No.684208

運・恋姫†無双 第二十四話

二郎刀さん

面白い作品を見ると、自分も!と創作意欲が沸き立ちます。感謝感謝。
さてそれでは運び屋の『愛しのあの子を振り向かせようぜ作戦!』が始まる!
ネーミングセンス?キニスンナ。

2014-05-05 21:33:48 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:1813   閲覧ユーザー数:1531

運良く、周瑜から孫権への手紙を運ぶという仕事が与えられた。

内容は知らないが、渡され方からしてそんな重要なものでは無いだろう。

しかし、紗羅にとって重要なものだった。

上手く使えば、孫権と面識を持つ事が出来るだろう。

周瑜には悪いが、個人的な我侭で手紙は利用させてもらう事にした。

周瑜も周瑜で、紗羅を抱き込もうとしている気配を見せる。

監視の目を気にせず行動できる紗羅の存在は、周瑜にとって欲しい存在の一つのはずだ。

 

まず、どこから始めるか。

普通に行けば、役人などに渡してそこから孫権に渡るのだろう。

それでは駄目なのだ。

自分が直接孫権に会って渡す事。

それが第一と考えた。

運び屋として行くより、客人として行った方が会う事は容易いだろう。

客人として会い、こっそりと渡す。

隠す必要はない手紙だが、そうする事で使える奴だと興味を持たせることが出来るかもしれない。

それを考えた時に、馬鹿馬鹿しい気持ちになった。

 

客人として会うには、陳宮と作り上げたものが役に立つだろう。

孫権のいる街で、張世平の伝手で小さな店を構えたのだ。

初めはただの露店から始めていたが、陳宮が商売の才覚を発揮させていた。

最初は商人の真似事と思ってやっていたのが、意外に上手く出来ている。

店では、露店の頃から魯喬と紗羅は名乗っていた。

扱うものは、娯楽品などの物だ。

ただ、店を構えたは良いが、規模が小さいのであまり在庫を置くことが出来ないでいる。

陳宮はどうにか大きくしようとしているが、収入の多くを紗羅は賄賂に使っていた。

最初に店に来た客人は役人で、何も買わずに賄賂だけを要求してきた。

それが当たり前だと言う態度に怒った紗羅は、差し出された腕を叩き斬り、すぐに軍人が捕まえに来た。

その時の隊長に、露店商にしてはちょっと信じられない額の賄賂を贈ると、人違いだったと言って見逃してくれたのだ。

聞いた話では、その事件の犯人は捕らえられたらしい。

 

露店から店を構える様になってからは、役人に贈る賄賂も増えている。

末端の役人に贈るより、それらの上官に直接渡すようにした事によって、この店には手を出さないという暗黙の了解をとる手段を使った事があった。

それでも紗羅は、店に来る役人にもたまに賄賂を贈っていた。

それで店は役人から人気がある。

ただ、舐めきった態度で来る者は容赦なく叩き伏せた。

賄賂さえ用意していれば、それで捕まえられるような事も無い。

加減を間違えて殺してしまった時でさえ、取り調べを受けただけでその日の内に帰れたのだ。

腐敗しているとはこういう事だろう。

賄賂を使う事で、見えてくるものもある。

 

これは孫権に会う方法に使えるかもしれない、と紗羅は思った。

魯喬として孫権のいる城に入り手紙を渡す。

城には賄賂次第で出入りできるだろう。

用意せねばと思って、全てが馬鹿馬鹿しくなった。

こんな面倒な手順を踏んで手紙を渡すのか。

しかし、自分が孫家に食い込める機会とでも捉えられるのだ。

ここまで考えて、孫権に会って何がしたいのか、というのがわからなくなり始めた。

独立の話をしたいのか、それとも自分の想いを打ち明けたいのか。

どちらともやりたい事だった。

だからまずは会わなければならない。

そのための面倒な手順だ。

妖術を使えば、簡単に城に入れるだろう。

その欲求を、紗羅はなんとか振り払った。

妖術に頼りきってしまうというのが気に入らないのかもしれない。

未だに、どこかで自分のものではない、別のものだと思ってしまっているのか。

妖術がなくても、という気持ちがあるのは確かだろう。

ともかく、まずは賄賂を用意する事だ。

陳宮に何か言われるだろうが、それについては気にしない自信がある。

いつも賄賂を贈っている役人に口利きをしてもらい、献上品と称して城に賄賂を贈ることになった。

名目上は、城主に目通りする事になっている。

献上品は店からの収益などだが、大半は賊徒を襲って奪った物である。

城門の門番に献上品を言う前に、いつもの役人が出てくる。

賄賂を受け取る時は少し申し訳なさそうにして、気さくに話せている相手だ。

賄賂を取る役人が全て非道な奴という訳ではないということも、当たり前の事だったが、賄賂を使って改めて知れた事である。

前方から役人の集団が向かってきた。

荷車から袋を取って、目の前で拝礼する。

 

「魯喬と言います」

 

それだけを言って袋を差し出す。

受け取って中身を見た役人が、明らかに狼狽えた。

 

「顔を上げられよ、魯喬殿。あの献上品の方であろう?」

 

「はい。西の一角に、小さくではありますが、店を開かせてもらっている者です」

 

「なんと、まだ子供ではないか」

 

「若い、と言ってほしいですね。若輩者ですが、どうかお見知りおきを」

 

自分は、顔を覚えてもらおうと必死になっている子供だと思われているのか。

去っていく集団を見送りながら、紗羅はそう思った。

自分の歳も、そういう事に利用できる。

城では、まず部屋に案内された。

多忙な方なので、準備ができるまで待ってほしいという説明だが、そんな筈は無かった。

民からの評判は、当たり前のように悪い。

しかし、民からの評判が悪いというのは自分の店も同じだった。

役人から人気があるという事は、そういう事に繋がる。

扉が開かれ、紗羅は立ち上がった。

軍人らしき人物が兵士を連れて入ってくる。

 

「魯喬と申したな。持ち物を改めさせてもらう」

 

兵士が身体を乱暴に触り始めた。

殴ってしまおうと言う衝動を、紗羅はかろうじて堪えた。

最近になって、このような衝動的な気持ちを抑えられない時がある。

 

「なら、懐を探してみなさい」

 

不審な顔をした兵士が、懐に手を突っ込む。

仕込んでおいた袋を、兵士は上手い具合に取り出した。

もちろん賄賂に使うために取っておいたものだ。

それで、色々と面倒な手間を全て終わらせることが出来るはずだった。

袋を渡された軍人が不満げに口を開く。

 

「ふん、これっぽっちか。他には?」

 

「それで足りぬのか?」

 

「おい、年上の者には、敬意を払うのだ。言い直せ」

 

早くしろとでも言うように手が差し出された。

軍人の腰から剣を抜き取り、差し出された腕を叩き斬る。

悲鳴が聞こえ、倒れ込んだ軍人に剣を投げつけた。

脚に刺さり、悲鳴が、一度跳ねたように上ずった。

剣を抜いた兵士を、紗羅は蹴り飛ばす。

 

騒ぎを駆けつけた者たちが部屋に駆けつけてくる。

倒れた軍人が、切り離された腕を抱えて逃げ出そうとしている。

脚に刺さった剣を、紗羅は無造作に抜き取った。

悲鳴をあげていた口を蹴り飛ばす。

 

「年上の者に敬意を払えだと? 違うだろう。貴様らが敬意を払うのは、これだろう? 貴様らの決め事を、貴様らが守れんでどうするのだ」

 

袋を拾い上げ、中身を掌に出した。

銀の粒が、掌を満たす。

蓄えていた財産を注ぎ込んだ、切り札と言っていい、とっておきの賄賂だったのだ。

それを、この軍人はただの小銭程度だと勘違いした。

 

「待たれよ、魯喬殿」

 

役人が、人を押しのけるように出てくる。

高官だろうか、身なりの綺麗な人物だった。

 

「何か、異論があるだろうか」

 

「落ち着かれよ、魯喬殿。非は、そ奴にある。あなたには罪がない事を、私が認めよう」

 

高官はすぐに兵士を使い、部屋への出入りを禁止させた。

まず連れて行かれたのは腕を斬られた軍人で、紗羅は部屋を移され、高官と二人だけになった。

 

「申し訳ない。あなたに、助けられた。どうも、自分はかっとなると止まらない性格でして」

 

「いや、罪を犯したのは向こうだった。あなたに罪はない。被害者として記録に残るだけでしょう。私はそういった部署の担当でしてな」

 

「迷惑をかけます。この銀は、あなたに渡した方が良さそうだ」

 

銀の袋は高官の手に渡った。

何故こんな物の為に、と思わずにはいられない。

袋を開けた高官が驚きの声をあげた。

 

「よくここまで集めたものです」

 

「とっておきなのですよ、それは。それが出来るのは今回だけでしょう。出来るなら、今後も目をかけていただきたい。今回のものを何回もは出来ませんが、出来る限りはするつもりです」

 

高官は、笑顔で頷いた。

食い込めた、と紗羅は思った。

 

「ただ、形として取り調べはさせてもらうことになります」

 

「勿論です。残念なのが、目通りが出来なくなってしまったということですな。献上品として運び込んだ物は、城に納めてしまってください。私は、牢で大人しくしています」

 

「そちらも、よろしいのですか。では、ありがたく受け取らせてもらいます。しかし、少し思い違いをしておられますな。あなたは被害者なのですから、牢に入ることはありませんよ」

 

「腕を斬り落としたのですよ? あの蹴り飛ばしてしまった兵士は、その場にいた」

 

「あれは気にする必要はありません。城にいる間は、この部屋をお使いください。出来る限り不自由させぬ事を約束しましょう」

 

現行犯なので、一度牢に入れられるかと思ったが、そんな事も出来るのか、と紗羅は驚いた。

これも、切り札の賄賂が効いているのだろう。

しかし、そんなことが出来る目の前の高官は、自分が思っているより地位が高い人物なのかもしれない。

口調も丁寧だし滑らかだった。

もしかしたら、あの軍人に言った事を意識されているのかもしれない。

城にいる間は、驚くことに、監視付きではあるが部屋から自由に出入りすることを許された。

形としては取り調べなので、日に何回か人と門答するぐらいで、不自由と言えるほどの不自由はない。

しかし、紗羅は城を一通り回ると、なるべく部屋から出ないようにしていた。

それも子供らしいと思われているだろう。

 

「魯喬殿はあまり部屋から出ませんが、不自由は無いのですか?」

 

高官が決まった取り調べに来た。

といっても、やはり形だけなので、普段は他愛のない世間話で時間を潰している。

 

「おかげさまで、不自由な所はありません。強いてあげるなら、暇なくらいですか。やはり城ですから、面白いと思えるようなところは見つかりませんでしたし。流石に、城の外まで行くことはできませんからね」

 

高官が、軽く苦笑した。

 

「なら、これならどうでしょう? この城に、孫家の者がいるのですよ」

 

来た、と思った。

このために、出来る限り引き篭もっていたのだ。

来なかったら、自分で言うつもりでもあった。

 

「袁術様に身を寄せているのでしょう? 孫家の次女、孫権仲謀。一度部屋まで行きましたが、取り扱ってもらえませんでしたよ」

 

「なら、私が掛け合いましょうか。話し相手ぐらいはさせましょう。年も同じくらいでしょうし」

 

これも、賄賂の力か。

なぜそこまでするのか、紗羅には理解できていないところがあった。

高官が出て行って、紗羅は緊張し始めた。

それから、何を話すか、話せばいいか、話すべきか。

考えたが、結局まとまらずに霧散していくだけだった。

孫権がすぐに来てくれる訳ではない、と気付いたのは夜になってからだ。

情けない、と紗羅は思うだけだった。

翌日は、少しだけ外へ出た。

外と言っても、城の外にまで出る訳には行かないので、城内を多少うろついただけである。

すれ違う役人たちには、出来る限り頭を下げた。

話しかけてくる者も多かったが、それには愛想よく接するだけだ。

役目を忘れた訳ではない、というのを自分に言い聞かせた。

運び屋としての仕事も果たさなければならない。

 

何か予感のようなものを感じて、紗羅は練兵場へ足を運んだ。

足を踏み入れた瞬間、自分の運の良さを喜んだ。

孫権がいる。

言葉にして、頭の中で確認してみる。

孫権が近づいている。

自分の脚が、勝手に動いているようだ。

心の準備が、まだ。

足が止まる。

 

「何か?」

 

練習用の丸太に剣を打ち込みながら、孫権が言った。

眼だけで、一瞥された感じだった。

 

「あなたが、孫仲謀」

 

「それが?」

 

「俺は、いえ、私は、魯喬と申します」

 

孫権が、構えを解いて向き合った。

眼が碧い、と紗羅は思った。

 

「話しには聞いている。私に、お前の話し相手を務めろと言われた。だが、断る。下賤の者に易々と付き合うほど、孫家の血は安くはないのでな」

 

「下賤ですか」

 

「どれほどの賄賂で取り入ったのだろうな、お前は」

 

こういう反応は、予想していたはずだった。

孫権は、軟禁状態なのだ。

気が立っているのも当然だろうし、そこにご機嫌伺いをやれと言われてるようなものなのだろう。

二人だけで話せれば、と紗羅は思った。

そうすれば誤解は直ぐに解けるはずだ。

 

「話せないのなら、残念ですね。話してみたい事もあったのですが。気が変わったら、部屋に来てくれませんか。あと何日かは城に居ますので」

 

孫権が見向きもせずに通り過ぎた。

 

「五日に一回の、外出の日なのですよ、今日は」

 

監視の兵が言った。

紗羅は孫権が剣を叩き付けていた丸太を見た。

他に並んでいる丸太より、随分と削れている。

 

「並みの女ではありませんよ、孫権様は。丸太も、すぐに使い潰してしまう」

 

慰められているのかもしれない、と紗羅は気付いた。

居心地が悪くなって、紗羅はすぐに部屋に戻った。

よくよく思い出して、あれが孫権なのか、と思った。

見ただけより、印象は随分と違う。

こんな女だったか、と悪い方向に違ってしまった。

印象としては、傲岸不遜な女になってしまった。

気に入らなかった所を思い返す。

それから、何故好きになったのか。

想っていたのと違うのは、十分注意していたはずだ。

一目見ただけで、やはり舞い上がっていたのだ。

忘れよう、と思った。

もう少し様子を見てもいいだろう、とも思った。

 

窓に何か異変があった。

開けると、黒いものが部屋に入ってくる。

 

「竿平様。いえ、今は魯喬でしたっけ」

 

「幼平」

 

周泰がそこにいることに、紗羅は驚きを隠せなかった。

 

「何故、ここに? いや、どうやって」

 

「忍び込みました」

 

周泰の顔に、特に疲れた様子はない。

もしかしたら、こういう事が得意なのかもしれない。

 

「俺に、様をつけるなと言っただろう」

 

話す時には何故か周泰は敬語を使っているが、それは自分をどこか認めてくれているからなのかもしれない。

そう思うと悪いものではなかった。

 

「陳宮からこれを」

 

周泰が袋を取り出した。

見なくても、紗羅は中身がわかった。

 

「賄賂」

 

「これで、最後の最後だそうです」

 

袋を受け取る。

賄賂はもう十分足りただろうが、あればあるで心強い。

しかし、陳宮があまり自分に依存してるのは問題だと紗羅は思った。

店から出せる可能な限りの物は、すべて賄賂に注ぎ込んだはずだ。

そのおかげで城には容易く入れたのだ。

だから、この賄賂をどこから出せたのか紗羅にはわからなかった。

 

「使わずに持って帰れば、喜ぶだろうな」

 

袋は、やはり懐に仕舞った。

少しやり方を覚えれば、嵩張(かさば)らせずに持ち運ぶことが出来る。

しかし意外なのが、周泰がこんな役割を引き受けたという事だ。

そんなことまでする義理はないはずだが、聞き出そうと言う気はなかった。

日の傾き具合を見る。

そろそろ定時の取り調べが来るはずだ。

それも、面倒になって来ている。

 

「幼平、股を開け」

 

「は? えっ、ここで?」

 

周泰の腰に手を回した。

暴れる周泰を、向かい合うようにして無理やり腰に押し付けた。

これで、そういう風に見えるはずだ。

 

「うなだれる様にするとよい。振りだけだ、幼平」

 

「そういう事は先に言ってください」

 

「お前の慌てる顔が、可愛くてな」

 

ちょうど、扉の外から声がかかった。

周泰の片腕を首に回し、左腕で背中を支えた。

周泰は力を抜き、気絶しているように見せている。

寝台に座っている紗羅と向き合っている形なので、顔は見えない。

体躯も、長い髪でほとんど隠れるだろう。

一度、首筋に口をつけた。

それで周泰が一気に紅潮する。

扉を開けた高官が、目を見開いた。

 

「申し訳ない。女が欲しくなったので、頼んで連れてきてもらいましたよ。まずかったでしょうか?」

 

「いえ、そんな事は。そうですか、もう女を知っているのですね。でしたら、私に言ってくれれば」

 

「その方がよかった。私は、人より情欲が強くて、一人だけでは抱いてる内に潰してしまうのに、一人しか連れて来てもらえなかった」

 

高官は、周泰の肌が赤くなっているのを見て、気まずそうに顔を逸らした。

 

「そして、まだ最中でしてね。取り調べは後にしてほしい」

 

「それは、もちろん。今日は止めておきましょう。ですが」

 

高官の口が詰まった。

先を促すように、紗羅は高官を見た。

 

「孫権様を呼んできました」

 

「ほう」

 

冷や汗が出てきた。

ここで、と紗羅は思った。

賄賂が効いているのだろう。

 

「扉の外に待たせていますが、また今度にしましょうか」

 

「いや、呼んでいただきたい。折角の機会なんだし」

 

孫権を見定めるには良い機会かもしれない。

何かおかしなものに包まれるのを、紗羅は感じていた。

全てが台無しになっても、それもよいという感じもした。

 

「では、用意を」

 

「いや、このままで。ここから先は、あなたには関係のない事なのでご心配なく」

 

高官は、少しの間目を彷徨わせた。

 

「魯喬殿」

 

「手を出すと言う訳ではありませんよ」

 

躊躇った様子で、高官は孫権を部屋に入れた。

まず孫権は悲鳴をあげた。

その隙に、高官は扉を閉めて逃げ出した。

 

「これは、どういう事だ、貴様。そのような汚らわしいものを見せおって」

 

「やっと、落ち着いて話せるようになった」

 

孫権。

容姿は、流石だと言っていい。

しかし、中身はどうか。

今なら醒めた目で孫権を見れる。

 

周泰が、口だけでもういいかと聞いてきた。

周泰に回した腕を、紗羅は少し締め付けた。

孫権の顔は赤く、小刻みに震えている。

 

「孫仲謀。まずは、渡すものがある」

 

手紙を差し出す。

孫権は、すぐに受け取ろうとはしなかった。

周瑜の名を出して、やっと手紙を取った。

 

「貴様、周瑜の使いか?」

 

顔をそむけて、孫権が聞いてきた。

 

「使いではない。言っておくが、孫家と俺は、何の繋がりもない」

 

「では、何故周瑜の名を出した? 何故私を指名で呼んだ? 孫家に対する侮辱か?」

 

「侮辱ではない。その手紙が本物であるかどうかは、読めばわかるだろうと思う。お前を呼んだのは、興味があったからだ。孫家に。そして、お前自身に」

 

「興味だと?」

 

孫権は、やっと正面を向いた。

そしてすぐに顔を逸らした。

 

「私も、孫家も、貴様などに興味は無い」

 

「周瑜は、俺に興味を持っているみたいだがな」

 

「貴様」

 

孫権が剣を抜いた。

目に宿るのはただの怒りか。

思ったよりつまらないものだ、と紗羅は思った。

 

「斬るか、女ごと」

 

「貴様などが周瑜の名を出したことは、孫家に対する侮辱だ。それを、二度も。女を置け」

 

孫権がしきりに孫家の名を出すのは、まるで自分を大きく見せるように見えた。

それが稚拙に思えて、それだけ失望は大きい。

 

「男と女の関係が、汚らわしいか? こうなることは、自然だろうに」

 

「女を置け、魯喬」

 

周泰の腰を支えたまま、紗羅は立ち上がった。

孫権が、怯んだように一歩退いた。

 

「お前とこうなりたいわけではない。まあいい、独立の話でもするか」

 

「何を、訳の分からない事を」

 

「聞こえなかったか。独立だと言ったのだ、孫家のな」

 

「女を置け、魯喬。貴様を殺さねば気が済まん」

 

「独立に、興味がないか。袁術に飼われている間に、意気地がなくなったか」

 

「なんだと貴様。私を誰だと」

 

「孫仲謀。孫家の名を出すことしか出来ぬ、ただの女よ」

 

剣。

迫ってくる剣を、紗羅はなんとか避けた。

周泰の髪が、何本か宙に舞う。

 

「意気地はなくし、あるのはただの虚栄心か。見栄っ張りめ」

 

「女を置け」

 

「我を忘れて斬りかかるくせに、女を置けだと? お前は、女ごと俺を斬り捨てるべきだった」

 

孫権はどうしていいかわからないようだ。

斬り殺したいが、紗羅が周泰を離さないので斬りかかれない。

もどかしいように、柄を握りしめた。

 

「男のくせに、女を盾にするか」

 

「盾にしている気はない。お前が、そう思っているだけだ」

 

「腐れが」

 

「お前はここで何をしているのだろうな? ただ飼われて、食って、寝るだけか。お前自身が、孫家を諦めているのかな? そのくせ、縋(すが)るのは孫家という虚名しかない」

 

「虚名だと」

 

周泰を放り出し、紗羅は剣を避けた。

周泰を離した事で、交わっているわけではないということに気付いた様だ。

 

「貴様、私を虚仮にしたつもりか。殺す。貴様は、殺す」

 

紗羅は仕込杖を手に取った。

孫権はもう見定められただろう。

 

「俺も、貴様には幻滅した。だから、死ね」

 

抜こうとした時に、物音を聞きつけた兵士が慌てて入ってきた。

あの高官もいる。

 

「何事ですか」

 

「喧嘩だ」

 

真っ先に、紗羅が口を開いた。

そのことに、自身がいささか驚いた。

 

「喧嘩の、続きをさせてほしい。練兵場でも借りられるか?」

 

「魯喬殿」

 

懇願するような口調で、高官が口を開いた。

 

「喧嘩だと言っただろう。いえ、言ったでしょう。死人が出るわけではない。それとも、まだ足りぬのですか」

 

「しかし」

 

「なら、銀を返す事ですな」

 

高官が、孫権の抜き身の剣と紗羅の間に視線を彷徨わせた。

 

「捕えよ」

 

高官が言った。

飛び込んできた兵を、紗羅と孫権が一人ずつ殴り飛ばした。

 

「俺の喧嘩だ。俺たちの喧嘩だ。邪魔をすることは許さん」

 

高官が跪いた。

自分の手に剣が握られていることに気が付いた。

いつから手にあったのか、紗羅は思い出せなかった。

 

「あなた自身が、案内してくれ。俺も、いつまでも自分を抑えられていられるわけじゃあない」

 

高官を先に立たせて歩かせた。

まるで、いつかの時の隊長みたいだ、と紗羅は思った。

孫権は無言で、殺気を振りまいてついてくる。

 

練兵場は閑散としていた。

ぽつりぽつりと兵がいるだけで、空いている場所はいくらでもある。

陣取った場所で向き合うと、何事かと思った兵士たちが仕合をするのだと思って遠巻きにこちらを見ていた。

賭けも始まっていて、他の者も呼ぼうと何人かの兵士が出て行ったようだ。

ある程度の事情を知っている高官は、ただ顔を青ざめさせている。

 

孫権が剣を抜き放った。

もちろん真剣である。

集まってきた兵たちにどよめきが走り、それが興奮に変わっていった。

どちらかが死ぬことになる、とは思ってもいないだろう。

紗羅も杖に仕込んだ刀を抜いた。

 

「まるで、兵の余興だな、俺たちは」

 

紗羅は逆手で構えた。

刀を、弓のように後ろまで引き絞ったような構えで、甘寧のを真似たものだった。

刀を放った。

受けられる。

跳ねのけられると、孫権はその場で回るように動いた。

通り抜けるように避けると、肌から血が滲み出ている。

兵の歓声が一層大きくなった。

打ち合ってみて、驚くほど孫権は強い。

しかし、荒い。

怒りのせいか。

激情の剣、と紗羅は思った。

しかし、荒いと思ったところでも、紗羅は上手く衝くことが出来なかった。

それほど孫権の攻撃は激しい。

 

杖を投げつける。

撥(は)ねのけ、孫権が飛び込む。

ぶつかり合って、勢いで離れる。

あと少し遅かったら、刀は孫権に届いていたはずだ。

 

「死中に活を見出すのが、孫家の剣よ」

 

無謀とも言える飛び込みだった。

戦いの勘とでも言うものは鋭い。

また引き絞るように構え直した。

孫権も構え直した。

 

脚を払うように放つ。

跳躍。

避けられた。

振り向いて、剣を逸らす。

距離を取り、地の土を蹴り上げた。

 

「卑怯な事を」

 

孫権の剣は、強くて荒いが、綺麗すぎる。

人を殺したこともないのだろう。

目潰しを喰らって、孫権は明らかに狼狽えている。

 

「戦場での作法だ」

 

こういうやり方に、孫権は慣れていないようだ。

順手に持ち替えて飛び込む。

孫権は必死に食らいついて来る。

また土を蹴り上げた。

今度は上手く防がれた。

馳せ違う。

握った刀が、弾き飛ばされた。

 

「やった」

 

孫権の動きが止まった。

顔面を地面に叩き付ける様に、拳を振り抜いた。

孫権が何回か地を跳ね、すぐに起き上がった。

起きた所を蹴り飛ばす。

横に避けられる。

孫権の肘が目元にめり込んだ。

片目だけを見開いて堪える。

腹を貫かれるような衝撃が走った。

耐えながら、拳を振り回した。

髪。

掴んで引き寄せる。

持ち上げて、兵士の列に投げ飛ばす。

突撃。

起き上がった孫権に投げ返された。

すぐに起き上がり、追撃を防ぐ。

殴る。

蹴る。

一撃ごとに、膝をつきそうになる。

何かが腹に食い込んだ。

構わずに、紗羅は拳を振り抜いた。

孫権が倒れた。

それから、紗羅も倒れた。

兵の歓声が、熱狂の渦となっていた。

煩い、と紗羅は思った。

兵たちの間では、引き分けとなっているようだ。

 

立ち上がり、飛ばされた刀を紗羅は拾いに行った。

杖の鞘に納め、自分はなんとか歩ける状態だった。

孫権も立ち上がっていた。

鼻が潰れ、顎に血が滴っている。

すぐさま兵が飛び出し、別々の部屋に連れて行かれ手当てをされた。

紗羅は医者には眼帯をかけられ、医者が出て行った後も、しばらく考えることが出来なかった。

 

部屋に訪ないの声があった。

何かを言う前に部屋に入ってくる。

孫権。

驚きはなかった。

むしろ、そこにいて当然の様な感じさえした。

孫権が椅子に腰かける。

眼が碧い、と紗羅は思った。

 

「鼻を潰されたわ」

 

「俺は、目が窪んだ気がする。顔に痣が出来た」

 

「女の子の顔を殴るなんて」

 

「抜き手は痛い」

 

しばらく言い合って、孫権が笑い始めた。

 

「まだ、殺し合いだったと思っているか?」

 

「喧嘩だったと思っている。不思議だった。殴っている内に、どうでもよくなってきた」

 

「どちらが正しいとかそういうのでなく、不満をぶつけあって、消す。喧嘩とは、そういうものなのかもしれないな」

 

「殴り合いの喧嘩なんて初めて」

 

「それは意外だな。容赦がなかった」

 

「殺してもいいって思ってたもの」

 

確かに、喧嘩だった。

しかし、命を懸けた喧嘩だった。

それから孫権は見つめて来て、その碧い眼から紗羅はなんとなく顔を逸らした。

居心地は悪くない。

 

「あなたの勝ちよ」

 

孫権が口を開いた。

 

「兵の間では、引き分けとなっている」

 

「私は、そうは思わない。私が先に倒れたもの。だから、あなたの勝ち」

 

やはり、綺麗すぎる、と紗羅は思った。

戦場では、どちらが先に倒れたかなど意味は無い。

孫権とでは、命を懸けた場数が違う。

そこが考え方の違いなのだろう。

 

「勝ちも負けもどうでもよい。そういう喧嘩だった、と思っている」

 

「私もよ。でも、はっきりさせておきたかったから。そういう性格なのよ」

 

「お前は、綺麗すぎる、仲謀。戦場を駆けずり回ったことなど、ないのだろう。戦場では、武器を落として終わりとはいかん」

 

「あの時は、勝ったと思った。油断だったのね。その結果がこれよ」

 

孫権が潰れた鼻に触れた。

薬を染み込ませた布が張られている。

紗羅は見せ返すように右眼の眼帯を捲った。

瞼(まぶた)が腫れて青くくすんでおり、半分も開けていない。

一応は見えているが、ひどくぼやけて見えている。

しばらくはその状態が続くだろう、と医者には言われた。

やられた場所は呂蒙と同じところで、それがいけなかったのだろう、と紗羅は思っている。

 

「あなたを殺していいし、あなたには殺されていい。不思議よね、そういう風に思える。今もまだ、その余韻が残っているわ。夢でも見ているみたい」

 

「そうか。なら殺してやろうか」

 

「いいわ」

 

孫権が目を閉じた。

落ち着いた気持ちで紗羅は刀を抜き、孫権の髪を斬り取った。

孫権が目を開き、不思議そうに見つめてくる。

 

「髪は、女の命だと聞いた事がある」

 

「面白い言葉ね、魯喬」

 

「魯喬だと? そうか、俺の名を教えていなかったな。紗羅。字を、竿平と言う」

 

「紗羅」

 

孫権が、今更驚いた顔をした。

 

「手紙に書いてあったわ、運び屋だって。それが、何故魯喬と?」

 

「偽名ではない。魯喬は、俺のもう一つの名だ。この街に店を構えていてな。そこで名乗っている」

 

「手紙には、あなたが周瑜の所で楽器を習っているって書いてあったわ。あなたが演奏しているのを聞いて、部屋まで会いに行ったって。面白い出会いをしたようね」

 

「あの時は驚いた。扉を開けたら、目の前にあれほどの美人だぞ」

 

「私の自慢の姉よ」

 

「姉?」

 

「そう。もう一人の姉。姉の孫伯符と契りを結んでいる」

 

「そうか、断金の誓いだな?」

 

「皆は、そう言っているわね。本人は、そんな大層なものじゃないって言ってるけど」

 

「孫伯符。いつか会ってみたいものだ」

 

「そうだ。あなたは姉様に似ているのよ」

 

唐突に、孫権が言った。

一瞬何を言っているのか紗羅にはわからなかった。

 

「似ている? 孫策殿にか?」

 

「どこを、とは具体的に言えないんだけど、そんな感じがするの」

 

言った孫権が不思議そうだった。

それでは紗羅にわかるはずもない

 

「俺は、孫策殿がどういう人間か知らん」

 

「会えばすぐにわかると思うわ。今は袁術の下に」

 

「そうだ、独立の話だったな」

 

遮るように、紗羅の声が孫権に被った。

忘れていたのか、と孫権が呆れる口調で言った。

誤魔化すように紗羅は笑い声をあげた。

そういえば、孫権が会いに来たのはこの話をするためなのかもしれない。

 

「それで、どうする。俺を使うか」

 

紗羅は左目で孫権を見た。

やはり容姿だけは流石で、長い間は見ていられない。

 

「使う」

 

短く孫権が言った。

 

「今更あなたを疑う気は無い。これで騙されているなら、私の目が節穴だったというだけだ。しかし、一つだけ聞いておきたい。何故手伝ってくれる?」

 

「お前を、好いているからだ」

 

すんなりと言葉が出てきた。

孫権が驚いている。

紗羅は、言ってしまえばこんなものなのだ、という気持ちになっていた。

 

「私は」

 

孫権が言葉に詰まる。

 

「答えはいらん。そういうものだと、思ってくれ。知っておいてもらいたかった。いや、違うな。俺が、言っておきたかった」

 

「自分よがりだわ」

 

「傲慢ではあると自覚しているつもりだ」

 

「やっぱり、姉様に似てる。あなたには驚いてばっかりね」

 

孫権はそう言ったが、やはり紗羅にはどういう事かよくわからなかった。

安心したように孫権が笑い始めた。

どう返せばいいのかわからず、紗羅は何も言わなかった。

 

話はそれまでで、後日にまた孫権と会うことを約束した。

今回の騒ぎのせいで、紗羅の取り調べはすぐに終わった。

追い出されることになったのだ。

あの高官が、諍(いさか)いを利用して問題化はさせないようにした結果だろう。

兵たちの間では、結局最後まで余興になってしまった、紗羅は思った。

また孫権に会うためには、やはり賄賂は必要になるはずだ。

しばらくはそのために動くことになる。

自分の店までの道を歩いていると、いつの間にか周泰が寄り添うように隣を歩いていた。

持ち物がいくらか多くなっているようだ。

 

「どこに行っていたのだ、幼平?」

 

「私はほら、賊ですから。城に忍び込むなんて、滅多にしないですし」

 

周泰は懐から袋を取り出し、紗羅の懐に突っ込んだ。

 

「これは、竿平様に返します。私も、いろいろ手に入りましたし」

 

銀の粒が返ってきた。

周泰のやり方に、紗羅は笑いがこみ上げてきた。

 

「すごいな、幼平。公台が喜ぶぞ」

 

「竿平様は、きっと叱られるでしょうが」

 

「まあ、それもよい。幼平のおかげで、少しは軽くなるだろう」

 

周泰が取り戻した銀のおかげで、次に動くのはずっと楽になるはずだ。

愉快だった。

きっと、上手くいくだろう。

なんとなしにそう思う。

空には、星が見え始めていた。

あとがきなるもの

 

だ か ら 死 ね 。二郎刀です。やりすぎたという気がしなくもない。

今回の話をまとめると

 

超☆無礼

 

本当は、この喧嘩のやり取りのあとに年齢不詳(ぼかし)主人公に信を置くようになった蓮華が真名を許すやりとりも書きたかったのですが書いて文章的にくどい。あと長いと思って外した。ここまでやって初めて真名を許す。そうすれば真名の重さが伝わるかなーって。そしてあとは少しずつ知り合っていけばいい。そういう真名の在り方もあるのではないかと。だけど、このほうが綺麗に終われると思ったのでこういう風に書きました。

この外史を始めた当初は「ボクの真名を呼んで結婚してよ!」くらいの軽さでもいいかなーって思った時もありましたが。出会い頭好感度MAX状態とか他の外史で見たことありますし。しかし私の外史では真名は重要な存在になりました。ただの初見殺しじゃあありませんよ。

 

 

さて、こんな私でも書いているとわかってくることがあります。

 

細かく書くことが上手く書くことではない。

派手に戦わせることが格好良いことではない。どう格好良く戦わせるか。これは物語においてさほど重要ではない。

ゾンビってめっちゃアゴ強い。

 

細かく書くことと詳しく書くことって違うなーって思ったんです最近。書いていて見直したりすると結構いらない文やくどいなーってのがあるんですよね。それらを削除したりすると話が短いこと短いこと。すらすらと読める文とか憧れるんですがね。目論見通りにはいきませんね。

 

それにどう格好良く戦わせるか。これは物語においてさほど重要ではないのに気づきました。少なくとも、私の外史には。だって私の外史はバトルメインじゃないから。戦うこと。勝つこと、負けること。これは重要なのですがね。

 

え?ゾンビ?うん、思ったんですよ。ゾンビって力が強いとかいうイメージなんですが特にアゴ。めっちゃ強い。やばい強い。あとゾンビ映画の人たちって異常にヘッドショット上手い。超上手い。あ、ふざけているわけじゃありませんよ?私はこれから気付いたんですよ。ゾンビ映画の楽しみってゾンビとの戦闘シーンじゃなくてゾンビに挟まれた人間たちの関係にあるなーって。確かにゾンビとの戦闘も楽しい、面白いのですが、私が本当に楽しみにしているのは合間合間の生き残った人たちの物語だと気づいたんです。戦いばっかりやっても盛り上がり続けるなんて無理ですもんね。人と人の関係が面白くて戦いが起こってちょっと盛り上がる。そんな話を書きたいです。まあ話が逸れまくるのは目に見えてますが。

そういえば皆様は知っていますか?恋姫にもゾンビ出てきたことあるんですよ。あれは小説のほうでしたが。なんか今回ゾンビゾンビ言ってばっかだなー。

 

最後に気づいたことを一つ。

私の作品はコメントが書きにくい(今更)。主にあとがきのせい。だが止めぬ。

 

 

さて、今回の話はどうでしたでしょうか? 少しでも楽しんでいただければ幸いです。


 
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