物やはぐれ魔獣、

禁忌とされている殺人を行うなどして、自身の力にするしかない。

言うなれば経験値の取得によるレベルアップだ。

 

一応、年齢を重ねたり、稽古を重ねて剣術などを反復練習することで剣術の強化、

つまりスキルの習得や練度の上昇があるが、それに伴い筋力なども僅かだが上昇する。

現在のユージオでは魔物や魔獣の討伐は余程のことがない限り不可能であるため、

まずは長めの樹の棒を用いた素振り稽古や俺が使用するソードスキルの練習と反復使用である。

なお、この世界では『アインクラッド流』ということにしている。

夕方が迫り、キリの良いところで修行を終わらせて帰宅の路につく。

 

「す、すごく、疲れたよ…」

「まずはこれくらいで音を上げないようしないとな。

 『青薔薇の剣』を持てるようにはならないと、本格的な立ち合い稽古ができないし」

「は、ははは…。大変そうだけど、やるしかないよね…」

 

疲れ切ってはいるものの、やる気が損なわれていないのは手に取るようにわかる。

やる気に満ち溢れ、目標であるアリスの捜索に意欲が湧いているようだ。

 

 

 

 

ユージオと別れ、教会に戻ってきた俺は教会のみんなと食事を済ませたあと、

シスター・アザリヤとセルカ、それに2人の女の子が入浴を済ませたあとに、

昨日と同じで3人の男の子と入浴を共にした。

先に上がっていった3人を見送り、俺は1人ゆっくりと風呂を堪能する。

こちらでは早くも2日が経過しようとしているが、現実世界ではまだほとんど時間が経過していないはず。

それでも明日奈やユイ、他のみんながどうしているのか気になるのはどうしようもないことかもしれない。

 

「まるでホームシックの子供だな…」

「あれ? まだ誰か入ってるの?」

 

自嘲気味にそう呟いたところで、脱衣所に繋がるドアの向こう側からセルカの声が聞こえた。

返事をしてから彼女に少し聞きたい事があると伝え、俺が使用している客間で話しをすることになった。

 

部屋に戻るとセルカがベッドの上で腰掛けていた。

こんなことを明日奈に知られでもしたら一体どうなることやら…そう考えてから苦笑し、俺は彼女の隣に腰掛けた。

 

「それで、聞きたいことってなんですか?」

「単刀直入に聞かせてもらうけど、ユージオとキミのお姉さん、アリスのことだ」

「え…?」

 

驚いた表情を浮かべているセルカに俺は話を続けた。

ユージオからアリスのことを聞いたことも話し、知りたいことがあると彼女に言う。

するとセルカは少し意外という表情と同じく少しの驚きの様子もみせた。

 

彼女曰く、ユージオが姉のことを忘れていなかったのだ、と。

アリスとセルカの両親も、シスターも、村の人たちも、

アリスが居た痕跡を綺麗に片付けてから彼女のことを一言も話さなくなったという。

そのため、ユージオもアリスのことを忘れてしまったのではないかと、そう思っていたらしい。

 

また、ユージオが笑わなくなったとも言った。

昔は良く笑い、笑っていない時を見つける方が難しかったという。

確かに、俺の中にあるこちらのキリトの記憶でも彼はいつも笑顔を浮かべていたな。

だがこちらでユージオと会ってからというもの、俺の前では自然体で感情を押し殺しているような様子はみられない。

 

「なるほど……ユージオのそれは、罪悪感からだろうな」

「罪悪感って、どういう意味…?」

「神聖術が優秀で、誰からも愛され、次代のシスターとして期待されていた彼女が居なくなる理由を作り、

 助けることもできなかったという罪の意識、ユージオの根底にはそれが根付いていると思う。

 分からない理由じゃないな…」

「そんなの、ユージオのせいじゃないのに…」

「そうだな。それでも、そう思わざるを得ないのは確かだ…」

 

確かにユージオのせいではない。

それに罪悪感ならば俺の中にもある…この世界の俺ならば、止めることもできたかもしれないのに…。

結局のところ、誰かが悪いわけではない。

偶々、あらゆる事象が重なった結果なのだから。

 

「ユージオはいまでもアリスのことを一番に思っているんだろうな」

「そう、なんですね……やっぱり…」

 

俺が何気なく呟いた一言に、寂寥感と共にポツリと零したセルカ。

そんな彼女に何か言葉を掛けようと思った時、セルカは少し張り詰めたような声を響かせた。

 

堪らない、と。

父も母も、口には出さないが居なくなった姉と比べては溜め息を吐き、

シスター・アザリヤでさえ神聖術を教えながらも姉と比べている。

ユージオも、姉を思い出すからと自分を避ける。

自分のせいではない、自分は姉の顔でさえ覚えていないのに、と…。

 

小さな体を震わせ、涙を零す彼女の言葉。

その1つ1つを見て、やはり彼女も生きている1人の人間なんだと理解できる。

 

「泣きたい時には泣くといい。そうじゃないと、いつか泣けなくなってしまうからな」

「……うん、ありがとう…」

 

ユイにやるように頭を撫でると、涙を指先で拭いながら微笑みをうかべたセルカ。

 

「キリトさんの言葉、凄く身に沁みました」

「それは良かった。ま、俺だってアスナの前では泣いてばかりだからな」

「アスナ、さん?」

「俺の恋人で婚約者だよ。故郷に残してきた、大切な女性だ」

 

旅の剣士であることは話したが、婚約者がいることを話していなかったので相当驚いたみたいだ。

 

「ともあれ、セルカ。キミは無理に頑張ることも、お姉さんのことを真似る必要もない。

 セルカはセルカだ。キミは自分にできること、自分にしかできないことをすれば良いんだ」

「そう、ですね…。あたし、姉様だけじゃなくて、自分からもずっと眼を背けていたんだ。

 ホントに、ありがとうございました」

 

再び彼女に言葉を伝え、セルカ自身も色々と考えることが出来たらしい。

そこで夜の9時を告げる鐘が鳴り、そろそろお開きにしなければならなくなった。

そこでセルカが結局聞きたいことは何かと訊ねてきた。

 

「セルカ。当時のキミは幼かったかもしれないけど、セルカ自身からみたアリスという人はどういう人だった?」

「そうね……顔は覚えていないけど、優しくて明るくて…。あ、だけど不思議な感じはしたかも…」

「不思議?」

「ええ。いま思えば、なんだか自分とは違うなって思わされるような…」

「そうか……いや、ありがとう。色々と参考になったよ」

 

彼女に礼を告げ、セルカが部屋に戻るとなった時、唐突に問いかけられた。

自分は知らないけれど、姉が整合騎士に連れて行かれた理由を教えてくれないかと。

俺はそれぐらいなら構わないと思い、果ての山脈を抜けて闇の国の土に手を触れてしまったからと、そう伝えた。

そして明日は安息日であるが礼拝はいつも通り行われることを伝えてからセルカは戻っていった。

 

彼女が言っていたアリスのこと。

不思議な感じがする、という言葉。それを考えるにやはりアリスには何かがある、そう思ってならない。

それは科学者として、また武人としての勘であり、『アリシゼーション』に直結していることが考えられる。

 

「少しずつ、分かってきているのかもしれないな…」

 

そう呟いた時、ふと先程のセルカの表情が頭を過ぎった。

姉が連れ去られた理由を知った時の何かを考えている表情、嫌な予感がする。

明日、もう1度セルカと話しをした方が良いかもしれない。

そう考えてから、俺は襲ってきた微睡みに身を任せた。

 

 

だが、俺はこの時のことを大いに反省することになることをまだ知らなかった。

 

キリトSide Out

 

 

 

To be continued……

 

 

 

 

 

あとがき

 

まずは日常回に近い話しにしてみました。

 

UW編を読んでいない人や忘れている人の為に簡単な説明回にもしています。

 

そして気付いた人もいると思いますが、シスター・アザリヤもセルカもキリトに対して敬語です。

 

旅の剣士、さらに高貴かつ大人な雰囲気を醸し出すキリトさんのオーラの影響ですw

 

ちなみに次回でルーリッド編は終わりますのでよろしくお願いします。

 

それではまた・・・。

 

 

 

 


 
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